第5章
 強襲! ゴールド・ゴースト

 オーストラリア北部、ザフト軍・カーペンタリア基地。
 ここは地球におけるザフトの最大の軍事拠点である。地球に降下した(というより落ちてきた)
ニコルは、愛機ブリッツと共にこの基地にいた。
 カーペンタリアのレーダーによれば、ガーネットのシャドウは脱出艇と共にソロモン諸島近海、
中立国オーブの領海内に落下したらしい。ただちにオーブ政府に問い合わせたが、オーブ政府
は『回収したのは脱出艇だけ。我々が駆けつけた時には、モビルスーツはいなかった』と答え
た。
「オーブは嘘をついています」
 通信室のモニターの向こう、宇宙にいるクルーゼにニコルは断言した。いくらG兵器が頑丈と
はいえ、大気圏突入時のダメージは半端ではない。現にニコルのブリッツはオーバーホール中
だ。シャドウもブリッツと同じ、いや、ブリッツ以上のダメージを受けているはずだ。オーブに発見
されるまで、動けるはずがない。
 間違いない。ガーネットはオーブにいる。そしてオーブは、彼女とシャドウを匿っている。中立を
破ってまで匿う理由は分からないが。
「それで、君はどうしたいのかね、ニコル?」
「ブリッツの修理が終わり次第、出撃します。今度こそ彼女を…」
「それはダメだ」
 クルーゼは、ニコルの申し出を却下した。
「オーブは中立だ。彼女があの国の領内にいる限り、我々は手を出せない。迂闊な事をすれ
ば、外交問題にもなりかねん」
「ですが、裏切り者を放っておく訳には!」
「もちろんだ。裏切りの代償は、死あるのみ。ガーネット・バーネットにも、死神の鎌を振り下ろさ
ねばならない。だが、ブリッツの修理には時間が掛かる。オペレーション・スピッドブレイクの発
動が近い今、カーペンタリアの戦力は動かせない。しかも相手は中立国にいるため、うかつに手
が出せん」
 そこまで言って、クルーゼはニヤリと笑った。
「仕方がない。少し金は掛かるが、あの連中を使おう」
「? 金が掛かるって、傭兵を雇うおつもりですか? ですが、傭兵などに彼女を倒せるとは…
…」
「確かに、あのガーネットを倒すとなれば、生半可な実力では話にならん。最近売り出し中のサ
ーペントテールか、あるいは……」
 再び、ニヤリと笑うクルーゼ。
「ゴールド・ゴースト」
「!」
 その名を聞いた時、ニコルの脳裏にガーネットの死に様が浮かび上がった。



 ニコルとクルーゼのやり取りから二日後の早朝。オーブのモルゲンレーテ工場から、一隻の船
が出港した。
 大型飛行輸送艇マチルダ。大気圏内でのモビルスーツの輸送・運用を前提として造られた、オ
ーブの新型輸送艇だ。G兵器と共にヘリオポリスで製造されていたのだが、この船は一足先に
完成し、地上に送られていたのだ。が、肝心のG兵器がザフトに奪われてしまい、働く機会を失
ったこの飛行艇は秘密倉庫の奥深くで眠っていた。
 だが、マチルダは永い眠りから目覚めた。そのコンテナには、本来存在しないはずのG、シャド
ウを積み込んでいる。目的地はアフリカ。アークエンジェルが落下したと予測される場所だ。
 ガーネットは、シャドウのコクピットの中にいた。オーブの領海を出れば、間違いなく戦闘になる
だろう。今のうちに色々と準備しておかないと。
 ふと、オーブでの平和な日々を思い出す。脱出艇の人々は、ガーネットに心から感謝してくれ
た。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
 そう言ってくれた女の子(エルという名前だった)の笑顔が忘れられない。守りたい者を守れ
た。この幸福と幸運に感謝した。
 そしてオーブの前代表、ウズミ・ナラ・アスハとの会談。彼もまた、ハルバートンと同じく、父アル
ベリッヒの友人だった(ガーネットは初対面だったが)。
「君のお父上には、大変世話になった。本来ならこのオーブの総力を挙げて、君たちを支援した
いのだが……」
 そんな事をすれば、オーブの中立性は完全に失われる。ウズミに出来るのは、シャドウの修理
