断章
 エスケープ

「……それでそいつ、何て言ったと思う? 『ここにはシャワールームは一つしかない。ナチュラ
ルの小娘風情が贅沢言うな』ですって! まったく、失礼しちゃうわ! そういうのはナチュラルも
コーディネイターも無いでしょ。この施設も、ここにいる連中も、デリカシーの欠片も無いんだから
……ねえ、ちょっと、聞いているの?」
「ああ、聞いている」
 携帯電話の向こうにいる『ナチュラルの小娘』、フレイ・アルスターに対して、イザークはため息
混じりに答えた。
「そう、ならいいわ。それでね…」
「ちょっと待て」
「? 何よ」
「今、何時だ」
「えーと……二時ね」
「夜中の、だな」
「当然じゃない。外、真っ暗だもん」
「そうか、そっちも夜中の二時なんだな。良かった、同じプラントにいるのに時差があるのかと思
ったぞ」
「バカねえ、そんなのある訳ないじゃない」
 フレイはクスクス笑っている。
「おい」
「何よ?」
「何かおかしいと思わないのか?」
「え?」
 本気で気付いていないらしい。イザークは頭を抱えた。
「こんな真夜中に電話してきて、安眠妨害しやがって、しかもダラダラダラダラと長電話なんかし
て、何か言うべき事があるんじゃないのか?」
「あ、そうか」
「そういう事だ」
「お休みなさーい」
「ああ、お休み……って、そうじゃなくて、一言謝れと…」
 既に電話は切れていた。
「ええい、くそっ! あの自己中ワガママ女め!」
 イザークは携帯電話を床に叩きつけた。壊れたらもったいないが、彼の持っている電話は『象
が踏んでも壊れない』が売り文句の頑丈な機種だった。良かった良かった。
「電話番号、教えるんじゃなかった……」
 本気で後悔するイザークであった。



 翌朝。
「お早うございます、母上」
「お早う、イザーク」
 プラント最高評議会議員の一人、エザリア・ジュールは、寝不足で目の下にクマを作っている
息子に挨拶した。
「また、フレイさんからのお電話?」
「ええ、まあ……。あの礼儀知らず女、いつかホントにぶっ飛ばしてやろうかと思っています」
「まあ、怖い」
 エザリアは微笑む。パトリック・ザラと同じ強硬派の議員とは思えない、優しく穏やかな笑顔だ。
「でも、そんなに怒る事もないでしょう。この前、あなたが留守の時、私がお話したけど、とても礼
儀正しくて、いいお嬢さんだったわよ。ナチュラルについての考えを改めなくちゃいけないわね」
「猫を被っているんですよ。俺と話す時のあいつは、礼儀のレの字もわきまえていない、ワガママ
女ですから」
 イザークはグチをこぼしながら、紅茶を口に運ぶ。
「でもそれって、本当の自分を見せるくらい、あなたを信頼しているという事じゃないかしら?」
「信頼しているというより、俺しかワガママを言える相手がいないからでしょう。他に誰か友達が
出来れば、俺の事なんて忘れますよ」
「あら、それでいいの?」
「? どういう意味ですか?」
「フレイさんにボーイフレンドが出来ても、あなたは平気なの?っていう事」
「ぐほっ!」
 飲んでいた紅茶が、鼻に入ってしまった。
「あらあら、大変。大丈夫、イザーク?」
「ぐっ、ゲホッ、ゴホッ……。は、母上! 変な事を言わないでください!」
「あら、私、そんなに変な事を言ったかしら? ごく普通の会話のつもりだったんだけど。それと
も、とある少年にとっては、思わず鼻から紅茶を出してしまうほど『変な事』だったのかしら?」
「うっ……」
 鼻から紅茶は出していないが、イザークの負けである。
「そんなに真夜中の電話が嫌なら、直接会いに行きなさい」
「えっ?」
「えっ?じゃないわよ。本土防衛軍の方も、どうせ暇なんでしょう? だったら休暇でも取って、フ
レイさんに会いに行きなさい。あ、家に連れて来てもいいわよ。今日は私、お休みだし、未来の
『娘』になるかもしれないお嬢さんですもの。一度、会っておきたいわ」
 ニッコリ微笑みながら、朝からかなりヤバい夢を見ている母親に、イザークは正論をぶつけ
る。
「あのー、母上。休暇を取れと言われても、俺はつい先日、防衛軍に配属されたばかりの新人
で、そんな身分でいきなり休暇を取るというのは、ちょっと……」
「あら。だったら、フレイさんが他の男に盗られてもいいの?」
「な、何でそうなるんですか!」
「私がそうするから。あなたがグズグズしていたら、プラント最高評議会議員の権力使って、フレ
イさんにいい男を世話するわよ」
「………………」
