第15章
 それぞれの決断

「キラ! ガーネット!」
 オーブの戦艦から降りてきた二人に、出迎えに来たカガリが抱きついた。
「うわっ」
「ちょっ、ちょっと、カガリ…!」
 戸惑うキラとガーネットだが、カガリの大粒の涙を見て、言葉を失う。
「バッカヤロウ……。何かあったらしいって聞いて、ホントに、ホントに心配したんだからな!」
「…………」
「……ゴメン。それから、ありがと」
 ガーネットは礼を言って、カガリの頭に手を置く。
「大変だったようだな。だが、無事で何よりだ」
 カガリと共に出迎えにやって来たウズミが、声をかける。
「ウズミ様……。ええ、私たちは無事です。けど…」
「ガーネットさん」
 その先はキラが引き受けた。彼なりのガーネットに対する心遣いだった。
「カガリ、トールとアキナが……戦死した」
「!」
「それが切っ掛けで、私はおかしくなってしまった。もう少しで、取り返しのつかない事をしてしまう
ところだった……」
「ガーネット君……。それではやはり、トゥエルブ・システムが暴走したのかね」
「暴走した、というより、私が暴走させてしまったんです。全ては、私の心の弱さからです」
 ガーネットは、唇を噛み締める。
「そんなに自分を責めないでください、ガーネットさん。あれは誰のせいでもありませんよ」
 ガーネットたちに続いて、艦から降りてきた少年が声をかけた。頭に包帯を巻いているが、そ
の表情は明るいものだった。
「って、お前たちは…!」
 驚くカガリに、
「こんにちは、カガリさん」
「また、会ったな。まさかお前が、オーブの姫だとはな……」
 挨拶するニコルとアスラン。一方はにこやかに、一方は半ば困ったように。
「あ、ああ、こんにちは。けど、何でお前たちがここにいるんだ?」
 カガリの疑問はもっともだ。地球軍の制服を着たキラとガーネットの隣に、ザフトの赤服を着た
アスランとニコルがいるのだから。
「まあ、色々ありまして」
「俺は強引に連れて来られた。まったく、ガーネット姉さん、こういうところは変わってないな」
「そうなんだ。けど、僕はアスランと一緒にいれて嬉しいよ」
「キラ……」
「はいはい、そこの二人。自分たちだけの世界を作らないように」
 敵対しあっていたはずの四人。だが、今は和やかな雰囲気だ。特にニコルとガーネットの間に
は、妙に親密な空気が流れている。不自然というか、不思議な光景だった。
「なあ、一体何がどうなっているんだ?」
 眼を丸くするカガリに、ガーネットは苦笑しながら、
「まあ、ニコルの言うように色々あったのさ。……ところでウズミ様」
「ん? 何だね」
 ガーネットは、胸ポケットから一枚のディスクを取り出し、ウズミに見せた。
「それは?」
「これにはトゥエルブの真実が秘められています。これをみんなに見てもらいたいんです。その為
の設備を貸してくれませんか?」
「…………分かった。だが、いいのかね?」
「構いません。ここにいる人たちには、その真実を知る権利があると思います」
 ガーネットはそう言って、キラたちの方を見た。
 キラと話をしていたニコルと眼が合う。彼は優しく微笑んだ。
 今こそ真実を語らなければならない。自分の未熟さのせいで危険な目に合わせてしまった者
たちの為にも。そして何より、自分と共に生きてくれると言ってくれた彼(ニコル)の為にも。



 オーブ、アスハ邸。
 その広い応接間に、人々は集まっていた。
 ガーネット・バーネット。
 ニコル・アマルフィ。
 キラ・ヤマト。
 アスラン・ザラ。
 カガリ・ユラ・アスハ(強引に参加した)。
 ウズミ・ナラ・アスハ。