と、オーブ軍に未所属の輸送艇一機を与える事ぐらいだけだった(記録上は「盗まれた」事にな
っている)。だが、ガーネットは心から感謝した。そして、今、アフリカにいるというウズミの娘に会
ったら、彼女をオーブに連れ帰る事を約束した。
 朝日が海を輝かせる中、マチルダは空を飛ぶ。機体の両脇にあるホバーファンが激しく回る。
操縦席には二名のパイロットが乗っている(マチルダはコンピュータ制御により、最低限の人数
での飛行、運用が可能)。
 この機体の本来のパイロットは、操縦技術に長けたオーブの軍人だった。が、オーブの立場を
考えると、一応、地球軍所属のガーネットを助ける事は出来ない。さすがのガーネットも困った
のだが、思わぬ助けがあった。
「あの、私、飛行艇の操縦なら出来ます……」
 そう言って志願したのはフレイの友人、アキナ・ヤマシロだった。彼女もコーディネイターだった
のだ。
「ガーネットさんは私たちを守ってくれました。だから今度は、私がガーネットさんを助ける番で
す」
 命がけの旅になる。死ぬかもしれない。だが、それでも、アキナは志願してくれた。そしてもう一
人、
「それなら、私も行くわ」
 フレイ・アルスター。最も意外な人物が名乗りを上げた。
「ここにいても退屈だし、それに、あんたに借りを返しておきたいしね」
 そう言ってフレイは、ガーネットを睨んだ。その眼には今までと変わらず、嫌悪の光が込められ
ていたが、ほんの少しだけ、その光が柔らかくなっているような気がした。
 二人がマチルダの基本操縦を覚えた頃(フレイはかなり苦労していた)、シャドウの修理も終わ
った。そして今日、三人の少女は旅立った。目指すはアフリカのアークエンジェル。だが、
「途中でオーストラリアに寄りたいなんて、あの女、何考えてるのよ? あそこはザフトの勢力圏
じゃない!」
 グチるフレイに、アキナが苦笑いしながら、
「でも、そこにガーネットさんの知り合いがいるんでしょう? その人が持ってる凄い武器が必要
だって……。これからの戦いは、ますます厳しくなるわ。強い武器は必要よ」
「別に反対してる訳じゃないわよ。あのシャドウってモビルスーツ、武器がナイフだけだもん。あ
んなんじゃ、いつかヤラれるわ。強い武器は必要よ。けど、どうして私たちが敵の真っ只中に飛
び込む必要があるのよ? あっちに来てもらえばいいじゃない」
「連絡がつかないんだって…。大丈夫よ、オーブの人たちが色々計算して、ザフトのレーダーに
引っかからないコースを選んでくれたし、無事に行けるわよ」
「だといいけど。なーんか、嫌な予感がするのよねえ……」
 しばらく後、マチルダはついにオーブの領海を出た。小さな無人島の上を通過しようとする。
 途端に衝撃。飛行艇の右舷に被弾。
「!」
「キャア!」
「さっそく来たか! アキナ、フレイ、コンテナハッチを開けろ! ストライクシャドウ、出る!」
「りょ、了解! ガーネットさん、気を付けて!」
 マチルダのハッチが開かれ、黒いモビルスーツが無人島に降り立つ。と同時に、海の中からモ
ビルスーツが二機現れた。
「水中から? グーンか?」
 いや、ジンだった。だが、普通のジンではない。
「金色のジン?」
 水中から現れた二機のジンは、全身が金色に染められていた。
「な、何よあのモビルスーツ? すっごい悪趣味!」
 半ば呆れたフレイが言う。だが、その金色のジンを見たアキナの顔は真っ青に染まった。
「金色のモビルスーツって、まさか、まさか……!」
 シャドウに迫る二機のジン。片方は手にケン玉のような鎖付きの鉄球を、もう片方は両腕に鈎
爪を装着している。
 さらに、砂浜の中からもう二機、金色のジンが現れた。一方は鞭を持ち、もう一方は武器を持
っていないが、右腕がマニピュレーターではなく、大砲のような筒になっている。
『金色のジンが四機か。もう一機、マチルダを撃った奴がいるね。だとしたらこいつら…』
「間違いない…。あいつら、ゴールド・ゴーストだわ!」
 アキナが恐怖と共に叫ぶ。
