第7章
 つかの間の楽園(エデン)にて

 マレー半島の先端にある都市、シンガポールは、東アジア方面とインド方面を繋げる「海のシ
ルクロード」の要衝として、西暦の時代から栄えてきた町だ。西暦では独立都市国家だったが、
現在は赤道連合の治世下にある。
 東南アジアを中心とする赤道連合は、オーブ同様、今回の戦争では中立を貫いていた。シン
ガポールの町は、オーストラリアの諸都市同様、戦乱とは無縁の平和の中にあった。
 カーペンタリアの監視網を掻い潜り、オーストラリアを脱出したガーネットたちは、この町で休息
を取っていた。ここで物資の補給を行い、ここからマレー半島を北に飛び、インド、アラビアを通
り、アフリカに向かう予定だ。
「回りくどいコースを取るわね。インド洋を突っ切った方が早くない?」
 というフレイの意見は、
「いくらなんでも、それは無謀よ…」
「隠れる場所もない海の上でザフトの艦隊に見つかって、撃墜されたいのなら、どうぞ」
 と、アキナとガーネットに却下された。
 ともあれ、オーブを離れて以来、久々の休息である。一行は有名なマーライオンやタン・シ・チョ
ンス寺院などを見学した後、食料やら水やら、化粧品やら(ほとんどフレイ専用)を買い集め、町
の外に止めてあるマチルダに戻る。が、その途中、
「ご、ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
 と、数人の男たちに謝っている少女と遭遇。手には一杯の荷物を持っており、少女が頭を下げ
る度に、リンゴやら雑貨やらがコロコロと落ちている。
「おいおい姉ちゃん、人の足を踏んづけといて、『ごめんなさい』だけで済まそうなんて、図々しく
ねえか?」
 チンピラ風の男たちが少女に凄む。全部で七人。顔も態度も典型的な「チンピラ」だ。
「こっちは高い金払って、わざわざオーストラリアの田舎町からやって来たんだぜ。シンガポール
ってのは、もっといい所だって聞いてたのによ」
「ああ、マナーってもんがなってねえな」
「あ、あの、ですから本当に…」
「言葉で謝ってもらってもしょーがねえんだよ。金か、もしくはあんたが俺たちと付き合って…ふご
あ!」
 少女の肩に手をかけた男の脳天に、ガーネットのかかと落しが炸裂した。チンピラA、KO。
「な、何だテメエ!」
「名乗るほどの者じゃないよ。ただ、あんたたちみたいな人間のクズ野郎を見てると、無性にぶ
っ飛ばしたくなる、ごく普通のオンナノコさ」
「な、なめやがっ…」
 セリフを言い終わらない内に、チンピラB、みぞおちに鉄拳を食らい、KO。
 残りのチンピラC、D、E、F、Gも同じような末路を辿った。このチンピラたち、ついこの前、仲
間を一人殺されてから、バクチで負けるは、過去のコソ泥がバレて警察から追われるはで、ろく
な事が無い。心機一転で乗り込んだシンガポールでも、この有様。まったくもってツイてない。
 その後、チンピラFとGは「チンピラ稼業やめて、真面目に働こう」と決心。この町のみやげ物
屋で働き、そこの店主の娘(評判の美人姉妹)と結婚して、結構幸せな人生を歩む事になるのだ
が、それはまた別の話。
「あ、あの、どうも、ありがとうございます!」
 助けてもらった少女が、ガーネットに頭を下げる。同時に、また荷物がコロコロと落っこちる。
 落とした荷物を拾い集めた後(ガーネットたちも手伝った)、改めてお互いを自己紹介。少女は
エリー・クローバーと名乗った。すぐ近くの孤児院で働いているらしい。
「本当に助かりました。ありがとうございます!」
 と、また頭を下げるエリー。その途端、折角拾い集めたリンゴなどが、またポロポロと落ちた。
「…………………」
 どうにも不安になったガーネットたちは、エリーを孤児院まで送り届ける事にした。
 町の外れにある小さな病院。その隣にある古い屋敷が、エリーが働く孤児院だった。およそ二
十人ほどの子供たちが、元気よく遊んでいる。
「あ、エリー姉ちゃん!」
「おかえりなさい、エリーさん!」
「おかえりー!」
 子供たちが満面の笑みを浮かべて、エリーを出迎える。エリーもニッコリ微笑んで、子供たちを
