第13章
 トゥエルブ咆哮

 その日は、朝から雨だった。
 モルゲンレーテの倉庫から、密かに出港していくアークエンジェル。その様子を静かに見送る
ウズミ前代表とカガリ。隣にはキラの両親と、キサカらオーブ軍のメンバーたちもいる。
「…………」
「心配なのか、カガリ。彼らの事が」
「お父様……」
「大丈夫だ。彼らは強い。これからどんな過酷な運命が待っていても、きっと乗り越えてくれるだ
ろう」
「分かっています。けど、それでも不安なんです。何か、とても良くない事が起きるような気がして
……」
 カガリのそれは、根拠の無い直感だった。だが、だからこそ恐ろしかった。
『死ぬなよ、キラ、ガーネット、そして、みんな……』



 アークエンジェルの格納庫は、少し広くなっていた。オーブ所属の戦闘機クラウドウィナーを降
ろしたからだが、一機だけまだ残っていた。緑色に塗装されたその機体はアルル・リデェルの専
用機だったが、OS開発の協力の礼として、正式にオーブからアークエンジェルに『売却』されて
いた。売却といってもその値段はタダ同然だったが。
「アストレイの開発が済めば、私はあっちに乗る事になるわ。だから、これ、もういらないの。あな
たたちにあげるわ」
 そう言って、笑顔で愛機を譲ってくれたアルル。彼女の『友情』に応えるためにも、何としてもア
ラスカに行かねばならない。アークエンジェルの一同は改めて、その決意を固めた。
 クラウドウィナーのパイロットにはパイロット経験のあるアキナが、そしてカガリの後任となるス
カイグラスパー2号機のパイロットには、シミュレーションの成績が優秀なトールが選ばれた。新
体制のスタートである。
「間もなく、オーブの領海を抜けます」
 オペレータールームからのミリィの声に、全員が緊張する。中立国オーブからの脱出。それは
新たな戦いの始まりを意味している。ガーネット、キラ、フラガ、アキナ、トールはそれぞれの乗
機のコクピットで待機し、出撃に備える。
「キラ、ガーネット、前線はお前たちに任せる。トールとアキナちゃんはアークエンジェルから離れ
ず、艦の援護に専念しろ。いいな?」
「は、はい、フラガ少佐!」
「大丈夫です。頑張ります…」
「アキナ」
「ガーネット、何?」
「少佐の言うとおり、ホントに無理するんじゃないよ。危なくなったら、すぐに逃げるんだ」
「ええ、でも大丈夫よ。私だって、操縦に関してはまったくの素人じゃないんだから…」
「分かってる。それでも、無理するんじゃないよ。トールもね。あんたたちは、ここで死んじゃいけ
ないんだ。フレイやミリィのためにもね」
「うん…」
「はい、ガーネットさん」
 一同が会話をしている間に、ついにアークエンジェルはオーブの領海を抜けた。そして、敵の
襲来を告げる警報が鳴り響く。



 雨は降り止まない。
 オーブ近海のとある小島。そこがザラ隊とアークエンジェル部隊との戦場となった。ザラ隊の陣
容は隊長機のイージス、ブリッツ、バスター、ジュリエッタ姉妹のディンに、ロディアのビャッコ。だ
が、なぜかロディア機は後方に下がり、戦闘が始まっても前に出ようとしない。かといって、バス
ターのように援護射撃をする様でもない。不気味に沈黙している。
「何をしている、ロディア! なぜ攻撃に参加しない? 早く援護しろ!」
 アスランの命令にも、ロディアは返事をしない。どうもおかしい。そもそもロディアの機体ビャッ
コは接近戦を得意としており、後方に下がる必要など無い。ロディアの性格から考えても、あり
得ないことだ。
『なぜ、じっとしているんだろう? まさか、何か企んでいる……?』
 ニコルの心に、一抹の不安が過ぎる。が、
「ボーッとしてるんじゃないよ、ニコル! それとも、この私の前で余裕見せてるつもりかい!」
 ガーネットのストライクシャドウの攻撃が、その不安を打ち消す。≪ドラグレイ・キル≫の突きを
