第18章
 仕組まれた激震

 アラスカでの激闘の後、アークエンジェルはガーネットたちに導かれ、中立国オーブへと逃げ
延びた。
 味方に殺されかけるという最悪の体験を経て、心身ともに疲れ切った一同を、ウズミらオーブ
の人々は暖かく迎え入れてくれた。
「地球軍本部壊滅の報から、再び世界は大きく動こうとしている。一休みされたら、その辺りのこ
ともお話ししよう。見て、聞き、ゆっくりと考えられるがよい。貴殿らの着ているその軍服の意味も
……」
 ウズミのその言葉は、アークエンジェルの乗員一人一人の心に問いかけるものだった。
 そしてウズミの言うとおり、世界は大きく動き出そうとしていた。だがそれは、神が、いや、悪魔
が望む結末への確実な一歩であった。その結末の名は『滅亡』(ほろび)。



 オーブのとある病院。看護婦や医者たちに礼を言って回っている、二人の少女がいた。この病
院で療養していたカノン・ジュリエッタと、その双子の姉、ルミナ・ジュリエッタだ。
 味方であるロディア・ガラゴの裏切りで重傷を負ったカノンだったが、持ち前の体力とオーブの
優秀な医療技術によって、傷は短期間で完治した。そして、今日、退院する。
 入院中、お世話になった人たちに心からの礼を言った後、二人は病院の扉を開けた。同時
に、
「退院、おめでとう」
 と、一人の少年から花束を差し出された。
 優しい笑顔を浮かべるその少年は、カノンとは初対面だったが、ルミナは知っていた。このオ
ーブでほんの数時間、会話しただけの間柄だが、なぜか心に深く刻み込まれた人だった。
「サイ……」
「久しぶり、ルミナ」
 サイ・アーガイルは、懐かしい顔に向かって、もう一度優しく微笑んだ。
 カノンは気を利かせて、その場を去った。去り際にルミナの耳元に、
「良かったね、お姉ちゃん。頑張りなよ」
 と、呟くのを忘れずに。
 それからサイと、顔を赤らめたルミナは、ベンチに腰掛けて色々と話をした。お互いの過去、
別れてからの事、そして、アラスカでの事やダブルGの事……。
「世界を影から動かす悪、か……。正直、信じられないよ」
 サイがため息混じりに言う。最も、これは彼一人の感想ではない。ガーネットたちから話を聞い
たアークエンジェルの全乗組員の感想だった。艦長のマリューや、あのフラガでさえ、話を聞い
た後は、しばし呆然としていた。
 戦うべきか、逃げるべきか。それぞれが『道』を選ばなければならない。ガーネットは強制も懇
願もせず、各々の意志に任せた。
「俺は戦うよ」
 サイははっきりと言った。
「俺は普通のナチュラルだ。キラやガーネットさんみたいに、敵と戦える力は無い。俺に何が出
来るのか、いや、何も出来ないかもしれない。けど、それでも何かしたいんだ。この世界が好き
だし、ダブルGって奴は絶対に許せないから」
「…………強いのね、サイは。けど、私はダメだわ」
 瞳に悲しい色を浮かべて、ルミナが言う。
「今でも時々、夢に見るのよ。戦っている最中、味方に後ろから撃たれる夢。やめて、とか、助け
て、とか言う間もなく殺される夢……」
「ルミナ……」
「ダブルGの事は、私も許せない。戦わなくちゃいけないのは分かってるし、戦いたいと思ってい
る。けど……」
 悩むルミナの肩に、サイはそっと手を置いた。
「無理しなくてもいいよ。ルミナに出来るのは、戦う事だけじゃないだろ? 君にしか出来ない事、
君がしなくちゃならない事は他にもあるはずだよ……って、これ、キラの受け売りなんだけどね」
 苦笑するサイ。
「あー、ダメダメ、サイさん。お姉ちゃんって、甘やかしたら逆に責任感じて落ち込むタイプだか
ら」
「!」
「!」
 二人が座っているベンチの後ろから、ひょっこり現れた少女。先に帰ったはずのカノン・ジュリ
