最終章
 愛しき女神よ、安らかに…

「ふははははははははははっ!!! 死ね、死ね、死ね、死ね! どいつもこいつもみんな死
ね! 無様に、激しく、全て滅びてしまえい! ふはは、はははははは、あーはははははははは
はははは!!!!!」
 地獄から這い上がってきた狂鬼、ダブルGを乗せ、エデン・ザ・パンデモニウムは地球へと向
かう。その巨体をもって、あの青き星を穿つために。
「そうは…」
「させるか!」
 キラのジャスティスとアスランのフリーダムが、その後を追おうとする。だが、彼らの前に、七つ
の深緑の影が立ちはだかる。
「量産型ルシフェル!」
「こいつら、まだ邪魔を…!」
 この七機だけではない。一度は機能を停止したズィニアたちも、再び動き出して、戦いを挑ん
できた。
「ったく、しつこい奴らだね! 人間が乗ってれば、説得とかも出来るんだけど、ホント、無人機っ
てのは!」
「言っても仕方ありませんよ、ガーネットさん。早くこいつらを片付けてダブルGを追いましょう!」
「分かってるよ、ニコル。それじゃあ…行くよ!」
 ダークネスの眼と胸が、再び赤く輝く。



 地上では、一足早く、地獄絵図が描かれていた。降下したリヴァイアサンやズィニアたちが
次々と自爆し、都市に多大な被害を与えていたのだ。
 燃え盛る町の中を逃げ惑いながら、人々は理解した。ダブルGは全ての滅びを望んでいる。敵
も味方も、そして自分自身をも含めた、全ての死を。
 そしてその望みは、間もなく現実になろうとしている。全長10km以上のエデン・ザ・パンデモニ
ウムが地球に落下すれば、その激突による地震、津波、自然環境の悪化によって地球は人
の、いや、生物の住めない星になるだろう。
 宇宙にあるプラントやコロニーに直接的な被害は無い。だが、反地球を訴えながらも、彼らは
地球を愛していた。そこは彼らの先祖たちが生まれた星であり、魂の故郷とも言うべき地。それ
が消え去る事が人々の心にどんな影響を与えるのか。決していい結果にはならないだろう。人
はまだ、地球から巣立てるほど、精神が成熟していないのだ。
 ジョージ・グレンの記憶を持つダブルGは、それを知っている。だから地球を狙うのだ。人々の
心から『地球』を消し去り、絶望をもたらすために。
「ダブルG、もう一人の私よ……」
 誰も知らない、とある宙域に浮かぶ宇宙船。その中に収められている『脳』が、思考で呟く。
「人を憎み、生きとし生ける者全てを呪う、愚かな存在。もしかしたら私が、そうなっていたのかも
しれない。お前には同情する。だが、お前の行いを許す事は出来ない。たとえお前が『私』であっ
ても」
 希望はある。小さい、けれど、確かな力を持った、心正しき者たちが。
「頼むぞ、ディプレクター。この世界を救ってくれ!」



 エデン・ザ・パンデモニウムが地球に向かってから、既に二時間が経過していた。だが、ディプ
レクターは未だ月軌道上にいた。
「くそっ、こいつら、キリが無い!」
「ガーネットさん、上です!」
「分かってる!」
 上方から撃ってきたズィニアに突進、拳打で粉砕する。
「ったく、こんなところで足止め食ってる場合じゃないのに!」
 ダブルGの置き土産、次から次へと現れるズィニア。その大軍にガーネットたちが苦戦している
間に、エデン・ザ・パンデモニウムの姿は、はるか彼方に去ってしまった。このままでは…!
「ミリィ、奴は今、どの辺りにいる?」
 ガーネットは、アークエンジェルのミリィに通信を送る。
「敵の現在位置は月(ここ)から13万km、地球から約26万kmぐらいよ。けど……物凄いスピ
ード…。このままだと、あと四時間で地球に到達するわ!」
「月から地球まで、わずか六時間ですか。無茶苦茶なスピードですね」
「ああ。あと四時間か……」
 微妙な時間だ。今からすぐに後を追って、追いついたとしても、相手はあの巨体だ。破壊する
のに時間が掛かるだろう。手間取っていれば、奴は地球に落ちてしまう。
 早く後を追わなければならないのだが、問題は無人機たちだ。ズィニアは指揮官であるダブル
Gがいないせいか、動きに戦術性は無く、ただこちらに向かってくるだけ。射撃の精度やスピード
など、個々の能力も落ちている。だが、とにかく数が多い。一体一体を相手にしていたら、到底
間に合わない。
 そして量産型ルシフェル。人間のデータを埋め込まれている為なのか、ダブルGの命令が無く
ても、自己で判断し、行動できるらしく、その戦闘力は衰えていない。どちらも厄介な相手だ。ど
うする?
「バルトフェルド艦長、エターナルを貸してくれないか? それから、キラ、アスラン、イザーク、フ
レイ、ラクス。あんたたちにも手伝ってもらうよ」
「? ガーネットさん、一体何をするつもりなんですか?」
「大博打だよ、ニコル。地球の運命をかけた、ね」
 そう言ってガーネットは、笑顔を浮かべて『眠って』いるシャロンの顔を見た。
「あんたの命と心、無駄にはしない。してたまるか!」
 エターナルに帰還したガーネットは、シャロンの遺体を降ろし、バルトフェルドに作戦の詳細を
伝え、了承を求めた。それを聞いたバルトフェルドは一言、
「面白いな」
 と言った。その隣では、ギャンブル好きのエミリア・ファンバステンが、呆れたように彼らを見て
いた。
「まったく、どいつもこいつも。戦士っていうより、ギャンブラーだね。……それも最強の」



