第26章
 死地への旅立ち

 ダブルGの魔手が一応収まった後、アークエンジェルのブリッジにはディプレクターの各艦の船
長たちが集まり、今後の事について話し合う事になった。その中には、彼らの新しい仲間たちも
いた。
「もう一度、ここに戻ってこれるとは思いませんでした」
 アークエンジェルのブリッジを見回して、ナタルが懐かしげに言う。ほんの数ヶ月前まで、彼女
はここにいた。この艦に乗っている間に、彼女は様々な経験をして、多くの事を学んだ。アークエ
ンジェルはナタルにとって『学校』であり、『故郷』だった。一度は敵として対峙したが、こうして戻
ってこれた事は、素直に嬉しかった。
 もちろん、それはナタルだけではない。ガーネットやキラやサイ、ミリアリアやノイマンたちも同
じ気持ちだ。そして、
「私も、こうしてあなたと直に話せるとは思わなかったわ、ナタル」
 マリュー・ラミアスも微笑を浮かべながら、彼女に手を差し伸べる。ナタルは優しく微笑み、その
手を握り返した。
「? どうした、アデス艦長。辺りをキョロキョロ見回して。この艦のブリッジがそんなに珍しいか
ね?」
 マリューたちの語らいを和やかに見ていたバルトフェルドは、落ち着かない様子のかつての同
僚に話しかけた。
「いえ、少し戸惑っているだけです。まさかこの艦に乗るとは思ってもいなかったので。人生とは
分からないものですな」
「確かにその通りだ。私も同じ気分だよ。だが、悪い気分じゃないだろう?」
 バルトフェルドの言葉に、アデスは苦笑しながら頷いた。二人ともかつてはこのアークエンジェ
ルを落とすためにこの艦と戦っていた。だが今はこの艦と力を合わせて、世界を守るために戦
おうとしている。数奇な運命だが、確かに悪い気はしない。
 語らいを済ませた後、一同は今後について話し合った。
 地球に落下しようとしていたプラントなどの宇宙施設は、現在はその動きを停止している。だ
が、ガーネットの言によれば、これは一時的なもので、いずれは再び動き出す。ならば、その前
にダークネスのトゥエルブが突き止めた敵の本拠地へ向かい、元凶であるダブルGを倒す。
 この方針に問題は無い。問題は、こちらの戦力だ。
 ダブルGのプログラムから解放され、動けるようになった機体は決して多くなかった。地球、ザ
フト全軍の二割にも満たない。ほとんどの戦艦やモビルスーツは未だに動けないままだ。
 地球軍やザフトの他の基地に援軍を請おうにも、通信が妨害されている。世界各地で生き残
っているアルゴス・アイが妨害電波を出しているのだ。それにたとえ通信が繋がっても、基地の
戦力も停止させられているだろう。結局、現状の戦力で何とかするしかないのだ。
 こちらの戦力は、ディプレクターはアークエンジェル、エターナル、クサナギの三艦に、
 ダークネス
 フリーダム
 ジャスティス
 ストライク
 イージス
 デュエル・アサルトシュラウド
 バスター・インフェルノ
 ブリッツ
 アルタイル
 ヴェガ
 ストライクルージュ
 それにM1アストレイが13機と、M1アストレイ・パープルコマンドが4機。そして、フリーダムと
ジャスティスの専用ユニットであるミーティアが2機。
 これに地球軍からドミニオンを始め、250m級戦艦が3隻、150m級護衛艦が7隻がディプレ
クターに合流。モビルスーツは、
 カラミティ
 フォビドゥン
 レイダー
 そして、ストライクダガーが24機。なお核搭載のメビウスは、全て動けないままである。
 ザフトからはヴェサリウスを旗艦とし、他にナスカ級戦艦が3隻、ローラシア級戦艦が6隻、加
わった。モビルスーツはジンが25機、シグーが6機、ゲイツが17機。
 三軍の合計戦力は、戦艦が24隻、モビルスーツが103機(単独運用できないミーティアは除
く)。通常の戦闘ならば充分すぎる戦力なのだが、相手はダブルGだ。奴はオーブでの戦いで
は、300機ものモビルスーツを送り込んできた。本拠地ならば、それ以上の数が待ち受けてい
るだろう。
「敵の戦力は未知数です。正直、わたくしたちの力では太刀打ちできないかもしれません」
 ラクスが言う。
「ですが、ここで引き下がる訳にはいきません。わたくしたちは非力ですが、決して無力ではな
い。抗い、そして、戦いましょう。この星の、そして、全ての生命の未来のために」
 ラクスの言葉に一同は頷く。今更、退くつもりはない。戦うのみだ。たとえその先に『死』が待っ
ていても。
「ところでお姉様」
 と、ラクスはガーネットに訊いた。