 エザリア・ジュール。議員としては優秀だが、母親としては『最凶』の女だ。いや、議員としても
かなり問題ありか。こういう女性の子供として生まれてしまった時点で、イザークの人生は半ば
決まっているようなものだ。
「あなたがプラントに残ったのは、あの子の側にいたかったからでしょう? あの子からの電話だ
って本当は嬉しいくせに、つまらない意地張ってるんじゃないの」
「ぐっ……」
 エザリアの指摘は間違っていなかった。さすが母親、息子の心理を完全に見抜いている。
 イザークは、少しだけ素直になる事にした。
「分かりました。ですが母上、一つ問題があります」
「何ですか?」
「あの女が今、どこに住んでいるのか分かりません」
「…………イザーク」
「はい」
「不甲斐ない男」
 言いたい放題。まさに最凶の母親である。



 電話では何度も話したが、イザークはフレイがどこに住んでいるのか知らなかった。フレイ自
身も、自分がどこにいるのか分からないと言うのだ。外にはほとんど出してもらえないし、電話で
グチをこぼしているように、あまりいい生活をさせてもらってないらしい。
 まあ、彼女は(信じられないが)ナチュラルの要人のご令嬢だ。それを考えると、軟禁状態もや
むを得ないだろう。
 母親のコネを使いまくり、三日後、ようやくフレイの居場所を突き止めた。さっそくイザークは休
暇を取り(上役からはかなり白い目で見られたが)、その場所に向かった。
 気になる事があった。この三日間、フレイからの電話が一度も無いのだ。今までは一日に一度
は必ずかけてきたのに、である。
 無事を確かめたくても、こちらからの電話はまったく通じない。これは以前からの事だったが、
不安は更に高まる。
『ったく、何かあったんじゃないだろうな、あのバカ女……!』
 電気自動車を走らせ、イザークは『その場所』に急いだ。
 街から遠く離れた郊外の森の中に、『その場所』はあった。四方を高いフェンスで防御した、不
気味な建物がそびえている。
「ここは……るおいおい、本当にここにいるのかよ?」
 イザークは少し混乱していた。なぜ、フレイがこんな所にいるのだろう? ある意味ここは、ナ
チュラルのフレイには最も縁遠い場所のはずだ。
 だが、情報に間違いは無い。ザフト軍特殊訓練施設。ここが、フレイの今の住居であった。
 ここは実戦経験を積んだ優秀なパイロットたちを更に鍛え上げるための施設であり、その名の
通り、通常の訓練とは違う特別な訓練を行うための設備が整っているという話だ。だが、その内
容は軍の極秘事項の一つとなっていた。
 この特殊訓練施設に送り込まれた者たちは、まるで人が変わったかのように冷静、いや冷酷
になり、鬼神のごとき戦いぶりを見せていた。だが、いずれもその命知らずな戦いぶりが災い
し、出撃後間もなく戦死している。その為、この施設はザフト内部でも黒い噂が絶えず、パイロッ
トたちは「あそこに行く事は、棺桶に片足を突っ込むようなものだ」と言って、恐れていた。
 イザークは、この地獄の一丁目ともいうべき施設の門前に立った。鋭い眼で建物を睨んだ後、
中に入ろうとする。が、
「国防委員長もしくは最高評議会議長の許可証の無い方は、誰であろうとお通しする事は出来
ません」
 と、無表情な守衛に言われ、あっさり門前払い。
「ふん……」
 まあ、正面突破出来るとは思っていない。作戦(て)は考えてある。



 深夜。
 特殊訓練施設の換気用通路の中を、不気味な物体が蠢いている。
『ったく、俺はザフトの赤服まで着たエリートだぞ! それなのに、クソッ、こんなホコリっぽい所で
一体、何をやっているんだ!』
 言うまでもなく、イザーク・ジュールである。
 建物の中を迷路のように張り巡らされた換気用通路の中は、人一人やっと通れる程度の狭さ
で、しかも汚かった。ネズミや見たことの無い虫がウロウロしている。
『ここの清掃責任者はクビにすべきだな』
 さすがに耐え切れなくなり、人気の無い所で通路から出た。念の為、周りを見回すが、人の姿
は無い。
『さて、どうしたものか』
 建物の中はかなり広く、どこにいるのか分からないフレイを探し出すのは至難の業だ。
『仕方がない。正攻法でいくか』
 考えたら即実行。イザークは、たまたま近くを通りかかった警備員を背後から組み伏せ、首の
後ろに銃を突きつけた。
「! う、うげっ……」
「騒ぐな。喋るな。死にたくなければ俺の質問に答えろ。いいな?」
「は、はい……」
 ゴンッ。
 イザークは銃の台尻で、警備員の頭を殴った。
