第20章
 運命(かみ)に抗う者

 それはまさに地獄だった。
 まるで空を覆い尽くすかのようなズィニアの大群。強大なる飛行空母リヴァイアサンから降り注
がれる爆弾の雨が、オーブの大地を焼き尽くす。
 懸命に立ち向かうオーブ軍だが、無人機であるズィニアの動きを捉えきれず、人も、兵器も、
次々と破壊されていく。
 大型モニターに映し出される地獄の光景に、司令部は騒然としていた。圧倒的な力を見せ付
けられ、誰もが沈黙を余儀なくされてしまった。カガリは唇を噛み締める。
「くっ!」
 もう黙って見ていられない。司令部を飛び出そうとするカガリだが、
「どこへ行くのですか、カガリさん」
「! ラクス……」
 いつの間に来ていたのか、ラクス・クラインが静かに口を開いた。彼女はカガリの肩に手を置
き、
「今、貴方が動いても、何も出来ません。それは貴方自身が、よくご存知のはずです」
「けど、このままじゃ、みんなが!」
「気持ちは分かります。ですが、貴方はオーブの灯火です。灯火が無ければ、戦っている者たち
が戦場から帰る事は出来ない。辛いでしょうが、ここにいる事が貴方の戦いなのです」
 そう言って、ラクスはカガリの手をそっと握る。
「ラクス……」
「わたくしも気持ちは貴方と同じ……。友達が戦っているのに、何も出来ないこの身の無力が歯
がゆくてなりません。だからせめて、彼らを信じ、その無事を願います。それがわたくしの戦いで
す」
 ラクスは、戦場の様子が映し出されているモニターに眼を向けた。大の大人でも目を背けるほ
どの地獄絵図にも、彼女は眼を逸らさなかった。
「ラクス、お前……」
 自分とほとんど年の変わらないこの少女に、カガリは素直に敬服した。そして彼女と同じように
仲間たちを信じた。
「頑張れ、みんな。そして、生きて帰って来い!」
「キラ、ガーネットお姉様、皆さん、どうか無事で…」



「でやあっ!」
 銀色の刃がズィニアの胴体を両断する。イリアのパープルコマンドの太刀が唸る度に、敵の残
骸が転がる。だが、その刃はかなり刃こぼれしていた。
「何て頑丈な奴ら……。PS装甲付きの量産型モビルスーツなんて、ほとんど反則じゃないの」
「イリアさん!」
 三機のM1アストレイが、イリア機の元に集まる。イリアの後輩であるアサギ、ジュリ、マユラの
機体だ。
「あんたたち、無事だったのね。他のみんなは? ホウジョウ隊長やライズたちは?」
「ダメです、逸れてしまいした」
 アサギが弱気な声で返答する。続いてジュリが、
「島全体にかけられている強力な電波障害のせいで、味方や司令部との連絡も取れません!」
「ここに来るまでに、味方の残骸もたくさんありました。このままじゃ、私たちも……」
 いつも陽気なマユラも、弱気になっている。無理もない。敵があまりにも圧倒的すぎる。恐怖も
躊躇もなく、戦いを挑んでくる無人機の大群。天空の彼方から降り注がれる爆弾の雨。この状況
で、弱気にならない方がおかしいだろう。
「確かに、覚悟を決めた方がいいかもしれないわね……」
 イリアもついに絶望を口にした。
 そして戦場の死神は、絶望した者に容赦なくその鎌を振り下ろす。
「!」
 四機のアストレイを、ズィニアの大群が取り囲んだ。銃口から死の光が放たれる…かと思われ
たその時、ズィニアたちの頭部を閃光が貫いた。
「大丈夫か、イリア!」
 通信機からの声は、彼女が心密かに愛する男からのものだった。
「ライズ三尉!」 
 少し離れた小高い丘の上に立つ、ライズのパープルコマンド。その隣には、更に二機のパープ
ルコマンドが。
「イリアさん、アサギ、マユラ、ジュリ、みんな無事?」
 アルルが呼びかける。続いて、
「ったく、このヒヨッコどもが。俺の眼の届く所にいろっての。まあ、死ななくて良かったな」
 と、ホウジョウが嬉しそうに言う。
「ホウジョウ隊長もアルルも無事だったんですね。良かった……」
「ああ。だが、あまり良い状況じゃないぞ、イリア」
 ホウジョウの言うとおりだった。彼ら以外の部隊はほとんど壊滅しており、援軍も望めない。そ
して彼らの前に、新たなズィニアが降下してきた。
「うわあ、キリが無いわね、こいつら」
 アルルがグチる。
「だが、やるしかない。全員、敵中突破だ! 死ぬんじゃねえぞ!」
 ホウジョウの激が飛ぶ。そして、生き残るための戦いが始まった。



 廃墟と化した町の上に、尚も爆弾を落とすリヴァイアサン。目標はオーブの町ではなく、オーブ
という国そのものの消滅。オーブに存在するものは、命ある者も無い物も全て破壊する。それが
三隻のリヴァイアサンの目的であり、彼らの創造主であるダブルGの望みだった。だが、
「いい加減にしろっての、お前ら!」
 ディアッカの乗るバスター・インフェルノが、次々と爆弾を打ち落としていた。右腰の150oビー
ムガトリングガンが、左腰の≪ネオ・アグニ≫が、空を漂う爆弾たちを破壊していく。
「ちっ、キリが無い。だったら!」
 ディアッカはバスター・インフェルノを前に屈ませた。そして、背中に背負った四門の大砲を空
に向ける。
「こいつが一番強力な武器らしいな。頼むぜ!」
 発射!
