第19章
絶望への聖歌
パナマ基地の陥落は、地球軍の上層部に大きな衝撃を与えた。
宇宙への出入口を失った今、新たなマスドライバーの確保は急務である。地球軍はマスドライ
バーのあるザフトのビクトリア基地攻略と、地球最大のマスドライバーを所有するオーブへの徴 用要請を行う事になった。
「では、オーブとの交渉は僕に任せてもらいましょう」
連合の首脳陣が集う会議の席で、白い背広を着た青年が名乗りを上げる。彼の名はムルタ・
アズラエル。国防連合産業の理事にして、反コーディネイター団体ブルーコスモスの盟主。
あくまで中立を貫こうとするオーブに対して、軍事的アクションを起こそうとするアズラエル。さ
すがにそれはまずい、と言う他の議員たちに対して、
「これからみんなで力を合わせて、人類の敵と戦おうとしているのに、中立、いや傍観を決め込
むなんて、虫が良すぎますよ」
と、小バカにしたように言う。
「中立とか言ってるくせに、オーブはプラントを追われたラクス・クラインを匿っているそうじゃない
ですか。ザフトの要求には従わず、けどこちらへの引渡しにも応じない。そんなどっちつかずの 曖昧な連中には、少し思い知らせてやる必要があります。他の中立と称する日和見主義者ども にも、いいデモンストレーションになる。違いますか?」
アズラエルは堂々と言う。誰も反論しない。
「これは聖戦です。コーディネイター、という自然の理から外れた命など、あってはならない存在
だ。神様だって怒っていますよ、きっと。コーディネイターを生み出したのは我々ナチュラルだ。 自分の不始末は自分の手でつけないと」
「君の言う事にも一理ある。だが『神』とは、随分と似合わない事を言うな、アズラエル」
議員の一人が意外そうに言う。
「おや、ご存じないんですか? こう見えても、僕は信心深いんですよ」
アズラエルは怪しく微笑んだ。もっとも、彼の信じる『神』とは、他の人間にとっては悪魔にも等
しい存在なのだが。
パナマ陥落から五日後、大西洋連邦からオーブに対して最後通告が送りつけられた。その内
容は、あまりに身勝手で厳しいものだった。
オーブ現政権の即時退陣。
国軍の武装解除及び解体。
オーブ国内に住んでいるコーディネイターの追放。
プラント前議長、シーゲル・クラインの娘、ラクス・クラインの身柄を連邦政府に引き渡す。
モルゲンレーテ社の施設及び全ての兵器のデータの提供。
以上の条件の内、一つでも実行されない場合は、地球連合はオーブをザフト支援国家と見な
し、武力をもって対峙するという。
「どういう茶番だ、それは! パナマを落とされ、体裁をつくろう余裕すらなくしたか、大西洋連邦
め! どうあっても世界を二分したいのか!」
激昂するウズミ。二つに分かれた勢力は、いずれ衝突する。その果てにあるのは傷付いた勝
者と死せる敗者。どちらにも平和は無い。ましてやこの戦争の影には、ダブルGという悪意が存 在している。ナチュラルとコーディネイターの全面対決は奴の思う壺だ。このままでは、本当に世 界は滅びるだろう。
事態を知ったザフトのカーペンタリア基地から、同盟を求める会談の申し入れが来た。だが、
ウズミは拒否した。地球軍についても、ザフトについても同じ事だ。オーブはただ、上から命ぜら れるままに戦うだけの傀儡と成り果てる。ナチュラルとコーディネイターの共存というその理念も 死に絶える。そして恐らく、それこそダブルGの望んでいる事だ。
「そうはさせないよ」
ガーネットが断言する。
「私の好きな人が生きているこの世界を、神様気取りの悪党なんかに滅ぼさせはしない。まずオ
ーブを守る。それから、地球軍やザフトのバカ共の眼を覚まさせて、ダブルGをぶっ飛ばす!」
