第11章
 小さな奇跡

「君たちはクビだ。理由は言わなくても分かるだろう?」
 ザフト軍、ジブラルタル基地の一室。ゴールド・ゴースト隊の生き残り三人を前に、クルーゼは
非情な宣告を告げた。
「ふん。上司の息子が降りてきたら、品の悪い俺たちはお払い箱か。ゴマスリにしても、随分と勝
手な話だな」
「アスランは関係ない。単に君たちが無能だからクビにするだけだ」
 ゴールド・ゴースト隊長レオン・クレイズの文句を、クルーゼはさらりと、だがキツい一言を含め
て言い返した。
「ケッ、言ってくれるぜ」
 フォルド・アドラスが苦々しげに呟く。
「けど、反論の余地は無いわ。私たちが失敗続きなのは事実よ」
 副隊長のサキ・アサヤマが言う。
「まあ、いいさ。それならそれで、俺たちは勝手にやらせてもらう。サキ、フォルド、行くぞ」
「待ちたまえ」
 部屋を出ようとした一同を、クルーゼが呼び止めた。
「一つ訊くが、君たちはこれからどうするつもりかね?」
「取りあえず、あの女を殺す。俺たちゴールド・ゴーストの名に傷を付けた、あのクソ女をな」
 怒りを隠さずにレオンが言うと、サキとフォルドも頷く。
「そうか。では、お別れのプレゼントとして、私がいい物をあげよう。私としても、あの女にはさっさ
と死んでもらいたいのでね」
 クルーゼはニヤリと笑った。レオンはこのクルーゼという男が嫌いだった。が、もらえる物は貰
っておくことにした。それが彼の流儀だった。



 紅海でモラシム隊の攻撃を退けたアークエンジェルは、無事にインド洋を抜けようとしていた。
だが、中立国である赤道連合の勢力圏に入る直前でザラ隊(アスラン、ディアッカ、ニコル、ロデ
ィア、ジュリエッタ姉妹、他五機のディン)に捕まり、攻撃を受けていた。
 フライトユニット・グゥルで自在に空を舞い、襲い掛かるザラ隊に対して、キラとガーネットのダ
ブルストライクは苦戦していた。フラガのスカイグラスパー、ライズ率いるクラウドウィナー部隊も
奮闘するが戦況は変わらず。
「見てられん! 私も出る!」
 キサカが止めるのも訊かず、カガリがスカイグラスパー2号機で出撃。それを横目で見たガー
ネットは、戦況を覆すための賭けに出た。
「キラ、少佐、ここは任せる。私は敵の母艦を直接叩く。カガリ、一緒に来な!」
「ああ! 遅れるなよ、ガーネット!」
 カガリのスカイグラスパーと、バスターのグゥルを奪い取ったシャドウがアークエンジェルを離
れる。目標はザラ隊の母艦である潜水艦。
「! ガーネットめ、母艦を潰すつもりか! ニコル、来い! ディアッカ、ロディア、ルミナ、カノ
ン、ここは任せるぞ!」
「OK、隊長殿」
「へっ、任せろ!」
「了解しました」
「はーい、アスラン様〜! カノンは貴方のために頑張りま〜す!」
 約一名、浮かれている人物が気になるが、アスランはニコルを連れてガーネットたちの後を追
った。
「ガーネット、イージスとブリッツが追って来たぞ!」
「大丈夫、振り切れる!」
「急げニコル! 母艦を沈められたら、俺たちの負けだ!」
「ええ、分かってますよ、アスラン!」
 全速力で飛ぶシャドウとスカイグラスパー。それを追うイージスとブリッツ。だが、とある小島の
上空で異変が起きた。
「!?」
「えっ?」
「機体が……止まった?」
「モビルスーツだけじゃない、グゥルまで止まった? これは、まさか…!」
 突然の機能停止。一体なぜ?と疑問に思う間さえ無く、三機のモビルスーツと一機の戦闘機
は直下にあった小島へと落下していった。



「作戦の第一段階は成功だな、サキ」
 落ちてきたモビルスーツたちを双眼鏡越しに見ながら、レオン・クレイズは微笑んだ。
「はい。ですが、余計な物も紛れ込んでしまいました。イージスとブリッツ、どうしますか?」
「放っておけ」
「よろしいのですか? あれはザフトの…」
「俺たちはもう、ザフトの兵士じゃない。ただの傭兵だ。それに、あっさり俺たちを切り捨てたクル
ーゼの部下など、助ける義理は無い」
「そうそう、隊長の言うとおり! あんなウスノロ共の為に、苦労して仕掛けた罠を解いてやる必
要なんてねーよ。黙って引っ込んでいるなら、それでよし。もし、俺たちの邪魔をするようなら、ガ
ーネットと一緒にブッ殺せばいいのさ」