抱きしめた。
「ただいま。みんな、お客さんに挨拶しなさい」
 と、ガーネットたちを紹介した。
「こんにちはー!」
 声を揃えて挨拶する元気な子供たちに、ガーネットとアキナ、そしてフレイも思わず笑顔を浮か
べた。生か死か、命がけの戦場に身を置いている彼女たちにとって、ここは別天地だった。
 荷物を孤児院に運び終えた後、エリーはガーネットたちを孤児院の院長に紹介した。
 院長の名は、リンダ・エスタル。隣の病院の女院長でもある。白衣に身を包んだ、優しそうなお
ばさん…、
「皆さん、院長に『おばさん』という言葉は禁句ですよ。殺されますから」
 小声でアドバイスするエリー。それを裏付けるかのように、リンダの目付きは鋭く、怖い。もの
凄い精神的重圧(プレッシャー)を感じる。歴戦の勇士であるガーネットでさえ息を飲み、恐怖を
感じるほどだ。
「そこの二人。あんたたち、コーディネイターだね」
 リンダは、ガーネットとアキナに言った。
「そっちのお嬢ちゃんは違うみたいだけど」
 と、フレイを見て言う。
「ああ。見ただけで分かるのかい?」
 ガーネットが質問すると、リンダはニヤッと笑って、
「これでも医者の端くれだからね。けど、珍しいね、今のご時世でナチュラルとコーディネイターが
一緒にいるなんて」
「色々あってね。けど、悪い事じゃないだろ?」
「そうだね。悪い事じゃない」
 そう言ってリンダは、またニヤッと笑う。ガーネットも釣られて笑った。妙に暖かい雰囲気が生
まれた。
「いんちょーせんせー!」
 突然、ドアが開き、男の子が入ってきた。
「こら、ユウ君、部屋に入る時はノックしなさいと教えたはずですよ」
「あ、ご、ごめんなさい……。けど、せんせー、お客さんが来たんだよ」
「お客様が? 誰だい」
「んーとね…」
「こんにちは、院長先生」
 ユウという子供が言い終わらない内に、見知らぬ少年が入ってきた。
「あら」
 少年を見たエリーは、目を輝かせる。それは『恋する女の子の目』だった。リンダも嬉しそう
に、
「おやまあ、久しぶりだねえ。今日はどうしたんだい? 今月分の寄付なら、ちゃんとお父さんか
ら振り込まれてるよ」
「いえ、仕事で近くまで来たんですけど、急に皆さんの顔を見たくなって」
「嬉しい事を言うじゃないか。けど、あんた今、仕事中なんだろ。私服でこんな所に来てもいいの
かい?」
「少しの間だけ休暇をもらいました。無許可ですけど」
 そう言って少年は微笑んだ。優しい笑顔だ。
「おやおや、あんたも結構やるねえ。ま、確かにあんたの仕事着は目立つからねえ。いくらここ
が中立国でも、あの服を着て街中を歩くのは無茶だね」
「まあ、そういう事です。あ、そちらの方たちは、お客さんですか?」
 ここで少年は、ようやく院長たち以外の人物がこの場にいる事に気が付いたようだ。挨拶しよ
うとするが、ガーネットの顔を見た途端、少年の表情は凍りついた。
「ああ、こちらの方たちは旅行者でね。エリーが困っているところを助けてくれたのさ。ガーネッ
ト・バーネットさん、フレイ・アルスターさん、そして、アキナ・ヤマシロさんだ」
「………………そうですか。それはどうも」
「ガーネットさん、こちらの坊やは、うちの孤児院のスポンサーの息子さんでね。お金以外でも
色々お世話になっているんだ。名前は…」
「ニコル・アマルフィです。どうぞ、よろしく」
 そう言ってニコルは、ガーネットに手を差し伸べる。その表情に笑みは無い。
「……ガーネット・バーネツトです。よろしく」
 差し伸べられた手を、ガーネットは握り返した。暖かい手だった。



 院長室でのやり取りを終えた後、フレイとアキナは孤児院のキッチンでエリーの手伝いをして
いた。「折角ここまで来たんだから、夕食ぐらい食べていきなさい。つーか食べろ」というリンダ院
長の優しい(?)申し出を受け入れたのだ。とはいえ、さすがにタダ飯を食らうのは気が引けるの
で、夕食の準備を手伝っている。
「ねえ、エリーってさあ」
 と、皿を並べながらフレイが訊く。
「はい?」
「あのニコルって子が好きなの?」
「!!!!!!」
 ジャガイモの皮を剥いていたエリーの手から、包丁が落っこちた。