エッタだった。
「カ、カ、カノン! あなた、どうして……!」
「どうしてって、決まってるじゃない。年齢イコール彼氏いない暦のお姉ちゃんが心配だったから
よ」
 そう言って、ニヤニヤ笑うカノン。『心配』ではなく、『面白そうだから』の間違いだろう。
「お姉ちゃんがどう生きようと、それはお姉ちゃんの自由だよ。優しくしてくれる男に甘えて生きる
なり、趣味のお菓子作りに専念して、宇宙一のパティシエになるなり、お好きにどうぞ。代わりに
私が戦うから」
「! カノン、けど、あなたは……」
「そりゃあ、ロディアのバカに後ろから撃たれた事はショックだよ。一応、味方だったしね。けど…
…」
 カノンはサイを見て、ニッコリ微笑む。
「ガーネットさんやサイさん、これから私たちの後ろにいてくれる人たちは、そんな事しない。そう
でしょ?」
 それは絶対の信頼。幾度となく戦ってきた相手だからこそ分かる。そして、信頼できる。ガーネ
ットとニコルのように。
 ルミナは、サイの顔を見る。確かに、この人は信頼できる。この人はロディアとは違う。
『もしかしたら私は、戦いの恐怖から逃げていただけなのかもしれない』
 妹の言葉は、ルミナの心を覆っていた深い霧を晴らした。そして、
「『双翼の死天使』……」
「えっ?」
「それが私たちの呼び名。カノン、私たちは二人で一人でしょう? あなただけを戦わせないわ」
 微笑むルミナ。戦士は蘇った。



 同じ頃、モルゲンレーテの地下にあるモビルスーツの実験施設では、修理を終えたジャスティ
ス、アルタイル、ヴェガの運用テストが行われていた。テスト内容は、実戦を想定した二対一の
模擬戦である。
「はあっ!」
 キラの操縦するジャスティスが、肩のビームブーメラン≪バッセル≫を放つ。目標はイザーク
のアルタイルだ。狙いは正確。だが、
「させないわ!」
 フレイのヴェガが八機の小型シールド≪マンダラ≫を放つ。放たれた≪マンダラ≫たちは、強
力なプラズマフィールドをアルタイルの周囲に張り巡らせ、≪バッセル≫を弾き飛ばした。
「今よ、イザーク!」
「うおおおおおっ!」
 アルタイルの左腕に装備された2連ビームガトリング砲≪アウン≫が火を吹く(弾はビームペイ
ント弾。ビームが当たった箇所は一定時間、変色する)。しかし、発射までのアクションがわずか
に遅い。全弾、あっさりかわされた。
「何!?」
「遅い!」
 キラのジャスティスは一瞬でアルタイルとの間合いを詰め、腰のビームサーベルを抜く。アルタ
イルは逃げる間もなく、ヴェガもサポートする間もなく、サーベルはアルタイルの喉元に突きつけ
られた。
「うっ……」
「それまで! 勝負あり!」
 管制室のガーネットが、模擬戦終了を宣言する。三人のパイロットはモビルスーツを降り、管
制室に戻った。
「キラはさすがだね。この短期間で、ジャスティスを見事に使いこなしている。私とニコルでも危な
いかもね」
「ありがとうございます、ガーネットさん」
「フレイも初心者にしては上出来だ。ヴェガの性能に助けられている部分も大きいけどね」
「ふん。見てなさいよ、その内、アッと言わせてやるわ」
「楽しみにしてるよ。…………イザーク。らしくないねえ。動きは鈍いし、フレイとのコンビネーショ
ンも今ひとつ。五戦全敗の原因はあんただよ。もう少し頑張りな」
「うっ……」
「あんたたちには、もっと強くなってもらいたいんだ。ハンパな腕で生き残れるほど、これからの
戦いは甘くない」
 厳しい顔をして、ガーネットは言う。隣のニコルも、黙って頷いた。
 アラスカでの戦い。ついに現れたダブルG直属の部下、ロディアとシャロン。そして、二人の操