 と、フォルドが言う。乱暴な話だが、レオンは反論しない。どうやらレオンもそのつもりらしい。
「分かりました。では、このまま作戦は続行ですね」
「ああ。これより作戦の第二段階に入る。この島をガーネット・バーネットの墓場にするぞ!」
「はっ」
「おおよ!」
 闘志燃やすゴールド・ゴースト隊。彼らの後ろでは、クルーゼから与えられた試作EMP爆弾・
バアル(持続型)が不気味な唸り声を上げていた。



 シャドウとスカイグラスパーは島の南方にある砂浜に不時着(墜落)した。幸いな事に、ガーネ
ットもカガリも傷は無いが、機体はまったく動かない。スカイグラスパーは機体のあちこちから火
花や煙が出ているし、シャドウも左腕から火花が出ている。
「あれだけの高さから落ちたんだ。故障ぐらいするさ。私たちが無事だっただけで、良しとしない
と」
「けどガーネット、おかしくないか? 何で私たちの機体は急に止まったんだ?」
「……………」
「ほとんど壊れたスカイグラスパーはともかく、左腕だけが壊れているシャドウも動かない。全て
のメカが完全に機能を停止するなんて、ちょっと変だよ」
「ああ。嫌な予感がするね……」
 アークエンジェルに救援を要請するため通信機のスイッチを入れたが、繋がらない。いくら調
整しても、耳障りな雑音がするだけだ。
「ダメか。カガリ、スカイグラスパーの通信機は使える?」
「いや、ダメだ。通信機自体は壊れてないんだけど繋がらない。シャドウの方もダメなのか?」
「ああ。どうやら強力な妨害電波が張られているみたいだね。ったく、やってくれるよ……」
「これってやっぱり、ザフトの仕業なのか?」
「恐らくね。アラビアの砂漠でこれと同じような目にあった事がある」
 クルーゼが仕掛けた地獄罠。あの時はトゥエルブを五番まで使う事で、何とか乗り切る事が出
来た。だが、正直あれはキツい。何が起こるか分からないこの状況で、あまり無理はしたくない。
「これがザフトの罠だとしたら、ここに留まっているのはちょっとマズいね。何とかこの島から脱出
しないと…」
「それは俺たちも同じ意見だ」
「!」
「!」
 いつの間に近づいていたのか。赤いパイロットスーツに身を包んだザフト兵がそこにいた。
「アスラン、ニコル……」
「くっ! ザフトか!」
 カガリは素早く銃を抜き、二人に銃口を向ける。
「カガリ、待って!」
「なぜ止める! こいつらのせいで、私たちはこんな島に…!」
「いや、どうも違うみたいだ」
「えっ?」
 驚くカガリを残して、ガーネットはアスランたちの側に近づく。奇妙な緊張感が辺りを支配する。
「アスラン、あんたさっき、私たちと同じ意見だと言ったね。どういう意味?」
「言葉どおりの意味だ、ガーネット・バーネット。俺たちもさっさとこんな島を脱出したいんだ」
「ふーん。という事は、こうなったのはあんたたちザフトのせいじゃない、と」
「少なくとも、俺たちは何も知らん」
「ニコルも?」
「ええ。予想外のアクシデントでした」
「嘘をつくな!」
 カガリの激しい言葉にも、ニコルは動じなかった。
「嘘じゃありませんよ。もし、これが僕たちが仕掛けた罠なら、こうして貴方たちの前にのこのこ
現れるはずがないじゃないですか」
「ぐっ……」
 ニコルのもっともな反論に、カガリは沈黙した。
「あんたたちのモビルスーツも動かないのかい?」
 ガーネットが問う。
「ああ。俺のイージスも、ニコルのブリッツも全ての機能を停止している。通信も出来ん」
「それはこっちも同じだよ。で、これからどうするつもり?」
「それを相談するためにここに来た。何をするにしても、人手は多い方がいいからな」
「一時休戦、ってわけね。堅物のアスラン君にしては、随分と物分りがいいじゃない」
「からかうな。俺だって、この状況で敵を増やすほどバカじゃない。まあ元々はニコルが言い出し
た事なんだが」
「へえ。ニコルは、それでいいのかい? あんたは私の事を……」
「それとこれとは別ですよ。貴方との決着をつけるのは、またの機会にします」
「そんなの信用できるか!」
「カガリ」
 未だ銃口をアスランに向けているカガリに、ガーネットが諭す。
「このアスランって男は、私の昔馴染みだ。今は敵だけど、それでも信用に値する男だよ。こっち
のニコルって子もね」
「で、でも……」
