第21章
 ディプレクター

 L4宙域に浮かぶ稼動コロニー、メンデル。開戦前に起こった原因不明のバイオハザードによ
って無人となったこのコロニーは今、アークエンジェル、クサナギ、エターナルの三艦の秘密基
地になっていた。
 彼らがここで合流するまでの間にも、世界は大きく動いていた。地球軍はザフトのビクトリア基
地を奪還し、マスドライバーを入手。ストライクダガーを中心とした大部隊を月のプトレマイオス
基地に集結させていた。
 一方、パナマを陥としたものの、占領できるほどの戦力を持たないザフトはパナマを放棄。他
の基地に残った戦力を宇宙に打ち上げ、地球軍との決戦に備えていた。
「残念ですが、事態は最悪の方向に向かっています」
 各艦の艦長やパイロットたちを前に、ラクスが語る。
「地球軍の戦力は次々と宇宙に上がり、ザフトもまた、新型のモビルスーツを実戦配備させてい
ます。両軍とも、全面対決の姿勢を崩しません。このままでは忌まわしき神、ダブルGの望みど
おりに、多くの命が散る事になります。何としても阻止しなければなりません。これ以上、憎しみ
の連鎖を繋げさせてはならないのです」
 頷く一同。そう、彼らはその為に、ここにいるのだ。
「道は決して平坦ではありません。そして恐らく、ここにいる者の何人かは、あるいは全員が死ぬ
事になるかもしれません。けれど、それでもわたくしたちは、進まなければならない。戦わなけれ
ばならない。ナチュラルとコーディネイターが共存できる、本当の平和な世界を作るために。それ
がわたくしたち、ディプレクターの選んだ道なのです」
 ディプレクター。ラテン語で『仲介者』という意味。地球軍にもザフトにも属さないこの部隊の名
称である。ナチュラルとコーディネイターを繋げる者としての信念と覚悟を表す名前だ。
「戦いましょう、皆さん。世界のために、大切な人のために、そして、自分自身の未来を掴むため
に!」
 力強い言葉を放つラクス。力強く頷く一同の中で、キラは少し複雑な思いだった。アスランから
父シーゲルの死を知らされ、キラの胸で涙を流した少女の姿はそこには無い。『指導者』と『少
女』。そのギャップに戸惑っている。
「支えてやりなよ」
 隣にいたガーネットが、キラに小声で話しかけた。
「あの娘は良くも悪くも、自分の感情を押さえてしまうからね。あんたみたいに、悲しみを分かち
合える奴が必要だ」
「ガーネットさん……」
「大切な人が隣にいると、元気になれる。もっと頑張れる。私もそうだからね」
 そう言って、ガーネットは苦笑した。その視線の先では、彼女のパートナーである少年が、ニッ
コリと微笑んでいた。
「…………はい、分かりました。僕がいる事で、ラクスの力になれるのなら、僕は彼女の側にい
ます。そして戦います。この世界のために、僕自身のために、何よりも、彼女のために」
 もう、キラの心に迷いも戸惑いも無かった。頼もしい後輩の頭を、ガーネットは優しく撫でた。



 クサナギのモビルスーツ格納庫では、新たなモビルスーツが完成し、出撃準備を整えていた。
その様子を見守るカガリの隣に、アスランがやって来た。
「赤いストライク……。これがストライクルージュか」
「ああ。ストライクの予備パーツを元に組み上げられた機体だ。ガーネットのシャドウのパーツも
使ったおかげで、予定より早く完成した」
「戦力が増えるのはありがたい。これから戦いはますます厳しくなるからな。誰が乗るんだ?」
「私が乗る」
「お前が?」
「何だ、その意外そうな顔は。シミュレーションでは、ライズたちにだって勝ってるんだぞ」
「だが、お前はオーブの…」
「みんなを戦わせて、自分だけ安全な所にいろというのか? そんなの、私の戦い方じゃない」
 オーブ壊滅の日。己の無力が悔しかった。戦っている人たちを見守ることしかできない自分に
腹が立った。
「誰かに守られるより、私の手で誰かを守りたい。ワガママだと思うが、それでも私は、自分に出
来る事をやりたいんだ」
 カガリははっきりと言った。その横顔を見て、アスランは先程、久しぶりにあった旧友の顔を思
い出し、微笑した。
「? 何がおかしい?」
「いや。同じような事をキラも言ったそうだからな。さすがは双子だと思って」
