第4話
 素晴らしき鎮魂曲(レクイエム)
(ymaさん&はるかさんのリクエストより)

 その日、シンガポールの片隅に建つ孤児院に、一通の手紙が送られてきた。
 差出人は不明。中身は手書きの手紙が一枚と、先日、この町にやって来たサーカスへの招待
状。枚数は、大人二枚と子供二十二枚。ご丁寧に孤児たち全員と他二名を合わせた、この孤児
院にいる全員分の枚数である。
 そして、手紙の内容は、

 《気晴らしにどうぞ》

 これだけであった。
 こんな怪しげな手紙が送られれば、誰だって警戒する。この孤児院の職員であり、手紙を受け
取った当事者、エリー・クローバーも当然驚き、そして、なぜこんな物が送られてきたのか疑問に
思った。
 そういえば、つい最近読んだミステリー小説に、これと似たような内容の事件があった。おいし
い話で関係者たちを建物から誘い出したその隙に、お宝を頂こうとする泥棒の話。それを思い
出し、ゾッとしたエリーは、院長のリンダ・エスタルに相談する。彼女は少しだけ考えた後、
「心配ないよ。折角のご招待なんだ、行っといで」
 と、あっけらかんと言った。
 まあ確かに、この孤児院には泥棒が狙うようなお宝は無い(断言)。そういう点では安心だが、
それではなぜ、この手紙の送り主はチケットを送ってきたのだろうか? 二十人以上のチケット
代もバカにならないはずだ。何か、とんでもない事を企んでいるのではないだろうか? そう心配
するエリーにリンダは苦笑して、
「そんなに言うなら、私がここに残るよ。あんたはボウヤたちと一緒に楽しんできなさい」
 と、留守番を引き受けた。その頼もしい言葉にエリーはようやく安心して、子供たちと一緒にサ
ーカスに向かった。
 今日もシンガポールの町は暑く、そして、清潔だ。西暦時より受け継がれている道端にはゴミ
一つ落ちていない。道にゴミを捨てたり、唾を吐き捨てるだけでも罰金を取られ、西暦時には「Fi
ne Country」(美しくも罰金の多い国)とも呼ばれていた町。住みにくいという人もいるが、エリ
ーはこの町が好きだった。治安も良く、何よりも平和だったからだ。
 前大戦時、このシンガポールを統治する赤道連合は中立を宣言し、この町も戦火から逃れて
いた。だからエリーもこの町に腰を落ち着けたのだ。
 だが、大戦末期、ダブルG軍団の無人戦艦リヴァイアサンの攻撃を受け、更にリヴァイアサン
の自爆により、町の半分は焦土と化した。
 幸いエリーたちのいる孤児院は無事だったし、エリーも子供たちも生き延びる事ができた。し
かし、町全体を見れば多くの犠牲が出ており、シンガポールの人々の心には、未だ癒されぬほ
どの大きな傷が刻み込まれた。町を歩く人たちの顔も、少し暗い…はずなのだが、今日はそうで
はなかった。足を進める度に、暗い顔をした人の数が少なくなっている。特に子供たちはワイワ
イ騒ぎ、笑顔を振りまいている。
 その原因は、エリーたちがたどり着いた青い巨大テントの中にあった。受付でチケットを出し
て、テントの中に入ると、
「うわあ……」
 そこで繰り広げられていたのは、人間の限界に挑戦するかのような妙技、絶技、そして珍技。
観客たちの心をハラハラ、ドキドキ、ゲラゲラと、常に動かし続ける、素晴らしいエンターティナー
たちの名演。
 アクアマリン・サーカス。オーストラリアを本拠とする名門サーカス団だ。その名と長い歴史に相
応しい演技。エリーも子供たちも、あっさりと彼らの演技に引きつけられ、そして、喝采を送った。
 中でもエリーが一番気に入ったのは、一人の少女だった。自分が世話している孤児たちと同じ
年ぐらいの女の子だが、大人の団員たちにも負けない技量の持ち主。いや、ジャグリングに関し
ては、大人たちをも上回っている。
 そして演技以上に素晴らしいのは、彼女の笑顔だった。見ている人たちを和ませ、元気な気持
ちにさせてくれる純粋な笑顔。それはまさに、天性のスターのみが放てるものだった。
「うんうん、相変わらずいい笑顔をするねえ、ルーちゃんは」
「!?」
 後ろの席からの声に、エリーは振り返った。帽子を深々と被った女性が、笑みを浮かべながら
ステージを見ている。その声はエリーのよく知っている人間のものだった。
「ホントに可愛いねえ、ルーちゃん。あー、今すぐにもステージに乱入して抱き締めたいぐらいだ
よ」
 変質者一歩手前の事を言ってるこの女性の名を、エリーは恐る恐る呼んだ。
「ガーネット…さん?」
「そうだよ。久しぶりだね、エリー」
 『漆黒のヴァルキュリア』 ガーネット・バーネットはニッコリと微笑んだ。さらに彼女の隣には、
「こんにちは。元気そうね、エリー。ほら、あなたも挨拶しなさいよ」
 『赤髪の盾』 フレイ・アルスターと、
「ああ。この演技が終わったらな」
 エリーとは初対面になる『銀髪の刃』 イザーク・ジュール。そして、
「どうも、お久しぶりです、エリーさん」
 『救世のピアニスト』 ニコル・アマルフィが座っていた。ちなみにニコルはガーネットの恋人であ
り、エリーの密かな想い人でもある。
「……………」
 懐かしい面々(一人、初対面もいるが)との思わぬ再会に驚き、言葉を無くすエリー。その為、
このサーカスの花形スター、ルー・ラッサン・ドゥブールの演技が終わった事にも気付かなかっ
た。