「あ、危ないですよ、エリーさん! フレイも、刃物扱ってる人に、いきなりそんな事を訊かない
の!」
「ご、ごめん……」
珍しく怒りを露にするアキナに、フレイも少し反省した。が、すぐに気を取り直して、
「それで、どうなのよ、エリー? あの子の事、好きなの?」
「あ、あああああの、好きとか嫌いとかやっぱり好きとか、そんな、あの、ニコルさんは優しくて、
ちょっとカッコよくて、でもアマルフィ家の一人息子で、すっごいお金持ちで、私なんかとても、そ
の……」
 顔を真っ赤にするエリー。何とも分かりやすい反応だ。
「ふうん、なるほどね。ねえアキナ、アマルフィ家ってそんなに凄いの?」
「フレイ……。もう少し新聞とかニュースとか見た方がいいよ…。アマルフィって言ったら、プラン
トでも屈指の名家で、今の当主のユーリって人は、最高評議会の議員の一人なのよ」
「へえ。そんなに凄いんだ」
「そ、そうなんですよ。だから私なんて、とても…」
「けど、それを抜きにしても、エリーは諦めた方がいいと思うわよ」
「えっ?」
 思わず聞き返すエリーに、フレイが得意満面に言う。
「だってあいつ、もう好きな女(ひと)がいるみたいだし」
「…………えーーーーーーーーーーっ!!!!」
 エリー、絶叫。
「フ、フレイ、そんないい加減な事を…」
「あら、いい加減じゃないわよ。確固たる証拠あっての事よ」
「証拠、って…?」
「あの子、この私を見ても、顔色一つ変えなかったのよ。普通、あの年頃の男の子なら、私みた
いな美少女を見れば、顔を赤らめるとか、照れくさくて顔を背けるとか、声をかけるとかするのに
何の反応も無し! という事は、もう既に好きな女がいるって事よ。どう、この完璧な論理は?」
「………………えーと、冗談よね、フレイ?」
「うん。半分はね」
 あっさり認めた。ついでに気になる事も言っている。
「半分?」
「そう。私を見て、とかいうのは冗談だけど、好きな女がいるっていうのは、間違いないと思う。片
想いか両想いかは知らないけど」
「その根拠は…?」
「勘よ」
「………………」
 取り合えずアキナは、落ち込んでしまったエリーを慰める事にした。
 だが、アキナはフレイの意見を否定しなかった。なぜなら、アキナも同じように感じていたから
だ。もっとも、彼女の場合はフレイのような『勘』ではなく、わずかだが証拠というものがある。
 院長室で会った時、ニコルがある女性に対してのみ見せた、あの熱い目。以降、ニコルの視
線は、ずっとその女性を追っていた。
『けど、あれは恋人を見る目じゃないような気がする…。あれはまるで…敵を見るような目…』



 孤児院の一室、音楽室と呼ばれているその部屋には、アマルフィ家から寄贈されたピアノが置
かれている。これはニコルが昔、使っていた物で、彼はここへ来る度、この懐かしき相棒を奏で
る。その美しい音色は孤児院の子供たちを、隣の病院の患者たちを、近隣の人々の心を和ま
せていた。
 ニコルが演奏している時は、誰も音楽室には近づかないし、部屋の中にも入らない。彼の集中
を妨げないためだ。が、今日は違った。音楽室にはニコルの他にもう一人いる。
「……………」
 音楽室の片隅で、腕を組み、壁に背をもたれながら、ガーネット・バーネットはニコルの指先が
生み出す『芸術』に聞き入っていた。そして、演奏が終わると、ガーネットは素直に拍手した。
「ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調 《合唱》か。いい曲だね。クラシックの中で、私が一番好
きな曲だ」
「貴方の好みに合わせた訳じゃありませんよ。子供たちが好きな曲だから弾いたんです」
 ニコルはピアノの蓋を閉じた。そして立ち上がり、ガーネットを睨む。
「まったく……。どうして貴方がここにいるんですか?」
「偶然だよ、偶然。私だってビックリしてるんだ。アマルフィ家が地球の病院やら孤児院やらを支
援しているのは知ってたけど、まさかここがその一つとはね」
 ニコルの父ユーリと母ロミナは、共に心優しい人物で、コーディネイターとナチュラルの共存を
