第23章
 破滅を呼ぶ閃光

 ザフト宇宙要塞ボアズ、陥落。
 その報は、世界を揺るがした。
 難攻不落と言われたボアズの陥落。それだけでも大ニュースだが、それ以上に人々を驚かせ
たのは、地球軍がボアズ攻略の際に『核』を使った事だ。ニュートロンジャマーによって使用でき
ないはずの兵器が、ついにその封印を解かれたのだ。
 ボアズを失ったザフトは、パトリック・ザラの指揮の下、宇宙要塞ヤキン・ドゥーエを最終防衛ラ
インとして戦力を結集。最終兵器ジェネシスの完成を急がせた。
 一方、地球軍も、アズラエルやサザーランドらブルーコスモスのメンバーの指示により、核兵器
の更なる増産、配備を行った。戦艦に次々と積み込まれる核弾頭。その数はザフトの軍勢のみ
ならず、全てのプラントを消滅させる程の量だった。
「宇宙を汚すゴミ共は、きれいさっぱり掃除しないとね」
 そう言うアズラエルの隣で、同感ですという表情で頷くサザーランド。だが、彼は知らなかった。
アズラエルの言う『ゴミ』の中には、自分たちナチュラルも含まれているという事を。



 決戦の機運が高まる宇宙。その中を、ディプレクターの三艦は漂っていた。各艦の艦長たちは
エターナルのブリッジに集まり、今後の方針を話し合う。
「ザフトと地球軍の衝突は時間の問題だな。さて、どうしたものか……」
 バルトフェルドがそう言うと、ラクスが、
「わたくしたちのやるべき事は決まっています。この無益な争いを止めて、真の敵であるダブルG
を討つ事です」
 と、はっきりと答える。それに対して、
「問題は、どうやって止めるか、ですな」
 と、クサナギの艦長であるキサカが言う。
 神を名乗り、この戦争を操る悪鬼、ダブルG。だが、その存在を示す具体的な証拠は無い。世
界に報せても、相手にされないか、失笑されるのがオチだ。それに地球軍ではアズラエルが、ザ
フトではクルーゼやリヒターが、それぞれの上層部に食い込んでいる。こちらの意見など簡単に
握り潰されるだろう。
 両軍にいるディプレクターの同志たちも、連中の手によって次々と処刑、もしくは投獄されてい
る。事態は予想以上に深刻だ。
「いっその事、地球軍もザフトもぶっ潰すか? それが一番、手っ取り早いぜ」
 フラガが冗談めいた口調で言うと、バルトフェルドが苦笑して、
「手っ取り早いのは確かだが、現在の我々の戦力では無理だな。話し合いも、武力による解決
も不可能。さて、どうしますか、お姫様?」
 と、ラクスに問う。
 この難題に対して、彼女が出した答えは、
「艦をヤキン・ドゥーエへ。まずはプラントに向けられる核の炎を止めます。その後に、パトリック・
ザラとの会談を求めます」
「会談に応じなかった時は?」
「…………その時は、こちらも覚悟を決めます」
「パトリック・ザラを討つ、と?」
 バルトフェルドの質問に、ラクスは黙って頷いた。
 力による解決はラクスの望むところではない。だが、理不尽な暴力を振るう者たちを見逃す事
は出来ない。たとえそれが、かつての同胞であっても。
「戦いの先に真の平和が待っているとは思いません。ですが、この戦いを止めるために力を振
るわねばならないと言うのなら、わたくしは敢えて汚名を背負うつもりです。たとえ反逆者、愚か
者と言われても、わたくしたちはわたくしたちの信じる道を行きましょう。憎しみの連鎖を断ち切
り、ナチュラルとコーディネイターが共に生きる未来のために」
 ラクスの決意は伝わった。三艦は進路をヤキン・ドゥーエに向けた。
 幸い、地球軍は月基地で出撃準備に手間取っている。このまま行けば、地球軍より先にヤキ
ンにたどり着ける。戦闘が始まる前にたどり着ければ、パトリックとの会見も可能かもしれない。
「このまま行けば、だけどね……」
 ガーネットの不安は、現実のものとなる。



 クサナギの娯楽室。その片隅には、多数の酒などが置かれたショットバーがある。そこで静か
にグラスを傾ける男が一人。戦死したホウジョウの後を継いでアストレイ部隊の隊長となった、ラ
イズ・アウトレンだ。
「出撃前に酒を飲むなんて、随分と余裕あるじゃない」
 同僚のイリア・アースが声をかけてきた。
「ウーロン茶だよ。それに、俺はまだ未成年だ」
「ああ。そう言えば、そうだったわね。ゴメン、そうは見えなかったから」
「年の割には老けている、と言いたいのか?」
「違うわよ。大人っぽくなった、って事」
