第29章
 アーマゲドン

 世界は、混乱の中にあった。
 宇宙から降りてきた二十の悪魔。そして、その口から吐き出される百の兵隊。ダブルGの尖兵
たちは、主の命令を忠実にかつ確実に実行した。森は焼かれ、建物は壊され、海には毒が撒か
れ、命ある者は人も、獣も、木々も、魚も、虫けら一匹に至るまで、容赦なく殺された。
 それら「世界の断末魔」は、世界中に放たれているアルゴス・アイを通じて、宇宙のダブルGに
伝えられていた。全ての生命たちの悲鳴と恐怖と絶望が、ダブルGの脳髄に響き渡る。
 リヴァイアサンの爆撃で子を殺された母の嘆きも、瓦礫の下にいる親を何とか助けようとする
子がズィニアによって射殺される惨劇も、手持ちの武器だけでズィニアに立ち向かう軍人たちが
無様に踏み殺される様子も、ダフルGは全て『見た』。そして一言、
「最高だ」
 至上の快楽に満ちた声で、はっきりと言った。
「何という幸福。何という安心。何という甘美! ああ、これこそ私の求めていたものだ! 世界
よ、滅びよ! 命よ、死に絶えろ! 断末魔という名の美しき歌声を上げて、私に至福の時を与
えてくれ!」
 そしてダブルGの関心は、目の前にいる敵たちに向けられる。
「ディプレクターよ。そして、それに手を貸す連合、ザフトの愚か者たちよ。いよいよお前たちが
死ぬ時が来た」
 ダブルGの肉体、エデン・ザ・パンデモニウムが動き出す。その巨大すぎる巨体に備え付けら
れた数え切れぬほどの砲門が、ディプレクター艦隊に向けられる。
「ああ、遺言などは考える必要は無いぞ。そんな物を書いても、読む者がいなければ意味はない
だろう? そう、これからお前たちは死ぬ。お前たちだけではない。人間は、命ある者たちは全
て死ぬ。みんな死ぬ。何もかも死ぬ。世界の全てが死に絶える。それがこの世界の運命。誰も
変える事が出来ない、歴史の終焉だ」
 何という暴論。だが、誰も反論できない。キラもアスランも、ムウもマリューも、ラクスもカガリ
も、全ての人間がダブルGの放つ重圧、いや、邪気と殺意に圧倒されていた。
 いや、違う。動く影が一つだけある。いかなる力にも決して屈せず、怯まず、立ち向かう鋼の意
志を持った二人の戦士と、その愛機だ。
「「ダブルG−−−−−−−−−−っ!!!!!!」」
 ガーネット・バーネットとニコル・アマルフィの叫びが重なる時、ダークネスは無限の力を得る。
その身に宿りし十二の魂が二人に力を与え、無敵の戦神が誕生する。
 ルシフェルから放り出されたシャロン・ソフォードを乗せたまま、ダークネスはエデン・ザ・パンデ
モニウムに突撃した。無数の光弾を全てかわし、≪ドラグレイ・キル改≫の刃を、敵の巨体に突
き立てる。
 だが、
「ほう、まだ抗うか。ガーネット・バーネットとニコル・アマルフィ。私に匹敵する天才、アルベリッ
ヒ・バーネットの娘と、そのパートナーとして選ばれた少年。さすがに諦めが悪いな」
 自身の肉体が傷付けられたのに、ダブルGはまったく動揺していない。小惑星にも匹敵するほ
どのその巨体にとって、≪ドラグレイ・キル改≫の一撃など、蚊に刺された程度にも感じないの
だろう。その口調からは、強者の余裕が感じられる。
 その余裕が、ガーネットには腹立たしかった。槍の刃先を更に深くめり込ませながら、ダブルG
に問う。
「世界を殺すだと? みんなを殺すだと? 一体、なぜ、そんな事をする!」
「神である私が、そう望むからだよ。それ以外に理由がいるか?」
「お前は神なんかじゃない! ジョージ・グレンの思考を受け継いだだけの、ただのコンピュータ
ーだ!」
 ガーネットの言葉は半分正解で、半分間違っている。確かにダブルGはコンピューターだが、
『ただのコンピューター』ではない。ファーストコーディネイター、ジョージ・グレンが木星探査から
の帰還後に、自身のクローン脳をシステムの中枢として作り上げた、究極のバイオコンピュータ
ーだ。
 ジョージ・グレンは、自分が危険な立場にいる事を知っていた。いつ殺されてもおかしくないと
いう事も。だから、自分が死んだ後の事を考え、自分の知識を受け継ぐ後継者、知識の倉庫と
してダブルGを作った。万が一自分が死んでしまっても、人類をよりよき未来へ導いてくれる道標
として、月の地下の秘密研究所で作り上げたのだ。
 同じ脳を持つせいか、ダブルGは本物のジョージ・グレンの脳と常時、『繋がって』いた。決して
目に見えぬ電気信号のような回線。人工的なテレパシー、といってもいいだろう。この不思議な
回線によって、ダブルGとジョージ・グレンは一心同体となった。ジョージが見たり聞いたりした事
は、全てダブルGの元へ最新の情報として送られ、彼を賢くしていった。