「! あいつ、話したのか! 秘密にしろって言ったのに!」
「別に秘密にするような事じゃないだろ?」
 カガリの父、ウズミが別れの際にカガリに渡した一枚の写真。そこには二人の赤ん坊を抱いた
女性が写っていた。
 写真の裏には、赤ん坊の名前が書かれていた。『キラ』と『カガリ』。女性は少しカガリに似てい
た。
「どうして秘密にするんだ? みんなに言えばいいじゃないか」
「はっきりした証拠は無い。それに……ちょっと、恥ずかしいからな」
 カガリは、ほのかに顔を赤らめた。いきなり『きょうだい』と教えられて、どうしたらいいのか分
からないのだろう。
「やれやれ。まあ、お前らしいと言えばらしいか」
 アスランは、それ以上、問い詰めるのをやめた。これはきょうだい二人の間で解決すべき問題
だ。
「そ、それよりお前、どうしてクサナギにいるんだ? 何か用なのか?」
 カガリが話題を変える。
「ああ、そうだった。これを返しに来たんだ」
 そう言ってアスランは、首から下げていたペンダントをカガリに差し出した。ハウメアの守り石。
かつてカガリからアスランに送られた物だ。
「俺を助かったのはアンフォース先生やバルトフェルドさんのおかげだけど、もしかしたらこの石
が護ってくれたのかもしれない。牢屋に閉じ込められていた時も、こいつのおかげで寂しくはな
かった。ありがとう。返すよ」
「いい、持っていろ」
「けど、これはお前の…」
「いいから持ってろ。お前は危なっかしいからな。この戦いが終わるまで、それは持っていた方
がいい」
「危なっかしいって……」
 アスランは苦笑した。その言葉、カガリには言われたくない気がする。
「とにかく、それはお前が持っていろ。お前は大切な仲間だからな。死んでほしくない」
「それは、俺も同じ気持ちなんだけどな」
「えっ?」
 カガリとアスランの視線が絡み合う。お互いの顔を見つめ合う二人。カガリの顔がリンゴの様
に赤く染まる。
「お前が戦場に出るというのなら、俺がお前を守ってやる。必ず」
「ア、アスラン……」
 言葉が詰まる。
 胸が騒ぐ。
 息をするのが苦しい。
「……………」
「……………」
 二人の間の距離が縮まる。そして、
「アスラン様ーーーーーーっ!!!!」
「!」
 アスランの背に、いきなり何者かが抱き付いてきた。甘い雰囲気が一瞬でかき消された。
「なっ、カ、カノン?」
「はい、そうです! アスラン様、ご無事で何よりです! 私、心配で心配で、夜眠れなかったか
ら昼に寝てました。お会いしたかったですーーー!」
「あ、ああ、心配させてすまない……。けど、出来れば離れてほしいんだが…」
 そう言われても、カノンはアスランの背から離れない。それどころか、抱きつく手に力を込め、
年齢の割には大きな胸をぐいぐいと押し付けてくる。さすがのアスランも顔を赤らめる。
「お、おい、カノン、本気で離れて…」
「…………二人とも、随分と仲がいいんだな」
 カガリの冷たい声が、アスランの心に突き刺さる。
「い、いや、違うんだカガリ、これは……」
「ええ、そうですよ。私、アスラン様の事、大好きですから!」
 カノンの言葉が、事態を更に悪化させる。
「プラントにいた頃から、ずーーーーーーーーーーーっと、アスラン様の事、好きだったんです。ア
スラン様も色々と優しくしてくれましたし」
「! い、いや、あれは君が勝手に…」
「そうか。再会を邪魔して悪かった。じゃあな!」
 最後の一言は、格納庫中に響き渡るほどの大声だった。怒りで顔を赤らめながら、カガリは立
ち去った。
「お、おい、待て、カガリ!」
 追いかけようとするアスランだが、
「アスラン様、私、ブリッツの操縦で分からない事があるんです。教えてくださーい。ね?」
 と、カノンにがっちり捕まってしまった。ちなみに今の彼女の心境は、
『堅物で一生独身かも、って思ってたルミナお姉ちゃんに先を越されちゃうとは思わなかったわ。
私も本気で行くわよ。やっとラクス・クラインという最大のライバルが消えてくれたんだもの。この
機を逃してなるものですか! ライバルは早目に潰して、アスラン様の恋人の座をゲェェェェッ
ト!』
 恐るべし、カノン・ジュリエッタ。女の戦いは、既に始まっていた。ただし、カガリが自分の気持
