第6章
 道化師と聖槍

 オーストラリアを中心とする大洋州連合は、開戦と同時にプラント側と同盟を締結。カーペンタ
リア基地をザフト軍に提供し、南半球におけるザフトの第一の協力者として、その地位を確立し
ていた。
 結果、このオーストラリアの地は、地球でも指折りの『安全地帯』となった。この地に住む人々
にとって、戦争とは対岸の火事、いや、テレビのニュースのネタぐらいのものだった。そう、かつ
てのヘリオポリスの住人たちと同じように、戦争を『現実』として考えていなかった。結果、ヘリオ
ポリスは崩壊した。そして、オーストラリアの人々もまた、これから自分たちの甘さを思い知る事
になるのである。



 オーストラリア北部の町、ノーマントン。人口約1万人たらずの小さな町だが、ガルフランダーと
呼ばれる旧世紀から存在する鉄道によって、153km東の町クロイドンと繋がっており、交通の
要所として知られている。また、この町は砂漠地帯と草原地帯のほぼ境目にあり、砂漠を越えた
旅人たちを温かく迎えてくれるオアシスでもある。
 さらにここはザフトのカーペンタリア基地とは目と鼻の先にあり、軍事的にも重要な地となって
いる。が、開戦以来、この町が戦火にさらされた事はなく、人々はのんびりと暮らしていた。
 この平和な町の象徴とも言うべき『もの』が、町の中心部にある。まるで広場を覆いつくすよう
に立つ、巨大な青いテント。テントの屋根には英語で『アクアマリン・サーカス団』と書かれてい
る。
 彼らがこの町にやって来てから、間もなく三ヶ月が経とうとしていた。旅から旅へ、色々な町を
渡り歩くのが常のサーカス団にとって、一ヶ月を越える長期滞在は異例の事である。もちろん、
これには色々と理由がある。その一つが、この町が『平和』であるという事だ。
 そして今日も、サーカステントの中は大観衆で埋まっていた。猛獣たちの火の輪くぐりに空中ブ
ランコ、過激なバイクアトラクション。極めつけは若干十歳の天才少女、ルー・ラッサン・ドゥ・ブー
ルによる鮮やかなマジック&ジャグリング。いずれも大きな拍手で迎えられた。
 ルーの父が演じるピエロも、舞台を大いに盛り上げた。日も傾きかけた夕刻、本日の公演は
無事終了。サーカス団のメンバーたちは、それぞれの控え室(キャンピングカーを改造した車)
に戻り、ルー親子も自分たちの車に戻った。が、
「はあい。お久しぶり」
 思いもかけない客が待っていた。
「君は……」
「見せてもらったわよ、あんたのピエロ。なかなかウケてたじゃないか。私の連れも大笑いしてた
し、意外な才能ね」
 招かれざる客であるその少女は、ピエロに迫る。
「用件は分かってるんでしょう? 二年前、あんたが持ち逃げした私の新しい武器、えーと名前
は…≪ドラゴンフライ・キル≫だっけ? だっさい名前ねえ。まあいいわ。そいつを渡してもらう
よ。カイン・メドッソ」
「……いずれ来るとは思っていたよ。ガーネット・バーネット」