「喋るな、と言ったはずだ。頷くか、首を振るだけでいい」
 コクコク。
 警備員は、何も言わずに頷いた。
「よし、ここにナチュラルの女がいるな?」
 コク。
「赤い髪の女だ。名前はフレイ・アルスター。知っているか?」
 コク。
「どこにいるか知っているか?」
 コク。
「そうか。で、どこにいる?」
 …………。
「ん? ああ、喋ってもいいぞ」
「に、西館の三階、第七研究室だ」
「西館というのはどこにある?」
「こ、ここは東館だから、一度外に出て……」
「ここから西に行けばいいのか。ありがとよ」
 再び台尻で後頭部を殴る。警備員はあっさり気絶。
 目的地は分かった。イザークは、誰にも見つからないように慎重に歩を進めた。警備用カメラ
の死角をつき、警備員の足音に注意しながら、東館を脱出。サーチライトを上手くかわして、西
館への潜入に成功した。
『ふっ……。スパイとしてもやっていけるかもな。優秀すぎるのも困ったものだ』
 自画自賛しながらも、慎重に三階に向かう。
 それにしても、ここは奇妙な施設だ。兵士の再訓練用の施設のはずだが、体を鍛えるような設
備は見当たらない。警備員以外の連中は、みんな白衣を着ているし、あちこちの部屋から薬品
の匂いがする。まるで病院だ。
『ここはかなりヤバい所らしいな。フレイを見つけたら、さっさと出た方が良さそうだ』
 三階に到着。ドアの上のプレートを一つ一つ確かめていく。もちろん、周囲への警戒も忘れな
い。
『倉庫に第二研究室、第三、第四、第五……。第七研究室、あった、ここだ!』
 ドアをそっと開ける。
 そして素早く、物音を立てずに潜入し、部屋を見回す。誰もいない。
『好都合だな』
 部屋は分厚いガラスで二つに分けられており、手前の部屋はコンピューターなどの機械が多
数置かれている。ガラスの向こう側にある奥の部屋はどうやら手術室のようだ。手術台の上に
白衣を着た人間が寝ている。
「! フレイ!」
 ガラスの脇にあったドアを勢いよく開けて、イザークはベッドに駆け寄る。赤い髪、美しい顔立
ち。やはりフレイだ。その眼は固く閉じられている。
「フレイ、しっかりしろ、フレイ!」
 顔を軽く叩くが、フレイの眼は開かない。
「おい、眼を開けろ! おい、フレイ!」
 少し力を込めて、何度も叩くが、やはり眼は開かない。
「! まさか……」
 フレイの胸に手を当てる。心臓は……動いている。
「ふうっ……。驚かせやがって」
「こ……の、ドスケベーーーーッ!」
「うごっ!?」
 突然、右頬に衝撃。手術室の冷たい床とキスしてしまった。
「っ痛……。お前、寝起きは最悪だな」
 つい軽口を叩くイザーク。少し嬉しそうだ。そんな彼を見ながら、フレイはワナワナと震えてい
た。
「あ、あんた何してるのよ、女の子の胸に勝手に触って! まさかあんた、私が寝ているのをい
い事に、変な事しようとしてたじゃ、って、何であんたがここにいるのよ? ここは普通の人は入
れないはずじゃ……」
「あー、まあ質問は色々あるだろうが、取りあえずここから逃げるぞ。話はその後だ」
「逃げる? ここから?」
「ああ。何だ、ここにずっと居たいのか?」
「冗談! こんな息苦しい所にいるくらいなら、刑務所に入った方がマシだわ」
「よし。それはそうと、お前、どうしてこんな手術室(ところ)にいるんだ? どこか体でも壊したの
か?」
「私にも訳が分からないわよ。朝食を食べたら、急に眠くなって、気が付いたら、あんたが私の
胸を触ってたのよ。ドスケベ」
「なっ! ち、違うぞ、あれはお前が死んだのかと思って…」
「勝手に人の事を殺さないでよ。それに、鼻の下、伸びてたわよ」
「そ、そんなはずあるか! ほら、さっさと脱出するぞ!」
「うん。…………イザーク」
「何だ?」
「ありがとう。助けに来てくれて」
 フレイは微笑みながら、感謝した。それはイザークが初めて見る、フレイの『笑顔』だった。
「うっ……。べ、別に礼を言われるような事は…」
「してないな。と言うより、出来ないのだがな」
「!」
「!」
 いつの間にか、数人の男が手術室に入り込んでいた。そして、イザークたちをグルリと取り囲
む。
「やれやれ、まったく困った騎士殿だ。人の家に勝手に入り込んだ上に、誘拐犯の真似事まです
るとは。名門ジュール家の跡取りとは思えん」
 連中のリーダーらしい男が、一歩前に出る。不気味なアイマスクをしたこの男には、イザークも
フレイも見覚えがある。
