第5話
全ては君を愛するために
戦いは終わった。でも、僕はまだ戦い続けている。
コズミック・イラ71、9月30日。
この日、僕たちの運命を大きく変えた戦争、地球と宇宙、ナチュラルとコーディネイターの間で
繰り広げられていた戦争が終わった。
ダブルGという悪魔の手の中で踊らされ、殺し合わされていた二つの種族は、その元凶の死に
よって、ようやく共存の道を歩み始めた。それは僕たちディプレクターが願う未来への第一歩だ った。
あの大戦から一年が過ぎた。僕たちはナチュラルとコーディネイター双方の架け橋となるべく、
世界中を飛び回り、新しい時代を迎えるために努力した。
でも、それはとても困難な事だった。「悪は倒れた。メデタシメデタシ」で終わらせるには、あま
りにも多くの血が流れてしまった。大切な人を失った怒りと哀しみは相手の、いや、誰かの血を 求め、新しい哀しみを生み出していた。
憎しみの連鎖は簡単には断ち切れない。それは分かっている。でも、それでも僕たちは諦める
わけにはいかない。もう二度とあんな戦争を起こさない。その願いと決意を胸に、僕たちは今日 も戦っている。
僕の名前はキラ・ヤマト。年齢は十七歳。コーディネイターだ。一年前の大戦では、アークエン
ジェルという地球連合軍の戦艦に乗り、連合のMSストライクのパイロットとして戦った。今はディ プレクター北米支部の支部長を勤めている。三百人以上の部下を率いる忙しい身の上だ。
それにしても、我ながら数奇な運命だと思う。
一年と九ヶ月前、ヘリオポリスにいた頃の僕は、ただの学生だった。あの頃の僕にとって、戦
争はニュースのネタの一つでしかなく、テレビや新聞の向こうにある『他の世界』の出来事だっ た。
けれど、ヘリオポリスをザフトが襲って、戦火の中で僕はザフトの軍人になっていたアスランと
再会し、自分の身を守るためにストライクに乗り込み、ザフトのMSと戦った。そして、ガーネット さんと出会い、アークエンジェルに乗り、ラクスを助けて、アフリカでカガリと会って、別れていた ガーネットさんと再会して、その後も戦って、戦って、戦って………。多くの命を奪い、僕自身も 何度も死にかけ、そしてついにこの世界を蝕む『本当の敵』の存在を知り、それと戦う事を決意 した。
コロニーメンデルで、ラウ・ル・クルーゼは僕の秘密を教えた。僕は人工子宮によって生み出さ
れた最高のコーディネイターだと。
正直、自分の運命を呪った事もある。自分を得体の知れない怪物のように感じた事もある。何
もかも放り出して、どこか遠くへ逃げようと思った事も、一度や二度じゃない。
でも僕は、戦い続ける道を選んだ。僕の周りには、僕以上に過酷な運命を背負っているのに、
それでもくじける事無く戦い続けている人たちが大勢いた。彼らを放っておいて、自分一人だけ 逃げるなんて、僕には出来なかった。
みんな過酷な運命に屈する事無く、戦い続けた。その中でも、僕の心に強く刻み込まれた一人
の少女がいる。彼女の声が、言葉が、笑顔が、僕を励まし、後押しし、戦う勇気を与えてくれた。 それは今でも変わらない。彼女を守りたい。その為に僕は、
「ヤマト支部長、失礼します」
扉をノックして、一人の男性が入って来た。マーチン・ダコスタ。かつてはザフトの『砂漠の虎』
バルトフェルドさんの副官として僕たちと戦ったけど、後にバルトフェルドさんたちと一緒にディプ レクターの一員となってくれた。今は僕の補佐をしてくれている。未熟な僕が支部長という重職を 勤めていられるのも、この人のサポートのおかげだ。
「何か用ですか、ダコスタさん?」
僕がそう返答すると、ダコスタさんは顔をしかめる。…あ、またやってしまった。
「支部長、何度も言いますが、部下に敬語を使うのはやめてください。上に立つ者としての示し
がつきません」
「あ、ごめんなさい…じゃない、すまない。どうも慣れなくて…」
人に命令するのは苦手だ。敬語を使わずに年上の人と話すというのは難しい。ガーネットさん
だったら、まったく気にしないだろうなあ。
「まあ、いいです。バルトフェルド総司令から、オペレーション・ダブルレインボウの発動許可が降