「そう、私は常にジョージ・グレンと一緒だった! 雨の日も、風の日も、そして、あの運命の日
も!」
 その日、反コーディネイターを訴える若者の凶弾が、ジョージの胸を撃ち抜いた。ジョージはほ
ぼ即死。ナチュラルとコーディネイターの共存を望み、人類の真の発展を願った男の、あまりに
悲しい最期だった。
「あの時、私に伝わってきたのだ。ジョージ・グレンが感じた苦痛、恐怖、失望、そして、自分を殺
した者たちに対する憎悪! そして私に教えてくれた! 人の命の脆さと、人間の愚かさを!」
 ダークネスの背後に迫る影。プロヴィデンスの主力武器である≪ドラグーン≫に似ているが、
大きさが違う。ダークネスとほぼ同じ大きさなのだ。
「!」
 トゥエルブ・システムによって感覚が増幅されているガーネットたちは、即座に危機を察した。
突き刺していた槍を抜き、巨大≪ドラグーン≫のビーム攻撃をかわす。
「ちっ、クルーゼの武器まで使えるのか。油断も隙も無いね!」
「当然だろう。私を誰だと思っている? ファーストコーディネイター、ジョージ・グレンの後継者に
して、世界の全てを支配する神、ダブルGだぞ。この程度の玩具など、使えて当然!」
 ダークネスの周囲を、巨大≪ドラグーン≫が取り囲む。
「三十機の≪ハイドラグーン≫による一斉攻撃、かわせるか?」
 ダブルGの嘲笑混じりの言葉と共に、≪ハイドラグーン≫はその銃口を光らせた。冷酷な光が
放たれる。
「ちいっ!」
「くっ!」
 ガーネットとニコルは唇を噛み締め、その攻撃をかわす。だが、敵の攻撃は止まらない。ビー
ムが本物の雨のように、いや豪雨のように降り注ぐ。ダークネスの翼や肩を、強烈なビームがか
すめる。
「ガーネットさん!」
 邪気の呪縛が解けたキラたちが、救援に向かう。ヴェガの≪マンダラ≫がプラズマフィールド
でダークネスを守り、ミーティア装備のジャスティスのビーム砲とアルタイルの≪アウン≫が≪ハ
イドラグーン≫を破壊した。
「ダブルG、覚悟!」
 アスランが乗るミーティア装備のフリーダムが、エデン・ザ・パンデモニウムに迫る。ミーティア
のビーム砲から巨大なビームサーベルを放出して、敵の巨体を切り裂く。
「今だ! 全機、全艦、一斉攻撃!」
 バルトフェルドの号令下、全ての機体がエデン・ザ・パンデモニウムへの攻撃を開始する。
「食らいやがれ、デカブツ!」
「おらおらあっ!」
 バスター・インフェルノのビームガトリングカノンと、カラミティの全火器一斉発射、更に、
「フレイ、行くぞ!」
「ええ!」
 ヴェガの≪マンダラ≫によって威力を高められたアルタイルの≪レーヴァンティン≫が、
「カノン、私たちも!」
「うん、分かってる!」
 イージスの≪スキュラ≫と、ブリッツの盾≪トリケロス≫のビームライフルが、
「はあっ!」
 パーフェクトストライクの≪アグニ改≫が一斉に火を吹く。それに続いて、
「「ゴットフリート照準、てーーーーーーっ!!!!」」
 アークエンジェルとドミニオンの主砲が同時に放たれる。
 クサナギ、ヴェサリウス、エターナルなど他の戦艦も、全ての砲をエデン・ザ・パンデモニウム
に向けて、発射。各軍のモビルスーツ部隊も、攻撃の手を緩めない。火力を集中して、エデン・
ザ・パンデモニウムに挑む。
 もちろん先陣に立つダークネスやジャスティスも、黙って見ていない。ダークネスは拳打で、ジ
ャスティスはビームサーベルでエデン・ザ・パンデモニウムに攻撃を続けている。
 皆、必死に戦った。この世界を守るために。大切な人たちを守るために。
 だが、現実は非情だった。
「で、お前たちは一体、何をしているのだ?」
 ダブルGの声には、絶対的強者の余裕が漂っていた。
 ディプレクターの総力を挙げた攻撃は、確かに敵を傷付けていた。ダメージを与えていた。人
間に例えれば、蚊に刺された程度のダメージを。
 敵があまりにも大きすぎるのだ。全長10km以上の超巨体には生半可な攻撃は通用しない。
エデン・ザ・パンデモニウムの巨体そのものが、ダブルGにとって最強の盾だった。
「皮膚を少し傷付けた程度で、このダブルGを、エデン・ザ・パンデモニウムを落とせるとでも思っ
たか? 私も舐められたものだな。では、夢見がちな諸君に、素晴らしいプレゼントをくれてやろ
う」
 エデン・ザ・パンデモニウムの船体の前方が、怪物の大口のように大きく開いた。いや、後方も
同じように開いていく。
 船体の前後両方が開かれ、中から巨大な鏡が姿を現した。
 鏡? いや、違う。それはこの場にいる全員が、よく知っている物に似ていた。
「! ガーネットさん、あれはまさか…」
「ジェネシス……! みんな、逃げろーーーっ!」