 苦笑したイリアはライズの隣に座り、マスターにオレンジジュースを頼む。彼女は酒が飲めなか
った。
「で、隊長殿はこんな所で何してるの? サボリ?」
「まあ、似たようなものかな。そして、ヤケ酒ならぬヤケウーロン茶だ」
「何か、嫌な事でもあったの?」
 ライズは答えなかった。
 オレンジジュースが、イリアの前に差し出された。一口飲む。甘酸っぱいオレンジの果汁が、イ
リアの口の中に広がる。
「アルルに振られた」
「ぶっ!」
 ライズのいきなりの発言に、当然、イリアは驚いた。飲みかけていたジュースを噴き出しそうに
なる。
「なっ、そ、それって…」
 イリアの質問に、ライズは真剣な表情で答えた。
「今度の戦いは、今までとは違うからな。俺もあいつも、生きて戻れる保証は無い。だから、万が
一の事があっても悔いが残らないよう、玉砕覚悟で告白したんだ。そしたら…」
 ライズはウーロン茶で喉を潤した。そして、爽やかに苦笑する。
「見事に砕け散った。ああ、そりゃもう、綺麗さっぱりと、跡形も残らないくらいに粉々に。あれだ
けはっきり言われたら、清々しいくらいだ」
「………………」
「ん? ああ、そんな顔しないでもいいよ。アルルの事を恨んだりしないよ。本当に気にしてない
んだ」
「ライズ、けど……」
 イリアは知っている。ライズが本当にアルルの事が好きだった事を。ずっと彼を見てきたから。
「アルルに言われたよ。『死ぬかもしれない』なんて情けない理由で告白するような人を好きには
なれない。そして、そんな人の指揮で戦う事なんて出来ない。私の事を好きになる前に、あなた
を信じて付いて来てくれる部下たちの事を考えなさい、って」
「………………」
「稲妻に打たれたような気がしたよ。年下なのに、俺よりしっかりしているんだもんなあ。そんな
事言われたら、諦めるしかないだろ」
「いいの? それで?」
 心配そうに尋ねるイリアに、ライズは優しい眼で答えた。
「いいも何も、アルルは間違った事は言ってないからな。隊長として、やるべき事をやる。全ては
それからだ」
「……そうね。まずは生き残らないと」
「ああ。生き残らないと、新しい恋を見つける事も出来やしない」
「振られたばかりなのに、もう『次』の話? 前向きなのね」
「おおよ。それが『生きてる』って事だしな」
 ライズはウーロン茶を飲む。イリアも何も言わず、オレンジジュースを飲む。静かな、そして穏
やかな時間が流れる。



「クシュン!」
 クサナギの格納庫に、可愛らしいクシャミの音が響く。その音を聞いたエリナ・ジュールが、音
の主に声をかける。
「どうしたの、アルル。風邪でも引いた?」
「ううん、大丈夫。ちょっと鼻がむず痒くなっただけ」
「そう? だったらいいけど……」
 新しい友人の体調を心配しながら、エリナは再び、愛機の整備に戻った。M1アストレイ・パー
プルコマンド五番機。メンデルでの戦いの時はヴィシア・エスクードが乗っていたが、ガーネットの
仲裁によって決められた『条約』に従い、次はエリナが乗る。
「それにしても、あんたたちも妙な事をしてるわね」
 鼻を擦りながら、アルルがエリナに訊く。
「出撃の度に機体を乗り換えるなんて、非効率的よ。どっちでもいいから、ちゃんと決めた方が
いいと思うけど」
「だから、これに乗るのよ」
 と、エリナはパープルコマンドを指差す。
「あいつが乗ったこの機体で、あいつ以上の活躍をすれば、誰も私に文句は言わない。デュエル
のパイロットの座は私のものよ!」
「……まあ、理屈としては間違ってないわね。でも、そんなにデュエルに乗りたいの? パープル
コマンドだっていいモビルスーツなのに」
「分かってるわよ。別にパープルコマンドが嫌いな訳じゃないわ。これは女の意地よ」
「女の意地?」
「うん。自分でもバカみたいだと思うけど、こうでもしないと、気持ちがスッキリしないの」
 エリナは小さなため息をついた。
「いい、アルル。少しでも『いい』と思った男がいたら、何が何でも捕まえるのよ。でないと、他の
奴にあっさり盗られるわよ」
「う、うん……」
 返事をしたアルルもそれは分かっていた。好意を持っていた少年を、プラントの歌姫に持って
いかれたばかりだから。
「ふう。お兄ちゃんを好きになる女の人なんて、私ぐらいだと思ってたんだけどなあ」
 随分と失礼な事を言っている。その言葉にアルルは苦笑しながら、