彼女の言葉に、その場にいたキラやラクス、ニコル、マリュー、ムウ、イザーク、フレイ、カガリ
らも頷く。ウズミもそれに続き、
「戦いは好まぬ。だが、オーブは如何なる勢力に対しても、断じて屈する訳にはいかん。世界を
滅ぼそうとする意志に抗うためにも、この国は守らねばならんのだ」
と、宣言する。その後、オーブ全域に避難命令が発令された。それは平和の国の消滅を意味
していた。その消滅が一時的なものなのか、それとも永遠に続くものなのか。それは誰にも分か らない。
地球軍との対決を決意したマリューは、全乗組員にその意志を確認した。
オーブと共に地球軍と戦うか、そうではないのか。
マリューの問いに、それぞれがそれぞれの道を選んだ。カズイのように艦を降りる者、サイやミ
リィのように残る者。最終的に全乗組員の約二十分の一に当たる十一名が艦を降りた。予想以 上に少ない数だった。
「お前が残るとは思わなかったな。ちょっと意外」
慌しくなるモビルスーツデッキ。ジャスティスの整備をしながら、ケイ・タカザワが話しかけた。相
手は彼の友人で、つい先日、失恋したばかりの男。
「俺が残ったのが、そんなに不思議ですか?」
ジャン・ハーミットは少し不機嫌そうに訊く。
「いや、不思議じゃなくて、意外だと思ったんだ。だってお前…」
「ガーネットちゃんに振られたばかりだからな」
同僚のガイス・タケダが傷口を抉るような事を言う。これで本人には悪気が無いのだから、余
計に性質(たち)が悪い。
「失恋なんて、そんな大したものじゃありませんよ……」
「ま、そうだな。告白する前に、横から出て来たザフトの坊やにかっさらわれちまっただけだ」
ガイスは遠慮なく言う。
「ったく、だからさっさと告白しちまえば良かったんだ。宙ぶらりんのまま、失恋したんじゃ、お前
だって気分悪いだろ」
「いいですよ、別に。それに、たとえ告白しても、ガーネットさんは答えてくれなかったと思います
から」
「「うん、それは確かに」」
ケイとガイスの声が重なる。つくづく友達がいの無い連中だ。そう思いながらも、ジャンは話を
続ける。
「俺が残ったのは、ガーネットさんの事とは別ですよ。地球軍のやり方は許せないし、ダブルGっ
て奴だって、放っておく事は出来ない。俺は整備士だから、直接戦う事は出来ないけど、戦う人 たちの力になる事は出来る。自分の出来る事をやる。これはサイの受け売りですけど、それが 本当の平和に繋がるのなら、俺に出来る事を最後までとことんやってみようと思ったんですよ」
「ジャン」
「? 何ですか、ケイさん」
「お前って…………いい男だなあ」
「ああ、そうだな。俺が女なら放っておかないぜ。今、この場でプロポーズしてるな!」
ガイスが女なら……。想像してみる。結論。すっごく気持ち悪い。プロポーズされても一秒で断
わる。
「よおし、ケイ、俺たちも頑張ろうぜ! 整備班の意地と誇りを見せてやる!」
「おおとも! やってやるぜ!」
「あー………まあ、いいか」
妙にテンションを高くする三人。それを見つめる影一つ。
「だから仕事しろって、お前ら」
マードックはため息交じりに呟いた。何とも扱いにくい部下たちである。
夜が明ける。水平線から昇る太陽が海を照らす。陽光を反射して、キラキラと光るオーブ近海
には、大西洋連邦の艦隊が接近していた。
慌しく出撃準備をするオーブ軍。モビルスーツ格納庫では、モビルスーツ部隊の隊長に就任し
たタツヤ・ホウジョウが、M1アストレイ及びパープルコマンドのパイロットたちを前にして、戦いに 対する心構えを述べていた。