「ゴールド・ゴースト? 何それ?」
 世間知らずのフレイに少し呆れながらも、アキナは説明する。
 ゴールド・ゴースト。それは、金色のジンを駆る五人の傭兵集団。黄金の亡霊を名乗る彼ら
は、金さえ貰えば地球軍だろうとザフトだろうと関係なく、敵を確実に抹殺する。正規軍すら恐れ
るその凄腕ぶりは、半ば伝説と化している。
「そ、そんなにヤバい連中なの……?」
 フレイの顔も青くなる。
 援護する? いや、マチルダの装備では、援護どころか足手まといになるだけだ。ここはガー
ネットを信じて、任せるしかない。
 一方、ガーネットを取り囲むゴールド・ゴーストの面々は、最高の獲物を前に興奮していた。特
に、
「ハハハハハハハッ! 殺せる殺せる! 裏切り者のコーディネイター、ナチュラルなんかに味
方する大バカ女! 殺すぜ殺すぜブチ殺すぜ!」
 ケン玉型のモーニングスターを持ったジン、ゴールドハンマーのパイロット、フォルド・アドラス
の興奮ぶりは異常とも言えるレベルだ。まあ、多感な14歳の少年らしいといえばらしいのだが。
「気持ちは分かるけど落ち着きなさい、フォルド。喜びの声を上げるのは、仕事が終わってから
でもいいわ」
 鞭を持ったジン、ゴールドウィップのパイロット、サキ・アサヤマが嗜める。ゴールド・ゴーストの
副隊長を務めるようになってから、白髪が増えた気がする。まだ17歳なのに。
「副隊長の言うとおりだぜ。落ち着けよ、ガキ」
 右腕が大筒になっているジン、ゴールドファイヤーのパイロットが言う。彼の名はオーマ・ディプ
トリー。ゴールド・ゴーストでは新人だが、傭兵としてのキャリアは隊長に次ぐベテランだ。
「黙れよ、オーマ! 俺はガキじゃねえ!」
「おや、そうかい? ケン玉なんか使ってるから、てっきりな」
「てめえ……ぶっ潰すぞ!」
「お、やるか?」
「やめろ、バカ共」
 鈎爪を装備したジン、ゴールドクローから命令が放たれた。ゴールド・ゴーストの隊長、レオン・
クレイズだ。
「くだらねえ喧嘩、してんじゃねえよ。まずは仕事を済ませろ」
「隊長、私はもういいの?」
 無線機から少女の声。
「ギアボルトか。ああ、もういい。お前の狙撃の腕は知ってるが、それでも、そう簡単に当たってく
れる相手じゃない。お前は潜水艦に戻れ。あとは俺たちが始末する」
「了解。あの飛行艇はどうする? 落とす?」
「ほっとけ。俺たちの獲物はガーネット・バーネットだけだ。弾がもったいない」
「了解」
 砂浜から三キロほど離れた地に潜んでいたモビルスーツが立ち上がる。巨大な狙撃銃を持つ
黄金のジン、ゴールドスナイパー。パイロットの少女、ギアボルトは隊長たちに一礼した後、島の
反対側にいる潜水艦に戻っていった。
「さて、それじゃあ始めようか。最高にして最低の戦闘殺戮劇、タイトルは『漆黒のヴァルキュリ
ア、南海に散る!』だ!」
 意味不明なレオンのタイトルコールと同時に、四機のゴールドジンが動き出した。速い。
「おら! 死ねよバカ女!」
 フォルドのジンが、巨大なハンマーを奮う。当たればタダでは済まない。
「くっ!」
 かわすシャドウ。だが、右腕にサキのジンの鞭が絡む。
「捕らえたわよ、ヴァルキュリア。死ね!」
 サキはスイッチを入れる。同時に強烈な電撃がシャドウを襲う。
「! ぐっ…………」
 ほとんどのモビルスーツはバッテリーを搭載し、そこに蓄えられた電気を動力源としている。万
が一の漏電などによる感電死を防ぐ為、操縦席は帯電性になっている。シャドウもそうだが、そ
れでもキツイ。
「なっ……めるなあっ!」
 ナイフで鞭を切る。脱出成功だが、
「燃えろやあああああ!」
 今度は、オーマのジンが攻撃を仕掛けてきた。巨大な火炎放射器である右腕から、豪快な炎
を発射。ゴールドファイヤーの異名は伊達ではない。
「ったく、冗談じゃないよ!」
 体勢を崩しながらも、シャドウは何とかかわす。だが、そのわずかな隙を待っていた者がいた。
「ふん!」
 レオンのジン、ゴールドクローの鈎爪が、シャドウの背中を切り裂く!
