第17章
 インフィニティ・ナックル

 オペレーション・スピッドブレイク。
 青き空を覆い尽くすかのごとく、続々と降りてくるザフトのモビルスーツ群。飛行能力を持つディ
ンが地上からの反撃を牽制し、ポッドに積まれたジンの軍団が地に降り立つ。海からもバクゥや
ザウート、グーン、ゾノなど地上戦用及び水陸両用モビルスーツたちが上陸する。
 圧倒的なザフトの軍勢に対して、連合の戦力は、あまりにも少な過ぎた。ただでさえ連合の通
常兵器とザフトのモビルスーツとの戦力差は大きいのに、数の面でも劣っている。アラスカの陥
落は時間の問題だった。
「スピッドブレイク、順調だな。パトリック・ザラめ、今頃はプラントの執務室で勝利の報告を待ち
わびているだろう」
 白く塗られた専用のディンの中で、クルーゼは苦笑した。マヌケ、という言葉がよく似合う彼の
「仮の主」に対して。
『アズラエルの情報どおり、連合は戦力を温存しているようだな。そうだ、それでいい。ザラ議長
閣下、貴方の思い通りにはなりませんよ。このアラスカの大地はザフト滅亡への第一歩となるの
だ。そう、全ては我らが神の為に!』
 連合の戦力を適当に片付けながら、クルーゼはこの後に訪れるであろう地獄の光景を想像
し、歓喜に震えていた。それは世界の全てを呪う彼にとって、至高の楽園にも等しい光景だっ
た。



 敗色濃厚な地球軍の中で、唯一奮闘している艦があった。
 地球連合軍・大西洋連邦所属、モビルスーツ搭載・強襲機動特装艦、アークエンジェル。
 幾多もの死線をかいくぐって来た、歴戦の強者たちが乗り込むこの艦は、ザフトにとっては脅
威であり、地球軍にとっては最強の戦力。だが、同時に「やっかい者」であった。
 この艦の無敵伝説を支えてきた二人のパイロット、キラ・ヤマトとガーネット・バーネット。共に
忌まわしきコーディネイターであり、しかも一人は悪名高き『漆黒のヴァルキュリア』。そんな連中
の力を借りた恥知らずどもに、地球軍の一員たる資格は無い。そう判断した地球軍の上層部、
いや、ナチュラル至上主義団体ブルーコスモスの面々は、アークエンジェルから『優秀なナチュ
ラル』であるナタル・バジルール副長とムウ・ラ・フラガ少佐を降ろし、アークエンジェルをここアラ
スカの守備隊として駐留させた。
 スピッドブレイクの情報は、クルーゼやリヒター・ハインリッヒを通じて、地球軍に漏れていた。
それに対抗するための極上の『罠』も準備した。ザフトから目の仇にされているアークエンジェル
は、連中を引き付ける『いい餌』になる。そう判断した上層部は、大西洋連邦の対抗勢力である
ユーラシア連邦の兵士たちと共に、アークエンジェルをこの地に置き去りにしたのだ。
 上層部の速すぎる撤退を知ったフラガは、一人アラスカ基地の奥を探る。そして、見つけたの
だ。狂気にも等しき悪魔の兵器のデータを。
「サイクロプスだと! 正気か、あの上層部(バカども)は!」
 地球軍がこの地に仕掛けた『罠』、サイクロプス・システム。強烈なマイクロウェーブによって、
生物の体内の水分を沸騰させて、破裂死させる、残虐性においては『核』をも上回る兵器。い
や、兵器と呼ぶのもはばかる殺戮機械だ。
 倉庫に残っていた戦闘機に乗り込み、フラガはアークエンジェルに飛ぶ。敵の攻撃を潜り抜
け、機体をボロボロにしながらもアークエンジェルに着艦したフラガは急いでブリッジに向かい、
マリューに事の次第を伝える。
「そんな……!」