るモビルスーツ、ルシフェル。パイロットもモビルスーツも手強く、今までで最強の敵だった。機体
がダークネスでなければ、ガーネットたちは敗北していただろう。
「私たちの敵は強い。ルシフェル以外にも、やっかいな奴はいるはずだ。けど、恐らく私たちはル
シフェルの相手で精一杯。あんたたちを助けてやれる余裕は無い。だから、あんたたちには強く
なってもらいたいんだ。自分の力で生き残れるくらいにはね」
 もう誰も、アキナのように死なせたくない。だから強くなってほしい。それはガーネットの心から
の願いであり、それを分かっているから、誰も反論しなかった。
「さてと、それじゃあ次は私たちの番か。キラ、ニコル、行くよ」
「はい。キラさん、お手柔らかに」
「こちらこそ」
 演習場に向かう三人。その途中、ニコルは、イザークの横を通り過ぎる際に小声で、
「気になる事があるのなら、本人に訊いてみたらどうですか? 一人で考え込むなんて、イザーク
らしくないですよ」
「!」
「それじゃあ」
 と言って、ニコルはガーネットの後を追った。
『見抜いてやがったか……』
 イザークは少し悔しかった。いくら友人とはいえ、自分の気持ちを見抜かれるのは気分が悪
い。だがニコルも、イザークを不愉快にさせるのを承知でアドバイスしたのだ。そして、間違った
事は言っていない。
 イザークのアルタイルとフレイのヴェガは、対で行動する事を前提に造られたモビルスーツだ。
アルタイルが攻撃を、ヴェガが防御を担当する。当然、パイロットの気持ちが乱れていては、コ
ンビネーションは合わないし、性能を充分に発揮できない。だからニコルもアドバイスしたのだろ
う。
「………………フレイ」
「? 何よ」
「話がある。来い」
 イザークは強引に、フレイを管制室から連れ出した。そして、人気の無い所に行く。
「何よ、話って? ガーネットたちの模擬戦、見なくていいの?」
「どうせ記録しているんだろう? 後で見ればいい。それよりも、だ……」
 イザークは深呼吸して、気持ちを落ち着ける。そして、
「いいのか?」
「? 何が?」
「だから、その、何だ、あー……」
「????? 何よ、言いたい事があるのなら、はっきり言いなさいよ。らしくないわね」
 その通りだ。まったく、俺らしくない。たかがナチュラルの女一人のために、こんなに心を乱さ
れるとは。
「だから、だ。いいのか、と訊いているんだ。その…………恋人の側にいなくても!」
 一瞬、時が止まった。
「……………………………はあ?」
 思わず聞き返すフレイ。
「ガーネットから訊いたぞ。お前の恋人が足付き、いや、アークエンジェルに乗っているんだろ
う。確か、名前はサイとか……」
「……イザーク」
 フレイは半ば呆れたような、疲れたような表情をして、イザークの言葉を止めた。
「私とサイは『恋人同士』じゃないわ。親が決めた婚約者よ。ラクスと、キラの友達のアスランって
人みたいにね」
「何っ!?」
 驚くイザーク。
「それにサイとはもう、話をしたわ。私の身に起きた事も全部話した」
 口にするのも嫌な、おぞましい体験。今も頭の中に蠢く神の、いや悪魔の意志のかけら。
「大変だったね、って同情されたわ。けど、私には一緒にいてくれる人がいるから大丈夫、って言
ったわ。それでオシマイ」
 そう言ってフレイは、イザークに清々しい笑顔で向けた。
「お前……」
 悲しい女だ、とイザークは思った。彼女はやはり、サイという少年を愛していたのだろう。少なく
ても、好意は持っていたはずだ。この戦争がなければ、相思相愛のカップルとして、幸せになっ
ていたはずだ。
 何か口にしようとしたイザークだったが、何を言えばいいのか分からない。戸惑う彼の胸に、フ
レイは顔をうずめた。
「!? お、おい!」