 そもそもの発端は、イザークとフレイの喧嘩だった。
 母エザリアの後を継ぎ、プラント評議会の最年少議員となったイザークは、多忙な日々を送っ
ていた。どれくらい多忙なのかというと、フレイとの二週間ぶりのデートの約束をすっぽかしてし
まうくらいだ。
 当然、フレイの怒りが爆発した。ちなみに彼女は今、イザークの家に住んでいる。仕事は特に
していない。
「信じられない! ずっと前から約束してたじゃない。それを忘れるなんて!」
「いや、忘れたわけじゃない。ただ、待ち合わせの時間まで間があったから、一休みしようと目を
瞑ったら、そのまま寝てしまってだな…」
「何よ、それ。サイテー!」
「さ、最低とは何だ、最低とは! 俺だって忙しいんだ。それこそ寝る間も無いぐらいに…」
 などというやり取りが数時間交わされた後、フレイはイザークの家を出て、隣のプラントにある
ガーネットの家に駆け込んだ。そして、
「ちょっと聞いてよ、ガーネット! あの白髪頭、またやってくれたのよ!」
 とグチを聞かせる。いや、吐き出す。
 それをガーネットは苦笑を交えながら聞いてあげる。ガーネットもディプレクターのプラント支部
長としての仕事が忙しいのだが、友人のグチを聞くぐらいの時間はある。フレイもそれを分かっ
ているから、ここに来るのだ。
 その後、グチを吐いて冷静になったフレイをガーネットが慰め、外では外出していたニコルが、
フレイを迎えに来たイザークと出会い、二人で帰宅。ガーネットたちの後押しでイザークとフレイ
は仲直りをして、四人で楽しい夕食を送る。これがいつものパターンであり、今回もそうなっ
た。
 だが、今回は少し違った。食事の後、急にフレイが、
「イザーク。デートのやり直しをしましょう」
 と言い出したのだ。
 まあ提案そのものには、イザークも異存は無い。問題はスケジュールだ。新米議員の彼には
やるべき事が山のようにある。休暇など取れるはずもない。それを聞いたガーネットは、
「私が何とかしてあげましょうか?」
 と、アイデアを提供してくれた。
 まずディプレクター(ガーネット)からプラント評議会へ、イザークを出向させるように要請する。
ディプレクターは民間組織とはいえ、『世界を救った英雄』たちが多く所属し、支持者も多い。そ
の要請ともなれば評議会も無視できないし、新米議員の一人や二人ぐらい、喜んで送ってくれる
だろう。
 そしてディプレクターの臨時メンバーとなったイザークは、支部長ガーネット直属の部下として、
彼女の地球への出張に同行。同じ頃、イザークたちと親交のある二人の一般人も地球に降り
る。そして偶然、町中で出会い、イザークたちが簡単な仕事を済ませた後、行動を共にする。
「ちょっと待て。それは公私混同かつ職権乱用にならないのか?」
 イザークが当然の疑問をぶつける。それに対するガーネットの返答は、
「そう? 結構、みんなこの手を使ってるよ。ディアッカなんか特に。よくザフトからうちに出向し
て、オーブに出入りしてるよ」
 という事実だった。友の悪行(?)を知らされたイザークは、この事実をザフト上層部に教える
べきかどうか真剣に考えた。
 一秒後、匿名で密告する事を決意。
 ちなみに後日、とある筋から悪行のバレたディアッカは、ザフト本部のトイレ掃除を三ヶ月間命
じられるのだが、それはまた別の話。
 三日後、ガーネットとイザークはオーストラリアのカーペンタリア宇宙港に降りた。フレイとニコ
ルも同じ便で到着。イザークたちはディプレクターのオーストラリア支部に出向き、名目上の仕事
を行なった後、休暇を取って、ニコルたちと合流する。
 悪事に手を染めた事にイザークの良心が少しだけ痛むが、フレイの笑顔が彼を慰めた。イザ
ークだって、本当はフレイといつも一緒にいたいのだ。彼女と一緒にいられるのなら、彼女の笑
顔が見られるのならば、悪事の一つや二つぐらい手に染めてやろう。
 一行は、オーストラリアの北部にあるノーマントンの町にやって来た。ここはガーネットとフレイ
にとって、忘れられない場所の一つ。今は亡き友達と一緒に訪れ、新しい力を手に入れた町。
 ここで出会った懐かしい人たちに会うべく訪れたのだが、町の様子は以前とは少し違ってい
た。町の中心部にあったアクアマリン・サーカスの巨大なテントが無くなっている。
 町の人たちから、大戦の終結と同時にサーカス団はこの町を離れた事を聞いて、ガーネットた
ちは彼らの後を追った。海を越えてジャカルタやブルネイなど彼らの巡業先を回り、そして、この
シンガポールでようやく追いつき、
「ガーネットさん!」
「よ、元気にしてたかい、ルーちゃん」
 公演後に楽屋に乗り込み、再会を果たしたのだった。
 ちなみに、シンガポールに来たのなら、もう一方の『懐かしい面々』とも再会したいし、ルーの晴
れ舞台も見せたい、とチケットを買い込み、エリーたちに送ったのもガーネットの仕業である。チ
ケット代はイザークに払わせた。色々な意味で恐るべし。



