第24章
 神の真名(まな)

 ジェネシスの威力は、想像を絶するものだった。
 その光に包まれた地球軍の主力艦隊は、戦力の半数が壊滅。多くの戦艦が塵と消え、旗艦
『ワシントン』も作戦行動が不可能な程に破損した。『ワシントン』に乗っていたサザーランドとア
ズラエルは別の艦に移り、ただちに残存兵力を集結させた。そして、全軍をプラントに向けて進
行させる。
「あのような悪魔の兵器の存在を許してはならん! そして、あんな兵器を作り出したコーディネ
イターどもも危険極まりない存在だ。かけがえの無い我らの美しい故郷、青き地球を守るため
に、我らの正義のために、コーディネイターを殲滅せよ!」
 映像通信によるサザーランドの檄に従い、地球軍はプラントに向かう。その中には黒き天使・
ドミニオンの姿もあった。だが、艦長席に座るナタルは、サザーランドの演説に疑問を抱いてい
た。
『確かにあの兵器は、破壊しなければならない。だが、コーディネイターを皆殺しにする事が本当
に正義なのか?』
 気になるのは、サザーランドの隣で笑みを浮かべていたあの男。何もかも自分の思い通り、と
いう余裕に満ちた表情だった。
「ムルタ・アズラエル……。一体、何を考えている?」
 一方、ザフトの兵士たちはジェネシスの威力に驚愕し、そして、酔いしれた。この兵器さえあれ
ば勝利できる。誰もがそう思い、士気を上げた。
「我らが勇敢なるザフト軍の兵士諸君!」
 パトリック・ザラの声が宇宙に響く。
「傲慢なるナチュラル共の暴挙を、これ以上許してはならない! 奴らは再び、プラントに核を放
とうとしていた。これはもはや戦争ではない、虐殺だ! そのような行為を平然と行うナチュラル
共を、もはや、我らは決して許す事はできない!新たなる未来、創世の光は我らと共にある。こ
の光と共に、今日という日を、我ら新たなる人類、コーディネイターの輝かしき歴史の始まりの日
とするのだ!」
 演説の終わりと共に、大歓声に包まれるヤキン・ドゥーエ。ヤキン内だけでなく、ザフト全軍が
興奮の坩堝(るつぼ)の中にあった。
「ザフトのために!」
「ザフトのために!」
「ザフトのために!」
 兵士たちは熱狂し、パトリック・ザラは自軍の勝利を確信した。その背後に立つクルーゼとリヒ
ターの嘲笑も知らずに。
「新たなる人類、輝かしき歴史の始まりの日、か」
「そう、確かに今日が始まりの日となるだろう。人類の、いや、全ての生命の滅亡のな」
 クルーゼとリヒターもまた、自分たちの勝利を確信していた。全ては神の計画通り。ナチュラル
とコーディネイターは無様に殺し合い、そして、滅びるのだ。
 覇気を漲らせて出撃するザフト艦隊。その様子を、ジェネシスの防衛を任務とするヴェサリウ
スのアデス艦長は、複雑な思いで見送っていた。
 全軍が興奮に包まれている中、アデスは、自分でも奇妙に思うほど冷静だった。コーディネイタ
ーに新たな未来をもたらすというジェネシスの光。だが、彼にはあの光が、そんなご大層なもの
には見えなかった。
「所詮、人殺しの武器にすぎん。そんな物を崇めるようでは、ザフトの兵士の質も落ちたな」
 アデスは昔の部下たちの顔を思い出した。彼らが今、ここにいたら、皆と同じように熱狂しただ
ろうか? それとも……。



 ジェネシスの光は、連合軍の兵器を無数の残骸に変えた。主を失い、漂う残骸の中を、赤と青
のモビルスーツが飛び回っている。アルタイルとヴェガだ。
「フレイ、いい加減に目を覚ませ!」
 イザークは必死に呼びかけるが、
「殺す、殺す、我らが神に逆らう奴らは、みんな殺す!」
 彼の声はフレイには届かない。ヴェガの対艦刀≪カネサダ≫の刃が、アルタイルの頭部をか
すめる。
「ちいっ!」
 イザークは苦戦していた。相手が仲間だから、というだけではない。フレイの技量が恐ろしく上
がっている。
「くそっ、動きだけでも止めないと!」
 2連ビームガトリング砲≪アウン≫の銃口をヴェガに向ける。もちろんコクピットは照準から外
している。狙いはヴェガの手足だ。
 火を吹くガトリング砲。だが、ヴェガは≪マンダラ≫を素早く展開。八機の≪マンダラ≫が発生
させたプラズマフィールドによって、≪アウン≫のビーム弾は全て無効化された。
 この様に、アルタイルの攻撃は全て防がれていた。ビーム兵器を主体とするアルタイルにとっ
て、ビーム兵器を無効化する≪マンダラ≫を持つヴェガは、天敵といっていい相手だ。その上、
洗脳による効果なのか、今のフレイは並のコーディネイターなど相手にもならないほどの操縦技
術を発揮している。今のフレイは、イザークが戦ってきた敵の中でも最強クラスの敵だ。油断し
ていたら、こちらが殺られる。だからと言って、フレイを殺す事は絶対に出来ない。
「くそっ、どうすればいいんだ!」
 苦悩するイザーク。リヒター・ハインリッヒの笑い声が聞こえてくる気がした。
「だが、このままでは終わらせん。貴様らの思い通りになると思うなよ、リヒター、ダブルG!」
 ヴェガの攻撃をかわしながら、イザークは決意を固める。何としてもフレイを助け出す。そして
リヒターを、ダブルGを討つ!



