第28章
 散華する命

 ワシントン、ニューヨーク、ロンドン、パリ、北京、モスクワ、シドニー、ベルリン、東京……。
 名の知れた大都市から、過疎に悩む辺境の村に至るまで、世界中の空にその光景は映し出
されていた。
 千を越えるモビルスーツの大軍団。それに挑むディプレクター艦隊。倒しても倒しても敵の数
は減らず、ディプレクター側の戦力は徐々に削がれていく。
「ダメだ……。勝てっこねえよ」
 ロンドンのとある市民が呟いた。彼だけではない。この光景を見ているほとんどの人間が、同
じ思いを抱いていた。
 だが、それでも尚、絶望を抱かぬ者たちもいた。
 シンガポールの孤児院では、
「大丈夫。あの子達ならやってくれるさ」
「ガーネットさん、ニコルさん、私たちには応援する事しか出来ませんけど、頑張ってください!」
「お姉ちゃん、頑張れーーーっ!」
「ニコルお兄ちゃんも負けるなーーーーっ!」
 院長とその助手、そして子供たちが。
 オーストラリア北部のとある町のサーカス団では、
「お父さん、ガーネットさんたち、勝つよね。絶対に勝つよね?」
「ああ。彼女たちは強い。私の造った槍も一緒なんだ。勝つさ、絶対に」
 幼きスターとその養父が。
 そして、焼け野原となったオーブの地では、
「頑張れ、負けんじゃねーぞ、クソ女!」
「神様だか何だか知らねーが、そんな奴ら、ぶちのめしてやれ!」
 以前、戦士たちにボコボコにされて、この地に取り残されたチンピラたちが。
「頑張れーーーっ!」
「頑張ってーーーっ!」
「負けるなーーーーっ!」
 宇宙で戦う勇者たちに、声援を送っていた。
 勝利と平和への願いを込めて。



 戦えぬ人々が絶望と希望を抱いて見守る宇宙では、激しい戦いが繰り広げられていた。
 ドミニオンの陽電子破城砲≪ローエングリン≫が、リヴァイアサン2番艦『キシリア』の胴体を打
ち抜いた。その隙を逃さず、アークエンジェルのマリューが叫ぶ。
「≪ヘルダート≫、てーーーっ!」
 強力な対空防御ミサイルの群れが、『キシリア』に全弾命中。その巨大な船体を爆発四散させ
た。
「敵艦、撃沈しました!」
 ミリアリアが喜びの声を上げる。だが、油断は禁物だ。敵艦はまだ8隻も残っている。気を引き
締めるように、マリューは指示を出す。
「周囲の警戒、怠らないで! モビルスーツ隊の状況は?」
「ザフトのモビルスーツ隊、半数がやられました。連合軍のストライクダガーも押されています!」
「くっ……」
 大苦戦だ。やはり数の差が大き過ぎる。
「キラ君やガーネットさんたちは?」
「現在、敵の主力モビルスーツと交戦中のようです。少佐もキラと一緒に戦っています」
 確かに戦況は不利だ。しかし、必死に戦っている者がいるのに、指揮官が弱気になってどうす
る! マリューは自分の心を引き締め、
「ドミニオンと共に、敵艦隊に交戦を挑みます。連携を崩さないように!」
 乗員たちに新たな指示を送る。生き延びるために。勝利のために。



 漆黒の空を駆ける白と黒。『魔王』と『闇』の戦いは、激しさを増していた。
「はああああああっ!」
 ダークネスの≪ドラグレイ・キル改≫がルシフェルの喉下を狙う。が、
「通じません」
 シャロンの言うとおり、槍の刃先は強力なバリアによって阻まれた。エントシュバイン・モードに
よって無限のエネルギーを得ている今のルシフェルには、並の攻撃は通用しない。
「ちっ、やっぱりダメか」
「ガーネットさん!」
「分かってるよ、ニコル。大丈夫、私に任せな!」
「はい!」
 互いへの絶対的な信頼を武器として、二人は戦う。十二の魂を宿した愛機、ダークネスと共
に。
 一方、
「エントシュバイン・モ−ド、システム良好。行きますよ、ラージ様」
「ああ。一気に仕留める…」
 冷徹と迅速、そして圧倒的なパワーを武器として戦うラージとシャロン。ガーネットたちとは正反
対である。唯一、共通しているのは、
「ガーネット・バーネット!」
「シャロン・ソフォード!」
「ニコル・アマルフィ……。殺す!」
「アンフォース先生、いや、ラージ・アンフォース! 越えてみせる、貴方を!」
 目の前の相手にだけは絶対に負けられない、というその思い。
 ルシフェルの六枚の翼が、六十の眼を開く。無数の光弾が絶える事無く、ダークネスを襲う。だ
が、
「遅いよ!」
 ダークネスはその全てをかわした。トゥエルブ・システムの効力で、感覚が異常にアップしてい
るガーネットとニコルには、ルシフェルの攻撃でさえ、簡単に見切れる。
 しかし、ダークネスの攻撃もルシフェルのバリアによって、ことごとく跳ね返される。ダメージど
ころか、お互い、相手に傷一つ与える事さえ出来ない。