 エデン・ザ・パンデモニウムの前を遮る物は無い。小惑星にも匹敵するその巨体は、凄まじい
速さで地球に向かっている。
 地球まで、あと15万km。青き惑星は、自らを滅ぼさんとする悪魔の前に、その美しい姿を晒
していた。
「醜い。何と醜い星だ」
 ダブルGは吐き捨てるように言った。正確には彼が「醜い」と思っているのは地球ではなく、そ
こで生きる生命たちであった。まあ、彼らを育む地球という星を嫌っているのも確かだが。
「殺してやる。滅ぼしてやる。地球も、そこに住む全ての生命も!」
 その時、エデン・ザ・パンデモニウムの高感度レーダーが、接近してくる艦影を捉えた。数は
一。データから推測すると、艦はエターナル。ディプレクターが所有する艦の中で、最も速く飛行
する艦だ。もの凄いスピードで、エデン・ザ・パンデモニウムに接近してくる。そのスピードは、エ
デン・ザ・パンデモニウムを圧倒的に上回っている。
「バカな! エターナルの最高速度はこちらより劣るはず、それなのに、このスピードは…!?」
 ダブルGの言うとおり、エターナルでは、エデン・ザ・パンデモニウムに追いつく事は不可能だ。
だが、今のエターナルには、強力な『援軍』が付いている。艦に取り付いている六機のモビルス
ーツ。彼らの動力部とエターナルの動力部が、太いパイプによって結ばれている。六機のモビル
スーツのエネルギーを、エターナルのエネルギーとして使用しているのだ。
 六機のモビルスーツの内、フリーダム、ジャスティス、アルタイル、ヴェガ、オウガの五機は核
を動力とするNジャマーキャンセラー搭載機。それに高出力太陽電池≪アポロン≫で、光あると
ころ無限のエネルギーを得るダークネスが加わった事で、エターナルもまた、無限の力を手に入
れた。
 エターナルの艦橋、普段はラクスが座っている席にガーネットが、操舵席にはニコルが座って
いる。今、この艦に乗っているのは、この二人だけだ。バルトフェルドたちを他の艦に避難させた
後、二人はトゥエルブの補佐によってエターナルを操縦し、ダブルGを追った。流し込まれる膨大
なエネルギーにエターナルの動力部も悲鳴を上げたが、ガーネットたちはエネルギーを微妙に
調整しながら、超高速を保ち続け、遂に追いついた。
「ガーネットさん、エターナル、自動操縦システムに切り替えました」
「よーし、行くよ、ニコル! これが本当に、最後の戦いだ!」
 二人はダークネスに乗り移った。同時に、エターナルと各モビルスーツを繋いでいたパイプが
強制的に切断され、六機のモビルスーツが宇宙に舞う。
 エターナルはそのまま直進。敵の攻撃をものともせず、エデン・ザ・パンデモニウムの後部にあ
る≪カタストロフ≫の発射口に体当たり。≪カタストロフ≫を巻き込んで、大爆発した。
「うおおおおおおっ! き、貴様ら、どこまでも私の邪魔を!」
 強力な武器を破壊されて、激昂するダブルG。その眼前で、
「当然だ。とことん、やらせてもらうよ!」
「同じく!」
 ガーネットとニコルのダークネスが、
「この世界を、滅ぼさせはしない!」
 キラのジャスティスが、
「コーディネイターの祖である貴様の悪行は、同じコーディネイターであるこの俺が裁く!」
 アスランのフリーダムが、
「行くぞ、ダブルG! フレイ、油断するなよ!」
 イザークのアルタイルが、
「分かってるわよ。あんたこそ、私たちの足を引っ張らないでよ!」
 フレイのヴェガが、
「これが最後の戦いです。わたくしたちは、絶対に負ける訳にはまいりません。あの青き星に住
む人たちのために、宇宙に住む人たちのために、必ず勝利を掴み取りましょう!」
 ラクスのオウガが身構える。そしてそれぞれ銃を、剣を手にし、拳を握り締める。
「ザコ共が、調子に乗って! いいだろう、ならば、あの青く醜い星を殺す前に、貴様らを殺して
やる!」
 エデン・ザ・パンデモニウムが高速移動形態から変形。全砲門を開き、五本の腕を持つ戦闘
形態となる。
 さらに船体前方が大きく口を開く。ガンマ線レーザー砲≪カタストロフ≫だ。地球に撃つつもり
だったのだろうか、既にエネルギーはチャージされている。
「消し飛べい!」
 悪魔の巨光が放たれた。ジャスティスたちは即座に射線から離れる。が、一機だけその場に
残っている。ダークネスだ。破滅の光を恐れる事無く、白き翼を広げ、左腕を前方にかざす。
「殺す? 私たちを? 死にぞこないの欠陥コンピューターが? ふん、笑えないジョークだね」
 ダークネスの左腕≪ヘル≫。それは自分に向けられた敵意を地獄に送る、無敵の『盾』。≪カ
タストロフ≫の放った絶大なエネルギーは、全て吸収された。
「生憎だけど、お前なんかに殺されてやるほど、私たちはヤワじゃない。死ぬのはお前の方さ、
神様気取りのガラクタ野朗!」
 ≪ヘル≫が吸収したエネルギーは、トゥエルブ・システムの働きによって、即座に右腕に送り込
まれる。ダークネスの右腕の名は≪ヘヴン≫。立ちはだかる者全てを倒し、天国への門を開く
拳。
「お前を倒し、そして、私たちは未来を掴む! 行くよ、キラ、アスラン、フレイ、ラクス、イザー
ク、そして、ニコル!」
「はい!」
「分かった!」
「ええ!」
「お姉様、共に参りましょう!」
「ああ、任せろ!」
「ガーネットさん、いつでもどうぞ!」
「よーし、それじゃあ……突撃!」
 ガーネットの号令下、六機のモビルスーツは飛び立つ。倒すべき敵を倒すために、この世界を
守るために。