「一緒に…」
「?」
「いてくれるんでしょう? 一緒に」
 それは懇願。心からの願い。
『ふん。らしくない事を言いやがって』
 拒む事は出来ない。拒むには、あまりにこの女を知りすぎた。
「ああ。守ってやる。必ずな」
「バカね。守るのは私の役目よ。ヴェガはそういう機体なんだから」
「そういう意味じゃ……」
 ない、と言おうとしたイザークだったが、その口はフレイの唇によって塞がれた。
 お互い、初めてのキス。味は、よく分からなかった。ただ、妙に心が安らいだ。



 大西洋連邦パナマ基地に対するザフト軍の攻撃が始まった。だが、ザフトの軍勢はアラスカの
残存兵力のみ。戦力の補充無し、という無謀極まりない攻撃だった。
 オペレーション・スピッドブレイクの失敗は、地球軍に反撃の機会を与えてしまった。地球の各
地でザフトに対する反抗作戦が始まっている。地球軍の宇宙への侵攻を防ぐためにも、一刻も
早くパナマを攻略せねばならない。そう判断したザフト上層部は間違ってはいない。問題は、小
手先の戦術ではどうしようもないほどに広がっている両軍の戦力差だ。誰がどう見てもザフトの
敗色は濃厚だった。更に、
「ほう。地球軍もついにモビルスーツを出してきたか」
 ザフト潜水艦の中で指揮を取るクルーゼ。彼の眼前にあるモニターには、ジンを数機で取り囲
み、確実に殲滅する地球軍のモビルスーツ、ストライクダガーの活躍が映し出されている。
 兵力では地球軍が上。兵器でも、地球軍がモビルスーツを作り上げたため、ザフトの優位は
崩れた。
「くそっ! グングニールが完成していれば、地球軍など……!」
 潜水艦の艦長が、苦々しげに言い放つ。EMP兵器グングニール。確かにあれが完成してい
れば、この兵力差を覆す事も可能だっただろう。
『ザフトの連中も思ったより無能だな。新型モビルスーツの開発などに人を回しているからだ。お
まけに、折角造ったそのモビルスーツを三機も奪われるとは、笑い話にもならんな』
 クルーゼは心の中で苦笑した。
『だが、神のシナリオでは、パナマには陥ちてもらわねばならん。どうしたものか……』
 悩むクルーゼ。その時、戦場を映し出していたモニターの映像が乱れ、途絶えた。そればかり
か、味方との通信も一切出来なくなった。
 たちまちパニックに陥る艦内。どうやら強力な妨害電波が、パナマ全土を覆っているらしい。地
球軍の仕業か?と騒ぎ立てる一同を、クルーゼは小馬鹿にしたような眼で見る。
『私が危惧するまでもなかったようだな。さて、どれほどの地獄を見せてくれるのか楽しみにさせ
てもらうぞ』



 パナマ上空を一機のモビルスーツが飛んでいる。六枚の黒い翼を広げた、純白の機体。アラ
スカでガーネットたちのダークネスと戦った、ルシフェルと呼ばれるモビルスーツだ。
「ハハハハハッ! 見ろよ、シャロン! ちょっと妨害電波を出しただけで、地上のバカ共、オロ
オロ慌てふためいているぜ! ハッ、みっともねえったらありゃしねえ!」
「仕方がありません、ロディア様。生死をかけた戦場で、味方との連絡が取れなくなるという事は
自身の死を意味するようなものですから」
「ケッ、軟弱者が! 連絡が取れようと取れまいと、てめえらが死ぬ事には変わりねえのによ。
そうだろ、シャロン?」
「はい。ロディア様のおっしゃられる通りです」
 ロディアの言う事に絶対に逆らわず、従うシャロン。その表情はまったく変わる事無く、冷たく凍
り付いている。雪のような白い髪と白い肌と合わさって、更に冷酷な印象を与える。
「ようし、それじゃあ、そろそろ始めるとするか! イッツアショータイム!」
「了解。≪エリミネート・フェザー≫、展開します」