「うわあああああ!」
 倒れるシャドウ。幸運にも動力系にまではダメージは受けなかったようで、すぐに立ち上がる。
が、背中に痛々しい傷を受けてしまった。G兵器自慢のフェイズシフト装甲も直接攻撃にはあま
り効果がないが、それを差し引いても傷は大きい。あの爪は切れ味が良すぎる。
「あーっ、惜しい! 隊長もツメが甘いなあ! あ、今のシャレじゃないよ」
「ガキは黙ってろよ。にしても、大した事ないな。本当にこいつが、あの『漆黒のヴァルキュリア』
なのか?」
「間違いないわ。それに侮れない。私たちの攻撃をかわし続ける技量は、並のパイロットじゃな
い」
「でも逃げるだけで反撃しねーじゃん。つまんねえ、つまんねえよ」
 勝利を確信したのか、ゴールド・ゴーストの面々はおしゃべりを始めた。だが、談笑しながらも、
隙はまったく見せない。
『ったく、ヤな連中だよ……!』
 連中の武器は火炎放射器、電磁鞭、ケン玉型のモーニングスター、そして鈎爪型の鋭利なカ
ッター。隊長機らしいジンを除く三機の武器は、いずれも中距離戦用だ。銃やライフルのような
遠距離用の武器なら、着弾まで間があり、弾道を予測しやすく、かわしやすい。接近戦ならガー
ネットの得意とするところだ。だが、中距離戦はまずい。敵から逃れる事は難しく、攻撃を仕掛け
ても、すぐ逃げられる。この距離は、シャドウの苦手なヒットアンドアウェイ戦法をとりやすい『死
の射程距離』なのだ。
『クルーゼからこちらの弱点を聞いてるようだね。ちっ、カインに頼んでいたあの武器さえあれ
ば、こんな奴ら……!』
 完全に手詰まりだ。
 負ける。
 敗れる。
 殺される。
「………………冗談じゃないわよ!」
 ナイフを2本抜き、構えるシャドウ。傷ついてもなお、闘志は衰えない。
「お、まだやる気みたいだよ、あのバカ女」
「ふん、だったら止めを刺してやるか。こんがりバーベキューにしてやるぜ!」
「これ以上苦しませるのも不憫……。瞬殺してあげるわ」
「よーし野郎ども、遠慮無しでブチ殺せ! それからコスプレ野朗のクルーゼからタンマリふんだ
くって、今夜は豪華絢爛、バーベキューパーティだ!」
「了解」
「おーっ!」
「了解! へへっ、いいねえ、バーベキュー!」
 四機のゴールドジンは攻撃態勢に入る。
『さて、どうしたものか。武器はイマイチ。エネルギーもそんなに持たない。トゥエルブを使えば、
何とかなるかもしれないけど……』
 だが、危険すぎる。トゥエルブは長期戦には不利。短期決戦を仕掛けようにも相手は凄腕ぞろ
いだ。そう簡単には倒せないだろう。それに地球降下前のニコル戦のように、いきなりシステム
が停止する事も考えられる。
 こう考えている間にも、四機のジンは攻撃を続ける。炎が、鉄球が、鞭が、爪が、次々とシャド
ウを襲う。何とかかわすが、捕まるのは時間の問題だ。
『どうせ殺られるなら、イチかバチか賭けてみるか?』
 覚悟を決めようとしたガーネットの耳に、プロペラ音が飛び込んできた。上空に待機しているマ
チルダのローター音だ。
 もしここで自分が死んだらどうなる? あの船に乗っているフレイとアキナはどうなる? この亡
霊どもが見逃してくれるだろうか? それとも、行きがけの駄賃に殺すだろうか?