「まだお伺いしていませんでしたが、ダブルGの本拠地は、一体どこにあるのですか?」
「ああ、そう言えば、まだ話してなかったね。奴の本拠地は……」
 ガーネットはブリッジの窓の側に立ち、前方を指差す。
「あそこだよ」
 彼女の指先は、宇宙の闇に浮かぶ満月を指し示していた。



 決戦の地は分かった。だがその前に、こちらの戦力を整えなければならない。三軍の連合艦
隊は補給と修理のために、一旦近くのプラントに入港する事になった。
 プラントのコンピューターは未だそのほとんどが機能を停止していた。その為、モビルスーツで
ハッチを開けたり、誘導したりと、並々ならぬ苦労をしたが、どうにか入港できた。
 入港の知らせを聞いて、アイリーン・カナーバらクライン派の議員たちが駆けつけてきた。
 強硬派筆頭のパトリック・ザラの死によって、ザフトの政権はクライン派の手に移っていた。収
容所から救出されたアイリーンらクライン派の議員たちは、民衆の動揺を抑えつつ、ラクスたち
へ物資の補給を行なった。
 そして彼らの口から、一同はパトリック・ザラの死を知らされた。
「…………」
 アスランは何も言わなかった。覚悟はしていた。いずれこうなるだろうとは思っていた。だから、
涙は流さない。
「殺ったのは、リヒター・ハインリッヒだな?」
 イザークがアイリーンに尋ねる。
「恐らく。ヤキンが崩壊したため、証拠は無いけど……」
「証拠などいらん。奴が側にいた、それだけで充分だ。ゲスめ! 奴は必ず俺が倒す!」
 吐き捨てるように言うイザーク。無理もない。彼とリヒターとは、因縁浅からぬ間柄だ。
「…………」
 アスランは何も言わない。そんな彼を、カガリは心配そうに見ていた。



 補給と修理の間、乗組員たちは交代で短い休息をとる事になった。ここを出たら、あとは決戦
の地へ一直線。今の内に休んでもらおう、という各艦の艦長たちの判断だった。
 エターナルの整備デッキ。気晴らしにとプラント内部に行く者たちを横目に見ながら、ガーネット
とニコルはダークネスの修理を手伝っていた。整備主任のエミリアも頑張っていたが、損傷が激
しく、なかなか修理が終わらなかったので、二人も手伝う事にしたのだ。
「ニコル、いいのかい?」
 工具を動かす手を休めず、ガーネットはニコルに尋ねた。コクピットの中でOSの調整をしてい
た彼は、
「? 何がですか?」
 と、聞き返す。
「いや、その………。さっき、カナーバさんから聞いたんだけど、ニコルのお父さんとお母さん、こ
のプラントにいるんだろう? 会わなくてもいいのかな、って思ってさ」
「ありがとうございます。けど、大丈夫です。母には連絡をしましたし、父には、そう簡単には会え
ないみたいですから」
 ニコルの父、ユーリ・アマルフィはザフトのMS開発部門のトップであり、プラント最高評議会議
員の一人でもある。元々はクライン派にもザラ派にも属さない中立の立場だったが、息子のニコ
ルがM I A(戦闘中に消息不明となる事。公式記録では戦死扱いとなる)と知らされた後、ザラ
派に共鳴してしまった。その為、現在はクライン派の監視下に置かれている。
 その事を聞いた時、ガーネットはニコルを勝手にM I Aにしたザフトの上層部に呆れて、ため
息をついた。まあ、唯一真相を知っていたアスランが、プラントに戻って早々に幽閉されてしまっ
たのだから仕方ないのだが。
「本当に会わなくてもいいのかい? もしかしたら、これが…」
 最後になるかもしれない、という言葉をガーネットは慌てて飲み込んだ。不吉すぎる。
 ニコルは微笑み、
「母さんにも『帰ってきて』って言われましたけど、会わない事にしました。今、父さんと母さんに会
ったら、懐かしくって、泣いてしまって、戦う事が怖くなって、逃げ出すかもしれない。それじゃあ
ダメなんです。二人を守るためにも、みんなを守るためにも、僕は逃げちゃいけない。だから会
いません。会うのは、この戦いが終わってからにします」
 と、言った。
「…………。ニコル。あんた、ホントに強いね」
 ガーネットは素直にそう思った。この少年は自分の『弱さ』を知っている。それを知りつつ、逃げ
出さずに戦う事を選んだ。この少年を愛し、愛されている自分が誇らしく思えた。
「僕は強くありませんよ。強くなったとしたら、それはガーネットさんのおかげです」
「私の?」
「ええ。ガーネットさんと戦う事で、僕は強くなれた。ガーネットさんを好きになった事で、僕は真実
を知る事が出来た。プラントのためだけでなく、この世界のために戦うという道を選ぶ事が出来