『ホント、どこもかしこも、人間関係が複雑になってるわね』
 と、思った。戦争中に何をやっているのか、と思ったが、戦争中だからこそ、なのかもしれな
い。死がすぐそこにある時代と世界。だからこそ、生(せい)の実感を欲する。自分が生きてきた
『証』を残そうとする。死ぬかもしれない、という事で突然告白してきたライズのように。
 気持ちは分かるが、そんな告白は受け入れたくなかった。ライズの事は嫌いではないが、それ
は決して恋愛感情では無かったし、イリアの事も考えると、彼の告白は受け入れる事は出来な
かった。
『あの二人がくっついてくれるといいんだけど』
 その後、適当なところで話を切り上げて、エリナとアルルは、再び整備に着手した。生き残るた
めに。そして、平和な世界で新しい恋を探すために。



 アークエンジェルの食堂で、イザークとフレイは遅い食事を取っていた。食堂にはこの二人だ
けしかいない。
「ねえ、イザーク」
「何だ?」
「あんたって、好き嫌いは無いのね」
「ああ。特に無いな」
 その言葉を立証するかのように、イザークの皿は全て空となっていた。米粒一つ残していな
い。
「一流のパイロットは、好き嫌いなどしない。体調の管理と体力の向上も、仕事の内だからな」
「ふうん」
「ふうん、じゃない。お前も今はパイロットだろうが。好き嫌いとか妙なダイエットなんてせず、しっ
かり食べておけ」
「妙なダイエットって何よ。私、そんなのしてないわよ」
「嘘をつけ。さっき、廊下で会ったミリアリアに聞いたぞ。昨日、風呂上りに体重計に乗って、顔を
青くしていたってな」
「!」
 イザークは軽率だった。バカと言ってもいい。女性に体重関係の話題は禁物なのだ。特に食事
中は。
「いくら増えたのかは知らんが、あまり気にするな。1キロや2キロ、増えたぐらいで…」
「そんなに増えてないわよ! たった200グラムしか…」
 と、自分でトップシークレットを暴露してしまったフレイ。顔が青くなり(失敗を悔やむ)、赤くなり
(恥辱のあまり)、そして、赤を超えた真紅になる(迂闊に情報を漏らした自分と、そもそもの原因
である目の前の男に対する怒り)。
「こ……の、バカーーーーーーーッ!!!!」
 ビンタ一発。食器も片付けず、フレイは食堂を出て行った。
 叩かれたイザークは、別に気にしていない。こういう事態にも、もう慣れた。頬は痛いが、痛み
はじきに引くだろうし、真っ赤な手形もすぐに消える。
「ふん」
 食器をフレイの分も片付けた後、イザークは食堂を出た。と、次の瞬間、
「よお、イザーク」
 ディアッカに捕まった。
「またフレイちゃんとケンカしたな。仲が良くて、羨ましいねえ」
「………覗き見とは、趣味が悪いな。それに、どこをどう見たら、さっきのあれが『仲が良い』様
に見えるんだ?」
「ケンカするほど仲が良い、っていうじゃないか。ふう、俺も早くミリィと仲良くケンカをしたいぜ」
「ふん。バカバカしい。どこぞの猫とネズミじゃあるまいし」
「古いネタ知ってるな、お前」
「昔、どこかの日焼けバカに、オールナイトで映像ディスクを見せられたからな」
「そんな事もあったか。懐かしい思い出だ」
「ああ。次の日のテストで二人仲良く赤点を取った事も含めてな」
 二人は歩きながら、話を続ける。
「いやあ、しっかしお前にまで先を越されるとはなあ……。アスランやニコルはともかく、お前は
絶対に彼女なんて作るはずが無いと思ってたのに」
「バカにしてるのか?」
「そうじゃない。ザフトにいた頃のお前さんは、ナチュラルと戦うことだけしか考えてなかった様に
見えたからな。アスランへの対抗意識も、その表れだろ?」
 ディアッカの言うとおりだった。この男、普段はいい加減そうな言動をしているが、実は物事を
よく見ている。
「俺は、プラントを守りたかっただけだ。母上や、仲間たちのいる世界をな」
「それはみんなそうだろう? 何かを守りたいから戦っている。アスランやニコルだってそうだ。い
や、地球軍の連中も…」
「ああ。だから俺は、ザフトのために戦う事をやめたんだ」
 毛嫌いしていたナチュラルの少女、フレイと過ごした短い時間がイザークの心を変えた。彼女
と話し、愛するようになった時、イザークは気付いた。自分たちの戦いがナチュラルを苦しめてい
た事を。
 ナチュラルの不幸が、コーディネイターの幸福?
 コーディネイターの不幸が、ナチュラルの幸福?