 ルーをアキナとフレイに任せ、ガーネットはカインと一緒にサーカスの外に出た。人目につかな
い町外れに着くまで、お互い一言も喋らなかった。
「『あれ』は渡せない」
 町外れの廃屋に入ると同時に、カインが呟いた。
「…………代金は払ったはずだけどね」
「金は返す。だが、『あれ』は絶対に渡せない」
「どうして?」
「『あれ』は強力すぎる。君が『あれ』を手にすれば、より多くの血が流されるだろう。私はもう、私
の造った武器で、人が死ぬところなど見たくない」
 カイン・メドッソ。かつてプラント最高の腕を誇っていたMS用武器の製造技術者。特に刀剣類
の製造に優れ、多くのMSパイロットが彼の武器を欲した。
 ガーネットもその一人だった。父の死後、彼の遺志を継ぐために『力』を望んだガーネットは、
父の知人だったカインに自分専用の武器を作ってくれるように頼んだ。だが、その武器が完成し
た直後、カインは姿を消した。理由は不明。その後、ガーネットは父の残した情報網をフルに使
い、カインと武器の行方を捜し回った。そして、ヘリオポリス襲撃の前日、ようやくカインの居所を
突き止めた。
「なるほど。あんたが姿をくらました理由が分かったよ。それで今は、人殺しの道具を作った事に
対する罪の償いの真っ最中、って訳だ。戦災孤児を養女にしたのも、一緒にサーカス団に潜り
込んで、あんたがピエロをやってるのも……」
「償い、という訳ではない。だが、私が武器を作らなければ、それだけ多くの人の命が助かる」
 カインは、まるで自分に言い聞かせるように言った。その決意の固さは、ガーネットにも伝わっ
た。



「それで黙って引き返してきたの? 何やってるのよ、あんた! 子供のおつかいじゃあるまい
し!」
 夜、ノーマントンの町のとあるレストラン。戻ってきたガーネットに、フレイがキツい一言を浴び
せた。
「フ、フレイ、他にも人はいるんだから、ちょっと静かに…」
 アキナの言葉が聞こえていないのか、無視しているのか、フレイの口は停まらない。
「何のためにここまで来たのよ? こんな、サーカスしかないような田舎町にまで来て、手ぶらで
帰るの? ここまで来るのにどれだけ苦労したか知ってるわよね。カーペンタリアのレーダー網
を掻い潜るため、地面スレスレの危険なフライトをして……」
 確かに苦労したが、飛行艇を操縦したのはアキナである。
「そいつがその、ドラ何とかって武器を持ってるのは間違いないんでしょう? 強引に奪っちゃえ
ばいいのに」
「フレイ、それじゃあ泥棒だよ…」
「お金は払っているんだから、泥棒じゃないわよ」
「悪い方法じゃないけど、そんな事をしたら≪ドラゴンフライ・キル≫は永遠に手に入らなくなる」
「? どうして?」
「カインにとって、武器は自分の子供みたいなものよ。だから一度造った武器を処分するような
事はしない。けど、同時にあの男は独占欲が強く、用心深い。武器を盗られるぐらいなら、全て
を灰にする方を選ぶでしょうね」
「灰にするって?」
「爆弾の一つや二つはくっつけてるだろう、って事」
「あちゃあ……」
「そこまでやりますか…」
「やるね。そういう男よ」
「じゃあ、どうするのよ? 諦めるの?」
「まさか。けど、どうしたものかね……」
 珍しく弱音を吐くガーネット。相手をよく知っているが故に、攻略難度もよく知っているのだ。
「人殺しの道具を造りたくない、という気持ちは分かりますけど、ちょっと困りますよね…」
「………………」
 そう、気持ちは分かる。けど、それでは困るのだ。このままではアフリカにたどり着く前にザフト
に殺されてしまう。
「ホント、どうしたものかねえ……」