た。今の僕があるのは、みんなガーネットさんのおかげです。あなたを好きになれた事が、そし
て、あなたに好きになってもらえた事が、僕は本当に嬉しいんです」
 そう言って、ニコルは微笑んだ。
「……………………」
 しばしの沈黙。そして、
「プッ……。フフッ、フフフフ…」
 ガーネットが嬉しそうに笑った。
「? ガーネットさん?」
「ああ、いや、すまない。あんたの事を笑ったんじゃないんだ。ただ、ちょっと嬉しくなってさ。私た
ちって、ホントに気が合うね。お互い、同じような事を考えてるんだから」
「???」
 首を傾げるニコル。
「まあ、ガーネットさんがそう言うのなら、気にしませんけど……。あ、そうだ。ガーネットさん、一
つ、お願いがあるんですけど」
「ん? 何だい?」
「この戦いが終わったら、僕の両親に会ってもらえませんか? ガーネットさんの事を紹介したい
んです」
 瞬間、ガーネットの顔が固まった。その後、顔を真っ赤にして、
「い、いや、ニコル、さすがにそういうのは、ちょっと早いと思うんだけど……。いや、まあ、あんた
がいいのなら、私は別に構わないよ。いつかは会わなくちゃいけないんだし。あ、でも、引き出物
とかどうしよう。あんまりお金、持ってないから……」
 完全に舞い上がってしまった。ニコルの言葉に裏は無く、ただ単に『会ってほしい』だけだった
のだが。
 そして、こんな二人の様子を、呆れながらも微笑ましげに見つめる影が一つ。
「やれやれ、何やってるんだろうね、あの二人は。新婚夫婦じゃあるまいし。私もいい男、捜そう
かな?」
 整備主任のエミリア・ファンバステンはため息をついた後、仕事を再開した。そして彼女の頭上
では、顔を赤くしたガーネットと、首を傾げるニコルのバカップル漫才が繰り広げられていた。



 プラントの町は異常なまでに静かだった。全ての店は閉店し、人々は活気を失っていた。無理
も無い。この悪夢のような戦乱を起こしたのが、自分たちの先祖とも言うべき存在だったのだ。
その悪魔の手によって今、このプラントは支配されており、いつ、再び地球に向かって動き出す
か分からないのだ。皆、絶望と不安に押し潰されているのだろう。
 沈黙した町のあちこちには、機能を停止した無数のアルゴス・アイが転がっている。だが人々
はそれを気にとめようともせず、無気力に過ごしている。
「怖いくらいに静かね」
 休息をもらい、ディアッカと共に町にやって来たミリアリアが呟く。彼女の隣を歩くディアッカは、
アルゴス・アイを次々と踏み潰した。
「前に来た時は、もっと活気があったんだけどな。まるで町そのものが死んじまったみたいだ。こ
っちまで暗くなるぜ」
「他のプラントやコロニーも、こんな風なのかしら?」
「さあな。似たようなもんじゃないの?」
 アルゴス・アイを、片っ端から踏み潰すディアッカ。アリを踏み潰すよりは罪悪感は無いが、意
味も無い。それでもやらずにはいられなかった。
「まあ、気にする事はないさ。ダブルGを倒せば、みんな元に戻るだろ」
「うん……。でも」
「?」
「元に戻ったら…………また、戦争になるのかな?」
「! ミリィ……」
 彼女の危惧も分かる。ダブルGが諸悪の根源だと分かったとはいえ、ナチュラルとコーディネイ
ターの間には、血が流れすぎた。両者が手を取り合うのは、そう簡単な事ではないだろう。い
や、もしかしたら、新たな戦乱を生む事になるかもしれない。今度は『人間自身の意志』で。
 ディアッカは少しだけ考える。そして、結論を出した。
「いや、そんな事にはならないと思うぜ」
 と、軽く言い放つ。
「俺たちはバカだった。ナチュラルよりほんの少しだけ頭が良くて、体が丈夫。たったそれだけの
事で自分たちが選ばれた存在、超人だと思っていた。きっと『血のバレンタイン』にしても、大勢
の仲間が殺された事に腹を立ててたんじゃない。自分たちより劣る存在だったナチュラルが、生
意気にも牙を向いてきた事が気に入らなかったんだ。ホント、救いようのないバカだな。俺たち
は」
「ディアッカ……」
「けど、もうみんな分かったはずだ。俺たちは超人なんかじゃない。バカでマヌケで、どうしようも
なく無力な人間なんだって。能力以外はナチュラルと同じ。威張れるような存在じゃない。そう、
みんな同じなんだ。だからきっと、仲良くなれるはずだ」
 確証がある訳ではない。だが、その時のディアッカは本気でそう思った。
「ナチュラルとコーディネイターは敵同士。けど、ナチュラルのミリィと、コーディネイターの俺は仲