 もっとも、このまま長期戦になればダークネスの方が不利だ。同じ状況に見えて、『攻撃をかわ
し続ける』と『攻撃がまったく通用しない』ではパイロットの疲労の差は歴然。実際、ガーネットと
ニコルの額には汗が浮かんでいる。
「くっ……」
 ダークネスの動きが、わずかに鈍る。その隙を、シャロンもラージも見逃さなかった。
「終わりにしましょう」
 シャロンのその言葉と共に、ルシフェルの白い体が、黒く染まっていく。ダークマターエネルギ
ーを機体全体に行き渡らせているのだ。そして腰の≪ジークフリート≫、右腕の≪ウルスラ≫、
左腕の≪ウラヌス≫を取り外し、機体の重量を軽くする。
「エントシュバイン・モード、全開。エリミネート・ダイブ、行きます……!」



「逃がしませんよ、裏切り者君たち!」
 アズラエルが操るズィウス2号機の巨体から、≪サンクチュアリィ≫が発射された。十機の有
線式攻撃ユニットが、一瞬でカラミティ、フォビドゥン、レイダーを囲む。そして、一斉にビーム攻
撃。
「うわっ!」
「ぐはっ!」
「うあっ…!」
 激しい衝撃に、さすがのオルガたちも苦痛の表情を浮かべる。レイダーの右翼が破壊され、フ
ォビドゥンも左足が打ち抜かれた。
「どうですか、僕の力は? これが『本物の天才』の力、新たな世界の王に相応しい力なので
す!」
 得意満面のアズラエルは、攻撃の手を緩めない。再び≪サンクチュアリィ≫を発射する。
「所詮、君たちみたいな薬漬けに、僕は倒せません。さあ、宇宙の藻屑となるがいい!」
 またも取り囲まれるオルガたち。だが、突然の銃撃が彼らを救った。無数のビーム弾が≪サン
クチュアリィ≫を数機破壊し、その包囲網を破ったのだ。
「よお、大丈夫か、お前ら?」
 そう挨拶しながら現われたのは、ビームガトリングガンを構えたバスター・インフェルノだった。
パイロットはディアッカ・エルスマン。
「苦戦しているみたいだな。手を貸そうか?」
 ディアッカは気さくに話しかけた。生死をかけて戦う戦場には似合わない雰囲気を持つ男だ。
 三人を代表する形でオルガが答える。
「断わる………と言いたいが、あの野郎、かなり手強いからな。手を貸してもらうぞ」
「了解、任せろ!」
 元気よく返事をするディアッカ。バスターの150oビームガトリングガンと≪ネオ・アグニ≫を合
体させ、高出力ビームガトリングカノンとし、その砲口をズィウスに向ける。
「食らえ、デカブツ!」
 ビームガトリングカノンが唸りを上げる。同時に、レイダーとフォビドゥンが突撃し、カラミティも
背中の≪シュラーク≫を撃つ。
「ちっ、このズィウスを侮ってもらっては……!」
 アズラエルは見事な操縦技術を発揮し、バスターとカラミティの攻撃をかわした。しかし、それ
もディアッカとオルガたちの計算の内だった。
「粉砕!」
 レイダーの鉄球≪ミョルニル≫がズィウスの右肩に命中。続いて、
「うらあ〜〜〜!」
 フォビドゥンの大鎌≪ニーズヘグ≫がズィウスの左肩の一部を切り落とした。
「ぬわああああっ!」
 衝撃に悲鳴を上げるアズラエル。その目に怒りの色が浮かぶ。
「おのれ、たかがコーディネイターとブーステッドマン風情が、まがいものの力しか持たないカス
どもが、この僕に!」
 アズラエルの憤怒を受け継いだのか、≪サンクチュアリィ≫が猛スピードで四機を襲う。
「見せてやるぞ、このムルタ・アズラエルの力を! 世界に、神に選ばれた、『本当の天才』の力
をなあっ!」



 ミーティア装備のジャスティス、パーフェクトストライク、そしてオウガ。いずれも世界でもトップク
ラスの性能を持つモビルスーツだ。この三機を相手に、クルーゼのプロヴィデンスは互角以上に
渡り合っていた。
「ふはははははっ! どうした、どうした! 貴様たちの力はその程度か、キラ・ヤマト、ラクス・ク
ライン、そしてムウ・ラ・フラガよ!」
 プロヴィデンスの≪ドラグーン≫が三機を襲う。卓越した空間把握能力を持つクルーゼは、こ
の遠隔操作兵器を手足の如く使いこなしている。その技量は、同じ遠隔操作兵器の使い手であ
るムウより上だ。
「ちいっ! 調子に乗りやがって!」
 吐き捨てるムウだが、状況は圧倒的に不利だ。この飛び回る機械たちを何とかしないと、プロ
ヴィデンスには近づく事も出来ない。
「くっ、このままじゃ……。よし!」
 キラはジャスティスとミーティアを分離させた。巨体のミーティアでは、敵の攻撃を避け切れない
からだ。身軽になったジャスティスで、プロヴィデンスに向かって突撃をかける。
「キラ!」
「おい、そりゃ無謀すぎるぞ!」
 ラクスとムウの止める声も聞かず、キラはジャスティスを飛ばす。
「ふん。自分から死にに来たか、キラ・ヤマト。ならば!」
 クルーゼは展開させていた≪ドラグーン≫全機の照準を、ジャスティスに向ける。そして、一斉
