第27章
 決戦! パンデモニウム

 月面、パンデモニウム中枢部。
 巨大なモニターの前に、ダブルGの忠実な使徒たちが集っている。モニターには月軌道上に配
備してあるアルゴス・アイが捉えた、ディプレクター艦隊の映像が映し出されている。彼らの姿を
見て、クルーゼが呟く。
「アークエンジェル、クサナギ、エターナル……。ほう、ドミニオンもいますな。かつての乗船を敵
に回すというのは、複雑な気分ではありませんか、アズラエル殿?」
 クルーゼからの皮肉めいた質問に、アズラエルは失笑した。
「それを君が言うかね? 見たところ、君のかつての艦や部下たちも敵に回ったようだが」
 アズラエルの言うとおり、モニターにはヴェサリウスを始めとするザフト艦隊の姿が映し出され
ていた。
「別に気にしてませんよ。私の敵になるというのなら始末するだけです」
 クルーゼはあっさりと言った。
「僕も同じですよ。いえ、むしろ他の連中より、厳しいオシオキをしてあげないとねえ」
 そう言ってアズラエルはドミニオンを見る。その眼は、まるで獲物を前にしたハイエナのような
卑しい目付きだった。
「我が忠実なる使徒たちよ」
 ダブルGの声が部屋に響き渡る。クルーゼとアズラエル、そして、黙ってモニターを見ていたリ
ヒターやシャロン、ラージも揃って膝を折り、頭を下げる。
「神に挑もうとする愚か者どもが、我が城に迫っている。やるべき事は分かっているな?」
「はっ!」
 使徒たちは、声を揃えて返事をする。
「ちょうどいい。あの虫けらどもを一番多く片付けた者を、私が創る新たな世界の『王』としてやろ
う」
「王……」
 ダブルGのその言葉に、ラージとシャロン以外の三人は眼を光らせる。互いの顔を見合って、
対抗意識を燃やす。
「神の最も忠実な僕にして、神の意志に従い、民を率いる者。それが王。我が神意に従い、世界
を統治するがいい」
「ははっ!」
 再び声を揃える使徒たち。
「シャロン」
「はい」
「艦隊の指揮はお前が取れ。新世界の王の妻にして、世界の『母』となる女よ、期待しているぞ」
「はい。偉大なる神に仇なす愚劣なる者どもに、最悪の死を与えてご覧に入れます」
「よし。ならば、行けい!」
「ははっ!」
 最後の礼をした後、全員、部屋を出て行く。それぞれの因縁に決着をつけるために。



 月軌道を越えた辺りで、アークエンジェルのモニターが月の様子を捉えた。それを見たマリュ
ーは、あまりの惨状に息を飲んだ。
「なんて事……」
 プトレマイオス・クレーターにそびえる巨大要塞。要塞の周辺には、かつてそこにあった基地の
残骸や、基地の住人たちの死体が漂っている。
「プトレマイオス基地の下に、あんな物があったとは……」
 ドミニオンのナタルが、悔しそうに呟く。かつてこの基地にいた事がある彼女にとって、この惨
状は黙って見過ごせる事ではない。あんな物がある事に、もっと早く気付いていれば……!