かわしたブリッツは即座に体勢を立て直し、≪スパイラルダート≫を全弾発射。だが、≪ドラグレ
イ・キル≫によって全て打ち落とされた。
「まさか、こんなオモチャで私に勝てると思っているんじゃないだろうね? アラスカに行く前に、
あんたとの決着をつけさせてもらうよ!」
 そう、ここで決着をつける。つけなければならない。
 これ以上、あんたが強くなる前に。これ以上、あんたと言葉を交わす前に。
 シャドウの鋭い連続突き。かわすブリッツ。
「くっ……! 相変わらず、強い。けど、僕もそろそろ貴方とは決着をつけたいんですよ!」
 これ以上、親しくなる前に。これ以上、貴方の事を知る前に。
「行きますよ、ガーネット・バーネット!」
「ニコル・アマルフィ!」
 ≪ドラグレイ・キル≫と≪ケルベロス・ファング≫、互いの必殺武器が互いの機体に迫り、かわ
して、即座に追撃。これもかわす。両者、ほぼ互角の攻防。



「イージス! アスラン……!」
「白いストライク、キラか!」
 別の場所では、もう一つの宿命の対決が始まっていた。
 親友同士の戦い。それはあまりに激しく、そして哀しい戦い。
 変形したイージスの≪スキュラ≫が発射、ビーム光がエールストライクの顔をかすめる。ストラ
イクの反撃、ビームライフルがイージスに向けられ、光弾が放たれる。変形を解除し、かわすイ
ージス。
「くっ、アスラン、どうしても戦わないとダメなのか……!」
「キラ、お前を殺したくない。だが、お前が地球軍に味方するというのなら、ガーネット・バーネット
同様、お前も、俺の……敵だ!」
 心で涙を流しながら、アスランは、イージスの内蔵ビームサーベルをストライクに振り下ろす。
親友を殺すために。
「ア…スラーーーン!」
 キラもまた、エールストライクのビームサーベルを抜き、イージスの攻撃を受け止める。光が飛
び散り、閃光が走る。
「どけ、アスラン! そいつは俺が片付ける!」
 後方で控えていたディアッカが吠える。バスターが誇る二つの大砲、94o高エネルギー収束
火線ライフルと350oガンランチャーがストライクに向けられた。この場にいない友人に代わり、
仇敵を倒そうとする。だが、
「おっと、そうはさせん!」
 ランチャーパックを装備したフラガのスカイグラスパーが、バスターを攻撃。上空からの≪アグ
ニ≫の一撃がバスターのガンランチャーに命中し、見事に破壊した。
「くっ、たかが戦闘機風情が!」
「こいつ(バスター)の相手は俺がする! キラ、イージスは任せたぞ!」
「は、はい!」
 キラの返事を聞いたフラガは、そのままバスターに向かう。バスターからのミサイル弾をかわし
て≪アグニ≫を発射するが、今度はかわされた。
「ちっ、やはりそう簡単にはいかんか……」
「調子に乗るなよ、戦闘機!」
 宇宙以来の因縁の二人が激突する。



 アークエンジェルにはルミナとカノンのディンが攻撃を仕掛けていた。護衛役のトールとアキナ
がそれに立ち向かうが、相手は『双翼の死天使』といわれる程の凄腕。シロウト同然の二人が
敵う相手ではない。撃墜されずにいるだけでも奇跡だ。
 もっとも、トールたちが撃墜されていないのは、運だけが原因ではない。攻撃を仕掛けているジ
ュリエッタ姉妹に『その気』が無いからだ。
 ルミナのディンは、再三に渡ってアークエンジェルに接近していた。一度は、ブリッジのすぐ側
にまで近づく事ができた。だが、どうしても攻めきれない。オーブでの出来事を思い出してしまう。
『もう日が暮れるな。それじゃあ、俺、艦に戻るから』
 そう言ってから、自分の失言に気付いて、少しだけ顔を赤くした少年、サイ・アーガイル。間違
いない、彼は今、あの艦に乗っている。そう思うと、あと一歩のところで攻撃の手が緩んでしま
う。シロウト同然のトールが操縦する戦闘機にさえ、手こずっている有様だ。
「くっ、何をやっているのよ、私は……」
 一方、カノンも困っていた。さっきから自分の周りを飛び回っている緑の戦闘機。その操縦席