 驚愕するマリュー。ノイマンも、その隣に座っているサイも、カズイも、ミリィも、かつてサイが座
っていた席にいる少女、ナナイ・アンドーも同じように驚き、絶望していた。
「ミリィ、私たち、味方に殺されるの?」
 ナナイの質問に、ミリィは答える事が出来ない。それはマリューやフラガ、他の誰に訊いても同
じだろう。それでもナナイは問い続ける。
「私たち、何のためにアラスカまで来たの? 地球軍に殺されるため? そんなのって…」
「まだだ!」
 悲痛な問いに溜まりかねたフラガが叫ぶ。
「まだ、俺たちは生きている! こんなところで死ぬために、今まで生きてきたんじゃない! そう
だろ、艦長?」
「少佐…………。ええ、そうね」
 頷くマリュー。そして、決意の命令を伝える。
「ザフト軍を誘い込むことが作戦ならば、本艦はその任を果たした。直ちにこの海域を離脱しま
す! これは私の独断です!」
 異議を唱える者はいない。
 ミリィが、隣のナナイの肩に手を置く。
「大丈夫よ。キラもガーネットさんもいないけど、逃げるぐらいなら私たちだけでも出来るわ」
「ミリィ……」
「トールは私たちを守るために戦って、そして……。だから私たち、絶対に死んじゃいけないの」
 愛する人を失っても、その眼は生きる力を失っていない。ナナイはミリィの強さに少し感動し
た。
「脱出もかなり厳しいが諦めるな! 俺も出る!」
「少佐!」
「そんな不安げな顔をしなさんな、艦長。忘れたの? 俺は『不可能を可能にする男』だぜ」
 ニッコリ微笑んで、司令室を出て行くフラガ。ミリィと同じく彼もまた、絶望を認めぬ強き心の持
ち主だった。



 戦況は、圧倒的にザフトが優勢だった。既に先発隊はアラスカ基地の内部に潜入しており、基
地の陥落は目前だ。
 それはザフトの勝利? いや、違う。それは真の地獄へのカウントダウンの始まりだった。
 フラガ少佐の乗るスカイグラスパーが道を切り開き、その後をアークエンジェルが飛ぶ。地獄
から逃れるために。サイクロブスの事を味方の艦にも報せているが、報せた直後に沈められて
いる。
 敵(ザフト)に殺されるか。
 味方(地球軍)に殺されるか。
 ある意味、究極の、そして最悪の選択だ。
「そんなの、どっちもゴメンだね!」
 叫ぶフラガ。
 立ちはだかるジンやディンを打ち落とし、アークエンジェルを導く。共に生き残るために。だが、
「! この感じは……」
 白いディンがスカイグラスパーに迫る。
「この感じ、ラウ・ル・クルーゼか! こんな所にまで!」
「おやおや、そんなに急いでどこへ行くのかね、ムウ・ラ・フラガ!」
 ディンの銃撃。かわすスカイグラスパー。
「おい、クルーゼ! こんな事をやってる場合じゃないんだ!」
 フラガが全周波回線でクルーゼ機に呼びかける。憎い敵ではあるが、無慈悲な殺戮の犠牲者
は、一人でも少ない方がいい。
「地下にサイクロプスが仕掛けてある。このままだとザフトも全滅するぞ! お前も部下と一緒に
さっさと……」
「引き上げろというのか? ふん、『エンデュミオンの鷹』ともあろう者が、随分とお優しくなったも
のだな。だが、なぜ引き上げねばならん? 神が演出した最高の地獄が始まるというのに!」
「! お前、知っているのか……!」
「そう、もうすぐこの世の地獄が始まる! 歴史に残る世紀の愚祭を見物せずに帰るとは無粋だ
ぞ、フラガ!」
 スカイグラスパーのバルカン砲がディンを狙う。が、全弾かわされた。
「クルーゼ、貴様! 味方を見殺しにする気か!」