 ガーネットたちが去った後、ルーは父カインとケンカした。
 ルーはまだ子供だった。だから、父がどれだけ深く悩んでいるかなんて知らないし、父が過去
の罪でどれほど苦しんでいるのかも分からない。だから、言ってしまったのだ。
「お父さん、大丈夫?」
 これは、ごく普通の言葉。だが、全てはこの言葉から始まった。
「……ああ、大丈夫。大丈夫だよ、ルー」
「ウソ。お父さん、凄く悩んでる。苦しんでる。どうして? ガーネットさんたちが何かヒドい事言っ
たの?」
「いや、違う。彼女は何も悪くない。悪いのはむしろ、お父さんの方なんだよ。約束を守らない私
が悪いんだ」
「お父さんが悪いの? 約束を破ったの?」
「……ああ、そうだ。けど、あの約束を守る訳には…」
「ダメだよ、お父さん。お父さん、いつも言ってるじゃない。約束は絶対に守らなくちゃダメだって。
約束を破ったら自分も相手も苦しくなるから、絶対に守るんだって」
「……………………」
 その通りだ。けれど……。
「お父さん、約束守ろうよ。そしたらお父さん、苦しくならないよ。いつもみたいに笑って、みんなを
楽しませて…」
「うるさい!」
 娘を怒鳴ったのは、これが初めてだった。
 怒鳴られたルーの顔が、驚きの表情から泣き顔に変わる。そして、涙を流しながら出て行っ
た。
 カインは追いかけなかった。いや、追いかけられなかった。娘に八つ当たりした自分に腹が立
った。悪いのは自分なのだ。分かっている。分かっているのだが、それでも……。
『私はもう、戦争など……!』
 一方、父の元を飛び出したルーは、サーカスを離れ、夜更けの町をとぼとぼと歩いていた。悲
しかった。戦争が始まって間もなく、本当の父と母が死に、一人彷徨っていた頃と同じ気持ち。カ
インに拾われ、彼の娘となってからは、忘れる事が出来た気持ち。
「ヒック、ヒック……」
 お父さんに嫌われた。これからどうすればいいんだろう? どこへ行けばいいんだろう?
 ふと、ある女性の顔が頭に浮かんだ。父を困らせている女性、だけど、凄く優しい眼をした女
性。
「ガーネットさん……」
 ポツリと呟いたその一言は、偶然、その場を通りかかった男の耳に飛び込んだ。
「おい待て、そこの小娘」
 そう言ってルーを呼び止めたのは、ゴールド・ゴーストの一人、オーマ・ディプトリー。最悪の相
手だった。
 このオーマという男、普段は別に何の害も無い、ごく普通の人間だ。時に軽口を叩くが、基本
的には礼儀を弁えた優秀な戦士である。
 が、一度機嫌を悪くすると、非常に短気になる。何事もてっとり早く片を付けようとして、どんな
汚い手でも使うようになり、最後には生来の『火』を愛する心が暴走し、何もかも燃やそうとす
る。この問題だらけの性格が原因で、前に所属していた傭兵部隊を追われ、ゴールド・ゴースト
に流れ着いたのだ。
 そしてこの時、オーマの気分は最悪だった。獲物(ガーネット)は見失うは、慣れない偵察任務
ははかどらないは、仲間とは逸れるはで、いつキレてもおかしくない状態。こんな時にこの男と出
会ってしまったルーは、運が悪いとしか言いようがない。



 ガーネットたちは、再びカインのキャンピングカーを訪れていた。新しい武器を手に入れるため
には、カインを何とかするしかない。その結論に達したガーネットたちが取った方法は、
「頼む、カイン。あの武器を譲ってくれ!」
 正々堂々、真っ向勝負。結果は、
「何度来ても、答えは同じだ。あの武器は渡せない。帰りたまえ」
 あえなく玉砕。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ! お金は払っているんだから、そのドラ何とかって武器は私
たちの物でしょ? どうしてそんな意地悪するのよ!」
 フレイ、ちょっとキレ気味。
「意地悪をしている訳ではない。ただ私は、あの武器を人殺しの道具にしたくないだけだ。あれ
は私の魂が込められている、最高の武器だからな」
「何よ、それ? そんなのタダの我がままじゃない。それに武器って戦うための道具なんでしょ。
使いもしない武器造ってどうするのよ」
「む……」
「フレイ、ちょっと黙って」
 さらにまくし立てようとするフレイを、ガーネットが止めた。
「カインさん、あんたにはあんたの都合がある。信念がある。それは分かっている。けど、そうい
うのは私にもあるんだ。これだけは絶対にゆずれないし、引くつもりもない」
「………………」
「それで、だ。ちょっと面白い方法を思いついたんだけど…」

〔あーあー、テステス、テステス、ただいまマイクのテスト中〜〜〜〕

「は?」
 突然の大声。驚いた四人は、キャンピングカーの外に出た。
 闇夜に浮かぶ黄金のモビルスーツ。見覚えのある機体だ。
「ちょっと、あれって!」
「ああ、ゴールド・ゴーストだね」
「そ、そんな…。見つかったの? けど、マチルダはちゃんと隠してあるのに、どうして…」
 驚く一同をよそに、ジン・ゴールドファイヤーから拡声器越しの声が放たれる。