 その夜、エリーの孤児院でガーネットたちの歓迎パーティーが開かれた。ガーネットたちの他
にも、ルーや彼女の養父のカイン・メドッソなど、アクアマリン・サーカス団の人たちも招待され
た。
 賑やかな宴が始まった。サーカスの団員たちは曲芸を繰り広げ、孤児院の子供たちは憧れの
ヒーローであるガーネットやニコル、イザークやフレイたちから離れない。ガーネットはルーを念
願どおり抱き締め、会場の隅では、ルーの養父のカインと院長のリンダが妙にいい雰囲気を作
っている。
 そして、和やかな雰囲気を楽しみながら、ジュースを飲むニコルに、
「おい、ニコル」
 と、イザークが声をかけてきた。
「さっき、ここの子供から聞いたんだが、お前、前の戦いの時、ここでガーネットたちと会っていた
のか?」
「ええ。この孤児院は、僕の父が援助しているんです。その関係で僕も出入りしていたんですけ
ど、偶然、ガーネットさんたちも来ていて…」
「フレイもか?」
「ええ。それからもう一人、アキナさんも」
 その名を呟いたニコルの表情が、少し暗くなる。
「アキナ・ヤマシロか。フレイたちの友達だそうだな」
「ええ。僕はこことオーブ、二回しか会ってないんですけど、とても優しい雰囲気のする人でした。
ガーネットさんとフレイさんが友達になれたのも、きっと彼女が間に立ったからだと思います」
 三人の少女の詳しい事情はニコルも知らない。ただ、ガーネットもフレイも、アキナの事を語る
時は懐かしく、優しく、そしてどこか寂しげな表情をする。二人にとってアキナは間違いなく『親
友』であり、『一緒に平和な時を過ごしたかった人』なのだ。アキナも同じ思いを抱いていたはず
だ。仲良く笑い合って過ごすべきだった三人。だが、それはもう、適わぬ夢。
「ふん。辛気臭い話だ」
 イザークは不機嫌そうに言った。ニコルは苦笑する。イザークはアキナを知らない。それはつ
まり、アキナと接していたフレイの笑顔も知らないという事。恋する男としては、あまり面白くな
い。
「おい、ニコル。あれで何か弾け」
 そう言ってイザークは、部屋の隅にあるピアノを指差した。このピアノはニコルが昔、使ってい
た物で、ピアノを買い換えた際にこの孤児院に寄付したのだ。
「いきなりですねえ。どうしてですか?」
「お前のピアノを聞きたくなった。それに、ピアニストはピアノを弾くものだろうが。いいからさっさ
と弾け」
「……そうですね。何だか僕も弾きたくなりました」
 ニコルは苦笑して、イザークの我侭(リクエスト)に応えた。椅子に座り、ピアノの鍵盤の蓋を開
ける。
 鍵盤をいくつか叩く。音は悪くない。手入れはしてあるようだ。
「よし。それじゃあ……」
 ニコルは指を広げ、鍵盤を叩く。十本の指は巧みに動き、ピアノと共にニコルの思い描く音を
忠実に作り出す。
 いきなり始まった演奏会に、ガーネットたちは驚き、騒ぐのを止めた。そして全員がニコルの演
奏に聞き惚れる。
 その音色はまさに芸術。曲もまた素晴らしく、聞く者全ての心を和ませ、一瞬の楽園へと誘う。
『音楽』とは『音を楽しむもの』である事を教えてくれる、そして全ての人を楽しませてくれる至上
の演奏。
 演奏が終わると同時に、大人から子供まで全員が拍手を送った。それは心からの賞賛と感動
の証であり、ニコルにとっては百億の財宝にも勝るものだった。特に、
「ありがとう、ニコル」
 愛する人からの賞賛の言葉と、極上の笑顔は。