に発射。
 その一瞬、覚醒したキラは見た。ビームの弾幕のわずかな隙間、プロヴィデンスへと続く道を。
「うおおおおおおおっ!」
 ジャスティスのブースターを全開。全てのビームをかわして、一気にプロヴィデンスへと接近す
る。
「何!」
 さすがのクルーゼも驚く。が、すぐに気を取り直し、プロヴィデンスの左腕に装備された複合兵
装防盾システムからビームサーベルの刃を出す。ジャスティスも腰のビームサーベルを抜き、プ
ロヴィデンスに切りかかる。
「ラウ・ル・クルーゼ! あなたは絶対に倒さなければいけない人だ!」
「自分の運命も知らなかった小僧が、ほざくな!」
 ビームサーベルの刃が衝突し、激しい閃光が宇宙を彩る。美しくも凶暴な光に目が眩む中、両
機はすぐに距離を取る。
「キラ、大丈夫ですか!」
「ラクス、ムウさん、クルーゼは僕が抑えます。今の内に、そのユニットを破壊してください!」
 キラは≪ドラグーン≫の弱点を見切っていた。あれは自動操縦ではなく、クルーゼが無線で操
っている物だ。ならば、クルーゼの気を逸らせ≪ドラグーン≫の操縦に専念させないようにすれ
ばいい。
「分かりました。ですが、キラも気を付けて」
「死ぬんじゃないぞ、キラ! 俺たちもすぐに行く!」
「はい!」
 プロヴィデンスに挑むキラのジャスティス。ムウとラクスも≪ドラグーン≫の排除を開始する。
「奴ら、そういう事か。ちいっ!」
 クルーゼは≪ドラグーン≫を自動操縦に切り替えた。≪ドラグーン≫には、オートモビルスーツ
と同じ自動操縦システムが内蔵されている。しかし、それは補助的なもので、ズィニアたちに使
われている物ほどの性能は無い。クルーゼが操っていた時よりも、明らかに動きが鈍くなってい
る。
「これなら、わたくしでも落とせます!」
 ラクスのオウガが華麗に飛ぶ。≪ドラグーン≫の攻撃をかわし、手にしたバリアブルビームラ
イフル≪ヴァルキリー≫で、次々と撃ち落とす。
「やるねえ、お嬢ちゃん。なら、こっちも!」
 ムウはパーフェクトストライクを全速で飛ばし、≪ドラグーン≫に接近。死角に入り込んだところ
で対艦刀≪シュベルトゲベール≫を振るい、両断する。
「おのれ、貴様らあっ!」
 激昂するクルーゼ。その前にジャスティスが立つ。
「あなたの相手は僕がする!」
「下らぬ世界に加担する愚か者が、私の邪魔をするな!」
 衝突する両機。激闘は続く。



「ふはははははっ! 遅い、遅い、遅すぎるぞ、貴様ら!」
 四対一という不利な状況にも関わらず、ズィウス1号機のリヒター・ハインリッヒは豪笑する。実
際、彼は敵を圧倒していた。
「ぬあっ!」
 イザークのアルタイルも、
「ぐっ!」
 アスランのフリーダム(ミーティア装備)も、
「うわあっ!」
 カガリのストライクルージュもダメージを与えるどころか、ズィウスに近づく事も出来ない。≪サ
ンクチュアリィ≫の攻撃をかわすのが精一杯だ。
 アルタイルの後方に回り込んだ≪サンクチュアリィ≫が、ビームを発射。イザークも気が付い
たが、間に合わない。
「危ない!」
 フレイのヴェガが≪マンダラ≫のプラズマフィールドを展開。攻撃を防いだ。
「大丈夫、イザーク!?」
「あ、ああ、すまない、フレイ。くそっ、それにしてもあいつ……」
 イザークは前方のズィウスを睨む。その巨体は武器の塊。モビルスーツというより移動要塞
だ。
「認めたくないけど、あいつ、強いわね」
「ああ。だが、私たちは絶対に負けられない!」
 カガリが叫ぶ。その言葉に三人は頷く。
「バラバラに戦っても勝ち目は無い。フォーメーションを組むぞ!」
 アスランが指示を出す。フリーダムとミーティアを分離させ、モビルスーツ戦の体勢を整える。
「ゴミクズどもが。いいだろう、まとめて掛かって来い!」
 自信満々のリヒターは≪サンクチュアリィ≫と≪ギガ・ウルスラ≫、≪ギガ・ウラヌス≫を同時に
発射。圧倒的な攻撃力で攻め立てる。



 リヴァイアサン1番艦『ギレン』からの砲撃。豪雨のごときその砲撃を、モビルアーマー形態に
変形したイージスは巧みにかわす。
「その程度で、私は落とせないわ!」
 イージスに乗るルミナ・ジュリエッタが宣言する。実際、『ギレン』の攻撃はまったく当たっていな
い。
 目障りな敵機を落とすため、『ギレン』は更に砲撃を行なう。しかし、それはルミナの予想通り
の行動だった。
「カノン!」
「OK!」
 カノン・ジュリエッタのブリッツが、ミラージュコロイドを解除して、その姿を現した。位置は『ギレ
ン』の下部、しかもゼロ距離にまで接近していた。イージスはブリッツをこの位置にまで近づけさ
せるためのオトリだったのだ。
「行っけえーーーーっ!!!」