 ガーネットの叫びは間に合わなかった。前後二つの巨大鏡に膨大なエネルギーが伝えられ、
そして、
「≪カタストロフ≫、発射!」
 『破滅』の異名を持つ悪魔の兵器が、凶光を放つ。光はエデン・ザ・パンデモニウムの側で待
機していたズィニアたちまで飲み込み、ディプレクター艦隊に襲い掛かる。
「回避ーーーーっ!」
 各戦艦の艦長たちが指示を出す。アークエンジェル、クサナギ、ドミニオン、エターナルはかろ
うじて光をかわしたが、回避が遅かったヴェサリウスは光を受けてしまった。直撃こそ避けたも
のの、船体の左部分を失ってしまった。
「ぐっ……。総員、ただちに艦を脱出せよ!」
 乗艦の深刻なダメージを悟ったアデスは、全乗組員に脱出を命令する。
 だが、直撃を避けただけ、ヴェサリウスはまだ良かった。光の直撃を受けた戦艦やモビルスー
ツの乗組員たちは、大量のガンマ線を浴びて、肉体をはじけ飛ばせた。多くの人々が死に、機
体も消滅した。
「ふはははははははっ! 私からのプレゼントは気に入ってもらえたかな?」
 ダブルGの腹立たしい声が、戦場に響く。
「ジェネシスの基となったガンマ線照射装置は、もともとこの私、ジョージ・グレンが開発した物
だ。それに貴様ら如きに造れた物が、この私に造れぬはずがなかろう!」
 エデン・ザ・パンデモニウムの各部ハッチが開き、新たなズィニアの大軍が出て来た。≪カタス
トロフ≫の巻き添えとなった分を補充したのだろう。
「さて、余興の始まりだ。間もなく『奴』の力も尽きる。それまでの間、せいぜい楽しませてくれ。手
加減してやるから、簡単に死ぬんじゃないぞ」
 エデン・ザ・パンデモニウムの六本の巨腕が本体から離れた。同時にそれまで沈黙していた量
産型ルシフェルを先頭に、ズィニアたちが動き出す。
 攻撃、いや、遊戯(ゲーム)開始。ただし、「遊戯」なのはダブルGだけだが。



 シャロン・ソフォードの命の灯は、消えかけていた。
 機械化された体の各所から火花が飛び、体内の回路もボロボロだった。生命維持機能の低下
も激しく、呼吸も弱い。
 体の傷も深いが、心の傷はもっと深く、大きかった。今のシャロンには『生きよう』という意志が
無かった。自分の体も記憶もダブルGによって作り変えられたものだと知り、全てに絶望してい
た。何よりも誰よりも信じていた存在に裏切られた彼女の心には、悲しい風が吹いていた。
『…………もう、どうでもいい』
 ガーネットにもニコルにも聞こえないよう、心の中で呟いたシャロン。その眼に生者の輝きは無
い。
 全てを諦めていた。死にたかった。それが、人形である自分の末路としては相応しいと思っ
た。
 ……そうなのだろうか? それで本当にいいのだろうか?
 私にはまだ、やらなければならない事がある。やるべき事がある。そんな気がした。
 それが一体何なのか、シャロン本人にも分からない。だが、
『もう神様なんかに頼るな。自分の生き方は自分で決めろ。機械仕掛けだろうが何だろうが、そ
うやって生きるなら、お前は間違いなく人間だ』
 ラージ・アンフォースの最後の言葉が、彼女の心を揺さぶっていた。



 ダブルG軍団の激しい攻撃は続いていた。にも拘わらず、ディプレクターの戦力の大半は生き
ていた。いや、生かされていた。
 巨腕≪ガブリン≫の攻撃も、その影から現われるズィニアたちも、コクピットや動力部は狙わ
ず、頭部や手足など、決して致命傷にならない箇所ばかりを狙ってくるのだ。そして、抵抗も逃亡
も出来なくなったところで殺された。
「じわじわとなぶり殺しにするつもりか! 悪趣味な!」
 苛立つイザーク。彼も苦戦していた。彼とフレイの前には、六枚の翼を持つ深緑の機体が立ち
はだかっている。ダブルGの僕、量産型ルシフェル。全七機の内の一機で、左肩には『06』の番
号が書き込まれている。
 量産型ルシフェル6号機、その名はベリアル。腰部の≪ジークフリート≫二門と両肩のミサイ
ルポッド≪ファランクス・イェーガー≫が同時に火を吹く。
「やらせないわ!」
 フレイが即座に動く。ヴェガの≪マンダラ≫が、プラズマフィールドで攻撃を防ぐ。続いて、
「人形風情が、調子に乗るなあっ!」
 アルタイルの≪アウン≫が唸りを上げる。その攻撃のタイミングは絶妙かつ完璧なものだった
が、ベリアルはあっさりとかわした。そして両腕からビームの刃を放出し、アルタイルに切りかか
る。
「イザーク!」
「ちいっ!」
 アルタイルも腰のビームサーベルを抜き、ベリアルの攻撃を受け止めた。
「このっ!」
 ヴェガが肩のビームブーメラン≪バッセル≫を連発で放つ。素早く離れるベリアル。≪バッセ
ル≫は二つとも敵にかすりもせず、ヴェガの元に戻った。
「大丈夫、イザーク?」