「お前たちはまだまだヒヨッコだ。まあそういう俺も、実戦は久しぶりだ。恐らく、ここにいる何人
かは生きて帰って来れないだろう。だが、それでも俺たちは行かなきゃならん。この国を守るた めに、そして、この国にいる大切な人たちを守るために。死んだら守れん。だから、一人でも生 きて帰れ。いいな!」
「はい!」
敬礼する隊員たち。そして各自、それぞれの乗機に乗り込む。
ホウジョウも自分のパープルコマンドに乗り込む。コクピットの中で、ふと妻の顔を思い浮かべ
た。
「待ってろよ、エレーヌ。必ずお前を守る。腹の中のガキと一緒にな!」
妊娠三ヶ月の妻に誓いを立て、ホウジョウは出撃準備をする。
続々と出撃するオーブ軍。その中には、アークエンジェルの姿もあった。
午前九時。地球軍が定めたタイムリミットである。
「時間です」
地球軍の旗艦に乗り込んでいるアズラエルが、嬉しそうに言う。同時に地球軍の戦艦から、無
数のミサイルが放たれた。
オーブに迫るミサイル群。だが、アークエンジェルの≪ゴッドフリート≫と、一足先に出撃してい
たM1アストレイたちのビームライフルが、ミサイルを次々と打ち落とす。
ついに戦いが始まった。燃え上がる砲火を、ディアッカ ・エルスマンは遠く離れた丘から見てい
た。その胸には複雑な思いがあった。
イザークとニコルの口ぞえもあり、彼は昨日、自由の身となった。二人は口にこそ出さなかった
が、一緒に戦ってくれる事を願っていた。だが、ディアッカは首を縦には振らなかった。
ダブルGの事を知らされた時、絶対に許せないと思った。だから、ダフルGと戦うという二人を
止めようとはしなかった。あの二人、イザークとニコルには戦う理由がある。強い意志がある。止 める事など出来ない。
では、自分はどうだ?
ザフトの一員として戦っていた時は、特に何も考えていなかった。プラントを守りたいという思い
はあったが、果たしてそれは、己の全てを賭けるほどの思いだったのだろうか? プラントの名 門、エルスマン家の跡取りとして期待され、準備されていたコースを歩いていただけのような気 がする。
今まで自分は何のために戦っていたのだろう? そしてこれから、何のために戦えばいいのだ
ろう?
「戦う理由、か……」
ふと、アークエンジェルで出会った少女の事を思い出す。恋人を失い、自分にナイフを向けて
きた少女。あの少女はオーブを守るために戦うのだと言った。その瞳は力強く、そして………… 綺麗だと思った。
「おいおい、勘弁してくれよ。女の為に命捨てるつもりか、ディアッカ ・エルスマン?」
そう言うディアッカだが、彼の友人たちも同じような道を辿っている事は知らなかった。
海上では、オーブ艦隊と地球軍艦隊の砲撃戦が始まっていた。そしてその間隙を抜けて、地
球軍の艦隊の一部がイザナギ海岸に上陸。さらにオノゴロ島上空には大型輸送機が接近。多 数のストライクダガーを降下させた。
物量に物を言わせて、一気に決着をつけようとする地球軍。だが、それを許さぬ者たちがい
た。
「キラ・ヤマト、ジャスティス、行きます!」
「ムウ・ラ・フラガ、ストライク、出るぞ!」
「ルミナ・ジュリエッタ、イージス、出ます!」
「カノン・ジュリエッタ、ブリッツ、行っくよーっ!」
「イザーク・ジュール、アルタイル、出る!」
「フレイ・アルスター、ヴェガ、発進します!」
改修し、MSの搭載数をアップさせたアークエンジェルから次々と出撃するモビルスーツ群。ヴ
ェガとブリッツは飛行能力を持たないが、ヴェガは背中の≪マンダラ≫を連結させ、簡易型の飛 行ユニットを形成。ブリッツは、モビルアーマー形態に変形したイージスの背に乗り、それぞれ戦 場に向かう。そして、