「月の地下に隠れていたとはね。なるほど、これで一つ謎が解けた」
 マリューの隣に立つムウが言う。
「謎?」
 マリューが聞き返す。
「どうして連中が、あんなにバカスカとモビルスーツを持っているのか、ずっと疑問に思ってたん
だ。奴ら、月の地下資源をかすめ取っていたんだな」
「ここ数年、月の資源採掘量が落ちているとは聞いていたけど、なるほど、こういうカラクリだった
のか」
 サイの言葉に、クサナギの艦橋に立つカガリが、怒りを露にする。
「そんなの、泥棒と変わらないじゃないか! 何が『神を越えた神』だ!」
「まったくだね」
 エターナルのガーネットが頷く。
「それじゃあ、薄汚い泥棒退治といこうか。みんな、行くよ!」
 ガーネットからの檄に、各艦のパイロットたちが、
「おう!」
 と、声を揃えて叫ぶ。そして、次々と乗機に向かう。
「ムウ……」
 心配げに自分を見る恋人に、ムウは微笑み、
「大丈夫だって。俺はそう簡単には死なないよ。ストライクだって強くしてもらったしな」
「…………」
 眼を伏せるマリュー。ムウの腕は知っているし、信頼してる。それでも不安は消せない。かつて
の彼女の恋人も同じような事を言って、そして、帰って来なかった……。
「マリュー」
 そう呼ばれて、マリューはムウの顔を見る。彼の眼は、まっすぐにマリューの顔を、眼を見つめ
ていた。真剣な視線だった。
「必ず帰る。だから、君は俺たちの帰って来るこの艦を守ってくれ。この艦に乗っているみんなを
守ってくれ」
「ムウ……」
「頼むぜ。それじゃあ!」
 そう言って、ムウはブリッジを出て行った。その後ろ姿を見送った後、マリューの表情が引き締
まったものになった。
 彼は私を信じて、この艦の守りを任せた。ならば、その信頼に応えなければならない。愛する
人からの信頼は、絶対に裏切ってはならない。
「総員、第一種戦闘配置!」
 アークエンジェルの船内に、戦いの開幕を告げるマリューの声が響く。



 エターナルのモビルスーツ発進デッキでは、フリーダムやジャスティスなどが出撃の時を待って
いた。キラやアスラン、そしてピンク色に塗られたオウガのパイロットとなったラクスもコクピットに
乗り込み、静かにその時を待つ。
 だが、まだ乗り込んでいない者がいる。ダークネスの足元で、ガーネットはなかなかやって来な
い相棒を待っていた。
「ガーネットさん、すいません、お待たせして」
「遅いよ、ニコル。何をやって…」
 ガーネットの続きの言葉は出なかった。息を切らせてやって来たニコルは、新しいパイロットス
ーツを着ていた。服の色が今までの『赤』ではなく、ガーネットとお揃いの『黒』。
 少し驚いた後、ガーネットは苦笑した。まったく、このニコルという少年は面白い。「この戦いが
終わるまで親には会わない」と言い切った強い心を持っているくせに、こんなお揃いの服を用意
するような子供みたいな一面も見せる。面白く、そして、愛しい。
「ふう……。まったく、そんな物を用意していたとはね」
「いけませんでしたか?」
 と、ニコルが少し不安げな表情で訊く。
「いや。けど、そんな物、いつの間に用意してたんだい?」
「オーブにいた時から、シモンズさんに頼んでいたんですよ。あの人も色々と忙しくて、随分と時
間がかかりましたけど、何とか間に合いました。これが最後の戦いです。一緒に頑張って、そし
て、必ず生きて帰りましょう!」
 そう力強く言うニコルに、ガーネットは微笑みながら、
「ああ、そうだね。一緒に戦おう。そして、生きて帰ろう」
 と言って、そっと彼にキスをした。
「やれやれ。出撃前に何をやってるんだ、あの二人は」
 フリーダムのコクピットから様子を見ていたアスランが呟く。少し顔が赤い。
「あら、よろしいではありませんか。別に悪い事をしているのでないのですから。アスランもカガリ
さんと、ああいう事をしたかったのではないのですか?」
「ラ、ラクス!」
 アスランの顔が、更に赤くなった。
 騒がしい仲間たちの様子に、キラは微笑んでいた。そして、ジャスティスのコクピットに乗り込
む前にラクスから渡された指輪を見る。彼女の母の形見だというこの指輪には、彼女の願いが
込められている。
「ラクス」
「? 何ですか、キラ?」
「帰って来よう。必ず、ここへ。みんなと一緒に」