 シャロンの言葉と同時に、ルシフェルの六枚の翼が光り輝き出した。そして翼の一枚一枚に、
まるで人間の眼のような不気味な模様が、次々と浮かび上がる。翼一枚につき、模様は十。合
計六十の眼が浮かび上がった。
 いや、それは『模様』ではない。もちろん人間の眼でもない。六十の眼は巨大なレンズによって
造られた人工の眼、光線の発射口だ。
「よーし、ぶっ放せ、シャロン! 地上の虫ケラどもを焼き尽くしてやれ!」
「了解。≪エリミネート・フェザー≫、発射します。照準は地球軍モビルスーツ、及び全ての軍事
施設」
 オートロックオン機能は、シャロンの命令どおりに照準を合わせる。そして、
「愚劣で下等な命たちよ。受けなさい、滅びの雨を……!」
 六十ものレンズから発射された無数のエネルギー弾が、遥か眼下の地球軍を打ち抜いた。ス
トライクダガーも、地下の施設も、基地司令室も、そして、巨大なマスドライバーも、一瞬で破壊さ
れた。戦車やモビルスーツに至っては、わざわざコクピットを貫くという周到ぶりだ。
 パナマの大地は、一瞬で凄惨な地獄になってしまった。何という無慈悲な閃光。まさに滅びの
雨。
「ハハ………、アハハハ、ギャハハハハハハハハハハッ!」
 眼下の地獄絵図にロディアは興奮し、大笑いする。
「これが、これがルシフェルの新しい力か。スゲエ、こいつはスゲエぜ! 最高だ! 最強だ! 
ギャハハハハハッ! ガーネットとニコルのバカ共には感謝しなくちゃならねえな。あいつらと戦
ったおかげで、ルシフェルは強くなれたんだからよ!」
「そうですね。ですが、ルシフェルの力はまだ限界には達していません。戦えば戦うほど、ルシフ
ェルは学び、そして、更に強くなる。神の意を叶えるための刃として」
「そいつは楽しみだな。そしてその時は……」
 再びロディアは地上に眼を向ける。そこはまさに地獄。バラバラに吹き飛んだMS。破壊された
基地。ただの残骸となったマスドライバー。何が起こったのか理解出来ず、傷付き、のたうち回
る兵士たち。森は焼け、大地はえぐられ、全ての命が悲鳴を上げている。
「世界の全てがこうなる訳か。楽しみだ、本当に楽しみだ! ギャハハハハハハハハッ!」
 ロディアの高笑いと共に、ルシフェルはパナマを後にした。その後、電波状況が回復。司令部
を失った地球軍に反撃の余地は無く、パナマはザフトの手に落ちた。
 この異変をザフトは正確には発表しなかった。ザフトにとっても狐につままれたような出来事で
あったが、上層部はパナマ陥落の事実だけあれば、それで良かった。もちろん裏でクルーゼや
リヒターが動いた事は言うまでもない。
 全ては神の思惑通りである。



 パナマ陥落の報は、ただちに全世界に報らされた。降伏する地球軍の兵士たちを、ザフトの兵
士たちが皆殺しにする映像付きで。これにより地球軍は、反コーディネイターを掲げる大西洋連
邦、いや、ブルーコスモスによって動かされていく事になる。
 宇宙への出入口を失った地球軍は、ザフトに奪取された他のマスドライバーの奪還、及びマス
ドライバーを所有する中立勢力の強制併合に乗り出した。それはオーブも例外ではなかった。
 世界はナチュラルとコーディネイター、それぞれの陣営に真っ二つに分かれようとしていた。目
的はただ一つ、敵勢力の根絶。
「このままじゃマズいね」
 ウズミらも加わった全員集合の会議の席で、ガーネットが危惧する。彼女の言うとおり、事態
は最悪の展開を迎えようとしている。
 ラクスも頷き、
「お姉様の言うとおり、このままでは、ナチュラルもコーディネイターも、共に滅びの道を歩むしか
なくなってしまいます。そしてそれを喜ぶのは、神の名を騙る悪魔だけです」
「ダブルG、ですか。この戦争を影から操る存在。正直、まだ信じられませんが……」
