第25章
 それは最初にして最後の存在である

 私はアルファであり、オメガである。
 始まりであり、終わりである。
 最初のものであり、最後のものである。
  (ヨハネの黙示録 第22章・13節より)

「私は一度、死んだ」
 無数の球体から発せられる神の声。いや、悪魔の声か。
「私を殺したナチュラルが憎い。そして、無能なナチュラルどもをのさばらせているコーディネイタ
ーが憎い。この世界の全てが憎い。だから殺す。壊す。潰す。消し去る。何もかも! そして、私
が理想とする新しい世界を造り出す!」
 それはただの言葉ではない。呪詛だ。殺された者から、殺した者に対する憎悪の断末魔。
「この世界に生きる全ての生命に、無様な最期を与えてやる! 貴様らの未来にあるのはただ
一つ、絶望と後悔の末の死だけだ!」
 ダブルG、ジョージ・グレンの言葉は口調こそ激しいが、中身は氷の様に冷たいものだった。本
当にこの男が、コーディネイターの祖であり、人類の恒久の平和を願った男、ジョージ・グレンな
のか?
「あなたは、いえ、お前は本当にジョージ・グレンなのですか?」
 コーディネイターたちを代表するように、ラクスが問う。
「ふむ。疑うのも無理はない。だが、本当だよ、ラクス・クライン。私は正真正銘のジョージ・グレ
ンだ。時を越え、命をも越え、私は蘇った。人を超えた存在、すなわち『神』としてな」
「バカな! そんな事はあり得ん!」
 ヤキン要塞の司令室、無数の球が漂う中で、パトリック・ザラが叫ぶ。
「我らコーディネイターの祖が、選ばれし人類の原点であるジョージ・グレンが、同胞である我ら
を殺そうなどと、そんな事が…」
「いいえ。残念ながら事実ですよ、ザラ議長閣下」
 パトリックの後頭部に冷たい異物の感触。それが銃口のものだと分かるのに、そう時間は掛
からなかった。
「リヒター!? 貴様、何の真似だ?」
「お静かに願いますか、マヌケな議長閣下。地獄へ落ちる前に、我らが神のありがたい御言葉
が聞けるのです。己の幸運に、そして神の慈悲に感謝なさい」
「リヒター、貴様!」
 腹心の部下の反逆に、パトリックの顔が赤く染まる。だが、この状況では何も出来ない。周りの
兵士たちも同様で、パトリックを助けようともしない。皆、この異常な状況に混乱しているようだ。
 混乱する人々の合間を抜けるように、機械仕掛けの眼球たちはフワフワと浮いている。世界
のあらゆる場所にフワフワと浮き、風船のように漂っている。
 モビルスーツのコクピット、戦艦のブリッジ、要塞の司令室、宇宙空間、プラント、地球の諸都
市、極秘裏に造られた軍事基地、ジャングル、氷原、砂漠、海岸、戦場……。地球圏のあらゆる
場所に眼球たちは浮いていた。その何の感情も感じさせない瞳で、人間を、自然を、世界を見
つめている。
 非常にうっとうしい存在ではあったが、生憎キラたちはこの球を何とかするどころではなかっ
た。
「クソッ、クソッ! 一体、どうなっているんだ!」
 起動用のスイッチを何度押しても、操縦桿を前に後ろに動かしても、機体が動かない。OSに
何か問題でも起きたのかとチェックしてみると、
「なっ……!」
 キラは絶句した。プログラムが全て書き換えられている。いや、ごく一部、生命維持機能に関
する箇所だけは以前のままだが、これでは機体を動かす事は出来ない。
「くっ、それなら…!」
 と、新しいOSを組み上げようとするが、こちらからのアクセスをまったく受け付けない。
「そんな、バカな! 一体、どうしてこんな?」
 混乱するキラ。折角の高性能機(ジャスティス)も、これではただの『人型の棺桶』だ。
 異変はキラのジャスティスだけではなかった。アスランのフリーダムも、イザークのアルタイル
も、ムウのストライクも、全てのモビルスーツが同じように停止していた。いや、モビルスーツだけ
ではない。エターナルやアークエンジェルなどの戦艦も同様だった。そして異変はディプレクター
陣営だけではなく、ザフト、地球軍の全ての機体に及んでいた。
 つい先程まで、命を奪う閃光が飛び交っていた宇宙は、奇妙な静寂に包まれてしまった。
「うむ。やはり宇宙は静かな方がいい」
 この異変の仕掛け人が、満足そうに言う。その声は、フワフワと浮く球体から聞こえてきた。
「ダブルG、これはお前の仕業か! 私のルージュを動けなくして、一体、何を企んでいる!」
 カガリが吠える。
「静かにしたまえ、オーブの姫君。君や私の声は今、アルゴス・アイを通じて、全世界の人々に伝
えられている。下品な振る舞いは自身の恥となるぞ」
 ダブルGの言うとおりだった。この戦場の光景は小さな眼球状の機械、アルゴス・アイの映写
機によって空に映し出され、声も届けられている。全世界同時中継である。
「まあ、暴れたくても君たちには何も出来ないだろうがね。我が忠実なる使徒たちが仕掛けてお
いてくれた特殊プログラム≪バグ≫のせいで、指一本も動かせないはずだ。戦艦やモビルスー
ツ以外の兵器も含めてね」