良くなれた。みんなが仲良くなれるのも、夢じゃないと思うんだけどな」
「……うん。そうだね。きっとみんな、仲良くなれるよね」
「ああ。その為にもまず、ダブルGを倒さないとな」
「ええ。みんなの力を合わせて、絶対に勝ちましょう」
 そう言って、ミリィは笑顔を見せた。優しく、力強く、凄くかわいい笑顔。
 その笑顔を見た途端、ディアッカの心が弾けた。そして、唇を重ねる。
「……………えっ?」
 何が起きたのか、何をされたのか理解できず、呆然とするミリィ。だが、すぐに頭が冷えてき
た。そして、
「い、いきなり何するのよ、この、変態!!!!!」
 と吠えて、ビンタ一発。ディアッカを張り倒し、顔を真っ赤にして立ち去った。
 張り倒されたディアッカは、頬をさすりながら立ち上がる。
「ううっ、痛てえ〜〜〜……。ちょっと、性急過ぎたか。けど、あれはあいつだって悪いよな。あん
なに可愛く笑いやがって……」
「おいディアッカ、何やってんだ、こんな所で?」
 声をかけられ振り返ると、イザークとフレイが立っていた。
「どうしたのよ、ほっぺたが真っ赤よ。誰かに殴られたの?」
 心配そうに尋ねるフレイ。彼女の手は、イザークの腕に組み付いている。どこからどう見てもこ
の二人、仲の良い恋人同士だ。いや、実際、そうなのだが。
「…………イザーク」
「何だ?」
「負けたぜ、お前には。完敗だ。じゃあな」
 生まれて初めて味わう『敗北感』を背に、ディアッカは歩き出した。早足でミリィの後を追う。
「何なの、あれ? イザーク、あんた、ディアッカに何かしたの?」
「いや。まあ、あまり気にするな。昔からよく分からんところが多い奴だからな」
「ふーん。ねえ、ディプレクターってさあ、そういう人、多くない?」
「………………」
 お前が言うか、という言葉をイザークはかろうじて飲み込んだ。



 クサナギ、カガリの部屋。女の子の部屋とは思えないほど殺風景な部屋である。
 仕事を終えたアスランは、私室に帰る途中でカガリに捕まり、この部屋へ連れて来られた。そ
して椅子に座らされ、
「飲め」
 と、カガリが差し出したお茶やお菓子を食べさせられていた。
「美味いか?」
「あ、ああ……」
「そうか。良かった」
 嬉しそうに言うカガリ。実際、お茶もお菓子もなかなかの美味だった。特にお茶はいい味だっ
た。苦味の中に、ほんのわずかに甘味がある。その絶妙なバランスが、舌や喉を通る度に至福
を齎してくれる。
「オーブのお茶だ。飲むと心が安らぐと、評判なんだぞ。父上も大好きで…」
 と、そこまで言って、カガリは口を塞いだ。
「? どうした、カガリ」
「あ、いや、その…………すまない」
「?」
 なぜ彼女が謝るのか、アスランには本当に分からなかった。だが、カガリの発言を思い出し
て、ようやく見当が付いた。
「俺の父上の事なら、気にするな。俺も気にしていない」
 アスランは自分の心を偽った。
 父を説得したかった。もう一度だけ、父と話をしたかった。優しかった頃の父に戻ってほしかっ
た。
 だが、それはもう叶わぬ夢だ。いつまでも引きずっている訳には行かない。だから誤魔化そう
としている。それなのに、
「嘘だ」
 カガリは、アスランの嘘をあっさり見抜いた。
「嘘じゃない。俺は本当に気にしていない。リヒターやダブルGに利用されていたとはいえ、父は
戦火を広げ、多くの人を傷付け、死に追いやった。そんな悪人の事など、いつまでも気にしてい
ても……」
「いいや、嘘だ! いくら悪人でも、それでもお前にとっては、たった一人の父親のはずだ! 父
親が死んで、何とも思わないはずが無い!」
 カガリのその言葉に、アスランは反論できなかった。彼女もまた、父を失っている。二人は似た
者同士だった。ならば隠し事は出来ない。
「…………ふう。敵わないな、君には」
 ため息と苦笑を交えながら、アスランは呟いた。
「父上が死んだ事については、本当にあまりショックを受けていないんだ。いつかはこうなるだろ
うとは思っていたからな。けど……」
 アスランは、残っていたお茶を一気に飲み干した。ほんの少しだけ、心が軽くなった気がする。
「父は、パトリック・ザラは『人間』として死んだのか、それとも最後まで『悪人』だったのか。ナチ
ュラルを呪いながら死んだのか、それとも、自分の犯した過ちに気が付いて、人として死ねたの
か……」
 もし、憎悪と絶望の中で死んだのなら、あまりに悲しすぎる。父は一体、何の為に生き、何の為
に死んだのだ? ダブルGに散々利用されて、奴の手助けをする為に生かされ、そして、死んだ
のか?
