断章
 亡霊たちの黄昏
(20000キリ番をゲットした極月さんのリクエストより)

 オーストラリアのとある荒野。金色に塗られた四機のジンの足元に、四つのテントが並んでい
る。傭兵集団ゴールド・ゴーストのキャンプ地だ。
 四人のメンバーの内、今、このキャンプ地にいるのは隊長のレオンと、副隊長のサキだけ。フ
ォルドとギアボルトは近くの町に買出しに行っている。
「ノーマントンでは、随分と派手にやってくれたようだな」
「……………」
 定時連絡。通信機からクルーゼの第一声は予想していた通り、皮肉を含んだものだった。が、
レオンは黙ってそれを受け止めた。
「君たちは傭兵なのだろう? いつから放火魔に転職したのかね」
「始末はつけた」
「当然だ。だが、君にはもう少し、部下の手綱をしっかり握ってもらいたいものだな。君たちがバ
カな事をすれば、君たちを雇った私の信用にまで傷が付くのだからな。そうなれば君たちへの報
酬も…」
「分かっている。今後、二度とこんな事は無い」
「だといいのだかね。君の部下たちは実力はともかく、性格面で問題がありすぎるようだからな」
「……いくら雇い主とはいえ、俺の部下の悪口はやめてもらおう。俺はあいつらを信頼している」
「これは失礼。では、本日の通信はここまでにしよう。私も、近々地球に降りる予定だ。それまで
に、ゴールド・ゴーストの名声が地に落ちない事を祈っているよ」
 最初から最後まで皮肉を含みながら、クルーゼからの通信は切れた。
「ふん」
 通信を終えたレオンは、鼻息を荒くした。あのラウ・ル・クルーゼという男、金払いはいいのだ
が、どうも好きになれない。
「随分と言われたわね」
 サキがコーヒーを差し出す。香りのいいキリマンジャロ。レオンの好きな銘柄だ。
「これも仕事の内だ。実際、オーマはやり過ぎたからな。傭兵としての実力は悪くなかったが、精
神面がモロ過ぎた」
「そうね。けど、それは初めから分かっていた事でしょう? 彼を仲間に加える時、私は反対した
わ。けど、貴方は彼を仲間にした」
「ああ。あれは失敗だった」
「貴方らしくないミスね。それってやっぱり、叢雲劾への意地?」
 その男の名を聞いたレオンの表情が変わった。
 叢雲劾。傭兵集団サーペントテールのリーダー。最強のコーディネイターと呼ばれており、レオ
ンがライバル視している男である。
「サーペントテールの問題児だったオーマも、自分なら上手く使いこなしてみせる。そうすれば世
間の奴らは、劾より貴方の方が優れていると思う。結局、失敗したけど」
「確かにな。お前も言いにくい事をハッキリ言うじゃないか」
「でも、事実でしょう? それに、言いにくい事を言うのが副隊長(わたし)の仕事だと思ってるし、
貴方だってそれを望んでいる。だから、私をスカウトしたんでしょう?」
 確かにその通りだ。
 レオン・クレイズとサキ・アサヤマが出会ったのは三年前。地球軍とプラント側が小競り合いを
している戦場だった。レオンは地球側の、サキはプラント側の傭兵として、殺し合った。
 幾多の戦いの中で、レオンはサキの腕に惚れた。冷静沈着にして時に大胆、常に自分と仲間
たちが生き残る事を最優先で考えており、決して無駄な行動はしない。理想的な傭兵だった。
 この女とならやれる。世界最強の傭兵集団を作り上げる、という俺の夢を実現できる。そう思
ったレオンは、戦場の真っ只中でサキをスカウトした。この時レオンが言った『俺にはお前が必
要だ。俺の夢を叶えるため、いついかなる時も俺を支えてくれ』というプロポーズのような口説き
文句は、今なお傭兵仲間たちに語り継がれている。こんな台詞を戦場で、しかも敵に対して言い
放つレオンもレオンなら、それを承諾したサキもサキだ、と。
「あの時、私、嬉しかった」
 そう言いながらサキは、コーヒーを飲み干したレオンの背中に、そっと抱きついた。
「貴方は私を理解してくれた。誰よりも私を必要としてくれた。誰よりも強くて、残酷な男が私を必
要としてくれた。それが嬉しかった」
 レオン・クレイズ。別名『不殺のレオン』。依頼主から特に何も言われない限り、無駄な殺生は
しない異色の傭兵。だが、それは命を大切にするとか、敵に対する優しさとかではない。敵を殺