「まあ、ついさっきまで殺し合いをしてた相手を信じろ、っていうのが無理な話だろうね。だった
ら、この二人を信じている私を信じろ。この二人があんたに何かしたら、私が責任をとってやる」
 そう言ってガーネットは、カガリを見つめる。真剣な眼だった。カガリの疑心を打ち消すには充
分すぎるほどの力が込められていた。
 カガリは少し微笑んだ後、銃を下ろした。
「分かった……。ガーネット、あんたを信じるよ」
「ありがと」
 ニッコリ笑って、礼を言うガーネット。アスランとニコルも、ホッとした表情を見せた。人に信用し
てもらうのは気持ちのいいものだ。たとえそれが敵であっても。
「話を戻すけど、こうなった原因は何だと思う? 私は一つ、心当たりがあるんだけど。あんたた
ちが前にアラビアの砂漠で私に使った…」
「バアル、ですね」
 ニコルが不愉快そうに答える。敵味方問わず行動不能にする、卑劣かつ悪趣味極まりない兵
器。あんな兵器を自分たちザフトが作っていたなんて、信じたくない。だが、現実にあの兵器は
作られ、こうして使用されている。
「あの時に使われたバアルは、ただのEMP爆弾でしたが、今この島で使われているのは改良
型のようですね。爆弾というより、長時間に渡って電磁波を発生する装置のようです」
「島全体を強力な電磁波で覆っているようだ。モビルスーツは動かせないし、通信も出来ない。
俺たちは完全に閉じ込められた」
 アスランがため息混じりに言う。
「電磁波の檻、って事ね。対応策は?」
「装置を壊すしかありませんね」
「単純だね。まあ、それしかないか」
「けど、肝心の装置がどこにあるのか分かるのか?」
 カガリの問いには、ガーネットが答える。
「任せな。シャドウには電磁波の影響を受けないシステムがある。それを使えば、装置の位置ぐ
らいは突き止められるよ」
 ガーネットはシャドウに戻り、トゥエルブを起動させる。三番まで使用し、自身の感覚を強化。電
磁波の発生源を探る。
「……あった」
 意外と時間はかからなかった。
 電磁波の発生源は、全部で二つ。いずれも今ガーネットたちがいる砂浜からは、かなり離れて
いる。
 四人は二手に分かれる事にした。四人一緒に行動するのは目立つし、一つ一つ装置を潰して
いては時間が掛かる。こういう風に敵の手中に落ちた場合は敵に対応させる間も与えないほど
一気に、迅速に行動する方がいい。
 チーム分けはガーネットが決めた。ガーネットとニコル、アスランとカガリ。
 この組み合わせに、カガリが小声で異議を唱えた。
「ガーネット、どうして、私がザフトの兵士と一緒なんだ! 今は休戦しているけど、あいつらは敵
だぞ!」
「簡単は話さ。アスランは私より強いからね。私といるより、アスランと一緒にいた方が安全だ」
 その通りだった。素手でアスランに勝てる者はザフト全軍を見ても、そうはいない。ボディガード
としては、これ以上ないくらい優秀な人物だ。
「それにあいつは紳士だからね。あんたを見捨てたりしないし、女の子と二人きりだからって襲っ
たりはしない。安心していいよ」
「! わ、私が気にしているのは、そういう事じゃ……!」
「ふーん。じゃあ、あんたがアスランを襲うかもしれないと? 確かにあいつは顔はいいからね」
「ガーネット!」
 顔を赤らめながら怒鳴るカガリ。その様子に微笑みながら、ガーネットはニコルと共に森の中
に消えた。
「おい、女。俺たちも行くぞ」
 アスランに呼ばれ、カガリは改めて彼の顔を見る。……まあ、確かにハンサムだけど。って、
何を考えているんだ、私は!
「私の名前はカガリだ。覚えておけ!」
 そう言ってカガリは、アスランを置いて森の中に入る。その顔はトマトのように真っ赤だった。
「? お、おい、勝手に一人で行動するな!」
 慌てて後を追うアスラン。どうも波乱含みのスタートとなったが、ともあれ両チーム、行動開始。



 蒸し暑いジャングルの中をガーネットとニコルが急ぎ足で進む。二人とも悪路を平然と歩き、疲
れた様子もまったく見せない。さすがはコーディネイター、というべきか。
「アスランたち、大丈夫でしょうか?」
 不安げにニコルが訊く。
「あいつなら大丈夫さ。そう簡単にくたばる奴じゃないよ」
「……信頼してるんですね、アスランの事」
 少しだけ悔しかった。…………なぜ?