「ガーネット・バーネット!」
「ニコル・アマルフィ!」
「ダークネス、出る!」行きます!」
純白の翼を広げ、闇を名乗りし勝利の使者が大空を飛ぶ。目的地は、敵の部隊が上陸したイ
ザナギ海岸。息つく間もなく到着し、眼下のストライクダガーを強襲。
「はああああああっっっっ!」
蹴撃! ダークネスの鋭い足が、ストライクダガーの顔を吹き飛ばした。周りにいたダガーたち
が向かってくるが、
「ニコル!」
「はい!」
背中の羽根から火が出る。ブースター出力を調節して、ダークネスの体を宙に浮かべ、そのま
ま突撃。その速すぎる動きはダガーのパイロットたちでは捉える事は出来ず、次々とダークネス の拳の餌食となっていく。
一方、海岸の反対側では、ジュリエッタ姉妹が奮闘していた。
「ここから先へは、行かせない!」
ルミナが乗るイージスのビームライフルは、的確にダガーを打ち落とし、
「ほらほら! ボーッとしてると、貫いちゃうよ!」
カノンのブリッツが放つ≪ケルベロス・ファング≫は、海岸線にまで近づいてきた敵の戦艦の
装甲を容易く貫いた。止めとばかりに≪スパイラルダート≫を打ち込むと、戦艦は大爆発。
「よーし、楽勝、楽勝!」
とその時、ブリッツの後方で何かが爆発した。
「うわっ! な、何?」
振り返ると、ビームサーベルを構えたストライクダガーが立っていた。その胴体には大きな風
穴が空いている。
「カノン!」
ダガーを仕留めたイージスから通信が入る。
「調子に乗らないの! 敵はまだいるんだからね」
「う、うん。ありがとう、お姉ちゃん」
その後、ダークネス、イージス、ブリッツの奮闘によって、イザナギ海岸に上陸した地球軍はわ
ずか十分で全滅した。だが、勝利の余韻に浸っている暇は無い。敵はまだまだいるのだ。海岸 の防衛をオーブ軍に任せ、三機は次の戦場に向かった。
オーブの南地区防衛線は、一時は地球軍に押されていたが、今は完全に盛り返していた。
「はあっ!」
ジャスティスのビームサーベルが唸りを上げる。また一機のダガーが、手足を切り落とされた。
「おーおー、カッコいいねえ。どうせ俺は新米だけどね!」
ストライクに乗るフラガが、愉快そうに言う。キラとフラガの活躍によって、南地区の連合軍は
既にその戦力の半数を失っていた。
「このまま敵を海まで押し返します! ムウさん!」
「おう!」
一気に勝負をかけようとするキラのジャスティス。だが、
「! キラ、上だ!」
「!?」
フラガの声がキラを助けた。ジャスティスの更に上からのビーム攻撃を、ギリギリでかわす事
が出来た。
青い空の彼方から、一機のモビルスーツが迫る。いや、違う。敵は二機だ。鳥のような姿をし
たモビルアーマーの背に、モビルスーツが乗っている。
「ちっ、もう少しだったのによ」
新型MSカラミティのパイロット、オルガ・サブナックが悔しそうに言う。すると、
「何やってんだよ、ヘタクソ! せっかくここまで運んできてやったのに!」
MAレイダーのパイロット、クロト・ブエルが文句をつける。
「うっせえ! 俺に指図するんじゃねえよ!」
「ハッ! だったらあとは勝手にしな! さっさと降りろよ、このバカ!」
クロトのレイダーは、強引にカラミティを地上に降ろした。というより、ゴミでも捨てるかのように
「落とした」。何とか着地したが、オルガの腹の虫は治まらない。
「ちっ、あの野郎……。あとでキッチリ、カタつけてやる! だが、その前に!」
オルガの照準がストライクに向けられる。
「まずはお前からだ!」
カラミティの背中の二門のエネルギー長射程ビーム砲≪シュラーク≫が火を吹く。かわすストラ
イク。だが、背後にあった小山は、跡形も無く吹き飛んだ。