 プログラム≪バグ≫。それは、ダブルG自らが作り出した脅威の、そして悪魔のプログラムだ。
あらゆるコンピューターに侵入可能、いかなる防壁も通用しない。防壁そのものを自身の一部と
して取り込む。別名、プログラムイーター。その名の通り、全てのプログラムを食らう怪物。
 だが、このプログラムを発動させるには、予め対象物に第一プログラムを流し込んでおく必要
がある。第一プログラムが対象のプログラムを分析、解読した後、第二プログラムを転送。一気
に「食らう」という仕組みだ。既にダブルGは、両軍の機動兵器全てに、第一プログラムを流し込
んでいた。もちろんそれをやったのは、彼の忠実な部下たち。
「よく働いてくれた。礼を言うぞ、クルーゼ、リヒター、アズラエル」
「はっ」
 クルーゼはプロヴィデンスの操縦席の中で、
「ありがたき御言葉」
 リヒターは、パトリックの後頭部に銃口を突きつけながら、
「この上ない光栄です。我らが神よ」
 アズラエルは驚くサザーランドの隣で、礼を述べた。
「バカな! 地球軍やザフトの兵器はともかく、私たちオーブのものまで、なぜ動かなくなる?」
「平和ボケも程々にしておいた方がいいぞ、オーブの姫よ。平和の国の住人だからといって、そ
の全てが平和を望んでいるとは限らん」
 ダブルGの言葉で、カガリの脳裏にある者たちの顔が浮かぶ。
「まさか、サハク家の双子…!」
「察しがいいな。あの二人はよく働いてくれたよ。もっとも、二人ともこの決戦の場に来る前に、ジ
ャンク屋と傭兵に殺られてしまったがね。少しは見所のある連中だと思ったのだが、我が使徒に
なるには実力が足りなかったか」
 残念そうに言うダブルG。だが、その口調は少し楽しそうでもある。
「さて、と。それでは改めて名乗るとしよう。我が名はダブルG。神の中の神、神を超えた神。こ
の腐った世界の終わりと、新たな世界の始まりを告げる者。そして、お前たちを殺す者だ」
 全世界に名乗りを上げるダブルG。その恐るべき野望とは無縁とも思えるほどに落ち着いた
声だ。
「もう一つの名は、ジョージ・グレン。時を越えて蘇りし者。世界の全てを知り、世界の全てを聞
き、世界の全てを識とする者。すなわち、神!」
 高らかに、そして威厳を加えて名乗る。
「言ってくれるじゃないか。亡霊風情が」
 そう言ったのは、ガーネット・バーネットだ。彼女たちのモビルスーツ、ダークネスは普通に動い
ている。異常はまったく見られない。
 考えてみれば当然だ。ダークネスはアルベリッヒ博士が独力で作り上げたモビルスーツで、完
成後はオーブの地下で厳重に、極秘裏に保管されていた。この機体の存在は、ほとんど知られ
ていない。サハク家の双子とやらも知らなかったのだろう。
 つまりダークネスは、この場で唯一、動く事が出来る機体。神に抗うためのか細い刃なのだ。
「アルゴス・アイ。ミラージュコロイド付きの小型偵察機か。随分と悪趣味なオモチャを作ったもん
だね。神様は覗き見が趣味なのかい?」
 ダークネスの操縦席に漂う眼球たちを次々と握り潰しながら、ガーネットが言う。生き残った眼
球から、彼女の宿敵の声がする。
「別に趣味ではないよ。世界の全てを知るためには、このアルゴス・アイは必要なのだ。こいつら
は非常に役に立ってくれた。こいつらの入手した情報のおかげで、私は上手く事を運ぶ事が出
来た。ナチュラルとコーディネイターを殺し合わせて、世界を滅ぼすという我が大望、もう少しで
叶ったのだが……」
「残念だったね。この私が、いや、私たちがいる限り、あんたの思い通りにはさせないよ」
「ふむ。確かに、貴様らの力を甘く見ていた。特にトゥエルブ・システム。単なるモビルスーツのパ
ワーアップ装置ではないとは思っていたが、全てはこの私を探し出すため、か」
「その通り。影でコソコソ隠れている悪党を見つけ出して、ぶちのめすためのシステムさ」
 トゥエルブ・システムによって極限まで強化された五感によって、世界の裏でに蠢く『敵』の存在
と、その居場所を探り当てる。それがアルベリッヒ博士が考えた、決して姿を見せぬ『敵』を探し
出すための唯一の方法だった。
「システムの中枢を開放不能なブラックボックスにしたのも、私にシステムの全容を掴ませない
ためか。さすがは天才、アルベリッヒ・バーネット。そして、その娘、ガーネット・バーネット。惜し
いな。その力、私の為に使えば、至上の楽園である新世界へと行けたものを」
「新世界だって? それはあんたを神と崇め、あんたの言うとおりに生きるしかないクソみたいな
世界の事かい? 冗談じゃない、死んでも嫌だね!」
「ならば死ぬがいい。無能なナチュラルと、それ以上に無能なコーディネイター共々な」
「死ぬのはあんただよ。こっちはもう、あんたの居所も分かっているんだ」
「ほう。それは凄い。それもトゥエルブの力かね?」
「ああ、そうさ。あんたの気配をビンビン感じる。待ってな、今からそっちへ行って、あんたを…」
 と、ガーネットが言い終わらない内に、突然、近くにいたジンが爆発した。誰かから攻撃を受け
た様子も無い。自爆か? だが、なぜ?