 四本の光線が空を舞い、爆弾を次々と破壊する。轟音と共に爆発する爆弾たち。その光景は
まるで、連続して放たれた花火のように美しい。たった一発で、五十以上の爆弾を破壊した。そ
の破壊力に、アークエンジェルのモニターで様子を見ていたミリィも思わず、
「…………凄い」
 と、呟く。が、実は撃った本人(ディアッカ)が一番驚いている。
「おいおい。こりゃ、ちょっと凄すぎ……」
 ふとエネルギー残量を見てみると、半分近くのエネルギーが失われていた。
「マジかよ? たった一発でこれじゃあ…」
 そうこうしている間にも、新たな爆弾が次々と落とされてくる。
「ったく、何発爆弾抱えているんだ、あの艦は!」
 再び爆弾を破壊するバスター・インフェルノ。エネルギーを節約するため、実弾系の武器を使
う。
「頼むぜ、空の連中。早いトコ、あの艦を片付けてくれ…!」



 爆弾もズィニアの大群も、戦艦リヴァイアサンから放たれている。ならばリヴァイアサンを落と
せば、この絶対不利な状況を覆す事が出来る。そう考えたマリューは、リヴァイアサンの撃墜を
飛行可能なモビルスーツに任せた。
 メンバーはキラのジャスティス、ムウのエールストライク(長時間の飛行も可能なように改造さ
れている)、イザークのアルタイル、フレイのヴェガ、そしてルミナのイージス(カノンのブリッツは
地上に残り、オーブ軍と共に爆弾やズィニアに対抗している)。五機のGは空を飛び、リヴァイア
サンの巨体に迫る。標的は3番艦『ドズル』。
 通常ならば、戦艦一隻を相手にするのなら、モビルスーツは三機もあれば充分だ。戦艦とモビ
ルスーツにはそれ程の戦力差があるのだが、リヴァイアサンは違った。コンピューター制御の完
全な無人艦であるため、その射撃は実に正確で強力。しかも射程距離は、キラ達の機体の中で
一番の射程距離を誇るアルタイルの主砲≪レーヴァンティン≫をも上回っている。
 遠距離からの攻撃は不可。近接戦を挑もうにも、近づく事も出来ない。
「くそっ! 打つ手無しか!」
「ムウさん、このままじゃオーブが!」
「分かっている、キラ! 何とか突破口を開かないと…」
 問題は敵の激しすぎる攻撃だ。正確無比な上に、ほとんどがビーム兵器であるため、PS装甲
も役に立たない。
「私のイージスのスピードなら、一気に敵の懐に飛び込めます。私が…」
「いや、駄目だ。イージスの装甲が持たん」
 ムウの言うとおり、イージスはモビルアーマー時のスピードを上げるため、装甲を犠牲にしてい
る。一発でも攻撃を食らえば、それが致命傷と成りかねない。
「なら、僕が行きます。ジャスティスのシールドや装甲なら、奴の攻撃にも耐えられる!」
 キラが志願する。だが、
「いいえ、私が行くわ」
「フレイ!?」
 ジャスティスを押しのけ、フレイのヴェガが前に出る。
「私のヴェガは防御力に長けているわ。ここは私に任せて!」
「フレイ、けど君は…」
 止めようとするキラだが、
「分かった。任せるぞ」
 イザークの声が遮った。
「自分で名乗り出た以上、責任は持てよ。周りのザコ共は俺たちが片付けてやる。存分にやれ」
「ええ。イザーク、ありがとう」
「話は纏まったな。時間が無い。それじゃあ、行くぞ!」
 ムウの掛け声と共に、それぞれが散る。ジャスティスたち四機はリヴァイアサンを護衛するズィ
ニアたちの相手をし、その間にフレイのヴェガは『ドズル』の遥か上空にまで飛んだ。そして、
「行くわよ!」
 飛行ユニットとして足に履いていた≪マンダラ≫を分解。支えを失ったヴェガは≪マンダラ≫と
共に落下する。
「くっ……!」
 強烈な重圧がフレイの体を襲う。だが、弱音を吐いている間は無い。共に落ちている≪マンダ
ラ≫を機体の周囲に展開、プラズマフィールドで包み込む。
 頭上からの落下物を察知した『ドズル』は迎撃態勢に入る。全砲門をヴェガに向け、一斉発
射。無数のビームがプラズマフィールドに突き刺さる。
「うっ!」
 高い防御力を持つプラズマフィールドが歪む。予想以上の攻撃力だ。このままでは、敵艦にた
どり着く前にフィールドが破られてしまう…!