「トゥエルブ、1番から5番!」
「7番から11番!」
「「覚醒せよ!」」
 ダークネスの両眼と胸部が赤く輝き、十機のトゥエルブが目を覚ます。そして、もう一つの顔を
現したルシフェルに突進。その黒い顔面に向かって≪ドラグレイ・キル改≫を突き出す。
 だが、
「何度やっても、無駄です」
 シャロンの言葉どおりだった。≪ドラグレイ・キル改≫の刃先はルシフェルには届かない。と言
っても、ルシフェルが槍をかわしたのでも、メンデルの時のように指で止めたのでもない。槍の刃
先が直撃する寸前、目に見えない『何か』に遮られ、弾かれてしまうのだ。
「くっ、またか! 一体、どうなっているんだ?」
「分かりました、ガーネットさん」
 敵のデータを分析していたニコルが説明した。どうやらルシフェルの周囲には目には見えない
が強力なエネルギーフィールド、つまりバリアのような物が形成されているらしい。
「バリアだって? 『アルテミスの傘』のようなものか?」
「いえ、規模こそ小さいですが、今、ルシフェルから放出されているエネルギー量から計算すれ
ば、防御力は『アルテミスの傘』以上です。あのバリアを破るにはアークエンジェル級戦艦の主
砲が二十、いえ、もっと必要でしょう」
「それは……とんでもないねえ」
 ギリギリでかわす『見切り』が通用しない鈎鎌槍への対策、という訳か。確かにこれなら、鈎鎌
槍の刃も鎌も無意味だ。
 だが、謎は残る。いくらルシフェルがNジャマーキャンセラーを搭載しているとはいえ、これだけ
の高性能バリアを作り出すほどのエネルギーには至らないはずだ。一体、どこからエネルギー
を得ているのか?
「エネルギー切れは期待しない方がいいですよ」
 シャロンからの通信だ。
「エントシュバイン・モードとなった今のルシフェルは、この空間、この宇宙そのものをエネルギー
としています。無限のエネルギーを手に入れたルシフェルに死角はありません」
 その言葉にニコルが驚愕した。
「空間や、この宇宙そのものをエネルギーにしている? ……まさか、あのモビルスーツは『ダー
クマター』を取り込んでいるのか?」
 ダークマターとは、宇宙の神秘の一つである。
 銀河系の全惑星の質量を足しても、銀河を回転させるようなエネルギーとはならない。明らか
に質量が足りないのだ。その質量の差を補っていると推測されている物質が、ダークマター(暗
黒物質)である。これは宇宙空間に存在する見えない物質の事で、ミッシングマスとも呼ばれて
おり、光も電波も発せず、反射もしないため、可視光線や赤外線、X線でもその存在を確認でき
ない。
 現代(コズミック・イラ)の時代の科学力をもってしても、ダークマターは未知の物質だ。だが、
それはダークマターが原子レベルから通常の(星や物など、光に反射する)物質とは異なるため
で、ダークマターは確実に存在する。宇宙のいたる所に、地球上における空気のような存在とし
て。
「ちょっと待てニコル。そのダークマターをエネルギーに出来るという事は、あいつ(ルシフェル)
は……」
「ええ。本当に無限のエネルギーを手に入れた、という事です。宇宙空間限定ですけどね。あの
強固なバリアがエネルギー切れで解除される事は無いし、それに…」
 ルシフェルからの攻撃。右腕の≪ウルスラ≫、左腕の≪ウラヌス≫、そして腰の≪ジークフリ
ード≫二門、一斉発射!
「くっ!」
「うわっ!」
 何とかかわすダークネス。だが、わずかにかすった箇所が熱で溶けている。
「武器の威力も上がっている。ダークマターのエネルギーを加えているようですね」
「攻撃力も防御力も大幅アップ、か。ったく、やってられないね。逃げたくなってきたよ」
 口ではそう言うが、ガーネットは決して背を向けない。口では弱音を言いながらも、頭の中では
冷静に計算し、勝機を見出そうとしている。
「でも、これくらいのピンチなら、何度も潜り抜けてきたんだ。ここまで来て、負けてたまるか!」
 その言葉はニコルを勇気付けた。そして、二人と共に戦う十二人の『友』たちも。