に先日、浜辺で一緒に遊んだ少女が座っているのが見えたのだ。ヘルメットを被っているが、間
違いない。
「確か、アキナって名前だったわね。ま、ガーネットのお仲間だし、こうなる事も予想してたけど、
やっぱちょっとキツいわね……」
 やはりこちらも攻めきれない。いずれの戦局も膠着状態に陥っており、時間だけが刻々と過ぎ
ていった。
 だが、ついにその時が来た。
「よーし、始めるとするか。こちらロディア・カラゴ。レオン、そっちの準備は出来ているか?」
「ああ。いつでもいいぜ」
 無線機からのレオンの返事に、ロディアは不気味な笑みを浮かべた。
「おっしゃあ! 行くぜ、ガーネット・バーネット!」
 ビャッコが駆ける。そして、背中のレールガンで、ブリッツと戦っていたシャドウを背後から攻
撃。着弾寸前で気付かれ、かわされたが、ガーネットの注意はブリッツからビャッコに向けられ
た。
「白いバクゥ、ロディア・ガラゴか!」
「ひゃはははははっ! さあ来なよ、ガーネット・バーネット! 白と黒、どっちが強いか、はっきり
させようじゃねえか!」
 叫びながらロディアは、ビャッコのレールガンを乱射。味方のブリッツまで、危うく当たるところ
だった。
「くっ……! ロディアさん、危ないじゃないですか!」
「はははっ、オーブでも言っただろ、ニコル! 俺はてめえが嫌いなんだ。ガーネットと一緒に死
んでくれるなら、こんなに嬉しい事はねえ!」
「無茶苦茶な事を言って……!」
「死にたくなかったら、俺の邪魔するんじゃねえよ!」
 レールガンを乱射。いや、乱射というレベルでさえない。四方八方に撃ちまくっており、もうメチ
ャクチャだ。
 その傍若無人ぶりに、ついにガーネットがキレた。
「この、白バカが! いい加減にしな!」
 シャドウがビャッコに迫る。
「へっ、捕まってたまるかよ!」
 逃げるビャッコ。
「逃がすか!」
 追うシャドウ。ニコルのブリッツも、この二機を追う。ホバーによるジャンプを繰り返し、三機は
隣の小島にやって来た。
「ちっ、ニコルまで来やがったか。おいレオン、余計なのまで連れて来ちまったけど構わねえ
か?」
「構わん。あのモビルスーツにも、フォルドを殺られた借りがあるからな」
 森の中から、金色のモビルスーツが現れた。両腕に巨大な爪を装備した、黄金のジン。もう何
度も戦ってきた相手だ。
「ゴールド・ゴースト! こんな所に…!」
「こんなにタイミング良く現れるなんて、偶然じゃない……。まさかロディアさん、この傭兵と手を
組んだんですか?」
「ご明答だ、ニコル。殺したい相手が同じなんだ。協力し合うのが筋だろ? それにこちらのレオ
ンさんは、てめえより遥かに人間が出来ている。料金も格安だったし、色々プレゼントしてくれた
しな」
「プレゼント?」
「おおよ!」
 ロディアは懐から小さなカプセルを十数個、取り出した。それを一気に飲んで、携帯水筒の水
で腹の中に流し込む。
「…………っくぅ〜〜〜〜〜! キクぜえ! 頭スッキリ、体力モリモリ、まるで神様にでもなった
気分だぜええええ! レオン、ありがとよ! こいつは最っっっっっっ高だぜ!」
「当然だ。そいつを手に入れるのに、随分と金を使ったからな」
 そう言って、レオンもカプセルを飲む。
 二人が飲んだ薬は、β−グリフェプタンと呼ばれる劇薬である。これは投与した人間(ナチュラ
ル、コーディネイターの区別無く)の神経や身体能力を飛躍的にアップさせるのだが、副作用も
激しく、飲んだ人間は精神的に極めて不安定になってしまう。
 この薬はブルーコスモスの影響下にある連合軍の極秘施設で研究されていたのだが、依存性
が低すぎるため正式採用されず、試作品が裏ルートに流れた。それを先日、レオンが手に入れ
たのだ。かなりの金を使ったが、それだけの価値はある。
「さあ、いくぞガーネット・バーネット! この戦いの為に俺は、今まで稼いだ金を全てつぎ込んだ