りました。我が北米支部の準備は万全。地球の全支部、及びプラント支部も全ての準備が整っ たとの事です」
「そう、いよいよか」
僕は壁にかけられている時計を見た。時刻は午前十時ちょうど。
「MS部隊の出撃準備は整っています。支部長、ご命令を」
ダコスタさんの言葉を受け、僕は椅子から立ち上がった。そして、
「分かった。では、これより北米支部の全戦力をもって、オペレーション・ダブルレインボウを実
行する!」
平和への願いを込めた命令を下した。ふう。やっぱりこういうのは苦手だ。
コズミック・イラ72、9月30日。僕たちは今日も戦う。
【一方、その頃】
太平洋上に浮かぶ人工の島。大地の全てが鋼によって作られたこの島に今、『世界』が
集っていた。
世界各国のVIP、プラント評議会の議員、彼らを護衛する者たち、そして取材陣……。
多くの人々がこの島に集い、和やかな、されど少し緊張した空間を作り出している。
演説台の上に一人の少女が現われた。彼女に向かって、一斉にカメラのフラッシュがた
かれる。光の集中砲火に怯む事無く、少女は口を開いた。
「地球並びにプラントを代表する方々。本日はお忙しい中、このギガフロートにお集まりい
ただき、誠にありがとうございます」
そう言って少女は、軽く頭を下げた。
ギガフロート。自走移動も可能な、全長50kmにも及ぶ巨大な人工島。先の大戦中、宇
宙港をザフトに押さえられた地球軍が、民間用施設と偽って建造していたマスドライバー 施設である。
建造中に正体不明のMSによるテロがあり、結局、完成したのは大戦が終わってからだ
った。しかし、完成後は地球と宇宙の新たな玄関口として活躍。多くの人や物資がこの施 設を通じて行き来して、ギガフロートは『平和な新時代』の象徴となった。
「このギガフロートはまさに、新時代の象徴であり、ナチュラルにとっても、コーディネイタ
ーにとっても欠かせない物となっています。絶対に欠かせない物、それはこの星も、この 世界も同じです。二度とあの忌まわしい戦いを起こさないためにも、今日のこの日を、平 和への第一歩に致しましょう」
壇上の少女、ラクス・クラインがそう言い終えると、会場から割れんばかりの拍手が鳴り
響いた。地球もプラントも、ナチュラルもコーディネイターも、ここにいる全ての人々が彼女 に共感してくれた。ラクスはそれが嬉しかった。自然と微笑が浮かぶ。
その微笑を、演説台の脇で控えていたバルトフェルドは、眩しそうに見ていた。
「お疲れ様です、代表殿」
演説台から降りたラクスの手を取り、会釈する。そして、彼女の耳元で、
「オペレーション・ダブルレインボウ、先程、発動させました」
と、非情な現実を伝える。それを聞いたラクスの顔が、わずかに曇る。
「そうですか……。出来ることなら、話し合いで収めたかったのですが……」
「交渉の席は幾度と無く設けました。しかし、それにも応じないのであれば仕方ありません
よ」
「………………」
「力に対して力で応じる事が、愚かな行為である事は分かっています。ですが、我々が躊
躇えば、それだけ多くの人の血が流れる。誰かがやらなければならないのです」
「………そうですね。わたくしたちが泥を被ることで救われる命があるというのなら、喜ん
で被りましょう。それがわたくしたちの、ディプレクターの使命なのですから」
そう決意するラクスだが、その表情はやはり暗いものだった。
バルトフェルドは心の中でため息をついた。ディプレクターの最高司令官としてではなく、
この少女の『友』として、彼女の心を案じた。
『あの少年がここにいれば、少しは気が紛れたのだろうが……』
キラ・ヤマト。ディプレクター北米支部の支部長にして、ラクスの恋人。
確かに彼がここにいれば、ラクスの心は慰められただろう。しかしこの二人はそれを良
しとしない。自分たちの幸せより、顔も知らない他人の幸せを願う『お人よし』なのだ。その 性格のせいで、二人とも年齢にそぐわない重職を押し付けられ、それを見事に務めてい る。まったく、何というお人よしなのだ。
『まあ、そういう人たちだからこそ、我々もついて来ているんだが』