「…………ええ。そうですね。必ず」
 わずかにあった恐怖心も消えた。全員、出撃の時に備える。



「あのさあ、本当に私が乗ってもいいの?」
 クサナギのモビルスーツ発進口。デュエルのコクピットに座るエリナ・ジュールは質問の通信を
送った。相手はM1アストレイ・パープルコマンドの五番機に乗る、彼女の『ライバル』、
「何が?」
 ヴィシア・エスクードは逆に問いかけてきた。その呑気な口調に、エリナの機嫌が少し悪くなる。
「私がデュエルに乗ってもいいの?って訊いてるのよ!」
 その質問に、ヴィシアは眼を丸くした。少し意外な質問だったからだ。
「いや、いいも悪いも、そういうルールじゃないか。前の戦いでは俺が乗ったから、今度は君の番
だろ?」
「それは、そうなんだけど、でも……」
 エリナは言葉を詰まらせる。
「でも?」
 ヴィシアは先を促せる。出撃の時は近い。長話をしている時間は無いのだ。それはエリナも分
かっていた。だから意を決して、口を開く。
「でも、あんたの方が、上手いじゃない!」
「えっ?」
「パイロットの腕の事よ! 悔しいけど、すっごく悔しいけど、モビルスーツの操縦はあんたの方
が上手いじゃない。だから、デュエルにはあんたが乗った方がいいと思うのよ。その方が敵をた
くさん倒せて、みんなの為になるわ。ええ、そうよ、きっとその方がいいんだわ! だから、あん
たがデュエルに乗りなさい!」
 一気にまくし立てたエリナは、コクピットハッチを開き、デュエルを降りた。そして、パープルコマ
ンド五番機の方にやって来る。
「やれやれ。勝手だなあ」
 ヴィシアは苦笑した。この戦いは絶対に負けられない。彼女は彼女なりに考えて、こちらの戦
力を上げる方法として、あんな事を言い出したのだろう。
 ヴィシアは五番機のコクピットから出て、彼女の前に立つ。そして、
「戻りなさい」
 と、優しく言った。
「えっ?」
「デュエルには君が乗るんだ。戻って、機体の最終チェックをしておきなさい」
「で、でも、さっきも言ったでしょう! あんたの方が操縦は上手いんだから、デュエルにはあん
たが乗るべきじゃ…」
「俺の実力を評価してくれたのは嬉しいけどね、それでもやっぱりデュエルには君が乗るべきだ」
「ど、どうしてよ! 言っておくけど、妙な同情とかだったら怒るわよ!」
「同情、か。まあ、ある意味、そうかもしれないな」
 ヴィシアはあっさり言った。
「デュエルはいい機体だ。きっと君を守ってくれるだろう。俺は君に死んでほしくない」
「えっ?」
 思いもかけない言葉に、エリナの表情が固まる。
「それじゃあ、お互い頑張ろうぜ、エリナちゃん。必ず生きて帰ろう!」
 そう言ってヴィシアは、笑顔で五番機に戻る。
「……ふん。バッカじゃないの、あいつ……」
 顔を赤らめながら、エリナは呟いた。なぜか『ちゃん』づけされた事は気にならなかった。



 月面の様子が、肉眼でも確認できる距離まで近づいた。神を名乗りし魔の居城の大きさに、一
同は改めて絶句する。
 敵の姿は、未だ確認されない。だが、このまま黙ってあの魔城まで通してくれるはずが無い。
全パイロットがモビルスーツに乗り込む。そして、まずはアークエンジェルから、
「ムウ・ラ・フラガ、パーフェクトストライク、出るぞ!」
「ディアッカ・エルスマン、バスター・インフェルノ、行くぜ!」
「イザーク・ジュール、アルタイル、出る!」
「フレイ・アルスター、ヴェガ、発進します!」
「ルミナ・ジュリエッタ、イージス、行きます!」
「カノン・ジュリエッタ、ブリッツ、行っくよーっ!」
 と、モビルスーツ部隊が出撃する。ちなみに出撃の際、ディアッカとルミナは、それぞれの愛し
い相手にウインクなどをして、相手を苦笑させていた。
 続いてはクサナギから、
「カガリ・ユラ・アスハ、ストライクルージュ、出るぞ!」
「エリナ・ジュール、デュエル、行きます!」
 まずはこの二機が出撃。続いて、ライズ・アウトレンのパープルコマンドが、
「M1アストレイ部隊、全機、俺に続け! 遅れるんじゃないぞ!」
「はいっ!」
 イリア、アルル、ヴィシアを引き連れて、アサギ、ジュリ、マユラら多数のM1アストレイと共に出
撃する。
 一方、地球軍の艦隊からは、