 そして、『ドズル』からの第二射!
「させるかあっ!」
 死地に飛び込んだアルタイルの≪レーヴァンティン≫が火を吹いた。強力なビームが『ドズル』
の正面に命中、その巨体を揺らした。
「イザーク!」
「今だ、フレイ!」
 イザークの叫びを受け、ヴェガは、左腕の≪トリケロス・ツヴァイ≫から対艦刀≪カネサダ≫を
抜く。そして、艦に激突する寸前でフィールドを解除し、≪カネサダ≫のビームブレード発生装置
を最大出力にする。光の刃は、ヴェガ本体の身長を上回るほどに大きく伸びる。そしてヴェガは
その巨大な刃を、
「はああああああっ!」
 一気に振り下ろす。『ドズル』の巨体は、ほぼ中央から切り裂かれた。傷口から爆炎が上が
る。
 その後、落ちていくヴェガをアルタイルが受け止めた。
「大丈夫か、フレイ!?」
 心配するイザークに、フレイは笑顔で答える。
「ええ、大丈夫よ。これくらい、何てことないわ」
「今だ! 敵艦に一斉攻撃!」
 ムウの号令でストライクのビームライフルが、ジャスティスのリフターに装備された≪フォルティ
ス・ビーム砲≫が、イージスの≪スキュラ≫が一斉に火を吹く。ヴェガの一撃で大ダメージを受
けた『ドズル』は回避も反撃も出来ず、全ての攻撃をまともに食らった。そして、
「止めを刺すぞ、フレイ!」
「ええ、分かったわ!」
 フレイのヴェガを肩で支え、イザークのアルタイルは攻撃態勢に入った。アルタイルの右肩に
装備された≪レーヴァンティン≫を移動させ、胸の中央にある≪スキュラ≫と接続、変形させ
る。砲身が伸びた≪レーヴァンティン≫の周囲を、ヴェガの≪マンダラ≫が囲む。≪マンダラ≫
が放出するプラズマフィールドエネルギーを≪レーヴァンティン≫が吸収し、機体の限界を超え
るほどの高エネルギーを生み出す。そして、
「沈めええええええっ!」
 イザークが引き金を引いた。砲身から放たれた虹色の光は、敵の大群を焼き払い、『ドズル』
の横っ腹に風穴を空けた。
 爆発する巨艦。『ドズル』、撃沈。
「す、凄い……」
 絶句するキラ。続いてフラガが、
「よくやった、お嬢ちゃん。イザーク、そんな凄い武器があるなら、さっさと使えっての」
「切り札は最後まで取っておくものだ。それにこれは何発も撃てんからな。砲身が持たん」
 イザークの言うとおり、≪レーヴァンティン≫の砲身は、あまりの熱量に黒く焼けただれてい
た。もう普通に撃つ事も出来ないだろう。
「なるほどね。ま、あんなの何発も使われたら、こっちが怖いな」
「みんな、気を抜くのは早いわ。敵はまだ残っているのよ」
 ルミナの言うとおり、リヴァイアサンはまだ二隻残っている。1番艦『ギレン』と2番艦『キシリア』
は、既にその砲門をキラ達に向けていた。



 オーブの空を、二筋の光が走っていた。
 黒い光はダークネス。この地を守る最後の希望。
 白い光はルシフェル。この地を滅ぼす恐怖の魔王。
「ニコル! ブースター全開!」
「はい!」
 敵との間合いを詰め、拳打を放つダークネス。だが、その両拳はガッチリとルシフェルに掴ま
れた。
「なっ…!」
「ギャハハハハハッ! 遅い、遅すぎるぜ!」
 ロディアの嘲笑が響く。そしてそのままの体勢でルシフェルの腰にある≪ジークフリート≫を展
開、砲門をダークネスに向ける。
「終わりです」
 シャロンは静かに宣言する。だが、ガーネットもニコルも、決して諦めない。
「ニコル!」
「はい!」
 ブースターを方向転換し、眼下の大地に向けて急降下するダークネス。ダークネスの両拳を掴
んでいるルシフェルも≪ジークフリート≫を撃つ事が出来ず、そのまま降下。地表に激突する寸
前で、ようやく手を放し、少し離れて睨み合う。
「ちっ、あのクソアマ、やってくれる!」
 悔しがるロディア。一方、ガーネットたちも苦しんでいた。トゥエルブをガーネットは1番から4番
まで、ニコルは7番と8番を覚醒させているのに、ほとんど互角の攻防、いや、むしろ押されてい
る。
「ガーネットさん、あのモビルスーツ……」