「なるほど、貴様がここのボスだったのか。貴様がフレイを迎えに来たのは、この施設に連れ込
むためだったんだな。リヒター・ハインリッヒ!」
「正解だよ、イザーク君。無謀ではあるが、無知ではないようだ」
 リヒターはニヤリと笑って、銃をイザークに向ける。
「ここは私がパトリック・ザラ様から管理を任されている、重要な施設だ。ここに無断で入った者
は、射殺しても良いと言われている」
「ほう。そこまでして守りたい秘密(もの)が、この施設にはある訳か。そいつは一体、何だ?」
「ふむ。まあ、ここまで潜入した君の健闘を称えて、教えてやろう。ここは最強の兵士を作るため
の実験施設なのだよ」
「最強の兵士、だと?」
「ああ、そうだ。生産工場といってもいい」
 銃口を向けたまま、リヒターは語る。
 ザフトが地球軍に劣る唯一の点。それは物量だ。資源や物資だけではない。人間の数も含め
ての総合的な物量だ。数では地球軍には勝てない。だからザフトはニュートロンジャマーやモビ
ルスーツなどの新兵器を作ったのだが、戦争の長期化と共に優秀な人材も数を減らしている。
 特にパイロットの人材不足は深刻だった。厳しい訓練と長い時間をかけて生み出した優秀な
パイロットたちが次々と戦死していく。かといって、そう簡単に『次』が出来るものではない。
 だが、リヒターは妙案を思いついた。そして、パトリック・ザラに進言し、破棄されていたこの訓
練用施設を改築し、計画を実行に移した。
 その計画とは、まず、ザフト全軍の中から優秀なパイロットを選び、この施設につれて来る。そ
して、そのパイロットの脳から、記憶と経験を司る部分を取り出し、それをクローニングして、特
殊な超小型バイオチップに埋め込む。
「あとはそのバイオチップを、未熟なパイロットの脳に埋め込めば、あら不思議。落ちこぼれのゴ
ミクズが、一躍エースの仲間入り。当然だな。何しろそいつは、エースパイロットの記憶と経験を
受け継いでいるのだから」
「………………」
「………………」
 イザークもフレイも、言葉が出なかった。リヒターは得意げに話を続けた。
「唯一の欠点は、記憶と経験を『提供』した方がクズになってしまう事だな。自分が何者なのか、
いや人間なのかさえ分からず、勝手に暴れて、勝手に死んでいく。まあ、口封じをする手間は省
けるが」
 この施設を出た者の末路は、イザークも知っている。全員、鬼神のごとき戦いぶりをした挙
句、自滅に近い最後を遂げている……。
「だが、トータルで考えれば、奴らの死など取るに足らない事だ。一人死んでもその者と同じ技量
を持つ者が十人、二十人、いや百人、千人……。いくらでも作り出せるのだからな。老若男女を
問わず、全ての者を優秀な兵士にして、戦場に送り込める! コーディネイターは、最後の一人
になるまで、戦い続けるのだ!」
 悪魔の所業を自慢げに語るリヒターに対して、イザークの心で何かが弾ける。それは純粋な
『怒り』。
「きっ……貴様ああああああああっ! 自分が何をやっているのか分かっているのか! 貴様
は薄汚い地球軍以下の事をやってるんだぞ! 人間をモノみたいに扱いやがって!」
「モノみたいに、だと? それは違うぞ、イザーク・ジュール。人間など、モノ以下の存在だ。モノ
に対して失礼じゃないか」
「なっ……」
「何ですって!?」
 イザークだけでなく、フレイも驚く。リヒターの言葉は、とてもまともな人間の吐く言葉ではない。
だが、彼は更に狂気を語る。
「そう、人間などモノ以下、ゴミクズに等しい存在だ。ザフトも地球軍もブルーコスモスも、コーディ
ネイターもナチュラルも、大人も子供も、男も女も、赤ん坊も年寄りも、どいつもこいつも腐ったゴ
ミクズだ。生きる価値など無い。人間だけではない。人間の存在を許している全ての動物、植
物、昆虫、魚………プランクトンの一片に至るまで、全ての生命はゴミクズだ。神が愛し、作り上
げたこの世界を汚す、薄汚いゴミどもだ。よって全ての生命に等しき『死』を与えねばならん。神
罰としてな!」
「な……何を言っているんだ、貴様は…?」
「あ、あんた、ちょっと頭おかしいんじゃないの? 大体そんな事、出来る訳ないじゃない!」
 フレイに狂人扱いされても、リヒターはまったく動じない。
「出来るさ。我らが神の力ならそれは可能だ。いや、既に始まっている。そして神の意志を止め
る事は誰にも出来ん!」
「神、だと…?」
 イザークもフレイも、リヒターが本当に狂ったのだと思った。だが、彼は狂ってなどいなかった。
だからこそ恐ろしいのだ。