「あいにく、私は君たちに会いたくはない」
 と、ダブルGが言う。
「まあ、どうしても会いたいというのなら、勝手に来ればいい。ただし、足枷は付けさせてもらう
ぞ。君たちがそこから動く度に、私の支配下にある機体を爆発させる」
「なっ……!」
「君たちが1メートル動くにつき一機、自爆させるとしよう。もちろん、君たちの仲間も対象だ。さ
て、私の所に来るまでに、何人死ぬかな?」
「くっ、汚い真似を…!」
 確かに卑劣だが、効果的な手だ。ダークネスも動けなくなってしまった。か細い刃はあっさり折
られた。
 突如、宇宙空間に映像が現れた。それも一ヶ所だけではない。地球軍、ザフト、ディプレクター
の区別なく、この宙域の全ての者たちが見えるように、あちらこちらに現れた。
 映像の発信源はアルゴス・アイたちだった。いくつかの塊になって、自らの出力を上げ、巨大な
映像を映している。
「……何の真似だ? 映画でも見せてくれるっていうのかい?」
「ガーネットさん、さすがにそれは無いと思いますよ」
「冗談だよ、ニコル」
「ふむ、余裕だな」
 と、ダブルGが言った。
「では、怖いもの知らずの君たちに、面白いショーを見せてやろう」
「ショー?」
「ああ。神の力の、ほんの一部を見せてやる」
 宇宙空間には、とあるプラントの風景が映し出された。あちらこちらでアルゴス・アイがプカプカ
浮いており、住人たちが戸惑っているところを見ると、録画したものではないらしい。
 映像の中は、アルゴス・アイ以外は、ごく普通の平和な世界だった。大人たちは少し怯えてい
たが、子供たちは元気に遊んでいる。赤ちゃんは母親の背中でぐっすりと眠り、穏やかな日を過
ごしている。
 だが、その平和は突然、破られた。
「!」
「なっ…!」
 ガーネットもニコルも、いや、この映像を見ていた全ての人間、つまり世界中の人々が絶句し
た。
 映像の中では、先程までの平和な光景は消えていた。人々は次々と地に倒れる。大人も子供
も例外は無い。母親の背で眠っていた赤ちゃんも目覚め、苦しんでいる。
 倒れた者たちはいずれも目が充血し、喉をかきむしり、苦しみ、喘ぎ、呻き、その場をのた打
ち回り、唾液を流し、尿を漏らし、これ以上ないほどに苦しみ抜いて、そして、死んだ。
 他の者たちも、次々と同じように苦しんだ。目は血で染まり、口からはヨダレを流し、手足をじ
たばたと動かして、悶え苦しみながら、死んでいった。例外は無い。大人も子供も、老人も赤ちゃ
んも、男も女も、みんな死んでいく。
 地獄絵図。
 そう呼ぶのに相応しい光景だった。人の死に慣れているはずの兵士たちでさえ、吐き気を催す
ほど。いや、実際に吐いている者もいる。
 ディプレクターの面々も、その凄惨過ぎる光景に、ある者は目をそむけ、ある者は耳を塞ぎ、
ある者は吐いた。
「何という事を……!」
 唇を噛み締めながら、マリューが呟く。これはアラスカのサイクロプス以上、いや、それ以上の
殺戮劇だ。
「ダブルG! 貴様、一体あのプラントに何をしたあっ!! 外道なBC兵器を使ったのか!」
 ガーネットの絶叫が宇宙に響き渡る。BC兵器とはバイオケミカル、すなわち毒ガスや細菌など
を使った生物・化学兵器の事だ。
「そんなに大声を出さなくても、聞こえている。毒ガスなど、そんな下品な兵器は使っていない。た
だ、あのプラントのコンピューターにアクセスして、プラント内から空気を抜いているだけだ」
「! なっ!」
 ダブルGの言葉を聞いたニコルの顔色が変わる。
「空気が無ければ死ぬ。人間とは脆弱な生き物だな」
 嘲笑するダブルG。
 映像の向こうの人々は次々と倒れ、死んでいく。プラントという『籠』の中では、逃げようが無
い。
 そして、終焉。
 無数の死体がプラントの地表を覆う。どの死体も、これ以上なく苦しみ抜いた表情をしている。
最悪の景色だ。
「ふむ。全員が死ぬまで七分と三十八秒か。さすがはコーディネイター。無能だが、体だけは頑
丈だな」
 ダブルGはあっさりと言った。
「おや、どうしたのかね、観客の諸君。反応が鈍いなあ。特にナチュラルの人たちは、もっと喜ん
だらどうかね? これは君たちが望んだ事のはずだ。君たちの代わりに、たくさんコーディネイタ
ーを殺してあげたんだよ」
 誰一人喜ばなかった。
 戦うためのマシンであるオルガ、クロト、シャニの三人でさえ、喜ぶどころか、嫌悪感の方が勝
っていた。
 これが、俺たちの望んでいたものなのか?