「味方? ザフトが私の味方だと? ふはははははっ! 冗談ではない! 私が信じるものはた
だ一つ、神の意志だけだ!」
「神、だと?」
「そうだ! 神は、この世界の滅亡を望んでいる。私も望んでいる。だから滅ぼすのだよ、欺瞞と
愚行に満ちたこの世界を! この地の地獄はほんの手始めだ。やがて世界の全てが地獄と化
し、ナチュラルもコーディネイターも全て死に絶えるのだ!」
 クルーゼの仮面の奥の瞳は、狂気の色を帯びている。フラガには見なくてもそれが分かった。
「クルーゼエエエエエエッ!!!!!」
 フラガは判断した。今、目の前にいるこの男は危険すぎる。この男を放っておけば、更に多く
の血が流されるだろう。何としてもこの場で倒し……、
「……ちいっ!」
 フラガはスカイグラスパーの機首を反す。クルーゼのディンを避け、ザフトの集中砲火を受けて
いるアークエンジェルの元へ向かう。
「ほう。私より、仲間の方を選ぶか。愚かな判断だ」
 クルーゼは追わなかった。彼の機体のエネルギーも尽きかけている。それにディンの速度で
は、そろそろ母艦に戻らなければ、サイクロプスの餌食になる。
「出来れば貴様は、私の手で仕留めたかったのだがな」
 狂気の笑みを浮かべながら、クルーゼは母艦に退却した。
 一方、アークエンジェルは絶体絶命の危機に陥っていた。空から、陸から、海から、容赦無き
敵の攻撃が浴びせられる。
「くうっ!」
 揺れるマリュー。迎撃しているが、艦の被害は増える一方だ。このままでは、アラスカを脱出す
る前に沈められてしまう。
 そしてついに、急速接近してきたジンのライフルの銃口が、アークエンジェルのブリッジに向け
られた!
「!」
 死の恐怖で、表情が凍りつくブリッジの一同。
「これまでか……!」
 マリューは苦悩と絶望の表情を浮かべる。
「くっ! 撃つなーーーーーっ!」
 全速で急ぐフラガ。スカイグラスパーを最高速度で飛ばすが、到底間に合わない。
 その一瞬後、全てが終わるかと思われた。
 だが、

「てりゃあああああああああああっっっっっっ!」

 天を裂くかのごとき雄叫び。水平線の彼方より、弾丸、いや、閃光のように飛んできた『何か』
が、ジンの頭部を殴り飛ばした。
「!」
「!」
 驚くマリューとフラガ。サイたちも、声に出さないが驚いている。
 彼らの目の前に現れたのは、純白の翼を背負った、黒いモビルスーツ。その巨大な角は悪魔
の如し。されど、その美しき翼と気高い勇姿は天使の如し。
「……神様?」
 ナナイが呟く。
 ザザザッ……という雑音の後、アークエンジェルとスカイグラスパーの通信機から、聞き慣れた
声が聞こえてきた。
「こちら、ガーネット・バーネット。アークエンジェル、聞こえるかい? それとも、私の声なんて聞
き忘れた?」
「ガーネットさん!?」
 思わぬ声に驚き、喜ぶミリィ。サイやカズイ、他の面々も同様だ。続いて、ブリッジのモニター
に、ガーネットの顔が映し出された。
「みんな、久しぶり。元気そうで何より」
 と、再会の挨拶をするガーネット。続いて、
「良かったですね、ガーネットさん」
 と、ニコル・アマルフィが笑顔を見せた。
「えっ????」
 いきなりモニターに映し出された見慣れぬ顔に、戸惑うマリューたち。それはそうだろう。ザフト
のパイロットスーツを着た少年兵が、地球軍の服を着たガーネットと一緒にいるのだ。奇妙な光
景である。
「バーネット少尉、あなた、どうしてここに? それに、その子と、そのモビルスーツは……?」