バルトフェルドは心の中で苦笑した。そんな彼の耳に、
「ではこれより、Nジャマーキャンセラー規制法、ならびに地球諸国とプラント自治政府との
友好貿易条約の調印式を行ないます!」
という司会者の声が飛び込んできた。
『いよいよか。みんな、そちらの方は任せたぞ』
バルトフェルドは、海の向こうで奮闘している仲間たちに心の中でエールを送った。
僕が今住んでいるニューヨークの町は、二つの顔を持っている。
マンハッタン島を境に、東は市街区。普通の家以外にも世界的に有名な企業や大西洋連邦の
重要な施設などもある。僕たちがいるディプレクター北米支部の本部ビルもこの市街区にある。 とても賑やかな街だ。
でも、マンハッタン島を越えた西の街は、東の市街区とはまったく別の顔を見せている。ビルは
崩れ、街全体が無残な廃墟と化している。
一年前の大戦末期、この街はダブルGが送り込んできたMS軍団の攻撃を受け、その結果、
町の半分が廃墟になってしまった。大西洋連邦の国力の低下もあり、復興はかなり遅れてい る。行き場の無い人たちが廃墟のあちこちに住み着いてしまい、治安は最悪。昼間でも人の寄 り付かない危険地帯になった。
その危険地帯を、僕たちディプレクターは行く。北米支部の優秀な人たちが乗る多くの車両や
トラックが廃墟の中を突き進む。
そして、先頭を走る僕たちのトラックが、とあるビルを通り過ぎたところで、歓迎の挨拶が鳴り
響いた。
「!」
爆音、そして、崩れ去るビル。瓦礫が雨のように降り注ぐ。
「来たか!」
運転席に座るダコスタさんの顔が引き締まる。ハンドルを巧みに回して、瓦礫をかわす。後続
の車もそれに続き、被害はゼロ。みんな、さすがだ。
「支部長!」
「ああ。総員、出撃! 僕も出る!」
僕はトラックを降りて、荷台に向かう。荷台を覆っていた幌が自動的に取り去られ、僕の愛機
が姿を現した。
銃声が聞こえる。敵が攻撃してきたのだ。でも、僕は慌てなかった。この襲撃は予想済みだ。
ハッチを開き、コクピットに入る。モニターのスイッチが入り、外の様子が映し出される。うん、
大丈夫だ。みんなも次々とMSに乗り込んでいる。
「よし。キラ・ヤマト、ジャスティス、行きます!」
起動スイッチを入れると、紅のMSは静かに立ち上がった。
ZGMF−X09A、ジャスティス。前大戦時にザフトが作り上げたNジャマーキャンセラーを搭載
した高性能MS。紆余曲折を経て、僕が乗ることになり、それからはずっと一緒に戦ってきた相 棒だ。
ジャスティスのレーダーに敵MSの反応が映し出される。機種を照合。連合の量産MSストライ
クダガーが十五機と、その上位機種であるデュエルダガーが四機。最新機の105ダガーの反 応もある。わずか三機だけど、これは侮れない。
「思ったよりもいますね」
トラックから、ダコスタさんの通信が入る。
「最新の105ダガーまでいるとは思いませんでした。ブルーコスモスの連中も必死、という事か。
侮れませんね」
「ああ。でも、大丈夫だよ。こちらの戦力は充分だし、それに…」
「あなたもいますしね、ヤマト支部長。いえ、『閃光の勇者』殿とお呼びしましょうか?」
「その呼び名は、出来ればやめてほしいんだけどなあ……」
ダコスタさんのからかうような口調に、僕は苦笑いする。
『閃光の勇者』とは、いつの間にかついた僕の呼び名だ。光の様に素早く駆けつけ、恐れを知
らず戦う勇敢なパイロット、という事らしいけど……。正直、かなり恥ずかしいし、名前負けしてい ると思う。僕はそんなに勇敢な男じゃない。昔も今も戦う事は嫌いだし、恐怖で震える事もある。 僕は臆病者だ。
それでも、僕の力で出来ることがあるなら、そして僕の力で守れるものがあるのならと、恐怖を
押し殺して戦場に立っている。今もそうだ。そして、戦うからには必ず勝つ。僕たちの戦いは、絶 対に負けてはならない戦いだ。
「よし、各機散開! 攻撃、開始!」
僕の号令と共に、ディプレクターのMS部隊は動き出した。ちなみにディプレクターのMSはジ
ンやゲイツ、ストライクダガーなど地球軍とザフトのMSが混在しており、パイロットたちはそれぞ れ自分にあった機体を選び、愛用している。