「≪ローエングリン≫、てーっ!!!!」
 ナタルの声と共に、ドミニオンの主砲が放たれた。射程内にいたリヴァイアサン五番艦『ギニア
ス』はその直撃を受け、大爆発する。
「お見事。さすがは元アークエンジェルの副長殿だ」
 ナタルの隣の席に座る男が、賞賛の言葉を送る。
「『砂漠の虎』に褒めていただけるとは、光栄です」
「そのあだ名も、もう意味が無いな。今は宇宙にいるし」
 そう言って、バルトフェルドは微笑した。エターナルをガーネットたちに提供した後、彼は乗組員
の半分を連れて、この艦に乗せてもらった。なお、もう半分の乗組員は、ダコスタに率いられ、ク
サナギに乗っている。
「しかし、何ともおかしな話だねえ。元ザフトの俺が地球軍の、しかも、ついこの間まで戦ってい
た艦に乗っているなんて」
「嫌なのですか?」
「その逆だよ、バジルール艦長。ナチュラルとコーディネイターが手を取り合える世界。そんな夢
みたいな世界が、現実になりそうな気がしてね」
「…………私も」
「ん?」
「私も、そうなればいいと思います。その為に、私に出来る事をするつもりです」
 そう答えたナタルの顔に、迷いは無かった。彼女の『本気』はバルトフェルドにも伝わり、彼に
優しい微笑を浮かべさせた。
「いい返事だ。では、まずはこの戦いに勝利する事だ。生き残らなければ、未来を手にする事は
出来ん」
「もちろんです。≪ヘルダート≫、一番から四番、てーっ!!!」
 接近してきたズィニアに、ミサイルの雨を降らせる。
 戦況はディプレクターが優勢だった。指揮官のいない無人機ズィニアは、もはや烏合の衆であ
り、次々と落とされていた。母艦であるリヴァイアサンも、5番艦『ギニアス』に続き、最後まで残
った九番艦『ジャミトフ』も、フラガのパーフェクトストライクの≪シュベルトゲベール≫によって両
断され、撃沈。敵の数は着実に減っていた。
 だが、強敵もまだ残っている。深緑の悪魔たち、量産型ルシフェル。『双翼の死天使』と呼ばれ
たジュリエッタ姉妹も、追い詰められていた。
「くっ……!」
「もう、どうしてこっちの攻撃が当たらないのよ!」
 当たらないのも当然だ。今、姉妹が戦っているルシフェル7号機・ベルフェゴールには、彼女た
ちの師、ラージ・アンフォースのデータが組み込まれている。データには、ラージが教えたパイロ
ットたちのクセや弱点も組み込まれており、姉妹の行動パターンは完全に読まれているのだ。
 六枚の翼が六十の眼を開く。≪エリミネート・フェザー≫発射。姉妹が乗るイージスとブリッツ
は、懸命に避けるが、その逃走ルートは読まれていた。
 ブリッツの前にベルフェゴールが立ちはだかる。その両腕から、巨大なビームの刃を放出す
る。
「!」
「カノン!」
 助けようとするルミナだが、先の攻撃を避けた際に、ブリッツと距離が離れてしまった。間に合
わない。
 直後、ブリッツの脳天に振り下ろされるはずだったベルフェゴールの腕が、光に消えた。続い
て強烈なビームがベルフェゴールの胴体を貫き、機体を爆発させた。ラージ本人ならば不意の
攻撃も察して避けただろうが、所詮は機械仕掛け(ニセモノ)という事か。
「おーい、大丈夫か、お二人さん?」
 援護射撃をしたバスターから、ディアッカが通信を送る。続いて、その隣にいるカラミティのオ
ルガからも、
「ったく、世話焼かせるんじゃねーよ、バカ女ども!」
 と、心温まる通信が送られた。これに対するジュリエッタ姉妹、特にカノンからの返事は……記
すまでもないだろう。その後に起こった口喧嘩。女二人と『口で』互角に渡り合うオルガに、ディア
ッカは尊敬の念を抱いた。
 量産型ルシフェル、残り六機。その内の一機である6号機・ベリアルは、現在、カガリのストライ
クルージュと交戦中。パーフェクトミラージュコロイドを使い、音も立てずにルージュの背後に回り
込む。だが、
「そこだ!」
 その眼にSEEDの光を宿したカガリは素早く反応する。即座に振り返ったルージュがビームラ
イフルを発射。透明となっていたベリアルの動力炉を正確に貫き、爆発させた。
 たとえ姿を隠していても、敵の行動パターンさえ読めれば、その位置は予測できる。更に、こち
らが『隙』というエサを見せれば、必ず食らいついてくる。自殺行為に近いが、パーフェクトミラー
ジュコロイドを破るにはこの方法しか、死中に活を求めるしかないのだ。
「カガリ様、ご無事ですか!?」
 乱戦の中、はぐれていたアサギ、ジュリ、マユラのM1アストレイが駆けつけてきた。
「何とかな。他のみんなは?」
「皆さん、ご無事ですし、頑張ってます。フラガさんがルシフェルを一機、落としました」
 と、ジュリが言う。ここへ来る途中、フラガのパーフェクトストライクが、量産型ルシフェル3号機
ベールゼブブをビームサーベルで切り裂いた瞬間を目撃したのだ。
「私も一機、倒した。残りはあと四機だな。みんなと合流して、一気に叩くぞ!」
「はい!」
 返事をする三人を連れて、カガリは敵を探す。その心の中には、ここより更に過酷な戦場へ向
かった、友の姿が浮かび上がる。
「ガーネット、キラ、アスラン、みんな……。絶対に、絶対に帰って来い! 絶対だぞ!」