んだ。貴様の命でも貰わないと、釣り合いが取れないんだよ!」
 レオンのゴールドクローが突進してくる。速い! 今までとは段違いのスピードだ。
「トゥエルブ、1番から4番!」
 咄嗟にトゥエルブ・システムを起動させ、シャドウと自身の反応速度を上げるガーネット。その
判断は正しかった。紙一重でゴールドクローの攻撃をかわす事ができた。
「おいコラ、レオン、てめえ何を勝手な事やってんだよ! その女を殺すのは俺だぞ! てめえ
は俺のサポートする約束だろうが!」
 ロディアが文句を言う。
「ああ、すまない。つい、興奮してしまってな。薬の副作用かもしれん」
「気をつけろ、バカ。とにかく、ガーネットは俺が殺る。お前は、ニコルの方を片付けろ」
「いいのか? 同じザフトの仲間だろう」
「構わねえよ。人の獲物に手を出す下品なお坊っちゃまに、世間の厳しさってやつを教えてや
れ!」
「了解した」
 標的は決まった。ビャッコがシャドウに、ゴールドクローがブリッツに、それぞれ襲い掛かる。
「くっ、僕まで殺すつもりですか、レオン・クレイズ!」
「貴様もガーネット同様、ゴールド・ゴーストの名に傷を付けた罪人だ! 死んでもらうぞ!」
「さあ、死んでもらうぜ、ガーネット・バーネット! てめえを殺して俺は、名実共にナンバー1にな
る! 白き英雄の伝説に華を添えてもらうぜ!」
「こいつら、前とは全然違う……。この短期間に、なぜ?」
 降りしきる雨の中、四機のモビルスーツが激突する。
 戦況はロディア&レオン組が優勢だ。薬によるパイロットの肉体強化のせいだけでなく、どうや
らモビルスーツの中身もかなり改造したらしい。ガーネットもニコルも圧倒されている。というよ
り、この二人でなければ、とうの昔に落とされていただろう。
『トゥエルブを4番まで使っているのに、この様か。こいつら、本当に強い』
 さすがのガーネットも、焦りの色を隠せない。



 パイロットの疲労のせいか、バスターの動きがわずかに鈍った。それは本当に一瞬の隙だっ
たが、フラガは見逃さなかった。
「もらった!」
 ≪アグニ≫を発射し、バスターの左腕を吹き飛ばす。
「ぐわっ!」
 地に付すバスター。ミサイルの残弾は既に底を付き、機体のエネルギーも残り少ない。ダメー
ジも大きく、逃げる事は不可能。アスランたちとは離れすぎており、助けも期待出来ない。
「参ったね、ジリ貧かよ……」
 ぼやくディアッカ。上空のスカイグラスパーを見ると、その絶大な威力を誇る大砲をバスターに
向けている。
「………………俺の負け、か」
 ディアッカはハッチを開け、両手を上げながら外へ出た。ナチュラルに屈するなど悔しいし屈辱
だが、死ぬよりはマシだ。
「雨かよ……。うっとおしいな」
 彼は雨が嫌いだった。



 一方、アークエンジェル近辺の戦いも終局を迎えようとしていた。攻め手に欠ける(というより攻
める気があまり無い)ジュリエッタ姉妹のディンは、少しずつ追いつめられていた。
「うーっ、このままじゃ埒が明かないよー……。お姉ちゃん、一度、船に引き返さない?」
「……ダメよ、カノン。ザラ隊長から、まだ撤退命令は出てないわ」
「けど、アタシもう……あんまり戦いたくないよ。アスラン様の役には立ちたいけど、ちょっと、辛
いよ……」
 アキナのクラウドウィナーの攻撃をかわしながら、カノンが弱音を吐く。彼女にとって『友達』と
は『一緒に楽しく遊んでくれる人』の事であり、『殺し合う相手』ではない。
「カノン……」
 辛いのはルミナも同じだ。顔を見知った人間と戦う事がこれほど辛いとは思わなかった。プラ
ントを、大切な人を守るために戦うと決めた心が揺らぐ。自分がこんなに弱い人間だったとは思
わなかった。
「? あれは……」
 少し離れた小島から、爆炎が上がっている。戦闘が行われているのか?
「一体、誰が?」
 そういえば、先程からガーネットの乗る黒いストライクの姿が見えない。ニコルのブリッツもだ。
あの二機が戦っているのか?