 エリカ・シモンズ。
 タツヤ・ホウジョウ。
 運命に翻弄された者たち。されど、その過酷な運命に立ち向かう者たち。
 そして、また一人。
「どうも、遅くなりました……」
 ルミナ・ジュリエッタが暗い表情で入って来た。
「ルミナ、カノンの容態はどうだ?」
 アスランが訊くと、ルミナは首を横に振る。
「命に別状はありません。けど、当分、絶対安静だそうです」
「そうか……」
「…………」
 アスランもニコルも、他の誰も彼女にかける言葉が無い。
 敵に撃たれたのなら、悲しいけれど納得は出来る。だが、味方と信じていた者に撃たれるとは
……。
「さて。取り合えず、これで全員集合だね」
 ガーネットが話題を切り替えた。
「ええ。けどガーネットさん、僕たちが一緒でもいいんですか?」
 ニコルが質問する。地球軍のキラや、オーブのカガリたちはともかく、ザフト所属の自分やアス
ラン、ルミナまで一緒というのは問題があるのでは?と訊いているのだ。だが、ガーネットは頷い
て、
「いいんだよ。地球軍だろうとザフトだろうと関係ない。今回の事件に関わった連中、全員に話を
聞いてほしいんだ。それにニコル、あんたはもう私たちの仲間だろう? それとも、私と一緒に生
きてくれるって言ったのは、その場凌ぎの冗談だったかい?」
 冗談交じりのその言葉に、
「えっ…………ええええええええっっっっっ!」
 と、カガリが派手に驚く。声にこそ出さないが、実際に『現場』を目撃したキラとアスラン以外の
面々も驚いている。常に冷静沈着なウズミまで、一瞬、口をポカンと開けてしまった。
「ガ、ガーネットさん! あの、それは確かにそう言いましたけど、人前でそんな事を言うのは…」
 真っ赤になって照れるニコル。だが、それを見るアスランは、少し寂しそうな表情をしていた。
「…………」
「どうした?」
 隣に座っていたカガリが声をかける。
「ん? いや、何でもない。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと、な」
 アスランの視線の先にはニコルがいた。キラといい、ガーネットといい、ニコルといい、自分と
親しくなった人間は、次々と自分から離れていく。それは彼らが自分の意志で選んだ道であり、
他人が口を挟む権利は無い。だが……。
「お前、寂しいのか?」
「! なっ……」
 カガリの言葉は不意打ちだった。そして、見抜かれていた。
「友達と離れるのが嫌なのか? だったら、追いかければいいじゃないか」
「そう簡単にはいかない。俺にも立場がある」
 ザラ家の息子として。コーディネイターとして。プラントを守るザフトの軍人として。ただ友情のた
めだけに生きる事は出来ない。
 だがその答えは、カガリを不機嫌にした。
「ふん。だったら、そんな寂しそうな顔をするな」
「そんな顔をしていたか?」
「ああ。捨てられた仔犬みたいな顔だったぞ」
「………………」
 二人が会話をしている間に、ガーネットは、胸ポケットから一枚の映像ディスクを取り出した。
先程、ウズミに見せたあのディスクだ。
「まずはこのディスクを見てほしい。話はそれからだ」
「それは何なの?」
 エリカが訊く。
「これは私の親父、アルベリッヒ・バーネットの遺言状です。ウズミ様。再生機をお借りします」
「うむ」
 ウズミの承諾を得て、ガーネットは応接間のテレビに接続されている映像再生機にディスクを
挿入した。テレビの電源を入れ、少し離れる。
 テレビに映像が映し出された。
 髭を生やした中年の男が一人、古ぼけた椅子に座っている。その眼の光は深く沈んでおり、底