「ああ、前より強くなっている」
 確かにあのモビルスーツ、ルシフェルの性能はアラスカで戦った時より上がっている。だが、不
思議なことに、こうして戦っている間にも、機体のパワーもスピードも少しずつ上がっている気が
する。
「ガーネットさん、僕の気のせいかもしれないですけど、あのモビルスーツ、時間が経つにつれて
強くなっていませんか?」
「……気が合うねえ、ニコル。私も同じ事を考えていた」
「ようやく気が付きましたか。お二人とも、思ったより頭が悪いのですね」
 いきなりシャロンが通信してきた。
「お二人のご推察どおり、このルシフェルは戦闘を重ねる事に強くなる。今、こうしているこの瞬
間にも、自らを強くしているのです」
 エクスペリエント・システム。
 ルシフェルに搭載されているその特殊装置は、戦闘時のあらゆる出来事をデータとして蓄積、
分析し、そのデータに基づいて自機を強化していく。
 人間が経験を重ね、成長するように、ルシフェルもまた、戦闘を重ね、経験を蓄えて強くなる。
戦えば戦うほど強くなり、無限に成長するモビルスーツ。それがルシフェルなのだ。
「先程、使用した≪エリミネート・フェザー≫。あれはアラスカでのあなた方との戦闘による経験
から、ルシフェルが作り出した武器です。もちろん武器だけでなく、機体全体の性能も強化され
ました。感謝します」
 シャロンの言葉に皮肉などは感じられない。本当にガーネットたちに感謝しているようだ。
「まあ、そういう事だ、ガーネット。お前らはこのルシフェルの肥しになって死んでくれや!」
 ロディアがルシフェルを動かす。両上腕の火器をダークネスに向け、同時に発射。かわすダー
クネスだが、弾丸やビームの発射速度も、その破壊力もアラスカの時より上がっている。
「ちっ! ニコル、分かっているね!」
「ええ、ここで退く訳にはいきません!」
 ルシフェル。危険すぎる機体だ。これ以上、強くなられる前に破壊しなければならない。
「無駄な事をしますね」
 向かってくるダークネスを軽くいなしながら、シャロンが言う。
「どうしてそこまでして戦うのか、理解できません。こんな下らない世界に生きる人間などのため
に、どうして戦うのですか?」
「それをあんたが言うのかい、シャロン・ソフォード。『ナチュラルの歌姫』として、歌でみんなに希
望を与え続けてきた、あんたが!」
 シャロン・ソフォード。ナチュラルでありながらコーディネイターをも上回る天性の歌の素質の持
ち主であり、その歌声はまさに芸術。『プラントの歌姫』と呼ばれたラクスと人気を二分していた
美少女歌手。
 だが、地球とプラントの戦争が始まって間もなく、失踪。人々の記憶から忘れ去られていた。
「あんたの歌、私は結構好きだったんだけどね。どうして、ダブルGなんかの手下に成り下がった
んだ!」
「……私の父はザフトに殺されました」
 戦闘を続けながら、シャロンが語り始めた。その声には何の感情も込められていない。
「父の出張先の町が、たまたま地球軍の駐留地だったために、町そのものが焼き払われまし
た。父は爆弾で体をバラバラに吹き飛ばされました」
「……………」
 元ザフトであるニコルは、複雑な表情を浮かべる。だが、更にシャロンは衝撃の事実を語る。
「それから一週間後、母が地球軍に殺されました。母が疎開していた町がザフトと地球軍の戦場
となってしまい、母の家がザフトの占領地にあったため、その区画ごと地球軍の攻撃対象となっ
たのです。母は地球軍の戦車の砲撃で、住んでいた家ごと吹き飛ばされました」
 親の悲劇的な死を語るシャロンだが、やはりその声には何の感情も込められていない。まるで
機械が話しているかのようだ。
「父と母が死んでから、私は笑う事が出来なくなりました。その理由は私にも分かりません。そし
て、笑って歌う事が出来なくなった私を、プロダクションの人たちはあっさりと捨て去りました」
 そう言ってシャロンは、ふうっ、とため息を付いた。何気なく放たれたそのため息に、ガーネット