「カノン、足つきはもういいわ。私たちの本来の仕事をしましょう」
「本来の仕事?」
「ラージ先生の名を汚したあの女、ガーネット・バーネットをこの手で倒す! 私たちはその為に
地球に降りてきたんだから」
 確かにそうだが、今、ルミナがガーネットとの戦いを選んだ理由は、師のためではなかった。
 知り合いと戦いたくない。あの優しい少年と戦いたくない。
 傍から見れば、一種の逃避であり、あまりに愚かな行為だった。だが、その時のルミナは自分
の本心には気付いていなかったし、これがベストな選択だと思ったのだ。
「あ、そうだね。ちょっと忘れてたよ」
「カノン、あなたねえ……」
「ゴメン、ゴメン。それじゃあ、行こうよ、お姉ちゃん! ぐずぐずしてると、ニコルさんが倒しちゃう
かもよ!」
 勢いよく飛び立つカノン機。
「あ、ちょっと、待ちなさい、カノン!」
 ルミナ機も後を追う。
 突然、撤退した二機を見て、トールは一息ついた。
「ふう、何とか追い払ったね。大丈夫、アキナ?」
「うん…。けど、どうしてあの人たち、逃げたのかな? 攻撃も何だか、あまり本気じゃなかった
みたいだし」
 アキナは、あの二機が飛び去った方向を見た。ここから少し離れた小島。煙と炎が上がってい
るのが見える。
「! まさか、ガーネットを…!」
 敵の狙いを知ったアキナは、クラウドウィナーを全速力で飛ばす。
「あ、お、おい、どこ行くんだよ、アキナ!」
 トールも慌てて、スカイグラスパーで後を追う。アークエンジェルからの帰還命令は、あえて無
視した。
『トイレ掃除一週間だけじゃ、済まないかもな』
 けど、友達を見捨てるわけにはいかない。トールは覚悟を決めた。



「うわあああああっ!」
 地の底からの爆炎と衝撃が、シャドウを空高く吹き飛ばす。さらに、
「おらおらおら! 死ねや、コラアッ!」
 ロディアのビャッコがレールガンを連射。空のシャドウを撃つ。
「ぐっ!」
 まともに食らいながらも何とか堪え、シャドウは着地した。フェイズシフト装甲でなければ、確実
に殺されていただろう。
「ちっ、好き放題にやってくれる!」
 焦るガーネット。ただでさえ手強い相手なのに、島中に埋め尽くされている対モビルスーツ用の
高性能地雷のせいで、思うように動きがとれない。
「この島そのものが、奴らの罠だった訳か……。抜かったね」
 遠くでまた爆発音。ニコルのブリッツが地雷を踏んだのだろう。あちらもかなり苦戦しているよう
だ。
『援護は期待できないね。って、さっきまで殺し合っていた相手に期待するのもおかしな話か。キ
ラたちもアスラン相手じゃ、そう簡単には片付かないだろうし……。やるしかないか!』
 息を大きくついた後、ガーネットは叫ぶ。
「トゥエルブ、5番、起動!」
 それはかつて、血反吐を吐いて死にかけた領域。だが、再び行かねばならない。そして今度こ
そ、使いこなさなければならない。生き延びるために。
「うっ……ぐあっ………!」
 筋肉が、内臓が、血管が、体の全てが悲鳴を上げる。脳を直接えぐり出されるのではないかと
思うほどの頭痛。神経が次々と切れては、また繋がり直されるような不可思議な感触。常人な
ら、とても耐えられぬほどの異常過ぎる『情報』がガーネットの全身を襲う。だが、
「がっ……はあっ………………があっ!」
 ガーネットは耐えた。そして、ついにモノにした。トゥエルブ5番目の聖域を体得したのだ。
「ふうう……。さて、と」
 乱れてしまった感覚を研ぎ澄ます。視覚、聴覚、嗅覚など、五感はもとより、自らの経験と知識
によって築き上げた『第六感』に至るまで、一瞬で、されど徹底的に研ぎ澄ませる。
『……分かる、そして見える。センサーやカメラアイに頼らなくても、敵の位置や地雷を生めた場
所が、よーく分かる!』
 これこそがトゥエルブ・システムの真の力。モビルスーツの強化ではなく、パイロットである人間
そのものの感覚を強化する機能。
「何、ボーッとしてやがるんだ、ガーネット・バーネット! そんなに死にたきゃ、望みどおり殺して
やるぜ!」
 ロディアのビャッコが襲ってきた。だが、今のガーネットには『分かる』。彼の体の異常も、考え
方も、その行動パターンも全て。
「薬を使っているのか……。バカな奴」
 ≪ドラグレイ・キル≫が唸る。
 瞬後、ビャッコ自慢の牙が、一本叩き落された。
「なっ!」
 驚くロディアに、シャドウのさらなる追撃。速く、そして鋭い突きの連続。今度はロディアが防戦