が見えないほどの苦悩と哀しみを漂わせていた。
「この人が、ガーネットさんのお父さんですか?」
 キラが訊くと、ガーネットは黙って頷いた。
「ああ。これは親父が自殺する少し前に、自分で自分を撮ったものだ」
「…………」
 一同が沈黙する中、映像の向こうにいる男は、長い話を語り出した。



「ガーネットよ。お前がこれを見ている頃には、私は自ら死を選び、地獄に落ちているだろう。
 自殺というのは、私が最も嫌悪し、最も望まない死に方だ。だが、だからこそ私はこの死に方
を選んだ。私は、安らかな死など迎えてはならないのだ。
 これから私が語る事は、あまりいい話ではない。だが、出来る事ならば最後まで聞いてほし
い。
 今から四年前、私はシーゲルやパトリックと共に、プラントの自治権獲得を目指して動いてい
た。大西洋連邦のハルバートン大佐や、オーブのウズミ代表らの協力もあり、あと一歩のところ
までたどり着いた。だが、自治権保護条約の成立直前、私たちの主張に理解を示してくれた地
球側の代表が、ブルーコスモスのテロによって暗殺されてしまい、結局、交渉は失敗した。
 あの出来事以来、パトリックはナチュラルそのものに失望し、軍備の増強を進めてきた。そし
てそれは、プラントの人々全ての意志を巻き込んで、大きな力となっている。
 だが、プラントが軍事力を高めたらどうなる? ただでさえ我々を警戒している地球側の人々
を更に警戒させて、平和的交渉の道は完全に閉ざされてしまうだろう。その先にあるのは武力
衝突、そして、ナチュラルとコーディネイターが憎み合い、最後の一人になるまで殺し合う、地獄
の未来だ。
 それだけは絶対に避けねばならない。私はパトリックの説得をシーゲルに任せて、極秘裏に地
球側との交渉を続けた。だが、上手くいかなかった。各国政府の中枢部にはブルーコスモスのメ
ンバーが入り込んでおり、人々にコーディネイターへの疑念と憎悪を植えつけていた。こちらの
言う事など、まったく訊いてもらえない。
 ごくわずかだが、私の言う事にも耳を傾けてくれる人たちもいた。だが、そういう人たちは、い
ずれも命を落とした。ある者はブルーコスモスのテロによって。ある者は原因不明の事故で急
死。またある者は汚職などの濡れ衣を被せられ、政界を追放された。
 そうやって希望と絶望を繰り返し、地球側との交渉が完全に行き詰った頃、パトリックはプラン
トの防衛を名目とした軍隊、ザフトを作り上げた。その設立を喜ぶ人々を見た時、私はふと妙な
感覚に襲われた。
 どんな感覚なのか、例えるのは難しいのだが……。そう、例えば、演劇の舞台を見ているよう
な、それでいて観客であるはずの自分も参加しているような、奇妙な感覚だ。自分たちを守って
くれるザフトの誕生を喜ぶ人たちも、その光景を見て、憂いている私も、非常に素晴らしい『演
劇』の中の役者たちのように思えたのだ。
 全ての人間が舞台の上の役者。だとしたら、本当の観客はどこにいるのだろう? そして、こ
の劇は誰が作ったのだろう?
 それは些細な疑問だった。だが、妙に気になった。それから私は、世界の全てについて、徹底
的に調べ上げた。社会情勢、政治、経済、軍事、犯罪、芸能界の事に至るまで、この世界で今
まで起こった事、そして、今起こっている事について、調べに調べ上げた。そして、大胆かつ自
分でもバカバカしいと思うほどの結論を出した。
 この世界は、何者かの意志によって演出された舞台なのではないのか?
 歴史を動かすほどの事件、事故、犯罪は、全て何者かの意志によって起こされているのでは
ないのか?