もニコルもなぜか『恐怖』を感じた。
「正直、呆れました。私をあっさり捨てた人たちにも、そんな愚劣な人たちを信じて歌っていた私
自身にも。そして何より、こんな悲劇が日常茶飯事で起きているこの世界にも」
 シャロンはまた、ため息を付いた。先程のため息と同じ、他者に恐怖と異質を感じさせる不思
議なため息だった。
「それから私は、神であるダブルGに出会いました。そして、決めました。私から笑顔を奪ったこ
の世界を、私を必要としていないこの世界を、そして私も必要としていないこの世界を、私の手
で処分します。そして、私が笑う事が出来る新世界を創り出す。それが私が神の僕として、戦う
理由です」
「シャロンさん……。けど、それは間違ってます! 自分を見捨てた人たちを憎むのは分かりま
すけど、憎しみからは何も生まれない…」
「ニコル、違うよ」
「? ガーネットさん?」
「この女を動かしているのは、怒りや憎しみや悲しみじゃない。この女を動かしているのは……
失望だ」
 憎んだり、怒ったりするのは、裏を返せば、相手に対してわずかながらも期待しているからだ。
愛と憎しみは紙一重という言葉も、決して間違いではない。
 だが、そのわずかな期待さえも裏切られた時、人は失望する。相手に対して何の興味も持た
なくなり、声をかける事も無い。道端に転がる石ころと同じように扱う。
「この女から見れば、人の命も、この世界も、石ころと大差ない。いや、ほとんど同じだろうね。
人を殺す事も、世界を滅ぼすのも、この女にとっては、邪魔な石ころを蹴り飛ばすようなものな
のさ」
 何の罪悪感も無く、人を殺せる。何も感じる事無く、世界を滅ぼせる。それはあまりに危険な心
だ。
「ええ、そのとおりです。私は他人にも、世界にも期待していない。だからこんな退屈な世界は滅
ぼします。そして、私を導いてくれたダブルGの下で、私を期待させるような新世界を創ります」
 シャロンの宣言を聞いたニコルとガーネットは、先程、なぜシャロンのため息に恐怖を感じた
のか、その理由がようやく分かった。あれは、この世界に失望したという証。この世界に生きる
者として、決して受け入れてはならない感情だったからだ。
「ガーネットさん、このシャロンって人は…」
「ああ、バカロディアなんかよりずっとヤバい奴だ。何が何でも、止めなきゃならない!」
 ダークネスの拳が、ルシフェルの顔面を狙う。だが、ルシフェルはあっさりかわした。
「無駄です。既にルシフェルの能力は、全ての面でそちらの機体の性能を超えています。あなた
方の攻撃はもう、当たりませ…」
 ん、と言おうとしたその時、強烈な衝撃がルシフェルを襲う。
「食らった……?」
 ダークネスの鉄拳が、ルシフェルの腹部に当たった。大したダメージではないが、考えられな
い事だった。だが、その後に続くダークネスの攻撃もかわし切れない。
 ダークネスのスピードが増した? いや、違う。ルシフェルの動きが鈍くなっているのだ。
「まさか……」
 思い当たる事があった。シャロンは、後部座席を見る。そこに座っているロディアは、鼻から血
を流しながら、気絶していた。
「先程から静かだと思ったら、エクスペリエント・システムの負荷に耐え切れなかったのですか。
仕方がありませんね」
 シャロンは、全軍に一時撤退の指示を送った。



 戦いは終わった。だが、オーブが受けた傷はあまりに大きなものだった。
 全軍の八割が壊滅状態となり、犠牲者は数え切れない。民間、軍事の区別無く、多くの施設が
破壊された。
 生き残った人々も、あまりの惨状に言葉を失っていた。オーブの人間ではないイザークたちで
さえ絶句していた。
「ひどいな、これは……」
 アルタイルから降り、戦場跡を見回っていたイザークが呟く。その隣を歩くディアッカやニコルも
同じ気持ちだった。
 瓦礫の下から、子供の手が出ている。死人の手だ。
 無事な建物は一軒も無い。数時間前までは平和な町だったが、今は廃墟と化している。