 壮絶な戦いの最中でも、エデン・ザ・パンデモニウムの動きは止まらない。着実に地球へと向
かっていた。
 それを食い止めるべく、全ての力を使って戦う六機のモビルスーツ。いずれも地球圏最強クラ
スの機体であり、パイロットたちも超一流である。だが、彼らの力をもってしても、エデン・ザ・パ
ンデモニウムは止まらなかった。所々を負傷しながらも、地球へと向かう。
「死に絶えるがいい、人間ども! そして、全ての生命よ! 私の心に、最後の安らぎを与える
ために!」
 地球に向かって、そう叫ぶダブルG。その発言からは、自分の事しか考えていない悪魔のエゴ
を感じさせる。
「そんな事、させるものか!」
 キラのジャスティスが飛ぶ。続いて、
「お前などに、地球は壊させない!」
 アスランのフリーダムも行く。両機、同時に攻撃。ビームライフルも含めた全ての砲門からビー
ムを発射。エデン・ザ・パンデモニウムの胴体を撃ち抜く。
 爆発。だが、それでもエデン・ザ・パンデモニウムは止まらない。この渾身の一撃も、奴にとっ
ては虫に噛まれた程度のものらしい。
「無駄だ無駄だ! 貴様らのような不完全で不誠実な生き物に、神であるこの私は止められぬ
よ!」
「私たちが不完全で不誠実だと? どういう意味だ!」
「言葉どおりの意味だよ、ガーネット・バーネット。かつて私は人類の未来の為に、コーディネイタ
ーという『可能性』を与えた。だが、その可能性を、親は己のエゴを満足させるためにしか使わ
ず、そうして生まれてきた者たちもエゴの塊として育ち、ナチュラルを見下し、争いの種をばら撒
く! 全てを自分たちより劣る者のせいとして、自分たちの未熟を認めようとせず、相手を殺そう
とする! これを不完全と言わずして何と言う?」
「うっ……」
「! ぬうっ……」
「…………」
 アスランとイザーク、ニコルが沈黙する。ナチュラルを敵視し、ザフトの一員として、彼らと戦っ
てしまった者たち。
「平和を歌いながらも戦いの場に赴き、愛する者を抱くその手で武器を取り、人を殺す事で大切
なものが守れると思い、戦火を広げる! これを不誠実と言わずして何と言う?」
「うっ……」
「それは……」
 キラとラクスも沈黙する。友を守るためとはいえ、本当の平和をもたらすためとはいえ、戦い続
けてきた者たち。
「ナチュラルもそうだ! コーディネイターの能力に嫉妬し、敵視し、滅ぼそうとする! 同じ『人
間』であるとは考えず、人殺しを続ける! コーディネイター以上に愚かな存在だ!」
「くっ……」
 フレイも沈黙する。父の影響もあったが、コーディネイターを嫌い、憎んできた少女。
「そんな愚かな貴様らが未来を作るだと? 地球を守るだと? 笑止! 貴様らにそんな力は無
い! 知恵も無い! 資格も無い! これから地球は死の星となるが、全ては貴様ら人間の愚
かさによるものだ! 死ね、そして、滅びろ!」
 誰も言い返せない。そして、誰もダブルGを止められない。エデン・ザ・パンデモニウムは悠然
と地球に、
「させるかあっ!!!!!!」
 ガーネットが吠え、ダークネスが飛ぶ。輝く右拳、インフィニティ・ナックルが敵の装甲を貫き、
爆発させる。
「うぬうっ! ガーネット・バーネット、貴様はあっ!」
「確かに私たちは不完全で不誠実な存在だ。でも、不完全だからこそ、不誠実だからこそ、私た
ちはまだ滅びるわけにはいかないんだ! 奪ってしまった命に償うために、そして!」
 ダークネスが再び翼を羽ばたかせる。
「その先にある未来を掴むために、不完全でも、不誠実でも、それでも私たちは生きる! 生き
てみせる!」
「ガーネットさん……」
 ニコルは嬉しくなった。どんなに絶望的な状況でも、この人は諦めない。どんな辛辣な現実に
も、この人は負けない。希望を抱き、人間を信じ、そして、未来を掴み取ろうとする。
 この女性を好きになって良かった。この女性に愛されている事が嬉しかった。
「ほざくな! 貴様らはここで死ぬのだ!」
 エデン・ザ・パンデモニウムからの砲撃。更に、五機の≪ガブリン≫がダークネスに迫る。砲撃
はかわすが、≪ガブリン≫の攻撃からは逃げられない。取り囲まれ、鋭い巨爪がダークネスに
迫る。
「そうはさせない!」
 ニコルの心にダークネスが、トゥエルブが応えた。今まで以上の速度を発揮して、≪ガブリン≫
の攻撃を回避する。そこへ、
「ガーネットさん!」
「させるか!」
 キラのジャスティスが、アスランのフリーダムが、イザークのアルタイルが、フレイのヴェガが、
ラクスのオウガが集合。それぞれの最強武器で≪ガブリン≫全機を粉砕した。
「ぬうっ! き、貴様ら、まだ抵抗するつもりか!」
「ふん、当然だ! 俺たちはこんなところで死ぬわけにはいかないからな!」
 イザークが言う。続いてアスランが、
「奪ってしまった命のためにも、俺たちは未来を作らなければならない。それに俺たちには、帰り
を待っている人たちがいる。俺たちを信じてくれる人たちがいる。だから、絶対に負けるわけに
はいかない!」
 と叫ぶ。脳裏にオーブの姫君の顔が浮かび上がる。
「これ以上、憎しみの連鎖を繋げないために、悲しみを生み出さないために、わたくしたちは戦
います。未来を信じて!」
 その眼にSEEDの光を宿したラクスがそう言うと、キラも頷く。
「僕たちがここまで来たのは、お前に殺されるためじゃない! お前を倒して、コーディネイターと
ナチュラルが手を取り合える未来を作るためだ! それは簡単じゃないけど、それでも僕たちは
やってみせる!」
 そしてフレイは、過去の自分を思い返しながら言う。
「私はコーディネイターが大嫌いだった。パパを殺したのもコーディネイターだった。けど、私を支
えてくれた人も、愛してくれた人もコーディネイターだった。私もその人たちを愛している。だか
ら、私は信じる。ナチュラルとコーディネイターは分かり合える、一緒に生きていけるって。その
為にも、ダブルG、あんたを倒すわ!」
 彼らの心に、もう迷いは無い。ニコルと同じように、ガーネットの魂の叫びが彼らの闘志を蘇ら
せたのだ。
 全機、攻撃再開。エデン・ザ・パンデモニウムに次々と攻撃を浴びせる。オウガの≪ヴァルキリ
ー≫が装甲に穴を開け、その穴にジャスティスとフリーダムがビームを打ち込む。正確無比な射
撃で、穴からは爆炎が上がる。
 アルタイルとヴェガは、≪レーヴァンティン≫と≪マンダラ≫による合体攻撃を繰り出す。一発
だけでも砲身に大きな負担がかかるのだが、イザークは二発、三発と発射する。
「イザーク、無茶しすぎよ!」
「うるさい! それに、今、無茶しないでどうする!」
 フレイの静止を無視して、イザークは攻撃を続ける。≪レーヴァンティン≫の砲身は限界に近
いが、イザークは攻撃の手を緩めない。
 ダークネスも、敵の凄まじい弾幕を潜り抜け、拳打や蹴撃で戦う。インフィニティ・ナックルで装
甲を突き破り、動力部を破壊した。
 だが、それでも、
「ふははははははははっ!!!! 殺す、殺す、全てを殺す!」
 エデン・ザ・パンデモニウムは止まらない。
「なっ……!」
「どうして、どうして止まらないんだ!?」
 敵の異常さに、アスランもキラも顔を青ざめる。中枢である脳を失い、動力部まで破壊された
のに、なぜ動く? まるでダブルGの執念と憎悪が乗り移り、動かしているかのようだ。いや、も
しかしたら本当にそうなのかもしれない。
 ついにエデン・ザ・パンデモニウムは、地球の衛星軌道上に達した。阻止限界点まで、あとわ
ずか。ここで破壊しなければ、地球は……!