さなくても戦闘不能に出来るという、自分の凄腕振りをひけらかしているだけだ。また、彼と戦っ
た者は、たとえ命を永らえても、徹底的にいたぶられた結果、傭兵稼業を辞めたり、ひどい時に
は精神崩壊を起こしたりしている。
 それほどの猛者に必要とされた事が、サキは嬉しかった。だから彼を受け入れた。そして、決
めたのだ。
「私の全ては貴方のためにある。だから貴方には、つまらない事で躓いてほしくないの。意地や
安っぽいプライドで、自分を貶めるような事はしてほしくないの。貴方はもっと強くなれる。そして
私たちも…」
「分かってる。二度と同じ間違いはしない。そして必ず、あの女を殺す。俺たちゴールド・ゴースト
の名に傷を付けたクソ女、ガーネット・バーネットをな」
「もちろんよ。そうすれば、私たちはもっと強くなれる。そして貴方の夢を、私の夢を叶えて……」
 さらに言葉を紡ぎだそうとするサキの唇を、レオンの唇が塞いだ。
 この二人は愛し合っている。お互いがお互いを必要としている。だが、それ以上に、この二人
は血に飢えている。夢に飢えている。だから決して許さない。自分たちより強い者を。自分たち
の邪魔をする者を。



 ゴールド・ゴーストのキャンプ地から二キロほど離れた場所に、小さな町があった。本当に小さ
な町で、人の姿も疎らである。田舎町のノーマントンが、大都会に思えるほどだ。
 小さい町だが、物資は揃っていた。買い物に来たフォルド・アドラスとギアボルトは、たっぷりの
荷物をバギーに乗せ、帰路に着こうとした。
「よお、ボウヤたち」
 二人を呼び止めたのは、町のチンピラどもだった。こういう輩はどこにでもいるらしい。五人の
チンピラたちはフォルドたちを取り囲み、
「随分と買い込んだじゃねえか。ママのお使いにしちゃあ、ちょっと量が多くないか?」
「俺たちにも分けてくれよ。ついでに、財布の中身もな」
「それから、そっちの姉ちゃんにも付き合ってもらおうか。そんなガキを相手にするより、俺たちと
一緒に…」
 ギアボルトに声をかけたチンピラの顔に、フォルドの鉄拳が叩き込まれた。チンピラは潰され
たカエルのような声を上げて、無様に倒れた。
「なっ!」
「て、てめえ、何を…」
 思わぬ反撃にうろたえるチンピラたちを、フォルドはボコボコにした。完膚なきまでにぶちのめ
した後、全員の腕の骨を折ってやった。
「運が悪かったな、お前ら。俺は今、ケンカ相手が死んだばかりで、すっごく気分が悪いんだよ」
 そう言い残して、フォルドはその場を後にしようとした。だが、敵に背を向けた瞬間、チンピラの
一人が銃を取り出し…、
「ぐおっ!」
 倒れた。
 チンピラの額には風穴が空いていた。
「おい、そこまでやる事はねえんじゃねえの?」
 フォルドは、銃を手にしたギアボルトに言った。
「銃を向けた相手は殺す。私はそう考えているし、間違っていないと思う」
 ギアボルトは、まったく感情の無い声で言った。さすがのフォルドもため息をつく。どうもこの女
は苦手だ。
 大騒ぎになった町を後にし、二人を乗せたバギーが荒野を走る。
 運転するフォルドは、ふと隣を見る。助手席に乗っているギアボルトは、窓の外の景色を見て
いるのだが、その目に感情らしいものは無い。無表情のまま、ポケットから飴を取り出し、口に
入れ、コロコロと舐めている。
 ギアボルトはいつもこうだ。一年前、隊長がどこからか連れてきた女。名前は偽名らしいし、素
性もコーディネイターらしい事以外、一切不明。射撃の腕は超一流で、戦力としては信頼してい
るのだが……。
「なあ。お前、どうしてゴールド・ゴーストに入ったんだ?」
 退屈しのぎのつもりで、フォルドはギアボルトに話しかけた。
「隊長に誘われたから」
 飴を舐めながら、ギアボルトはあっさり答えた。けど、答えになっていない。少なくとも、フォルド
の望む答えではない。
「いや、そうじゃなくて…」
「あなたはどうなの?」
 質問を返されたフォルドは一瞬戸惑うが、
「俺は、まあ、他に行く所が無かったからな」
 フォルドの父親は、彼が生まれて間もなく病死。母は幼いフォルドを抱えながら、懸命に生きて
きた。どんなに辛い時でも笑顔を絶やさない、厳しさと優しさを兼ね備えた母がフォルドは大好き