 確かにそうかもしれない。俺たちは、私たちは、コーディネイターと戦い、倒すために戦ってき
た。だが、これは違う。絶対に違う。こんな地獄、私たちは望んでいない。
「誰も喜ばないとは、意外だな。自分の手で殺したかったのかな? ワガママな奴らだ。まあい
い。だが、少々殺しすぎたな。神は万物に平等でなければならん。コーディネイターだけを殺す
のは不公平だ。ならば…」
 映像が変わる。
 今度は街が映し出された。全部で五つ。砂漠の真ん中にあったり、吹雪の中にあったりと、
別々の場所ではあるが、どこも地球の街らしい。そしてどの街も、そんなに大きくもないが、小さ
くもない。ごく普通の街だ。
 その時、ガーネットは聞いた。ダブルGが、クスッ、と笑ったのを。
「! 待て、やめ…」
 ガーネットの言葉が全て紡ぎ出される前に、五つの街は閃光に包まれた。爆炎と突風が荒れ
狂い、街を焼き尽くし、破壊していく。町に住んでいた人々は、ある者は天高く飛ばされ、ある者
は骨まで焼かれた。
 こちらも地獄絵図だった。平和だった町は一瞬で廃墟と化し、大半の人々は、何が起こったの
かも理解できないまま、死んでいった。
「街の地下に作られていた地球軍の秘密基地のコンピューターを乗っ取り、エネルギー炉を暴
走、爆発させた。一つの街につき五万人ほどはいたか。……おっと、今度はこちらを殺しすぎた
な。いかん、いかん。昔からお祭り好きでね。どうもこういうイベントは、派手にやりたくなってしま
う。では、今度はプラントの方を……」
「やめろ、このクソ野朗!」
 ガーネットが叫んだ。怒りに満ちた叫び。その怒りは、生命を平然と踏みにじり、懸命に生きて
いる者たちを嘲笑う悪鬼に対する、純粋な怒り。
「ガーネットさん…」
「止めるな、ニコル! こいつだけは、このクソ野朗だけは許せない! この世界から完全に消
し去ってやる!」
「止めませんよ。僕も同じ気持ちですから」
 口調は落ち着いたものだったが、確かにニコルの声からも、ガーネットのものによく似た『怒
り』を感じる。いや、恐らくキラやアスラン、カガリやフレイ、ラクスやマリュー、イザークやディアッ
カ、フラガやバルトフェルド、そして、この場にいる全ての者たちが同じ感情を、同じ怒りを抱いて
いるだろう。
『こいつだけは絶対に許せない。いや、許してはならない!』
 と。
 だが、幾千、幾万の怒りを身に受けても(実際はアルゴス・アイが受けているのだが)、ダブル
Gはまったく動じない。
「今、少し動いたな」
「!」
 遠くの方で二つ、閃光が煌く。
「2メートル20センチ。よって二機、自爆させた。感情をコントロールしないと、この場にいる全が
死ぬぞ」
 1メートル動く毎に、誰かが死ぬ。それがダブルGの決めたルール。卑劣極まりないルールだ。
 動きを封じられたダークネスの周囲に、モビルスーツが現れた。ダブルGの僕であるズィニア
だ。数は二十。
「少し頭を冷やしたまえ。……やれ」
 ダブルGの命令を受け、ズィニアたちのビームライフルが一斉に火を吹く。動けないダークネス
は全弾食らってしまった。
「うわあああああっ!」
「ぐうっ!」
 悲鳴を上げるガーネットとニコル。反撃したくても、逃げたくても、動けば誰かが爆破される。そ
れはキラやアスランたちかもしれないのだ。
「まあ、こちらの攻撃で動いた分は見逃してあげよう。だが、君たちの意志で動いたら……分か
っているね?」
 ダメージを受けたダークネスに、ダブルGが念を押すように言う。そして、ズィニアたちの攻撃。
今度は素手で殴りかかってきた。
「うわあっ!」
「うっ!」
 PS装甲で直接攻撃の威力は、ある程度なら緩和される。だが、それでも連続で叩き込まれれ
ば、ダメージは蓄積されていく。
「まったく、どいつもこいつも単純で困る。特にコーディネイターども、お前たちは一応、私を元に
造られているのだろう? もう少し落ち着いたらどうだ。まあ、だからこそ、操りやすかったのだ
がな」
 公開リンチの最中、ダブルGが言う。
「ど、どういう意味だ、それは…?」
 攻撃に耐えながら、ガーネットが訊く。
「言葉どおりの意味だよ。例えば『血のバレンタイン』だ」
 開戦から三日後の2月14日、農業プラント・ユニウスセブンに地球軍が核ミサイルを発射。2
4万3721人の人命が失われ(アスランの母レノアもその一人である)、この戦争を泥沼に引き
ずり込む原因となった悲劇的な事件。
「その後、プラント側は地球側の弁明も一切聞かず、地球にニュートロンジャマーを撃ち込んだ。
まあ、怒るのも無理はないが」
 ダブルGはニヤリと笑った、ような気が、ガーネットにはした。
「あの時、核を撃ったメビウスのパイロットはブルーコスモスの一員だった。と言っても、彼は穏
健派でね。戦火の拡大を憂いていた。彼が上司から受けた命令は、プラントの近くのデブリに通
常のミサイルを撃て、という、いわばプラントへの恫喝を目的とするものだった。それに核だが、
彼も、そして彼の上司も、そんな物を積み込んだ覚えは無かった。それなのになぜか核は彼の
機体に搭載された。そしてなぜか、彼の機体の照準機が故障しており、ミサイルはデブリではな
くプラントの方へ……。あれは二重の『偶然』による悲劇だったのだ。そう、『偶然』のね」
 偶然。
 いや、全ての偶然は必然により生み出される。
「『偶然』に対して、単純に怒り、報復する。コーディネイターは知力や体力はともかく、精神面で
は多大な問題があるようだな。……フッ」
 笑った。今度は確かに聞こえた。ダブルGの笑う声。全てのコーディネイターに衝撃を与える悪
魔の声。
「………………お前が、お前がやったのか!!!!」
 あの日、母を失ったアスランが叫ぶ。
 沈黙するダブルG。それは肯定の証だった。



 ダブルGの言葉は、ザフトの兵士たちを、プラントの住人たちを、これまで以上に驚愕させた。
「そんな…」
「嘘だろ?」
「俺たちと同じコーディネイターが、そんな…」
 皆、自分たちの正義を信じて戦っていた。ナチュラルを卑劣で悪逆非道な存在だと思って戦っ
てきた。だが、そうではなかった。全てはこの男の、コーディネイターの祖であるこの悪魔の仕業
だった。それでは一体、自分たちは何のために戦っていたのだ? この戦いは何だったのだ?