「さすが無人機、容赦ないな。結構、打ち落としてやったのに……」
 ディアッカが悔しそうに呟く。
「仕方ありませんよ。敵の数が多すぎました」
「仕方ない、って、ニコル!」
 そんなに簡単に言うな、と文句を言おうとしたディアッカだが、ニコルの顔を見て言葉を引っ込
めた。彼の顔は、今まで見た事が無いほどに暗く沈んでいた。
「自分で自分が許せない……。いくら強いとはいえ、たった一機の敵も倒せないなんて……」
「自分を責めるのは止せ。時間の無駄だ」
 イザークは、ニコルの自虐を止めた。
「それよりも、これからどうするかだ。ディアッカ、お前は俺たちについて来てくれるのか?」
「ああ。連中、これと同じような事を世界中でしようとしているんだろう? 当然、プラントも狙われ
る。だったら、黙っている訳にはいかない。戦ってやるさ」
 確かにそういう気持ちもあったが、本心は別のところにある。
 守りたい女がいる。笑顔が見たい女がいる。
 それがディアッカの本心。だが、それを軽々しく口に出来るほど、彼は豪胆ではなかった。
 ともかく、こうしてアークエンジェルに新たな仲間が加わった。
「これで元クルーゼ隊の赤服、全員集合だな。昔、沈めようとしていた艦を守る事になるとは、人
生何が起こるか分からないな」
「まだだ。空に昇ったきりのバカが一人、残っている」
「大丈夫ですよ。アスランもきっと、僕たちの所に来てくれます。きっとね」
 ニコルの言葉に、イザークとディアッカも頷く。それは『願い』ではなく、『確信』だった。



 オーブ軍は残存部隊を集結させ、マスドライバー・カグヤの付近まで撤退させた。ウズミら首脳
陣もカグヤ基地に移り、アークエンジェルの一同も交えて、今後の方針について話し合う。
 現在の戦力では、地球軍やダブルG軍を迎え撃つ事は出来ない。そう判断したウズミは、残存
部隊や生き残ったオーブ国民をイズモ級宇宙戦艦クサナギに乗せ、アークエンジェルと共に宇
宙に上げる事にした。宇宙に行けば、ラクスの父シーゲルの同志が力を貸してくれる手筈になっ
ている。
「オーブという国は滅びても、オーブの理念は誰かが受け継がなければならない。無益な争いを
止めるため、そしてこの世界を守るため、君たちに我らの理念を託させてくれ」
 ウズミの願いを、一同は受け入れた。
 会議が終わった後、ラクスはキラに話しかける。
「キラ、わたくしも覚悟を決めました」
「ラクス…?」
「わたくしも戦います。この世界を守るために。本当の意味で、平和の歌を歌うために」
 キラは何も言わなかった。短い付き合いではあるが、この少女が見た目よりも強い心の持ち
主である事は分かっていた。誰が止めても、彼女は自分の決めた道を行くだろう。ならば自分に
出来る事はただ一つ、彼女を守る事だ。
「分かったよ、ラクス。僕も戦う。君を守るために、そして、僕や君が生きるこの世界を守るため
に」
「キラ……」
 ラクスは微笑む。お互いの心が一つになった。



 クサナギの発進準備が整った時、敵の襲来を告げる警報音が鳴り響いた。ルシフェル率いる
ズィニアの大群が迫っていた。
 カグヤ基地の武装では、時間稼ぎも出来ないだろう。このままではクサナギもアークエンジェル
も、宇宙に行く前に破壊される。だが、今出撃すれば、発射時間に間に合わないかもしれない。
「私たちが行くよ。いいね、ニコル?」
「はい、ガーネットさん」
「僕も行きます」
 ガーネットとニコル、そしてキラが名乗りを上げた。ダークネスの音速を超えるエクストリーム・
モードのスピードなら、少し遅れてもアークエンジェルに追いつける。ジャスティスのスピードも、
ダークネスに勝るとも劣らない。
 マリューも賛同し、二機は出撃する。そして間もなく、敵機襲来。ルシフェルを先頭に、百機以
上のズィニアが接近してくる。
「あのリヴァイアサンという空母はいないみたいですね」
「今の私たち相手なら、あの程度の戦力で充分だと考えたらしいね。ナメられたもんだ。いくよ、