ちを自覚して、その戦場に立つのは、もう少し先の話。



 同じ頃、エターナルのモビルスーツ格納庫でも、血を流さぬ戦いが行われていた。
「だから! デュエルには私が乗るの!」
 整備を受けているデュエルの前で、エリナ・ジュールがある男に言い放っていた。男の名はヴィ
シア・エスクード。先日の戦闘でデュエルを見事に乗りこなし、アスランを救った男だ。
「私はデュエルに乗るために、一生懸命に訓練してきたのよ。シミュレーションなら、もうイザーク
お兄ちゃんにだって負けないわ! だから、デュエルには私が乗るの。いいわね?」
 何とも強引な理屈だ。だが、エリナの腕が上がっているのは事実だ。彼女の言うとおり、イザー
クにも勝った事がある。ただし、二十回以上戦って、一度だけだが。
「い、いや、別に俺はそんなに拘らないし、乗りたければエリナちゃんが乗ればいいと…」
「『ちゃん』づけすんな! それに何よ、その言い方。あんた、私をバカにしてるの? バカにして
るのね! 冗談じゃないわ!」
 ダメだ。会話にならない。
「騒がしいねえ、何をやってるんだい?」
「あ、ガーネットさん」
 たまたま通りかかったガーネットは、二人から話を聞いた。そして、
「なるほどね。けどエリナ、シミュレーションの結果なんて、自慢するようなものじゃないよ。シミュ
レーションはあくまでシミュレーション。基本を身につけるためのもので、その成績イコール実力
って訳じゃない。実際、本気で戦ったら、あんたの腕じゃ、イザークには絶対勝てない」
「うっ……」
 それはエリナも分かっていた。イザークは、練習より実戦で力を発揮するタイプだ。
「エリナ、どうしてデュエルに乗る事に拘るんだい? あんたが乗る予定のパープルコマンドだっ
て悪い機体じゃないのに」
 ガーネットが質問すると、エリナは顔を俯かせた。
「………………」
「それは俺も聞きたいですね。どうしてなんだい、エリナちゃん?」
「『ちゃん』づけすんな……」
 そうヴィシアに注意して、しばらく沈黙した後、エリナは小声で、
「……………お兄ちゃんはもう、フレイさんの恋人(もの)だから」
「えっ?」
「だから、お兄ちゃんのモビルスーツぐらい、欲しかったの。そうしないと、踏ん切りがつかないか
ら……」
「………………」
 顔を見合わせるガーネットとヴィシア。お互いに『やれやれ』という心境だ。要するにこの娘は、
自分の初恋に決着をつけたいのだ。しかも、非常に不器用なやり方で。何というワガママ、だけ
ど、妙に愛らしい理由。
「ふう……。だったら、あんたたち変わりばんこに乗れば? で、どっちが上手く操縦できるか、
実戦で試してみな。ただし、それで死んでも文句は無し。いいわね?」
 ガーネットの名案(?)に二人は頷いた。
 という訳で、デュエルと五機目のパープルコマンドのパイロットは、ヴィシアとエリナが交代制で
勤める事になった。
『ったく、人類の未来をかけた戦いの前に、何やってるんだか』
 そう思うガーネットだが、その口元は微笑んでいた。どんな状況でもマイペースを保つ仲間たち
を見て、不安なような、心強いような、奇妙な気持ちだった。



 突如、警報が鳴り響く。
 忙しくも和やかな雰囲気は消え、空気が張り詰める。そして、アークエンジェルではお馴染みの
ミリィの声が、クサナギでは先日こちらに転属されたナナイ・アンドーの声が、エターナルではダ
コスタの声が、敵の襲来を告げる。
 脱出時の戦闘の傷が癒えぬエターナルは待機。アークエンジェルとクサナギが迎撃に出る。
 アークエンジェルのレーダーが、接近する敵艦を捕らえる。数は五。その内の四隻は地球軍の
標準的な戦艦だが、残る一つ、艦隊の中央に位置する艦。何とそれは、アークエンジェルの同
型艦だった。
 モニターがその姿を捉える。黒いアークエンジェル。その体色と、頭部のアンテナの一部以外
は、アークエンジェルとまったく同じ。外見だけでなく、性能や武装もアークエンジェルと同じか、
もしくはそれ以上だろう。そして、その艦に乗っているのは、
「こちらは地球連合軍、宇宙戦闘艦、ドミニオン。アークエンジェル、聞こえるか。本艦は、反乱