 考え込むアスランに、カガリが語りかける。
「私は、パトリック・ザラじゃないから、あの男が何を考えていたのか、詳しい事は分からない。だ
けど、きっと最後は、お前の事を考え、その身を案じて、死んだのだと思うぞ。私の父上がそうだ
ったから……」
「俺の父と、ウズミ様は違う」
「いや、同じだ。同じ『子を持つ親』だ。だったらきっと、パトリック・ザラも本当は優しい人間だっ
たはずだ。だから、最後はきっと、私の父上と同じ事を考えたはずだ。そして……」
 カガリは一息つく。アスランの眼を見て、その手に自分の手を添える。
「私たちに未来を託したはずだ」
「カガリ……」
 カガリの言葉に確証は無い。だが、アスランは、カガリの言うとおりだ、と思った。
「ダブルGを倒そう、アスラン。そして、私たちと一緒に生きるんだ。キラもラクスも、ガーネットも
ニコルも、イザークもディアッカも、そしてきっとお前の父上も、そう願っている」
「…………ああ。俺は生きる。みんなと、そして、カガリと一緒にな」
「アスラン……」
 二人の唇が、自然に近づく。その時、
「アスラン様〜〜〜〜〜〜!」
 と、勢いよくドアを叩く少女の声。
「……………」
「……………ゴホン」
 意味もなく、咳払いをしたカガリ。アスランも、急に照れ臭くなった。
 ドアの向こうからは、元気のいいカノン・ジュリエッタの声が響く。
「アスラン様、ここにいるんでしょう? 私、ケーキ作ったんですけど、一緒に食べませんか? カ
ガリさんのマッズ〜〜〜〜い料理なんかよりも、ずうっっっっっっと美味しいですよ。栄養補給し
て、一緒にダブルGを倒しましょう!」
 カノンの暴言(?)に、カガリの顔が赤くなる。純粋なまでの『怒り』ゆえに。
「カノン、あいつ……許さん!」
「ま、待て、カガリ! 決戦前に味方同士で…」
 止めようとするアスランだが、カガリの手がドアノブを回す。そして、
「カノン。あなた、何してるの?」
 と、ドアの向こうから、カノンの姉ルミナの声が聞こえた。だが、その声はいつもの明るいもの
ではなく、妙に冷たい。
「お、お姉ちゃん……」
 カノンの声も、先ほどまでとは打って変わって、元気を無くしている。完全に怯えている。
「人様の部屋の前で、大声を上げて……。それに、その手に持っている、見覚えのある箱は
何? 中に何が入っているの?」
「あ、いえ、その、これは……」
「ちょっど良かった。あなたに聞きたい事があるの。さっき、私が『サイ君のために』作ったケーキ
が、ちょっと眼を放した隙に、箱ごと消えちゃったの。どこに行ったか、あなた、知らない?」
「あ……う………」
「何か知ってるみたいね。お姉ちゃんに、話を聞かせてもらえないかな?」
「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん! あ、痛い、痛いから、耳を引っ張るのはやめて! 千切れ
る、千切れる!」
「泥棒さんの耳がどうなったって、私の知ったことじゃないわ。いいえ、命の保障もしないかも」
「!!!!!! ご、ごごごごごごめんなさい、ホントにごめんなさい! だから、だからお願い、
許して! うああああああ……」
 悲鳴と共にカノンの声が遠ざかっていく。これからどこかで行なわれるであろう惨劇に、アスラ
ンとカガリは心底、恐怖した。
「…………なあ、アスラン」
「…………」
「カノンのところに、あとでお見舞いに行こうと思うんだけど……」
「ああ。俺も付き合おう」
 本当に優しい二人であった。



 ダークネスの修理を終えたガーネットとニコルは、エターナルの食堂にやって来た。そこには
大勢の乗組員と共に、キラとラクスの姿もあった。
「あら、お姉様とニコルさん。お二人もこれから食事ですか?」
「ああ、あんたたちもか?」
「僕たちは、今、食べ終わったところです。ダークネスはもう直ったんですか?」
 キラの質問には、ニコルが答える。
「ええ。エミリアさんが頑張ってくれましたから。アークエンジェルの方からも、ケイさんやジャンさ
んたちが来て、手伝ってくれました。おかげで、完璧に直りました」
「あとは、ダブルGをぶっ倒すだけだ。あんたたちも頑張るんだよ」
「はい」
「ええ。……あの、お姉様。少し、お話が…」
 ラクスが何か言おうとした時、