「オルガ・サブナック、カラミティ、出るぞ!」
「クロト・ブエル、レイダー、出撃!」
「シャニ・アンドラス、フォビドゥン、行くよ……!」
 ドミニオンから出撃したこの三機に続いて、他の地球軍戦艦からストライクダガーが全機発進
する。
 そしてザフト艦隊からは、
「モビルスーツ部隊、全機、発進! 地球軍やディプレクターの部隊と共同で敵を殲滅せよ!」
 ヴェサリウスのアデス艦長の指示の下、ジンやゲイツが出撃する。ストライクダガーやM1アス
トレイたちの隣に付き、共に宇宙を駆ける。 
「素晴らしい光景だねえ」
 エターナルのブリッジ、艦長の椅子に座るバルトフェルドが呟いた。その呟きを聞いたダコスタ
が、
「何がですか、艦長?」
「考えてもみたまえ。つい先程まで、お互いを憎み合い、殺し合っていた者たちが、肩を並べて
飛び、力を合わせて戦おうとしている。これは一つの奇跡だよ。いや、これを奇跡と言わずして
何と言う?」
「確かにそうですね。自分も、地球軍と一緒に戦うなんて想像もしてませんでした。まさに奇跡で
すね」
「ああ。だが、この奇跡を一瞬だけのものにしてはいけない。何としてもダブルGを倒して、この
奇跡を未来まで繋げないとな」
「はい!」
 ダコスタは力強く頷いた。そして、彼らの乗るエターナルからもモビルスーツ部隊が出撃する。
「キラ・ヤマト、ジャスティス、行きます!」
「アスラン・ザラ、フリーダム、出る!」
「ラクス・クライン、オウガ、……行きます!」
 操縦しやすいように出力を少し落とし、体色を桃色に塗り替えたオウガが飛び立つ。その手に
は新兵器バリアブル・ビームライフル≪ヴァルキリー≫が握られている。
 ラクスの操縦は動きに無駄が無い、見事なものだった。とてもこれが初陣とは思えない。
「やるわね、ラクス。こっちも負けてられないね!」
 意気上がるガーネット。ダークネスが発進用カタパルトに立つ。
「ニコル、これが最後の戦いだ。絶対に勝つよ!」
「もちろんですよ、ガーネットさん。僕も、そしてトゥエルブのみんなも、そのつもりです」
「よし、それじゃあ、行くよ。ガーネット・バーネット!」
「ニコル・アマルフィ!」
「ダークネス、出る!」行きます!」
 白い翼を広げ、愛槍を手にした黒の機体が、宇宙を飛ぶ。
「ミーティア、リフトオフ!」
 バルトフェルドの号令後、エターナルの先端から二機のミーティアが切り離された。そして、そ
れぞれフリーダムとジャスティスに合体する。
 これで、こちらの戦闘準備は整った。あとは、決戦あるのみだ。
 気を引き締める一同。そこへ、
「よく来たな。歓迎するぞ、虫けらども」
 と、各機の通信機に音声が入る。その声には全員、聞き覚えがある。
「ダブルG!」
「我が居城、パンデモニウムの目前にまでたどり着いた事は褒めてやる。だが、ここまでだ。貴
様らにも、全ての人間どもにも未来は無い」
 虚空の宇宙に、無数の目玉が出現した。アルゴス・アイだ。
「貴様らは、人類にとって最後の希望。それが儚く消えていく様を、全世界の人間に見せてや
る。貴様ら全員の死によって、人間どもは最後の希望までをも失い、神に逆らった大罪を後悔し
ながら、絶望と恐怖の中で死ぬ……。人間という劣悪種には相応しい最期だ。そうは思わない
かね?」
「思わないね」
 ガーネットが吠える。
「それに、そうはならないよ。なぜなら、私たちはあんたに勝つ。そして、この世界の未来を守っ
てみせる! 絶対に!」
「相変わらず、意気込みだけは立派ですね、ガーネット・バーネット」
 穏やかな、されど殺気と敵意を込められた声と共に、一体のモビルスーツが現れた。純白の
体に六枚の黒翼、パーフェクトミラージュコロイドにより、自身の姿を完全に消せる機体。その名
は、
「ルシフェル……! 出てきたね、シャロン!」
「そうです。もちろん、貴方の恩師、ラージ・アンフォースもここにいます」
「……………」
 ラージは何も言わなかった。だが、その威圧感のある沈黙が、彼の存在を証明していた。
「たかがその程度の戦力で、神に牙向く愚者たちよ。貴方たちには、葬送曲で送られる資格すら
無い。絶望と恐怖と孤独の内に、地獄へ行け!」
 シャロンのその言葉と共に、ルシフェルの周囲に巨大な影が現れた。ダブルG軍団の無人兵