「艦長、細かい話は後にして。それより、今の状況はどうなっているんだい? かなりヤバいみた
いだけど」
 ガーネットの言うとおりだ。今はのんびり話をしていられる状況ではない。マリューは心を静め
て、なるべく冷静に答える。
「アラスカの連合基地にサイクロプスが仕掛けられているわ。このままじゃ、私たちもザフトもみ
んな……」
「ふん。やっぱり、情報が漏れていたのか。先生の言ったとおりだったね」
 腹立たしそうに呟くガーネット。
「? 少尉、どういう意味……」
「話は後! こんな所に長居は無用、さっさと逃げるよ。フラガ少佐は正面の敵を牽制して。私た
ちは後ろから来る奴らをぶちのめす! そしてアークエンジェルは全速前進あるのみ! 艦長、
少佐、いいわね?」
「りょ、了解…!」
「了解! まったく、相変わらずだな、お嬢ちゃんは」
 苦笑しながらもフラガは、アークエンジェルの正面に付く。そして近づいてくる敵を迎撃、アーク
エンジェルの為の道を切り開く。
 そしてガーネットとニコルの新たな愛機、ダークネスは、アークエンジェルの後方を守る。闇を
名乗りし、世界の希望。その前には、アークエンジェルを追ってきたザフトのモビルスーツの大
群。その数は、五十は超えている。
 だが、圧倒的な大群を前にしても、ガーネットとニコルは冷静だ。その顔に緊張の色は無い。
「さあて、それじゃあやるか。準備はいいかい、ニコル?」
「ええ、いつでもどうぞ。トゥエルブは使いますか?」
「その必要は無い。あんなザコどもに使うと、手加減できないからね」
「了解」
 無駄な血は流さない。二人の倒すべき敵は、ザフトでも地球軍でも無いのだから。
「それじゃあ……行くよ、ニコル!」
「はい!」
 ブースター全開。ダークネスが飛ぶ。駆ける。
「はあああああっ!」
 ダークネスに武器は無い。だが、その鉄拳はジンの頭を砕き、その豪脚はディンの腕を破壊
し、そしてその手刀は、地上からアークエンジェルを狙うザウートやバクゥの砲筒を両断する。
 当然、敵も反撃する。しかし、ダークネスの超スピードに翻弄され、ほとんど当てる事が出来な
い。ごく稀に当たった弾も、実弾系の武器が主体であるザフトの武器では、フェイズシフト装甲の
ダークネスには傷一つ付けられない。しかもダークネスにエネルギー切れは無い。太陽の光あ
る限り、翼の太陽電池≪アポロン≫が無限の電力を生み出す。光を力の源とする、闇の王。そ
れがダークネスだ。
「す、凄い……」
 味方のマリューでさえ、ダークネスの戦闘力には驚嘆した。その圧倒的な力の前に、ザフトの
モビルスーツたちは近づく事が出来ない。と言うより、近づこうとしない。
 このまま行ける、と誰もが思った。
 だが、それは一時の夢に過ぎなかった。C I Cルームのミリィの声が、甘い夢を覚ます。
「! 艦長、前方から高熱源体反応が接近! 距離……えっ、嘘!?」
「どうしたの?」
「し、信じられないスピードでこちらに近づいています! 距離1000、800、500、300、100
…」
 次のミリィの言葉が出る前に、『それ』は姿を現した。六枚の黒い羽を背負った、純白のモビル
スーツ。顔立ちはストライクなどに似ており、腰や両腕の上腕部には、破壊力のありそうな火器
を取り付けている。
 謎のモビルスーツは、アークエンジェルの正面に堂々と、だが確実な敵意をもって立ち塞が
る。
「なっ、何だ、こいつは……!」