 ブリッツの≪ケルベロス・ファング≫が発射された。三本の有線式ドリルが『ギレン』の装甲を
貫き、その体内で暴れまくる。モビルスーツの発進口や動力部を破壊され、爆発する『ギレン』。
そこへ、
「とどめ!」
 イージスの≪スキュラ≫が放たれ、見事に命中。
「こっちも!」
 距離を取ったブリッツから≪スパイラルダート≫が発射され、『ギレン』の船体を打ち抜いた。こ
の連携攻撃によって、『ギレン』は大爆発と共に消滅した。
「やったね、お姉ちゃん!」
「油断は禁物よ、カノン。敵はまだまだいるんだから」
「分かってるって。早くこいつらを片付けて、アスラン様を助けに行かないと!」
「焦らないで。敵を一機でも多く倒せば、それがみんなを助ける事にもなるのよ。行くわよ!」
「うん!」
 双翼の死天使が宇宙を飛ぶ。戦況は未だディプレクターが不利だったが、誰も戦う事を止めな
い。勝利を諦めていない。



「これで終わりです、エリミネート・ダイブ……!」
 宇宙の闇よりなお黒く、暗黒そのものとなったルシフェルが、ダークネスに迫る。スピードも速
いが、機体から感じられる圧倒的なエネルギー量は、その攻撃の凄まじさを伝えている。
 体当たりという最も単純な攻撃。だが、それゆえに隙が無く、防御も回避も不可能。
「だったら、受け止めるしかない! 行くよ、ニコル!」
「はい!」
 二人は覚悟を決めた。ダークネスの左腕、攻撃エネルギーを吸収する能力を持つ≪ヘル≫を
ルシフェルに向ける。
 そして、衝突する両機。
 小惑星すら破壊するルシフェルの最強の一撃を、ダークネスは左腕のみで受け止め、ルシフ
ェルのエネルギーを吸収する。
「ぐっ!」
「ううっ……!」
 ジェネシスの光さえも吸収した≪ヘル≫が、早くも悲鳴を上げる。ケタ違いのエネルギー量だ。
「愚かな」
「…………」
 必殺技を受け止められ、エネルギーを吸われているのに、シャロンもラージも焦った様子を見
せない。エネルギーを吸われたのなら、補充すればいい。ルシフェルのエネルギー源であるダー
クマターは、宇宙空間のどこにでもある。いわばこの宇宙そのものが、ルシフェルのエネルギー
源なのだ。無限のエネルギーを後ろ盾にして、このまま押し切るつもりだ。
「その左腕が限界を越えた時、それがあなた達の最期です」
 勝利を確信するシャロン。しかし、彼女はまたも失念していた。彼女が戦っている相手は『漆黒
のヴァルキュリア』とその恋人。不可能を可能にする、無限の可能性を秘めた者たちなのだ。
 窮地に陥りながらも、ガーネットは『その瞬間』を待っていた。そして、『その瞬間』はすぐに訪
れた。
 全エネルギーを吸収されたルシフェルが、再びエネルギーをチャージするその一瞬。それは常
人なら、いや、どんな人間でも絶対に気付かない程の刹那の一瞬。だが、トゥエルブによって感
覚を増幅されているガーネットは、そのタイミングさえも察知した。ルシフェルのエネルギーが再
度チャージされるまでの、ほんの一瞬。時間にしてわずか二秒ほどだが、『その瞬間』、ルシフェ
ルはバリアを張る事も出来ず、無防備になる!
「「はあああああああっ!!!!」」
 ガーネットとニコル、二人の声が重なる。吸収したエネルギーを、こちらも刹那の速さでダーク
ネスの右腕≪ヘヴン≫に転送する。さらにそのエネルギーは拳を通じて、右の手に持つ≪ドラグ
レイ・キル改≫の刃先に転送された。
 これが決戦前に組み込まれた、ダークネスと≪ドラグレイ・キル改≫の新システム。ガーネット
とニコルの最後の切り札だった。右拳と槍の柄にエネルギー転送回路を組み込み、エネルギー
を刃先に収束させ、刃の切れ味を大幅にアップさせる。拳で打ち込むインフィニティ・ナックルよ
り破壊力は上だ。名付けて、インフィニティ・クラッシュ!
 高められたエネルギーを宿した刃は光り輝き、そして、必殺の一撃がルシフェルの胸部に打ち
込まれた!
「なっ!」
「……!」
 シャロンもラージも、完全に虚を突かれ、防御も回避も出来ない。
 わずか二秒間の攻防。だが、その二秒で勝敗は決した。



「ほらほら、どうしました! さっきまでの勢いはどこにいったのですか!」
 アズラエルのズィウスから、再び≪サンクチュアリィ≫が放たれる。バスターら四機のモビルス
ーツを取り囲み、ビームの雨を浴びせる。
「うおっ!」
「ぐあっ!」
「うっ!」
「うわあああっ!」
 怯む四機に、≪ギガ・ウルスラ≫と≪ギガ・ウラヌス≫による追撃。こちらは四機ともかわす
が、その逃げ道の先に、またも≪サンクチュアリィ≫が出現。そして、ビームによる攻撃。
「ぬわあっ!」
 ディアッカのバスター・インフェルノが、まともに攻撃を受けてしまった。完全に動きを読まれて