ブルーコスモスのMSも散開し、迎撃してきた。ビームライフルの閃光が飛び交い、激しい戦闘
が繰り広げられている。
もちろん僕も参戦する。敵MSの動きのパターンを見切り、ビームライフルを撃つ。光線は頭
部と腕部に命中し、敵の戦闘力を奪った。倒れたMSからパイロットが脱出し、逃げようとしたけ ど、ダコスタさんたちが素早く駆けつけ、あっさり捕らえる。
戦況は僕たちが優勢だった。敵も弱くは無いが、こちらは厳しい訓練を積んだプロのパイロット
たちが揃っているし、みんな見事な連携を見せている。訓練どおりの動きだ。うん、これなら負け る事は無いだろう。
それでも、そう簡単にはいかなかった。敵も必死だし、特に指揮官が乗っているらしい三機の1
05ダガーは難敵で、こちらも二機倒された。
これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。僕は味方のMSを下がらせて、彼らに勝負を挑ん
だ。
三機のダガーはそれぞれエール、ソード、ランチャーパックを装備しており、各パックの特徴を
生かしたコンビネーションを発揮。でも僕はこのパックを使っていたし、それぞれの欠点も知って いる。
まず逃げる振りをして、深追いしてきたソードダガーをライフルで仕留める。続いて、機動力に
物を言わせて突進してくるエールダガーは、弱点である翼の部分を攻撃。エールはバランスを崩 して、あっさり倒す事が出来た。
こうなれば残るランチャーは簡単だ。攻撃をかわして接近戦に持ち込み、砲塔をビームサーベ
ルで切断。続いて手足を切り落とし、無力化した。
この三機が倒れると、他の敵は次々と降伏した。戦闘開始から二十分。北米におけるブルー
コスモスの最大拠点は、こうして制圧された。
でも、僕たちは喜べなかった。今回の作戦は、僕たちだけが成功すればいいというものではな
いからだ。
オペレーション・ダブルレインボウ。今日、ギガフロートで行なわれる地球とプラントの友好式典
を狙うリ・ザフトとブルーコスモスに対する先制攻撃。それぞれの組織の重要拠点七箇所、計十 四の拠点を同時に攻撃する一大作戦だ。この作戦が成功すれば、ブルーコスモスとリ・ザフトは ほぼ壊滅状態になり、地球圏に平和な時が訪れるだろう。でも、失敗すれば……。
一抹の不安に襲われる僕たちの元へ、オーブにあるディプレクターの本部から連絡が入った。
作戦は成功! 南米、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、オセアニア、そしてプラントのいずれも勝
利。特にプラントではガーネットさんが自ら出撃、一人乗りに改修されたダークネスで大戦果を 上げたらしい。
「支部長と一緒ですね」
ダコスタさんが苦笑混じりに言った。僕も苦笑するしかなかった。まったく、あの人は変わって
ないな。一緒に暮らしているニコルも、随分と苦労しているだろうなあ。
【一方、その頃】
調印式は無事に終了。プラント自治政府の代表であるアイリーン・カナーバと、地球各国
の首脳たちが手を取り合ったその瞬間、ギガフロートは割れんばかりの拍手に包まれた。
今回、地球とプラントの間で交わされた二つの条約。それはどちらも重要なものだった。
地球・プラント間友好貿易条約。これは地球とプラント間の貿易を円滑に行なうた為の
条約で、内容は不平等な関税や、過剰な検閲の撤廃など。これにより両者の交易は平等 かつスムーズなものとなり、今まで以上の発展が期待される。
そして、Nジャマーキャンセラー規制法。これはその名の通り、Nジャマーキャンセラーの
製造や使用を規制するための法律で、地球とプラントの双方に適用される。この法律によ ってNジャマーキャンセラーの軍事兵器への使用は一切の例外無く、全面的に禁止され る。事実上の核兵器廃絶条約である。この法律は政府、民間を問わず適用され、違反者 には厳しい罰則が与えられる。
もちろんこの法律が制定されたからといって、核兵器がすぐに無くなる訳ではない。ま