「そう、この世界は神によって支配されている。全ての事象、全ての平和、全ての惨劇、全ての
騒乱、そして全ての歴史は我らが神、ダブルGの意志の下にあるのだ!」
「ダブル……G?」
 初めて聞くその名に、フレイが首を傾げる。
「おい、何だ、それは?」
 イザークが問いただすと、リヒターは興奮した様子で話し出す。
「Gとはゴッド、すなわち神の意! God of God、神の中の神! またはGreat God、神を
超えた神! 森羅万象全ての支配者にして、全ての生命に死を与える破壊神にして、安らぎに
満ちた新世界を創り出す創造神。それがダブルG! 大いなる力を秘めた救世主なのだ!」
 異常なまでに眼を輝かせ、ダブルGを称えるリヒター。だが、すぐにその眼から興奮の色は消
えた。そして、呆気に取られているイザークたちを見る。
「私の言っている事が、狂人の妄想だと思うかね? まあ、それならそれで別にいい。どうせ君
たちはここで死ぬのだからな」
 リヒターの銃口が、イザークに向けられた。引き金に指が掛かる。周りにいるリヒターの手下た
ちも銃を構える。
「イ、イザーク……」
「くっ!」
 完全に囲まれている。逃げ場は無い。
「残念だよ、フレイ・アルスター。君には我々の計画の『鍵』として、色々と働いてもらうつもりだっ
たし、その為の手術も行ったのにな」
「えっ?」
「何だと? おい貴様、フレイに何をした!」
「そんな事も分からんのか? ここは何の為の施設だ? そして、ここでは何が研究されてい
る?」
 バイオチップ。その単語が二人の頭に浮かんだ。
「ま、まさか貴様、フレイに…」
「そ、そんな……。嘘でしょう?」
 青ざめる二人に、リヒターは冷酷な事実を伝える。
「もったいない話だ、フレイ・アルスター。君に埋め込んだのは、ここ数年で最高の出来のチップ
だったのに、君ごと破棄せねばならんとはな」
「……い、嫌………」
「フレイ!」
「嫌ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 頭を抱え込み、その場にうずくまるフレイ。無理もない。自分の頭の中に、得体のしれない機
械が埋め込まれたのだ。
「あ………ああ…………嫌、嫌よ、そんな……」
「フレイ……」
 イザークもかける言葉が見つからない。
「反コーディネイター政策の有力者だったジョージ・アルスターの娘が、ザフトの軍人として地球
軍と戦う。面白い光景だと思わないか? せっかくダブルG自らがお考えになられた余興だった
のに、実に残念だ」
「余興、だと…!」
 リヒターの邪悪な言葉は、イザークの心に再び『怒り』の火を灯した。
「人の頭の中を勝手にいじくりまわして、操り人形にして、そいつの人生をメチャクチャにする事
が余興だというのか!」
「そうだ。ゴミクズ風情が神のお役に立てるのだ。むしろ光栄に思うべきだろう」
「神……人の命を弄び、嘲笑うような奴が神だと!? 違う! そういうのはなあ、悪魔とか、ゲ
ス野郎って言うんだよ!」
 イザークの発言に、一瞬だけリヒターの顔が歪む。だが、すぐに不敵な微笑を浮かべて、
「死に行く者のたわ言だな。我が神を侮辱したその罪、死して償え」
「いや、その必要はないだろう」
「!?」
「えっ?」
「何…?」
 リヒターの手下の一人、警備帽を深く被って、顔がよく見えない男が、いつの間にかリヒターの
背後に回りこんでいた。そして、上司の後頭部に銃口を突きつけている。
「貴様、何者だ? この私に銃を向けるとは…」
 怒りを込めたリヒターの声にも、謎の男はまったく怯まない。
「さあ? 少なくても、洗脳チップを埋め込まれたお前さんの手下どもとは違う人種だな」
 そう言って謎の男は、警備帽を取る。イザークの見覚えのある顔が現れた。
「! アンフォース先生!」
「よお久しぶり、という程でもないか、イザーク。お前の恩師にして全ての酒と女性の味方、ラー
ジ・アンフォース、ただいま参上!」
 ラージはニッコリ微笑んだ。場の暗い雰囲気を吹き飛ばすかのような、明るく力強い笑顔だっ
た。
「ラージ、貴様……!」
「おっと、動くなよ、リヒター君。妙な事をすれば、その頭、グチャグチャに潰れたトマトみたいにな
るぜ」
「ちっ……」
「それにしても、ベラベラベラベラとよく喋ってくれたものだな。いい土産話が出来たよ」
「ふん。シーゲル・クライン、いや、ラクス・クラインへの土産話か。だが、もう遅い。今頃奴らは
…」