〔迷子のお呼び出しです。先日、ザフトを裏切った史上最悪のバカ女、ガーネット・バーネ
ットさん、ノーマントンの町でオーマ・ディプトリーさんがお待ちしています。早く来てあげてく
ださい。でないと……〕

 ゴールドファイヤーの左腕が前に突き出される(左腕は普通のマニピュレーター)。何かが握ら
れている。
「え? ちょっとガーネット、あれって…」
「人間…だね 子供みたいだけど…」
「ルー!」
 叫ぶカイン。義理とはいえ父親の眼は確かだった。涙を誘うほど不運な少女ルーは、ゴールド
ファイヤーの腕の中で気絶していた。

〔この女の子を握り潰しちゃいますよー。早く来て下さいねー。ギャハハハハハハハ!〕

 オーマの下卑た笑い声が町中に響き渡る中、ガーネットは走る。アキナとフレイも後に続く。
 数分後、町の近くに隠されていたマチルダが飛び立つ。ハッチが開き、ストライクシャドウが出
撃、ノーマントンの地に降り立つ。
「お、やっと来たか。人質ってのは古典的だけど、よく効く手だな」
「貴様、正気か? ここはお前らの雇い主、ザフトの勢力下なんだぞ。ここに住んでいる人たちを
傷つけるという事は、ザフトに対する反逆行為…」
「ご忠告アリガトさん。けど、心配ご無用。この娘は殺さないし…」
 ゴールドファイヤーは、ルーを丁寧に地に下ろした。すぐにカインが駆けつけ、その場から離れ
る。
「騒ぎを起こしたペナルティは、お前を焼き殺せば帳消しだ!」
 ゴールドファイヤーが右腕を構える。自慢の大型火炎放射器≪スルト≫から、豪炎が発射され
た。
「くっ!」
 かわすシャドウ。だが、火は町に燃え移った。
「しまっ……!」
「アハハハハハハ! いいねえ、いいねえ! 火はいい! どんなに醜い物でも平等に、最高に
美しくしてくれる!」
 大好きな『火』を見て、ますますキレるオーマ。ゴールド・ゴーストの仲間を呼ぶ気は無い。最高
の獲物を最高の炎で燃やす。今、この男が考えているのは、それだけだ。
「さあ、燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ! どんどん、どんどん、どんどん燃えろ!」
 狂気と共に放たれた怪物のごとき炎が、シャドウに襲い掛かる。
「……!」
 シャドウはその場を動かなかった。まともに食らった。
「うわあああああっ!」
 シャドウのボディは耐熱構造になっている。とはいえ、ゴールドファイヤーの炎は半端なもので
はない。機体は何とか耐えたが、耐熱材でも遮れぬほどの猛熱が、ガーネットの体を蝕む。
「ガーネットさん!」
「あのバカ、何やってるのよ!」
 上空のマチルダにいるアキナとフレイが声を上げる。
「あ、また食らった! 何やってるのよ、ガーネット! それくらいの炎なんて、あんたなら避けら
れるでしょう!」
「ダ、ダメよ、フレイ! シャドウがあいつの炎を避けたら、後ろの町に火が燃え移るわ。それに
まだ、町の人たちの避難は済んでいないのよ」
「けど、このままじゃ!」
 フレイの言うとおり、このままではシャドウの装甲が持たない。だが、住人の避難には、まだ時
間が掛かる。
「ガーネット……。君は…」
 気絶した娘を抱きかかえながら、カインはガーネットの戦いを見守っていた。
 彼女は、この町を守ろうとしている。
 彼女とは何の関係もない、敵地であるこの町を。
 命を賭けて、守ろうとしている。
「うちの娘は、かなりのバカだよ」
 突然、アルベリッヒ博士の言葉が頭に浮かんだ。
「他人の笑顔を見るのが好き。自分の事より他人の事を大事にする。一度決めた事は絶対に覆
さない。今時、珍しいくらいの大バカ者だよ。あれは長生き出来ないな」
 そう言いながら、アルベリッヒはニッコリ笑った。
「だが、自慢の娘だ。あいつは正しい道を選び、歩く事が出来る女だ。悩み苦しみながらも、
堂々とな」
 邪悪な炎から町を守るシャドウを見て、カインはアルベリッヒの言葉が正しかった事を知った。
「お父…さん」
「! ルー、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……。お父さん、ガーネットさんに謝った?」
「………………」
「ルーね、考えたの。お父さんに怒られてから、考えたの。だけど、考えても考えても、お父さん
が悪いような気がするの。約束守らないお父さんが悪いような気がするの。ごめんなさい、お父
さん。けど、やっぱり…」
「ああ、そうだな。ルーの方が正しい。私が間違っていた」
「お父さん……?」