艦である貴艦に対し、即時の無条件降伏を要求する」
「! ナタル……」
 動揺するマリュー。ドミニオンの艦長となったナタル・バジルールは、努めて冷静に要件を伝え
る。
「この命令に従わない場合は、貴艦を撃破する」
 かつての同僚が敵になってしまった。その事実に対して、アークエンジェル一同の顔に驚愕と
戸惑いの表情が浮かぶ。ナタルの指揮能力の高さは、共に戦ってきた彼らが一番良く知ってい
る。敵に回せば、これほど恐ろしい人物はいない。
 非情な宣告の後、ドミニオンから映像通信が入った。懐かしいナタルの顔がアークエンジェル
のブリッジに映し出された。
「お久しぶりです、ラミアス艦長」
「ええ…」
「このような形でお会いする事になって、残念です」
「そうね…」
「アラスカでの事は、自分も聞いています。ですが、どうかこのまま降伏し、軍上層部ともう一度
話を。私も及ばずながら弁護いたします。本艦の性能は……よくご存知のはずです」
 ナタルの言葉に裏は無い。彼女は本気だった。誠実だった。だが、ここで彼女の申し出を受け
入れる訳にはいかない。マリューは返答する。
「ナタル、ありがとう。でも、それは出来ないわ。アラスカの事だけではないの。私たちは地球軍
そのものに対して、疑念があるのよ。よって、降伏、復隊はありません! 私たちはディプレクタ
ーの一員として、戦う事を宣言します!」
 宣言するマリュー。それは地球軍に対する事実上の宣戦布告である。
「それにナタル、私たちは知ってしまった。この戦争の裏に隠された真実を…」
「あっはっはははははははは! どうするものかと聞いていたが、呆れますね、バジルール艦
長?」
 ナタルの隣の特別席に座っている人物、ムルタ・アズラエルの笑い声が、マリューの言葉を遮
った。
「言って分かれば、この世に争いなんて無くなります。分からないから、敵になるんでしょう? そ
して敵は、撃たねばならない。特に、自然の摂理を捻じ曲げて生み出された、出来損ないのコー
ディネイター共はね。彼らに手を貸すバカなナチュラルも同罪です」
「アズラエル理事!」
 ナタルのその言葉で、ディプレクターの一同はナタルの会話の相手が、ブルーコスモスの盟主
アズラエルであると知った。
「カラミティ、フォビドゥン、レイダー、発進です。後続艦からもストライクダガーを出しなさい。不沈
艦アークエンジェル、今日こそ沈めて差し上げます。そして地獄で、『神』の裁きを受けるがい
い!」
「!」
「!」
「! 神、だと……!」
 マリュー、キラ、ガーネット、いや、彼らだけでなく、この通信を聞いていたディプレクターのメン
バー全員に衝撃が走る。通信は切られたが、全員がアズラエルの正体を知った。
「何て事だ、ブルーコスモスの盟主が、ダブルGの手下だったなんて…!」
 アークエンジェルの操縦士であるノイマンは驚きながらも、少し納得していた。軍や政財界にも
多くの賛同者を持つブルーコスモス。その巨大な組織力を利用すれば、この戦争を操る事など
容易だろう。
「ダブルGの掌で踊らされていたのは、私たち軍だけじゃなかったのね……」
 マリューが呟く。
「ナチュラルもコーディネイターも、人類全てが奴らの操り人形だった訳ですか……。やり切れま
せんね」
「グチを言ってる暇は無いよ、ニコル」
「ガーネットさん」
「やるべき事を忘れるんじゃない。まずは目の前の敵を叩く。そして、あのドミニオンって艦を捕
まえて、アズラエルにダブルGの居場所を吐かせて、一気に決着をつけてやる! 異論は?」
 ガーネットの言葉に反対する者はいなかった。気を取り直したマリューは、出撃命令を下す。
「目標、ドミニオン! ただし作戦目的は撃墜ではなく、捕獲もしくは撃退とします。クサナギもい
いですね?」
「了解した。こちらもモビルスーツを発進させる」
 クサナギのキサカ艦長が承諾し、戦闘が始まる。
 ドミニオンからは、オーブでキラたちを苦しめたあの三機のモビルスーツ、カラミティ、フォビドゥ
ン、レイダーが出撃。他の艦からも、続々とストライクダガーが出撃している。
 アークエンジェルからは、フラガのエールストライク、ディアッカのバスター・インフェルノ、ルミナ