一方になった。
「ど、どうなってるんだ、こりゃあ! さっきまでとは別人みたいじゃねえか!」
 かわすのが精一杯だ。薬で強化していなければ、牙を折られた直後の突きで勝負はついてい
ただろう。強い、強すぎる。
「くそがあっ! てめえみたいなクソ女にこの俺が、ロディア・ガラゴが負けてたまるか!」
「待て! 無茶をするな、ロディア!」
 レオンからの通信が入る。
「その女の強さは予想済みだ。悔しいが、俺たちがタイマンで勝てる相手じゃない。だが、この島
は俺たちの縄張りだ。俺が全財産をはたいて作った罠は、地雷だけじゃない」
「…………へっ、そうだったな。どんな手を使おうが、勝てばいいんだ、勝てば」
 冷静さを取り戻したロディアは、予め打ち合わせていた『その場所』に向かってビャッコを走ら
せる。ブリッツと戦っていたレオンのゴールドクローも、ビャッコの後に続く。
「逃げるのかい、ロディア・ガラゴ! そうはいかないよ!」
「レオン・クレイズ、逃がしませんよ!」
 ガーネットとニコルは後を追う。だが、ガーネットはミスをした。目の前の敵を追う事に夢中にな
って、感覚を研ぎ澄ませる事を忘れてしまったのだ。集中力を欠いた状態では、トゥエルブ・シス
テムの恩恵を受ける事はできない。今のガーネットは普通のコーディネイターだった。故に、行く
手に待つ恐ろしい罠に気付かなかった。
「!」
「なっ!」
 ガーネットもニコルも、気付いた時には遅かった。
 突如、地中から十数機の見慣れぬマシンが二機の周囲を取り囲むように現れて、極太のワイ
ヤーを放出。ストライクシャドウとブリッツの体に、ワイヤーを何重にも巻きつけた。
「こ、これは……!」
「くっ、こんなロープなんかでシャドウが止まるとでも…!」
 ニコルもガーネットも、機体をフルパワーにしてワイヤーを引きちぎろうとするが、ワイヤーはビ
クともしない。
「ふん、無駄だ。その超硬質性ワイヤーは、モビルスーツの力で引きちぎれるような代物ではな
い」
 嘲笑うレオン。
「はははははっ! やるじゃねえか、レオン! けど、大丈夫なんだろうな?」
「安心しろ。あのワイヤー放出装置・アラクーネは俺たちのモビルスーツ同様、かなり改造してあ
る。ワイヤーも最上級の特注品だ」
「へえ、金をかけているんだな」
「ああ、この罠にはゴールド・ゴーストの全財産をつぎ込んでいる。絶対に負ける訳にはいかん
のだ。ここで仕留める!」
 動けないシャドウに、ゴールドクローの鋭い爪が迫る。
「くっ、この、卑怯者どもめ……!」
「まずは黒いストライク! その頭、潰させてもらう!」
 振り下ろされる黄金の爪。さすがのガーネットも、死を覚悟した。だが、
「ガーネット!」
 空から現れた緑の矢。アキナのクラウドウィナーだ。トールのスカイグラスパーもその後方を飛
んでいる。さらにその後ろには、ジュリエッタ姉妹のディン。どうやらここに来るまでに、アキナた
ちに追い抜かれたらしい。
 そしてトールのスカイグラスパーが、後から来たジュリエッタ姉妹を牽制している間に、アキナ
のクラウドウィナーが急降下。ビームキャノンでシャドウを捕らえているワイヤーを、一部焼き切
る。
「アキナ!」
「ガーネット、待ってて、すぐに助けて…」
 そう言って第二射を放とうとしたその時、アキナの眼前に黄金の悪魔が現れた。
「あ…!」
「余計な事するんじゃない、このカトンボが!」
「! やめ…」
 ガーネットの叫びは、最後まで続かなかった。
 ゴールドクローの爪は容赦なく、クラウドウィナーの操縦席に振り下ろされた。
 その瞬間、アキナの脳裏には、二人の親友と、つい先日、友達になったばかりの女の子の顔
が浮かんだ。
『ガーネット、フレイ……。カノン…』
 三人とも優しい笑顔だった。
 直後、非情なる悪魔の爪は操縦席ごと、少女の体を砕いた。大爆発するクラウドウィナー。
「あ………」
「え? あれは、アキナの……そんな…」
 ガーネットも、カノンも、言葉にならない。言葉にできない。それほどの衝撃。
「お、お前ら、よくもアキナを!」
 怒りに燃えるトールが、ゴールドクローを攻撃する。だが、当たらない。
「ケッ、うっとーしいんだよ。テメーも死ね!」
 ビャッコのレールガンが火を吹く。その光弾は正確にスカイグラスパーの操縦席を貫いた。
 自分が死んだ、と自覚する間も無く、トールは光熱の中に消えた。
「………………」
 何だ、これは。私は悪い夢でも見ているのか?