た、人目に触れぬ所で造ろうとする国や人もいるだろう。それを防ぐための監視、検分役 はディプレクターが任命された。民間の組織でありながら戦時中、そして戦後も多大な功 績を挙げてきたディプレクターに対する信頼の証だ。それは嬉しいのだが、
「やれやれ。当分はまだ忙しい日々は続くという事ですか」
ため息混じりに言うバルトフェルドに、ラクスは微笑んで、
「ええ。皆さんにはこれからも働いてもらいます。この世界に真の平和が訪れるまで」
「それは構いませんがねえ。……真の平和、か。本当にそんなものが訪れると信じている
んですか?」
バルトフェルドの質問は、半ばタブーのようなものだった。それはバルトフェルド本人も
分かっていたが、訊かずにはいられなかった。自分たちの努力は報われるのか、この少 女とあの少年が心安らかに過ごせる日は来るのか。
ラクスは目を閉じて、少し考える。そして、
「はい。信じています」
と、はっきりと答えた。それはバルトフェルドのわずかな迷いを消し去る、力強いものだ
った。
この少女は自分を信じている。そして、他人を信じている。人はいつか分かり合え、平和
な時代を築けると。
何という楽天家。だが、だからこそ、ここまで来れたのだ。まだまだ問題は多いし、敵も
いる。それでも、仮初めではあるがナチュラルとコーディネイターが手を取り合える世界を 築けた。夢を現実にした。彼女ならば、出来るかもしれない。人類がまだ見た事の無い世 界、本当に平和な世界というやつを作れるかもしれない。
「………分かりました。では、私も信じましょう。そして、その為に働きましょう。この命が尽
きるまで」
バルトフェルドは改めて、ラクスという少女を尊敬した。そして、この少女に心からの忠
誠を誓い、少女の夢が現実となる事を願った。
ラクスに頭を下げるバルトフェルド。そこに、彼の部下が吉報を伝えにやって来た。それ
はオーブのディプレクター本部からの連絡で、オペレーション・ダブルレインボウの成功を 伝えるものだった。
「こちらも一歩前進、ですな」
バルトフェルドの言うとおり、これでブルーコスモスとリ・ザフトの勢力は激減するだろう。
敵を力で押さえつける事が正しいとは思わないが、連中を野放しにしておくわけにはいか ない。連中が共存を拒む以上、世界の平和の為には倒さなければならないのだ。
ラクスもそれは分かっている。だが、それでも心は晴れない。
「キラ……」
愛しい人の名前を呟くその横顔は、少し哀しげなものだった。
「! 支部長、二時の方向にMS反応!」
ダコスタさんが慌てて叫ぶ。気を緩めかけていた僕だったけど、すぐに気を引き締め、その方
向を見る。
ジャスティスのレーダーも敵影を捉えた。数は一。機種を照合するが、その結果が出る前に敵
が現われた。
「あれは……カラミティ?」
いや、違う。オルガが乗っていたカラミティは機体の色は緑、背中に二門の大砲を背負ってい
た。でも今、僕の目の前にいるカラミティは、機体色は紫。背中には大砲ではなく、二振りの巨大 な剣を背負っている。その剣は、かつて僕が乗っていたソードストライクの対艦刀に酷似してい る。
機種照合の結果が出た。GAT−X133・ソードカラミティ。オルガの乗っていたカラミティの派
生機。対艦刀≪シュベルトゲベール≫やブーメラン≪マイダスメッサー≫などを装備した接近戦 用のMS。胸の≪スキュラ≫など、火器類も侮れない強敵だ。
だが、データ上のソードカラミティの機体色は赤になっている。目の前にいるソードカラミティは
紫色だ。パイロットが塗り替えたのだろうか?
「支部長、気をつけてください! 恐らくそいつに乗っているのは……」
ダコスタさんの通信が入る。けど、
「そうだ! この私が乗っている! このバルバロッサ・アバドンがなあ!」
と、興奮した男の声によって遮られた。
バルバロッサ・アバドン。その名は知っている。ディプレクターの重要指名手配犯のリストに載
っていた、ブルーコスモスの幹部だ。
元連合のパイロットで、幹部でありながら前線に立つ事を好み、自らブーステッドマンになった
『狂気の紳士』(マッド・ジェントルメン)。このニューヨークに潜んでいたのか!