いる。
「おい、大丈夫か!」
 オルガのカラミティから通信が入る。
「あ、ああ、けど、このままじゃヤバいぜ」
 ディアッカの額に冷や汗が浮かぶ。オルガたち三人も同様だった。ムルタ・アズラエル、まさか
これほどの強さとは。
「なあ、オルガ。念のために聞くけど、アズラエルってナチュラルだよな?」
「そのはずだ。一応、ブルーコスモスの盟主だからな」
「ナチュラルなのに、あの強さかよ。さすが、ブルーコスモスの親玉さんと言うべきか。コーディネ
イターの面目、丸潰れだけど」
「確かに、あの強さは異常だな。あいつ、まさか俺たちみたいに妙な薬を使ってるんじゃ……」
「失礼な事を言わないでください。君たちみたいな能無しと一緒にしてもらっては困る」
 ディアッカとオルガの通信に、アズラエルが割って入った。
「僕のこの力は、天然自然が与えてくれたもの。僕が生まれながらにして持っている力です。つ
まり僕は、俗に言う『天才』というやつなんですよ」
 天才。確かにアズラエルは、そう呼ばれるに相応しい人物だった。三歳で一流大学の授業内
容を理解し、五歳で大学を卒業。その後も勉強、スポーツ、いずれの面でも優れた能力を発揮
し、現在の地位を築き上げた。
「歴史の節目には、必ず僕のような優れた能力を持つ者が現われた。そして、新しい時代を、世
界を作っていった。僕もまた、彼らと同じく、世界を動かす者として選ばれた存在なんですよ」
 ズィウスからの攻撃。肩から無数のミサイルを発射。かわすバスターたち。
「けど、世間の僕に対する評価は低かった。理由は簡単。僕ぐらいの能力なら、遺伝子をいじく
れば簡単に手に入るからですよ。コーディネイターになれば、誰でも僕のようになれるからです」
 ミサイルに続いて、≪ギガ・ウラヌス≫で砲撃。避け損ねたレイダーの右足が破壊された。
「おかしいと思いませんか? この僕が、神に選ばれた本物の『天才』であるこの僕が、細胞を
いじくり回した紛い物どもと同じだなんて! みんな間違っている、この世界そのものが間違って
いる! コーディネイターはもちろん、そんな紛い物たちと同じ世界にいるナチュラルも! 僕を
認めないこの世界の全てが間違っているんだ!」
 間を空けず、≪ギガ・ウルスラ≫を発射。PS装甲も通じない砲弾が、フォビドゥンの盾を破壊
した。実弾なのでフォビドゥンのエネルギー偏向装甲≪ゲシュマイディッヒ・パンツァー≫が通用
しないのだ。
「僕は国防産業連合理事なんて、ちっぽけな地位に留まる器じゃない。僕は、この世界の王にな
るべく生まれた存在、全てを支配する存在なんだ。僕を認めない奴、王に従わない奴は全て消
してやる。そして、僕に従う優秀な者たちだけが生きる新世界を創る。初めて僕の力を認めてく
れた偉大なる神、ダブルGの下でね!」
 優れ過ぎた能力を持って生まれたため、心が歪んでしまった男の怒りが爆発する。≪サンクチ
ュアリィ≫発射、ビームの嵐が吹き荒れる。
「ちっ! くそっ、下らない妄想を語りやがって!」
「けど、どうするんだよ、オルガ。このままじゃ殺られるぞ!」
 クロトが聞く。彼の額からは血が一滴、流れ落ちている。
「殺られてたまるか! クロト、シャニ、お前らはあのヨーヨーみたいなのを引き付けろ! その
間に俺とディアッカで何とかする!」
「了解!」
「オッケー。けど、なるべく早くカタつけろよ」
 クロトのレイダーも、シャニのフォビドゥンもダメージが大きい。オトリ役とはいえ、あまり長くは
持たないだろう。
「ディアッカ、まずは奴の両腕を潰すぞ!」
「ああ、任せろ!」
 まずはレイダーとフォビドゥンが、ズィウスを牽制。ボロボロの機体を何とか動かし、アズラエル
の注意を引き付ける。
「ふん。実験動物の分際で、いい加減、うっとおしいんですよ!」
 逃げるレイダーとフォビドゥンを追って、≪サンクチュアリィ≫が放たれる。その隙をついて、バ
スター・インフェルノの≪ネオ・アグニ≫とカラミティのバズーカ砲≪トーデスブロック≫が同時に
発射された。狙いはズィウスの右腕の付け根。そこへ向けて、一点集中の砲撃を放つ。
「何!」
 アズラエルが驚くと同時に、ズィウスが爆発。その巨大な右腕が、本体から引き剥がされた。
「どうだ、アズラエル!」
「一人一人は小さくても、一つになれば無敵、ってね!」
 調子に乗るオルガとディアッカは、もう一度、一点集中攻撃を行なう。今度はズィウスの左腕。
これも見事に命中。左腕も根元から吹き飛ばされた。
「バ、バカな! こんな奴らにこのズィウスが、この僕が!」
 両腕を失い、ズィウスの戦闘力は大幅にダウンした。アズラエルも激しく動揺し、≪サンクチュ
アリィ≫の動きも鈍くなった。
 この機は逃さない!