 深夜。宴は終わり、アクアマリン・サーカスの一同は引き上げたが、ガーネットたちは孤児院に
泊まる事にした。リンダが用意してくれた部屋で、静かに眠りにつく……はずがなかった。
 孤児院の人たちが寝静まった真夜中、ガーネットとニコルは庭に出た。土の上に腰を下ろし、
星空を見上げる。
「ニコル。本当にありがとう」
「えっ?」
「さっき弾いた曲。あれ、アキナのために弾いてくれたんだろ?」
「…………ええ。この前完成した、僕のオリジナルです。今度のコンサートで弾こうと思っていた
んですけどね」
 前の大戦で死んだ人全てを慈しみ、送るための曲。戦う事の空しさと、平和への願いを込めた
曲である。
「ありがとう。そんな大切な曲を弾いてくれて」
「お礼なんていいですよ、ガーネットさん。大切な曲だから弾いたんです。僕もガーネットさんやフ
レイさんと一緒に、アキナさんを弔いたかったから」
「ニコル……」
「ガーネットさんもフレイさんも、笑っていても少し寂しそうでした。二人ともアキナさんを思ってい
る事が伝わってきたから、僕は僕に出来ることでアキナさんを弔いたかったんです。ガーネットさ
んの友達なら、僕にとっても友達だから」
 哀しい顔をするニコル。生きているうちに友達になりたかった少女の事を思っているのだろう。
その優しさが、ガーネットは嬉しかった。
 ガーネットは黙ってニコルを抱き締めた。ニコルも抱き返す。土の匂いがする大地の上で、二
人は静かに抱き合った。
「ニコル」
「はい」
「私、今、凄く幸せだよ」
「僕もです」
「アキナにも幸せになってほしかった」
「……そうですね」
「ニコル」
「はい」
「幸せになろうね。これからも、ずっと」
 ガーネットの眼から、一滴の涙が流れる。ニコルは何も言わず、愛しい少女の唇にキスをし
た。そして、
「ええ、幸せになりましょう。二人で一緒に、ね」
 はっきりと答えた。それはガーネットの望みであり、ニコルの望みであり、今は亡きアキナの望
みでもあった。