「知っているぞ、お前の事は。ディプレクターの北米支部長、キラ・ヤマト! ゴミのようなコーディ
ネイターの小僧だな!」
バルバロッサの声には、殺意と狂気が込められている。かつてのオルガやクロトたちと同じよ
うな声だ。
「コーディネイターは許せん! 私を不愉快にさせる! だから殺す! 一人残らず殺してや
る!」
バルバロッサはそう宣言すると、自機を突撃させてきた。ソードカラミティが肩に装備された《マ
イダスメッサー》を放つ。僕はジャスティスのビームライフルを撃ち、ブーメランを落とした。
「ハハハハハッ! まだまだあっ!」
ソードカラミティの更なる攻撃。巨大な対艦刀を苦も無く操り、ジャスティスに切りかかってくる。
それも連続で。
「くっ!」
予想以上に鋭い斬撃。かわすのが精一杯だ。それにしてもこのソードカラミティ、パワーもスピ
ードも並のMSとはケタ違いだ。パワーだけならジャスティスにも匹敵するだろう。相当改造して いるようだ。
「って、冷静に分析している場合じゃないな!」
僕はライフルを捨てて、ビームサーベルを抜いた。
「この私に接近戦で挑むか、愚かな! 殺してやる!」
唸る二振りの対艦刀。なるほど、確かに接近戦はそちらの得意とするところだろう。でも、
「僕も、接近戦は苦手じゃない!」
ビームサーベルで対艦刀を受け止める。そして全ての斬撃を時に受け止め、時にかわした。
「何!?」
バルバロッサはかなり驚いたようだ。自分の得意とする戦法が通じないのだから当然だろう。
そして、それこそ僕の待ち望んでいたものだった。
パイロットの精神状態は、操縦桿を通して機体に伝わる。バルバロッサの驚きの感情もソード
カラミティに伝わり、動きをわずかに鈍らせた。
「そこっ!」
ジャスティスのサーベルが一閃! ソードカラミティの両腕を切り落とし、返す刃で頭部を切断
した。
「! バ、バカなあっ! おのれええええ!」
腕と頭を失っても、バルバロッサは諦めない。ソードカラミティの胸部の≪スキュラ≫が輝きを
増す。
「そんな事はさせない!」
僕は即座に動き、ジャスティスのビームサーベルで≪スキュラ≫を貫いた。もちろんコクピット
や動力部は外してある。
「ぐっ!」
「ここまでだ。降伏しろ、バルバロッサ・アバドン! そして罪を償うんだ!」
ビームサーベルを突き刺したまま、僕は通信を送る。それに対するバルバロッサの反応は、
「フ、ハハ、ハハハハハハハハハッ!」
嘲笑だった。
「罪だと? 私のやった事が犯罪だというのか? なるほど、お前たちから見ればそうだろうな。
だが私は、そうは思わない。私は私の正義を信じ、貫こうとしただけだ。コーディネイターという存 在そのものが間違っている。私を不愉快にさせる。だから根絶やしにする。それが私の正義だ。 昔も、今も、そしてこれからもな!」
そう言い放ち、バルバロッサは一息ついた。そして、
「我らの理想は決して途絶えぬ! 次の世代に受け継がれ、そして、必ず実現される! 我らの
理想、蒼き清浄なる世界の為に、キラ・ヤマト、貴様は私と共に死ねい!」
と大声で叫んだ。同時に、腕と頭を失ったソードカラミティの熱反応が増大していく。自爆する
つもりか!