器の一つ、戦闘飛空母艦リヴァイアサン。数は10。心無き無人兵器たちに、シャロンの指示が
下される。
「1番艦『ギレン』、2番艦『キシリア』、4番艦『ガルマ』と5番艦『ギニアス』は中央に配置。6番艦
『エギーユ』から8番艦『シーマ』は右翼に、9番艦『ジャミトフ』から11番艦『ジェリド』は左翼に展
開。モビルスーツ部隊を出撃させて、敵を包囲。一匹たりとも逃がす事無く、確実に、そして、完
全に殲滅せよ」
 命令に従い、動き出す戦艦群。シャロンに言われたとおりの配置に付き、オートモビルスーツ・
ズィニアを排出する。
「な、何て数だ……」
 尽きる事無く吐き出されるズィニアの数に、サイが恐怖する。オーブでの戦いでも、ダブルGは
三百機ものズィニアを送り込んできた。だが、今回はあの時以上の数だ。アークエンジェルのレ
ーダーは、たちまちズィニアを示す光点によって埋め尽くされてしまった。
 その異常な状況に圧倒されながらも、それでもサイは自分の職務を果たそうとする。勇気と声
を振り絞り、
「て、敵の推定数は……千機以上です!」
 と、叫んだ。
 情報を正確に伝える事が彼の仕事だった。その情報が、たとえ味方に絶望しかもたらさないも
のだとしてもだ。
 サイの報告を聞いて、ある者は怯え、ある者は驚愕した。だが、そうでない者もいる。
「千か。こっちのおよそ十倍だな」
 オルガが不適に微笑む。クロトも、
「一人、十機落とせばいいんだろ。楽勝、楽勝♪」
 と、鼻歌交じりに言う。
「はっ、肩慣らしぐらいにはなりそうだ。十機といわず、全部切り裂いてやるよ」
 シャニも珍しく、意気盛んだ。この三人、やはり似た者同士のようだ。
 一方、キラとアスランは、冷静に敵戦力を分析する。
「敵戦力はこちらの十倍か。だが、敵は恐怖を知らない無人機だ。それ以上の戦力差と想定し
た方がいいだろうな」
「そうだね、アスラン。僕たちが頑張らないと」
「全て落とすぞ、キラ。ミーティアの全火力を使う!」
「ああ!」
 恐怖で顔を引きつらせている者もいた。言葉を失う者もいた。だが、誰一人として逃げ出そうと
する者はいなかった。皆、知っているのだ。自分たちが人類を守る最後の砦である事を。逃げる
事も、負ける事も許されない。ならば、戦うしかない!
 そして、ルシフェルのシャロンが、戦いの始まりを告げる言葉を吐く。
「全軍、攻撃開始。哀れな愚者たちに、神の裁きを!」
 同時に、アークエンジェルとドミニオンの砲門が開く。そして、それぞれの艦長が声を揃えて叫
ぶ。
「「≪ゴットフリート≫照準、てーーーーーっ!」」
 黒と白の天使から、巨大な雷光が放たれた。敵の陣の中心部に命中、ズィニア十数体を光の
中に消した。
 だが、その程度の損失など、取るに足らぬものだ。ズィニアたちは即座に体勢を立て直して、
ディプレクター艦隊に攻撃を仕掛ける。
 迎え撃つディプレクターのモビルスーツ軍。ついに、世界の未来をかけた戦いが始まった。



「このっ、このっ!」
 迫り来るズィニアに対して、ジンのパイロットは銃を撃ちまくる。だが、弾は確かに当たっている
のに、相手には傷一つ付いていない。
「そ、そんな!」
 ビームサーベルを抜くズィニア。殺られる、と思ったその時、ジンの背後から影が飛び出し、そ
の手に持つ槍でズィニアの頭部を貫いた。
 爆発するズィニア。その爆炎を背に、白い翼を生やしたモビルスーツがこちらを見ている。手に
は巨大な槍。その美しい姿に、一瞬、本物の天使か?と思ってしまった。
「あんた、大丈夫か?」
 白い翼のモビルスーツから通信。口調は男っぽいが、声は女性のものだ。
「あ、ああ、大丈夫だ。ありがとう」
「こいつらはみんなPS装甲だ。実弾系の武器は通じない。装甲が薄い間接部分を狙って、剣を
使った接近戦で仕留めるんだ。出来る?」
「分かった、やってみる!」
「頑張りなよ。こいつらみんな片付けて、そして、必ず生きて帰ろう!」
 ぶっきらぼうに、だが、とても優しい言葉をかけて、白い翼のモビルスーツは飛び去っていっ
た。
「そのとおりだ。必ず勝って、生きて帰る!」
 一人の男の心に闘志という名の火を点けて、ガーネット・バーネットは戦場を駆ける。世界で一
番愛する者と、信頼する十二人の友を連れ、敵陣の奥にいる白き宿敵の元へ飛ぶ!