 戦火の中で死んでいった者たちは、ただの無駄死にだったのか?
 パトリック・ザラも驚いていた。恐らくダブルGの告白を聞いて、最も衝撃を受けた人物が彼だ
ろう。ナチュラルを妻の仇と思い、その為に親友であるシーゲルまで手にかけた。自分たちが正
義だと信じていた。それなのに、何だ、この真実は? こんな事があっていいのだろうか?
「バカな、そんなバカな事があるはずが…」
「いいえ。これはれっきとした事実、そして現実ですよ、議長閣下」
 パトリックに銃を突きつけているリヒターが諭す。実に嬉しそうな表情だ。アイマスクで目元は隠
されているが、頬は緩んでいる。
「民間人のコーディネイターをなるべく派手に、大量に殺す。そうすればコーディネイターたちの
憎悪は高まり、戦争はますます激しくなる。それが、我らが神の望み。そしてそれは実現した。
予想以上の成果を上げてね」
「ぬう……」
 何もかも神の、ダブルGの手の中の出来事だったというのか。
「いい事を教えてあげましょう。『血のバレンタイン』の計画を立てたのは、実は私なんです。もち
ろん、ユニウスセブンにあなたの奥様がいる事も知っていました。というより、彼女がいたから、
あのプラントを狙ったんですけどね。溺愛していた奥様を殺されたあなたは私の予想したとおり、
ナチュラルへの憎しみを深め、『戦争』ではなく、『殺戮』を選んでくれた。単純ですな」
「き…貴様ああっ!」
 振り返り、リヒターに飛び掛ろうとするパトリックだが、その前に乾いた銃声が鳴り響いた。
「ぐおっ!」
 右肩を押さえ、パトリックは倒れた。打ち抜かれた箇所から、赤い血が噴き出している。
「議長!」
 パトリックを助けようと、何人かの職員が駆け寄ろうとする。だが、彼らの頭にアルゴス・アイが
数機、取り付いた。そして自爆。頭を失った職員たちの死体が冷たい床に倒れる。
「やれやれ。どいつもこいつも死に急ぐ。バカな連中だ」
 嘲笑うリヒター。再び銃口をパトリックに向ける。
「コーディネイターが新たなる人類、輝かしい歴史を手にするだと? 笑わせてくれる。お前たち
のような、自分の感情もコントロールできないゴミどもに未来など無い。お前たちはみんな死ぬ
んだよ。お前たちが忌み嫌うナチュラルどもと一緒にな」
「き、貴様もクルーゼも、コーディネイターではないか! それなのになぜ、同胞を滅ぼそうとす
る!」
 傷の痛みを堪えながら、パトリックが問う。
「親を殺す子供がいる。子供を殺す親がいる。それと同じだよ。珍しい話じゃないだろう? それ
に俺は、貴様らを同胞などと思った事は一度も無い。俺にとっては、ナチュラルもコーディネイタ
ーもゴミクズ以下の存在だ。ゴミを同胞だと思うほど俺はバカじゃない」
 そう言ってリヒターは、銃の引き金に触れている指に力を込める。
「じゃあな、パトリック・ザラ。地獄で奥さんと仲良くしろ。あんたの息子も、すぐに地獄(そちら)に
送ってやる」
「なっ、待て…」
 パトリックの声が発せられる前に、引き金は引かれた。パトリックの額に穴が開く。
「アス…ラン…………」
 最期の瞬間、パトリックは小さな声で息子の名を呼んだ。だが、それを耳にした者はいなかっ
た。
 そして、地球軍の内部でも異変が起きていた。
 地球軍旗艦のブリッジ。パトリックの部下たちと同じように、頭を吹き飛ばされた兵士たちの死
体が散乱している。まだ頭があるのは、生きているのは二人だけ。
「な、なぜですか、アズラエル様。なぜ、私たちまで、こんな…」
 漂うアルゴス・アイたちを恐れ、腰を抜かしたサザーランドが尋ねる。ブルーコスモスの部下の
質問に、アズラエルはニヤニヤ笑いながら、
「だって君たち、もう用済みだから。いらないものは処分しないと」
「そ、そんな! 我々は今まで、あなたの命令に従って…」
「ああ、ホント、君たちはよくやってくれたよ。僕の命令に従い、煽られ、醜い嫉妬を剥き出しにし
て、コーディネイターを苦しめてくれた。おかげでナチュラルとコーディネイターの溝はますます深
くなり、この戦争も長く続けられた。礼を言います。けどね…」
 アルゴス・アイが数機、サザーランドの体に取り付いた。
「あ、あわわわ……」
 恐怖で体が動かない。口も上手く回らない。サザーランドの心に、死への確信が深まる。
「嫌いなんですよ、君たちみたいな単純バカって。青き清浄なる世界にバカは不要です」