のイージス、カノンのブリッツ、イザークのアルタイル、フレイのヴェガが出撃。クサナギからは、
「カガリ・ユラ・アスハ、ストライクルージュ、出る!」
 真紅に塗られたストライク、ストライクルージュがエールパックを装備して、宇宙を飛ぶ。その後
ろには、ライズ・アウトレンをリーダーとするM1アストレイ部隊が続く。そして、
「エリナ・ジュール、デュエル、出ます!」
「ヴィシア・エスクード、パープルコマンド五番機、出る!」
 部隊の最後尾を努める二機が出撃した。デュエルのパイロットは、エターナル脱出戦でヴィシ
アが乗っているので、今回はエリナが乗る事になった。
「ちゃんと着いてきなさいよ。遅れても、待ってあげないからね」
「ああ、分かったよ。よろしく、エリナちゃん」
「だから、『ちゃん』づけするな!」
 賑やかな二人である。
 一方、待機中のエターナルからも、
「ガーネット・バーネット!」
「ニコル・アマルフィ!」
「ダークネス、出る!」行きます!」
「キラ・ヤマト、ジャスティス、行きます!」
 ディプレクターのMSの中で最強の座を争う二機が出撃した。そして、この二機の座を猛追す
るこの機体も続く。
「アスラン・ザラ、フリーダム、出る!」
 定まらぬ未来を目指して、今、ディプレクターの戦いが始まった。



「見つけたぞ、赤いの! オーブでの借り、返させてもらう!」
 オルガのカラミティの砲塔が、ジャスティスに向けられた。高出力のビームが放たれるが、ジャ
スティスには当たらない。
「ちっ!」
「何やってんだよ、ヘタクソ! 俺に任せろ、必殺!!!」
 クロトのレイダーが乱入。得意の鉄球攻撃でジャスティスを襲うが、
「やらせん!」
 アスランのフリーダムが乱入、盾で鉄球を防いだ。
「キラ、大丈夫か?」
「ああ、ありがとう。…! アスラン、上!」
 フリーダムとジャスティスの上方から、シャニのフォビドゥンが接近。その大鎌を振り上げる。
「二人まとめて、その首、もらうよ…!」
「ちっ!」
 フリーダムが背部の≪バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲≫を撃つ。だが、フォビドゥン自慢の
特殊装甲≪ゲシュマイディッヒ・パンツァー≫には通用せず、ビームの軌道は捻じ曲げられてし
まった。
「何!?」
「アスラン、気を付けて! あいつにはビームは通用しない。だから…!」
 キラのジャスティスが、ビームサーベルを抜き、そのままフォビドゥンに挑む。
「接近戦で!」
「うらあああああっ!」
 ぶつかり合う二機。その刹那、フォビドゥンの盾が一枚、切り落とされた。軍配はジャスティスに
上がった。
「くっ、お、お前ら〜〜〜!」
「はっ、情けない奴。いいとこ無しだな、シャニ」
「黙れよ、クロト。……殺されたいの?」
「な、何だと、てめえっ!」
「やめろ、バカ! ケンカしてる場合じゃねえだろ。今日こそこいつらを片付けないと、また苦しむ
事になるんだぞ!」
「!」
「!」
 オルガの仲裁により、クロトとシャニは、地獄の苦しみを思い出した。投与された薬品の禁断
症状による頭痛、吐き気、発熱、全身の激痛……。嫌だ。あんな苦しい思いはもう嫌だ!
「こいつらをブッ殺して、みんな殺して、薬をもらう。いいな!」
「あ、ああ。分かったよ、オルガ……」
「やってやろうじゃないか! まとめて滅殺!」
 再び動き出した三機。接近戦を挑むフォビドゥンとレイダー。それを後方から支援するカラミテ
ィ。先程までとはまったく違う、見事なコンビネーションだ。
「くっ。キラ、大丈夫か?」
「何とかね。けど、こいつら、強い!」
「ああ、油断できんな。他のみんなはどうしている? 無事なのか……?」
 アスランの脳裏に、一人の少女の姿が思い浮かぶ。
「こいつらを片付けたら、すぐに行く。無事でいてくれ、カガリ!」



「くっ、この!」
 迫るストライクダガーを、ストライクルージュは撃ち落とした。油断すれば即、死という戦場の空
気が、カガリにプレッシャーを与える。シミュレーション以上の疲労が彼女の体を襲っている。わ
ずかに意識が遠のく。
「カガリ様、危ない!」
 アルルの声で我に返る。目の前に、ビームサーベルを振り上げたストライクダガーが!