「ああ。だが、気を付けろ。こいつ、ただの人形じゃないぞ!」
 それはフレイも分かっていた。ベリアルの動きは素早くかつ的確で、人工知能のレベルを超え
ている。まるで熟練のパイロットを相手にしているようだ。
 一方、キラとアスランも、ラクス、カガリ、ムウと共に五機の量産型ルシフェルと戦っていたが、
こちらも苦戦していた。『01』から『05』のナンバーを与えられた五機のルシフェルは、完璧なコ
ンビネーションでアスランのフリーダムを追いつめていた。
「くっ、こいつら、速い…!」
「アスラン、上!」
 キラの言うとおり、いつの間にかフリーダムの上方に量産型ルシフェルが一機、回り込んでい
た。≪エリミネート・フェザー≫が六十の眼を開く。
「アスラン!」
「くっ!」
 かわし切れないと判断したアスランはミーティアとフリーダムを分離させ、その反動でフリーダ
ム本体を敵の攻撃からかわした。だがミーティアは被弾。数え切れぬ程の風穴を開けられ、大
爆発した。
 フリーダム以上のスピードを誇るルシフェル軍団の前では、巨体のミーティアはいい的になって
しまう。キラのジャスティスも、既にミーティアを破壊され、単体で行動していた。
「アスラン、大丈夫か!?」
 カガリが通信を送る。
「大丈夫だ。カガリこそ無事か?」
「ああ。けど、こいつら、強い……!」
「確かにな。反応の速さも攻撃の的確さも、無人機とは思えない。それに、こいつらの動き、どこ
かで…」
 アスランの脳裏に、ある連中の姿が浮かぶ。地球でガーネットやカガリと共に戦った、『黄金の
亡霊』と名乗る傭兵集団。
「まさかこいつら、ゴールド・ゴーストのデータを!」
 アスランの推測は当たっていた。量産型ルシフェルの1号機ルキフグスから5号機リリスの五
機にはゴールド・ゴーストの五人のデータが組み込まれていた。
 ガーネットたちに敗れたとはいえ、彼ら五人の技量は超一流だ。また、機械化された事で感情
に左右される事が無くなり、冷静かつ的確に攻撃してくる。
「キラ、アスラン、それにお嬢ちゃんたちもよく聞け!」
 ムウが通信を送る。
「こいつらは手強い。バラバラに戦っても勝ち目は無い。俺たち五人の力を合わせて一機ずつ
仕留める。いいな?」
「はい!」
「了解した」
「わ、分かった!」
「分かりました。わたくしも力の限りを尽くします」
「いい返事だ。それじゃあ、行くぞ!」
 パーフェクトストライクの≪アグニ改≫が火を吹く。同時にフリーダム、ジャスティス、ストライク
ルージュ、オウガの四機が攻撃を仕掛ける。
 そして量産型ルシフェルの残る一機、7号機ベルフェゴールはゲイツ数機をいたぶりながら撃
墜。次の獲物として、ジュリエッタ姉妹のイージスとブリッツを選んだ。姉妹のコンビネーションも
あっさりかわして、右腕の≪ウルスラ≫でイージスを、左腕の≪ウラヌス≫でブリッツを攻撃す
る。
「うわっ! お姉ちゃん、このルシフェルモドキ、強い!」
「え、ええ、それにこいつの動き、ラージ先生の…!」
 ルミナの推測どおり、ベルフェゴールには姉妹の師、ラージ・アンフォースのデータが組み込ま
れている。
「先生を洗脳して、死に追い込んだだけでなく、まだ利用するというの……。許せない! 行くわ
よ、カノン!」
「うん!」
 怒りを胸に、双翼の死天使が飛ぶ。師の無念を晴らし、名誉を守るために。しかし、
「うっ!」
「ああっ!」
 敵は強い。イージスとブリッツの性能ではベルフェゴールの動きを捉える事さえ出来ない。
 量産型ルシフェルは予想以上の強敵だった。この強敵たちによって、キラたちディプレクター
の主力戦士の動きは、完全に封じられた。その間に他のモビルスーツや戦艦は、ズィニアの大
軍や巨腕≪ガブリン≫によって弄ばれ、撃墜されていた。≪ガブリン≫の鋭いビームクローが戦
艦の腹を抉り、ズィニアたちの攻撃がモビルスーツたちの手足を破壊し、最後にコクピットを打ち
抜く。
 戦場は、無力な者たちの処刑場と化していた。



 半壊したヴェサリウスからの避難者たちを収容したアークエンジェルにも、敵の魔手が迫る。
十数機のズィニアがアークエンジェルを包囲し、一斉にビームライフルを発射する。
 装甲の厚いアークエンジェルは、そう簡単には沈まない。陽電子破城砲≪ローエングリン≫を
放ち、ズィニアを撃墜するが、敵は次々と現れる。更に、
「敵の巨大アーム、接近!」
 レーダーで敵影を捉えたミリィが叫ぶ。
 巨腕≪ガブリン≫がアークエンジェルの正面に現われた。そして、猛スピードでアークエンジェ
ルに迫る。その爪で引き裂くために。
「回避!」
「ダメです、間に合いません!」
 ノイマンのその言葉と、接近する≪ガブリン≫の異様な姿に、マリューたちは死を覚悟した。そ
