断章
 アスランの危機

 窓さえ無い、薄暗い牢獄の中で、アスラン・ザラは一人、座り込んでいた。
 時間の感覚が無くなってきた。この収容所に閉じ込められて、もう何日経ったのか。今が昼な
のか夜なのか。そんな簡単な事さえ分からない。
 誰一人、彼を訪ねてこない。時々、食事が運ばれてくるので、忘れられてはいないようだが、孤
独がこんなにも辛いものだとは思わなかった。下手な拷問より遥かにキツい。
「父上……」
 プラントに帰って来た日(もう何日前になるのか分からないが)、父パトリックに会った時の事を
思い出す。あまり楽しくない出来事ではあるが、何も考えないよりマシだ。退屈しのぎぐらいには
なる。



「なぜ、戻ってきた、アスラン!」
 数ヶ月ぶりに会う実の息子に向かって、パトリックが放った第一声がそれだった。まるで帰って
来た事が罪悪であるかのような言い様。さすがのアスランも気分を害した。が、気持ちを落ち着
け、
「父上。お話があります」
 と、この戦争の即時停止を申し入れた。
 もちろんダブルGの事も話した。だが、それに対するパトリックの返答は、
「くだらん」
 の一言。
「そんな妄想を語るために、お前は戻ってきたのか! 今がどういう時か分かっているのか? 
全てのコーディネイターが力を合わせ、ナチュラル共を叩き潰さねばならん時なのだぞ。それな
のにお前は…」
「ナチュラル全てが悪という訳ではありません!」
「何を言う! 奴らは悪魔だ。『血のバレンタイン』の悲劇を忘れたのか? レノアを、お前の母
を殺したのはナチュラル共なのだぞ!」
 忘れた訳ではない。だが、
「レノアだけではない。奴らは多くの同胞たちを殺している! 醜い嫉妬心を剥き出しにして、我
らを根絶しようとしている。ならば…」
「だから、我々もナチュラルを滅ぼすのですか? それではいつまで経っても、この戦争は終わ
りませんよ!」
「終わるさ! この宇宙からナチュラル共が消え去ればな! その為の準備も進んでいる。あの
醜い青い星もろとも、ナチュラルを一掃してやる!」
「! 父上、貴方という人は…」
 アスランは、父という人間が分からなくなった。昔から過激な一面は持ち合わせていたが、ここ
まで無茶な事をする人ではなかったはずだ。一体、父に何があったのか?
「素晴らしい。ザラ議長閣下の考えは、我々コーディネイターの未来を切り開く、新時代の光明と
なるでしょう」
「!」
 いつの間にいたのか、アイマスクをした男がアスランの背後に立っていた。男はパトリックに恭
しく一礼した後、アスランに向かって、
「アスラン殿には、初めまして、ですな。私はリヒター・ハインリッヒ。お父上の側近を努めている
者です」
 と、挨拶した。この男、口調は丁寧だが、どこか油断のならないものを感じさせる。
「リヒターか。ジェネシスの方はどうなっている?」
「80パーセント完成しております。近日中には、試射も可能かと」
「盗まれたジャスティス、アルタイル、ヴェガの行方は?」
「どうやらオーブに逃げ込んだようです。首謀者はやはり、ラクス・クラインかと。あと、ジュール
家の小倅も加担している様です」
「! ラクスと、イザークが?」
 驚くアスラン。だが、パトリックたちはアスランを無視して、話を続ける。
「オーブには圧力をかけて、反逆者たちの身柄を引き渡すように要求します。もっとも、あの頑固