 バカバカしい話だが、そう思えば、全ての疑問に答えが出る。あまりにタイミングが良すぎる一
連のテロや事件にも、長年に渡る不景気による人々の不安の拡大にも、軍事産業の異常なま
での発展にも、そして、破滅の道をひた走るナチュラルとコーディネイターの関係にも、全て納得
できる。
 我々は、何者かが描いた『歴史』というシナリオの上で、生まれてから死ぬまで、シナリオを書
いた何者かの意志によって生かされ、働かされているのだ。そして誰一人、その事に気付いて
いない。煽られた憎悪の感情に従い、この世界と自分自身を破滅へと誘っている。
 ………………この結論を出した時、私は自分が本当に狂ったのではないかと思った。物的証
拠は何も無いのだからな。だが、あらゆる分析結果が、計算による回答が、そして何より、私自
身の『感覚』が、私の考えの正しさを証明しているのだ。
 私は恐怖した。私だけが気付いたこの恐るべき『敵』は、全ての人類を憎んでいる。いや、人
類だけではない。この世界に存在する全ての命、世界そのものを憎み、嫌い、滅ぼそうとしてい
る。
 その智謀は神のごとし。そしてその精神は悪魔のごとし。私一人の力で、どうにか出来る相手
ではない。かといって、放っておく訳にはいかない。
 ではどうする? 仲間を集めるか? いや、こんな荒唐無稽な話、一体誰が信じるというのだ。
それとなくシーゲルやパトリックに話してみたが、二人ともまったく信じなかった。他の連中に話し
ても同じだろう。
 ならば私のやるべき事は二つ。『敵』の実在を証明する事。そして、『敵』を倒せる『武器』を作
り出す事だ。
 私は以前に研究していたバイオチップに注目した。バイオチップは人間の脳細胞をクローニン
グして、それを極小サイズのマシンの中枢回路にして、別の人間の脳に埋め込むという物だ。そ
の研究過程の中で、私は人間の脳には、まだまだ未知の力が秘められているのではないかと
考えていた。
 人間の脳は、天然自然が生み出した、最高のコンピューターだ。人類の手で、これと同じ機能
を持つコンピューターを作るには、千年以上の歳月と研究が必要とさえ言われている。私から見
れば千年でも足りない気がするが、それは関係ない話だ。この素晴らしいコンピューターの奥に
隠された、遺伝子操作やバイオチップだけでは引き出せない力、超能力といっても過言ではな
いような不思議な力。それこそが私の求める『武器』だった。
 私はまず、人工出産研究所に行き、懇意にしていたそこの職員を通じて、十二人の赤ん坊を
手に入れた。彼らの親には、赤ん坊たちは試験管の中で死んだ、と返答してもらった。いずれの
親も最初は落胆したが、すぐに「また作ってもらえばいい」と気を取り直したそうだ。騒ぎにならな
いのは喜ばしい事だが、コーディネイターの未来に一抹の不安を抱いた。
 ……話を戻そう。そうして非合法で手に入れた十二人の赤ん坊は、まだ試験管から出してもら
えたばかりで、目も開けられない状態だった。そんな無垢な彼ら、彼女らを…私は………手術
台に乗せて…………………そして、一人一人の頭を開き……………………脳を、抉り出した。
 赤ん坊の脳は、余計な知識や感情を持っていない。純粋無垢であり、それゆえに無限の可能
性を秘めている。私の求める『武器』には、どうしても必要な物だった。十二という数は、計算上
その『武器』の力をフルに発揮するために必要な数だった。そう、全ては必要な事だった。その
為に私は、人の心を捨てた。それも必要な事だったからだ。
 取り出した十二個の脳は、私の血液から精製した特殊保存液・グリーンブラッドの中に入れ、
さまざまな回路に接続した。そして、自爆装置つきの箱に収めた。無理に中を開けようとすれ
ば、全ての箱が連動して、中身もろとも粉微塵に吹き飛ぶ仕組みだ。やり過ぎかもしれんが、こ
の『武器』を敵の手に、いや、他の誰の手にも渡す訳にはいかんのだ。こんな『武器』を、これ以
上誰にも作らせる訳にはいかんのだ!