「くっ! なんて威力だ」
「気をつけて、ムウさん。こいつら、普通のパイロットじゃない!」
そうアドバイスするキラにも、レイダーが迫っていた。レイダーは鳥のようなモビルアーマー形
態から一瞬でモビルスーツ形態に変形し、手に持つ粉砕球≪ミョルニル≫を奮う。
「撃滅!」
猛スピードで迫る鉄球。まともに食らえば、ジャスティスといえど無事では済まない。
「当たるわけには!」
キラはジャスティスの肩にあるビームブーメラン≪バッセル≫を放つ。激しく衝突する≪ミョル
ニル≫と≪バッセル≫。鉄球が宙に浮いたその瞬間、キラはレイダーとの間合いを一気に詰め る。
「何! こいつ…ぐあっ!」
反撃も回避も出来ず、レイダーはジャスティスに蹴り飛ばされた。海中に落ちるレイダー。
「ちっ、何やってんだ、あのバカ!」
オルガはカラミティの≪シュラーク≫の砲門を、空のジャスティスに向ける。だが、
「お前の相手は、俺だろうが!」
ムウのストライクがビームサーベルを抜き、接近戦を挑んできた。
「ちっ、うっとおしい!」
「そっちから売ってきたケンカだ。投げ出すんじゃない!」
「ムウさん!」
カラミティと戦うストライクを援護に向かおうとするジャスティスだが、その前に海中から復活し
たレイダーが立ちはだかる。
「くっ、こいつ、まだ…」
「てめえっっっっ! 抹殺!」
レイダーの鉄球が、再びジャスティスを襲う。かわすジャスティス。こちらの戦闘も簡単には終
わりそうにない。
オーブ西海岸で地球軍を迎え撃つオーブ艦隊の前に、恐るべき死神が出現した。
「フッ……。調子に乗るなよ、お前ら!」
新型MSフォビドゥンのパイロット、シャニ・アンドラスが不気味な笑みを浮かべる。フォビドゥン
の手には重刎首鎌≪ニーズヘグ≫が握られており、その鋭い刃は次々と戦艦を切り裂いてい く。
「これ以上はやらせないわ!」
駆けつけたフレイのヴェガが、横からフォビドゥンを攻撃。ヴェガの左腕に装備された≪トリケ
ロス・ツヴァイ≫から≪スパイラルダート≫を発射する。
「ちっ!」
かわすフォビドゥン。だが、彼の敵はヴェガだけではない。この機体の対として作られたモビル
スーツがいる。
「逃さん!」
フォビドゥンの正面に現れたアルタイルが、胸の≪スキュラ≫を発射。フォビドゥンは避ける事
が出来ない。
「ふん」
だが、シャニは焦らなかった。バックパックのエネルギー偏向装甲≪ゲシュマイディッヒ・パンツ
ァー≫を展開。アルタイルの≪スキュラ≫の光線を横に曲げてしまった。
「何!?」
「ウソ!?」
驚くフレイとイザーク。その隙をシャニは逃さなかった。新たな獲物は、初陣で動きが鈍いヴェ
ガだ。
「その首もらうよ、青いの!」
「うっ! こ、この!」
フレイは≪トリケロス・ツヴァイ≫に収納されていた対艦刀≪カネサダ≫を抜いて、鎌の刃を受
け止める。衝突する双刃。
「うっ……!」
「フレイ!」
助けに行こうとするイザークだが、地球軍の戦闘機が前を遮る。
「こいつら! 邪魔をするなあっ!」
戦闘機と戦うイザークだが、その間にもヴェガはアルタイルから引き離され、フォビドゥンに追
いつめられていく。
「はっ、遅い、遅い!」
鎌を連続で叩き込むフォビドゥンに対し、ヴェガは防戦一方。≪カネサダ≫や≪トリケロス・ツ
ヴァイ≫の盾で受け止めるので精一杯だ。本来、ヴェガは接近戦に長けた機体であり、この展 開は得意とするところだが、フレイはこれが初めての実戦であり、緊張と恐怖のあまり、ヴェガ の性能を引き出せていない。
「うっ!」
絶え間ない猛攻に、ついに盾が両断され、ヴェガの体勢が崩れた。そこへフォビドゥンが鎌を
振りかざす!