者のウズミ・ナラ。アスハが、こちらの申し出を受け入れるとは思えませんが」
「受け入れなければ、攻め落とすまでだ。いや、オペレーション・スピッドブレイクが成功して、地
球が制圧されれば、向こうから差し出すだろう」
「確かに。『オーブの獅子』の慌てふためく顔が、眼に浮かびますな」
「シーゲルの方はどうなっている? 所在は掴めたのか?」
「残念ながら。ですが、時間の問題です」
「絶対に逃すな。逃亡を図るようなら、射殺しても構わん」
「はっ」
「父上!」
 溜まりかねたアスランが口を挟む。
「何だ、アスラン」
「シーゲル殿を射殺しろ、とはどういう事ですか? あの方は父上の友人のはずです」
「たとえ友人でも、国家に反逆するような者を放っておく訳にはいかん。シーゲルも、娘のラクス
も、今はプラントに仇なす存在だ。捕らえねばならん」
「議長閣下のおっしゃる通り。ああ、アスラン殿とラクス嬢の婚約も破棄されました。まあ、最新
鋭のモビルスーツを盗み出すような下品な女は、アスラン殿の妻には相応しくありませんな」
 そう言って、リヒターがニヤリと笑った。嫌な笑い顔だ、とアスランは思った。この男は好きにな
れそうもない。
「しかし、射殺しろとは! せめて裁判を行なって、彼らの言い分も聞いてあげるべきでは……」
「その必要は無い。時間の無駄だ」
「父上!」
「くどいぞ、アスラン!」
 パトリックは机を叩いた。その大きな音は、アスランの反論を封じ込めた。
「下らぬ議論をする必要は無い。アスラン、お前には新しい任務がある。先日完成したX−10A
(エックス・ワンオーエー)フリーダムのパイロットとして、新造艦エターナルに乗船せよ。そしてス
ピッドブレイクの後に行われる、地球軍を殲滅するための最終作戦に参加…」
「お断わりします」
 アスランは、はっきりと言った。パトリックの表情が歪む。
「何だと?」
「父上。私は、真に戦うべき敵を知りました。もうプラントのため『だけ』に戦うつもりはありませ
ん」
「! 貴様、ナチュラル共の味方をするというのか!」
「ナチュラルもコーディネイターもありません。このままでは、この世界が…」
「黙れ! この、親不孝者が!」
 パトリックは机から銃を取り出し、その銃口を息子に向ける。その眼は半ば狂気に満ちてい
た。
「私の命令に従わんというのなら、たとえお前でも容赦はせん! 貴様もシーゲルやラクス・クラ
イン同様、反逆者とするぞ!」
「父上!」
 父の厳しい言葉に、それでも必死に呼びかけるアスラン。だが、
「そこまでです、アスラン殿」
 背後に回ったリヒターに、手を掴まれ、ねじ伏せられた。
「ぐっ!」
 頭を押さえ付けられ、身動きできないアスラン。その様子を実父パトリックは、冷ややかな目で
見下ろしていた。
「ふん。このバカ息子が。お前には失望したぞ」
「議長閣下、ご子息の事は私にお任せを。議長閣下の御心が理解いただけるよう、説いてみせ
ます」
「任せるぞ、リヒター。お前は頼りになる」
「ありがたきお言葉」
 アスランをねじ伏せながら、リヒターは恭しく一礼する。同時に、リヒターの部下らしき黒服を着
た男たちが部屋に入って来た。そしてアスランを拘束し、部屋から連れ出す。
「父上、考え直してください! 我々の本当の敵は地球軍では、ナチュラルではありません! 