 爆発するアルゴス・アイ。飛び散る赤い液体。サザーランドの体は、醜悪な肉片となった。
「ホント、ナチュラルもコーディネイターもバカが多い。仕事はやり易いんだけど、ストレスが溜ま
る」
 長年の腹心を手にかけたのに、アズラエルはまったく動じていない。彼にとってサザーランドと
は、その程度の存在だった。
 ブリッジの窓の向こうに、こちらを見る巨人の眼がある。クルーゼのプロヴィデンスだ。当然だ
が、この機体はダブルGの呪縛(プログラム)には支配されていないので、自由に動いている。
「時間通りですね。さすがはクルーゼ君。では、行きましょうか」
 アズラエルを収容した後、プロヴィデンスのビームライフルによって、地球軍旗艦は破壊され
た。爆炎を背に、プロヴィデンスは悠々と飛び去った。
 一方、リヒターはアルゴス・アイを自爆させ、司令室の連中を皆殺しにした。その後、ヤキン要
塞の自爆スイッチを押して、待機してくれていたルシフェルに乗り込み、脱出した。
 全ては神の望むがままに。
 青き清浄なる世界も、静寂に包まれた宇宙も、やがては神のものとなる。



「ユニウスセブン、ヘリオポリス、アラスカ、パナマ、オーブ、そして今この場所、この時。全ては
私のシナリオ通りに進んでいた。貴様たちは憎み合い、殺し合い、そして、共に滅びるはずだっ
た。だが…」
 アルゴス・アイの視線が、ダークネスに向けられる。多数のズィニアたちに殴られ、蹴られ、傷
付けられ、ボロボロにされたダークネス。だが、その瞳と胸の赤い輝きは消えていない。
「くっ……。ニコル、ダークネスの状況は?」
「何とか持ちこたえてますけど、危ないですね。このままだと、スクラップになるのは時間の問題
です」
「なぶり殺しか。くそっ、どうすればいいんだ……!」
 ガーネットは悔しかった。ようやく倒すべき敵を見つけたのに、何も出来ずにこのまま死ぬの
か。ニコルも同じ気持ちだった。だが、どうする事も出来ない。
「ガーネット・バーネット、そして、ニコル・アマルフィ」
 ダブルGからの宣告が伝えられる。
「貴様たちはよくやったよ。だが、ここまでだ。私はこれから人類を、いや、全ての生命を滅ぼさ
ねばならん。これ以上、貴様らと遊んでいる暇は無い。一足先に死んでもらうぞ」
「はっ、まだそんな事を言ってるのか」
 ガーネットが嘲笑うように言う。続いてニコルも、
「ナチュラルもコーディネイターも、もうお前の思い通りにはならない! 戦い合わせて滅ぼす事
は、もう出来ないぞ!」
「ああ。貴様らのおかげで、せっかく用意した『楽しみ』が潰されてしまった。だが、『滅ぼす』だけ
なら簡単に出来るのだよ」
 虚空に再び、映像が映し出される。どこかのプラントの内部のようだが、人々の様子がおかし
い。皆、体を揺らしている。建物も揺れている。いや、どうやら地面そのものが揺れている。
「地震? そんなバカな、自然環境もコントロールされているプラントで地震なんて……」
「正確には地震ではないよ、ガーネット・バーネット。あれはプラントそのものが揺れている、い
や、動いているのだ」
「!」
「なっ!」
 ダークネスのカメラアイでプラント群の様子を見る。動いている。全てのプラントがゆっくりと、だ
が、確実に動いている! 前進している!
「プラントだけではない。他のスペースコロニー、資源衛星、軍事基地……。この宇宙を漂う『人
の作りし物』には全て、私のプログラムを潜ませていた。そして今、それを起動させた。行き先は
地球だ」
「!」
 その言葉を聞いた全ての人間、すなわち世界中の人々が絶句した。
「ダブルG! 貴様プラントを、コロニーを全て、地球に落とすつもりか!」
「その通り」
「何て事を……! プラントやコロニーの中には、人がたくさんいるんですよ!」
「知っているさ、ニコル・アマルフィ。だからやるのだよ。これでコーディネイターを始めとする宇宙
の人間どもは全滅する。地球の方も、私の計算では全ての宇宙施設を落とす事によって地表の
97.45%が焼き尽くされ、微生物すら住まぬ死の大地と化す。残った2.55%は、私の忠実な
部下たちが片付けてくれるだろう。その後に私は、死に絶えた古き大地の上に新しい世界を造
るのだ!」
 新しい世界を造るため? いや、違う。ダブルG、こいつは全ての生命を軽んじている。世界の
全てを殺したがっている!