「へー、結構広いじゃないか。ドミニオンの食堂とは随分、違うな」
 と、金髪の少年が食堂に入ってきた。続いて、
「メニューも、こっちの方が充実してるみたいだぞ。俺、こっちに移ろうかな?」
「勝手にすれば? 俺はあっちの食事の方が好きだけどな〜」
 橙色の髪をした少年と、薄い緑色の髪をした少年が登場。三人とも、キラと同じ服、地球軍の
軍服を着ている(かなり着くずしているが)。
 三人は、キョロキョロに食堂内を見回す。そして、ガーネットの顔を見ると、
「黒髪のショートカット……。あれがそうじゃないか?」
「ああ。バジルール艦長の言ったとおりならな」
 と、呟き合った後、ガーネットたちの所にやって来た。
「よお。あんたがガーネット・バーネットか?」
 三人のリーダー格らしき金髪の少年が訊いてきた。
「ああ。あんたたちは地球軍の?」
「おう。俺はオルガ・サブナック。カラミティのパイロットだ。こっちの二人は…」
「クロト・ブエル。レイダーに乗っている。よろしく」
 橙色の髪の少年が挨拶する。続いて、
「シャニ・アンドラス。フォビドゥンのパイロットだ。よろしく」
 薄緑色の髪の少年が言う。
 三人はガーネットたちの正面の席に座り、話しかけてきた。キラたちも自己紹介して、話を進
める。
 まずはオルガが、
「うちのバジルール艦長が、あんたとそっちの小僧(と、キラを見る)の事を随分と褒めてたから
な。気になって見に来たんだよ。それにあんたたちには、結局一度も勝てなかったからな。どん
な奴らなのか、興味が沸いた。けど、まさか、こんなガキ面した連中だとは思わなかったぜ」
 と、キラとニコルの顔を見ながら言う。それに対してガーネットが、
「まあ、確かにこの二人は童顔だけどね。けど、あんたたちより強いよ」
 と、挑発するように言う。一瞬、辺りに緊張が張り詰める。だが、
「そんな事は分かってるさ。嫌ってほどにね」
 苦笑交じりのクロトの言葉で、あっさり元の雰囲気に戻った。
「僕も驚いたよ。あの三機のパイロットが、僕たちと同じ年ぐらいの人だったなんて」
 キラがそう言うと、オルガが苦笑して、
「まあな。けど、見かけで判断しない方がいい。俺たちはナチュラルだが、お前らコーディネイタ
ーに勝つために、色々と無理しているからな」
「無理?」
「俺たちはナチュラルであって、ナチュラルじゃない。ブーステッドマン、ってやつだ」
 オルガは自分たちの真実(しょうたい)を話した。強力かつ過激な薬物投与により筋肉や神経
を強化した『超人』。もっとも、一定時間内に薬物を投与しなければならない不完全な『超人』だ
が。
「ふん。さすがはブルーコスモス。えげつない事をするね」
 ガーネットが吐き捨てるように言う。キラやラクス、ニコルの表情も暗い。
「ああ。けど、俺たちはこういう体になった事を後悔しちゃいない。一応、自分で選んだ道だしな。
それに、いい事もある」
 そう言ってオルガは、不適に微笑む。
「例えば、あんたたちと一緒に戦える事さ。足手まといにはならないぜ」
「アズラエルのスカした面に一発ぶちかましてやりたいからな。手伝ってやるよ」
 クロトも、ニヤニヤ笑いながら言う。
「ありがとう。心強いよ」
 ガーネットは、心からそう言った。
「おう、任せな。まあ、この戦いが終わったら、また戦う事になるかもしれないけどな」
「その時はその時だ。けど、そうならないと私は思う」
「随分と楽観的だな」
「いや。これは『確信』だよ。なあ、キラ、ニコル、ラクス?」
 ガーネットに問われた三人は、同時に頷いた。その様子を見たオルガは、クックッと笑った後、
「なるほど。バジルール艦長が気に入る訳だ。よろしく頼むぜ、ガーネット・バーネット」
 と、手を差し出す。
「ああ。こちらこそ。頼りにしてるよ、オルガ、クロト、シャニ」
 オルガの手を握るガーネット。かつての敵が握手を交わすその光景に、キラとラクスは感動
し、クロトは少し微笑み、ニコルはガーネットの手を握るオルガに、ちょっと嫉妬した。
 ちなみにシャニは、注文したフルーツパフェを夢中で食べていた……。



 アークエンジェルのモビルスーツ格納庫では、今、神を切り裂くための新たな『刃』が生まれ
た。
「こいつは、凄いな」
 目の前に立つ生まれ変わった愛機に、ムウ・ラ・フラガは驚嘆した。彼の隣では、エリカ ・シモ