父上、父上ーーーーっ!」
 アスランの叫びはパトリックには届かなかった。既にパトリックの心は、完成間近の最終兵器、
ジェネシスの方に向けられていた。
「見ておれ、ナチュラル共。ジェネシスが放つ創世の光で、薄汚い貴様らを焼き尽くしてくれる
…!」
 アスランもパトリックも気付いていなかったが、パトリックの独り言を聞いたリヒターの唇が怪し
く歪んでいた。



「ふう……」
 孤独な牢獄の中で、アスランはもう幾度目かになるか分からない、ため息をついた。
 ふと、首から下げているペンダントに眼をやる。ハウメアの守り石。地球を後にする時、オーブ
の姫君から貰った物だ。
「…………」
 ナチュラルは母を殺した憎むべき存在だった。その憎しみと悲しみを『コーディネイターの自由
と正義の為に』という甘い言葉で隠して、戦ってきた。だが、この石をくれた心優しき少女もナチ
ュラルだ。ナチュラル全てが敵ではない。そして、コーディネイターも決して『正義』ではなかった。
「俺はこれから、どうすればいいんだ……」
 あの少女に訊いてみたかった。
「カガリ……」
 途端、建物が大きく揺れた。
「!?」
 そして、爆音。銃声。鳴り響く警報。静けさに包まれていた収容所が、急に騒がしくなった。
「なっ?」
 驚くアスランの目の前で、壁が崩れた。そして、
「よお! 久しぶりだな、アスラン・ザラ!」
 と、ラージ・アンフォースが陽気に現れ、挨拶した。ちなみに手にはバズーカ砲を持っている。
「…………お久しぶりです。相変わらずですね、先生」
 こんな状況でも、出来るだけ丁寧に挨拶をする。それがアスラン・ザラという男だった。



 その厳重な警戒ゆえに潜入も脱走も不可能。難攻不落の要塞にも例えられていたザフトの特
別収容所は、たった一人の勇者(バカ)とその連れによって、呆気なく陥落した。
「なっ、俺の言ったとおりだったろう? ああいう所は正面からぶっ潰すのが、一番効果的なんだ
よ。俺の作戦勝ちだな!」
 車を運転しながら、ラージ・アンフォースは得意げに語る。後部座席に座っているアスランも、
助手席のマーチン・ダコスタも苦笑いをする。
「確かに、手榴弾やバズーカ持って、収容所の正面から突撃しようなんて、あなた以外には考え
ませんね」
 ダコスタが半ば呆れながら言うが、ラージはまったく気にせず、
「そうだろう、そうだろう! まったく、自分の頭の良さに感心するな」
 と、自画自賛。
「……ふう。まあ、いいですけどね」
 ため息をついた後、ダコスタは、後ろのアスランに視線を向ける。
「あなたがあそこに閉じ込められている間に起こった事を、簡単に説明します。まあ、色々あり過
ぎて、我々も少し混乱しているんだけどね」
 苦笑を交えて、ダコスタはアスランに説明した。
 リヒターがダブルGの手先である事。
 オペレーション・スピッドブレイクの失敗。
 大西洋連邦の専横。
 本格的に動き出したダブルG。
 そして、オーブの陥落。
「オーブが!? みんなは無事なのか!?」
 顔色を変えて問うアスランに、ラージが答える。
「取り合えず、お前さんのお友達はみんな無事だ。ラクス嬢やオーブのお姫様もな。もっとも、犠
牲も少なくなかったが……」
「誰か、亡くなったのですか?」
「ああ。最期まで国と民を愛したバカなライオンと、俺の古いダチがな」
 それっきり、ラージは何も言わなかった。三人を乗せた車は、町の中心部を抜け、森の中の道
を突っ走る。だが、
「! ちっ、やはり、そう簡単には逃がしてくれんか!」
 バックミラーには、後ろから迫る三台の黒い車が映し出されていた。更に、空からヘリコプター
の爆音も聞こえてくる。
「モテモテだな、アスラン。奴ら、どうあっても、お前さんを逃がしたくないらしい」
「迷惑な話です」