 違う。両方とも間違っている。だが、それが現実になっている。世界がそうなろうとしている。そ
うしようとしている奴がいる。それを知った時、イザークは本当の意味で『戦う』事を決意したの
だ。
「俺のせいで、母上を死なせてしまった。人から見れば、俺はコーディネイターの歴史が始まって
以来の大バカ者で親不孝者に見えるだろう。だが、それでもいい。俺は戦う。ザフトのためだけ
にでも、コーディネイターのためだけにでもなく、この世界の全ての人たちを守るために」
「…………」
 ディアッカは、この素晴らしい男と友人である事を誇りに思った。だが、本心を見せる事無く、
軽口を叩く。
「ご立派ですな。けど、本当はフレイちゃんのために、じゃないのか?」
「ふん。そんな当たり前の事を口にする必要は無い」
「うわあ、ご馳走様。ったく、お前もニコルもアスランも、男の友情より女の愛情かよ。俺は寂しい
よ」
「だったら、お前もさっさと彼女を作ればいいだろう。それに、彼女を作ったからといって、友情が
消える訳じゃない。俺もニコルもアスランも、お前の事はいつでも助けてやる」
 臆面もなく、結構恥ずかしい台詞を言うイザークに、ディアッカは心の中で苦笑した。この男、
本当に変わったな。いや、昔から『熱い』感情は持っていたが、それが真っ直ぐで清々しいもの
になっている。フレイのおかげだろうか?
「それはどうも。それなら、早速助けてほしいんだけど」
「何だ?」
「バスターの整備、やっといてくれないか? 俺、これからミリィをデートに誘うから」
「断わる」
 即答だった。



 一方、イザークの頬を引っぱたいたフレイは、
「ホンット、ムカつくわ、あいつ! デリカシーってものが無いんだから!」
 と、ガーネットの部屋で不満をぶちまけていた。もちろん部屋の主はいるし、たまたま訪れてい
たその恋人も付き合わされていた。
「大体、あいつはいつもそうなのよ。気は利かないし、何でも一人で勝手に決めるし。もう、最
悪!」
「で、でも、イザークにだって、いいところはありますよ」
 友人を弁護するニコル。だが、
「へえ。例えば?」
 と、フレイに睨まれた。何と言う鋭い目付き。背筋に冷たいものが走る。
「あ、え、ええと、それは、その、あの、えーと……」
 可哀想に、ニコルは完全に怯えている。
「そんなに嫌なら、別れればいいじゃないか」
 恋人の危機にガーネットが助け舟を出した。話題を少し逸らして、ニコルの負担を和らげる。
「……………」
 沈黙するフレイ。ガーネットは意地悪く微笑み、
「気持ちは分からないでもないけど、程々にしといた方がいいよ。でないと、あいつの方があんた
を捨てるかも」
「!」
「捨てられたくないし、別れるつもりも無いんだろう? だったら、何をすべきか分かってるよね」
「けど、悪いのはあいつなのよ」
「そう? つまらない事で怒ったあんたも同レベルだと思うけど」
「うっ……」
「さっさと謝ってきな。でないと、エリナあたりに掻っ攫われるわよ」
 その一言は効いた。フレイは大急ぎで部屋を出て行った。
「やれやれ。まったく、世話の焼ける……」
「ですね。けど、僕、あの二人は好きですよ。見てて楽しいし。夫婦漫才、ってやつみたいで」
 確かにその通りだが、本人たちの前では言わない方がいいだろう。
「まあ、騒がしい連中だけど、幸福になってもらいたいものだね。あの二人にはさ」
「ええ、そうですね」
 フレイもイザークも、決して幸福な人生を送っていない。だからこそ、あの二人にはお互いを支
えあい、幸福になってほしい。そう願っているのはガーネットやニコルだけではない。ディプレクタ
ーの全員がそう願っていたし、きっとそうなるだろうと思っていた。思っていたのだ……。



 月面、プトレマイオス基地。増産された核弾頭の積み込みが全て終了し、艦船が次々と出撃す
る。その中には、ナタル・バジルールを艦長とするドミニオンの姿もあった。連合軍の大艦隊と共
に、ザフトとの最終決戦に向かう。
 先の戦闘ではオブサーバーとして一緒に乗っていたアズラエルの姿は、今回は無い。彼は今
回、腹心のサザーランドを艦長とする連合軍の艦に乗り込んでいた。正直、ナタルはホッとして
いる。あの男と一緒にいると、気苦労が倍になる。到底、好きになれそうもない。
 目的地であるヤキン・ドゥーエは、まだ遠い。ナタルは席を離れ、書類整理のために自室に戻
ろうとした。その途中の廊下で、