ンズやマードック、そして、ケイ、ジャン、ガイスら整備士チームが誇らしげに笑顔を浮かべてい
る。
 一同を代表する形で、シモンズが説明する。
「これがパーフェクトストライクです。エール、ソード、ランチャー、全てのパックを装着し、使用す
る事が出来る、ストライクの最強形態。バックパックの同時使用のためのOS開発や、エネルギ
ーの容量アップなどに手間取りましたが、何とか間に合いました」
「これなら最新のモビルスーツにだって負けやしない。若い連中に負けず、頑張ってくださいよ、
少佐」
 そう言ってマードックが、ポンッ、とムウの肩を叩く。軍を抜けたムウはもう『少佐』ではないのだ
が、今までの習慣からか、マードックは未だにムウの事をこう呼んでいる。
「おいおい、『若い連中に』って、俺だってまだ充分、若いんだけどな」
 そう言いながら、ムウは彼らに感謝した。この機体なら、奴とも戦える。ムウの父のクローンに
して、彼の最大の宿敵。
『待っていろ、クルーゼ。今度こそ決着をつける!』



 食堂でのオルガたちとの語らいの後、ガーネットたちはアデスに呼ばれ、ヴェサリウスのモビ
ルスーツ格納庫にやって来た。マリューやナタル、バルトフェルドらも一緒である。
 一同はアデスに、一機のモビルスーツの前に案内された。
「これは……」
 キラは、このモビルスーツに見覚えがあった。コロニー・メンデルで彼の乗るジャスティスと死闘
を演じた機体だ。
「これはZGMF−X11A、オウガ。フリーダムやジャスティスと同じく、Nジャマーキャンセラーを
搭載したモビルスーツです」
 アデスが説明する。この機体、高性能なのだが操縦が非常に困難で、並のコーディネイターで
は性能を発揮できない。唯一操縦できるクルーゼがプロヴィデンスに乗り換えた為、ヴェサリウ
スの格納庫で眠っていたのだ。
「動くんですか? このモビルスーツ」
 キラがアデスに質問する。
「ああ、それは確認した。だが、問題はパイロットだ。並の者では動かす事も難しいし、かといっ
て、このまま倉庫の片隅で眠らせるのは惜しい」
 その言葉に、ナタルが頷く。
「確かに。それに今は一機でも戦力が欲しいところだからな」
「問題はパイロットだな。あのクルーゼでさえ手を焼いたほどのジャジャ馬だ。誰が乗るんだ?」
 バルトフェルドの質問に、皆が悩む。エースと呼ばれるパイロットたちは、既に乗る機体が決ま
っている。扱いなれた機体を捨ててまで、乗り換えさせる必要はないだろう。とはいえ、やはり勿
体ない。どうすれば……。
「でしたら、わたくしが乗りますわ」
 突然の一言。ピンクの髪をした『プラントの歌姫』が、とんでもない事を言った。
「なっ……ラクス、君が? それは、ちょっと危ないよ!」
「キラの言うとおりだ。ラクス、あんた、自分が何を言ってるのか分かってるのかい!?」
「分かっています、お姉様。ですが、キラやお姉様たちだけに戦わせて、わたくしだけ安全な所に
いるなんて、もう耐えられません。大丈夫、モビルスーツの操縦レクチャーは受けています」
「いや、そうじゃなくて、あのねえ……」
 珍しくうろたえるガーネット。他の面々も、必死にラクスを止めた。
 だが、彼女の決意は揺るがなかった。そして、
「分かったよ、ラクス。君が決めた事だ。君の好きにすればいい」
 ついにキラが折れた。
「だけど、これだけは約束して。絶対に僕の側から離れないで。君は絶対に死んじゃいけない。
死んでほしくない。だから、僕が必ず守る」
「キラ……。ええ、わたくし、あなたの側を離れません。わたくしの思いも、きっとあなたを守りま
すわ」
 ニッコリ微笑み、答えるラクス。こうなってはもう、誰にも彼女を止められなかった。
「ラクス、ガンバレ! ラクス、ガンバレ! ハロモガンバル!」
「まあ、ハロったら。あ、そうですわ、アデス艦長。一つ、お願いがあるのですが」
「はあ、何でしょう、ラクス様?」
「オウガの色を塗り替えてほしいのです。戦場のどこにいても、キラがわたくしを見つける事が出
来るように」
「はあ……。それで、何色に塗り替えますか?」
 ラクスはアデスの前に、丸い物体を差し出した。
「テヤンデエ!」
 ピンクのハロが勇ましく叫んだ。



 補給と修復作業、終了。全ての人類の希望を背負い、ディプレクター、地球軍、ザフトの連合
艦隊は、宇宙を行く。