「まあ、昔からの付き合いだからね。あいつがヨチヨチ歩き始めた頃から知ってるんだ。あいつ
の事は、そこいらの奴らよりは分かってるつもりさ」
「貴方とアスラン、それからラクスさんは幼馴染だそうですね」
「ああ。親父同士が親友だったからね。その縁で子供同士も友達になった。アスランが月に行っ
た後は、付き合いはラクスとだけになったけどね」
「それじゃあ、アスランとは…」
「ザフトに入るまで、お互い顔も合わせなかったよ。ザフトでもあまり会話とかしなかったね」
「それでもアスランの事は信頼しているんですか?」
「ああ」
「…………今は、貴方の敵なんですよ?」
「敵だけど信頼できる。そういう奴もたまにはいるだろ? あんたやアスランみたいにさ」
 そう言って、ガーネットはニコルに微笑む。その美しい笑顔に、ニコルは頬を赤らめたが、それ
を悟られないように下を向いた。
「おかしいですよ、貴方は……。自分を殺そうとしている相手を信じるなんて」
「よく言われる」
「そんなにアスランの事を信じているのなら、どうして彼を裏切ったんですか?」
 本当は「どうして自分たちを、いや自分を裏切ったのか?」と訊きたいのに、ニコルは自分の
名前は出さなかった。アスランの名前を利用している。自分の事をズルい男だと思った。
「戦う理由が違うから、だろうね」
「戦う……理由?」
「シンガポールで会った時、ニコル、あんた言ったよね。僕は父と母を、友達を、そして出来る事
ならば、この目に写る全ての人たちを守るために戦っている。もう二度と『血のバレンタイン』の
ような悲劇を起こさないために戦っている、って」
「え、ええ……」
「アスランも同じ気持ちだろう。あいつのお母さんは『血のバレンタイン』で亡くなっているからね」
「………………」
「けど、私は違う。『血のバレンタイン』で死んだ奴らの事なんてどうでもいいし、興味も無い。アス
ランのお母さん以外、顔も知らない連中ばかりだからね。そんな奴らの為に命を賭けて戦うほど
私は善人にはなれないよ」
「なっ……」
 何て事を言うんですか!と言おうとしたが、ガーネットの顔を見た途端、ニコルの口が止まっ
た。ガーネットの顔には、狂おしいまでの哀しみが漂っていた。見ている者さえも哀しみの海の
底に引きずり込むほどの。
「仲間や友達の事は大切だし、守りたいと思ってる。けど、私が戦う一番の理由は、真実を知り
たいから」
「真実?」
「漆黒の闇に隠されたもう一つの歴史。誰も知らない世界の裏側。そこにあると思われる真実。
親父はそれを知りたがっていた。そして、私も知りたい。正直、死んだ親父の妄想に振り回され
ているだけなのかもしれない。けど、もし親父の言っていた事が本当の事だったら……」
 ガーネットの顔から哀しみが消えた。代わりに浮かび上がったのは、炎のごとき決意と怒り。
「私は絶対に許さない。命を賭けて真実を暴き、戦ってやる。その為にたとえ、この世界の全て
を敵に回す事になっても……!」
 それ以上の事はガーネットは言わなかったし、ニコルも訊かなかった。これ以上話してしまった
ら、訊いてしまったら、もう後には引き返せない気がしたから。『敵と味方』をやれなくなるから。



「うわっ!」
「危ない!」
 木の根につまずいたカガリを、アスランが受け止めた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……」
「気を付けろ。この辺りはかなり足場が悪い」
 そう言ってアスランはカガリを立ち上がらせて、先を進む。木の根やぬかるみが少ない、女性
の足でも歩きやすい場所を選び、慎重に歩く。
「…………お前さ」
「ん?」
「コーディネイターらしくない奴だな」
「どういう意味だ?」
「いや、私たちナチュラルを見下してないし、それに…」
 ちょっとだけ優しいし、という言葉は飲み込んだ。
「まあ、お前だけじゃないけどな。私の知っているコーディネイターは、みんな変わった奴ばかり
だ。キラといい、ガーネットといい…」
 二人の名前が出た時、アスランの心が揺れた。だが、カガリは気付かず、
「コーディネイターが、みんなお前たちみたいな奴らだったら、戦争なんて起きなかったかもな」
 と、ため息混じりに言った。それはアスランには聞き逃せない言葉だった。
「何を今更……。大体、先に戦争を仕掛けたのはそっちじゃないか。戦争とは何の関係もない農
業用プラントに核を打ち込んで!」
 少し感情が高ぶる。無理もない。あのプラントには母がいたのだ。優しかった母が。それを…
…!