 突然の敵の出現に、絶句するフラガ。敵は無防備なスカイグラスパーに、容赦なき鉄拳を振り
下ろさんとする。だが間一髪、異変を感じ取ったガーネットたちが駆けつけ、敵の拳を受け止め
た。
「くっ!」
「うっ!」
 衝撃に震えるガーネットとニコル。凄いパワーだ。
「お嬢ちゃん!」
「フラガ少佐、下がって! こいつは……ヤバい!」
 戦士としての勘が、ガーネットに新たな敵の恐ろしさを教えた。この敵は、誰かを庇いながら戦
えるほど、簡単な相手ではない。
「分かった。だが、お前さんも無理するなよ。そいつは本当にヤバいぞ!」
 指示に従い、アークエンジェルに戻るフラガ。彼も歴戦の勇士である。ガーネット同様、この敵
の危険性を感じ取っていた。
「クックックックッ……」
 全周波回線で、男の笑い声が飛び込んできた。
「相変わらずだなあ、ガーネット。強くて、優しくて、仲間思い。そして、愚かな女! 変わってな
い、ちっとも変わってない、俺がブチ殺してやりたいクソ女のままだ。嬉しいぜ、ガーネット・バー
ネット!」
 狂気と執念を含んだ男の声。それはガーネットにもニコルにも、聞き覚えがある声だった。
「お前は、まさか……」
「その声は、ロディア・ガラゴ!」
 ロディア・ガラゴ。かつてガーネットと共に、ラージ・アンフォースの下でモビルスーツの操縦技
術を学んだ男。その恐れを知らぬ戦いぶりから、『ホワイト・バーサーカー』と呼ばれたザフトの
エースパイロット。
 自分以上の能力を持つガーネットに嫉妬し、彼女の命を狙い続けた男。その為ならば味方で
あるジュリエッタ姉妹にも銃を向け、そして、ガーネットの友人であるトールの命を奪った男。
「ん? その声はニコルか? 何でテメエがそんな所にいるんだ? 何でガーネットと一緒にいる
んだ? へっ、ま、いいか。ガーネット・バーネットとニコル・アマルフィ。テメエら、どっちも気に入
らねえからな。別々に殺す手間が省けるってもんだ!」
 そう言って、ゲラゲラと下品に笑うロディア。癇に障る笑い声だった。
「ロディア様、雑談をしている時間はありません。サイクロプスの発動まで、あと十分を切りまし
た」
 突如、聞き慣れぬ女性の声が、通信機から聞こえてきた。それはロディアの乗っている六枚羽
のモビルスーツから放たれている。
「あのモビルスーツ、ダークネスと同じ複座式のようですね。パワーといい、スピードといい、侮れ
ませんよ、ガーネットさん」
「ああ、分かってるよ、ニコル」
 未知の敵に対して、身構えるダークネス。
「ロディア様、敵は戦闘態勢に入りました。いかがなさいますか?」
 謎の女の声は、異常とも思えるほどに冷静だ。
「へっ、決まってんだろ。ブッ殺す! このルシフェルの力でなあ! シャロン、お前も気合入れろ
よ。俺の足を引っ張んじゃねえぞ!」
「はい、ロディア様。ルシフェル、戦闘態勢に入ります。三秒後にアクション、開始」
 白い長髪と白い肌の少女、シャロンの言うとおり、きっちり三秒後にルシフェルはダークネスに
襲い掛かってきた。両腕からビームの刃を放出し、ダークネスに切りかかる。
「! 速…」
「くっ!」
 ニコルはブースターを全開にし、敵の攻撃をかわす。見事な回避だ。
「ニコル!」
「大丈夫です。避けるのは僕に任せてください。ガーネットさんは攻撃に集中して!」
「分かった。任せる!」
 ダークネスの蹴りがルシフェルを襲うが、簡単にかわされた。やはり速い。