 アキナが死んだ。トールも死んだ。
 死んだ。二人とも死んだ。私の目の前で、二人とも死んだ。助ける事もできなかった。
 ガーネットの心に、哀しみと絶望の闇が広がっていく。
『私は……何て……無力なんだ…………』
 茫然自失となっているガーネットをよそに、レオンとロディアの凶行は続いていた。次のターゲ
ットは、
「キャアアアアアッ!」
 カノンのディンの羽根が、ビャッコのレールガンに射抜かれた。バランスを失い、地に落ちるカ
ノン機。
「カノン! ロディア、どうして私たちを! 私たちは、あなたの味方…」
「味方だと? 笑わせんな! 敵をのこのこ連れてきやがって、この能無しどもが! もう少しで
楽しめなくなるところだったじゃねえか。それに、てめえらの事も前から気に食わなかったんだ。
ニコルやガーネット共々、ここで始末してやるよ!」
 ホワイト・バーサーカー。ルミナはロディアの異名を思い出した。この男にはもう、敵も味方もな
い。気に入らない者は全て倒す、文字通りの狂戦士だ。
「くっ……」
 立ち上がろうとするカノン機だが、そこへビャッコが追撃。残された牙でカノン機の胴体に食ら
いついた。
「キャアアアッ!」
「カノン!」
「このクソアマが。てめえが陰で俺の悪口言ってた事は知ってるんだよ! おらあ、死ねやあ!」
 ビャッコに食いつかれた箇所が爆発し、倒れるカノン機。全壊こそ免れたが、とても動ける状
態ではない。パイロットも同様だった。
「う…あ……、お姉ちゃん、アキナ……」
 血まみれになりながら、カノンは呟き、そして意識を失った。
「カノーーーン!」
 助けに向かうルミナ機だが、その背後をレオンのゴールドクローが取った。
「!」
「ロディアの言うとおりだ。能無しどもめ、とっとと死ね!」
 ディンの白い羽根を、黄金の爪が砕く。
「キャアアアアアアッ!」
 落下するルミナ機。ギリギリでバランスを取って不時着するが、激突の衝撃で機体は半壊。ル
ミナも気絶してしまった。
「カノンさん、ルミナさん! お、お前たち、何て事を……」
 温厚なニコルも、この蛮行には黙っていられない。動けない身だが、二人の悪魔を糾弾する。
「ロディア・ガラゴ! 同胞たるコーディネイターを、それも助けに来た味方を攻撃するなんて、非
常識にも程がある! これはもう、ザフトに対する立派な反逆行為です!」
「はっ、それがどうした? ナチュラルもコーディネイターも、ザフトも地球軍も、俺には関係ね
え。ムカつく奴はブッ殺す。それだけだ。あの小娘どもも、てめえも、ガーネットもムカつく。だか
ら殺すんだよ! ハハハハハ!」
 全てを嘲笑うロディア。薬物のせいなのか、それとも、これがこの男の本性なのか。分かってい
るのは、この男が危険すぎるという事だ。
「ロディア、無駄口は、もういいだろう。そろそろこの二人を始末しよう」
「ああ、そうだなレオン。それじゃあ俺がガーネットを殺るから、お前はニコルの方を……ん?」
 ここでロディアは異変に気付いた。先程からまったく動かないストライクシャドウから、異常なま
での殺気を感じる。
「う、うげっ……」
 いや、これは殺気などという生易しいものではない。空間そのものが震え、犯されていくような
感じがする。
 息が詰まる。気分がどんどん悪くなっていく。ロディアの全身から脂汗が噴き出し、体もガタガ
タ震え出した。薬物によって研ぎ澄まされた感覚が、ロディアに危険を伝えているのだ。
「な、何だこれは、どうなってやがる!?」
 思わず後ずさりするロディア。ここでようやく、ニコルとレオンも、シャドウの、ガーネットの異変
に気が付いた。
「ガーネットさん……なのか? この嫌な空気を発しているのは…」
「な、何だこのプレッシャーは?」
 幾度となくガーネットと戦い、互角の技量を持つまでに至ったニコルも、歴戦の猛者であるレオ
ンも震え上がるほどのプレッシャー。
 それは少し離れた島で、今なお戦っているキラとアスランも感じ取っていた。
「うっ……、こ、この気配は、ガーネットさん?」
「な、何だこの嫌な気配は! これはまるで、悪魔のような……」
 異常すぎるほどの殺気が、全てを覆い尽くそうとしていた。その中心にいるのは漆黒のストライ
ク、シャドウ。そして、そのパイロットであるガーネット・バーネット。
「…………………………許さない」
 ガーネットがそう呟くと同時に、シャドウは自らを絡め取っているワイヤーを、力任せに引きち