「艦長さん。話がある」
 と、後ろから呼び止められた。
 振り返ると、三人の少年がいた。オルガ・サブナック、シャニ・アンドラス、そしてクロト・ブエル。
それぞれカラミティ、フォビドゥン、レイダーと呼ばれる最新モビルスーツのパイロットであり、ナ
チュラルではあるが、薬物投与によってコーディネイターをも凌ぐ能力を身につけた少年たち。
ブーステッドマンとも呼ばれ、その力の代償として、過去の経歴を全て抹消され、モビルスーツの
生体CPUとして扱われている。
「話とは何だ?」
 と、ナタルが訊く。
「私は忙しい。手短に済ませてもらいたいのだがな、サブナック少尉」
「そう、それだ」
「?」
「俺たちには階級なんて無いはずだ。なのにどうして、あんたは俺たちを『少尉』と呼ぶんだ?」
 メンデルでの戦闘時、アズラエルも同じような質問をした。消耗品を人間扱いするのか、と。そ
れはナタルを、この上なく不愉快にさせる質問だった。
「軍法によりモビルスーツのパイロットである諸君には、自動的に士官としての地位が与えられ
る。それとも、少尉の待遇に不満でもあるのか?」
「いや、別に不満はありませんよ。ただ、ちょっと疑問に思っただけで」
 と、クロトが言う。続いてシャニも、
「俺たちに媚を売っても、仕方ないと思うけどな〜」
 と言う。
「媚を売っているつもりは無い。私は君たちを仲間だと思っている。だから、その様に扱っている
だけだ」
 ナタルのその言葉に、三人は顔を見合わせた。いずれも完全に虚を付かれた表情だ。
「仲間?」
「俺たちが?」
「仲間……」
 三人には聞き慣れない単語だった。いや、ブーステッドマンとなってからは初めて聞く言葉だっ
た。
「そうだ。違うのか?」
 ナタルが聞き返す。
「…………まあ、敵ではないな」
 オルガが答える。
「ならばいい。少尉の待遇に不満があれば、いつでも言え。私が上層部に進言しよう。あと、機
体の整備などは整備士任せにせず、しっかりやっておけ。自分の命を預けるのだからな」
「ああ。……艦長、もう一つ、質問がある」
「何だ、サブナック少尉?」
「俺たちはあんたより年下のガキだ。それなのに、どうして俺たちと対等に接しようとするんだ?」
 その質問に、ナタルは少し嬉しくなった。先程のものとは違い、随分と人間らしい質問だ。
「私は年齢で人間を判断する事はしない。いや、昔はそういう眼で見る時もあったが、ある若者
たちと行動を共にしてから、そういう偏見は捨てた。それからは優れた能力を持っている者は尊
敬し、自分より劣る者は指導する様に心がけている。口で言うほど容易くはないが、間違った生
き方ではないと思う」
「ある若者たち、ってのは、あんた…いや、艦長が前に乗ってた艦にいた奴らの事ですか? コ
ーディネイターの小僧と女の…」
「そうだ、ブエル少尉」
「けど、コーディネイターなら、あんたより優れてて当然じゃないの? 尊敬する必要は無いと思う
けど」
「それは違うな、アンドラス少尉。私は、彼らの能力を尊敬しているのではない。彼らの『心』を尊
敬しているのだ」
 ナタルは、彼女の心を変えた二人のコーディネイターの事を思い出す。
 キラ・ヤマト、彼はコーディネイターであったが、平和なコロニーで普通に暮らしていた一般人
だ。だが、運命のいたずらでこの戦争に巻き込まれ、大切な友達を守るために戦ってきた。時に
泣き、時に怒り、それでも決して逃げる事無く、戦い続けた。
 ガーネット・バーネット。『漆黒のヴァルキュリア』と呼ばれた、ザフトのエースパイロット。美しい
顔立ちと、強き魂を持ち合わせた少女。つまらない事で弱味を握られてからは、少々もてあそば
れていたが、決して無理な事は言わなかったし、常に仲間たちの事を考えていた。
「敵に回ってしまったのは残念だが、彼らを尊敬する気持ちは変わらない。恐らく、これからも
な」
「敵なのに尊敬してるの? 変なの」
 思った事をそのまま口にするシャニ。オルガとクロトは顔をしかめるが、シャニ本人は全然気
にしていない。ナタルも気にしていないらしく、あっさり答える。
「尊敬できる敵を持てるのは、ある意味幸運だぞ。彼らは強い。彼らに勝ちたいのなら、彼ら以
上に強くなる必要がある。私も、君たちもな」
「それって、もっと鍛えろって事?」
 クロトが訊く。
「肉体や技量だけではない。心もだ」
「心?」
「信念、と言ってもいい。自分の命を守るためだけでなく、自分の心を守るために戦える者たち。