「予想よりも10パーセント、反応が速いですね。けれど、こちらの能力を上回るほどではありま
せん」
 シャロンは冷静に分析し、判断する。それを聞いたロディアは上機嫌になる。
「当然の結果だな。シャロン、ブチ殺すぞ!」
「了解」
 ルシフェルの反撃。距離を取り、両腕に備え付けられた銃火器の銃口をダークネスに向ける。
「よーし、撃て、シャロン!」
「了解。 右腕≪ウルスラ≫、左腕≪ウラヌス≫、同時発射」
 シャロンの宣言と共に、右腕の≪ウルスラ≫からは実弾が、左腕の≪ウラヌス≫からはビー
ム弾が放たれた。ビーム弾の方は拡散し、ダークネスの逃げ道を塞ぐ。唯一の逃げ道も、≪ウ
ルスラ≫の弾が塞いでいる。
「くっ、ニコル!」
「はい!」
 二人は同じ判断をした。≪ウルスラ≫から放たれた実弾の方に突っ込んだのだ。PS装甲では
防御しきれないビーム弾より、多少の衝撃は受けても、ノーダメージとなる実弾系の攻撃を受け
る方を選んだのだ。だが、
「作戦、成功」
 シャロンが冷静に言う。
「うわわああああっ!」
「があっ!」
 強烈な衝撃がダークネスの全身に走る。PS装甲で無効化されるはずの実弾は、ダークネス
の体に大きなダメージを与えていた。
「なっ、ど、どうして……」
 呆気に取られるガーネット。ニコルも同様だ。
「ギャハハハハハハハッ! 引っかかった、引っかかった!」
 嘲笑うロディア。続いてシャロンが、
「PS装甲。人の作りし物にしては、なかなかに優秀です。が、所詮は人間レベル。神の英知の
前では無力に等しい」
「! 神、だと……」
 その言葉は、ガーネットが絶対に聞き逃せない言葉だった。
「ロディア、それにシャロンとか言ったね。あんたたち、まさか、ダブルGの…………!」
「ん? 何だ、テメエ、俺たちの神の事を知ってんのか。ああ、そうか、オーブに逃げたラクス・ク
ラインから聞いたのか。ふん、気に入らねえ」
「あなたのご推察どおりですよ、ガーネット・バーネツト。私たちは、大いなる神の使徒。そして、
神の楽園ともいうべき新世界に生きる事を許された、新たな命」
 シャロンは自慢げに語り続ける。
「全ては我らが神の為に。神は新世界の創生を妨害する、貴方たちの死を望んでいます。神の
中の神、神を超えた神、ダブルGの名の下に、貴方たちに死を与えます」
「そういう事だ、ガーネット、ニコル。神に逆らうテメエらには死んでもらうぜ。天罰を与えてやる
よ。ギャハハハハハハッ!」
 ルシフェルの銃口から、再び火が放たれる。
「くっ!」
 懸命に避けるニコル。だが、ダークネスのスピードは明らかに落ちている。ダメージは予想以
上に大きい。
「腰部高電磁レールガン≪ジークフリード≫、二門展開。右腕≪ウルスラ≫、左腕≪ウラヌス≫
と同時に発射します」
「おおよ! ハチの巣にしてやれ!」
 容赦ないルシフェルの追撃。ダークネスはかわすのが精一杯だ。得意の接近戦に持ち込む事
が出来ない。
 戦いの様子を見ていたアークエンジェルの一同も、ダークネスの援護をしようとする。だが、
「駄目です! 敵の動きが速すぎて、ロック出来ません!」
 ミリィの悲痛な叫びが響く。それにダークネスがルシフェルに押さえられた為、ザフトの追撃が
再び始まってしまった。アークエンジェルの戦力では、その対応に精一杯だ。フラガのスカイグラ
スパーも、度重なる戦闘で消耗しており、再出撃できる状態ではない。
 ルシフェルとザフトの攻撃によって、艦の速度は確実に落ちている。サイクロプス発動まで、も
う時間が無い!