「話は終わりだ。私の計画を妨害し、我が真の名を世界に晒した貴様ら二人の罪は重い。死
ね。生きて罪を償う機会さえ与えん。無様に死ね。愚かに死ね。絶望して死ね」
 ズィニアたちがビームサーベルを抜く。そして、その刀身をボロボロのダークネスに向ける。
「くそっ! 動けジャスティス、動いてくれ! このままじゃガーネットさんとニコルが!」
 必死に操縦桿を動かすキラだが、ジャスティスは応えない。そうと分かっていても、キラの手は
止まらない。あの二人を死なせる訳にはいかない。ディプレクターの他の者もそう思っていた。
「動け、フリーダム! あの二人を見殺しにする訳にはいかないんだ!」
 アスランも、
「頼む、動いてくれ! 私の友達を、仲間を助けさせてくれ!」
 カガリも、
「ちいっ! また仲間を見殺しにしろっていうのか! おい、ストライク、何とか動け!」
 ムウも、
「ええい、動け、アルタイル! 貴様、俺の言う事が聞けんのか!」
 イザークも、
「ヴェガ、動いて! もう友達が死ぬのは嫌なの! お願いだから、私に力を貸して!」
 フレイも、
「動けよ、バスター! くそっ、これじゃあ、改造しても意味が無いじゃないか!」
 ディアッカも、
「エターナルはまだ動けないのですか!?」
「整備班! 頼むからこの艦を動かしてくれ! あの二人を見殺しにする訳にはいかん!」
 ラクスとバルトフェルドも、
「ダメです、艦長。マードックさんからの報告では、エンジンが完全に停止して……」
「何とか動かして! あの二人を助けるのよ!」
 サイも、マリューも、みんな必死だった。何とかして機体を動かし、二人を助けようとした。
 だが、いずれも無駄な努力に終わった。ダブルGのプログラムは完璧。あまりにも強大な敵だ
った。
 ついにガーネットも覚悟を決めた。
 諦めたくない。けど、どうする事も出来ない。
「ニコル……」
「謝るつもりなら、止してください」
 ニコルが機先を制した。
「あなたと一緒なら、たとえ地獄に落ちても後悔しません。ホントですよ」
 そう言ってニコルは、優しく微笑んだ。その微笑を見たガーネットの心から、死への恐怖も不安
も消えた。
「そう……。ありがと」
「どういたしまして」
 ニコルも恐怖を感じなかった。感覚がマヒしているのか? いや、ガーネットと一緒だからだろ
う。不思議な事だが、彼女と一緒にいると『死』を感じない。どんな絶望的な状況の中でも、生き
延びる事が出来るような気がする。まあ、『気がする』だけなのだが。
『……まない』
「えっ?」
「? ニコル、今、あんた何か言った?」
「いえ、僕は何も……。ガーネットさんは…違いますよね。あれは男の人の声だったし、二人とも
聞いたのなら幻聴とかじゃないみたいだし…」
 二人が戸惑っている間に、ズィニアたちがビームサーベルを振りかざした。そして、ダークネス
に向かって、その刃先を突き立てる。
「やめろおおおおおっ!!!!」
 キラの絶叫が響く。だが、ズィニアたちの動きは止まらない。ビームサーベルはダークネスの
胴体を、
「なっ……!」
 絶句するダブルG。彼の眼であるアルゴス・アイは、彼に信じられない光景を伝えた。
 ズィニアたちのビームサーベルがダークネスを貫くかと思われたその時、ズィニアたちの頭上
から、謎の光が強襲。ビームサーベルもろとも、ズィニアたちを焼き尽くしたのだ。
 頭上を見上げるズィニア。生き延びたダークネスも、顔を上に向ける。そこにいたのは、背に
二門の砲塔を背負った重武装モビルスーツ。
「はっ、ざまあみろ!」
 カラミティのパイロット、オルガ・サブナック。奇跡の光を放った男である。補足すれば、奇跡の
光の正体はカラミティの背にある≪シュラーク≫の一撃だ。
 奇跡はまだ終わらない。生き残ったズィニアたちに猛スピードで迫る、黒い魔鳥。レイダーだ。
一瞬で人型に変形し、
「ムカつくんだよ、お前ら! 粉砕!」
 鉄球≪ミョルニル≫を放つ。宣言どおり、二機のズィニアをまとめて粉砕した。
「粉砕、玉砕、大喝采!てな!」
 クロト・ブエルはご機嫌に叫ぶ。続いて、
「うらああああ〜!」
 どことなく気の抜ける声を上げて、シャニ・アンドラスの操るフォビドゥンも参戦。大鎌≪ニーズ
ヘグ≫を横に一閃、ズィニア三機を真っ二つにした。
「へへっ、俺の勝ち〜。クロトより俺の方がたくさんやっつけたぜ」
「ケッ、威張るな、シャニ! まだ、獲物は残ってるんだ。勝負はこれからだ!」
「クロト、シャニ、油断すんじゃねえぞ! このムカつく連中、全部、ブチ壊してやる!」
「おお!」
「分かってるって」
 気勢を上げる三人。さらに、彼方から黒い戦艦が接近。ドミニオンだ。
「≪ゴットフリート≫照準、てーーーーーっ!!」
 ナタル・バジルールの勇ましい声が宇宙に響く。225pニ連装高エネルギー収束火線砲≪ゴ
ットフリート≫のビームがズィニアたちに向かって放たれた。その一撃は、残念ながらかわされ
たが、
「爆砕っ!」
 体勢を崩したズィニアにレイダーが銃撃。二機、撃墜した。
「おーし、これで逆転!」
「ふん。すぐに引っくり返してやる」
「よし、行くぞ、クロト、シャニ! 全部落とす!」
 勇ましく吠える三人。ドミニオンも彼らを支援して、ズィニアたちと戦っている。
 いや、彼らだけではなかった。危機を脱したダークネスのレーダーが、新たに接近する機影を
感知した。
「この反応は……ザフトの?」
 ニコルが呟いた通り、新たな機体はジンやゲイツなど、ザフトのモビルスーツたちだった。彼ら
を指揮しているのは、
「ヴェサリウス前進、モビルスーツ全機発進! 我らの真の敵を打ち落とせ!」
 アデス艦長の指示に従い、ザフトのモビルスーツ部隊はズィニアたちに挑む。
 奇跡はまだ終わらなかった。キラのジャスティスやアスランのフリーダムなど、ディプレクターの