「ナチュラルはいつもそうだ! 俺たちはただ、普通に生きたいだけなのに、醜い嫉妬心から力
で押さえ込もうとする。ブルーコスモスの奴らのように、何の関係も無い人たちまで巻き込んで、
俺たちを傷付ける! だから…」
「……そうだな。そんな奴らもたくさんいる。けど、そうじゃない奴らもたくさんいるぞ」
「! それは……」
 アスランは振り返って、カガリの真剣な眼を見た。カガリもアスランの眼を見つめた。お互いの
視線がぶつかり合う。
「少なくとも、私の知っているナチュラルの人たちは、コーディネイターだからといって、誰かを差
別するような人たちじゃない。けど、お前たちコーディネイターが攻めてくるから、仕方なく戦って
いるんだ」
「そんなのは俺たちだって同じだ! ナチュラルが攻めて来たから仕方なく、みんな武器を手に
取ったんだ! 誰が好き好んで戦争なんてするものか!」
「……………」
「……………」
 嫌な沈黙。そして、カガリは哀しげな笑顔を見せた。
「同じだな」
「えっ?」
「戦う理由はナチュラルもコーディネイターも同じなんだな。同じように誰かを大切に思って、故郷
を大切に思って、だから守りたくて、戦っている。本当は戦いたくないのも同じだ。求めているも
のは同じなのに、どうして私たちは戦っているのかな?」
 その疑問に、アスランは答える事が出来なかった。どうしても分からなかったからだ。
 こうして話をしている間も、二人は足を休める事無く歩いていた。ジャングルを抜けた後、険し
い山道を登り、遂に目的地に到着した。
「これが、バアルなのか?」
「そうらしいな」
 島で一番高い山の頂上。二人の目の前には巨大な球状の機械があった。大きさは五メートル
ほど。装甲はかなり分厚く、二人が今持っている小さな口径の銃では、かすり傷程度しか付かな
いだろう。
「どうやって壊す?」
「そうだな。爆弾でもあれば簡単なんだが……」
「おいおい、折角のお宝を壊してもらっちゃ困るな」
「!」
「誰だ!」
 アスランが身構え、カガリも銃を抜く。バアルの影から一人の男が現れた。
「お初にお目にかかる、イージスのパイロット、アスラン・ザラ。私はゴールド・ゴーストの隊長を
務めるレオン・クレイズという者です。どうぞお見知りおきを」
 そう言って、うやうやしく一礼するレオン。口調は割りと丁寧だが、全身から殺気を漲らせてい
る。
『ゴールド・ゴースト……!』
 カガリは戦慄した。世界最強ともいわれている地獄の傭兵集団。幾度となくガーネットの前に
何度も立ち塞がった強敵たち。
「おや、そちらのお嬢さんはどなたですか? アスラン君の部下には見えませんね。という事はガ
ーネットの仲間か。これはこれは、珍しい組み合わせだ。ザフトのエースと裏切り者の仲間がご
一緒とは」
「色々と事情があってな。一つ訊くが、俺たちをこの島に落としたのは貴様らなのか?」
「ええ。貴方の上司からプレゼントされた、このバアルでね。だが、私の目的はガーネット・バー
ネットとその仲間の命だけです。そちらのお嬢さんを差し出してくだされば、貴方は無事にこの島
から出してあげますよ」
「断る」
 一瞬も迷う事無く、アスランは答えた。
「なぜですか? その女は貴方の敵のはず。しかも下等なナチュラルだ。そんなゴミ以下の価値
しかない女の為に、死に急ぐ事はないでしょう?」
「今は敵じゃない。それに、誰かの命を差し出して、自分だけ生き延びようとするなどという卑劣
な事は、俺には出来ん」
「アスラン……」
 高潔なアスランの言葉が、カガリは嬉しかった。
「ふむ。では、仕方がありませんな。下等なナチュラルを庇うような愚かなコーディネイターには
…」
「死ねやあああああっ!」
 木の影から現れたフォルド・アドラスがアスランを襲う。その手には銀色に輝くナイフが握られ
ていた。
「くっ!」
 アスランは攻撃をかわした。
「コーディネイターのくせにナチュラルの肩を持ちやがって……。許せねえ、てめえはナチュラル
以上に許せねえ! ぶっ殺してやる!」
「アスラン!」
 カガリは銃口をフォルドに向ける。だが、黒い革鞭がカガリの手から銃を叩き落とした。
「ぐっ!?」
「お嬢ちゃんの相手は、私がしてあげるよ」
 鞭を手にしたサキ・アサヤマがニヤリと笑った。
「三対二、いや、あのナチュラルの小娘は論外だから、実質三対一か。悪く思うなよ」
 レオンは銃を取り出し、アスランを狙う。



 一方、ニコルとガーネットは設置されていた電磁波発生装置を発見、何とか破壊した。だが、
「これは……ガーネットさん」
「ああ、やられたね」
 二人が壊した物は増幅装置。バアル本体が発している電磁波を増幅して、島全体に行き渡ら
せるための、いわば補助動力にすぎなかった。
 そして恐らく、同型の装置がこの島のあちこちに設置されているだろう。こういう装置は破壊さ
れたら、別の装置が作動する仕組みになっているはずだ。本体を破壊しなければ意味が無い。