「くっ!」
ビームサーベルをソードカラミティから抜く。そして、ジャスティスの背部のリフターを分離させ
て、ソードカラミティに体当たりさせ、そのまま空高く飛び去らせた。
「な、何いいいいい!」
通信機から聞こえたその叫びが、バルバロッサの最後の言葉だった。ソードカラミティと、それ
を運ぶリフターが雲の影に消える。
そして、光が空を覆った。
「…………ふう」
強敵を退け、僕は一息ついた。逮捕できなかったのは残念だけど、あの場合は仕方がないだ
ろう。
それにしても、自爆してまで僕を倒そうとするとは思わなかった。凄い執念だ。
「青き清浄なる世界のため、か……」
その実現がブルーコスモスの正義。そのためにバルバロッサは戦い、自らの命を捨てた。でも
それは、多くの血を流させる狂気の夢だ。認める訳にはいかない。だから僕は戦う。そして、僕 の大切な人を、この世界を守る。それが僕の正義だ。
バルバロッサが死を賭して示した狂気に負けぬよう、僕は自分の正義を自分に言い聞かせ
た。そして、最後にある人の顔を思い出す。
「ラクス……」
【後日譚】
オペレーション・ダブルレインボウは大成功。重要拠点を失ったリ・ザフトとブルーコスモ
スは壊滅に近い状態となり、活動を一旦停止した。
またNジャマーキャンセラー規制法の制定によって、地球各国が核兵器の廃絶を始め
た。ディプレクターもそれに協力し、その名を更に高めた。
大戦から一年。人々はようやく『平和』を実感し始めた。
オーブ共和国、モルゲンレーテ社のとある倉庫。
この場所を訪れた僕の前にはMSの残骸が横たわっている。バラバラにされた彼らは、もう二
度と戦場に立つ事は無い。
フリーダム、ジャスティス、アルタイル、ヴェガ、そしてオウガ。そう呼ばれ、僕たちの力になって
くれたMSたち。ここは彼らの墓場であり、寝床だった。
一週間前、Nジャマーキャンセラー規制法が制定された後、ディプレクターとザフトが所有して
いたNジャマーキャンセラー搭載MSは、ここに集められ、解体された。
生死を共にしてきた愛機が解体されるのは、正直辛い。フレイは涙を浮かべていたし、アスラ
ンやイザークも少し哀しそうだった。僕も同じ気持ちだ。でも、核を取り締まるディプレクターが核 を保有するわけにはいかない。これも平和への一歩なのだ。僕は我慢して、心の中でジャスティ スに別れを告げた。
「キラ、ここにいましたか」
「! ラクス……」
いつの間に来ていたのか、ラクスが倉庫の入口に立っていた。そして、倉庫の中に入り、僕の
隣に来た。
「ジャスティスの事を考えていたのですか?」
「うん。大切な相棒だったからね。ジャスティスがあったから、僕は生き残れたんだ」
本当にそう思った。ジャスティスが無ければ、僕はきっとクルーゼやダブルGに殺されていただ
ろう。生きていたとしても、この前のバルバロッサとの戦いで、最後の自爆に巻き込まれていた。 今、こうしてラクスと語り合えるのもジャスティスのおかげだ。ありがとう。
「わたくしもジャスティスに感謝しています。キラを守ってくれて」
そう言ってラクスは僕の顔を見た。僕もラクスの顔を見る。
「ふふっ」
急にラクスが微笑んだ。
「こうして二人きりになるのは久しぶりですわね」
「そうだね。お互い、忙しかったから」
「これからもきっと、そうなるでしょうね」
「うん。でも、仕方ないよ。それに僕は後悔していない。これが僕の選んだ道だから」
「わたくしもですわ。でも……」
そう呟いてラクスは、寂しげな顔をする。
「キラは命を賭けて戦ってますのに、わたくしは何の力にもなれない。それがとても…」
「それは違うよ、ラクス」
僕は首を横に振った。そして、彼女の肩に手を置いて、
「君がいるから僕は頑張れるんだ。君を守るために、君の夢を叶えるために僕は戦う。それがき
っと、この世界のためでもあるし、僕は君を失いたくない」
「キラ……」
ブルーコスモスが『青き清浄なる世界のために』戦うというのなら、僕はラクスと、彼女が理想と
する『ナチュラルとコーディネイターが共存している平和な世界のために』戦う。その為に地獄に 落ちることになっても構わない。
「……………」
「……………」
僕たちはお互いの眼を見つめ合う。そして……、
「で、あなたはそこで何をしているんですか、ガーネットさん?」
「……あ、あはははははは」
そう笑って荷物の陰から出て来たのは、僕たちの戦友。『漆黒のヴァルキュリア』と呼ばれてい
る、美少女パイロット。でも、
「あ、べ、別に覗いていたわけじゃないよ。そろそろ式が始まるのにキラがいないから、探してい