「これで、終わり!」
「させるかあっっっっっっっ!」
叫ぶイザーク。周囲の戦闘機を両肩の≪シヴァ改≫で打ち落とし、遠方のフォビドゥンに切り
札を向ける。アルタイルの右肩に装備されたエネルギーキャノン≪レーヴァンティン≫。MS数機 を吹き飛ばすほどの高出力ビームを発射!
「何!?」
不意をつかれたシャニは、慌てて≪ゲシュマイディッヒ・パンツァー≫をビームに向ける。絶大
な威力を持つアルタイルの≪レーヴァンティン≫だが、これほどの高出力ビームでさえも曲げら れてしまった。だが、これはイザークの狙い通りだった。
「フレイ、今だ!」
「え、ええ、はああああっ!」
ヴェガが≪カネサダ≫を振り下ろす。さすがのシャニもこれは避けきれず、フォビドゥン自慢の
≪ゲシュマイディッヒ・パンツァー≫を一つ、切り落とされてしまった。
「うっ! こ、こんな奴らに俺のフォビドゥンが……!」
「大丈夫か、フレイ!」
ヴェガの元に駆けつけるアルタイル。
「え、ええ、大丈夫。ありがとう、助かったわ」
「礼などいい。俺とお前の機体は二体で一つ。コンビネーションでこそ、真価を発揮するんだ。だ
から、俺から離れるんじゃない。行くぞ!」
「ええ!」
共に戦う事を改めて誓うイザークとフレイ。そして、
「お、お前ら、許さない!」
雪辱に燃えるシャニ。戦いはまだ、終わらない。
戦況はオーブが優勢だった。数の上では連合軍が圧倒的に上回っていたが、オーブ側のダー
クネス、ジャスティスなどの新鋭機が一騎当千の活躍を見せて、次々と敵を撃破。連合の切り札 であるカラミティ、フォビドゥン、レイダーの三機も押さえられており、その真価を発揮出来ていな い。既に連合は、全戦力の半数を失っていた。
「あー、ヤメヤメ。今日のところは引き返しましょう」
アズラエルがため息混じりに言う。その態度はまるで、ゲームに飽きた子供のようで、実に不
愉快だ。だが、この軍の指揮権は彼にある。連合の将官たちは渋々ながらも命令に従い、残存 部隊をまとめ、撤退する。最後まで戦うと言っていたオルガたちも、投与されている強化薬の有 効時間が切れたため、悔しそうに引き上げた。
「そうそう、みんな大人しく引き上げましょう。後はちゃんと片付けてくれるそうですから」
そのアズラエルの呟きは、誰にも聞かれる事はなかった。
「地球軍艦隊、撤退していきます!」
アークエンジェルに、サイの嬉しそうな声が響く。勝ったのだ。オーブ軍の司令部や、島のあち
こちでも喜びの声が湧き上がっていた。
「ふう……。何とか、追っ払ったか」
ダークネスのガーネットもヘルメットを外し、額の汗を拭う。後ろに座っているニコルが微笑み、
「勝ちましたね、僕たち」
「ああ。けど、地球軍もこのまま黙って引き下がるつもりはないだろう。すぐにまた、引き返して…
…」
と言いかけたその時、ガーネットは奇妙な視線を感じた。
それはとても嫌な視線だった。こちらの全てを見透かしているような、遥かな高みから見下して
いるような、そう、まるでそれは神のごとく……、
「! みんな、その場から離れろ! 早く、早く逃げろーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー!!!!!」
通信回線をフルに使い、ガーネットが叫ぶ。その声は軍の回線を通じて、オーブ全土に響き渡
った。だが、一足遅かった。
突如、天空の彼方より光の雨が降り注いだ。それは正確にオーブ軍の施設やモビルスーツな
どを破壊し、残虐にコクピットを打ち抜いていた。次々と打ち抜かれるM1アストレイ。戦車も、航 空機も、戦艦も、例外ではない。