「よし、アルル!」
「はい!」
 ヴィシアとアルルが乗るパープルコマンドが、量産型ルシフェル1号機・ルキフグスに攻撃を仕
掛ける。敵の攻撃をかわしながら、腰の実装剣≪ムラマサ≫を抜き、懐に飛び込む。そして、ル
キフグスの翼と腕を切り落とす。
「今だ、エリナ!」
 ヴィシアの掛け声で、後方に待機していたエリナのデュエルが突撃する。
「オッケー、これでとどめ!」
 ミサイルとレールガンで牽制しつつ、最後はビームサーベルでルキフグスの胴体を両断した。
爆発するルキフグス。
「お、そっちも片付けたか」
 ムウのパーフェクトストライクが三機に近づき、通信を送る。
「ええ、何とか。フラガさんの方は?」
「何とか仕留めた。ディアッカや双子ちゃんたちにも手伝ってもらったがね。これで、あのやっか
いなのは全滅だ。あとはザコの大掃除だな」
「そちらの方も、大分片付いたぞ」
 カガリのストライクルージュもやって来た。
「おう、姫様も無事だったか。これで後は…」
 ムウは地球に目を向ける。カガリたちも同じ思いで、青く美しい星を見る。
「カガリ様、彼らは大丈夫でしょうか?」
 と、ヴィシアが尋ねる。
「当然だ」
 カガリは即座に答えた。その返答の速さに、ムウが苦笑する。
「まあ、ヴィシア君はあいつらとは付き合いが短いから、不安になるのも無理はないか。けど、心
配ない。あいつらなら必ずやってくれる」
「ですが、フラガさん。あのバケモノを、たった六機のモビルスーツで止められるとは…」
「心配ないわよ、ヴィシア」
 と、エリナからの通信。
「あそこにはラクス様がいる。そして、ラクス様が信頼している人たちがいる。キラ・ヤマト、アスラ
ン・ザラ、そして、『漆黒のヴァルキュリア』ガーネット・バーネットとその恋人、ニコル・アマルフィ。
イザークお兄ちゃんやフレイさんだっているのよ。このメンバーで負けるはずが無いわ!」
 断言するエリナ。ムウとカガリ、アルルも頷く。
「…………そうか。だったら、俺も信じよう。あの七人を」
 ヴィシアは願った。彼らの勝利を。そして、英雄たちの生還を。



 半壊しながらも、エデン・ザ・パンデモニウムは突き進む。目的地は地球。あの星の全ての生
命に死を与えるために。
「ふははははははっ!!! 殺してやる、殺してやるぞ! 私を殺したこの世界を、私を忘れた
人間どもを殺す! 終わらせてやる!」
 ダークネスたちの攻撃により、エデン・ザ・パンデモニウムは戦闘力を失っていた。中枢部も動
力部も破壊された。それなのに止まらない。止められない。キラとアスランの顔に、焦りの色が
浮かぶ。
「そんな、このままじゃ、地球が!」
「くそっ! どうにもならないのか!」
「諦めてはなりません。わたくしたちが諦めたら、それこそ全てが終わってしまいます」
 二人を叱咤するラクス。
「けど、ラクス、どうやってあいつを止めるのよ? いくら攻撃しても、あいつは止まらない。どうす
ればいいのよ!?」
 フレイが悲鳴のような声で問う。その質問に対する回答は、ラクスは持っていなかった。
「ゴチャゴチャ言ってる場合か! 止められないというのなら、徹底的に破壊してやる!」
 イザークはそう言うが、アルタイルの≪レーヴァンティン≫は無茶な連発のせいで砲身が焼き
付いてしまい、使用不可能だ。他の機体の武器も似たようなものだった。打つ手が無い。このま
ま黙って、見ているしかないのか?
「…………フリーダムを自爆させる」
「アスラン!?」
「それしか方法は無い。奴の内部で核爆発を起こし、内側から破壊する。完全に破壊する事は
無理だとしても、細かい破片にするくらいなら出来るだろう。あの巨体を直撃させるより、被害は
少ないはずだ」
「でも、それじゃあアスランは!」
「他に方法は無い。キラ、お前たちは下がれ!」
 悲壮な決意を固めるアスラン。そこへ、
「まあまあ、ちょっと落ち着きなよ、アスラン」
 と、軽い口調の通信が入る。ダークネスのガーネットからだ。
「命を粗末にするんじゃないよ。あんたには待っている奴もいるんだろう?」
「けど、これしか方法が…」
「思い込みが激しくて、可能性を狭めるのは、あんたの悪いクセだ。大丈夫、まだ手はある。な
あ、ニコル?」
「ええ。ですがそれには、皆さんの協力が必要です。皆さん、手伝ってもらえませんか?」
「わたくしたちに出来る事なら、何でも致します。それで、何をすればよろしいのですか?」
「簡単だ。みんなでこのダークネスを攻撃しろ」
「!?」
「そして、あんたたちの全ての力を、願いを、私たちに預けてくれ」