 ダークネスたちを残して、ディプレクターの主力部隊は、一路ヤキン要塞に向かう。ミーティア
を装備したフリーダムとジャスティスを先頭に、ストライクなどのモビルスーツ部隊が続き、最後
尾にアークエンジェル、クサナギ、エターナルの三艦。
 彼らの前には、地球軍に偽装したズィニアの大群が立ちはだかる。そして、ザフトのモビルス
ーツも攻撃してきた。
「本当に滅ぼしたいのか! 君たちも、全てを!」
 フリーダムに乗るアスランは、かつての同胞に呼びかけるが、
「奴らが先に撃ったのだ!」
「ボアズには弟もいた!」
 帰って来た返事は、怒りと悲しみ、そして憎悪に満ちたものだった。戦場の狂気に飲まれたの
か、それともこれが人間の本性なのか?
「くっ……!」
 唇を噛み締めるアスラン。本当の敵は、彼らではないのに……。
 迷っている間にも時間は流れ、戦いは続く。地球軍の艦隊もやって来た。多数のストライクダ
ガーが発進される。戦力の半数を失ったとはいえ、まだ数では地球軍の方が上だ。ヤキン要塞
の周辺は、各々の正義がぶつかり合う地獄と化していた。
「どきなさいよ! あんなバカげた武器、あるだけでダメなのよ!」
 カノンのブリッツと、
「やられたらやり返すなんて、いつまでそんな事を!」
 ルミナのイージスが、ヤキン守備隊の布陣を崩す。
 一方、プラントに接近した地球軍は、ピースメーカー隊を発進させる。核弾頭を搭載したメビウ
スの軍団が、
「青き清浄なる世界のために!」
 独善的な言葉と共に、プラントに核を放つ。防衛網を崩されたザフトは対応できない。だが、
「させるかよ!」
「プラントを守れ!」
 そう叫び、核の前に立ちはだかったのは、ディプレクターのモビルスーツたちだった。ディアッカ
のバスター・インフェルノが背中のビッグ・フォアを放ち、続いてフリーダム、ジャスティス、ストラ
イク、M1アストレイ部隊が、次々と核弾頭を打ち落とす。
 美しくも危険な核の華が、プラントの目前で咲き乱れる。その光景に、ザフトの兵士たちは少な
からず混乱した。ザフトの敵である彼らがなぜ、プラントを守るのだ?
「地球軍もザフトも退きなさい! 貴方たちは、自分が何をしているのか、何をしようとしているの
か分かっているのですか!」
 戦場に響き渡るラクスの声には、珍しく怒りと苛立ちが含まれていた。ナチュラルとコーディネ
イターは決して敵同士ではない。分かり合えるはずなのに、なぜ殺し合うのか? なぜ、本当の
敵の存在に気付いてくれないのか?
「戦って、傷付けて、傷付けられて、殺して、殺されて……。そんな事の繰り返しで、本当に新し
い時代が築けると思っているのですか? 戦争が生み出すものは悲しみだけです。それを分か
っているくせに、自由や正義などという心地よい言葉で自分を誤魔化して、そうまでして人を殺し
たいのですか! そして憎しみの連鎖を限りなく繋げて、自分たちの、そして、これから生まれて
くる者たちの未来まで奪うつもりなのですか!」
 ラクスの説得、いや、叫びはヤキン要塞の中にも届いていた。パトリックの演説で興奮してい
た兵士たちの『熱』が冷めていく。
「歌姫殿もやりますな。さすがはシーゲル・クラインの娘、という事ですか」
 クルーゼが、皮肉めいた口調で言う。
「むぅ……」
 パトリックは顔をしかめる。
「親子揃って、夢見がちなようで。愚かな夢は覚まさせてやるのが親切というものでしょうな」
「分かっているのなら、さっさと行け! 失敗は許さん。絶対に仕留めろ!」
「はっ。ですが、ご子息が邪魔をするかもしれませんが」
「む……」
 一瞬、悩むパトリック。だが、
「クルーゼ殿、そのような事を一々訊かれる必要はないでしょう」
 リヒターが口を挟む。
「たとえ実の息子とはいえ、いや、息子だからこそ許されないのです。偉大なる議長閣下を裏切
るような愚か者に、慈悲をかける必要はありません。ラクス・クライン同様、裏切り者には死ある
のみ。ですな、議長閣下?」
「……そのとおりだ。容赦はするな。殺しても構わん!」
 その言葉が己の意志によるものなのか、そうでないのか、パトリック本人にもよく分からなかっ
た。
「分かりました。では、プロヴィデンスで出撃します」
「オウガは使わんのか?」
「あれもいい機体ですが、私の戦い方には合いません。では」
 パトリックに恭(うやうや)しく敬礼して、クルーゼは司令室を後にする。去り際にリヒターに近づ
き、
「議長閣下の事は頼むぞ」
「ああ。君の方もな」
 と、小声で短い会話をした。誰一人、二人の会話には気付かなかった。
「ジェネシスの第二射の準備を急げ! 目標点入力。月面、プトレマイオス・クレーター、地球軍
基地!」
 パトリックの怒声が司令室を揺るがす。ジェネシスの第二射発射まで、あと十一分。



「ふう……」
「どうした、シャニ? 戦闘中だぞ、気を抜くな」
 カラミティのオルガが話しかけてきた。
「ん〜? いや、ちょっとね」
「核の事か?」
「……うん。あれってキレイだけどさあ、ヤバい兵器(やつ)なんだろ?」
「まあ、核だからな」
「人がすっごく死ぬんだよね」
「ああ」
「それってさあ、いい事なのかなあ?」
 オルガは驚いた。戦う事しか考えていないと思っていた男が、こんなセリフを口にするとは思わ
なかった。
「いい事も何も、やるしかないだろ? 命令なんだからさ」
 レイダーのクロトも会話に参加する。ちなみに彼ら、雑談をしながらもザフトのモビルスーツを
次々と墜としている。
「でもさあ、それって艦長の命令じゃないよね?」
「ああ。サザーランドとアズラエルの命令だ」
 ナタルは核を容認するような事は言っていない。むしろ核の導入には不快感を現していた。
「俺さあ、アズラエルもサザーランドも嫌いなんだよねえ」
「俺もだ」
「あ、僕も」
 珍しく、三人の意見が一致した。
「でも、あいつらに逆らうと、薬、もらえなくなるんだよなあ」
「………ああ」
「あー、ヤダヤダ。どうしてあんな奴らが僕たちの上司なんだろう?」
「言っても仕方ないだろう。無駄口はここまでだ。クロト、シャニ、行くぞ!」
 カラミティの砲塔が火を吹き、レイダーの鉄球が敵を砕き、フォビドゥンの鎌が宇宙を切り裂く。
いつも通りの三機の活躍。だが、そのパイロットたちの心は晴れなかった。