「おらおら、行くぜ、アズラエル!」
「食らえ、必殺!」
「うらあああああ〜〜〜〜!」
 カラミティは全砲門発射。そして、レイダーの破砕球≪ミョルニル≫とフォビドゥンの誘導プラズ
マ砲≪フレスベルグ≫も放たれた。いずれの攻撃もズィウスに命中。こうなればその巨体は、い
い的だ。そして、
「いくぜ、デカブツ! とっておきを食らわせてやる!」
 バスター・インフェルノの最強の武器、4連高出力エネルギー砲≪ビッグ・フォア≫が発射され
た。全エネルギーの半分を使用したその砲光はズィウスの胴体を貫き、巨大な四つの風穴を空
けた。
「なっ……。そ、そんな、バカな! この僕が、このムルタ・アズラエルが、こんな奴らに……」
 火花が飛び散るコクピットの中で、アズラエルは自分の敗北を知った。だが、その後に彼が行
なった行動は、その敗北を受け入れる事でも、自分を倒した者たちの力量を認める事でもなか
った。
「冗談じゃない! こんな、こんなバカな話があってたまるか! この僕が負けるなんて、そんな
バカな話が!」
 アズラエルは、ガラスケースに覆われた小さなボタンに眼を向けた。そして怪しげな笑みを浮
かべた後、ガラスケースを割り、ボタンを押す。同時にズィウスの巨体に警報音が鳴り響く。
「自爆装置≪サクリファイス≫が作動しました。搭載されている核弾頭の爆発まで、あと一分。乗
員は速やかに脱出してください。繰り返します…」
 その警報は、バスターたちの通信機も傍受した。勝利に酔いしれていたディアッカたちの顔が
一瞬で青くなる。
「か……核だと! あのデカブツ、そんな物まで積んでいたのか!」
 どうする? ズィウスを破壊すれば、こちらも核爆発に巻き込まれる。かと言って、今からでは
核の爆発範囲から逃げる事は不可能だろう。
「あははははははっ! 僕に勝てる奴なんかいないんだよ! いちゃいけないんだよ! お前ら
みんな、死ね! 死んでしまえ! あーーーーはははははははっ!!!」
 狂気の淵に足を踏み入れたアズラエルの嘲笑。ディアッカもオルガも、自身の最期を受け入れ
かけていた。と、その時、
「だああああーーーっ!」
「でやあああああ〜〜〜〜っ!」
 レイダーとフォビドゥンがズィウスに体当たり。そしてそのまま、ズィウスを遥か彼方まで運び去
る。機体の全エネルギーを推進力に回しているのか、凄いスピードで遠ざかっていく。
「なっ……。クロト、シャニ! 何やってるんだ! 戻れ!」
 オルガが通信を送る。だが、二人からの返事は無い。
「クロト、シャニ、おい、返事をしろ! 何カッコつけてるんだよ、お前ら! 戻れ、戻って来い!」
 必死に呼びかけるオルガだが、やはり返事は無い。
 爆発まであと三十秒。ズィウスのアズラエルも、この行動に驚いていた。
「き、貴様ら、一体、何を…!」
「驚くような事じゃないだろ? みんな死ぬより、ボロボロの俺たちだけ死んだ方が戦力の消耗
は少ない。単純な計算だ!」
「核って結構、キレイで凄いからね。有効に使わせてもらうよ」
「何だと!?」
 ズィウスの巨体が押し出されている方向には、無数のズィニアと三隻のリヴァイアサンがいる。
6番艦『エギーユ』、7番艦『アナベル』、8番艦『シーマ』から成る大艦隊だ。その中心へ向けて、
ズィウスは押されて突き進む。
 爆発まで、あと二十秒。
「バ、バカ、やめろ! 貴様らも死ぬんだぞ!」
「ああ、そうだな。こんな死に方をするなんて、思ってもいなかったぜ」
「けどさ、こういうの、悪くないね」
 シャニが微笑む。クロトも、
「ああ。そうだな」
 と、返事をした。彼らの心に後悔は無い。
 爆発まであと十秒。
 ズィウスの巨体は、ついにリヴァイアサン艦隊の中心部にたどり着いた。ディプレクターの機体
はいない。完全に敵の真っ只中だ。
 爆発まであと五秒。
「さあて、それじゃあ死ぬか! シャニ、地獄で会おうぜ!」
 四、三、二、一、
「地獄へ行っても、お前の顔を見るのかよ。それは嫌だなあ」
 ゼロ。
 大爆発。
 アズラエル、クロト、シャニの体は一瞬で消滅した。そして、凄まじい閃光と衝撃が宇宙を覆う。
ズィニアはもちろん、巨大戦艦リヴァイアサン三隻もまた、一瞬で消滅した。
 数秒後、閃光が消える。大艦隊はスクラップの山と化し、欠片が宇宙を漂っていた。その中に
はレイダーとフォビドゥンの欠片もあるだろう。
「……………」
 オルガは泣かなかった。彼ら三人は、決して友人などではない。戦場で肩を並べて戦う存在。
それだけだった。
 それだけの仲の筈なのに、なぜあの二人は俺を助けたのだ? なぜ俺は、あの二人の死がこ
んなにも……。
「バカ野郎が……」
 オルガはポツリ、とそう呟いた。それがあの二人に対する、オルガなりの弔いの言葉だった。
 ディアッカから通信が入る。
「行こうぜ。戦いはまだ、終わってない」
 彼らの分まで戦わなければならない。ディアッカの言葉からは、そんな決意が伝わってきた。
「……ああ。そうだな。戦ってやるさ、あの二人の分まで。そして、必ず勝つ!」
 カラミティとバスター・インフェルノは肩を並べて飛ぶ。彼らの行手には、ズィニアの大軍が待ち
構えていた。



 核の閃光は、リヒターとアスランたちが戦う戦場にも届いていた。
「あの核爆発は、アズラエルのズィウスか。バカめ……!」
 仲間の死に対して、リヒターは何の感情も湧かなかった。仲間といっても、彼ら使徒は、新世界