そういう連中が一番強い。そして我々の敵は、そういう者たちなのだ。心して掛かる事だ」
 そう言い残して、ナタルはその場を去った。残された三人は、何となく顔を見合わせる。
「なあ。艦長の言っている事の意味、分かったか?」
 クロトが訊くと、
「いや」
「あんまり」
 と、オルガもシャニも首を横に振る。
「やっぱりそうか。俺もよく分からなかった。あ、けど、あの女がおかしな奴だってのは分かった」
「あ、それ、俺も〜」
「お前らなあ……」
 オルガが、さすがにため息をつく。いや、クロトとシャニの気持ちは分かる。実際、あの女はお
かしい。自分たちを普通の人間のように扱かったり、敵の話をしているくせに優しい眼をしたり。
「ま、アズラエルのおっさんよりはマシな人間みたいだな」
 オルガの言葉に、クロトも、シャニも頷く。この三人、決して仲は良くないが、アズラエルが嫌
い、という事に関してだけは同じ気持ちだった。
「で、どうする? アズラエルの奴からは、あの女が妙な動きをしないように見張れって言われて
るけど…」
「俺はパス。やるならオルガだけでやれよ」
「同じく。メンド臭いし〜」
 もちろんオルガも、スパイの真似事などやるつもりは無い。その後、三人はナタルに言われた
とおり、機体の整備に向かった。薬も使っていないのに、妙に心地いい気分だった。



 遂にジェネシスが完成した。待ち望んでいたその報に、ヤキン・ドゥーエは歓声に包まれてい
た。
 ザフトの命運をかけた最終兵器ジェネシス。それはニュートロンジャマーキャンセラーによる核
爆発を用い、発生したエネルギーを光線化して敵に放つ、巨大なガンマ線レーザー砲である。膨
大な電磁波を伴うこのレーザーは、発射線上にある全ての物質をガンマ線の電磁波の影響で
破壊する。もし、これが地球に照射されれば、地球の磁場に大きな変化をもたらし、地殻変動を
伴う地球環境の破壊を引き起こす可能性もある。恐るべき兵器だ。
「このジェネシスがあれば、ナチュラル共など恐れるに足らん! ジェネシスの光をもって、薄汚
いナチュラルの世界を焼き尽くしてくれる!」
 興奮するパトリック・ザラの後ろで、不気味に微笑む人物が二人。ラウ・ル・クルーゼと、リヒタ
ー・ハインリッヒ。共にパトリックの腹心であるが、その正体はナチュラルとコーディネイター、双
方の絶滅を望む悪魔の部下。
「おめでとうございます、ザラ議長。このジェネシスさえあれば、もはや我らの勝利は確定したも
同然」
 と、リヒターが本心を隠しながら言う。
「うむ、その通りだ。自らの心身を削ってまで、このジェネシスを作り上げてくれた者たちに感謝
せねばならんな」
 ジェネシスの完成は、当初の予定ではもう少し時間がかかるはずだった。だが、リヒターの指
揮によって技術者たちが頑張り、今日という日を迎える事ができたのだ。
「はい。彼らも喜ぶ事でしょう。全ては議長閣下のため、そして、コーディネイターの未来のため
です」
 リヒターが頭を下げる。クルーゼも、
「議長閣下こそ、人類の新たな歴史を切り開く御方です。後世の人々は議長閣下の名を永遠に
称える事でしょう」
 と、世辞を言う。もちろん二人とも、心の中では舌を出し、パトリックを嘲笑っているのだが。
 突然、警報音が鳴り響く。敵の襲来を告げる音だ。
 モニターに外の映像が映し出される。モビルスーツの大群が、ヤキンに迫っていた。
「あれは……地球軍の新型か! こんなにも早く来るとは…」
「戦艦の姿はありませんな。どうやらモビルスーツ部隊を先行させて、先にジェネシスを叩くつも
りなのでは?」
 クルーゼがそう言うと、パトリックの顔が怒りで赤く染まる。
「そうはさせるか! 本隊が来る前にこちらが撃ってくれるわ! ジェネシス、発射準備! 守備
隊に通達、ジェネシス発射まで地球軍を近づけるな!」
 パトリックの指令によって、ヤキン要塞は戦闘態勢に入った。次々と出撃する戦艦やモビルス
ーツ。ジェネシスも発射準備に入る。目標は、遥か彼方の地球軍艦隊。
「シャロンめ、上手くやってくれたようだな」
 クルーゼが、リヒターに小声で話しかける。リヒターも小声で、
「うむ。神の宴は始まった。もう誰にもこの戦いは止められん」
「あとはアズラエルとディプレクターか。アズラエルはジェネシスの射程範囲内に、上手く艦隊を
導いてくれるかな?」