「アスランたちが向かった方に、本体が…!」
「ああ。そして、この罠を仕掛けた連中が待ち構えているだろうね」
「!」
 助けに向かおうとするニコルを、ガーネットが止めた。
「今から行っても間に合わない。それよりもモビルスーツの所に戻って、備えておきな。距離的に
もそっちの方が近いはずだ」
「そ、そんな! 貴方は仲間を見捨てるつもりですか!?」
「見捨てるつもりは無い!」
 ガーネットが叫ぶ。
「私は信じているんだ。アスランとカガリなら、あの二人ならどんな罠でも食い破ってくれるとね。
あんたは自分の仲間を信じないのか? あんたの知っているアスラン・ザラという男は、こんな
所で死ぬような男なのか?」
 そう言われては、ニコルも反論できなかった。二人は別れて、それぞれのモビルスーツが落ち
た場所に急いだ。
『アスラン、どうか無事で……』
 そう願いながら走るニコル。そして、ガーネットも、
『死ぬんじゃないよ、カガリ。私と決闘やった時の根性、見せな!』
 願って、信じて、走っていた。



「撃ち殺せ!」
 レオンの号令に続き、銃声が山を包む。サブマシンガンを手にしたサキとフォルドが、バアル
の影に隠れているアスランとカガリを狙って、激しい銃撃を浴びせる。時折、アスランとカガリも
反撃するが、まったく効果なし。
「ちっ、あいつら……!」
「どうするんだアスラン、このままじゃ殺られるぞ!」
 カガリに言われるまでもない。今はバアルの装甲のおかげで何とか凌いでいるが、火力が違
いすぎるし、弾数にもこちらは限りがある。
 しかもここは山の頂上。他に身を隠す場所も無く、逃げようが無い。このままでは、たとえバア
ルを破壊できたとしても、ここから逃げる事は出来ない。アスランもカガリも殺されるだけだ。
『くそっ。どうすれば……!』
「……アスラン」
「カガリ……」
 見つめ合う二人。何としても、彼女だけは守らなければ……! アスランの男としての魂に火
が点いた。
「カガリ、俺が突破口を開く。その隙にお前は…」
「ちょっと待った」
「?」
「希望を捨てるのは早いぞ。今、気付いたんだが、私たちにはまだ、とっておきの武器がある」
 カガリのその言葉は強がりなどではなかった。彼女は、自分たちの勝利を確信していた。
 一方、攻撃側のレオンたちも少し苛立っていた。獲物が一番の標的であるガーネットではなか
った上に、予想以上に長引いている。
「おい、あまり撃ちすぎるなよ。いくらバアルの装甲が厚くても、限界がある」
「へーい。けど隊長、このまま睨み合っててもしょーがないんじゃねえの?」
「私もフォルドと同じ意見です。ここは一気に勝負をつけるべきだと思います」
「ふむ。そうだな……」
 まだガーネットが残っている。サキの言うとおり、ここは手早く始末すべきだ。
「よし、フォルドは右から、サキは左から回り込め。そして…」
 と、言いかけたところで、アスランたちからの銃撃。レオンたちは素早く身を伏せる。が、どうも
おかしい。そっと顔を上げて見ると、アスランたちが撃っているのはレオンたちの方ではなく、バ
アルの固定台だった。球体であるバアルを地面に固定させるために必要な物……。
「! まさか、あいつら!」
 レオンが驚くと同時に、固定台は破壊された。レオンたちからの銃撃もかなり受けていたた
め、かなり脆くなっていたのだ。
「よし! アスラン、いいか?」
「おう!」
「せーの、…………行けーーーーーっ!!!!」
 アスランとカガリが後ろから力一杯押すと、電磁波発生装置、いや、巨大鉄球バアルは動き出
した。レオンたちのいる方向に向かって、ゆっくりと、だが、少しずつ加速して、ゴロゴロ転がりだ
した。
「げっ! た、隊長、こっちに来る!」
「に、逃げろ! 撤退だ、撤退!」
「了解!」
 逃げ出す三人。だが、バアルはなぜか三人の後をピッタリと着いて来る。しかも山の斜面でど
んどん加速していく。
「うわあああああーーーーっ!」
「は、走れ! 潰されるぞ!」
「こ、これで精一杯です! 隊長こそ急いでください!」
 絶叫を上げながら、ゴールド・ゴーストの三人は山を駆け下りていった。彼らの秘密兵器と共
に。
 その様子を見下ろすカガリとアスラン。カガリはガッツポーズをして、
「よし、大成功! やったな、アスラン!」
「ああ。だが、それにしても、クッ、クククッ……」
 懸命に笑いを堪えるアスランだったが、それは無理な話だった。
「クククッ、ハハッ、アハハハハハハハハッ!」
 笑った。腹の底から笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだ。
「な、何が可笑しいんだ?」
「アハハハハッ……いや、普通、こんな作戦、考えるか? バカバカしいにも程がある。よく思い
ついたな」
「う、うるさい! バカバカしくて悪かったな! 私はただ、こんな所で死にたくなかったし、諦めた