 トゥエルブ・システム。十二個のブラックボックスに私はそう名付けた。モビルスーツに組み込
み、システムを起動させれば、機体の性能を一時的にアップさせる。同時にトゥエルブに組み込
まれている脳とパイロットの脳が共鳴し、パイロットの脳の機能を引き上げ、五感や運動神経を
増幅させる。最も、慣れるまで肉体にはかなりの負担が掛かるだろう。
 システムの起動は、十二段階に分けてある。これはパイロットの精神、及び肉体を徐々にシス
テムに慣れさせるためだ。精神、肉体共に未熟な状態でシステムを開放したら、怒りや憎しみな
どのマイナスの感情も増幅してしまい、暴走する危険もある。乗る者を神にも悪魔にも変える。
それが、トゥエルブ・システムなのだ。
 ガーネット。このシステムを使いこなせるのは、お前だけだ。グリーンブラッドは十二の脳とお
前を繋げる触媒としての役割も果たしており、私の血を引くお前ならばトゥエルブの力をフルに
発揮出来る。
 これからお前には、道を選んでもらう。私が話した事を全て忘れて、このディスクを叩き割り、
姿を隠すか。それとも、私の意志を継いで、パイロットになって、トゥエルブを搭載したモビルスー
ツに乗り込むか。忘れるというのなら、今すぐディスクを取り出し、叩き割りなさい。

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 そうか。ならば、話を続けよう。
 トゥエルブ・システムは既に完成している。一週間前、オーブのホウジョウ君の元に送り届け
た。あの国にはエリカ ・シモンズという優秀な技術者もいるし、取り扱いを誤る事は無いだろう。
 お前はこれから、ザフトのパイロット養成学校に入りなさい。あそこで教官をしているラージ・ア
ンフォースという男は、私の友人だ。今回の件についても少しだけ話してある。力になってくれる
だろう。
 地球とプラントは、遠からず戦争になるだろう。お前はその中で腕を磨き、心を強くしなさい。ト
ゥエルブの力を引き出せるほどに強くなるのだ。
 いずれ時がくれば、ホウジョウ君から連絡が入るだろう。彼からトゥエルブ・システムを搭載し
たモビルスーツを受け取ったら、ザフトを離れ、地球軍に行きなさい。トゥエルブの中にある赤ん
坊たちの脳は、強い敵と戦う事によって更に成長する。強い敵と戦い、トゥエルブを強くするの
だ。
 トゥエルブが強くなれば、お前も強くなる。人間の能力も、機械の能力も超え、トゥエルブによっ
て極限を超えるまでに鍛え上げられた感覚をもって、決して姿を見せぬ『敵』を見つけ、そして、
倒すのだ!
 …………最後に、これだけは言わせてくれ。私は罪深い男だ。狂っているのかもしれん。だ
が、お前を愛するこの心だけは真実だ。お前に幸せになってほしい。その為にも、お前が生きて
いくこの世界を滅ぼさせる訳にはいかない。たとえ相手が、本物の神や悪魔であってもだ。
 私は自らの意志で地獄に落ちよう。お前がこちらに来ない事を祈っている。
 愛しているぞ、我が娘よ」



 映像は終わった。
 全員が絶句していた。
「この遺言を初めて見た時、私は自分のバカさ加減に呆れたよ」
 重い空気の中、ガーネットが口を開いた。
「同じ屋根の下で暮らしていたのに、親父がこんなにも悩み、苦しんでいた事に気付いていなか
った。まあ、気付いたからって、どうにか出来るものじゃないけどね」
 それは悔恨の言葉。過去を呪う懺悔の言葉だった。
「一人で悩み事を抱え込んでしまうバカだけど、優しくて、いい親父だった。だから私は、親父の
最後の願いをきく事にした。それに私も許せないから。世界の裏側でコソコソして、みんなを苦し
めて、挙句の果てに皆殺しにしようなんて、そんなクズ野郎、絶対に許せない!」
 それは怒りの言葉。生きる事を望む、生物としての本能から生まれた言葉だった。
「友達を守れなかった私に、こんな事を言う資格は無いのかもしれない。怒りに任せてトゥエル