「ロディア様、サイクロプス発動まで、あと六分です」
「ギャハハハハハッ! おい、ガーネット! サイクロプスでハラワタをブチ撒ける方がいいか、
それとも俺たちに殺される方がいいか、好きな方を選びな! リクエストに応えてやるぜ!」
「くっ!」
 このままでは殺られる。いや、ダークネス一機なら、エクストリーム・モードの最高速度で脱出で
きるだろう。だが、残されたアークエンジェルは確実にルシフェルかサイクロプスの餌食になる。
それでは駄目だ。
「…………ニコル」
 ガーネットは、ある覚悟を決めて、ニコルに語りかける。
「分かっています。使うんですね、『あれ』を」
 ニコルは笑顔で答えた。彼も覚悟を決めていた。
「ああ。まともに作動するかどうかも分からないけど、今は『あれ』に頼るしかない。みんなを助け
るために、そして、クソッタレのダブルGの手下どもを叩き潰すために、私に力を貸してくれ!」
「分かっています。使いましょう、僕たちの、トゥエルブのみんなの、そして、ダークネスの本当の
力を」
「トゥエルブを使うのは初めてだろ? 大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。それに『使う』というより、トゥエルブの方が僕に力を貸そうとしている。そんな気が
するんです」
「へえ、愛されているんだね」
「みたいですね。嬉しいです」
 微笑み合う二人。一瞬で呼吸を整えた後、共に叫ぶ。
「トゥエルブ、1番から4番!」
「7番、8番!」
「「覚醒せよ!」」
 ダークネスの眼と胸の一部が、赤く光り輝く。二人の叫びはブラックボックスの深遠にまで伝わ
り、眠りし脳が目を覚ます。それと同時にガーネットとニコルの闘志が、気迫が、勇気が、決意
が、膨れ上がっていく。苦痛は無い。トゥエルブたちの心が、ガーネットたちの心と完全に重なっ
ているのだ。
 これが真なるトゥエルブ。モビルスーツの性能やパイロットの肉体機能だけでなく、精神までも
高めてくれる。友の願いに応えてくれる。
「! このプレッシャーは? ロディア様、攻撃を控えて…」
「おらあああああっ、死ねええええっ!」
 シャロンの声は興奮しているロディアには届かなかった。≪ウルスラ≫、≪ウラヌス≫、そして
二門の≪ジークフリート≫による一斉射撃。ダークネスは避けようともしない。
「はっ、覚悟を決めたか? じゃあ、とっとと死にな!」
 勝利を確信するロディア。だが、ガーネットたちは諦めてなどいなかった。
 ダークネスの左腕が前に突き出される。そして、掌を開く。
 同時にルシフェルの攻撃、全弾命中。爆炎に包まれるダークネス。ロディアは笑い、アークエン
ジェルの一同は顔を青くし、シャロンは一人冷静に事の成り行きを見守っている。
 爆炎が止み、煙が晴れていく。そこには、
「なっ!」
「!」
「…………」
 白き翼を広げたダークネスが立っていた。傷付きながらもその勇姿は、揺らぐ事無し。突き出
された左の掌が、不気味に輝いている。
「ビームエネルギーの吸収、及び着弾による衝撃のエネルギー変換、成功しました! 上手くい
きましたね」
 ニコルが笑顔を浮かべて、ガーネットに告げる。
「まだまだこれからだよ。ニコル、吸収したエネルギーを右手に送り込め!」
「了解!」
 ニコルは言われたとおりにする。膨大なエネルギーは左腕から右腕に送り込まれ、拳に収束さ
れる。ダークネスの右拳が、黒い光を放つ。黒い光。自然界ではあり得ない存在だが、今、現実
にある。それは明確な『破壊の意志』。
「な、なななな何だ、ありゃ?」
 うろたえるロディアに、シャロンが冷静に告げる。
「高レベルのエネルギーが、あのモビルスーツの右拳に収束されています。極めて危険です。撤
退すべきと思います」
 少し遅かった。
「ガーネットさん、エネルギー収束、完了です!」
「よーし、行けえ、ニコル!」
「了解!」
 ダークネスの翼が光り輝く。翼の太陽電池≪アポロン≫が生み出した電力全てをブースターに
廻し、トゥエルブで制御して、絶大な加速力を生む。それは人間の視覚や聴覚はもちろん、モビ
ルスーツの各種センサーでも捕らえきれぬほどの超スピードだ。
 これだけのスピードを出しているダークネス側も、無事ではない。ルシフェルの攻撃エネルギー
を吸収した際に受けたダメージで(エネルギーを吸収しただけで、ダメージを無効化したわけで
はない)、機体は大きく傷付いている。パイロットにも一瞬ではあるが、血反吐を吐くほどのG(重
圧)が襲う。だが、実際に吐いている暇は無い。機体が、自分の体がバラバラになる前に、必殺
の一撃を叩き込む!