くなかったから……」
「ああ、分かってる。笑って済まなかった。だが、それにしても……クッ」
 クスクス笑い続けるアスランに、カガリは少し不機嫌になる。
「ふん! どうせ下らない作戦だったよ。でも、これでも私は、生き延びるために一生懸命考えて
……」
「ありがとう」
「えっ?」
 いきなりの感謝の言葉。カガリは完全に不意を突かれた。
「お前がいなかったら、俺は殺されていた。本当にありがとう」
「あ、いや、そんな事は……」
 顔を赤くするカガリ。こうも素直に感謝されると、少し恥ずかしい。
 その時、山の麓辺りから、ドォォォンという轟音が聞こえてきた。続い豪快な爆発音。黒い煙が
立ち昇っている。
「バアルが壊れたのか?」
「恐らくな。この高さから転げ落ちれば、どんな頑丈な機械でも、ただでは済まないだろう」
「ゴールド・ゴーストは…」
「あのくらいで死ぬような連中じゃない。だが、これでこちらもMSを動かせる。行くぞ!」
「ああ!」
 二人は急いで山を降りた。



 密林の中から、黄金の巨人たちが立ち上がる。ゴールド・ゴーストの三人の愛機、金色に塗ら
れたジンだ。
「あいつら、絶対に許さんぞ!」
 ゴールドクローのレオンが、忌々しげに叫ぶ。
「ええ。これほどの屈辱を受けたのは初めてです。絶対に殺しましょう」
 いつもは隊のストッパー役を務めるサキも、ゴールドウィップのコクピットで怒りに震えている。
「おおよ! どいつもこいつもブチ殺してやるぜ!」
 ゴールドハンマーのフォルドも……いや、この男はいつも通りか。
「奴らを探せ! 見つけ次第……」
「! 隊長、避けて!」
 サキの言葉は、レオンを反射的にその場から動かした。直後、レオンのゴールドクローがいた
場所に、巨大な槍が突き刺さった。
「この槍は……!」
「んなバカな! もう来やがったのかよ!?」
 黄金の魔神たちの前に現れた黒い影。ガーネット・バーネットのストライクシャドウだ。左腕は
壊れたままだが、その勇姿に遜色は無い。
「よお、ゴールド・ゴーストの諸君。こんな姑息な罠を仕掛けてまで私を殺そうとするなんて、正
直、その執念には敬服するよ」
 敬服する、などと言っているが、今、ガーネットの心を占めているのは、卑劣な手を使った敵に
対する怒りだった。
「お礼に一人残らずぶっ潰してやるよ。あんたたちとの下らない因縁もここで終わりだ。覚悟し
な!」
「くっ、舐めるな! そんなポンコツ寸前のモビルスーツなど、俺たちの敵ではない。ここで終わ
るのは貴様の方だ! そして、世界最強の傭兵集団、ゴールド・ゴーストの名を再び天下に轟か
せてやる!」
「隊長に続きます!」
「ギアボルトの仇、討たせてもらうぜ。ガーネット・バーネット!」
 ゴールドクローの爪が、ゴールドウィップの鞭が、ゴールドハンマーの鎖つき鉄球がシャドウに
襲い掛かる。だがシャドウは、
「トゥエルブ、一番から四番!」
 目に見えぬスピードで、全ての攻撃をかわした。
「ちっ、相変わらず逃げ足だけは速い!」
「逃がすかよ!」
 ゴールドハンマーの攻撃。鉄球≪タイタン≫が唸りを上げ、一直線にシャドウに向かう。
「させません!」
 突然、横から来たミサイルによって、鉄球は叩き落された。いや、ミサイルではない。先端がド
リルのように回転しているこの武器には、見覚えがある。
 慌てて、攻撃の来た方向を見る一同。だが、そこには何も無いし、誰もいない。
「逃げやがったのか?」
「ゴールドウィップのレーダーには何の反応も無い。これは一体……」
「落ち着け、フォルド、サキ! どういうつもりだ、ニコル・アマルフィ! ザフトの貴様が、なぜ地
球軍のガーネットを助ける!」
 レオンの呼びかけに対して、ブリッツがミラージュコロイドを解いて、その姿を現した。
「ニコル……」
「大丈夫ですか、ガーネットさん」
「ああ、けどいいのかい? 私はあんたの敵だよ」
「今は休戦中ですよ。それに……」
 ニコルのブリッツがゴールド・ゴーストの方を向く。
「この人たちに借りを返しておかないとね」
「貴様、地球軍を助けて俺たちと戦うとは、ザフトを裏切るつもりか!」
 レオンの言葉に、ニコルは苦笑した。
「裏切る? 貴方たちはザフトをクビになったはずです。僕たちの仲間ではないし、それに、先に
僕たちを攻撃してきたのは貴方たちの方だ。僕は自分の身を守るために戦うだけです。偶然、
地球軍の人たちと力を合わせる形にはなりましたけど、ザフトの軍規に違反する訳じゃない」
「ニコル、あんた…………意外と狡猾だね」
「どこかの誰かさんに、随分と鍛えられましたからね。褒め言葉として受け取っておきますよ、ガ
ーネットさん」
「それじゃあ、俺も参加させてもらおうか」
「!」
 現れたのは真紅のモビルスーツ。そこから放たれた声は、ガーネットもニコルもよく知っている
男の声。