の王の座を巡るライバルでもある。競争相手が減ったのは、むしろ喜ばしい事だ。
「アズラエルを殺ったのは誰だ? まあいい、こいつらを片付けた後で、相手をしてやる!」
 ズィウスの≪サンクチュアリィ≫が飛ぶ。標的は四機の中で最も動きの遅い機体、カガリのスト
ライクルージュだ。
「! しまっ…」
 不意を突かれたカガリは、対応できない。彼女の目前に≪サンクチュアリィ≫の攻撃ユニット
が現われ、狙いを付ける。
「カガリ!」
 危機一髪のところで、アスランのフリーダムがユニットを打ち抜く。そして、ストライクルージュの
側に行き、
「大丈夫か?」
「あ、ああ、すまない、アスラン」
「俺から離れるな。必ずお前を守ってみせる!」
「アスラン……」
「三方から同時に攻撃を仕掛ける! イザークは右、フレイは左に回りこんでくれ。俺とカガリで
正面を突く!」
「分かった 任せろ!」
「こっちも分かったわ!」
「よし、行くぞ!」
 三方向からの攻撃。カガリ以外の三人は、いずれも一流パイロットの技量を持っている。機体
も高性能だ。だが、リヒターは余裕の表情を浮かべていた。
「ふん。ゴミクズどもが何をしようと、私には勝てん!」
 素早く≪サンクチュアリィ≫を展開。同時にミサイルを一斉発射。フリーダムたちをまったく近
づかせない。
「うっ!」
「ぐっ!」
「くそっ、あいつ!」
「アスラン、大丈夫か!」
「あ、ああ、だが、このままでは……」
 コンビネーションでも勝機が見出せない。さすがのアスランも、焦りの色を隠せない。
「ふははははっ! コーディネイターなど、所詮はゴミよ! 自らの無知も非力も知らず、神に挑
む愚か者! まとめて死ね!」
 ズィウスの≪ギガ・ウルスラ≫と≪ギガ・ウラヌス≫が同時に砲撃。四機は拡散して、弾をよけ
る。
「ちいっ! コーディネイターが愚かだというのなら、貴様はどうなんだ! 貴様もコーディネイタ
ーだろうが!」
 攻撃をかわしながら、イザークが聞き返す。
「そうだ。だからこそ分かるのだよ! コーディネイターなど、何の力も無い、愚かな存在だと
な!」
 リヒターは二十歳の時、プラントの要人だった両親と共に地球を訪れた。休暇のための旅行だ
った。だが、飛行機に乗った際、ブルーコスモスの爆弾テロに遭い、飛行機は雪山に墜落。両親
を始めとするリヒター以外の乗員全員が死亡。リヒターも両眼を負傷し、救出後に義眼を埋め込
まれた。
「助けが来るまでの一週間、私は雪山で生き延びた。そして、吹き荒れる吹雪の中で私は知っ
た。大自然の雄大な力と、己の無力を。コーディネイターの知も力も、大自然の前では何の役に
も立たなかった。遺伝子や細胞をいじくろうが、人間の力など、たかがその程度のものなの
だ!」
 ズィウスからミサイルの雨が放たれる。何発か命中するが、PS装甲であるフリーダムたちにさ
ほどダメージは無い。だが、この攻撃は単なる牽制だ。爆炎の中から≪サンクチュアリィ≫が迫
る。
「それなのに、コーディネイターは自分の力に自惚れ、ナチュラルどもはそんなつまらない者たち
に嫉妬する。イライラするのだよ、貴様らを見ていると! 私を苛立たせる無知なゴミクズども、
貴様らに生きる資格は無いのだ!」
「だからと言って、全てを滅ぼしていいはずが無い!」
 アスランが反論するが、リヒターは意に介さない。
「いいや、滅びるべきなのだよ、貴様らは! 私の創る新世界に、貴様らのようなゴミクズは必
要ない!」
 リヒターの言葉に、今度はイザークが反論する。
「ゴミだクズだと、うるさいんだよ! 俺たちはゴミでもクズでもない、人間だ!」
 アルタイルの腹部にある≪スキュラ≫が発射された。≪サンクチュアリィ≫数機をまとめて粉
砕する。
「そうよ! むしろ、あんたの方がゴミじゃない! 自分勝手な理屈で、人の人生を、世界をメチ
ャメチャにして!」
 フレイのヴェガが≪トリケロス・ツヴァイ≫からビームを発射。≪サンクチュアリィ≫を一機、破
壊した。
「ぬうっ!」
「リヒター・ハインリッヒ!」
 アスランのフリーダムが、ビームサーベルを抜く。その眼には己の未知なる可能性、SEEDの
光を宿している。
「お前の言うとおり、俺たちコーディネイターは自分の力に自惚れていた。お前が軽蔑するのも
無理は無い。だが!」
 ビームサーベルを連結させ、双刃のサーベルを作り出す。そして、そのままズィウスに突撃。
「全ての人間の未来を否定する、お前の考えは間違っている! 今はゴミでも、俺たちは自分の
無知を知り、これから新しい未来を切り開いてみせる! ナチュラルとコーディネイターが手を取
り合って生きていける未来を!」
「戯言をほざくな!」
 リヒターが吠える。残る≪サンクチュアリィ≫を全機、フリーダムに向ける。今まで以上のスピ
ードに、アスランでさえも対応し切れない。
「!」
「死ねい、ザラ家の小僧!」
「アスラン! くっ、させるかあああああっっ!!!!」
 愛する少年の危機に、カガリのストライクルージュが飛ぶ。そして彼女の眼にもSEEDの光が
宿った。ストライクルージュのビームライフルが次々と≪サンクチュアリィ≫を破壊し、フリーダム
の危機を救う。
「なっ……」
 ザコと侮っていた者の奮闘に、リヒターが我を失う。そこに隙が生まれた。
「フレイ!」
「ええ!」
 アルタイルの必殺砲≪レーヴァンティン≫を腹部の≪スキュラ≫と接続。その周囲をヴェガの