ブ・システムを暴走させて、あの子達を苦しめた上、もう少しでキラたちまで……」
「でも、貴方は僕たちを殺さなかった。それでいいじゃないですか」
「それはあんたが止めてくれたからさ、ニコル。それにトゥエルブも…」
「そうです。トゥエルブが、あの子達が僕に力を貸してくれました。たとえ殺されても、苦しめられ
ても、それでもあの子達は貴方を愛しています。平和な世界を望んでいます。貴方はどうするつ
もりなんですか? 自分を責めている暇があるのなら、これからどうするのか聞かせてください」
 厳しい表情で問うニコル。ガーネットは真剣な眼差しで答えた。
「戦うよ。親父のためにも、あの子達のためにも、そして、私自身のためにもね」
「そうですか。なら、僕もお供します。僕は貴方と一緒に生きていくと決めましたから」
 そう言って、ニコルは微笑んだ。そして、ガーネットに手を差し出す。その手をガーネットは握り
返した。
「シモンズ主任、これは……」
「ええ、ホウジョウ君。何とかなるかも……」
 二人を見つめるエリカとホウジョウの眼に、小さな光が灯っていた。



 夕日がオーブの空を赤く染めていた。
 カグヤ基地。マスドライバーが置かれた宇宙への玄関口であるこの基地から、プラント行きの
シャトルが飛び立とうとしていた。
 シャトルへ乗り込む通路の前では、宇宙に向かう人たちと、見送りに来た人たちが別れの挨拶
をかわしている。その中には、宇宙に戻るアスランと、見送りに来たキラ、カガリ、ガーネットとニ
コルの姿もあった。
「どうしても行くのかい?」
 心配そうに尋ねるキラに、アスランは微笑みで答える。
「ああ。だが、ザフトの軍人として帰るんじゃない。父にアルベリッヒ博士の遺言を伝えて、この戦
争を止めるよう、進言するつもりだ。そして、この世界の影に存在する悪意を倒す。それが俺の
やるべき事だと思うから」
「親父の言葉を信じるのかい? 狂人の妄想かもしれないんだよ」
 ガーネットが言う。
「いや、俺はそうは思わない。ガーネット姉さんもそう思ったから、博士の意志を継ぐ決心をした
んだろう?」
「…………ああ。でも、あのガンコ親父のパトリックが、あんたの話を訊いてくれるとは思えない
んだけどね」
「確かに父はそういう性格をしている。でも、だからこそ行くんだ。あの人を止められるのは、息
子である俺だけだろうから」
「やれやれ。親父さんに似て、あんたも相当ガンコ者だね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 そう答えたアスランに、ニコルが声をかける。
「アスラン、お気を付けて。父と母には、『ニコルは自分の道を見つけた。ご迷惑をおかけします
が、許してください』と伝えてください」
「ああ、分かった。…………後悔はしてないか?」
「ええ」
「そうか。頑張れよ」
「はい」
 アスランとニコルは、握手を交わした。続いてアスランは、キラとガーネットにも手を差し出し
た。
「次に会う時は、戦争が終わっているといいな」
「うん、そうだね……」
「無事を祈ってるよ、アスラン」
 三人の手が重なる。
 それからアスランは、先程から何も言わないカガリに近づいた。
「お前や、お前の父上にも世話になったな。ケガの手当てをしてもらった事には本当に感謝して
いる。よろしく伝えておいてくれ」
「……置いていっていいのか?」
「ん?」
「イージスだ。あれはお前のモビルスーツだろ?」
「ああ。かなり壊れているし、シャトルには乗せられないからな。それに、あれは元々オーブの物
だろう? 持ち主(そっち)に返すよ」
「部下も置いていくのか? あの、ルミナとカノンっていう奴ら…」
「ルミナはともかく、カノンは絶対安静だからな。動かすのは危険だ。それにあの二人はもう、ザ
フトの軍人としては戦わないかもしれない。色々な事があったからな」