「確かにな。ダコスタ、手筈どおりに行くぞ!」
「はい。ラージさん、お気を付けて」
「お前らもな。虎の旦那によろしく!」
 ラージたちの車は道を外れ、森の中に入った。追跡していた車たちも、慌ててその後を追う。
ヘリコプターも車を追跡するが、森の木々に遮られ、ラージたちの車の姿が見えない。ヘリコプタ
ーに乗っていたクルーゼの顔に、焦りの色が浮かぶ。
「ちっ、小ざかしい真似を…! 奴らを逃がすな! 森を焼き払っても構わん!」
 クルーゼの命令に従い、追跡班は懸命にラージたちの車を追いかける。追跡の末、ついにラ
ージたちの車は森を抜けた。だが、クルーゼたちは気付いていなかったが、車にはラージしか乗
っていなかった。
「お仕事、ほぼ終了、と。それじゃあ、お前さん方には、俺のスーパードライブに付き合ってもらう
ぜ!」
 ラージは、車のアクセルを目一杯踏んだ。



 森で途中下車した(というかさせられた)アスランとダコスタは、森に隠してあったバイクで逃
走。ザフトの捜査網を掻い潜り、ついに目的地にたどり着いた。
 そこは、ザフトが極秘裏に作り上げていた宇宙港。独特のフォルムをした、ピンク色の戦艦の
みが駐留している。ここは、この艦のためだけに作られた港だった。
 艦の色に圧倒されながら、アスランはダコスタと共に、この艦のブリッジに上がる。そこには数
名の乗組員に指示を出す、一人の男がいた。
「よう、待っていたよ、ダコスタ君。客人は無事に連れてきたようだね」
 と、アンドリュー・バルトフェルドは言った。かつてアフリカ戦線で『砂漠の虎』と呼ばれたザフト
の名将。キラとの戦いに敗れて瀕死の重傷を負ったが、奇跡の生還を成し遂げ、先日、この宇
宙戦艦「エターナル」の艦長に任命された。左目と左腕を失いながらも、その威風に衰えは無
い。
「ようし、それじゃあ発進準備、急げ!」
「もう発進するんですか? シーゲル様もラージさんもまだ来てませんよ?」
 意見するダコスタに、バルトフェルドは暗い顔をする。
「シーゲル様たちは来ない。殺されたよ」
「!」
「ついさっき、報告があった。リヒターの部隊に見つかって、全員、射殺されたそうだ。言い訳の
一つもさせてもらえずにな」
「そんな……」
 ダコスタは絶句した。アスランも驚きを隠せない。誰よりも平和を願っていた人が弁解の余地
すら与えず射殺された。信じられない。おかしい。今のプラントは何かが狂っている。
「俺たちも長居は無用だ。エターナルで出る」
「けど、それじゃあラージさんが!」
「さっき、そのラージから伝言が入った。『俺に構わずさっさと行け。絶対に平和の灯を消すんじ
ゃない』とな」
 そう言われては、ダコスタもアスランも何も言えない。ダコスタはエターナルの発進準備に取り
掛かり、アスランはバルトフェルドの隣に立った。
「これからどこへ行くんですか?」
「取り合えず、地球から上がってくる大天使たちと合流する。我らが歌姫も、あの艦に乗っている
そうなんでね」
「ラクスが足付きに?」
「奇妙な巡り合わせだな。我々がずっと追って来た艦に、我々の希望が乗っているというのは。
そして、彼らと合流した後は…」
 バルトフェルドは一息ついた。そして、
「神様にケンカを売りに行くぞ」
 と言って、ニヤリと笑った。リヒターの不快な笑みとは正反対な、見る者に自信と誇りを与える
力強い笑みだった。
 そして、多数のクライン派を乗せて、エターナルは出港した。ザフトも慌てて艦を出して後を追う
が、ザフトの戦艦の中でも最高速度を誇るエターナルには追いつけない。あっという間にエター
ナルは、プラントの最終防衛ラインを守る宇宙要塞ヤキン・ドゥーエにたどり着いた。小惑星を改
造した、この要塞を突破しない限り、アークエンジェルとの合流は不可能。ヤキンの守備隊もこ