モビルスーツや戦艦たちも機能を回復し、再び動けるようになった。ドミニオン隊やヴェサリウス
隊と共に、ズィニアを撃破する。
「ガーネットさん、ニコル! 二人とも、大丈夫ですか?」
 キラのジャスティスが、ダークネスを助ける。
「キラ……。まあ、何とか無事だよ。けど、あんたたち、どうして動けるようになったんだ? 奴の
プログラムを解除したのか?」
「それが、僕たちにも分からないんです。突然、動けるようになって……。プラントの動きも止まっ
てるし、アルゴス・アイも停止したみたいし、もう何が何だか分かりませんよ」
「プラントやアルゴス・アイまで?」
 キラの言うとおりだった。地球に向かっていたプラントは停止しており、宇宙空間を漂っている
アルゴス・アイの眼が全て、閉じられている。動く様子もない。
「ガーネットさん、これは一体…?」
「分からない。私にもさっぱりだ」
 首を傾げるガーネットとニコル。その時、
『すまない……』
「!」
「!?」
 男の声が聞こえた。聞いた、と言っても、声は通信機からではない。ガーネットとニコルの頭の
中に、声そのものが飛び込んでいるような、不思議な感じ。テレパシー、というやつかもしれな
い。
『すまない……。私の力では、これが精一杯だ。全ては私の責任だ。私が奴を止めなければな
らないのだが、私にはもう、それほどの力は無い。本当にすまない……』
 謎の声の主は、心から謝っていた。その中に邪悪な意志は感じられない。
 ガーネットとニコルはこの男の正体を知った。トゥエルブを全て開放している今の二人には容
易い事だ。そして、語りかけた。相手のように口ではなく、心で語りかけた。
『謝る事はないよ。あんたは私たちの仲間を助けてくれた。プラントを止めてくれた。それで充分
だよ」
『そうです。あとは僕たちに任せてください。貴方が作ってしまったあの悪魔は、僕たちが必ず倒
します。そして、この世界を守ってみせます』
『頼むぞ。私では奴の力を完全に消し去る事はできん。プラントやコロニーに組み込まれたプロ
グラムは、奴の精神の一部でもある。奴を倒さぬ限り、完全に消去する事はできん。また、いつ
動き出すか…』
『そうか。なら、悪いけどあんたは、私たちが奴を倒すまで、プラントやコロニーを止めておいてく
れ』
『その間に僕たちが、ダブルGを倒します。必ず!』
『分かった、プラントの方は任せてくれ。それから君たちに、奴に関する私の知る限りの情報を
伝えよう。頼むぞ、心強き少女と、心優しき少年、そして、無垢なる十二の魂たちよ…』
 そう言って、謎の声の主は去っていった。
『ああ、任せな。あんたの分身は、私たちが止めてやるよ』
『そちらの方は頼みます。もう一人の、いえ、本物の……』
「ガーネットさん、ニコル!」
「!」
「!? あ……」
 キラの声で、二人の意識は元に戻った。
「二人とも、どうしたんですか? ボーッとして…まさか、やっぱりケガを!?」
「いや、何でもない。ゴメン、心配かけて。二人とも大丈夫だから」
 言い訳をするガーネット。キラの様子からすると、現実の時間はあまり経過していないようだ。
「ガーネットさん」
 と、ニコルが呼びかける。
「ニコル、やっぱりあんたも聞いたのかい?」
「ええ。あれはやっぱり……」
「みたいだね。善と悪、人間と神様気取りの悪魔、か。まったく、同じ存在のくせに、ずいぶんと
極端に分かれたもんだね」
「けど、どうして僕たちに聞こえたんでしょう?」
「あちらさんがトゥエルブに同調して、干渉したのかもしれないね。今のあいつもトゥエルブも、似
たような物らしいから」
 二人が話している間に、ズィニアたちは全て撃墜されていた。同時にヤキン要塞の自爆装置
が作動。凄まじい大爆発の中、超高速で逃げていくルシフェルとプロヴィデンスの姿が確認され
た。またトゥエルブ・システムは、プロヴィデンスにクルーゼとアズラエルが、ルシフェルにシャロ
ンとラージ、そしてリヒターが乗っている事を教えてくれた。
 連中の行き先は分かっている。そこはダブルGの城。既にガーネットとニコルは、トゥエルブに
よって増幅された感覚によってダブルGの意志を感知し、その居城の場所も把握していた。
「少しだけ待ってな、ダブルG。お前は必ず倒す!」



 暗黒の中、一個の脳髄が収められたカプセルが怪しく光を放っている。
 カプセルの周囲は、機械に埋め尽くされていた。いや、カプセルのあるこの部屋そのものが一
つの機械であり、カプセルもまた、その機械の一部だった。
「あの戦場のアルゴス・アイを停止させた上、プラントやコロニーのコントロールプログラムを凍
結。そして、私の敵となる者たちの解放……。『奴』め、なかなかやるではないか」
 スピーカーからの声。それは脳髄の意志を伝えるためのものであり、声は脳髄からのものだっ
た。
「人間を捨てきれぬ死にぞこないと思って、甘く見すぎたか。仮にも私のオリジナル、侮るべきで
はなかった」
 脳髄は独り言を呟く。それは自分自身に言い聞かせるための言葉だった。
「だが、機械と一体化した私と違って、人間である『奴』の力には限界がある。このまま待ってい
れば、『奴』の力は尽き果て、私は世界を滅ぼせる」
 その通りだった。こちらの力に限界は無いのだから、確実に勝てる。滅びの運命は変わらな
い。
「所詮は悪あがきにすぎん。虫退治でもしながら、『奴』の力が尽きるのを待つとするか。そう、誰
にも私の邪魔は出来ん。私は神なのだからな!」
 神を名乗る機械、バイオコンピューター・ダブルGは自らの勝利を確信していた。それだけの力
を彼は持っていた。

(2003・11/15掲載)
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