ぎった。クラウドウィナーの攻撃でワイヤーの一部が焼き切れているとはいえ、こうも簡単に引き
ちぎるとは。
「許さない」
 アラクーネがワイヤーを放出し、再度シャドウを捕らえようとする。だが、シャドウは難無くこれ
をかわし、逆にアラクーネたちを次々と破壊した。
「許さない」
 十数機のアラクーネが全て破壊されるまで、一分もかからなかった。ニコルのブリッツを縛って
いたワイヤーも自然に解けた。だが、ニコルは喜べなかった。
「ガーネット、さん……?」
 罠の要を破壊されているのに、ロディアもレオンも動けなかった。体の震えが止まらない。それ
は生まれて初めて感じる『真の恐怖』だった。
「許さない」
 ついに≪ドラグレイ・キル≫の刃先が、ロディアのビャッコと、レオンのゴールドクローに向けら
れた。
「!」
「!」
 一瞬の静寂。そして、
「トゥエルブ、1番から12番まで全て起動! 全ての敵を……殺す!」
 ガーネットの叫びに、十二個のブラックボックスが応える。黒く冷たい箱の中で眠っていた十二
個の脳髄が、一斉に眼を覚ました。そして、彼らの、彼女らの全てをガーネットに与えた。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああっ!」

 咆哮。
 大地が、空気が震える。
 今まで降っていた雨も、突然止んだ。
 そして、再び静寂。だが、それは長く続かなかった。
「くっ、舐めるなよ、ガーネット・バーネット!」
 レオンのゴールドクローが、シャドウに襲い掛かる。勇ましい様だが、それはただ恐怖から逃
れるための愚行に過ぎなかった。
「…………」
 ガーネットとトゥエルブは、ゴールドクローの動きを一瞬で分析。そして、次にゴールドクローが
立つであろう場所に向かって、無造作に≪ドラグレイ・キル≫を突き出した。
「ガッ!」
 槍の刃は、ゴールドクローの胴体を貫いていた。傍から見ていたニコルとロディアには、まるで
ゴールドクローが自分から当たりにいったように見えた。
「バ、バカな、この俺が、ゴールド・ゴーストが、こんな小娘一人に……」
 脱出する間も無かった。爆発するゴールドクロー。これがかつて、世界最強と謡われた傭兵集
団、ゴールド・ゴーストの最後であった。
「あ、あわわわわ……」
 あまりに呆気ないレオンの死に、ロディアの恐怖はますます高まる。
「う、わ、うわあああああああ!」
 逃げ出すビャッコ。だが、シャドウに回り込まれた。
「!」
「…………」
 沈黙を保ったまま、ガーネットは≪ドラグレイ・キル≫でビャッコの胴体を貫いた。だが、ロディ
アは一瞬早く、脱出に成功。爆発四散するビャッコも、仇敵シャドウも振り返る事無く、逃げてい
った。
「じょ、冗談じゃねえ! あんな、あんなバケモノと殺り合うなんて、俺はゴメンだ! くそっ、くそ
っ、くそっ……」
 屈辱と恐怖と安堵を感じながら、ホワイト・バーサーカーことロディア・ガラゴは森の中に姿を消
した。
「…………」
 全て終わった。
 今、この場に残っているのは、呆然と立ち尽くすシャドウとブリッツのみ。
「…………ガーネットさん」
 ニコルはもう、ガーネットと戦う気は無かった。ロディアの事といい、色々な事がありすぎた。か
ろうじて生きているジュリエッタ姉妹を収容して、アスランと合流して一旦引き上げようとする。
 だが、
「!」
 ≪ドラゴンフライ・キル≫がブリッツを襲った。かろうじてかわすが、シャドウはこちらに向けて
槍を構えており、戦闘態勢を取っている。
「ガ、ガーネットさん……。くっ!」
 ニコルはブリッツの拡声装置のスイッチを入れた。そして、自分の言葉を外に向かって、大声
で放つ。
「待ってください、ガーネットさん! 僕はもう、貴方と戦うつもりはありません。どうか見逃してくだ
さい!」
「…………」
 ガーネットからの返事は無い。そして再び、ブリッツに迫る。
『くっ……。あの異常なまでの殺気といい、何なんだ? 一体、何が起こっているんだ?』
 ニコルの疑問に答える者はいない。ガーネットも、そしてトゥエルブ・システムの中核である十
二個の脳も答えない。彼女と彼らの目的はただ一つ。
「………………殺す。敵は、殺す……!」

(2003・8/23掲載)
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