「フレイ、アキナ。聞こえる?」
 ガーネットはマチルダの二人に通信を送った。
「ガーネット!? ちょっとあんた、大丈夫なの? 押されてるじゃない!」
「ガーネットさん、逃げてください! 相手が悪すぎます! コンテナのハッチを開けますから、乗
り込んで…」
「無理だね。乗り込む隙を見逃してくれるほど、甘い奴らじゃないよ。万が一、乗り込めたとして
も、マチルダの飛行速度じゃこいつらを振り切れない」
「それじゃあ、逃げる事も出来ないの? どうするのよ!」
「いや、逃げられるさ。あんたたちはね」
「えっ?」
「ガーネットさん……?」
「あんたたちは逃げろ。こいつらは私が食い止めるから、オーブまで全速力で逃げろ」
「で、でもそれじゃあ、ガーネットさんが!」
「私は大丈夫だ。何とかするさ。だからあんたたちは…」
「何バカな事言ってるのよ!」
 フレイが叫んだ。
「あんた、死ぬつもりね? そんなの許さない、絶対に許さないわよ! 私はあんたに借りを返す
ためにここにいるのよ! ここであんたが死んだら、私、あんたに一生借りを返せないじゃな
い! だから、あんたは絶対、生き残らなきゃいけないのよ!」
「フレイ…………」
 アキナは心底驚いていた。あのフレイが他人を、コーディネイターを励ますなんて……。
「あんたは死んじゃダメ! 私だって死ぬつもりはないわ! だから、私たちみんなで生き残る
の! 私たちみんなで!」
「クッ………アハハ、アハハハハハハハハハッ!」
「ガーネットさん?」
「ガーネット? ちょっと、何笑ってるのよ?」
「フフフ、いや、まさかあんたに励まされるとは思わなかったから」
 心が軽くなった。死のプレッシャーが消えていく。
「そうだね。こうなったらとことん悪あがきしてやるわ。そして、みんなで生き残る! アフリカに行
くのよ!」
 一瞬で呼吸を整えた後、ありったけの大声で叫ぶ。
「トゥエルブ・システム、1番から3番、いや、4番まで起動! 亡霊どもを地獄に送り返してやる
よ!」
 システム起動。その直後の神速、そして、一閃。ゴールドファイヤーの右腕が宙を舞う。
「えっ?」
 誰一人、何が起きたのか認識できなかった。歴戦の猛者であるレオン隊長でさえ、何も分から
なかった。
 もしかしたらガーネット本人も、自分が何をしているのか分からなかったのかもしれない。い
や、分かっていた。やるべき事は分かっていた。敵を倒す。そして、全員生き延びる。それだけ
だ。
 ゴールドハンマーの鉄球も、ゴールドウィップの鞭も、一瞬で寸断された。そして、ゴールドクロ
ーの爪も同じ運命を辿った。
「な、何だ!? 何で俺のハンマーが?」
「こ、これは一体……?」
「…………おい、俺たちは夢でも見てるのか?」
 シャドウの動きが止まった。だが、二本のナイフはジンたちに向けられたままだ。凄まじい殺気
を放っている。
 四人は感じていた。絶対的な死の恐怖を。
 四人は知った。今、自分たちの前にいる者こそが最強なのだ、と。『漆黒のヴァルキュリア』と
呼ばれるに相応しい存在なのだ、と。
「隊長、撤退してください」
 通信機から、感情の無い声。先に引き上げたギアボルトからのものだった。
「お、おう。ど、どうした、ギア?」
 喉の渇きを唾で潤し、レオンは何とか答えた。
「撤退してください。オーブの船が近づいています」
「何だと? どうしてオーブが来るんだ。ここは奴らの縄張りじゃないだろ?」
「そのはずですが、向こうはまったく訊いてくれません。我が国の領土内での戦闘行為は一切禁
止、の一点張りです」
「…………分かった。退くぞ。お前らもいいな?」
「あ、ああ……」
「はい……」
「了解です、隊長…」
 四機のジンは恐る恐る、後ろへと下がる。なぜかシャドウは追ってこない。
「私たちを追うつもりはないようですね」
「エネルギーがヤバいのかも。仕掛けてみようか?」
「お前一人でやれよ、ガキ。俺はゴメンだぜ」
「余計な色気は出すな。ここは退くんだ。退くと決めたら速やかに退く。死にたくなかったらな」
「りょ、了解……」
 レオンの指示に従い、四機のジンは退いた。上空のマチルダからは四機のジンが潜水艦に乗
り、島から去っていくのが見えた。
 遠くにオーブの戦艦が見える。危機は去ったのだ。
「逃げてったわよ、あいつら……」
 そう言ってフレイは、ホッと一息ついた。
「ええ。助かったわ……。私たち、助かったのよ」
 アキナも微笑む。
「そうだよ。私たちみんな、助かったんだ」
「ガーネット!」
「ガーネットさん!」
 喜びに満ちた二人の声を、ガーネットは晴れ晴れとした気分で聞いた。不思議だった。今まで
トゥエルブを使った後は、気を失うほどの疲労を感じていたのだが、今回は違う。体が軽い。頭
がすっきりしている。自分の中から何か、未知の力が湧き上がってくるような気分だ。
 自分が強くなったのが分かる。いや、進化した、と言うべきなのか?
『これが、トゥエルブ・システムの本当の力なのか? 親父……』
 オーブの戦艦が見える。ウズミ代表の心遣いに感謝しながら、そして、守りたい人を守ることが
出来る力をくれた父に感謝しながら、ガーネットはしばしの休息についた。

(2003・6/28掲載)
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