 マリューが言う。その隣に座っていたフラガが、
「けど、信じるしかないだろう。ナチュラルもコーディネイターも、お互いを認めようとせず、憎しみ
をぶつけ合っている。まさに泥沼状態だ。地球軍にいる時には気が付かなかったが、離れてみ
ると、よく分かる。何もかもタイミングが良すぎるんだ。これは間違いなく、何らかの意志が働い
ている。それも、とびっきりの悪意がな」
 と、言う。それは絶えず前線で戦い、この戦争を体験し続けてきた男らしい、重みのある言葉
だった。
「ウズミ様、これからオーブはどうなさるおつもりですか?」
 と、キラが質問する。
「我々のすべき事は変わらんよ。地球軍にもザフトにもつかず、中立を貫く」
 断言するウズミ。それに対してフラガが、
「けど、それじゃあ地球軍とザフト、両方を敵に回す事になりますよ。いいんですか、それで?」
 と訊く。だが、ウズミの意志は揺るがない。
「地球軍についても、ザフトについても、パナマの二の舞になるだろう。この国はナチュラルとコ
ーディネイターの共存を目指す人々にとっての希望なのだ。敵を滅ぼす事しか考えぬ者たちに
屈する事は、断じて出来ん」
「お父様……」
 父の言葉に感服するカガリ。ラクスもウズミの言葉に賛同する。
「わたくしもウズミ様と同じ考えです。この国はどちらの勢力にも付くべきではありません。殺すか
殺されるか、人の歩むべき道は、決してそれだけではないはずです。全ての人々の共存と平和
を願うこの国の理念は、守らなければならないのです」
 と言った。ガーネット、キラ、カガリも頷く。
「キラ、お前さんも同じ意見か? オーブを守るために戦うのか?」
 フラガが訊く。
「出来る事と望む事をするだけです。このままじゃ嫌だし、僕自身それで済むとは思ってないか
ら」
 その言葉で、マリューとフラガも決意を固めた。自分たちがやるべき事を見定めたのだ。



 モルゲンレーテのモビルスーツ格納庫。エリカ ・シモンズ主任に案内された一同は、三体のモ
ビルスーツと対面した。
 ストライク、イージス、ブリッツ。
 いずれも懐かしい顔だ。暴走したシャドウの戦いの後、回収され、ここで修理されたのだ。
「戻られたのなら、お返しした方がいいと思って。修理は完璧です。キラ君が組み上げてくれた新
型のOSを基に開発した、ナチュラル用の操縦OSを組み込んであります」
「って事は、ナチュラルでもこいつらに乗れるのか?」
 フラガがシモンズに訊く。
「ええ、もちろん」
「なら、ストライクには私が乗る!」
 カガリが勇ましく立候補する。が、
「いいや、ダメだ。俺が乗る」
「少佐?」
 驚くマリューにフラガは、
「じゃないんじゃない、もう。マリューさん?」
 と、ニッコリ微笑みながら言った。
 それは『地球軍』という組織への決別宣言だった。彼はムウ・ラ・フラガという個人として、戦場
に立つ事を選んだのだ。
「ちぇっ。しょうがない。ストライクは少佐に譲るよ」
 カガリが悔しそうに言う。
「その代わり、イージスには私が……」
「すいません、カガリ様。イージスとブリッツのパイロットはもう決まっているんです」
「何!?」
 シモンズ主任の発言に、絶句するカガリ。そこへ、
「そーそー! イージスとブリッツには私たちが乗るの!」
 と、カノン・ジュリエッタが大声を上げて現れた。その後ろには、ルミナとサイが着いて来た。
「ルミナ、カノン、あんたたちが乗るのかい?」
 ガーネットが驚くのも無理はない。カノンはケガが直ったばかりだし、ルミナは精神的に傷付い
ているはずだ。だが、今、彼女たちの前にいる二人からは、強い意志を感じられた。
「ええ、ガーネットさん。シモンズさんにお願いして、イージスには私が、ブリッツにはカノンが乗る