望んでいる。戦前からこのような孤児院や病院などに多額の寄付を行っており、ナチュラルから
も信望を集めていた。もっともユーリの方は、最近では理想と現実のギャップに苦しみ、抗戦派
のパトリック・ザラに同調する事も多くなっていたが。
「あんたの親父さん、パトリック・ザラの犬になっても、寄付とかはやってるんだね。見直したよ」
「父さんを侮辱するのはやめてください。それに、病人や孤児院の子供たちは、戦争とは何の関
係もないでしょう」
「侮辱したんじゃない。褒めてるんだよ」
 まるでイタズラっ子のように微笑むガーネットに、ニコルはため息をついた。
「変わりましたね、貴方は。ザフトにいた頃は、そんな悪趣味な冗談を言うような人じゃなかった」
 実際、ザフト時代のガーネットと今のガーネットは、ほとんど別人だった。ザフト時代の彼女は
冷静で冷徹、一切の無駄口を叩かず、表情一つ変わる事さえ無い。イザークやディアッカなどが
陰で言っていたとおり、『鉄仮面女』そのものだった。
「あの頃は猫、いや、仮面を被ってたからね。あんたたちと仲良くなって、余計な情を移したら、
戦いにくくなる」
「つまり、ザフトに入った時から、僕たちを裏切るつもりだったんですか?」
「ああ、そうさ」
 断言するガーネット。ニコルの心に苛立ちが募る。そして彼は、素直にその感情をぶちまけ
た。
「………………どうしてですか? 貴方はコーディネイターなのに、どうして仲間を裏切るんです
か! どうして、ナチュラルに手を貸すような事を…」
「ニコル」
 ガーネットの冷たい声が、ニコルの熱情を冷ました。
「質問を質問で返して悪いけど、ニコル・アマルフィ、あんたは何のために戦っているんだ?」
「僕が……戦う理由…?」
 そんなのは簡単だ。
「守るためです。父と母を、友達を、そして出来る事ならば、この目に写る全ての人たちを。もう
二度と『血のバレンタイン』のような悲劇を起こさないために…」
「『血のバレンタイン』、ねえ……」
 ガーネットは苦笑した。
「戦争とは何の関係も無い農業用プラントを核で破壊し、20万以上の犠牲を出した悲劇。その
報復としてプラント側は地球の各地にニュートロンジャマーを打ち込み、両陣営は本格的な武力
衝突に……。フッ、フフフ…」
「? ガーネットさん…?」
「いや、よく出来てるよ。ああすればこうなる、こうすればああなる。そんな分かりきっている事を
ナチュラルもコーディネイターも繰り返してる……。まるでガキのケンカみたいにね」
 空が赤い。日が落ち始めている。夕焼けの赤い光が、ガーネットの顔に影を作った。その影は
色濃く、そして、美しかった。
「元同僚として、一つだけ忠告してやるよ、ニコル。正義ってやつは一つだけじゃない。プラントに
はプラントの正義があるように、地球には地球の、ナチュラルの正義がある。相手の正義を否
定し続けていたら、いつまでたっても平和なんか来ないよ」
「……だから貴方は、地球軍に付いたんですか? ナチュラルの正義を知るために…」
「いや、私のはタダのワガママだ」
「ワガママ?」
「そう。私はつまらないワガママを親子二代で貫こうとしている、ただのバカさ」
 そう言って、ガーネットは苦笑した。だが、その顔にも言葉にも、後悔している様子は無い。
「親子二代って、アルベリッヒ博士の事ですか?」
「ああ、そうさ。コーディネイターの中でも指折りの大バカだよ。そして私はその娘、親父以上の
大バカ、超バカさ」
「貴方がバカなら、貴方に勝てない僕はもっとバカじゃないですか…」
「あっはははははは! そうだね、私もあんたも、ついでに私の親父もバカばっか、コーディネイ
ターなんて、みんなバカばっかだ」
 そう言ったガーネットの顔は、とても嬉しそうで、けれど同時に寂しそうで、哀しそうで、そして、
『…………。まったく、明日には殺し合うかもしれない相手の前で、そんな顔しないでくださいよ…
…』
 と、ニコルが心の中で呟くほど、儚いものだった。



 楽しい夕食の後(エリーは落ち込んでいたが)、ガーネットたちは孤児院を後にした。子供たち
に手を振りながら去っていく少女たちを、ニコルは音楽室の窓から見つめていた。