「彼なら心配ないだろう。ディプレクターの方も、私が仕掛けた爆弾が爆発すれば……」
 リヒターが微笑む。モニターにはザフト軍と、連合軍用の顔をしたズィニアたちの戦いが映し出
されていた。そう、全ては彼らの神のシナリオどおり。



 無数の閃光が、ヤキンの周囲で輝いている。出撃前のジャスティスの操縦席でその様子を見
たキラが叫ぶ。
「戦闘が既に始まってる? そんな、地球軍はまだヤキンには着いていないんじゃ……」
「やられたね。ダブルG、思ったより周到な!」
 ガーネットも唇を噛み締める。
 敵に先手を撃たれてしまった。だが、このまま戦闘を続けさせる訳にはいかない。地球軍が来
る前にダブルGの軍団を全滅させて、改めてザフトに休戦を呼びかける。この戦争を止めるに
は、それしか方法は無い。
「各機、発進してください。この無益な争いを止めるために!」
 ラクスの言葉を、願いを受けて、ディプレクターのモビルスーツが出撃する。ガーネットとニコル
のダークネスを先頭に、キラのジャスティス、アスランのフリーダム、ディアッカのバスター・インフ
ェルノ、イザークのアルタイル、フレイのヴェガが出撃。
 続いてフラガのストライク、ヴィシアのデュエル、ルミナのイージス、カノンのブリッツ、カガリの
ストライクルージュ、そしてライズ率いるM1アストレイ部隊も出撃する。
「ミーティア、リフトオフ!」
 バルトフェルドの号令により、エターナルの先端に取り付けられていた特殊ユニットが外され
た。これがフリーダムとジャスティス専用の強化ユニット、ミーティアだ。このユニットと合体する
事で、両機は小型要塞並の火力と、驚異的な機動力を手にする事が出来る。
 ドッキング完了。戦場に向けて飛び立とうとする一同。だが、
「! みんな、止まれ!」
 ガーネットが叫んだ。
「? どうかしたのか、ガーネット?」
 カガリが呼びかけるが、ガーネットの意識は彼女に向いていない。
「ニコル、分かるかい?」
「ええ。何となく、ですけどね」
 二人の額に汗が浮かぶ。
「……………そこっ!」
 ダークネスの槍が、虚空を突き刺す。と同時に大爆発。機械の破片が、漆黒の宇宙に舞い散
る。
「ふん。量産機にまでミラージュコロイドを搭載するとは、ずいぶんとリッチなんだね。けど、こっ
ちは急いでるんだ。かくれんぼの相手をしている暇は無いんだよ。さっさと出てきたらどうだ
い?」
 ガーネットの呼びかけに応じたのか、次々とモビルスーツが姿を現す。いずれも先程、ダーク
ネスが破壊した機体と同一。ダブルG軍団のオートモビルスーツ(無人機)、ズィニアだ。数はお
よそ三十。そして、
「随分と勘が鋭くなりましたね。何度も死線をかいくぐって来た事による成果ですか?」
 やはりこいつもいた。純白の堕天使、ルシフェル。操るはシャロン・ソフォードとラージ・アンフォ
ース。
「ついに神の宴、人類の終焉が始まりました。間もなく、人類の滅亡を告げる光が放たれ、全て
の終わりが訪れる。ですが、この宴に貴方たちはお招きしていません。早々にお引取りを願いま
す」
「そうはいかない。私たちはその宴とやらを、ぶっ潰しに来たんだ!」
 構えるダークネス。他の機体も戦闘態勢に入る。
「そうですか。では、皆さんには死んでもらいます。ですが、その前に」
 シャロンはポケットから、小さな機械を取り出した。スイッチが付いたその機械は、出撃前にリ
ヒターから渡された物だ。
「貴方たちに我々の新たな仲間を紹介します」
 シャロンはスイッチを押した。途端に、
「! あ……が…………」
 一人のパイロットの脳に閃光が走った。一瞬ではあったが、その光はパイロットの全てを消し
去った。記憶も、人格も、そして、人としての心も。
「…………………」
 空っぽになったパイロットの心に、何者かの声が響く。

 殺せ。
 虐(ころ)せ。
 滅(ころ)せ。
 誅(ころ)せ。
 戮(ころ)せ。
 仲間を。
 お前の隣にいる者を。
 友を。
 恋人を。
 自分の事を信じ、自分も信じている人たちを。
 殺せ。
 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!
 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!
 殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!