ちらを逃がすつもりはないだろう。激戦が予想された。
 だが、
「ヤキン要塞、沈黙を保っています。駐留艦隊は一隻も動いていないし、モビルスーツの発進も
確認されません!」
 ダコスタの驚きに満ちた声が、エターナルのブリッジに響き渡る。
「どういう事だ? 罠にしては見え透いているな」
 さすがの名将バルトフェルドも戸惑っている。敵の考えが読めない。
「何だか、不気味ですね」
 アスランの気持ちは、エターナルの乗組員全員の気持ちだった。
「罠でしょうか?」
「分からん。だが、このままここにいる訳にもいかん。通してくれるというのなら、通らせてもらおう
か。全速前進! 警戒を怠るな!」
 慎重に進むエターナル。だが、結局何も起こる事はなく、エターナルはヤキン要塞を突破した。
「どうなっているんだ、これは?」
 首を傾げるバルトフェルド。彼の疑問は、エターナルがヤキン要塞の守備範囲から完全に脱し
た時に明らかにされた。
「! 艦長、前方に巨大兵器!」
「待ち伏せされていたのか。敵は戦艦か? 何隻だ?」
「一機だけです。けど、この反応は!?」
 突如、エターナルの前に現れた巨大兵器。100メートル以上もの巨体を誇る『それ』は戦艦で
はなかった。少し異形だが、手足らしき物がある。
「モビルスーツ……なのか? あのバカデカいのは?」
「艦長、あのモビルスーツから通信が!」
「繋げ」
 バルトフェルドの指示に、ダコスタは従った。
「久しぶりだな、アンドリュー・バルトフェルド。奇跡の生還を成し遂げた英雄にしては、随分と愚
かな事をする」
 敵の声は、アスランには聞き覚えがあるものだった。
「その声は、リヒター・ハインリッヒか! 貴様がなぜ…」
「ほう。やはりその艦に乗っていたか、アスラン・ザラ。困りますねえ、勝手に外を出歩いては。こ
れから貴方には特別な教育を施して、プラントの為に働いてもらおうと思っていたのに」
「プラントの為、だと? 心にも無い事を言うな! アンフォース先生から貴様の正体は聞いてい
るぞ、ダブルGの手先め!」
「おや、ご存知でしたか。父親のパトリック・ザラほど単細胞ではなかったようですな」
 バカにしたような口調で話すリヒター。そして、
「如何にも、私は偉大なる神、ダブルGの使徒。この腐り果てた世界と、そこに生きる全ての生
命を滅ぼすべく、選ばれし者だ」
 と、高らかに宣言する。
「全ての生命を滅ぼすとは、穏やかじゃないねえ」
 バルトフェルドが口を挟む。
「それがダブルGの意志。神は愚かな命どもの死を望んでいる。バルトフェルド、アスラン・ザラ。
どうやら貴様たちも、その『愚かな命』のようだな」
「それはどうも。けど、俺たちがバカだって言うのなら、君だってそうだろ。たった一機で俺たちを
止めようなんて、自殺行為だぞ」
「そうでもない。私の操縦技術と、このズィウスの戦闘能力ならば、戦艦一隻ぐらい三分で沈めら
れる」
「言うねえ。大した自信だ」
「自信ではなく、確信だよ。それを証明する為に、ヤキンにはしばらく眠ってもらった」
「ほう。ヤキン要塞のトラブルはお前さんの仕業か。何をやったんだ?」
「大した事ではない。少し強力なコンピューターウィルスをヤキンのメインコンピューターに送り込
み、全システムを一時的に停止させただけだ。それにこれは私の力ではない。全ては我らが神
の御力だよ」
「コンピューターウィルスまで作るとは、器用な神様だ。そんなに俺たちが目障りなのかい?」
「その通り。これから始まる血の祭典、死の狂祭に、貴様たちのような愚者は不要だ。よって、
神の名の下に罰を与える。神に逆らう愚か者ども、死をもって償うがいい!」
 巨大モビルスーツ、ズィウスの両肩が開くと、無数の小型ミサイルが姿を現した。そして、一斉
発射。エターナルに襲い掛かる。
「回避と迎撃! 急げ!」