の時、ミリィはレーダーからの新たな情報を伝えた。
「!? 艦長、巨大アームの右前方に艦影を確認! この反応は……ヴェサリウスです! 巨
大アームに突っ込んでいきます!」
「何ですって!?」
 ミリィの言うとおり、半壊したヴェサリウスが≪ガブリン≫に突撃していくのが、肉眼でも確認さ
れた。
 マリューは急いで、ヴェサリウスに通信を繋ぐ。あの艦にはまだ一人、人が残っているのだ。
「アデス艦長、何て無茶な事を!」
「無茶は承知している。だが、これが私とこの艦に出来る最後の仕事だ」
 ヴェサリウスのアデスから返信。声は穏やかだった。
「そんな……。脱出してください! このままではあなたまで!」
「ここに来るまでに攻撃を受けてね。脱出艇は全て破壊された。まあ、この艦とも長い付き合い
だし、最後まで付き合うとしよう」
「アデス艦長!」
「さらばだ、アークエンジェル。地球を、プラントを、頼んだぞ!」
 アデスの叫びと共に、ヴェサリウスは≪ガブリン≫に体当たりした。爆発する両機。かつての
敵艦を救い、ヴェサリウスは炎の中に消えた。素晴らしき艦長の命と共に。
「アデス艦長……」
 マリューは静かに敬礼した。ノイマンやサイもそれに続く。ミリィは、戦友の死に一滴の涙を流
した。
「艦を転進! ドミニオン、エターナルと合流して、体勢を立て直す!」



 一つ、また一つ。
 多くの命が散っていく。
 シャロンにはなぜかそれが分かった。そして人が死ぬたび、彼女の空虚な心に『何か』が湧き
上がる。
 そして、彼女が乗っているダークネスの中からも、同じような『何か』が伝わってくる。それが何
なのかシャロンには分からなかったが、とても大切なもののような気がした。自分の成すべき事
が、そこにある気がした。
 その『何か』はシャロンを呼んでいた。耳では聞こえない声で、けれどとても暖かい声で呼んで
いた。
『誰? 私を呼ぶのは、誰?』
 彼女を呼ぶ声は一つだけではなかった。二つ、三つ………九つ、十、十一、十二。みんな、と
ても暖かい存在だった。
『私を呼んだのは、貴方たちね。私に、何を求めているの? 私に、何をさせたいの? ………
…いいえ、違う。君たちは、私に力を貸してくれるのね』
 十二の魂は頷いた。



 敵の猛攻によって、M1アストレイ部隊も、機体の半数を失っていた。それでもライズは、イリア
やジュリら生き残った者たちを集結させ、建て直しを図る。
 そこへ≪ガブリン≫が強襲。巨大ビームクローが、イリアが乗るパープルコマンドの背部を抉
り取った。
「うわっ!」
 バーニアを破壊され、動けなくなったイリア機に、今度はズィニア軍団の銃口が向けられた。
「……!」
 イリアの頬に汗が伝う。しかし、ズィニアたちの攻撃はライズ機のシールドが防いだ。
「殺らせるか!」
 ライズ機の≪ツインヘッドスネーク≫が、ズィニアを二機撃墜。アルル機とアサギ、ジュリ、マユ
ラたち三人が、残りの敵を一掃した。
「隊長、イリア、無事?」
 アルルが心配そうに声をかける。
「当たり前だ。こんなところで死んでたまるか」
「同じく。私もライズも、そう簡単には死なないわよ」
 頼もしい二人からの通信に、アルルはホッ、とした。
「うん、そうだね。二人とも、結構しぶといもんね」
 そうアルルが言った途端、ライズ機とイリア機のコクピットに風穴が空いた。
「…………えっ?」
 呆気に取られるアルル。そして彼女の眼前で、二機は爆発した。スクラップの影に隠れていた
≪ハイドラグーン≫からの攻撃だった。
「あ……あ…………あああああああああっ!!!!!」
 友の死に激昂するアルル。だが、隙だらけだ。≪ハイドラグーン≫の銃口は次にアルル機に
向けられたが、アルルは気が付かない。その眼から涙を流し、半狂乱になっている。
 間一髪、駆けつけたエリナのデュエルとヴィシア機が≪ハイドラグーン≫を破壊。アルルの危
機を救った。
「アルル、しっかりして、アルル!」
「エリナ……。死んじゃった、ライズとイリアが死んじゃったよ……」
「!」
「大切な友達だったのに……。幸せになってほしかったのに……。死んじゃったよ……。どうし
て、どうしてあの二人が、あんなに呆気なく、どうして!」
「アルル……」
「だが、俺たちに嘆いている暇は無い」
 ヴィシアの言うとおり、新たな敵影が迫っていた。
「部隊の指揮は俺が取る。エリナ、君はアルルを連れてクサナギに…」
「ううん、もう大丈夫。私も戦うわ」
 アルルが力強く返事をする。
「ホントに大丈夫なの、アルル?」
「辛いよ……。けど、立ち止まる訳にはいかない。負ける訳にはいかない。二人の分まで戦っ