ニコル!」
「はい! トゥエルブ、7番、8番」
「1番から4番!」
「「覚醒せよ!」」
 ダークネスの両目と胸の一部が、赤く光り輝く。
「キラ、遅れるんじゃないよ!」
「はい!」
 ダークネスとジャスティスが飛ぶ。一機たりとも、マスドライバーに近づけさせない。その強い意
志が機体にも伝わっているのか、二機は鬼神のごとき強さを発揮した。
「せやあっっっ!」
「はっ!」
 ダークネスの拳が、脚が、ズィニアを次々と砕き、
「はあっ!」
 ジャスティスのビームサーベル≪ラケルタ≫が敵を切り裂く。
「やりますね。さすがは、と言うべきでしょうか」
 戦況を見守っていたシャロンが呟く。
「ふん。あれぐらいはやってもらわないと、殺し甲斐が無い。そろそろ行くぜ、シャロン!」
「了解しました。ですがロディア様、くれぐれも無理はしないように…」
「おりゃあああああああっ!」
 興奮したロディアの耳に、シャロンの声は聞こえていない。ルシフェル加速、ダークネスに一気
に接近する。
「! 来たね、ルシフェル!」
 迎え撃つダークネス。だが、機体の性能差は大きく、ルシフェルの動きを捉えきれない。
「ちっ、速すぎる!」
「ガーネットさん、援護します!」
 見かねたキラのジャスティスが、両者の間に割って入る。だが、ビームサーベルの斬撃も、リフ
ターとのコンビネーション攻撃もかわされてしまった。二対一でも押され気味だ。
「つ、強い…!」
「人類最高のコーディネイター、キラ・ヤマト。ですが、恐れる程の者ではありませんね。神の刃
たるこのルシフェルの敵ではない」
 シャロンが冷静に分析する。そして、
「ギャハハハハハハハッ! そりゃ当然! この俺に、ルシフェルに勝てる奴なんて、この世には
いねえのさ! さあ、今日がオーブ最期の日だ! 何もかも死に絶える! 俺たちにブチ殺され
る! それが我らが神が定めた、この国の運命! そして、テメエらの運命だ!」
 勝利を確信し、高笑いするロディア。しかし、
「!」
 下方からの突然の銃撃。かわしたルシフェルは、銃撃の先にいる新たな敵を見る。ダークネス
とジャスティスのカメラも、その姿を映し出した。
 M1アストレイ・パーフルコマンド。パイロットは、
「無事ですか、ガーネットお嬢さん?」
 タツヤ・ホウジョウは陽気に挨拶した。
「ホウジョウさん! どうしてここに!?」
「連中を片付けないと、クサナギもアークエンジェルも宇宙に行けませんからね。クサナギに乗っ
ているエレーヌの為にも、こいつらは止めなきゃならん」
「それは私たちに任せて! ホウジョウさんは早く、クサナギに…」
 ガーネットのその先の言葉は続かなかった。一瞬でルシフェルが、ホウジョウのパープルコマ
ンドに接近。そして、
「邪魔すんじゃねえ、このカスがああああっ!」
 右腕から出したビームの刃でパープルコマンドの胴体を貫いた。
「!」
 ガーネットもニコルもキラも言葉を失う。だが、
「……へっ」
 通信機からホウジョウの声。まだ生きている。
「ホウジョウさん、脱出しろ! そのモビルスーツはもう持たない!」
「そうしたいのは山々なんですけどねえ、お嬢さん。今ので、両足が焼かれちまったみたいで」
「なっ…!」
「ああ、心配しないでください、お嬢さん。覚悟は決めましたから」
 激痛を堪え、微笑むホウジョウ。パープルコマンドが自分を貫いたルシフェルに組み付いた。
「何っ! テ、テメエ、放せ、こら!」
「このパイロット、まさか!」
 うろたえるロディア。シャロンも珍しく表情を歪める。そしてホウジョウは一息ついた後、自機の
自爆コードを打ち込んだ。
「お嬢さんたちは、アークエンジェルに戻ってください。こいつは俺がここで仕留めます!」
「ホウジョウ、あんた!」
「色々とお世話になりました。エレーヌには、帰れなくて済まない、と伝えてください……」
「ホウジョウ!」
「後は頼みます。さらば!」
 それがタツヤ・ホウジョウ最後の言葉だった。