 カインは恐れていた。自分の作った武器が人を殺す事を。ルーの両親を始め、多くの命が失
われたこの戦争に、自分が係わってしまう事を。
 自分さえ武器を作らなければ、人は死なないと思った。死ぬ人は少なくなると思った。
 だが、現実は違った。あのジンが使っている火炎放射器のように、どこかの誰かが新たな武器
を作り出している。人を殺している。自分一人が沈黙したくらいで、世界は平和にはならない。
 ならば、どうする?
 今までのように沈黙するか? それとも………………託すか? 自分の願いを、一人でも多く
の人を救おうとしているバカな女に。
 カインはルーを下ろした。そして、ルーに町の外に出るように言った後、可能な限りシャドウに
接近した。
「なっ!」
 シャドウのカメラが、カインを捕らえた。これもカインの計算どおりだった。彼女は見逃さない。
絶対に見逃さない。
 カインは、とある方向に指を差した。その指先が示す場所は、彼ら親子の生きる場所、青いテ
ント。
「ガーネット・バーネット! サーカスへ行け! 君の新たな相棒が眠る地へ!」
 言うべき事を言った後、カインはその場を離れる。髪が少し焼けたが、まったく気にしない。
 カインの言葉は少なかったが、ガーネットは受け止めた。全てを理解した。サーカスに向かっ
て、シャドウが走る。
「逃がすか!」
 ゴールドファイヤーの炎がシャドウを襲う。が、たとえ地獄の業火といえど、今のシャドウは止ま
らない。炎を背に受けながら、シャドウは走る、走る。
 テントにたどり着いたシャドウは、ほろを取り去った。骨組みだけになったテントの中心、大黒
柱ともいうべき主柱を握る。
「まったく、灯台下暗しとはこの事ね。いつも眼にする物に隠すとは、カインさん、相変わらず用
心深い……!」
 主柱を引き抜く。崩れ去る骨組み。大地の中から引き抜かれた主柱の先端は特大サイズの油
紙に包まれていた。これを器用に破り捨てると、美しく輝く銀色の刃が現れた。
「なっ、何よ、あれは…?」
「槍……ね…」
 絶句するフレイとアキナ。
 その長さはおよそ20メートル以上。今、シャドウが手にしているこの巨大な槍こそ、≪ドラゴン
フライ・キル≫。カイン・メドッソの最高傑作にして、ガーネット・バーネットの新しい相棒。
「ふ、ふん、そんなオモチャで俺の炎を何とか出来ると思っているのか! その槍ごと溶かしてや
る!」
 火炎放射器≪スルト≫の出力を最大にする。そして、放射!
 シャドウは避けない。また町を庇っているのか? いや、違う。もう避ける必要が無いのだ。
「トゥエルブ、1番から4番、起動! はあああああああっ!」
 掛け声と共に、槍を炎に突き出す。
 瞬間、炎が貫かれた。
「!」
 その光景を見た全員が絶句した。ガーネット以外の全員が一瞬、我を失った。だが、フレイや
アキナ、カインやルーはともかく、オーマにとっては致命的なミスだった。
 この隙を見逃すガーネットではない。
 炎を貫いた≪ドラゴンフライ・キル≫の刃先は、そのまま直進。炎の源である≪スルト≫の発
射口を貫き、≪スルト≫を破壊した。
「なっ、何いいいい!」
 オーマが我を取り戻した時、自慢の≪スルト≫は爆発し、ガラクタになっていた。この火炎放射
器がなければ、ゴールドファイヤーは通常のジンと同じ、いや、それ以下のモビルスーツだ。
 戦闘能力を失ったゴールドファイヤーの喉元に、≪ドラゴンフライ・キル≫の刃先が突きつけら
れた。
「ぐっ……」
「随分と好き勝手やってくれたね。このまま串刺しにしてやってもいいけど…」
 その瞬間、ガーネットは殺気を感じた。オーマのものではない。この町からでもない、もっと遠く
の……。
「くっ!」
 身を伏せるシャドウ。直後、ゴールドファイヤーの胴体に風穴が空いた。地に倒れるゴールドフ
ァイヤー。
 穴が開いているのはコクピットだった。直撃だ。オーマの死体は無い。いや、死体そのものが
消し飛んだのか。
「アキナ、フレイ、レーダーには何か映っている?」
「え? えっと、ううん、何も…」
「そうか」
 レーダーにも映らないほどの長距離からの攻撃。同じような攻撃を受けた覚えがある。
『規律違反の仲間(バカ)を始末したのか』
 用心したが、第二弾は無い。仲間の粛清だけが目的だったようだ。今日は見逃してもらえた
が、いずれはこの恐るべき狙撃手とも戦う事になるだろう。強敵だが、負ける気はしない。
「ううん、負けられないの。だから、これからもよろしく頼むわよ」
 凄まじい切れ味を見せた『相棒』に、ガーネットは笑顔で挨拶した。