 ジェネシス発射まで、あと十分。



 ダークネスとルシフェルの戦闘は続いていた。もっとも、これが『戦闘』と呼べるものかどうか
は疑問だ。それ程に一方的だった。
「ぐあっ!」
「うっ!」
 ルシフェルのバリアによって、ダークネスの攻撃は全て無効化されていた。一方、ルシフェルの
強烈な攻撃は、わずかにかわされて致命傷にこそならないものの、確実にダークネスにダメー
ジを与え、追いつめている。
「終わりですね、ガーネット・バーネット、ニコル・アマルフィ。そろそろ死んでいただきます」
「……死ね」
 ルシフェルの六枚の翼から、六十の瞳が出現。≪エリミネート・フェザー≫の発射態勢だ。通
常時でも絶大な破壊力を持つ武器、今のルシフェルが使ったらどれほどの威力になるのか、想
像もできない。というより、したくない。
「くそっ!」
 唇を噛むガーネット。このままでは負ける。殺される。だが、どうする?
 いや、逆転の方法はある。
『けど、あまりにも危険すぎる。それに、私はともかく、ニコルの体が持たないかもしれない……』
「ガーネットさん」
 迷うガーネットにニコルが語りかけてきた。彼の座っている席はガーネットの真後ろにあり、こ
ちらの顔は見えないはずだ。それなのに絶妙なタイミングで話しかけてきた。そして、その言葉も
また、絶妙なものだった。
「僕なら大丈夫です。覚悟はとっくに出来ています。行きましょう、最後の領域へ!」
「ニコル……」
 勝算は限りなく低い。『それ』を使っても、勝てるかどうかは分からない。しかし、『それ』を使うし
かないのも事実だ。
 ならば、賭けるしかない。そして、やるからには必ず勝つ! 
 ダークネスは槍を捨てた。頼りにしている武器を手放す事で、自分たちを敢えて窮地に追い込
み、精神を高める。
 もう言葉はいらない。見つめ合う必要も無い。二人は同時に声を上げた。
「トゥエルブ、6番!」
「12番!」
「「……覚醒せよ!!!!」」
 十二の脳が全て目覚めた。彼らの心が、力が、全てが、二人の中に全て流れ込んでくる。
 かつてガーネットは、この感覚を味わった事がある。オーブ近海での戦い、アキナの死による
暴走。あの時と同じ、いやそれ以上に体が、心が研ぎ澄まされていく!
「塵も残しません。さよならです、ガーネット、ニコル」
 ルシフェルの≪エリミネート・フェザー≫が発射。六十、いや、それ以上の数の光弾がダークネ
スに襲い掛かる。光弾の一発一発が、致命傷となりうる破壊力を秘めている。
「……………ニコル、行くよ!」
「はい!」
 無数の光弾に対して、ダークネスは逃げようともしない。左の掌を広げ、じっと佇む。
 そして、それは一瞬の出来事だった。
 ルシフェルの放った光弾、全てを破壊するはずの悪魔の僕たちは、全て消え去った。ダークネ
スには、傷一つ無い。
「……えっ?」
 呆気に取られるシャロン。ラージは冷静に分析する。
「分析、終了。≪エリミネート・フェザー≫の弾丸は全て、奴の左腕に吸い込まれたようだ」
 ダークネスの左腕、攻撃エネルギー吸収システム搭載アーム≪ヘル≫は、その正式名どおり
に敵の攻撃エネルギーを吸収する能力を備えている。アラスカでの初戦でもその能力を発揮し
た。だが、小型のコロニーさえ破壊するルシフェルの、 しかもエントシュバイン・モードでの≪エリ
ミネート・フェザー≫の弾を全弾、吸収するとは…!
 さらに、
「! ダークネスの右腕に、エネルギーが収束している…!」
 ラージの言うとおり、ダークネスの右腕、エネルギー収束システム搭載アーム≪ヘヴン≫に、
吸収したエネルギーが集められている
「いかん、回避を…」
 しようとするラージだったが、間に合わなかった。
 エネルギーに満ち溢れた掌が拳となり、バチバチと稲妻が走る。これぞダークネスの必殺拳、
「はあああああああっっっ!!!!」
 無限の力を秘めた破壊の一撃、インフィニティ・ナックル! 高エネルギーの塊と化した拳の前
には、それまで鉄壁を誇っていたルシフェルのバリアも持たなかった。バリアを突き破った拳は
そのままルシフェルの左肩を打ち砕く。
「うっ!」
「ちいっ!」
 同時にルシフェルのフェイスマスクが閉じられ、黒魔の素顔を隠す。エントシュバイン・モードが
解除されたのだ。これはシャロンたちの意志ではない。このモードは絶大な力を発揮するのだ
が、機体に掛かる負担も大きい。その為、機体に限界が来る前に、自動的に解除されるように
なっているのだ。
「そんな、こんなはずでは……!」
「シャロン、一旦退くぞ」
「ラージ様? ですが、ルシフェルはまだ戦えます!」
「確かにまだ戦える。だが、勝てるのか?」
 そう言われると、言葉に詰まる。今のダークネスは普通ではない。異常なまでのプレッシャーを
感じる。まるで凶暴な肉食獣のような、圧倒的な脅威。
「なぜ、いきなりこんなに強く……。まさか、あのモビルスーツにもエクスペリエント・システム
が?」
「そうではない。恐らく、トゥエルブ・システムを全開放したのだ」
「トゥエルブ・システム? あれが……」
 ラージの記憶から引き出された情報の中にあった、ストライクシャドウやダークネスに内蔵され
ている特殊な装置。詳細は不明だが、ルシフェルのエクスペリエント・システムのように、機体を
パワーアップさせるシステムらしい。
「今のダークネスは強い。このルシフェルよりもな。エントシュバイン・モードを使いこなしていない
今の我々では、奴には勝てん。下がるぞ」
「くっ!」
 ラージの指示に従い、シャロンは撤退した。
 目に見えぬ超スピードで去っていくルシフェル。ダークネスは追わなかった。いや、追えなかっ
た。ガーネットもニコルも、追撃(それ)どころではなかったのだ。
「ニコル、大丈夫?」
「何とか……。けど、さすがにキツいですねえ」
 二人は全身を襲う激痛に耐えていた。トゥエルブ・システムの根幹である十二個の脳が与える
『情報』に、体が悲鳴を上げている。
「もう少しだけ、我慢して。その内、体が慣れるよ」
「分かり…ました。けど、その前に、死んじゃったら……ゴメンナサイ」
「大丈夫。あんたは死なない。私もトゥエルブも、あんたが好きだからさ。それじゃあ、行くよ!」
 苦痛に耐え、二人はダークネスを飛ばす。目標はジェネシス。