 バルトフェルドの指示が飛ぶ。乗員たちは、直ちに行動に移る。エターナルもミサイルを発射し
て、敵弾を次々と打ち落とす。だが、やはり全ては落としきれない。
「うわっ!」
 船体が揺れる。艦内無線で被害が報告される。幸い、動力機関などの『急所』は外れていた。
艦の運行に支障は無いが、
「第二射、来ます!」
 敵の戦力は予想以上に強大。このままでは沈められるのも時間の問題だ。
「この艦にモビルスーツは無いんですか?」
 衝撃に耐えながら、アスランがバルトフェルドに訊く。
「あるにはあるが、まだ未調整のはずだ。おい整備班、フリーダムは動かせるのか?」
 無線で呼びかけるバルトフェルド。モビルスーツ格納庫にいる整備班主任、エミリア・ファンバ
ステンの返事は、
「動きますけど、射撃系の武器はほとんど使えませんよ。デュエルなら行けますが…」
「デュエルであのバケモノの相手は無理だろう。ミーティアは?」
「弾除けぐらいにしか使えません。整備担当のヴィシア君が、みんなの足を引っ張りまくってます
ので」
「俺のせいかよ!」
 エミリアの部下、ヴィシア・エスクードの声は無視された。
「だそうだ。どうする、少年?」
 バルトフェルドが質問した時、アスランの姿はそこには無かった。
「素早いねえ。エミリア、フリーダムの発進準備をしておけ!」



 ズィウスのミサイル攻撃、第四射。だが、エターナルは沈まない。エターナルがリヒターの予想
以上に頑強という事もあるが、何よりミサイルが当たってくれないのだ。
「命中率32パーセント……。ええい、調整不足にも程がある!」
 だが、これはリヒターが悪い。忙しさにかまけて、自分の機体の調整も怠っていた。まあそれで
も、並の戦艦やモビルスーツなど、このズィウスの敵ではないのだが。
「? あれは……」
 エターナルからモビルスーツが一機、出撃した。こちらに向かってくる。
「データ照合……。X−10A、フリーダムか。悪あがきをしおって」
 リヒターは余裕だった。調整不足とはいえ、ズィウスの戦闘力は強大だ。モビルスーツ一機ごと
き、敵ではない。
 だが、それは大きな間違いだった。フリーダムは普通のモビルスーツではないし、それを操る
アスランも、並のパイロットではない。
「ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載、エネルギーゲインはイージスの四倍か。だが、今は
射撃系の武器は使えない……。ならば!」
 アスランはフリーダムの腰に装備されているビームサーベルを抜いた。二本のビームサーベ
ルを連結させて、双刃のスピアーとする。そして、ズィウスの巨体に特攻。
「うおおおおおおっ!」
 ズィウスからミサイルが雨霰のように放たれる。だが、フリーダムは見事に避ける。武器はほと
んど使えなくとも、機動力に問題は無い。驚異的なスピードでズィウスに接近。そして、手にした
刃でズィウスの右肩を切り裂いた。
「何!?」
 驚くリヒター。ビームサーベルの衝撃でミサイルが誘爆し、ズィウスの右腕が吹き飛ぶ。大ダメ
ージだ。
「バ、バカな、このズィウスに傷を付けるとは…!」
「リヒター・ハインリッヒ!」
 アスランの声が宙空に響く。
「神の、いや、悪魔の手先め! 父を欺き、人々を苦しめ、戦火を広げるお前たちを、俺は絶対
に許さない。アスラン・ザラがこのフリーダムと共に、お前たちの全てを叩き潰す!」
 それは、ダブルGに対するアスランの宣戦布告であった。
「うーん、カッコいいねえ。さすがプラントの王子様だ」
 バルトフェルドは笑みを浮かべる。ラクス・クラインの言うとおり、この心強き少年は、これから
の世界に必要な人間だ。守らなければならない。
「エターナル、前進! フリーダムを援護する!」