 ついにエデン・ザ・パンデモニウムは阻止限界点を突破した。これでもう、奴の地球落下は防
げない。たとえ破壊しても、その破片が地球に降り注ぎ、甚大な被害を与えてしまう。
「待たせたな、地球の虫ケラども! いよいよ死ぬ時間だ! 私と共に地獄へ行くがいい!」
 勝ち誇るダブルG。だが、その後方から流星のごとく迫り来るモビルスーツが一機。
「逃がさないよ、ダブルG!」
「あなたを地球へは行かせません!」
 ダークネスだ。高速移動形態のエクストリーム・モードのまま、エデン・ザ・パンデモニウムの内
部に突入する。戦闘能力を失っているエデン・ザ・パンデモニウムにそれを止める術は無く、容
易く内部に侵入された。だが、ダブルGは焦らなかった。
「しつこい奴らだ。その執念は褒めてやる。だが、たった一機で何が出来るというのだ? 既に
阻止限界点は突破した。地球は滅びる! 私の勝ちだ! ふはははははははははははははは
はっ!!!!!」
「阻止限界点? あんたの勝ち? そんなの、いつ、誰が決めた?」
「何?」
「少なくても、僕たちじゃありませんね。そして、あなたに勝利など訪れない。絶対に!」
 ガーネットもニコルも諦めていなかった。ダークネスは突き進み、エデン・ザ・パンデモニウム
のほぼ中心部にたどり着いた。エクストリーム・モードを解除し、腕を伸ばす。その右拳は、熱く
激しく輝いている。
「なるほど。味方に攻撃させて、エネルギーを蓄えたか。だが、その程度のエネルギーでこの私
を破壊する事は出来ん。さっきから言っているだろう、貴様らにはもう…」
「黙れ」
 ガーネットの静かな声が、ダブルGの話を止めた。
「あんたの言ってる事は百も承知だ。この程度のエネルギーではあんたを壊せない事もね。で
も、別にいいんだ。みんなの思いは受け取ったし、それにこれはシステムを起動させる為の『切
っ掛け』にすぎないからね」
「切っ掛け、だと?」
 ガーネットの言うとおり、キラたちの攻撃を吸収したのは、インフィニティ・ナックルのシステムを
起動させるためのもの、いわば準備段階に過ぎない。これからが本番だ。
「ニコル……」
「ガーネットさん……」
 見つめ合う二人。言葉はいらない。二人とも、覚悟は出来ている。それは二人だけでなく、ダー
クネスに宿り、二人と共に戦ってきた十二の心と、新たに加わった十三番目の魂も一緒だった。
「シャロン、トゥエルブのみんな、私たちに力を貸してくれ!」
 ダークネスが右拳を握り締める。拳の輝きが一段と増す。インフィニティ・ナックルだ。しかし、
ダブルGの言うとおり、この程度のエネルギーではエデン・ザ・パンデモニウムの巨体を破壊す
る事は出来ない。
「「はあああああああああっ!!!」」
 だが、次の瞬間、ガーネットとニコルの叫びと共に放たれた拳は、右のインフィニティ・ナックル
ではなかった。左腕≪ヘル≫の拳が、何と、ダークネスの胸に突き刺さった!
「! な、何だと!」
 さすがのダブルGも驚きを隠せない。目標を誤ったのか、それとも自殺? いや、ガーネット・
バーネットとニコル・アマルフィの二人に限って、『自殺』(それ)は絶対に無い。
「ニコル!」
「はい!」
 ダークネスの胸の奥には、ある装置が埋め込まれている。翼の太陽電池≪アポロン≫が作り
出した電気エネルギーを蓄えておくための特殊回路。ダークネスの胸にめり込まれた左拳の先
には、その回路があった。
「≪ヘル≫で≪アポロン≫からの電気エネルギーを吸収! そして、トゥエルブでコントロールし
て、≪ヘヴン≫に送り込みます!」
 太陽電池≪アポロン≫は太陽の光ある限り、無限の電気を作り出す。その電気を≪ヘル≫で
吸収し、≪ヘヴン≫の攻撃エネルギーとする。インフィニティ・ナックルには無限のエネルギーが
注ぎ込まれ、文字通り、無限の破壊力を持つ拳となる!
 無限のエネルギーを糧として、無限の破壊力を生み出す拳。これこそがアルベリッヒ・バーネッ
ト博士が生み出したインフィニティ・ナックル本来の姿。いわば真のインフィニティ・ナックル。キラ
たちに攻撃させたのは、攻撃エネルギーを吸収する事で起動する≪ヘル≫を動かすためのも
のだったのだ。
「さあ、受けてもらうよ、ダブルG!」
「僕たちの、そして、この世界のみんなの願いが込められた…」
「「この、一撃を!!!!!」」
 太陽のごとく輝く真のインフィニティ・ナックルを、床に打ち込む。途端にその拳から膨大なエネ
ルギーが放出され、怪物のように荒れ狂う。
「ぬ、ぬおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
 悲鳴を上げるダブルG。そのあまりに膨大なエネルギーは、金属をも灰にするほどの超高熱と
化し、エデン・ザ・パンデモニウムの中を駆け巡り、焼き尽くしていく。全てを灰にするために。
「き、貴様ら、何を考えているのだ! こんな事をすれば、貴様らも無事では済まんのだぞ!」
 ダブルGの言うとおりだった。
 これだけの高エネルギーを精製し、放っているダークネスも無事ではない。右腕も、胸に突き
刺している左腕も、機体全体が火花を発している。今すぐにも爆発してもおかしくない。
 これがアルベリッヒ博士が、真のインフィニティ・ナックルを正式武装にしなかった理由だった。
トゥエルブ・システムをもってしても、完全にコントロール出来ないほどのエネルギーと破壊力。そ
の反動に機体が耐え切れないのだ。
「ぐっ、うううううううう……!」
「うあっ、くう…!」
 ガーネットとニコルの肉体にも、大きな負担が襲い掛かっている。いや、負担などという生易し
いものではない。二人の命を奪いつくすほどの激痛と高熱だ。
「そこまでしてなぜ、私の邪魔をする! なぜ、人間などを救おうとする! 人間などという下等
生物を、貴様らは、なぜ!」
「はっ。そんなの、決まってるじゃないか」
 激痛に耐え、ガーネットが微笑を浮かべる。美しい微笑だった。
「私も、ニコルも、トゥエルブのみんなも、シャロンも、人間だからさ。そして、あんたと違って、人
間を信じている。その醜さも、愚かさも含めてね」
 長く辛い戦いの中でガーネットは多くの悲しみと出会い、成長した。彼女と共に戦ってきたトゥ
エルブも、そして、彼女を敵としていたニコルやシャロンも同じように成長し、一つの思いを抱い
ていた。
 人間が好きだ。
 バカバカしいぐらいに単純な、されど真理にも等しい思い。
「なっ……! バ、バカな事を。たとえ私が滅しても、この世界に争いの種は確実に撒かれてい
る! 一時の平和の後、人はまた争い、そして、いずれは滅びる! そんな愚かな連中を信じる
と…」
「そうなるかもしれませんね。けど、そうならないかもしれません」
 ニコルも微笑む。その優しい言葉に、ガーネットは頷く。
「何か起こったらその時は、また戦ってやるさ。でも、未来の事なんて誰にも分からない。だか
ら、それを確かめるためにも、私たちはここで終わるわけにはいかないんだ。そして…!」
 ボロボロになったダークネスが立ち上がる。そして、残された力を振り絞り、拳を振り上げ、
「「私たちは行く! 終わらない未来へ!」」
 最後の一撃を叩きつける!
「ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ
っっ!!!!!!!!」
 太陽のごとき灼熱が、凄まじき激震が、エデン・ザ・パンデモニウムの全身を駆け巡り、焼き尽
くし、そして、塵に変えていく。
「こ、こんな、バカな…。神であるこの私が、こんな……人間の小僧と小娘ごときに……なぜ…
…。敵を…侮ったからなのか、そ…れ…とも……」
 自分が敗れた理由を問いながら、史上最高のバイオコンピューター、ダブルGは消滅した。そ
の巨体と、限りなき憎悪と共に。
 凄まじい閃光と灼熱の炎に包まれ、エデン・ザ・パンデモニウムは光の中に消えた。わずかに
残った破片も、大気圏突入の際に全て燃え尽きた。
 地球は、救われたのだ。
 この『奇跡』とも呼べる出来事を、キラたちは遠くから見ていた。
「ガーネットさん、ニコル……」
 二人の名を呼ぶキラの目から、一筋の涙が流れた。
 アスランも、イザークも、フレイも、そしてラクスも泣いた。最後の瞬間まで人間を愛し、信じてく
れた素晴らしき二人のために。