 ジェネシス発射まで、あと八分。



「ちっ、次から次へと!」
 ジェネシス破壊のため、ムウのストライクは全速力で飛ぶ。だが、ザフトも必死だ。ストライクの
前には次々とモビルスーツが立ちはだかり、なかなか先へ進ませてくれない。
「モテる男は辛いね、っと!」
 ビームライフルで、ゲイツを撃墜。もう何機目になるのか、数える気もしない。
「! この感じは……奴か!」
 その予感は間違っていなかった。宿敵ラウ・ル・クルーゼが乗る最新機プロヴィデンスが接近、
ストライクに戦闘を挑む。
「見つけたぞ、ムウ・ラ・フラガ! ジェネシスの光で焼かれる前に、私が引導を渡してやる!」
「また新しいモビルスーツかよ。飽きっぽい性格だな、お前さんも!」
 互いの機体のビームサーベルが火花を散らす。ストライクが押されている。パワーはプロヴィ
デンスの方が遥かに上だ。
「くそっ、やってくれる!」
「今日こそ地獄に落ちてもらうぞ、ムウ! 貴様の父、アル・ダ・フラガも彼の地で貴様を待って
いるだろうよ!」
 嘲笑するクルーゼ。ムウの父、アル・ダ・フラガのクローンである彼にとって、ムウは唯一の血
族であると同時に、憎しみの対象であった。一分一秒たりとも生きていてほしくない存在だった。
それはムウも同じだ。真実を知ってからは、ますますクルーゼを自分の手で倒さなければならな
い、と思うようになった。父の犯した愚行を償うためにも、そして、自分の未来を切り開くために
も。
 だが、クルーゼは強い。プロヴィデンスの背部に搭載された最強兵器、分離式統合制御高速
機動兵装群ネットワークシステム≪ドラグーン≫を発射。四方八方に放たれた攻撃用ユニットが
ストライクを包囲。各機がビームを発射し、ストライクにダメージを与える。
「ちっ、俺のメビウスのパクリかよ!」
「貴様に使えた物が、私に使えぬはずがないからな。死ねい!」
 ≪ドラグーン≫の攻撃をかわすムウだが、敵の攻撃は正確な上、プロヴィデンス本体からの
攻撃もある。逃げる事さえできない。
「くそっ、何とかしないと…」
「無駄だ! 我らの因縁、決着の時だ!」
 大火力を誇るプロヴィデンスの≪ユーディキウムビームライフル≫が、ストライクに照準を定め
る。
「ムウさん!」
 間一髪、キラのジャスティスが救援に入った。ミーティアの小型ミサイルでプロヴィデンスを攻
撃、その隙にストライクは包囲網から脱出した。
「キラ、すまん、また助けられたな」
「いえ、それよりも大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。我が愛しの艦長のためにも、こんな所で死ぬわけにはいかないからな」
 絶体絶命の窮地から逃れたばかりで、軽口を叩くムウ。本当に『強い』男だ。
「ジャスティス、キラ・ヤマト君か。メンデルといい今回といい、君もよく邪魔をしてくれる!」
 怒りに燃えるクルーゼのプロヴィデンスが、今度はジャスティスに狙いを定める。
「私と同じく、人に作り出された存在でありながら、なぜ君は人類のために、こんな愚かな世界の
ために戦う? 人は決して我々を受け入れない! コーディネイター以上の怪物である我々を受
け入れてくださるのは、偉大なる我らが神、ダブルGのみ! それがなぜ分からんのだ!」
 大小の≪ドラグーン≫がストライクとジャスティスを取り囲む。そして、ビームを発射。対するジ
ャスティスもミーティアの火力を全開放、ミサイルとビームの雨で≪ドラグーン≫を数機、撃墜し
た。ストライクも無事だ。
「確かに僕は、人の手で作り出された存在かもしれない。けど、それでも僕はこの世界を、そし
て、この世界で生きている人たちを信じる! 僕たちは、人と一緒に生きていけるはずだ!」
「下らん妄想を語るなあっ!」
 プロヴィデンスのビームサーベルが、ミーティアの翼を切り落とした。
「クルーゼ!」
 ストライクのビームライフルから閃光、プロヴィデンスに向かう。しかし、着弾寸前で≪ドラグー
ン≫が盾となり、プロヴィデンスの代わりに爆発する。
「ちっ!」
「ムウさん、僕が!」
「貴様らに私は倒せんよ! 神に、新たな世界に生きる者として認められた私にはなあ!」
 激戦は続く。



 ジェネシス発射まで、あと六分。



 ディプレクターの機体は、未だにジェネシスにたどり着けずにいた。ザフトの抵抗が予想以上
に激しい上、地球軍も次々と核ミサイルを撃つため、その処理もしなければならない。これでは
間に合わない。
「もう、みんなラクス様のお話を聞いたはずよ! どうして道を開けてくれないのよ!」
 パープルコマンド五番機に乗るエリナ・ジュールが、苛々したように叫ぶと、隣で戦うデュエル
のパイロット、ヴィシアが、
「そう簡単には引き下がれない、という事らしいな」
 と、答える。
「バッカじゃないの? それで自分が死んだら、意味無いじゃない!」
「間違いだと分かっていても、一度進んだ道は簡単には引き返せない。大人っていうのは、不器
用な生き物なんだよ、エリナちゃん」
「『ちゃん』づけするな! いいわよ、だったら強引に通してもらうわ!」