それは兵器を破壊するための攻撃ではなく、人を殺すための攻撃だった。
「くっ!」
いち早く敵の存在に気付いたガーネットのダークネスは、光の雨を全てかわした。そして、キラ
やフラガ、イザークなどのエースパイロットたちもかわす事が出来た。フレイやジュリエッタ姉妹 の機体は一、二発ほど光を受けてしまったが、致命傷ではなく、パイロットも無事だった。
しかし、アークエンジェルはその巨体ゆえ、完全にかわす事が出来ない。空から降り注ぐ無数
の光の雨を前に、一同は死を覚悟した。マリューの脳裏には、つい先日、思いを寄せ合う仲にな ったフラガの顔が浮かび上がる。
だが、マリューは死ななかった。アークエンジェルも無事だった。無数の光弾は、突如アークエ
ンジェルのブリッジの正面に現われたMSによって、全て打ち落とされた。その機体には、全員 が見覚えがある。
「! あれは……バスター!?」
「ったく、何やってんだよ、アークエンジェル。けどまあ、わざわざ盗み出した甲斐はあったな」
ディアッカは苦笑交じりに呟いた。その目はアークエンジェルのブリッジ、窓に張り付いてこちら
を見ているミリアリアの姿を捉えていた。
「ふう……。俺って、かなりバカだったんだな」
アークエンジェルは無事だった。しかし、この光の雨によって、オーブ軍は戦力の半数を失って
しまった。司令部のカガリが絶句する。
「バカな、一瞬で半数も……」
司令室のモニターには、光の雨によって破壊されたアストレイや戦車の残骸が映し出されてい
た。その惨状といい、その規模といい、まさに悪夢としか言いようがない。
「くっ。やってくれるじゃないか、ロディアにシャロン!」
空に向かってガーネットが叫ぶ。と同時に、
天は暗く 地は闇の中に
それでも私は幸せ
傍らにあの人がいるから
ずっと憧れ、好きだった人がいるから
でも、みんなはあの人の事を認めない
あの人は許されない罪を犯したから
どうしてダメなの?
どうして許してくれないの?
私はあの人が好きなのに
あの人も私が好きなのに
それならば、もういい
たとえ世界が認めてくれなくても
たとえ誰も許してくれなくても
私はあの人を愛し続ける
世界があの人を愛さないというのなら
私があの人を愛し続ける
世界があの人を許さないというのなら
私も世界を許さない
死の翼よ、大いに羽ばたけ
私とあの人の幸せを守るために
私たちの未来を遮る全ての者らに
愛の裁きを与えよ
裁きの果てに世界の全てが死に絶えても
私の命が潰えたとしても
それでも私はあの人を愛し続ける
たとえこの身が滅びても
愛する心は不滅だから
美しい声で奏でられる歌と共に、凄まじい電波障害がオーブ全域を覆う。この戦闘を密かに監
視していたザフトも、地球軍も、完全に通信を絶たれた。天女のごとき美声に包まれ、オーブは 陸の孤島と化した。
そして、空の彼方から白い悪魔が現れた。アラスカでダークネスの前に立ち塞がったMS、ル
シフェルだ。
「ハッ、≪エリミネート・フェザー≫の一斉射撃、よくかわしたな、ガーネット・バーネット。さすがは
俺が見込んだ宿敵だ。やっぱりお前は、俺がこの手で殺さないとダメだな」
「ロディア様、≪エリミネート・フェザー≫は、エネルギーチャージとシステム冷却のため、あと一
時間は使えません」
「んな事は言われなくても分かってる! さあ、ガーネット。今日こそ白と黒、どっちが優れている
のか決着をつけようぜ!」
相変わらず、ガーネットとの勝負に固執するロディア。そんなパートナーに対してシャロンは何