 夜の闇の中、イザークは月明かりを頼りに台所にやって来た。水を飲み、喉の渇きを潤す。
「ったく、暑すぎるぞ、この町は」
 気候が人工的にコントロールされているプラントで育ったイザークにとって、地球はあまり過ご
しやすい場所でなかった。特に暑いのは苦手だ。汗で服がベトつくし、寝苦しくて仕方がない。
 まあ、目を瞑っていれば自然に眠れるだろう。そう思い、寝室に戻ろうとしたその時、
「イザーク」
「!」
 背後からの声に仰天して、振り返る。そこにいたのは、
「フレイか。驚すな。こんな時間に何をしている?」
「喉が渇いたから、水を飲みに来たのよ。あんたこそ何やってるの? 冷蔵庫でも漁りに来た
の?」
「そんな事するか! 俺も水を飲みに来たんだ!」
「あ、そう」
 フレイは興味なさげに返答する。そして水を飲むと、
「じゃあね。明日は早いんだから、さっさと寝なさいよ」
 と自室に帰ろうとする。
「おい。ちょっと待て」
 イザークは呼び止める。フレイの足が止まり、イザークの顔を見る。
「何?」
「聞きたい事がある。アキナ・ヤマシロの墓は何処にある?」
「……え?」
 予想外の事を言われ、フレイの思考は一瞬、停止した。それに構わずイザークは話し続ける。
「お前の友達なら、俺にとってもまんざら縁が無いわけじゃない。墓参りぐらいするのが筋だろ
う。だから……墓の場所を教えろ。花ぐらい添えてやる」
 何とも不器用な言い方をするが、イザークの気持ちは伝わった。誠意と愛情の篭もった言葉。
フレイは嬉しかった。だから少し、意地悪をしたくなった。
「ありがとう、イザーク。でも、あなたがお墓参りをする必要は無いわ」
「なっ!」
 驚くイザーク。実に分かりやすい反応をする。フレイは苦笑して、
「見ず知らずのあなた一人でお墓参りをしても、アキナは驚くだけよ。だから私たちみんなで行き
ましょう。ガーネットやニコルも一緒にね」
 と答えた。
「! お、お前なあ!」
「ごめんなさい。でも、ありがとう、イザーク。きっとアキナも喜ぶわ」
 フレイのその言葉に、イザークの表情が少し曇る。
「……彼女は喜ぶのか? 俺は彼女を殺した奴と同じ、ザフトの…」
「ストップ」
 フレイはイザークの言葉を強引に止めた。
「あんたが殺したわけじゃないでしょ。それに正確には、アキナを殺したのはザフトじゃなくて、ザ
フトに雇われた傭兵よ。そいつはもう死んでるし、イザークが気にする必要は無いわ」
「だがな……」
「もう、ウジウジしない! そんなのイザークには似合わないわよ! もう少ししっかりしなさい!」
 フレイはため息をついた。そして、一大決心を話す。
「まったく、あんたは私が着いていないとダメね。決めたわ。私、あんたの秘書になる」
「!? なっ…」
「前から考えていたのよ。家の中に閉じこもっているのにはもう飽きたし、そうすれば、あんたと
いつも一緒にいられるし」
「いや、おい、ちょっと待て……」
「それじゃあ、お休みなさい。あ、アキナのお墓はオーブにあるの。旅行の最終日に寄るから、お
墓参りはその時にしましょう。じゃ、お休みなさーい」
「おい、俺の意見は無視するな。おい!」
 自分の言いたい事だけを言って、フレイは台所を出て行った。一人残されたイザークは、フレ
イが自分の秘書として働いている様子を想像して、少し嬉しくなるが、すぐに鬱になった。一緒に
いられるのはいいが、妙なトラブルも起こりそうな気がする。
「……最善なのか最悪なのか、微妙だな」
 急激に喉が渇く。イザークは再び水を飲んだ。



 翌日、ガーネットたちはリンダやエリー、子供たちに挨拶した後、孤児院を去って行った。
 四人の後ろ姿、特にガーネットとニコルの姿を見て、リンダは微笑んだ。
 以前、あの二人がここに来た時、二人は敵同士だった。特にニコルは、ガーネットを殺す事を
心に刻み込もうとしており、見てて辛かった。
 しかし今、あの二人は互いを信頼し合い、愛し合い、そして、共に未来を生きていこうとしてい
る。戦い、殺し合うはずだった者たちが、手を取り合っている。きっとこれから、あの二人のよう
な者たちが増えるだろう。いや、増えてほしい。リンダはそう願った。
 一方、エリーは軽くため息をついた。ガーネットの隣で幸せそうに微笑むニコルを見て、自分の
初恋が終わった事を知った。
 失恋。しかし、それほど辛くは無かった。あの二人は本当にお似合いのカップルだし、幸せに
なってほしいから。
『……よし! 私もいい男を見つけて、あの二人みたいなラブラブカップルになってみせるわ!』
 そう決意するエリー。彼女ならば出来るだろう。必ず。



 シンガポールを発ったガーネット一行は、オーブを訪問。カガリやアスランら懐かしい仲間と再
会し、アキナたちの墓参りを終えて、プラントに戻った。
 だが、四人は知らなかった。プラントでは、今回のニセ出張の手口を見破ったラクスが、極上
の笑顔を浮かべて、待ち構えている事を。
「わたくしもキラと会えないのを我慢しているのに……。いくらお姉様でも許せませんわ。たっぷり
オシオキしてさしあげないと♪」
 一足先にディアッカは捕縛され、便所掃除に励んでいる。恋する乙女の怒りは神より怖い。

(2004・2/21掲載)
第5話へ

鏡伝目次へ