事になりました」
 ルミナが宣言する。
「ホントは私がイージスに乗りたかったんだけどね。アスラン様の機体だし」
 グチをこぼすカノンにシモンズ主任は、
「イージスは指揮官用の機体なの。感情的になりやすいあなたより、お姉さんの方が向いている
わ」
 と、冷静に判断する。それでも不満気なカノンに、
「ブリッツもいい機体ですよ。どうぞ、よろしくお願いします」
 ニコルがペコリと頭を下げる。これではカノンも文句を言えない。
「……うん、分かった。頑張ってみる」
「そういう事ですから、皆さん、よろしくお願いします」
 一同に挨拶するルミナ。その顔に迷いや恐れは感じられない。
「いいのかい、ルミナ、カノン? 私たちと一緒に戦うという事はプラントを、ザフトを裏切るという
事でもあるんだよ」
 ガーネットが、念を押すように訊く。
「分かっています。でも、このままだとナチュラルもコーディネイターも、お互いがお互いを滅ぼす
まで戦い続ける事になります。そんな事、私もカノンも望んでいない。ましてやそれが、誰かの悪
意の下で行われているとしたら、黙って見過ごす事は出来ません」
「私もお姉ちゃんと同じ意見。影でコソコソ動いて、世界を滅ぼそうとしている奴なんて、絶対に
許せない。バカロディアもダブルGも、メッタメタのギッタギタに叩きのめしてやるわ!」
 勇ましく言うカノン。二人の後ろにいたサイがルミナの肩に手を置き、
「俺からもお願いします。この二人を信じてください。この二人も俺たちも、守りたいものは一緒
なんです」
 と言った。そう、みんな守りたいものは同じ。この世界を、愛する人を、みんなの笑顔と未来を
守りたい。その願いは同じなのだ。
 ガーネットの隣にいたラクスが、そっと前に出た。そして、ルミナとカノンの手を取り、
「お願いするのは、わたくしたちの方ですわ。どうか、わたくしたちに力を貸してください。この世
界に本当の平和を取り戻すために」
 と、優しく言った。
「は、はい!」
「……うん」
 一方は感激し、一方は少し複雑な表情を浮かべるジュリエッタ姉妹。こうして、平和を願う者た
ちに、新しい仲間が加わった。



 その後、モルゲンレーテの地下施設で模擬戦が行われた。
 フラガのストライク、ルミナのイージス、カノンのブリッツ対オーブ製のモビルスーツ、M1アスト
レイの上位機種、M1アストレイ・パープルコマンド三機。操縦するのは、かつて戦闘機クラウド
ウィナーのパイロットとしてキラたちと共に戦った三人、ライズ・アウトレン、イリア・アース、アル
ル・リデェル。キラたちと別れた後、彼らはモビルスーツの操縦経験を持つタツヤ・ホウジョウか
ら、モビルスーツパイロットとしての訓練を受けていたのだ。
「よーし、始めるぞ! 模擬戦だからといって、手を抜くんじゃないぞ! フラガさんたちも気合を
入れてくれよ!」
 管制室にいる教官役のホウジョウが、厳しい言葉を出す。戦いの時は、すぐそこまで迫ってい
る。優しく指導している時間は無いのだ。
「それじゃあ、始めえっ!」
 ぶつかり合う六機のモビルスーツ。それは、間もなくこの国を襲うであろう、かつてない激闘を
暗示しているかのような光景だった。



 その頃、アークエンジェルの独房では、
「…………おーい、誰かいないのか? 今日のメシ、まだなんだけど」
 忘れられかけた男、ディアッカ・エルスマンの叫びが響き渡っていた。
 ちなみに彼が乗っていたバスターは、現在、モルゲンレーテで修理、改造中である。

(2003・9/27掲載)
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