「サヨウナラ」
「サヨウナラ」
「一緒ニ戦ッテクレテ、アリガトウ」
「僕タチニ、チカラヲ貸シテクレテ、アリガトウ」
「大好キダッタヨ、オ姉チャン、オ兄チャン」
「ダカラ、サヨウナラ」
「モウ会エナイケド、チョットダケ、サビシイケド」
「デモ、オ別レスルネ」
「サヨウナラ」
「サヨウナラ」
「サヨウナラ」
「サラウナラ」
 戦う事を宿命づけられ、それでも人を愛し続けた無垢な魂たちが、天に昇っていく。
 そして、












「戦いは終わりました。ですが、わたくしたちは、共に多くの犠牲を出してしまいました」
 地球とプラントの平和条約締結式典の席で、両者を仲介したディプレクター代表、ラクス・クラ
インは演説を述べた。
「ダブルGの暗躍があったとはいえ、この戦争を始めてしまったのは、お互いの誤解と憎しみに
よるものです。この悲しき戦争を教訓として、ナチュラルとコーディネイターが支え合って共に生
きる、新たな未来を築きましょう。それが、この戦争で失われた命に報いる事であり、これから生
まれてくる新しい命を守る事なのです」
 割れんばかりの拍手が、式典会場を包み込む。
 秘書役のエリナに連れられ、ラクスは地球と宇宙の要人たちの間を笑顔で歩き、挨拶をする。
その美しい顔を、狙撃銃のスコープが捉えた。冷酷な狙撃手が引き金に指をかけた次の瞬間、
「!」
 狙撃手は気絶した。
「ふう、危なかった」
 キラ・ヤマトはホッと一息ついた。同時に耳のイヤホンから通信が入る。
「何とか間に合ったようだな、少年」
「ギリギリでしたけどね。エミリアさんの作ったスタンガンの威力は凄いですね。犯人の身柄も確
保しました。そちらへ連行します」
「上出来だ。必ず背後関係を吐かせてやる」
「よろしくお願いします、バルトフェルドさん。いえ、護衛隊長」
「君もよろしく頼むよ、ディプレクター護衛部隊のエース君」
 通信を切り、キラはラクスの方を見た。偶然だろうか、お互いの眼が合った。
 ニッコリと微笑むラクス。キラも微笑を返す。
 戦争は終わったが、本当の意味での平和はまだ訪れていない。だからキラはここにいる。平
和への道標である愛しい人を守るために。