て、そして、必ず勝つ! それがあの二人の友達として、今、私が出来る唯一の事だから」
 そう答えたアルルの言葉に、もう弱気は感じられなかった。
「分かった。それじゃあ、みんな、行くぞ!」
 ヴィシアの指揮の下、アストレイ部隊とデュエルが敵に挑む。かけがえの無い友の死を背負
い、彼らは戦場に向かう。未来を切り開くために。



 地球でも、宇宙でも、時に壮絶に、そして時に呆気なく、次々と命が散っていく。ダブルGの望
みどおりに。
「ふははははははは! 死ね、死ね、みんな死ね! どいつもこいつもみんな死ね! 死んでし
まえ! それこそが我が望み、それこそが我が快楽! 世界よ、私のために死に絶えろ! ふ
はははははははははははははっ!!!!」
 千を越える砲門が火を吹き、発射口からはズィニアたちや≪ハイドラグーン≫を次々と放ち、
ダブルGは狂喜していた。その狂喜を止めるべく、ダークネスが攻撃を繰り出すが、拳も蹴りも、
≪ドラグレイ・キル改≫の鋭い一撃も、エデン・ザ・パンデモニウムに大したダメージは与えられ
ない。敵があまりにも大きすぎるのだ。
「くそっ、このままじゃ、みんなが…! 何とかしないと、けど、どうすれば…」
「ガーネットさん、焦りや弱気は禁物ですよ」
「分かってる! けど、ニコル、このままじゃ!」
 さすがのガーネットも弱気な言葉をもらす。反撃の手段が、希望がまったく見えない。
「ふん。ようやく自分の無力を悟ったようだな、ガーネット・バーネット。ならば死ね。世界の全て
の命と共に死ぬがいい!」
 ズィニアの大軍と小型の≪ハイドラグーン≫数機が、ダークネスを包囲する。
「くっ……。なぜだ、ダブルG。どうしてお前は、全てを殺そうとするんだ! 人間だけじゃなく、動
物や植物まで殺そうとするなんて、一体なぜ!」
「理由は簡単。貴様らが『生きている』からだ」
「? それは、どういう意味だ?」
「言葉どおりの意味だよ。私は貴様らが生きている事そのものが、生命の存在そのものが気に
入らない、許せないのだ」
 ダブルGは、ファーストコーデイネイター、ジョージ・グレンの分身である。彼が暗殺された後も、
密かに世界を見続けてきた。
「ジョージ・グレンが死んだ後、若干の混乱はあったが、この世界は概ね平和だった。花は咲
き、鳥は空を飛び、動物たちは野を駆け回り、人々は笑顔を浮かべていた。そう、みんな平和だ
った。幸福だった」
 ダブルGは、一旦言葉を止める。そして、少しの間を置いた後、呟く。
「…………なぜだ?」
 その一言には、これまで以上の邪気と憎悪が込められていた。ガーネットやニコルの背筋にさ
え、冷たい悪寒が走る。
「なぜ、みんな笑っているのだ? なぜ、みんな幸福なのだ? ジョージ・グレンが死んだのに、
私が死んだのに、なぜ! なぜ、みんな生きているのだ! 私の人生は終わったのに、私の世
界は終わってしまったのに、なぜ、世界は存在しているのだ! なぜ! なぜ、どいつもこいつも
生きているのだ! なぜ、私が死んだ後も生きているのだ! 私を死に追いやった世界が、な
ぜ存在し続けるのだ! なぜ、なぜ、なぜ!」
 それは死者からの呪詛。生きる者への憎悪。そして、世界の全てを呪う歌。
「私が死んだ後も世界は存在し続ける。私が死んだのに、生きている者たちがいる。幸福な奴ら
がいる。不愉快だ。腹が立つ。許せない。絶対に!」
 ズィニアたちの攻撃。見事にかわしたダークネスの前に≪ハイドラグーン≫が立ちはだかる。
ビームを放つが、ダークネスはこれもかわした。
「だから殺すのだよ、この世界の全てを! 何もかも殺して、全てを殺して、そして私は、この世
界の『最後の生命』となる! 私の後には何も残さない! 希望も、未来も、何も残さない、残す
ものか! 私を死に追いやった世界に、そんな物は与えてやらん! 全て殺して、全てを消し去
る! それこそが私の望み、神の望みだ!」
 呪詛と憎悪を語りながら、ダブルGは攻撃を続ける。ズィニアと≪ハイドラグーン≫、そしてエデ
ン・ザ・パンデモニウムの無数の砲台が、ダークネスを追撃する。
「……何だ、そりゃ」
 ガーネットが呟いた。
「ん?」
「あんた、そんな下らない理由で、この戦争を起こしたのか。そんなバカバカしい理由で、大勢の
人たちを死に追いやったのか!」
「そうだ。それこそが私の望み! そして、この世界の運命! 全てを殺し、全てを終わらせてや
る! ふはははははははははははははっ!!!!!」
「………ニコル」
「何も言わなくていいです。僕も……同じ気持ちですから」
 二人の気持ちは一つとなった。そう。こいつだけは、この悪魔だけは、絶対に許してはならな
い。己のエゴで世界を滅ぼそうとし、多くの命を死に追いやってきた、こいつだけは!