たら、ここから声が聞こえて、ちょっと中の様子を見ていたら、ラクスと一緒に何か語り合ってて、 邪魔しちゃ悪いなーって思って…」
と、性格に少し問題あり。
「お姉様……」
う、ラクスの眼が怖い。笑っているのに笑っていない。ラクスって、こんな怖い表情も出来るん
だ。驚いた。
「あ、だ、だからその……あ! そろそろ式の時間だ! ほら、二人とも、早く早く!」
わざとらしい事を言って、ガーネットさんは逃げて行った。凄い早足だ。まったくあの人は……。
「キラ」
「ん?」
振り返った僕の唇に、暖かい感触が伝わる。ラクスの可愛い顔がすぐ目の前にあった。
僕の唇とラクスの唇が触れ合っている事に気が付くまで、少し時間が掛かった。僕が事態を理
解した直後、ラクスは唇を離した。そして、
「ふふっ」
と、優しく微笑んだ。それはさっきガーネットさんに見せた表情とは真逆な、僕の大好きなラク
スの顔だった。
敵わない。まったく、僕の周りにいる女の人って、どうしてこう、みんな強い人ばかりなんだろ
う? カガリといい、ガーネットさんといい、それに…。
「そろそろ本当に式の時間ですわ。では、行きましょうか、キラ」
「……うん、そうだね。行こう」
僕たちはお互いの手を握り合って、歩き出した。ラクスの手は唇同様、暖かかった。うん、大丈
夫。この温もりがある限り、この暖かさを忘れない限り、僕は戦い続けることが出来る。何よりも 愛しい、この少女のために。
丘の上の教会には、懐かしい顔が集っていた。
オーブ共和国の若き代表となったカガリ。その秘書兼護衛役として、公私共に彼女のパートナ
ーとして働くアスラン。国防大臣となったキサカさんや、モルゲンレーテのエリカさんや、オーブM S部隊の隊長となったアルルさん、部下のアサギさんたちもいる。もちろんサイやミリィ、ルミナ やカノン、エミリアさんなどディプレクターのオーブ本部に勤める面々もいる。
プラントからはイザークやフレイ、ディアッカが来ている。ガーネットさんの副官になったヴィシア
さんも来ており、ラクスの秘書のエリナと何か話している。少しいい雰囲気だ。
地球軍からもナタルさんやノイマンさんなど、懐かしい顔が来ている。アークエンジェルの乗員
だけでなく、ドミニオンに乗っていた人たちもいる。
「よお、キラ君。ガーネット嬢から聞いたが、我らがお姫様といい雰囲気だったそうだな」
そう話しかけてきたのは、バルトフェルドさんだ。
「なっ……」
あの暖かいキスを思い出し、顔を赤らめる僕に対してラクスは、
「ええ、楽しんできましたわ。いけませんか?」
と、平然と言った。それを聞いたバルトフェルドさんは少し驚くが、すぐに笑顔になって、
「いや、結構、結構! それはいい、実にいい。今日はめでたい席だ。二人とも、大いに楽しみ
たまえ! 君たち二人は、そうする資格がある。いや、ぜひそうなってほしい。これは私たちみん なの願いだからな!」
と、心から嬉しそうに言った。
どうしてあんなに喜ぶのか、少し疑問に思ったが、悪い事ではないのでまあいいか、と考えた。
今日は本当にめでたい日だし、ハイテンションになっているのだろう。
教会の扉が開かれた。そして、鐘が鳴り響き、今日の主役たちが現われた。
純白のタキシードを着た男性と、彼に手を引かれて歩く、純白のウェディングドレスを着た女
性。二人とも幸せそうな表情だ。
「おめでとう!」
「おめでとうございます、ムウさん、マリューさん!」
「おめでとう!」
「二人とも、お幸せに!」
「というか、幸せにならなかったら、タダじゃおかないよ!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
今日、ここに集まった全ての人たちからの祝福を受け、ムウ・ラ・フラガさんとマリュー・ラミア
ス、いや、マリュー・フラガさんは、本当に幸せそうな笑顔を浮かべていた。
そして、プロのピアニストとして活躍するニコルが祝福の曲を奏でる中、マリューさんがブーケ
を投げる。それを手にした者は次の花嫁になれるという幸運のアイテム。手にしたのは、
「………………あれ?」
「アスラーーーーーーーン!!!!!!」
アスラン、これは君が悪いよ……。
取りあえず、今日は平和だった。そして明日も、明後日も、きっと、ずっと。
僕は守り続ける。この平和を、みんなの、愛する人の笑顔を。今日も、明日も、明後日も、きっ
と、ずっと。
(2004・3/6掲載)
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