 ジェネシス発射まで、あと五分。
「ミラーブロック、換装終了」



 戦場から少し離れた宙域で行われている恋人たちの戦いは、決着の時を迎えていた。
「フレイ、いい加減に目を覚ませ!」
 アルタイルが腰のビームサーベルを抜き、ヴェガに突進。≪マンダラ≫を展開させるヴェガだ
が、
「邪魔だ!」
 ビームサーベルの刃が、次々と≪マンダラ≫を両断する。ビームなどによる遠距離攻撃をほ
ぼ無効化する≪マンダラ≫だが、打撃や斬撃などの直接攻撃は防げない。
 全ての≪マンダラ≫を撃墜して、ついにアルタイルはヴェガの懐に飛び込んだ。そして、ヴェガ
の両腕を掴む。
「逃がさん!」
「くっ……。この、放せ!」
 逃れようとするヴェガだが、機体そのものの力はアルタイルの方が上だ。
「フレイ……」
 イザークは接触回線を繋ぎ、通信を送る。
「もうやめろ、フレイ! こんなバカげた戦いは終わらせるんだ!」
「黙れ! 私は殺す! 敵を、我らが神の敵を殺す! 殺すのよ!」
 フレイの声は、正気のものではなかった。少なくとも、イザークはこんなフレイの声を聞いた事
がない。彼の知っているフレイは、少し口うるさくて生意気なところはあるが、本当は優しい女
だ。こんな戦場(ところ)にいるより、平和な世界で生きて、そこで幸福(しあわせ)になるべき女
だ。
「殺す、殺す、殺す、殺す! 神の敵を、人間どもを、みんな、みんなみんなみんな、殺してや
る!」
「言うな!」
「!?」
 イザークは、強引にフレイの口を止めた。
「殺す、なんて、お前に似合わない言葉を言うな! そしてダブルG! 俺がこの世界で最も愛す
る女の口で、声で、そんな醜い言葉を言わせるな!」
「うっ……」
 イザークの気迫に押されたのか、フレイが動揺している。アルタイルの腕を振り解こうとしてい
たヴェガの抵抗も止んだ。
 この隙は逃さない。イザークはハッチを開けて、自ら宇宙に飛び出す。そしてヴェガに乗り移
り、
「フレイ、開けるぞ! いいな?」
 と訊く。返事は無い。イザークは外からスイッチを押して、ヴェガの操縦席のハッチを開ける。
 中にはフレイがいた。ヘルメットを被り、手には護身用の銃を握り、イザークに向けている。
 しばしの沈黙。
「…………撃てよ」
 イザークはそう言った。
 撃たれてもいい、と思った。
 惚れた女に殺されるのもいいか、と思った。
 だが、
「いや、やっぱり撃つな」
 やめた。なぜなら、
「俺が死んだら、お前を幸福(しあわせ)にする奴がいなくなる。お前が泣くのは見たくない。それ
に、俺もお前と一緒に生きたいからな。だから、まだ死ねない」
 あっさりと。
 きっぱりと。
 堂々と。
 イザーク・ジュールはフレイ・アルスターに言った。
 それで充分だった。
 この二人には、それだけで充分だった。
「イ……ザー…………ク……」
 銃口が下りる。そして、フレイの眼に涙が浮かぶ。
「おう」
「私……、私……」
「いい。何も言うな」
 イザークはフレイを抱きしめた。フレイは、泣きながらイザークを抱き返した。
「ざまあみろ、神め」
「えっ?」
「気にするな。ただの勝利宣言だ」



 ジェネシス発射まで、あと四分。
「Nジャマーキャンセラー、起動。ニュークリアカートリッジに接続。オールグリーン」



 ヤキン要塞の防衛線は崩れつつあった。その間隙をついて、ディプレクターの部隊がジェネシ
スに向かおうとする。
「アストレイ部隊、散開! カガリ様とジュリはアルルの、アサギとマユラはイリアの指示に従い、
ジェネシスに!」
 ライズの指示が飛ぶ。
「隊長はどうするんですか?」
 アサギが訊く。
「俺はここで敵を食い止める。急げ、ジェネシスを撃たせるな!」
「ライズ!」
「イリア、後は頼むぞ。俺に何かあったら、お前が部隊の指揮を取れ!」
「……分かった。けど、絶対に死なないで!」
「ああ!」
 ライズ機を残し、アストレイ部隊はジェネシスに急ぐ。それを追うズィニアたちの前に、ライズの
パープルコマンドが立ちはだかる。
「地球軍のふりをして、うろうろと! ここから先へは行かさん!」
「お、張り切ってるね、ライズ隊長」
 ディアッカのバスター・インフェルノが駆けつけてきた。
「ディアッカ、プラントの方は大丈夫なのか?」
「ああ、ようやく地球軍も核を撃ち尽くしたようだ。俺も手伝うぜ。さっさとこいつらを片付けて、ジ
ェネシスに急ごう!」
 パープルコマンドの銃≪ツインヘッドスネーク≫とバスター・インフェルノの150oビームガトリ
ングガンが唸りを上げる。



 ジェネシス発射まで、あと三分。
「カウントダウン開始、射線上の全軍に退避勧告」



「いよいよですな」
「うむ」
 ヤキン要塞の司令室。リヒターとパトリック・ザラの顔が笑みで歪む。
「我が妻を、そして、多くの同胞を殺してきたナチュラルどもめ。ジェネシスの創世の光で、地獄
へ落ちるがいい!」



 ジェネシス発射まで、あと二分。



「頼む、道を開けてくれ!」
 フリーダムのアスランが叫び、
「ラウ・ル・クルーゼ! あなたが世界の破滅を望むのなら、僕が、僕たちがあなたを止める!」
 キラはジャスティスを操り、ムウと共に、悲しき復讐者と戦う。
「諦めるな、みんな! ジェネシスを破壊するんだ!」
 カガリのストライクルージュが檄を飛ばし、
「エターナル、全速前進! 何としてもジェネシスを止めるのです!」
 ラクスはエターナルのブリッジで指示を出す。
 皆が必死だった。だが、時間は残酷に流れる。