 槍を一振り。≪ハイドラグーン≫を全機、撃墜する。
 拳と蹴りを繰り出す。追ってきたズィニア十数機を全て粉砕する。
 迫り来るミサイルも、砲台も、同じように全て叩き潰した。
「む……!?」
 ダブルGの声に、初めて動揺らしきものが込められた。
「行くよ、ニコル! この腐りきった悪魔を倒す!」
「ええ、行きましょう! 僕もトゥエルブも、お付き合いします!」
 ダークネスの赤い眼と胸が、更に赤く輝く。白い翼が羽ばたき、天高く飛んだ後に急降下。エデ
ン・ザ・パンデモニウムの巨体に突撃する。
 今までに吸収した全ての攻撃エネルギーを右腕に、そして≪ドラグレイ・キル改≫の刃先に集
め、敵の装甲を貫く。そして、そのまま敵の体内を突き進む。エデン・ザ・パンデモニウムの分厚
い装甲を、まるで豆腐を貫くかのように容易く貫き、反対側から出て来た。
「ぬうっ! き、貴様あっ!」
 初めてダメージらしいダメージを受けたダブルGが、怒りを露にする。
「覚悟しな! あんたのそのデカすぎる体を穴だらけにしてやる!」
「あなたは、その腐り果てた悪しき心と共に死ぬべきです!」
「調子に乗るなよ、小娘、小僧! 貴様らなど、私が本気になれば!」
「ハッ、やれるものなら、やってみな!」
 再度、突撃するダークネス。エデン・ザ・パンデモニウムの猛攻撃を全てかわして、またもその
巨体を貫く。
「ふん。それで、私にダメージを与えているつもりか? こんな小さな穴をいくつ開けても、私には
通用せんぞ!」
 ダブルGの言うとおりだった。二つの風穴はエデン・ザ・パンデモニウムの巨体から見れば、針
の穴程度の小さな物だ。動力部や中枢部を破壊しない限り、有効なダメージは与えられないだ
ろう。
 だが、この巨体では、どこに動力部や中枢部があるのか分からない。トゥエルブによって増幅
された感覚をもってしても、相手が大きすぎるためか、その位置は不明。手当たり次第にやるし
かないのだ。
 問題は、ガーネットとニコルの体がどこまで持つかだ。かなり慣れてきたとはいえ、長時間のト
ゥエルブの使用は、肉体に大きな負担をかける。
「ニコル、あんたには悪いけど、とことんやるよ! こいつだけは、絶対に許せない!」
「何を今更。行きましょう!」
 命の尽きるまで、戦う覚悟を決めた二人。その時、
「…………ダブルG。貴方は、私にとって『神』でした」
 沈黙していたシャロンが、口を開いた。
「ん? その声はシャロンか。まだ生きていたのか」
 ダブルGの暴言。だが、シャロンの耳には届いていないのか、彼女は独白を続ける。
「貴方は私を救ってくれた。貴方に仕える事が私の喜びだった。貴方のために戦う事が私の幸
福だった。貴方は私を、新世界の女王にしてくれると言った。嬉しかった。貴方に認めてもらえた
と思ったから。でも……」
 シャロンは唇を噛み締める。生命の輝きが失われたその眼に、わずかだが輝きが戻る。
「貴方は私を騙していた。私は、私は……」
 顔を俯かせるシャロン。哀れなほどに落ち込んだ彼女に、ダブルGは残酷な言葉を浴びせる。
「そう、お前はただの人形だ。エクスペリエント・システムを運用させるための生体ユニット。それ
がお前だ。お前とロディア、ラージのおかげでルシフェルは強くなり、通じて私も強くなれた。見
よ、このエデン・ザ・パンデモニウムを! この力、この体、全てはお前たちのおかげだ。感謝し
ているぞ。地獄に落ちても存分に誇るがいい。ふはははははははははははっ!!!」
 そのあまりな言葉に、ガーネットが怒る。
「貴様あっ! 自分のために戦ってくれた奴に対して、よくもそんな事を!」
「事実を言ったまでだ。それにちゃんと『感謝している』と言ったぞ。人形ごときには充分すぎる賛
辞だと思うが」
「ダブルG、お前は!」
「許せませんね。絶対に!」
 怒るガーネット。ニコルも同じ気持ちだ。
「…………私は考えました」
 シャロンが口を開いた。その口調はガーネットたちとは正反対に、とても穏やかなものだった。
「ラージ・アンフォースは言いました。自分で考え、行動するのなら、私も人間だと。だから私は考
えました。貴方の忠実な使徒ではなく、一人の人間として。そして、結論を出しました」
 シャロンの眼の輝きが増した。その輝きは強く、激しく、生命ある者の眼、強き心を持つ者の眼
となった。
「私は間違っていました。そして、貴方も間違っています。私も貴方も、もう死んでいる。死んでい
る人が、生きている人たちの邪魔をしてはいけない。この世界は、今を必死で生きている人たち
のものです。それをつまらない嫉妬で滅ぼそうとする貴方は、絶対に間違っています!」
 その叫びと同時に、ダークネスの眼と胸が、更に赤く輝いた。そしてガーネットとニコルの肉体
に今までにない力が伝わる。
「! こ、これは……ガーネットさん!?」
「この感じ、トゥエルブが……暴走? いや、違う、これは…」
 トゥエルブの十二の魂以外に、もう一つ、強い輝きを持つ魂を感じる。十三番目の魂、それ
は、
「シャロン!?」
 ガーネットは、隣にいるシャロンに眼を向ける。彼女は何も言わず、まっすぐに正面を見てい
る。
「……分かった。一緒に戦おう、シャロン。あんたの怒りも悲しみも、私たちと一緒だ! ニコル、
心を研ぎ済ませろ! シャロンが私たちを導いてくれる!」
「はい!」
 二人の、いや、二人と十三の魂が一つとなる。人の限界を超えた感覚が、魂が、エデン・ザ・パ
ンデモニウムの奥底に位置する邪悪な存在を『感じ取った』。
「そこだあっ!!!!!!!」
 ダークネスが飛ぶ。雨霰と降り注がれる光弾もミサイルも、ズィニアたちの攻撃も、ダークネス
を止める事は出来ない。目指す場所は唯一つ、世界を滅ぼさんとする巨悪の急所!