「でっち上げの国家反逆罪で指名手配、か? まったく、いくらクライン派が目障りだからって、
ザラの親父もバカな事をしてくれたな。これでプラントは真っ二つに割れるぞ。貴様の入れ知恵
か?」
「そうだ。これで戦火は更に広がるだろう。腐り果てたゴミクズだらけの世界は滅び、我らが神、
ダブルGによる新たな世界が誕生するのだ!」
「悪いが、そうはさせん。俺はこのゴミクズだらけの汚い世界が、結構好きなんでね。おいイザー
ク、お前はそこのお嬢ちゃんを連れて逃げろ!」
「は、はい! 先生は…」
「俺の事は心配するな。逃走用のルートは確保してある。計画性の無いお前とは違うんだよ」
「うっ……」
 痛いところを突かれた。
「だかな、イザーク。今日のお前は立派だったぞ」
「えっ?」
「惚れた女を何が何でも助ける。男としては当然の行動だが、なかなか出来る奴はいない。今日
のお前には百点をやってもいい」
「先生……」
「あと、そっちの落ち込んでいるお嬢ちゃん」
「………………」
 フレイは頭を抱えたまま、返事をしない。だが、ラージは構わず話を続けた。
「昔、俺の生徒にあんたみたいな女がいた。意地っ張りで、泣き虫で、強がりばかり言って、絶
対に人に弱味を見せない。そんな哀しい女だ。あんた、あいつによく似ている」
「………………」
「だが、あいつは過酷な運命に立ち向かう事を選んだ。自分の意志と力で、未来を切り開く覚悟
を決めた。あんたはどうするつもりだ? そこでそのまま泣きながら死ぬか、それとも、あんたを
助けるためにこんな危険な場所に乗り込んできた大バカ野郎と一緒に未来を行くか? 好きな
方を選べ!」
「………………」
「フレイ……」
 何も語らないフレイに、イザークは黙って手を差し伸べた。そして、
「来い!」
 と一言。余計な言葉はいらない。それがイザークの気持ちの全てだった。
「………………………ええ!」
 フレイは彼の手を取った。その眼には、薄らと涙が浮かんでいた。



 夜の闇の中、施設を出たイザークたちの前に一台の車が止まった。
 敵か、と思って身構える二人だが、車のドアが開くと、これまた懐かしい顔が現れた。
「やっほー。お兄ちゃん、元気ー?」
 以前、二人がプラントに上がる時に出会ったイザークのいとこ、エリナ・ジュールと、
「こんばんわ。お二人ともご無事で何よりです」
 ラクス・クラインだった。
「あ、あんたたち、どうしてここに……」
「説明はあとあと! さあ、乗って乗って!」
 エリナにせかされ、二人は車に乗り込む。運転はエリナが担当。
「よーし、飛ばすわよーっ!」
 急速発進。あっという間に施設を離れる。
 と同時に、後ろから爆発音が聞こえてきた。振り返ると、施設のあった場所に火柱が高く上り、
コンクリートの破片が宙に舞うのが見えた。爆発はその後も続き、イザークたちを乗せた車が森
を出たところで、ようやく止んだ。
「あの爆発、アンフォース先生がやったのか?」
 イザークの質問に、エリナが答える。
「うん。バイオチップ製造施設及びデータの完全破壊。それが今回のお仕事だったからね。け
ど、驚いたよ。ラージさんから、お兄ちゃんたちがあの施設にいるって連絡があった時は、ホント
に心臓が飛び出るかと思った。お兄ちゃん、無茶しすぎだよ」
「うっ……」
「あのラージって人、置いてきちゃったけど、大丈夫なの?」
 フレイの質問には、ラクスが笑顔で答えた。
「あの方なら大丈夫です。それよりもあの施設で何があったのですか? 詳しく話してください」
「…………あー、まあ、何から話せばいいのか…」
 イザークは困りながらも、あの施設で見た事、聞いた事、起こった事を全て話した。
 リヒター・ハインリッヒの世迷言は、正直、話そうかどうか迷ったのだが、何となく話してしまっ
た。笑われるかと思ったのだが、ラクスもエリナも真剣な表情で聞いていた。
 そして全てを話し終えた後、ラクスは深々と息をついた。
「やはり、そうでしたか。アルベリッヒ博士の考えは正しかったのですね」
「神の中の神、神を超えた神、ダフルG。それが私たちの本当の敵なんですね、ラクス様」
「ええ、恐るべき敵です。狡猾にして残虐、そして予想以上に強大です。わたくしたちも急ぎませ
んと」
 そう言うラクスの顔は、イザークがよく知っているアイドル、ラクス・クラインの顔ではなかった。
世界の未来を憂い、立ち向かおうとしている勇者の顔だ。
「あ、あのー、ラクス様、あなたはリヒターが言ってた事を信じるんですか?」