 ジェネシス発射まで、あと一分。



「急げ、フレイ! このままだと間に合わんぞ!」
「これでもフルスピードなのよ!」
 奇跡を成し遂げたイザークとフレイが飛び、
「もう、間に合わん……。サブナック少尉たちをドミニオンに戻せ!」
 ナタルは絶望し、
「本当に、これでいいのか…?」
 アデスは自軍の行為に疑問を感じ、
「アークエンジェルを前に! 周辺の敵には構わず、ジェネシスへ!」
 それでもマリューは諦めず、
「クサナギもアークエンジェルに続け! ここが正念場だぞ。全員、覚悟を決めろ!」
 キサカは力強く励ます。
 悲喜と狂気と絶望が入り混じる戦場を、遠くから見る白い影。ルシフェルだ。
「終わりですね」
「ああ。世界の終焉が始まる」
 ラージの言葉は冷酷だったが、間もなく現実になろうとしていた。



 ジェネシス発射まで、あと三十秒。



 いよいよ戦場に絶望が満ちてきた。だが、その時、
「ん?」
 バルトフェルドは、
「あれは……」
 クサナギのナナイは、
「あのモビルスーツは……」
 アスランは、
「ダークネス?」
 キラは見た。音速を超える速さで飛ぶ、白き翼に覆われた黒き戦士を。速すぎる。誰も止めら
れない。
「ガーネットさん、ジェネシスが見えました!」
「よーし、エクストリーム・モード、解除! ニコル!」
「分かっています。ちょっと無茶だけど、今のダークネスなら……」
「ああ、そうだ。今の私たちに、不可能な事など……」
「「何も無い!」」
 ガーネットとニコルの声が、魂が一つになった。
 高速移動形態(エクストリーム・モード)を解除したダークネスは、ただちに目的の位置につい
た。そこは何と、ジェネシスの真正面!
「なっ!」
 キラも、
「そんな!」
 アスランも、
「ちょっと、ガーネット!」
 フレイも、
「あいつら、自分たちを盾にするつもりか?」
 イザークも、
「バカ! やめろ、ガーネット!」
 カガリも、
「ニコル、止せ!」
 ディアッカも、
「お姉様!」
 ラクスも、
 止めようとした。だが、止められなかった。
「発射!」
 パトリック・ザラの非情な声と共に、ジェネシスは再び破滅の光を放った。光は真っ直ぐにダー
クネスに迫る。
「ガーネットさん!」
「任せな!」
 ダークネスの左腕が前に出る。そして、掌を広げ、ジェネシスの光の前に立ちはだかる。
「まさか、≪ヘル≫でジェネシスの光を吸収するつもり?」
「無茶苦茶だ! そんなの、賭けにもならない!」
 モニターでその光景を見たクサナギのエリカ ・シモンズと、エターナルのエミリア・ファンバステ
ンは同意見を上げた。いや、敵も味方も、ナチュラルもコーディネイターも、全ての者がそう思っ
た。ただ二人を除いて。
「ニコル!」
「大丈夫、行けます! あなたのお父さんが作ったこのダークネスとトゥエルブの力は、無限で
す!」
「ああ、それに、私たちの力もな!」
 ジェネシスの光は、ダークネスの後方には行かなかった。全て、ダークネスの掌に吸収されて
いる。
 ダークネスも無事ではない。左腕が、いや、全身から火花が飛び散り、今にもバラバラになり
そうだ。明らかに機体の限界を超えている。
 それでも二人は諦めなかった。トゥエルブの十二の脳も、二人と心を一つにして、力を与え、共
に戦った。
 そして、
「私たちを、ダークネスを…………ナメるなあああああああああっっっっっっ!!!!!」
 奇跡が起きた。
 ジェネシスの光は消滅した。石ころ一つ、モビルスーツ一機も壊す事もできずに、完全に消え
去った。光は全て、ダークネスの左腕に吸収された。
「……………」
 戦場を沈黙が包んだ。
 誰もが、何を口にすべきなのか分からなかった。
 賞賛か?
 悲嘆か?
 驚愕か?
 親愛か?
 そのどれもが相応しく、どれもが間違っているような気がする。
 それにまだ、奇跡は終わっていない。
「さあて、それじゃあ仕上げといこうか、ニコル!」
「はい!」
 吸収した膨大なエネルギーを、左腕から右腕に収束。エネルギーの逆流で光り輝く拳を握り締
めて、ダークネス、ジェネシスに突撃。
「ぶっ飛びな、ジェネシス!」
「こんな兵器(もの)は、僕たちの未来には必要ありません!」
 輝く鉄拳、インフィニティ・ナックルがジェネシスの装甲を貫く。ジェネシスには強化PS装甲を施
されているのだが、相手が悪い。今のダークネスにはそんな物、紙切れも同然だ。容易く装甲を
貫き、吸収したエネルギーを全て、ジェネシス内部に流し込む。
 流し込まれたエネルギーは行き場を失い、まるで龍の如く、ジェネシスの内部を荒れ狂った。
動力炉も、大型Nジャマーキャンセラーも、爆炎に包まれた。プラント自慢の完全無人破壊兵器
は、自ら生み出した力によって徹底的に破壊されていく。そして、
「消えちまいな、ジェネシス。永遠にね」
 大爆発。
 その爆発の光景はとても美しく、まるで小さな太陽のようだった。誰もが見惚れ、声を上げる事
さえ出来なかった。あのパトリック・ザラでさえ、しばらくの間、我を失っていた。
「さて、と」
 ガーネットの声が、宙域に響き渡る。全ての通信回線に強制的に割り込んでいるのだ。
「まだ、やるかい? だったら、私たちが相手になるけど」
 そのたった一言で充分だった。ジェネシスの力に酔っていたザフトの兵士たちは完全に戦闘意
欲を失い、地球軍もまた、ダークネスの起こした奇跡に心をねじ伏せられて、戦う意志を無くして
いた。
 完敗。
 これが、両軍の兵士たちの共通の思いだった。あのサザーランドやブルーコスモスのメンバー
たちでさえ、ただ呆然とするしかなかった。
「ガーネット!」
 一早く、我を取り戻したのは、やはり彼女の仲間たちだった。カガリのストライクルージュを先
頭に、フリーダム、ジャスティス、ストライク、イージス、デュエル、バスター・インフェルノ、ブリッ
ツ、アルタイル、ヴェガ、アストレイ部隊が次々と駆けつける。アークエンジェル、クサナギ、エタ
ーナルからも通信が入る。そして全員が、惜しみない賞賛の言葉を放ち、二人の無事を喜ん
だ。
 だが、
「みんな、喜ぶのはまだ早いよ」
 ガーネットは皆からの賞賛を止めた。ガーネットとニコル、二人の表情は、今までに無いくらい
の緊張と怒りに包まれていた。
「キラ、クルーゼはどうした? あんたたちと戦っていたはずだけど…」
「あの人ならガーネットさんたちがジェネシスを破壊した時に逃げました。ヤキンに戻ったんじゃ
…」
「……いや、ヤキンには戻っていない。クルーゼのモビルスーツは地球軍の艦隊に向かってい
る」
「地球軍に?」
「って、おいおい、ガーネット。お前、そんな事まで分かるようになったのか?」
 ムウが冗談交じりに尋ねるが、ガーネットは真面目な顔で、
「ああ。トゥエルブのおかげで、今の私たちには何でも分かる。ちょっと分かりすぎるぐらいにね」
 と、苦笑した。トゥエルブ全てを覚醒させた事によって、二人の五感は異常なまでに研ぎ澄まさ
れていた。肉体だけではない。精神までも穏やかになり、澄み切っていた。機体のみならず、パ
イロットまで強化するシステム、トゥエルブ。二人はその全てを理解し、そして、研ぎ澄まされた精
神と感覚で『知った』。彼らが追い求める者の存在と、その正体を。
 ガーネットは通信機能を最大出力にして、
「見てのとおり、あんたの仕組んだ茶番劇はぶっ潰した。さあ、そろそろ出てきてもいいんじゃな
い?」
 と、虚空の世界に呼びかける。
「僕たちもそんなに暇じゃないんです。あなたの方から出てきてくれれば手間が省けて、助かる
んですけどね」
 ニコルもガーネットに続いた。だが、何者からも返事は無い。
「ふうん。どうやら相当、恥ずかしがり屋さんのようだねえ」
「神様ですからね。簡単には人前に現れてくれないみたいですね」
「でも、ニコルも言ったけど、私たちもそんなに暇じゃないんだ。下らない『かくれんぼ』はもうやめ
て、出てきてくれない?」
 二人の通信に、ほとんどの者たちは首を傾げた。パトリックとサザーランドは、最初は自分た
ちに呼びかけているのかと思ったが、どうも違うようだ。
 だが、ディプレクターのメンバーたちには分かった。これは彼らの真の敵、この世界を地獄に
変えようとした悪魔への呼びかけなのだ。
「さあ、そろそろ姿を見せな。こっちはあんたをぶちのめしたくて、ウズウズしているんだ!」
「神を名乗りし悪魔。影の中の影に潜んでいた元凶。争いを好み、全ての命を憎み、無益な争い
を起こして、この世界を滅ぼそうとした悪鬼。僕たちは、お前を倒すためにここにいる。戦っても
らいますよ、僕たちと!」
「「それとも、その忌まわしき真の名で呼ばないと、現れてくれないのか? ダフルG、いや
……」」
 二人は、息を飲む。そして、あらん限りの大声で叫んだ。





