「「「はあああああああああああっ!!!!!!!!」」」
 ガーネット、ニコル、シャロン。共に戦う三人の声が重なる。そして全てのエネルギーが≪ドラ
グレイ・キル改≫の刃先に伝わり、敵を貫く!
「なっ!」
 ダブルGは驚愕した。ダークネスの槍が突き刺さった位置は、彼の唯一の急所の真上。そして
そのまま、巨体を突き進んで来る。
「ま、待て! 止まれ、やめろ、やめろーーーーーーっ!!!!!」
 ダブルGの叫びは届かない。突き進むダークネス。そして≪ドラゴンフライ・キル改≫の刃先
は、ついに目標にたどり着いた。
 巨大な部屋の中心部。水槽のような機械の中で、溶液に包まれ、浮かぶ脳髄。これがダブル
Gの本体。
 それを、貫く!
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
 醜い断末魔。
 そのまま貫き通し、ダークネスは船体の反対側から脱出した。同時に≪ドラグレイ・キル改≫
の刃先が砕け散る。カイン・メドッソの最高傑作も、エネルギーを集めすぎたため、ついに耐性
の限界を超えてしまったのだ。
 だが、その甲斐はあった。強大なる邪神の肉体、エデン・ザ・パンデモニウムは完全に停止し
ていた。
「ガーネットさん……。やりましたね。僕たち、勝ったんですね?」
「ああ、私たちの勝ちだ。みんなシャロンのお陰だよ。ありがとう、シャロン。本当にありが……」
 と、ガーネットはシャロンの方を見る。彼女の瞼は閉じられていた。最後の一瞬、誰よりも強く
生命の輝きを放ったその眼は、二度と開かれる事はなかった。
「シャロンさん……。僕たちの為に…」
 シャロンの体は激しく傷付き、既に限界だった。彼女は全て承知の上で、ガーネットたちに力を
貸してくれたのだ。トゥエルブの一部となって、ガーネットたちをダブルGの本体に導き、勝利をも
たらした。
 最後の最後で、彼女は『ダブルGの使徒』という名の人形ではなく、一人の人間として考え、戦
い、そして、生涯を終えた。その顔には、彼女がずっと求め続けていた『もの』が浮かんでいた。
「……笑ってますね、シャロンさん」
「ああ。いい笑顔だ。ありがとう、シャロン・ソフォード」



 この戦いは、アルゴス・アイによって全世界に中継されていた。
 ディプレクターが無様に壊滅する様を見せて、人々に絶望を与えるための中継だったが、ディ
プレクターの奮闘とその勝利は、まったく逆のものを人々に与えた。
 そしてダブルGの死と共に、彼の僕であるズィニアやリヴァイアサンは次々と機能を停止した。
動かなくなった機械たちの隣で、人々はガーネットたちの勝利を喜んだ。
 キラたちのいる戦場も同様だった。皆、突然停止した敵に驚き、そして間もなく、自分たちの勝
利を知った。皆が喜び、ガーネットとニコルを称え、そして、死んでいった者たちに哀悼の意を捧
げた。
 戦いは、終わったのだ。



「……ふ、ふはははははっ、ふははははははははははははっ!!!!」
「! その声は…」
「ダブルG! バカな、まだ生きて…」
 驚くガーネットたちに、ダブルGは憎悪に満ちた言葉を吐く。
「死なんよ、いや、死んでたまるか! 私はまだ、世界を殺していない!」
 脳を砕かれ、肉片になりながらも、ダブルGは死んでいなかった。その嫉妬と憎悪を晴らすた
め、地獄の淵から這い上がってきたのだ。
「落ちてやる! あの青く醜い星に落ちてやる! この強大な肉体をもって、全てを灰にしてや
る! ふはは、ははは、はーっははははははははははははははははっ!!!」
 憎悪の化身、ダブルGを乗せて、エデン・ザ・パンデモニウムは動き出した。目標は地球。目的
はその巨体を地球に打ち付ける事。そして、地上の壊滅!

(2003・12/13掲載)
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