「!」
 切られる、と思った。しかし、襲い掛かってきたストライクダガーの頭部を、横からのビームが
貫いた。
「大丈夫、カガリさん?」
 ビームライフルを構えたまま、デュエルがルージュの側に来る。
「エリナか。済まない、助かった」
「どういたしまして。お互い初陣同士、気を抜かずに頑張りましょう」
「ああ、そうだな。……来たぞ!」
 カガリの言うとおり、新手のストライクダガーが来た。デュエルとストライクルージュは連携攻撃
で立ち向かう。
 連携攻撃といえば、こちらの二人もなかなかのものだ。
「お姉ちゃん!」
「OK!」
 イージスのビームライフルが火を吹く。ブリッツの≪ケルベロス・ファング≫に追い込まれてい
たストライクダガーの胴体を、閃光が貫く。
「命中! やったね、お姉ちゃん!」
「油断しないで、カノン。敵はまだまだいるわよ!」
「分かってるわ。せっかくアスラン様と再会できたのに、こんな所で殺られてたまるものですか!」
 意気上がるカノン。それに苦笑しながらも、頼もしく思うルミナ。今の『双翼の死天使』に死角は
無い。
 他の面々も、見事な活躍を見せていた。アルタイルとヴェガは絶妙なコンビネーションで敵を
次々と撃破。アルタイルは≪レーヴァンティン≫によって、地球軍の戦艦を一隻、落としていた。
ダークネス、ストライク、バスターらの活躍は言うまでもない。ライズ率いるアストレイ部隊も、スト
ライクダガーの大軍と互角以上に渡り合っている。戦況はディプレクター側が優勢だった。
「!」
 フラガは奇妙な感覚を感じた。ヘリオポリスで、アラスカで、その他、多くの戦場で感じてきた感
覚。
「この感じ……奴がいるのか!?」
 フラガはストライクを、謎の感覚が導く方向へと向かわせる。それはコロニー・メンデルの内
部。無人であるはずの空間だ。
「!? ちょっと、フラガさん、どこへ行くんだ? 戦闘中だよ!」
 ガーネットが呼び止める。
「クルーゼが、ザフトが来ている!」
「何だって!?」
「でも、アークエンジェルやクサナギからは何も……」
「俺には分かるんだよ、ニコル坊や! 今、奴らの攻撃を受けたらヤバい。俺が行く!」
「だったら、私たちも…」
「あ、あの、待ってください」
 突然、通信が入った。クサナギからだ。
「ナナイ?」
「す、すいません。けど、シモンズ主任から連絡です。ダークネスは急いでクサナギに戻ってくだ
さい、って……」
「クサナギに何かあったの?」
「い、いえ、主任からは『お待ちかねの物ができた』って」
「! 了解、すぐに戻るよ。ニコル、キラに通信。フラガさんの援護に向かうように伝えて」
「分かりました。でも、キラさんだけでいいんですか?」
「こっちの方も、これ以上、戦力を減らす訳にはいかないだろ。後で私たちも行くし、それで充分」
 自信に満ちた言葉だった。キラのジャスティスがストライクの後を追ったのを確認した後、ダー
クネスはクサナギに着艦した。そして、懐かしくも新しい力を受け取る。



 コロニー・メンデルの裏側。現在、戦場と化している場所から少し離れた宙域に、三隻の宇宙
艦が潜んでいた。
 いずれもザフトの戦艦だ。その中にはラウ・ル・クルーゼ率いるクルーゼ隊の旗艦、ヴェサリウ
スの姿もある。
 彼らの目的は、脱走艦エターナルと強奪されたフリーダムの奪還。そして、犯人たちの拘束も
しくは抹殺であった。だが、
「地球軍め、思ったより動きが早いな」
 クルーゼが苦笑する。彼の隣に立つヴェサリウスの艦長、アデスが困ったように、
「どうしますか? この状況で打って出れば、地球軍との戦闘も覚悟しなければなりませんが」
 と、質問する。
「ふむ。地球軍と、ディプレクター、と名乗ったか、クライン派の軍は。今の我々の戦力で、この
二つを敵にするのは得策ではないな。せいぜい潰し合ってもらって、漁夫の利を得るのが賢い
やり方だが……」
「そうするおつもりは無いようですな」
「分かっているじゃないか、アデス。傍観は勇者のする事ではあるまい?」
 クルーゼの言葉に、アデスは心の中で苦笑した。『勇者』とは、この男、ラウ・ル・クルーゼには
最も似合わない言葉だ。
「私も最近、失点続きだからな。ザラ議長閣下にそれなりの『成果』を見せねばならんのだよ」
「では、攻撃を仕掛けますか?」
「そうだな。まず、私が出る。君は合図があるまで、ここで艦隊を留めておきたまえ。モビルスー