「……………」
 カガリは、アルベリッヒの遺言を聞いた直後のルミナの顔を思い出す。それは悲痛な表情だっ
た。
 彼女とカノンは、師ラージの許可を受けて、地球に降りてきた。裏切り者ガーネットを倒すため
に。師の名誉を晴らすために。
 だが、ラージはアルベリッヒの友人であり、トゥエルブ・システムについても知っていた。システ
ムを完成させるためには、強い敵と戦わせる必要がある事も知っていた。そして、システムを育
てるための養分、『エサ』として自分たちを地球に送り込んだのだ。
 ガーネットの抹殺は自分たちから志願した事だが、彼は止めなかった。
 味方だと思っていたロディアにも、師であるラージにも裏切られた。ルミナの心は深く傷付いた
だろう。そんな彼女を再び戦場に立たせる事など、アスランには出来なかった。
「ルミナとカノンの事、よろしく頼む。それじゃあ」
 そう言って、カガリに背を向けたアスラン。だが、
「待て!」
 カガリが追いかけてきた。そして、自分の首飾りを取り外し、アスランの首にかけた。
「これは…?」
「ハウメアの守り石だ。お前を守ってくれる。お前、危なっかしいからな」
「…………あ、ありがとう」
 戸惑いながらも、素直に礼を言うアスラン。
「気を付けてな」
 照れるカガリ。微笑ましい光景だった。



 シャトルを見送った後、四人は車に乗り込み、カグヤ基地を後にした。
「さて、これからどうしようか」
 車を運転しながら、ガーネットが呟く。
「どうするって、戦うんでしょう? 貴方のお父さんが気付いた『敵』と」
 ニコルが訊くと、ガーネットは困った顔をした。
「そうしたいのは山々なんだけど、戦うための『武器』が壊れちゃったからねえ」
 ガーネットの愛機、ストライクシャドウは、暴走による負担のせいで内臓フレームが破損。修理
するより、新しく造った方が早い、という重傷ぶりだ。
 トゥエルブ・システムそのものは無事だから、別のモビルスーツに搭載すれば問題は無い。だ
が、問題はトゥエルブの起動時にかかる負担に耐えられるモビルスーツが今のオーブには無
い、という事だ。
 シャドウと同じGATシリーズであるブリッツとストライクは修理中。アスランが残してくれたイージ
スも同様だ。
「M1アストレイじゃダメなのか?」
 カガリが尋ねると、「コンピューターシミュレーションで試したみたけどね。システム起動から六
秒でバラバラになっ
たよ」
 ガーネットが困った現実を突きつける。
「でも、シモンズさんとホウジョウさんには何か考えがあるみたいだったし、任せておけばいいん
じゃないかな?」
「うーん。大丈夫なのかな?」
 キラの言葉に考え込むガーネット。あの二人、妙にニコルをチラチラ見ていたのが気になるの
だが……。
 その時、車の無線機から緊急連絡があった。オーブの第一軍事基地にいるライズ・アウトレン
からだ。所属不明のモビルスーツが三機、オーブへの着陸を求めているそうだ。
「所属不明? ザフトじゃないのか?」
 カガリが訊くと、無線機の向こうからライズが返事をする。
「ザフトの識別信号は出ていません。そちらにガーネットさんはいらっしゃいますか?」
「ああ、いるよ。私に何か用かい?」
「ガーネットさんはプラントにいましたよね? だったら、この声の主が本物かどうか分かるので
はないかと思いまして。今、モビルスーツの方と交信を繋げます」
 ライズの声の後に、少し雑音が入る。そして、
「………オーブの皆さん、聞こえますか? こちらは、元ザフト所属のモビルスーツ、ジャスティス
とアルタイルとヴェガです。着陸の許可を求めます。わたくしは、シーゲル・クラインの娘、ラクス・
クラインです。どうか着陸の許可を……」
「ラクス!?」
 思いもかけぬ来訪者であった。

(2003・9/6掲載)
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