 翌日。
 町に燃え移った火は、ようやく消火された。町の三分の一が焼け野原になってしまったが、シャ
ドウの活躍に加え、避難が迅速だったため、死者は一人も出なかった。奇跡である。
 騒動が一段落ついた後、ガーネットたちはサーカスの団長にこっぴどく怒られた。まあ、団長に
無断でテントの主柱を≪ドラゴンフライ・キル≫とすり替えていたカイン程ではなかったが。
「君なら≪ドラゴンフライ・キル≫を使いこなせるだろう。人を殺すための道具ではなく、人の未来
を切り開くための道具として」
 別れ際、カインは断言した。
「ま、努力はしてみるよ。ところでカイン。この槍の名前だけど…」
「ああ。色々な文献を調べて、昔の名槍の名前を付けたんだ。いい名前だろう?」
「ううん、全然」
 ガーネットの言葉には、フレイとアキナも揃って頷いた。
「あ、フレイとアキナもそう思うんだ。やっぱりね。ドラゴンはともかく、フライはねえ。フライってハ
エって意味でしょう? だっさいわよ」
「確かに、そうね…」
「ネーミングセンスが感じられないわね。私たちで新しい名前を付けない? 例えば…」
「い、いや、君たち、ドラゴンフライというのはトンボという意味で…」
 というカインの声は三人娘には聞こえていないようだ。更に娘からも、
「お父さん、ネーミングセンスないの? そう言えば私のクマのぬいぐるみにも変な名前付けてる
ね。マックちゃんとか、プップさんとか……」
「ル、ルー! お前まで!?」
 娘の思わぬ攻撃にうろたえるカイン。だが、確かにこの男のネーミングセンスには問題がある
ようだ。
 その後、ガーネットの槍の名前については『製作者に敬意を表して、略すだけにしよう』という
事で話がまとまり、≪ドラグレイ・キル≫と名付けられた。
 昇る朝日を背にして、ガーネットたちはノーマントンの町を後にした。苦笑いしながら一同を見
送る父の顔をルーは笑顔で眺めた。そして、いつか平和になったら、自分たちのサーカスにガー
ネットたちを招待しようと誓った。

(2003・7/5掲載)
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