だった。だが、フォルドが七歳の時、ブルーコスモスの無差別テロによって母が死亡。フォルドは
母の仇を討つため、愚かなナチュラルどもに思い知らせてやるために、戦士となったのだ。
 レオンにスカウトされたのは一年半前。『不殺のレオン』と呼ばれる程の凄腕に認められた事
が純粋に嬉しくて、彼の誘いに乗った。
「とまあ、こんなところだ。それでお前は…」
 話し終えたフォルドはギアボルトを見るが、彼女は寝息を立てていた。
「…………………撃ったろか、このアマ」
 行動パターンの読めない女だ。いい年して、いつも飴を舐めるような子供っぽさを持っている
反面、規律違反を犯したとはいえ、仲間だったオーマをあっさり殺すし、さっきの町でも、ためら
う事無く人を殺した。
「大人なのかガキなのか、ホント、よく分からない女だぜ」
 分からない奴の事を考えても仕方がない。フォルドは運転に集中する事にした。
 物資の補給が終われば、ただちに追撃に入るはずだ。標的はあのクソ女、ガーネット・バーネ
ット。コーディネイターでありながら、ナチュラルなどの味方をする女。オーマが死んだのも、あの
女がオーマに殺されなかったせいだ。許せない。絶対に許せない。
『必ずブチ殺してやるぜ、ガーネット・バーネット……!』
 一方、ギアボルトは夢を見ていた。
 昔の夢。
 彼女がまだ『番号』で呼ばれ、何も知らなかった子供の頃の夢。
 生まれて数ヶ月で、今の体にまで成長した。研究所のみんなが彼女に期待していた。けれど彼
女は失敗作だった。射撃以外の能力は普通のナチュラルと同レベル、いや、それ以下の数値を
示す時もあった。
 処分される事が決まった日、彼女は脱走した。追って来た連中は殺した。そして、唯一の取り
柄である『射撃』の腕を磨き、自分の能力が最大限に生かせる世界に飛び込んだ。戦場であ
る。
 そして、『名無しの傭兵』として有名になった彼女の力を、レオンが求めた。この男は生まれて
初めて、自分を必要としてくれる人間だった。彼女はレオンに忠誠を誓った。そして敬愛する主
の歯車となるために、ネジとなるために、ギアボルトと名乗った。
 ギアボルトのレオンに対する感情は、愛情ではない。そもそも彼女は愛情というものを知らな
い。知る必要も無いと思っていた。だが……。
『ガーネット・バーネット……』
 自分と同じ、戦場に身を置く女。自分と同じくらい、いや、もしかしたら自分より強い女。
『あの女は何のために戦っているんだろう? 私のように、誰かのために戦っているのだろう
か?』
 その答えは永遠に分からないだろう。なぜなら彼女は死ぬのだから。これから自分が殺すの
だから。



「よお、クルーゼ! 元気そうじゃないか」
 坊主頭の中年男がクルーゼのいる執務室を訪れた。ザフトの軍服を着てはいるが、襟元を開
け、かなり着崩している。ノックもせずに部屋に入ってきたその男をクルーゼはため息をついて
迎えた。
「君とは昨日会ったばかりだろう。それで、訓練学校の教官殿が私に何の用かね、ラージ・アン
フォース君?」
「つれない事を言うなよ、クルーゼ。お前と俺の仲じゃないか」
「君とはニ、三度、一緒に酒を飲んだだけの間柄だった気がするが。あと、その無精髭は剃りた
まえ。見苦しいぞ」
 確かに、ラージのあごには剃り残しの髭がある。しかし、本人はまったく気にしていないらしく、
「まあまあ、細かい事は気にするな。ハハハハハハッ!」
 と豪快に笑う。
「大声を出すな、バカ者。……おい、やけに陽気だが、貴様まさか、昼間から飲んでるんじゃない
だろうな?」
「おいおい、いくら俺でも仕事中に酒は飲まんぞ。これは地だよ、大きな声は地声、明るい性格
は地の性格! ハハハハハハッ!」
「それはそれで厄介なのだがな……」
 クルーゼは、このラージという男が苦手だった。やたらと人懐っこく、こちらの話をまったくと言
っていい程、聞いてくれない。そのくせ教官としては一流なのだから、どこかの僻地に飛ばす事
もできない。まったくもって始末に悪い。
「用件を言いたまえ。私はこれから、地球降下の準備をせねばならんのだ」
「ん? もう降りるのか? オペレーション・スピッドブレイクの発動には、まだ時間があるだろ」