 イザークが使い慣れない丁寧語で訊く。
「ええ、信じますわ」
 ラクスは、あっさり答えた。
「で、ですが、世界を滅ぼす神だの、ダフルGだの、まるで子供の世迷言みたいな話じゃないで
すか。そんなものを信じるなんて…」
「でも、その話を信じない理由もありませんわ」
「そうね。私も信じるわ」
 意外にもフレイが賛同した。
「フレイ?」
「あのリヒターって男、私たちを本当に殺すつもりだった。これから死ぬ人間に嘘をついても意味
が無いわよ」
 確かにその通りだ。それに、ダブルGの事を話していたリヒターの眼は、狂気の中にも正気の
部分が感じられた。わずかながら実在の人物の事を語っている雰囲気があった。
 だが、もしダブルGが実在するとしたら、ラクスの言うとおり、恐るべき敵だ。リヒターのような手
下を使って、世界のあちらこちらで暗躍しているのだろうが、ほとんどの人間がその存在に気付
いていない。
 ザフトの頂点に立つパトリック・ザラもリヒターの、そしてダブルGの操り人形と化している。しか
も本人はその事にまったく気付いていない。恐らく地球側にも同じような人間がいるだろう。だと
したら、地球軍もザフトも奴らの手の内にあるという事だ。
「くそっ、どうすればいいんだ……!」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私たちはまだ負けてない」
 エリナが、力強く言う。
「エリナの言うとおりです。わたくしたちにはまだ、戦う術があります」
 ラクスも断言した。そう、戦いはまだ始まったばかりなのだ。



 夜が明けた。
 朝焼けに包まれているジュール邸に、武装した兵士たちが突入した。
 率いるのはリヒター・ハインリッヒ。昨夜はもう少しのところで獲物を逃がしてしまった。その上、
ラージのせいでバイオチップの製造施設もデータも全て吹き飛んでしまった。これ以上、失敗を
重ねる訳にはいかない。
 洗脳チップを埋め込まれた兵士たちが、無表情に部屋を荒らしていく。
「朝から騒がしいわね。一体、何の用?」
 イザークの母、エザリア・ジュールが居間に現れた。早朝にも関わらず、きちんと服装を整えて
いる。
「これはこれは、エザリア・ジュール殿。朝早くからお騒がせして、大変申し訳ない」
 リヒターはうやうやしく頭を下げる。もちろん、これは形式(ポーズ)だ。
「エザリア殿、我々と一緒に来てもらえませんか? パトリック・ザラ最高評議会議長がお呼びで
す」
「あら。それはシーゲル・クラインの国家反逆罪の事? 悪いけど、私は無関係よ。あのご老人
とは、最近は話もしてないわ」
「言い逃れは出来ませんよ。昨夜、あなたの息子、イザーク・ジュールが軍の貴重な施設を一
つ、破壊したのです」
「…………」
「しかも、シーゲルの娘、ラクス・クラインが息子さんと一緒に逃亡しているのを目撃した者がおり
ます。息子の彼がクラインの手先だとすれば、当然、貴方にも疑いがかかります」
「……なるほど。それで、私を逮捕するの?」
「いいえ。物的証拠はありませんから、逮捕はしませんよ。あくまでも参考人として、お話を伺うだ
けです。なあに、手間は取らせませんよ」
「でも、私があなたたちの手の中に落ちるのは間違いないわね」
「? 何を言って…」
「そうなればイザークは、きっと私を助けようとする。あの子、優しいから」
 エザリアは、ポケットから何か取り出した。リヒターは『それ』に見覚えがあった。『それ』は家一
軒ぐらいなら簡単に吹き飛ばせる、高性能小型爆弾!
「あの子は良い意味でも悪い意味でもバカだから、何となく、いつかこうなるんじゃないかと思っ
ていたわ。子供の足枷になるつもりは無いわ」
「バ、バカ、やめろ!」
 リヒターの叫びも空しく、エザリアは爆弾のスイッチを押した。
『イザーク、フレイさんと仲良くね。フレイさんの顔、結局見れなかったわ。残念』
 母の決意と、ちょっぴりの後悔と共に、ジュール邸は爆音と炎に包まれた。
 だが、その炎の中から飛び出した影が一つ。
「…………ちいっ、あの女! 親子揃って、私をバカにしおって!」
 リヒター・ハインリッヒだ。トレードマークのアイマスクが焼け落ち、機械の義眼を埋め込まれた
素顔が晒された。
「だが、まあいい。今のパトリックなら『裁判をやる手間が省けた』とでも言うだろう。取りあえず、
私のクビは繋がったな」
 義眼をギョロリと動かしながら、リヒターは不気味に微笑む。そう、全ては我らが神、神の中の
神、ダブルGの為に!