「待っていな、ルシフェル、そして、シャロン……!」



 ビームライフルを乱射して、接近してくるズィニアが三体。ムウは冷静に攻撃をかわし、チャン
スを待つ。そして、敵が直線に並んだその一瞬、
「もらった!」
 パーフェクトストライクが左腕に持つ≪アグニ改≫を発射。三機のズィニアを閃光一発で撃墜し
た。続いて、密かに接近していたズィニアを、右腕に持つ≪シュベルトゲベール≫で一刀両断、
宇宙のゴミに変えた。
「ほう。なかなかやるではないか、ムウ・ラ・フラガ」
「! その声は!」
 ズィニアたちの大群を掻き分け、現れたのはムウの宿敵。ラウ・ル・クルーゼが乗るプロヴィデ
ンスだ。
「やはり出て来たか、クルーゼ!」
「当然だ。偉大なる神の邪魔をする者は、全て私が排除する。それに貴様は、私の手で殺した
いからな!」
 プロヴィデンスの背部から多数の≪ドラグーン≫が発射される。ムウのパーフェクトストライク
を包囲し、一斉にビームを発射。
「ちっ! そう簡単に!」
 ビームをかわすムウだが、敵の攻撃は執拗なものだった。加えて、プロヴィデンス本体からの
攻撃も加わり、窮地に追い込まれる。
「くそっ、またこのパターンかよ!」
「これで終わりだ! 冥府へ旅立つがいい、ムウ・ラ・フラガ!」
 ≪ドラグーン≫の照準が全てストライクに向けられる。絶体絶命。
「そうは……させない!」
 星空の彼方から飛んできた、巨大な影一つ。ミーティアを装備したジャスティスだ。≪ドラグー
ン≫を巨大ビームサーベルで切り裂き、包囲網を崩した。
「大丈夫ですか、ムウさん!」
「ありがとよ、キラ。にしても、最近の俺って、お前に助けられてばかりだな」
 そう言って、苦笑するムウ。キラも微笑み、
「気にしないでください。仲間を助けるのは、当然じゃないですか」
「ふん。その男に助けるほどの価値があるとは思えんがな」
 二人の会話に、クルーゼが割り込む。
「いいや、その男だけではない。全ての人類に価値など無い。争い、憎み合い、際限なく殺し合う
者どもに、価値など無いし、未来も無い! 新しい時代に、今の愚かな人類は不要だ。だから滅
ぼす! こんな醜い世界を造った愚か者どもはな!」
「そうはさせませんわ!」
 超絶的な加速を発揮し、ピンクのモビルスーツが出現。ジャスティスとストライクの元に駆けつ
ける。
 クルーゼはそのモビルスーツを知っていた。つい先日まで、彼の愛機だったモビルスーツだ。
色や装備は違っていたが。
「オウガだと? 一体、誰が…」
「わたくしですわ、ラウ・ル・クルーゼ。ラクス・クラインの声を忘れましたか?」
 ラクスははっきりと返事をした。意外な人物の登場に、さすがのクルーゼも驚いた。だが、すぐ
に苦笑して、
「ほう、これはこれは。まさか貴方が出て来るとは思いませんでしたよ、ラクス・クライン嬢。ディプ
レクターは相当、人手不足のようですな。貴方のような小娘まで前線に出て来るとは」
「人手不足なのは確かですし、小娘というのも否定はしません。ですが、こうして戦場に立ったか
らには、わたくしも覚悟を決めています。たとえこの手を血で汚しても、貴方やダブルGの愚かな
行為は止めてみせる!」
「勇ましい事ですな。いいでしょう、ならば殺して差し上げよう! そして私は、神が創る新世界の
王となる! 私を認めないこの古き世界を滅ぼし、新たな世界の王となるのだ!」
 プロヴィデンスの背部から、再び≪ドラグーン≫が放たれる。
「来るぞ、キラ!」
「はい! ラクス、君は僕の後ろへ!」
「キラ、わたくしの事なら大丈夫です。それよりも、クルーゼを! あの者の悪意は絶対に止めな
ければなりません!」
「ラクス……。分かってる。あの人は必ず、倒す!」