ツ隊にも発進準備をさせておけ」
オウガを出すのですか?」
「実戦テストにはちょうどいいだろう? あれを私に預けてくれた議長閣下の期待にも応えねば
な」
 そう言ってクルーゼはブリッジを後にした。残されたアデスは、ため息をつく。あの男とは長い
付き合いになるが、未だに考えが読めない。
『口で言うほど、ザラ議長に忠誠を誓ってはいないのは分かるが……。一体、何を考えているの
やら』
 だが、上役である以上、彼の命令は絶対だ。アデスはクルーゼの指示に従って、艦隊に命令
を伝える。
 一方、クルーゼは格納庫に向かい、モビルスーツ・オウガに乗り込んだ。フリーダムやジャステ
ィスらと同様、ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載したザフトの新型機だ。
「さて、ザフトの技術力の結晶、試させてもらうか……。ラウ・ル・クルーゼ、オウガ、出るぞ!」
 ヴェサリウスから白と灰色に塗られた機体が出撃する。最新モビルスーツ、オウガは一直線に
コロニー・メンデルの内部に潜入した。
 そこは、静寂に包まれた死の荒野だった。草木はほとんど無く、建物にもヒビが入り、廃墟と化
している。
「ふむ。なかなか素晴らしい光景だな。未来の地球やプラントも、やがてこうなる。いや、もう『未
来』というほど遠くもないか」
 クルーゼの顔に、自然と笑みが浮かぶ。と同時に、
「! この感じ……奴か!」
 その感覚の後に、オウガのレーダーが接近する機体を捉えた。クルーゼの眼も敵の姿を確認
した。
「あれはストライク! なるほど、モビルアーマー乗りは廃業したか、ムウ・ラ・フラガ!」
 一方のフラガも、オウガを発見していた。
「新型のモビルスーツ! それがお前さんの棺桶という事か、ラウ・ル・クルーゼ!」
 ストライクのビームライフルから、閃光が発射される。だが、
「遅い!」
 オウガは背部のバーニアを全開にし、容易く避けた。そのスピードは、フリーダムやジャスティ
スにも匹敵する。
「あのスピード、まさか、あのモビルスーツも…!」
「気付いたようだな、ムウ。その通り。このオウガもまた、Nジャマーキャンセラーを持っている。
つまり、そのモビルスーツでは私には勝てないという事だ!」
 突撃するオウガ。腰に挿していた二本の巨大な剣≪ヴァイスネーゲル≫を抜き、ストライクに
切りかかる。
「ちっ!」
 何とかかわすストライクだが、オウガの攻撃は止まらない。自身とほぼ同じ大きさの大剣を
軽々と振るっている。しかも二本。パワーもスピードも、ストライクとはケタ違いだ。
「どうした、ムウ。防戦一方じゃないか。やはり子は親には勝てぬという事か?」
「訳の分からない事を!」
「分からない、か。なぜお前には私の居場所が分かるのか。なぜ私にはお前の居場所が分かる
のか。それすらも分からないのか。では、己の無知を呪いながら、死ぬがいい!」
 オウガの額から光が放たれる。破壊の光はストライクの右腕を打ち抜き、ビームライフルを手
放させた。
「! しまった!」
「終わりだ!」
 次の瞬間、オウガの≪ヴァイスネーゲル≫が、ストライクの翼と両腕を切り落とした。
「ぐわあっ!」
 地に落ちるストライク。切られた腕も、その後に落ちてきた。
 勝負ありだ。しかし、クルーゼの攻撃はまだ続いている。
「地獄へ落ちるがいい、ムウ・ラ・フラガ! その呪われた運命と共にな!」
 巨大な≪ヴァイスネーゲル≫の刀身が、ビームの光で輝く。狙いはストライクのコクピットだ。
 その時、
「うおおおおおおっ!」
 紅の救世主が、オウガに切り掛かる。
「何!」
 フラガへのとどめに気を取られていたクルーゼは、その攻撃をかわし切る事ができなかった。
乱入者のビームサーベルが唸り、オウガの左腕が地に落ちる。
「ちいっ! ジャスティスか。もう少しのところを!」
 少し下がるオウガ。ジャスティスのキラは、フラガに呼びかける。
「大丈夫ですか、ムウさん?」
「あ、ああ、何とかな。それよりキラ、気を付けろ。クルーゼが乗っているあのモビルスーツ、あれ
にもNジャマーキャンセラーが積んである」
「!」
「手強いぞ。俺の事はいいから、奴を倒す事に集中しろ!」
「は、はい!」
 向かい合うジャスティスとオウガ。同じ力を持ち、本来ならば肩を並べて、地球軍と戦っていた