 だが、喜ぶバルトフェルドとは正反対の反応を示す者もいた。言うまでもなく、リヒター・ハインリ
ッヒだ。
「偉大なる神を侮辱するとは……。アスラン・ザラ、いかに貴様が優秀な人材でも、それは許しが
たい罪だ。生かしておく訳にはいかん!」
 ズィウスの背中から、三つの機械が放たれた。極細のワイヤーに繋げられたヨーヨーのような
その機械は、一気にフリーダムに迫る。
「なっ、これは!?」
 逃げるフリーダム。だが、ヨーヨーはしつこく追いかけてくる。そして、フリーダムの周りを囲み、
強烈なビームを発射した。
「ぐはっ!」
 ビームが命中。強烈な衝撃がアスランを襲う。
「有線式ビームライフル&サーベルユニット≪サンクチュアリィ≫。調整不足で十機中、三機しか
稼動しないが、貴様を殺すにはこれで充分!」
 冷酷なリヒターの死刑判決。何とか逃れようとするアスランだったが、敵の囲みは解けない。迫
る≪サンクチュアリィ≫を打ち落とそうとしても、ことごとくかわされてしまう。
「うっ! こ、このままでは……」
「死ねい、アスラン・ザラ!」
 最後の一撃が放たれようとしたその時、別方向からの銃撃が≪サンクチュアリィ≫を次々と破
壊した。
「何だと!?」
「あれは……デュエル!」
 銃撃を放ったのは、エターナルから出撃したデュエル・アサルトシュラウドだった。パイロット
は、
「大丈夫か、アスラン君?」
 ヴィシア・エスクードが呼びかける。彼は整備兵としては不出来だが、パイロットの腕は一流だ
った。
「大丈夫だ。ありがとう、助かったよ」
「礼なんていいさ。パイロットってのは苦手だが、やれる事はやっておかないと艦長や主任に怒
鳴られるからな」
 そう言ってヴィシアは苦笑した。
 一方、リヒターは冷静に戦況を分析していた。敵はモビルスーツ二機に、戦艦が一隻。対する
こちらは機体が未調整。≪サンクチュアリィ≫も全て破壊された上、ミサイルなどの武器もほと
んど打ち尽くしている。
「……ここまでか。アスランめ、運のいい奴」
 神への反逆者を見逃すのは心苦しいが、止むを得ない。偉大なる神、ダブルGの理想を実現
させる為にも、ここで死ぬ訳にはいかないのだ。
「この屈辱は必ず晴らす! 覚えていろ!」
 使い古された捨て台詞を残して、リヒターのズィウスは飛び去っていった。疲弊したアスランた
ちにその後を追う力は無く、そのままアークエンジェルとの合流予定ポイントに向かう事にした。
 艦に戻ったアスランは、ふとペンダントに眼を向けた。ハウメアの守り石が美しい光を放ってい
る。
「ただの言い伝えだと思っていたが、そうでもないようだな」
 この石をくれた少女に会える。そう思うと、少し嬉しくなった。



「リヒターめ、失敗したか。まったく、肝心なところで使えない男だ」
 報告を聞いたクルーゼが呟く。
 いくら迎撃地点ががヤキン要塞の近くで、大軍を動かす訳にはいかないとはいえ、単機で、し
かも未完成の機体で止めようとは。ズィウスの実戦テストも兼ねての出撃だったのだろうが、自
分で推薦しておきながら、アスランの実力を甘く見ている。
「やはり、神の為に働けるのは私だけか。まあ、このプレゼントを渡せば、シャロンなどは少しは
使えるようになるかもしれんな」
 そう言ってクルーゼは、先程、手に入れた『プレゼント』に眼を向けた。その視線の先には、鎖
で縛られた傷だらけの男が横たわっている。
「アスランは逃がしたが、考えてみれば、ガーネット・バーネットへの刺客としてはアスランより君
の方が適任かもしれんな。これからよろしく頼むよ、我が友、ラージ・アンフォース」
 クルーゼは怪しく微笑む。気絶しているラージは何の反応も示さなかった。

(2003・10/15掲載)
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