「見送ってやらないのかい?」
 リンダ院長が話しかける。ニコルは苦笑して、
「どうせすぐに会えますよ。戦場でね」
「なるほど。まあ、そんな事じゃないかと思ったけどね」
「気付いてましたか…」
「まあね。伊達に年は食っちゃいないよ」
 院長は、この孤児院でニコルが『ザフトの軍人』だと知っている唯一人の人間だ。ニコルとガー
ネットの間に漂う奇妙な緊張感から、察したのだろう。
「てっきり、ここで何かやらかすかと思ったけどね。モビルスーツ戦とかさ」
「中立地帯でドンパチやるほど、バカじゃありません」
「ふうん。けど、いいのかい?」
「彼女たちを逃がしても、ですか? 別に構いませんよ」
「そうじゃない。あのガーネットってお嬢さんを殺してもいいのかい?って訊いてるのさ」
「…………………どういう意味ですか?」
「言葉どおりの意味さ。ニコル、前にも言ったけど、あんたはザフトを辞めるべきだ。あんたは優
しすぎる。軍人稼業(ひとごろし)は無理だよ」
「今更、ですね。僕はもう何人も殺してますよ」
「そしてこれからも殺すのかい? ガーネットも含めて」
「………………」
「もう少し、自分の気持ちに正直になりな、ニコル。でないと、心が潰れるよ」
「僕は弱いから。だから、自分に正直に生きていたら、すぐに死んでしまいます。大切な人を守る
事もできずに…」
 そう言い残して部屋を出て行くニコルの後姿は、とても寂しいものだった。リンダはため息をつ
く。嫌な時代だ。
『ったく、どうしてこんなムナクソ悪い時代になっちまったんだろうね……』
 答える者はいない。答えも無い。少なくとも、今のところは。



「あの、ガーネットさん…」
 マチルダへの帰り道、アキナがガーネットに質問した。
「ん? 何だい?」
「ガーネットさんとニコルさんって、その、お知り合い…なんですか?」
「アキナ、そんな回りくどい言い方じやダメよ。こういう事は、ズバッと訊かないと!」
「? フレイ、何の事…」
「あんたとニコルって子の関係よ! ただの知り合い、って雰囲気じゃなかったわね。ズバリ、プ
ラントにいた頃の恋人でしょ!」
「…………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………」
 黙り込む三人。
「クッ…フフッ」
 奇妙な沈黙は、ガーネットの苦笑によって破られた。
「え? 違うの?」
「そうだね。恋人……じゃないな」
「それじゃあ、ただのお友達ですか?」
「うーん、そうでもないなあ……」
「はっきりしないわね。じゃあ何なのよ?」
「さあ? 私にもよく分からない。けど…」
「けど?」
 首を傾げるフレイとアキナに、ガーネットは優しく微笑み、
「悪い奴じゃないよ、あいつは。そして、悪い奴にもなり切れない。結構好きだよ、私はね」
 と、答えた。
 そう、ニコル・アマルフィとはそういう男だった。これまでも、そして恐らく、これからもずっと。敵
だけど、信じられる人間だ。



 同時刻。ザフト軍、カーペンタリア基地は宇宙からの来訪者を迎えていた。
「久しぶりの地球だな」
 宇宙船から降りたラウ・ル・クルーゼは、乾いた風をその身に浴びながら言った。そして、出迎
えた兵士に、
「ニコルは?」
「先日、潜水艦隊と共に基地を出ました。今はシンガポールにいるそうです。先程、連絡があり
まして、赤道連合の勢力外まで出て、クルーゼ隊長との合流を待つ、との事です」
「そうか。相変わらず、動きが速いな。ガーネット・バーネットの行方は?」
「残念ながら、まだ…」
「そうか。まあ、いい。足つきと合流するつもりなのは分かっている。ならば、コースも読める」
 そう言ってクルーゼは、背後を振り返った。宇宙から連れてきた三人の死神たちが控えてい
る。
「君たちの標的(えもの)とは思ったより早く、出会えるかもしれん。その腕、存分に振るってもら
うぞ」
 クルーゼの言葉に、三人は微笑む。それは、最高の獲物を前にした狩人の微笑だった。

(2003・7/12掲載)
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