「発動前に地球でやっておきたい事がある。それに、元・部下の始末もせねばならん」
「ガーネットの事か」
「そうだ。君の最も優秀な教え子のな」
 クルーゼの言うとおり、ガーネットはラージが鍛え上げたパイロットの中でも特に優秀な生徒だ
った。訓練学校時代、アスランやニコルでさえ手玉に取られていたラージを相手に、唯一、互角
に渡り合った少女。訓練学校ではガーネット・バーネットの名は半ば伝説と化していた。
「そうか。なら、ちょうどいい。クルーゼ、お前に頼みがある。」
「何だ?」
「ガーネットの始末、俺にも手伝わせてくれないか」
「お前が?」
 クルーゼは驚いた。と同時に呆れた。今のガーネットは、訓練学校時代より格段に腕を上げて
いる。訓練学校の職に専念し、実戦経験を積んでいない今のラージが勝てる相手ではない。そ
もそもこの男、かつて戦闘で負傷し、その後遺症がまだ癒えていないはずだ。
「ああ、俺がやる訳じゃない。俺だって命は惜しいからな」
 そう言ってラージはニヤリと笑った。
「だが、俺の生徒たちがうるさくてな。『先生を、俺たちを、ザフトを裏切ったガーネット・バーネッ
トを許すな!』とか言って、騒いでいる。何とか押さえ込もうとしているが、どうしても抑えられない
奴が三人いる。しかもそいつらは、俺の生徒の中でもかなり優秀でな。ガーネットにも勝てるかも
しれん。どうだクルーゼ、奴らを連れて行ってくれないか?」
「生徒を死神に差し出すというのか? 相変わらず厳しいな」
「死ぬと決まった訳じゃない。少なくとも、味方の町に火を点ける傭兵よりは役に立つと思うが
ね」
「ふん」
 不快に思いながらも、クルーゼは冷静に計算した。このラージという男、掴み所はないが、大
言壮語を吐くような人間ではない。この自信、相当の駒を育て上げたという事か。アスランたち
はまだ休暇中だし、彼らのMSの整備と研究も終わっていない。ゴールド・ゴーストもあまり当て
にはならない。使える駒が地上のニコルだけというのは少々不安だ。
「分かった。上には私が話を通しておこう。準備させておけ」
「おお、ありがとよクルーゼ! さすがは我が心の友!」
「勝手に言ってろ。それで、そいつらはどんな連中だ?」
「ふっふっふ、聞いて驚くなよ……」
 その三人の名を聞いた時、クルーゼは苦笑いを浮かべた。
「やれやれ。裏切り者一人のために、随分と贅沢な布陣だな」
「だが、問題は無いだろう?」
「ああ。素晴らしい戦力(コマ)だよ」



 深夜、自宅に戻ったラージは、とある人物に電話をかけた。盗聴防止装備付きの軍用電話だ
が、掛けた先にいるのは軍人ではない。
「どうも、ラージです。お久しぶりです。
「………」
「ええ、クルーゼは乗ってくれました。これであの三人を疑われる事なく、地球に送り込めます。
ですが、よろしいのですか? あの三人にはほとんど何も教えてませんから、ガーネット嬢を殺し
てしまうかもしれませんよ」
「…………」
「まあ、確かにそうですね。あの三人に負けるようでは、トゥエルブ・システムの完成など夢のま
た夢ですからね。まったく、アルベリッヒ殿も、やっかいな希望(もの)を残してくれましたね」
「…………」
「いえ、私はまだ、当分こちらに残ります。オペレーション・スピッドブレイクについて、もう少し調
べておきます。どうも嫌な予感がするんですよ」
「…………」
「大丈夫、自分の身ぐらい自分で守りますよ。それでは、お父上にもよろしく言っておいてくださ
い。今度のコンサート、楽しみにしてます。では」
 電話を切った後、ラージはふと、教え子たちの顔を思い浮かべた。黒い女神と呼ばれたガーネ
ット。今度地球に送り込む三人。その他、生きている者たち、死んでしまった者たち。そして、こ
れから殺す者たち。
「俺は地獄に落ちるだろうな。だが、それでも構わない。俺が地獄に落ちるくらいで、この世界を
弄ぶクソ野郎どもを潰せるのならば……!」



 翌日、クルーゼは地球に降りた。
 知られざる期待を背に受けた、恐るべき三人の死神たちと共に。

(2003・7/7掲載)
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