の感情も示さず、淡々と語る。
「これから世界は地獄に変わります。ナチュラルとコーディネイターは際限なく殺し合い、人類は
醜く、無様に滅びる。それが我らが神、ダブルGのお望み。神の定めた運命に逆らい、愚劣な平 和主義を訴えるオーブを、神は許さない。先程の歌は、私からオーブの人たちに送る葬送曲(レ クイエム)。今日がオーブ最期の日です」
ルシフェルの手が上がる。と同時に、ルシフェルの周囲に巨大な戦艦が出現した。数は三。空
を覆いつくすがごときその船体は、いずれもアークエンジェル以上に巨大である。その異様な巨 体に絶句するマリュー。
「なっ……! そんな、あれだけの艦がどうして、レーダーにも反応せずに…」
肉眼もレーダーにも探知する事が出来ないシステム。ニコルには心当たりがあった。
「ミラージュコロイド……。けど、あんな大きな物にまで搭載できるなんて…」
ダブルGのテクノロジーは、連邦やザフトのレベルを超えている。そして更に、それを思い知ら
される『事実』がシャロンの命令によって送り込まれる。
シャロンの命令によって、三隻のリヴァイアサンからダブルGの尖兵が出撃していく。脚部がジ
ェットエンジンのようになっている飛行モビルスーツだ。その頭部はザフトのモビルスーツに酷似 したモノアイ顔だが、後頭部にはもう一つの顔がついており、それは地球軍のストライクダガー に似ていた。
それにしても出る。とにかく出る。冗談みたいに出る。あっという間にオーブの空は、この二つ
の顔を持つモビルスーツによって覆い尽くされてしまった。オーブのレーダーによって測定された その数は、三百。
「なるほど。こいつらが神様の働きバチか」
フラガが言う。軽い口調だが、額には汗が浮かんでいる。
シャロンは残酷な質問をする。
オートモビルスーツとはザフトが極秘裏に開発していた、コンピューターによって動かされる完
全自動操縦のモビルスーツ。だが、その開発は非常に困難で、結局、ザフトも頓挫した。
「コーディネイターと言っても、所詮は人間。出来る事と出来ない事がある。ですが、我らが神に
不可能はありません。神の偉大さと、そして、自分たちがどれほど愚劣で脆弱な存在であるか、 少しは理解出来ましたか? ガーネット・バーネット」
声には感情は込められていない。だが、分かる。シャロンは喜んでいた。勝ち誇っていた。そ
れがガーネットを更に不機嫌にさせる。
「黙れ、シャロン。たかが人形ごときで私たちを殺ろうなんて、そっちこそ私たちを甘く見過ぎだ
よ。神がオーブの破滅を望んでいるだって? 生憎、私たちはそんなもの望んでいないんだ。だ から、オーブは守る。そして、このデク人形どもをスクラップにした後で、あんたたちの神を叩き 潰してやる!」
「ギャハハハハハッ! 出来もしない事をほざいてんじゃねえよ。それじゃあそろそろ殺るか、シ
ャロン。ザコどもはズィニアに任せて、俺たちはガーネットとニコルを殺すぞ。あの二人は俺の手 で直接ぶっ殺す!」
「了解しました、ロディア様。ズィニア、全機、攻撃開始。攻撃目標はダークネス以外の全て。人
間やモビルスーツはもちろん、草木一本、虫けら一匹残す事無く、オーブの全てを消滅させなさ い」
シャロンの命令を受けたズィニアたちのモノアイが光る。三百機の無人モビルスーツによる攻
撃、いや、殺戮開始。
オーブの地獄は、まだ始まったばかり。
(2003・10/4掲載)
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