 三対一ではあるが、敵はクルーゼだ。決して楽観視は出来ない。キラは気を引き締める。彼の
中の『SEED』が目覚めた。それは全ての生物が持つ、無限の可能性そのもの。絶対に負けな
い、という決意の証。



 通常のモビルスーツを遥かに上回る巨体が飛ぶ。リヒター・ハインリッヒのモビルスーツ、ズィ
ウスだ。
「ははははははっ! 死ね、ゴミクズども!」
 ズィウスの背部からヨーヨーのような形をした有線攻撃ユニット≪サンクチュアリィ≫が発射さ
れる。十機の≪サンクチュアリィ≫は、戦場をヘビの様に駆け巡り、ビームを発射。ストライクダ
ガーやゲイツを次々と撃墜していく。
「ふん、手応えの無い。所詮、ゴミはゴミだな」
 勝ち誇るリヒター。だが、突然の閃光がズィウスの巨体を襲う。
「むっ?」
 閃光をかわすズィウス。巨体の割には素早い動きをする。
「見つけたぞ、リヒター・ハインリッヒ!」
 怨敵を見つけたイザークが叫ぶ。乗機アルタイルの右肩に装備されたビーム砲≪レーヴァン
ティン≫の砲身は、ズィウスに狙いを付けている。
「イザーク・ジュールか。ふん、わざわざ殺されに来るとはな!」
 ズィウスの右腕の≪ギガ・ウルスラ≫が展開。PS装甲すら無効化する強力な弾丸がアルタイ
ルに向けて発射される。だが、
「させないわ!」
 フレイのヴェガが≪マンダラ≫を放つ。プラズマフィールドが巨大な弾を弾き飛ばし、自爆させ
た。
「フレイ・アルスター、貴様もいたか。神の恩恵を受けながら、それを拒絶した愚か者め」
「リヒター・ハインリッヒ、あんただけは許さない! 絶対に!」
 フレイに忌まわしい力を与え、愛する人と殺し合わせた男。リヒターはフレイにとっても、絶対に
倒さなければならない敵だった。
 だが、二人の憎悪を受けても、リヒターは平然としている。
「ふん。許さないのは私の方だ。私の計画を二度も妨害し、恥をかかせてくれた貴様らは許さ
ん。新世界の王となる私の経歴の最大の汚点、貴様ら二人は私の手で殺してやる!」
「お前の敵は、その二人だけじゃないぞ、リヒター!」
 そう叫んで現れたのは、ミーティアを装備したフリーダム、アスラン・ザラだった。その後ろには
カガリのストライクルージュもいる。
「アスラン・ザラか。父親と同じく、私に殺されに来たか」
「! やはり、父上は貴様が……」
「そのとおりだ。実に無様な最期だったぞ。親子揃って私の手に掛かるとは、何とも皮肉な運命
だな」
「貴様あっ!」
「落ち着け、アスラン!」
 カガリが諌める。
「挑発に乗るな! 冷静さを失ったら、勝てる相手にも勝てないぞ!」
「ほう、オーブの姫も一緒か。ならば全員まとめて、地獄に送ってやる! 完成したズィウスの
力、侮るなよ!」
 ズィウスが再び≪サンクチュアリィ≫を放つ。



 カラミティ、フォビドゥン、レイダーの三機は三十程の敵を倒したところで一旦ドミニオンに戻っ
た。そして、薬物を再投与する。
「あーあ、ったく、メンド臭いなあ」
「ボヤくなよ、シャニ。こうしなきゃ俺たちは戦えないんだから仕方ないだろ。クロト、準備はいい
か?」
「OK! いざ、出撃! そして、奴らを撲滅!」
 再び出撃する三体のMS。カラミティのバズーカ砲≪トーデスブロック≫が、レイダーの口にあ
るエネルギー砲≪ツォーン≫が、フォビドゥンの誘導プラズマ砲≪フレスベルグ≫がそれぞれ火
を吹き、ズィニアたちを撃墜する。見事なコンビネーションで敵を倒す三機の前に、因縁深き強
敵が現われた。
「やあ、久しぶりですねえ、君たち。元気そうで何よりです」
 ズィウス2号機に乗るアズラエルは、かつての部下たちに挨拶した。
「ふん。あんたの方から出て来てくれるとはな。探す手間が省けたぜ」