「ガーネットさん!」
「うおおおおおおっっっっ!!!!」
 敵から送られた殺意を己の力に変えて、拳に込めて叩きつける。これがダークネスの必殺技。
無限の力を秘めた漆黒の拳、インフィニティ・ナックルだ。
「ぬおわっ!?」
 ロディアの思考が飛ぶ。ダークネスのあまりのスピードに『避ける』という考えすら持てない。
「ちっ!」
 シャロンが考えるよりも先に、機体を動かす。冷静かつ迅速な判断。ごくわずかな動きだった
が、それがルシフェルを救った。
 黒い光を放つ拳は、ルシフェルの左腕に命中。粉々に破壊した。
「ぐわあああっ!」
「うぐっ!」
 衝撃で吹き飛ばされるルシフェル。あと少し、シャロンがかわすのが遅かったら、全身が砕か
れていただろう。
「うっ……。ヤ、ヤロウ! よくもやりやがったな。ブッ殺して…」
「引き上げましょう、ロディア様」
「なっ……」
「時間がありません。これ以上、戦闘行為を続ければ、たとえあのモビルスーツを倒しても、サイ
クロプスの餌食になる確率が非常に高く、危険です」
 シャロンは冷静に分析する。サイクロプス発動まで、残り五分を切っている。確かに彼女の言
うとおり、そろそろ脱出しないと間に合わない。
「それに、お忘れですか? ルシフェルは戦えば戦うほど、更に強くなる。あの二人を殺すのは、
強くなってからでも遅くはありません」
「…………ちっ。分かった。引き上げだ!」
 素早く判断するロディア。自分が生き残るためなら、一時の恥も我慢する。それがロディア・ガ
ラゴという男だった。
「ガーネット、ニコル、次は必ずブッ殺す! 首を洗って待っていな!」
「次にお合いする時は、我らが神の名の下に、ロディア・ガラゴとこの私、シャロン・ソフォードが
貴方たちを殺します。それでは」
 二人の悪魔を乗せ、ルシフェルは飛び去って行った。
 傷付いたダークネスに後を追う力は無い。アークエンジェルと共に、サイクロプスの攻撃範囲
から逃れるのがやっとだった。
「ガーネットさん、あの二人は強いですよ。特に……」
「分かってる。ロディアも腕を上げていたけど、本当に恐ろしいのはあの女の方だね」
 常に冷静沈着。自分自身に対しても、客観的に考える事が出来る人間。敵にすれば一番厄介
なタイプだ。
「シャロン・ソフォードか……。ん? どこかで聞いた事があるような……」



 そして、サイクロプスは発動した。アラスカの大地を焼き尽くすほどのその効果は絶大で、ザフ
トの攻撃部隊は七割の戦力を失ってしまった。
 オペレーション・スピッドブレイク、失敗。
 ザフト潜水艦の中、うろたえる乗組員たちの陰で、クルーゼは会心の笑みを浮かべていた。
『クックック。全ては我らが神の思惑どおり……』
 そう、確かに世界は、滅亡への道を歩み始めていた。
 神の思惑どおりに。

(2003・9/20掲載)
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