はずの二機が、今、激突する。
「うおおおおおおっ!」
「邪魔をしないでもらいたいな、キラ・ヤマト君! まあ、どうしてもというのなら、相手をしてやら
んでもないがね!」
 オウガの額から、再び破壊の光が放たれる。だが、キラのジャスティスは盾で防ぎ、オウガと
の間合いを詰める。
 ビームサーベルと≪ヴァイスネーゲル≫、刃と刃の衝突。互角だ。片腕になってもオウガの戦
闘力は衰えない。予想以上の難敵だ。
「くそっ! 援護も出来ないのか、俺は!」
 上空で繰り広げられる戦いに、フラガは苛立ちを募らせる。そこへ、レーダーから警報。新た
な機体の接近を告げていた。
「この反応は……ダークネス! 来てくれたか、お二人さん!」
 白き翼を広げ、漆黒のモビルスーツがやって来た。その手にはクサナギで渡された新しい力、
生まれ変わった≪ドラグレイ・キル≫が握られている。以前の物とは刃先の形状が違っており、
槍の刃の隣に、小さな鎌状の刃が付いている。
「キラ、フラガさん、無事かい?」
「遅くなりました。僕たちも加勢します!」
「ガーネットさん、ニコル、ええ、僕は大丈夫です。ムウさんも何とか無事みたいです」
「何とか、じゃなくて、全然大丈夫だ。それよりガーネット、お前さんの持っているのは≪ドラグレ
イ・キル≫か? ちょっと変わっちまったようだが」
「ああ。シモンズ主任が頑張ってくれたおかげでね」
「ほう。その槍は鈎鎌槍だな」
「! クルーゼ!」
「古代中国より伝わる伝説の武具。だが、果たして貴様らごときに使いこなせるのか? 裏切り
者どもめ」
「クルーゼ隊長……」
 かつての上司を前にして、ニコルは複雑な表情を浮かべる。
「裏切り者、ねえ。あんたにだけは言われたくないんだけどね。人類を裏切ったあんたにだけ
は!」
「言ってくれるではないか、ガーネット・バーネット。確かに私は人類を裏切った。だが、同時に偉
大なる神、ダブルGに仕えるという栄誉を手に入れた。間もなく滅びる人類など裏切ったところで
私の心には何の負い目も無い! むしろ、自分の聡明さを褒めてやりたいくらいだ」
「ずいぶんと強気だねえ。いくらあんたでも、私たちとキラ、二対一で勝てるとは思えないんだけ
ど?」
「いえ、二対ニです」
 戦場に、突如響いた少女の声。そして、何も無いはずの虚空にモビルスーツが姿を現した。
「ミラージュコロイド……! しかも、あいつは……」
 白い体に黒い六枚の翼。紛れも無くそれは、ガーネットたちの最大の敵の一つ。神の刃を名
乗る、白き魔王。
「ルシフェル! シャロン・ソフォードか!」
「そんな! あいつはオーブでホウジョウさんと一緒に…」
 驚くニコルに、シャロンからの通信が告げる。
「あれしきの爆発では、至近距離とはいえ、ルシフェルの装甲に傷一つ付ける事も出来ません。
タツヤ・ホウジョウ、無駄死にでしたね。いえ、むしろ逆効果でした。彼の死によって、ルシフェル
は新しい力を手に入れたのですから」
「……………」
 兄のように慕っていた人物の死を侮辱されても、ガーネットは何も言わなかった。沈黙を保ち、
冷静になろうと努める。
「まあ、その衝撃で軟弱な部品が一つ、死んでしまいましたが、代わりは用意できました。ガーネ
ット・バーネット。ニコル・アマルフィ。神に逆らう愚者たちよ。今日こそは地獄に落ちてもらいま
す」
「いや、それだけは絶対にできないと思うよ。こっちも今までよりちょっと強くなっているからね」
 新生≪ドラグレイ・キル≫を構えるダークネス。その鋭い刃先をルシフェルに向ける。
「随分と強気ですね。ですが、こちらも以前とは違います。紹介します、能無しのロディア・ガラゴ
に代わる、私の新しいパートナーです」
 そう言ったシャロンの後に続いて、発せられた声は、ガーネットたちを驚愕のどん底に叩き落し
た。
「ガー……ネット……」
「!」
「!」
 懐かしい声だった。
 厳しくも優しく、心も体も大きな男の声だった。
 ニコルも、ガーネットも、学び、尊敬していた男の声だった。
「その声は……まさか、そんな、まさか!」
 激しく動揺するニコル。ガーネットもまた、半ば呆然として、その声の主の名を呟いた。
「ラージ……先生」

(2003・10/18掲載)
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