 戦火に焼かれたオーブでは、復興作業が執り行われていた。
 その指揮を取るのは、アスハ家の若き当主にしてオーブの新代表、カガリ・ユラ・アスハ。まだ
まだ未熟な面もあるが、キサカやエリカ、アルル、ヴィシア、ナナイ、アサギ、ジュリ、マユラたち
優秀なスタッフが彼女を支える。そして、カガリの側には常に、
「カガリ、あまり根を詰めるのはよくないぞ。少し休憩しよう」
「ああ、ありがとう、アスラン」
 彼女が最も愛する少年と、
「アスラン様〜〜〜〜〜!」
 友人であり、恋のライバルでもある少女の姿があった。



 オーブの郊外にある墓地には、新たな墓標が立てられた。ライズ、イリアらオーブの軍人だけ
でなく、ディプレクターの一員として戦い、死んでいった者たちも葬られている。
 サイとルミナ、そしてディアッカとミリィは、彼らの墓に花を供えに来た。だが、そこには先客が
来ていた。
「よお」
 オルガがぶっきらぼうに挨拶する。背には小さなバックを背負っている。
「治療は終わったのか?」
 と、ディアッカが訊く。連合軍のブーステッドマンであったオルガは、薬物の投与などによって、
肉体が激しく傷付いていた。そのため戦後、オーブの病院で治療していたのだ。
「まあな」
「そうか。それで、これからどうするんだ?」
「世界を見て回ろうかと思ってる。俺たちが、そして、こいつらが守ったこの世界をな」
 そう言ってオルガは花を供えた墓たちに眼を向ける。墓石にはそれぞれ『クロト・ブエル』と『シ
ャニ・アンドラス』の名が刻まれていた。
「そうか。……じゃあな」
「ああ。じゃあな」
 戦友と短い挨拶をかわし、オルガは去って行った。男の別れに、言葉はいらない。



 オーブ同様、プラントでも復興作業が行なわれていた。
 不要となった宇宙要塞を工場としたり、軍事基地の跡地に農場や公園を作ったり……。やる
事は多いが、人々の顔はとても明るい。
 新しく造られた公園の一つでは、大勢の子供たちが遊んでいる。イザークはベンチに座り、そ
の平和な光景を眺めていた。
「どうしたのよ、ボーッとして」
 彼の隣に座っている赤髪の少女が尋ねる。
「いや、平和だなあ、と思ってな。母上が見たら、喜んだだろうな」
 そう言ったイザークの眼は、少し悲しみを宿していた。
「イザーク……」
 その眼を見たフレイは言葉に詰まってしまった。そこで、
「!」
 抱きしめた。
「フレイ、みんなが見てるぞ」
「そうね」
「恥ずかしいんだが」
「じゃあ、やめる?」
「………………いや、いい」
 穏やかな時が流れる。



 平和は訪れたが、新たな戦乱の種は芽生え始めていた。
 弱体化した大西洋連邦に対するユーラシア連邦の干渉。アフリカやオセアニアでも、小さな混
乱が起きているし、ナチュラル至上主義を掲げるブルーコスモスの残党もいる。
 それらに対処する為、連合軍に復職し、少将に抜擢されたマリュー・ラミアスは多忙な日々を
送っていた。だが、苦ではなかった。ナタル・バジルール大佐を始め、彼女の理解者は大勢いた
し、何より彼女には、愛する人がいるから。
 今、彼はカリフォルニアで新兵の教官を勤めている。時代が落ち着いたら、二人は結婚する約
束を交わしていた。マリュー・ラミアスが、マリュー・フラガとなる日は、そう遠くはない。



 とあるプラントの墓地。
 戦後、そこに真新しい墓が立てられていた。
 『ラージ・アンフォース』。
 『シャロン・ソフォード』。
 そして、名も無き十二の墓石。
 プラントの偉大なる科学者、アルベリッヒ・バーネットの墓の隣に築かれたこの墓たちは、いつ
も綺麗に掃除され、花が絶える日は無かったという。



 アルベリッヒの墓があるプラントには、人工の湖があった。とても美しく、政治家や芸能人の別
荘も建てられている。
 湖の側にある森の奥の小さな別荘も、その一つだ。今、ここには一組の中年夫婦が住んでい
る。夫は、その頭には白いものが混じっているが、顔立ちは優しく、温厚な人柄が見て取れる。
 彼は美しい妻と共に、ここで静かに暮らしていた。世間から忘れられたこの別荘に訪れる者な
どいない。だが、今日は違った。
 玄関のチャイムが鳴った。待ち望んでいた来客の訪れに、夫婦は笑みを浮かべ、ドアを開け
る。
 そこには、二人のよく知る人物が立っていた。
「ただいま、父さん、母さん」
 彼は二人の息子だった。
 夫婦の息子は、一人の少女を連れて来ていた。
 緊張しているのか、少女は、将来の義理の両親に対し、勢いよくペコリと頭を下げる。そして、
「は、初めまして。私はガーネット・バーネットといいまして、その、ニコル、いえ、息子さんには
色々とお世話になりまして、あの、その…」
 と、しどろもどろな挨拶をする。
 愛くるしいその様子に、ニコルの父ユーリ・アマルフィと、母ロミナ・アマルフィは思わず微笑
む。そして、ロミナはガーネットを優しく抱きしめた。
「初めまして。そして、お帰りなさい。ガーネットさん」
 その言葉には、最高の愛情と感謝が込められていた。
 そう、今日からここが、ガーネットの新しい家。そして、彼らが新しい家族なのだ。
 ガーネットは涙を流した。嬉しかった。だから、彼女もまた、精一杯の愛情と感謝を込めて、答
えた。
「………はい。ただいま」
 と。
 新しい『家族』の誕生を、ユーリとニコルは心から喜んだ。



 森の奥から、小鳥のさえずりに混ざり、心優しき少年が奏でるピアノの音が聞こえてくる。
 心から愛する人たちに見守られ、少年は歓喜のピアノを引く。
 森は、今日も平和だった。
 そして、この世界も。


機動戦士ガンダムSEED鏡伝
哀黒のヴァルキュリア

End

(2003・12/20掲載)
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