 同時刻。ザフトのモビルスーツ工場に、四人の来訪者が訪れた。
「ご苦労様です」
 通り過ぎる兵士に、ラクスはにこやかに挨拶する。その度にイザークと、ザフトの軍服を着たエ
リナとフレイが、ラクスに教えてもらったザフト式の敬礼をする。
「ふう……。心臓に悪いわね」
「大丈夫よ、フレイさん。ここの基地のほとんどはクライン派の人たちだから」
 エリナが励ます。
「それは分かっているけど、やっばりね……」
 ため息をつくフレイの肩に、イザークが軽く手を置く。どうやら励ましのつもりらしい。その後、イ
ザークは先頭を行くラクスに話しかけた。
「ラクス様、一体どこへ向かっているんですか?」
「もうすぐ分かりますわ。……あ、着きました」
 四人の前には、巨大な扉があった。脇に控えていた衛兵たちがナンバーキーを解除し、扉を
開く。
「さあ、参りましょう」
 ラクスを先頭に、四人は扉の奥に入る。そこは、暗闇に包まれた、かなり広い空間だった。
 照明が点けられる。そして、
「! これは……」
 四人の前には新型のモビルスーツが三機、そびえ立っていた。
「うわあ、凄い……」
「モビルスーツ? でも、どこかで見たような気が……? あ!」
 フレイはすぐに思い出す。三機とも、顔立ちがGと呼ばれるあのモビルスーツに似ているのだ。
 新型モビルスーツは、それぞれ特徴的な武装をしていた。
 一番右に立つ朱色の機体は、バックパックの大きな一対の翼が特徴的だった。また、左腕に
ニ連装のガトリングガン付きのシールドを装備し、両肩には中型のビームキャノンが取り付けら
れている。更に胸部には、イージスのスキュラに似たエネルギー砲の発射口。何とも物騒な機体
だ。
 三機の真ん中に立つ紅色の機体は、朱色の機体ほど過剰な装備はしていない。だが、背中の
バックパックが異常に大きい。高機動力、飛行能力を重視して造られたモビルスーツらしい。
 そして、一番左の青いモビルスーツは、随分とユニークというか、変わった武器を装備してい
る。右肩の後ろには円盤のような丸い機械が八つ、円となって備え付けられている。また、左腕
にはブリッツの盾(トリケロス)の改良型が装備されている。盾の外見はブリッツの物と同じだ
が、スパイラルダートの弾数がブリッツの三発から六発に増やされており、ソードストライクの対
艦刀(シュベルトゲベール)に酷似した大型の刀が装填されている。
「ん? あの真ん中にあるモビルスーツは、イージスか?」
 紅のモビルスーツを見て、イザークが言う。確かに顔立ちがアスランの愛機に似ている。だが
ラクスはやんわりと否定した。
「違いますわ。これはZGMF−X09A、ジャスティス。地球軍から奪取したモビルスーツのデータ
を元に開発された、ザフトの最新鋭モビルスーツです」
 続いてラクスは、残りの二機も紹介する。
「翼が付いている朱色の機体は、ZGMF−X07A、アルタイル。そして、まん丸さんたちを背負っ
たネイビーブルーの機体は、ZGMF−X08A、ヴェガ。どちらもジャスティスのお兄さんですわ」
 ラクスはニッコリ微笑んでから、真剣な顔付きになって、
「この三機には、ニュートロンジャマーキャンセラーが組み込まれています。つまり、核動力で動
いているのです」
「なっ!」
「!」
 驚くイザークとフレイ。エリナは既に知っていたのか驚いてはいなかったが、暗い表情をしてい
た。
 無理も無い。核によって多くの命を失い、核を怖れ、封印したはずのコーディネイターが、自ら
の手でその封印を解いてしまったのだから。何というバカげた話だ。笑い話にもならない。
「ふん。まあ、リヒターなんかに操られているパトリック・ザラならやりそうな事だな。マヌケめ」
 バイオチップの一件以来、イザークはザフトに失望していた。あんな悪魔のような手段を使って
まで勝ちたいのか。戦争は勝たねば意味が無いとはいえ、勝つためなら何をしてもいいという訳
ではない。それはイザークの考える戦争(もの)とは程遠い殺戮(もの)に繋がる行為だった。
「この三機は、いずれも大気圏突破能力を備えています」
 ラクスが話を続ける。
「わたくしたちはこれに乗って、地球に行かねばなりません。そして、わたくしたちが知った真実
を、より多くの人に伝え、共に戦ってくれる仲間を集めなければなりません。この世界を守るため
に」
 ラクスの言葉に、エリナとイザークは頷く。だが、フレイは沈黙していた。
「フレイ? お前…」
「ち、違うわよ! 私だって、リヒターやダブルGって奴らには腹が立つし、奴らを止めたいと思っ
てる。けど……」
 不安げな表情を浮かべるフレイに、ラクスが肩に手を置き、優しく語り掛ける。
「ガーネットお姉様にお会いするのが怖いのですか?」
「!」
「ならばフレイさん、あなたは地球に行かねばなりません。お姉様と会って、そして、語り合うため
に。もう一度、あの人を信じるために」
「ラクス…………」
「本当はそうなさりたいのでしょう? ご自分の心に嘘をついてはいけません」
「……ええ、そうね」
 各々の心は決まった。あとは行くだけだ。
 全員、モビルスーツに乗り込む。同時にクライン派の技師たちによって格納庫の天井のハッチ
が開き、各モビルスーツに繋がれていた多種コードが次々と外された。
「さあ、参りましょう。わたくしたちの戦いを始めるために。そして、この世界に本当の平和を取り
戻すために」
 ジャスティスの操縦席。操縦をエリナに任せ、後ろで少し窮屈そうに座るラクスの言葉に三人
は頷く。そして、
「イザーク・ジュール、アルタイル!」
「フレイ・アルスター、ヴェガ!」
「エリナ・ジュールとラクス・クライン、ジャスティス!」
「……出撃します!」
 ラクスの号令と共に、三機のモビルスーツは次々と飛び立つ。そして大地を振り返る事無く、た
だひたすらに天を翔ける。
 目指すは地球。そこは運命の出会いが待つ場所。そして、彼らにとって最強の敵と、最高の味
方が待つ場所でもある。

(2003・9/4掲載)
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