「「ファーストコーディネイター、ジョージ・グレン!!!!!」」





























「………………ふっ、ふふふふ、ふははははははははははははははっ!!」
 宇宙に笑い声が響き渡る。誰も笑ってなどいないのに。
「!」
 そして突然、人々の周囲に、小さな球体が姿を現した。直径一センチにも満たない、とても小さ
な球が次々と現れる。球はどうやら飛行能力を持っているらしく、ふわふわと宙を飛んでいる。
「な、何だ、この球どもは?」
 パトリック・ザラのいるヤキン要塞の司令部にも、
「こ、こいつら、一体どこから?」
 サザーランドのいる地球軍の戦艦内にも、
「これは……ハロたちに似てますけど、悪意を感じます」
 ラクスのいるエターナルのブリッジにも球は現れた。それもかなりの数だ。
 球は次々と現れる。モビルスーツのコクピットや戦艦の中、いや、戦場から遠く離れた月や各
コロニー、宇宙基地、そして地球の諸都市や、人の住まない秘境や砂漠にまで、世界のあらゆ
る場所に現れた。
 球のちょうど真ん中には、真横に線が引かれていた。その線が上下に開く。まるで人間の眼の
ようだ、と思ったら、現れたのは本当に『眼』に似ていた。人間の眼、正確には眼球を模して作ら
れた機械。
「ふははははははははははははははははっ!!!!!」
 作り物の眼球たちから、先程の正体不明の声がした。
「ついに私の正体を知ったか。褒めてやるぞ、ガーネット・バーネット、そして、ニコル・アマルフ
ィ。貴様たちの力、少々侮っていた。だが、これで貴様ら人類は戦争で共倒れする以上に、無様
な最期を迎える事になる。いや、人類だけではない。動物も、植物も、鳥も、魚も、昆虫も、プラ
ンクトンも、この世界に生きる全ての生命に、無様な最期を与えてやる! 貴様らの未来にある
のはただ一つ、絶望と後悔の末の死だけだ!」
 悪意と狂気に満ちた声が、世界中に木霊する。その声に人々は恐怖した。そして誰もが、かつ
てない死闘を予感していた。

(2003・11/8掲載)
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