「………はい、殺します」

 その瞬間、パイロットの心は消えた。
「? どうした、何をボーッと…」
 話しかけてきたその男に、パイロットの殺意は向けられた。無情の刃が、先程まで味方であっ
た機体に振り下ろされる。
「!」
 予想もしない相手からの突然の攻撃。腕を上げたイザークでなければ、間違いなく両断されて
いた。
「な、何をする! 冗談はよせ、フレイ!」
 イザークの呼びかけにも応じない。フレイの心は、圧倒的な殺意に塗り固められていた。
「殺す。神に逆らう者は全て、殺す!」
「! フレイ、お前…!?」
 ヴェガの剣がアルタイルを襲う。アルタイルだけではない。周りにいる味方機全てに切り掛かっ
てきた。
「なっ……」
「こ、これは一体?」
 混乱するディプレクター。キラもアスランも衝撃を受けている。
「フレイさん、一体どうしたんですか、フレイさん!」
 ニコルが呼びかけるが、やはり返答は無い。その前の座席では、ガーネットが怒りで肩を震わ
せている。
「……あんたたちの仕業か、シャロン!」
「ええ、そうです。紹介します。我らが神、ダブルGの新たな使徒、フレイ・アルスター。使徒として
の種を植え付けられたのは、ずいぶん前ですけど」
「フレイの頭のバイオチップか!」
 フレイがクルーゼに捕まり、プラントに送られた際、リヒターの手によってフレイの脳に埋め込
まれた極小のチップ。それはフレイに、コーディネイター並の能力を与えてくれたのだが、
「あのチップは、ダブルGの意志を伝える端末でもあります。あのチップが埋め込まれている限
り、ダブルGの意志から逃れる事は不可能。自我を消去され、神の忠実な使徒となる。今のフレ
イさんや、ラージ様のように」
「あんたたちは………人間を、人の心を何だと思っているんだ! 洗脳だの消去だの、好き勝
手して!」
「愚劣な人間が、偉大なる神の使徒となれたのです。友人なら、もっと喜んであげるべきでは?」
 会話にならない。こいつらとは精神も思考も違いすぎる。
「キラ、アスラン、みんな! ここは私とニコルに任せて、ヤキンへ行くんだ! これ以上、こいつ
らの好き勝手にされてたまるか!」
「でも、ガーネットさん、フレイをこのままには…」
「フレイは俺が助ける!」
「イザーク!?」
 暴走するヴェガの前に、アルタイルが立ちはだかる。
「こいつは俺が助ける。だからお前たちはヤキンへ行け! ガーネットの言うとおり、こんな悪魔
どもの好きにさせるな!」
「イザーク……」
 その決意をいち早く受け取ったのは、ディアッカだった。バスター・インフェルノのミサイルがズ
ィニアたちを怯ませ、道を切り開く。
「よーし、分かった! イザーク、自分の女は、自分の手で助けてみせろ!」
「ディアッカ……。おう!」
 飛び去るバスター・インフェルノ。他の機体も、その後に続く。邪魔をするズィニア共を蹴散らし
て、一路ヤキンに向かう。
「イザークお兄ちゃん、頑張って!」
 エリナのパープルコマンド五番機を最後尾とし、全員がヤキンに向かった。エターナルら戦艦
群もそれに続く。この場に残っているのは、ダークネスとアルタイルだけだ。そして彼らの前に
は、最凶の敵であるルシフェルと、最悪の敵となってしまったヴェガが。
「随分とあっさり見逃してくれたね。後で神様に怒られるんじゃないの?」
 動かないルシフェルに対して、ガーネットが挑発を仕掛ける。だが、シャロンは冷静に答える。
「あの程度の連中など、五分、いえ、三分で始末できます。その前に、まずはメンデルでの雪辱
を晴らさせていただきます。ルシフェルの新しい力で」
 シャロンの言葉には、珍しく感情が込められていた。憎悪、殺意ともいうべき邪悪な感情だが。
「ああ、忘れていました。イザーク・ジュール、リヒター様から伝言を預かっています。『母親を喪
い、惚れた女を敵に回すとは、つくづく運の無い男だ。恋人と一緒に地獄へ行け。血の池の底で
母親も待っているだろう』だそうです」
「! 貴様ら…」
「イザーク、挑発に乗らないで!」
 ニコルが叫ぶ。
「冷静になってください。フレイさんを助ける方法は必ずあります。好きな人同士が殺し合うなん
て、絶対にやってはいけない。助けなきゃいけないんです!」
 ニコルもまた、愛する女性と戦ってしまった男だ。今のイザークの辛い気持ちは良く分かる。だ
が、だからこそ冷静になってほしいのだ。取り返しのつかない悲劇を起こさないために。
「そんな方法はありません。貴方たちは全員、ここで死ぬのです」
 シャロンが宣言する。と同時に、ルシフェルの顔が左右に開いた。そしてその下から、黒く塗ら
れた新たな顔が現れた。それは鬼のような、悪魔のような、不気味な顔だった。
「ルシフェルの新たな力、お見せしましょう。そして、死ね……!」



 月基地から出撃した地球軍の艦隊が、ジェネシスの射程距離内に入った。ジェネシスのエネ
ルギー炉に火が灯る。
「思い知るがいい、ナチュラル共。この一撃が我らコーディネイターの創世の光とならん事を!」
 パトリックのその言葉を聞いたクルーゼとリヒターの唇が歪む。だが、パトリックは気が付かな
い。そして、
「発射!」
 宇宙を引き裂くかのごとく巨大な光が放たれた。それはキラたちの眼前を走り去り、一直線に
地球軍の艦隊に向かっていく……。

(2003・11/1掲載)
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