「イージス、アスランか!」
「アスラン、やっぱり無事だったんですね!」
「ああ、心配をかけたな、ニコル。ガーネット、カガリは無事だ。安全な所に潜ませている」
「そうか」
「彼女は凄い女性だな……。色々と助けられたよ」
「まあ、私の友達だからね。只者じゃないよ」
「確かに」
 苦笑したアスランは、ゴールド・ゴーストの面々と向かい合う。
「俺もお前たちは許さない。それに、これでちょうど三対三だ。文句は無いだろう?」
「くっ……。このガキ共が! いいだろう、ガーネット共々、地獄に叩き落してやる!」
 戦闘、開始。
 イージス対ゴールドクロー。
「いくぞ、レオン・クレイズ!」
「いい気になるな、パトリック・ザラのバカ息子が!」
 ブリッツ対ゴールドハンマー。
「コーディネイターのくせに地球軍の味方なんかしやがって、てめえもガーネットも許さねえ! ブ
ッ殺す!」
「奇遇ですね。僕も貴方たちは許せない!」
 そして、ストライクシャドウ対ゴールドウィップ。
「女は女同士、楽しもうじゃないか、ガーネット!」
「上等!」
 いずれも激しい戦いだった。モビルスーツの性能はストライク達が上回っていたが、ゴールド・
ゴーストの面々は戦い慣れており、なかなかチャンスを与えてくれない。
 だが、ついに決着の時は来た。
「トゥエルブを4番まで使ったスピードについてくるとは、やるね。けど……!」
 ゴールドウィップの鞭を寸前でかわし、シャドウは一気に加速。敵の懐に入り込んだ。
「! しまっ…」
 反撃どころか逃げる間さえ無かった。シャドウの≪ドラグレイ・キル≫は一瞬でゴールドウィップ
の胴体を貫いた。
「負けた……。この、私が? 隊…長……」
 爆発するゴールドウィップ。サキ・アサヤマ、戦死。
「死ねえええええっ!」
 ゴールドハンマーの鉄球がブリッツを襲う。だが、
「その攻撃は、既に見切りました!」
 言葉どおり、ニコルのブリッツは鉄球を直撃寸前でかわした。そして、必殺の≪ケルベロス・フ
ァング≫を発射。三本のドリルがゴールドハンマーの両腕と胴体を貫く。
「そ、そんなバカな! 俺が、この俺が、こんなクソコーディネイターなんかにいいいい!」
 大爆発するゴールドハンマー。フォルド・アドラス、戦死。
「バ、バカな……。あのサキとフォルドか、こうも簡単に……」
 一人残ったレオンも、イージスの猛攻に追い詰められていた。
「これまでだな、レオン・クレイズ!」
「ちっ、冗談じゃない。こんな所で死んでたまるか!」
 煙幕弾、発射。レーダー電波を吸収する白い煙が、辺り一面を包み込む。
「くそっ、逃がすか!」
「待って、アスラン! 深追いは禁物です」
「ニコルの言うとおりだ。窮鼠猫を噛む、という事もある。無理はするな」
「…………分かった」
 煙幕の向こうで、潜水艦の発進音が聞こえた。



「アークエンジェルと連絡が取れた。すぐにこの島に来てくれるそうだ」
「そうか、良かった!」
 喜び合うガーネットとカガリを、アスランとニコルは複雑な気持ちで見ていた。
「足付きが無事という事は、ディアッカたちは敗走したみたいですね」
「そのようだな。まあ、いいさ……」
 アスランの言葉には、ほんの少しの悔しさと、ほんの少しの喜びが込められていた。ニコルも
同じ気持ちだった。
「それじゃあ、俺たちは先に戻る。足付きが来る前に戻らないと、面倒な事になりそうだからな」
「ああ、色々と世話になったね」
 ガーネットは握手を求め、手を差し出した。アスランも手を差し出すが、触れ合う寸前で手を引
っ込めた。
「やめておこう。これ以上馴れ合うと戦いにくくなる」
「…………そうかな? いや、そうだね」
 ガーネットも手を引っ込めた。
「今日の事も早く忘れる事にする。今日の出来事は天の気まぐれ、奇跡のようなものだ。忘れた
方がお互いのためだ」
「アスラン……」
「ニコル、お前も早く忘れる事だ。そうしないと、死ぬ事になるかもしれんぞ」
 アスランの忠告に、ニコルは頷かなかった。とても哀しげな眼を返事の代わりにした。
「……それじゃあ」
 アスランはガーネットたちに背を向け、歩き出した。ニコルは一度だけガーネットたちの方を振
り返った後、アスランの後に続いた。
「アスラン!」
 カガリが叫んだ。アスランの足が止まった。
「私は忘れないからな! お前の事、忘れないからな! お前と一緒に戦った事も、お前の笑っ
た顔も、絶対に忘れないから!」
 その叫びに、アスランは返事をしなかった。振り返る事もなかった。
 イージスとブリッツが飛び去った後、ガーネットはカガリに言った。
「カガリ、あんたは甘いね」
「………………」
「けど」
 ガーネットは、カガリの頭に手を置き、ポンポンと叩いた。
「それでいい。あんたは間違ってないよ」
 優しい声だった。カガリは静かに微笑んだ。その眼からは一滴の涙が流れていた。

(2003・8/9掲載)
第12章へ

鏡伝目次へ