 目的地は月。人類の、いや、全ての生命の未来をかけた戦いが始まる。



 月。
 日の光届かぬ闇の中、五つの影が集う。
 ラウ・ル・クルーゼ。
 ムルタ・アズラエル。
 リヒター・ハインリッヒ。
 シャロン・ソフォード。
 そして、ラージ・アンフォース。
 この闇世界に彼らが集うのは、決して珍しい光景ではない。だが、いつもと違う点が一つだけ
ある。今、ここにいる五人は全て『実在』しているという事だ。
「ふむ。何年ぶりかな? 我々全員が直接、顔を合わせるのは」
「私の知る限りでは、立体映像を使用せずに五人全員が集まったのは、初めてです。クルーゼ
様」
 シャロンが答える。
「ふーん。そういえば、僕が前にここに来た時は、サハク家の双子もいましたっけ。あの二人、死
んだそうですね?」
「はい、アズラエル様。先日、傭兵集団サーペントテールとジャンク屋の連合によって、拠点とし
ていた衛星軌道ステーション・アメノミハシラと共に全滅しました」
「やれやれ、情けない連中だ。彼らにはブルーコスモスを通じて、結構支援してたんですけどね
え」
 ため息をつくアズラエル。
「死んだ奴らの事など、どうでもいいでしょう。これからの事を考えましょう」
 リヒターが言う。と同時に、光が訪れ、闇が消えた。
 そこは広大な部屋だった。モビルスーツの二、三機は収まるほどに広い部屋。床も壁も全て機
械で埋め尽くされており、部屋の中心部には、人間の脳を収めた巨大な塔がそびえ立ってい
る。
 一同は膝を付き、塔に向かって頭を下げる。
「全員、揃ったな。ご苦労だった」
 塔に備え付けられたスピーカーから、男の声が響き渡る。クルーゼたちの主であり、神の中の
神を名乗る悪鬼、ダブルGの声だ。
「予想外のアクシデントが重なり、我々の世界抹殺計画、オペレーション・マサクゥルは修正を余
儀なくされた。だが、以前、人類の命運は我が手中にあり。私のオリジナルである『奴』の力が尽
きたその時、プログラムを再起動させて、全てのプラントやコロニーを地球に叩き落してやる!」
 それは人類の、いや、全生命体の滅亡を意味していた。だが、彼らに良心の呵責(かしゃく)も
躊躇(ためらい)も無い。なぜならそれこそがダブルGの、そして彼に仕える使徒たちの願いだか
ら。彼らはその為に、今まで働いていたのだから。
「私の計算によれば、『奴』の力が尽きる前に、ディプレクターの虫けらどもがこの月(ち)にたど
り着くようだ。小うるさい虫は叩き潰すが道理。お前たちにも働いてもらうぞ」
「「「「「ははっ!」」」」」
 五人は、声を揃えて頭を下げる。そして、ダブルGの魔声が響く。
「この世界を『殺して』やる! 全ての生きとし生ける者どもに、絶対なる死を与えてやる! パン
デモニウム、浮上!」



 月面、地球軍プトレマイオス・クレーター基地。
 地球軍にとって、宇宙での最大拠点であるこの基地も、ほとんどの機能が停止し、一時パニッ
ク状態に陥っていた。それでも基地司令官の迅速な対応によって、人々は何とか落ち着きを取
り戻していた。だが、
「……?」
「地震?」
 月に地震は無い。だが、確かに揺れている。地面も、建物も揺れている。しかも、だんだん大
きく、激しく!
 基地の床に巨大な亀裂が走る。そして亀裂の中、地面の底から『何か』が出てきた。
 その『何か』は、まるでロケットのような勢いで飛び出してきた。そして基地の床を突き破り、壁
を壊し、基地そのものを破壊した。それは一瞬の出来事だった。基地にいた全ての人間は、何
が起こったのかも分からないまま、瓦礫に潰され、宇宙空間に放り出され、死んでいった。
 惨劇の後、プトレマイオス基地のあった場所には、基地の代わりに巨大な建物がそびえ立って
いた。それはまさに要塞だった。壁は全て金属で出来ており、所々に巨大な砲塔が設置されて
いる。
 要塞自体の大きさも半端なものではない。旧プトレマイオス基地を完全に飲み込んでおり、そ
の威容は見る者を震撼させる。
 旧プトレマイオス基地の地下から現れた巨大要塞。これこそダブルGの居城にして、神の住ま
わす万魔殿、パンデモニウム。
 幕は上がった。あとは、戦うだけだ。

(2003・11/22掲載)
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