 そう言ってオルガは微笑する。
「あんたは俺たちの手で倒したかったからな!」
「随分と世話になったしね。借りは返させてもらうよ!」
 クロトとシャニも吠える。決別宣言とも言うべき彼らの言葉に、アズラエルはヤレヤレ、という顔
をして、
「ふう……。まったく、犬も三日飼えば恩を忘れないというのに、君たちは犬以下ですねえ。今、
君たちがこうして生きていられるのは、誰のおかげだと思っているんですか?」
「それはあんたのおかげだ」
 オルガはあっさりと言った。
「死刑にされるはずの俺たちが、こうして日の当たる場所にいられるのは、確かにあんたのおか
げだよ。だが、その分の借りは返したと思うぜ」
「オルガの言うとおり! モルモット扱いされて、恩を感じる事なんて、俺には出来ないね!」
「同じく。むしろ、あんたをぶっ殺したい」
 クロトとシャニもそう言って、三人は戦闘態勢に入る。アズラエルはため息をついて、
「ふん。どうやら、とんだクズを拾ってしまったようですねえ。君たちのようなバカを見ていると、無
性に腹が立つ。いいでしょう、僕のこの手で殺してあげますよ」
 ズィウス2号機の≪サンクチュアリィ≫が一斉に放出された。同時に、カラミティら三機も動き
出す。
「食らえ!」
 カラミティの≪シュラーク≫が、
「滅殺!」
 レイダーの≪ミョルニル≫が、
「死にな……」
 フォビドゥンの≪フレスベルグ≫がズィウスを狙う。だが、アズラエルは余裕の表情を浮かべて
いる。
「君たちに教えてあげますよ。コーディネイターなどという『まがい物』ではない、『本物の天才』の
力を、新たな世界の王の力を!」



 無数のズィニアたちを蹴散らし、ダークネスは飛ぶ。目標は、ズィニアを排出し続けるリヴァイ
アサンだ。
「はああああっ!!!」
 ダークネスの≪ドラグレイ・キル改≫が煌く。その刃はリヴァイアサンの装甲を貫き、そのまま
ダークネスは艦の内部に突撃。動力部を破壊した後、艦から脱出する。
 大爆発するリヴァイアサン。11番艦『ジェリド』、撃沈。
「さすがにやりますね、ガーネット・バーネット」
 勝利の余韻に浸る間もなく、ガーネットたちの前に新たな敵が現れた。それも最強の敵が。
「シャロン、そして、ラージ先生……!」
 睨み合うルシフェルとダークネス。白き魔王と闇の救世主。ついに雌雄を決する時が来た。
「行くよ、ニコル」
「はい!」
「ラージ様、よろしくお願いします。ガーネット・バーネットとニコル・アマルフィに死の裁きを」
「うむ」
 しばしの静寂。
 そして、
「トゥエルブ、1番から6番!」
「7番から12番!」
「「覚醒せよ!」」
 ダークネスの眼と胸が赤く輝き、
「ルシフェル、エントシュバイン・モード……」
「発動!」
 ルシフェルの顔が割れ、黒き素顔が現われる。
「いくぞ、シャロン・ソフォード!」
「死になさい、ガーネット・バーネット。そして私は、新世界の母、神に仕えし女王となる!」
「アンフォース先生、僕は貴方を倒します!」
「ニコル・アマルフィか……。来い」
 互いの全ての力をぶつけ合う、文字通り『最後の死闘』が始まった。



 モビルスーツが、戦艦が爆発すると、その爆炎が光を生み出す。悲しい光が次々と生み出さ
れる戦場を、ダブルGは見ていた。
 あの光の向こうで、多くの命が消えているのだ。そう思うと、心が晴れる。
「殺せ、殺せ、我が使徒たちよ、我が敵たちよ。傷付け合って、殺し合って、この世の全てを『死』
で満たせ。ふふふ、ふははは、ふはははははははははははははははははは……!」

(2003・11/29掲載)
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