 大爆発するパープルコマンド。ルシフェルもまた、業火の中に消えた。
「………………」
「………………」
 立ち上る爆炎を前にして、キラもニコルも、何も言えなかった。
「…………アークエンジェルに戻るよ」
 兄のように慕った人の死を受け止め、ガーネットは命令する。親しい人の死。とても悲しい。で
もだからこそ、その死を、願いを、無駄にする訳にはいかないのだ。涙を堪え、未来へと翼を羽
ばたかせる。
 ズィニアたちの追撃を振り切り、ダークネスとジャスティスは、アークエンジェルに帰還した。そ
して、船体に張り付き、近づくズィニアたちを迎撃しながら、クサナギ、アークエンジェルと共に宇
宙に上がった。
 二隻の戦艦が飛び立った後、オーブは巨大な炎に包まれた。オーブもマスドライバーもモルゲ
ンレーテも渡さない。それは平和を願うウズミ・ナラ・アスハの意地であり、彼の最期でもあった。
 天高く昇っていくクサナギとアークエンジェル見送る影一つ。ルシフェルだ。その強固な装甲は
ホウジョウ決死の自爆攻撃にも耐えたのだ。だが、
「………………」
 コクピットでは、ロディア・ガラゴが鼻や耳から血を流し、息絶えていた。傷一つ無いシャロンは
後部座席を振り返り、ため息をつく。
「エクスペリエント・システムの負荷が、肉体の限界を超えましたか」
 このシステムは、機体の受けたダメージまでも『経験』として取り込む。それは装甲の強化に必
要な『経験』なのだが、ダメージまでも取り込んでしまい、パイロットに大きな負担を与える。もっ
とも、負担が掛かるのは後部座席の『使い捨て』だけであり、メインパイロットのシャロンには何
の影響も無い。
「パートナーがいない今のルシフェルは、戦力が大幅にダウンしている。引き上げましょう」
 上空に待機させていた二隻のリヴァイアサンと共に、シャロンはオーブを後にした。こうしてオ
ーブは死の荒野となった。国は滅びた。だが、多くの命が生き残った。それはやがて、神に対す
る反撃の一矢となる。



 闇に包まれた空間の中で、四人の人物が佇んでいる。いずれも立体映像であり、映像の光が
闇を淡く照らしている。
「オーブの壊滅は予定通り。だが、マスドライバーを手に入れられなかったのは失敗だったな」
 クルーゼの言葉に、隣のアズラエルが顔をしかめる。
「それって、僕のせいですか? むしろシャロンさんのせいなんじゃ…」
「そのとおりです。私の見通しが甘かった。反省しています」
 シャロンは一同に頭を下げる。
「いや、シャロン君。君のせいではない。ロディアなどという役立たずを、君のパートナーにしてし
まった私にも責任がある。申し訳ない」
 リヒター・ハインリッヒが頭を下げる。その後、クルーゼが、
「ロディア・ガラゴか。あの男のガーネットに対する執念、もう少し使えるかと思ったのだが」
「執念に肉体がついていかなかったようです。それでは意味がありません」
 シャロンが冷静に言う。
「なるほど。けどシャロンさん、短い間とはいえ、一緒に戦ったパートナーが死んだのに、あまり
動じていないようですねえ」
「アズラエル様、部品が壊れた事ぐらいで涙を流すほど、私は暇人ではありません」
「おー、怖」
「からかうのは止せ、アズラエル。それでリヒター、シャロンの次のパートナーは見つかっている
のか?」
「ああ。既に身柄も押さえてある」
 四人の立体映像の中心に、新たな人物の姿が映し出された。
「ほう、これは……」
 クルーゼは少し驚き、そして、苦笑した。映し出されたのは、彼のよく知る人物だった。
「名前はアスラン・ザラ。現プラント最高評議会議長、パトリック・ザラの一人息子。現在、クライ
ン派への加担容疑で特別収容所に収監されている。パイロットとしての力量は…」
 リヒターの声が、闇の世界に響き渡る。

(2003・10/11掲載)
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