≪マンダラ≫が取り囲む。≪レーヴァンティン≫のエネルギーを限界以上にまで増幅し、
「くらえ、リヒター!」
 必殺の一撃を放つ。我を失っていたリヒターはかわす事も出来ず、その一撃はズィウスの胴体
を貫いた。
「ぐわああああっ! バ、バカな、こんなバカな事があああっ!」
 何とか反撃しようとするリヒターだが、≪サンクチュアリィ≫はストライクルージュによって全て
破壊され、機体のダメージも大きい。
「お、おのれ、このゴミクズどもが! 次はこうは行かんぞ!」
 バーニアを全開にし、その場から逃げ出すズィウス。巨体に似合わず、動きが素早い。あっと
いう間に遥か彼方へと逃げ延び…、
「リヒター・ハインリッヒ。災いを振りまくお前だけは、絶対に逃がさん!」
 アスランの眼は、敵を逃さない。再びフリーダムとミーティアを合体させ、全砲門の照準をズィ
ウスに向ける。そして、
「終わりだ!」
 無数のミサイルとビームが光の線を描き、ズィウスへ向かう。
「! なっ…!」
 遥か後方からの意外な追撃に、リヒターはまたも虚を突かれた。攻撃は全弾命中、ズィウスの
巨体に次々と爆発が起こる。
「そ、そんなバカな、私は、私は、新たな世界の王にいいいいいいいっ!」
 それがリヒター・ハインリッヒの最後の言葉だった。彼の肉体はズィウスに内蔵されていた核弾
頭と共に、核の炎に包まれた。
「終わったな」
「ええ……」
 宿敵の最期に、イザークとフレイは感慨に耽る。アスランも肩で息を付く。
「みんな、気を抜くな! まだ戦いが終わった訳じゃないんだぞ!」
 見事な活躍を見せたカガリからの通信。無粋だが、その通りだ。
「カガリの言うとおりだ。行くぞ、みんな!」
「おう!」
「ええ!」
「ああ、行こう、アスラン!」
 四機は新たな戦場へ向かった。



 プロヴィデンスとジャスティスの戦いは、激しさを増していた。≪ドラグーン≫を封じられてもな
お、プロヴィデンスの戦闘力はジャスティスを圧倒する。
「君たちも無駄な事をする! 神を止める術など無いのに、なぜ足掻くのだ?」
「止めてみせる! あなたも、ダブルGも!」
 ビームサーベルによる競り合いから、両機、距離を取り、銃撃戦を展開する。
「無理だな。それに、この終局は訪れるべくして訪れたもの、人が自ら選んだものだ! 我々は
その切っ掛けを作ったに過ぎん!」
 プロヴィデンスの≪ユーディキウムビームライフル≫が放たれる。凄まじい破壊力を秘めた閃
光を、ジャスティスはかわした。
「自らの行いを正義と信じ、判らぬと逃げ、知らず、聞かず! その果ての終局だ! もはや止
めるすべなど無い! そして人は滅ぶ。滅ぶべくしてな!」
「そんな、あなたの理屈!」
「それが人だよ、キラ君! 人は滅ぶべくして生まれた存在なのだ! 神の力によって滅ぶ事が
人の運命だ!」
「違う! 人は…人は、そんなものじゃない! 人の運命も!」
 ジャスティス背部のリフターから、ビーム砲≪フォルティス≫を発射。プロヴィデンスの肩をわず
かにかすめる。
「ハッ! 何が違う! 何故違う!? この憎しみの目と、心と、引き金を引く指しか持たぬ者た
ちの世界で、何を信じる? 何故信じられる!?」
「それしか知らないあなたが!」
「知らぬさ! 所詮、人は己の知る事しか知らぬ! まだ苦しみたいか? いつかは、やがてい
つかはと、そんな甘い毒に踊らされ、一体どれほどの時を戦い続けてきた? たとえお前たちが
私たちに勝っても、愚かな人はまた戦争を起こす! 戦い続ける! そして必ず滅びる! それ
が人の業、人の運命!」
「そんな運命、僕たちは認めない!」
 ビームサーベルを抜き、再び接近戦を挑むジャスティス。プロヴィデンスも複合兵装防盾シス
テムのビームサーベルで迎え撃つ。
「青臭い理屈を語ってくれる! 私と同じ、人のエゴによって創られた存在でありながら、なぜこ
の世界を守ろうとするのだ! 君も見てきたはずだ、人の愚かさを! 知っているはずだ、醜く、
自分勝手な、人の本性を!」
 斬り合う両機。凄まじい剣戟を展開する。
「確かに、そういう人もいた……。けど、そうじゃない人もいる! 僕たちを信じて、希望を託して
くれた人たちがいる! 僕と一緒に戦ってくれる仲間たちがいる! だから僕は、この世界を守
りたいんだ!」
「そんなつまらぬ感情で私を、神を止められるものか!」
「止めてみせる! 僕と、僕の仲間たちが、必ず! たとえ僕が倒れても、アスランが、イザーク
が、ディアッカが、ニコルが、そしてガーネットさんがお前たちを必ず止める! この世界を守り
たいのは、僕だけじゃない! そして人も、決して滅びたりしない!」
「いいや、人は滅びる! それほどに人とは傲慢で、ずる賢く、どうしようもない生き物なのだ!」
 己の憎しみを決して消さないクルーゼ。そして、如何なる状況にあっても、決して希望を捨てな
いキラ。両者の対決は、ついに決着の時を迎えた。
「キラ・ヤマト!」
「ラウ・ル・クルーゼ! あなたは!」
 ジャスティスはリフターを外し、プロヴィデンスに突撃させる。プロヴィデンスはそのパワーに物
を言わせ、リフターを軽く弾き飛ばす。そこへリフターの影に隠れていたジャスティスが出現。二
振りのビームサーベルが、プロヴィデンスの両腕を切り落とした。
「何ッ!?」
 驚くクルーゼ。戦闘能力を失ったプロヴィデンスに、ジャスティスは強烈な蹴りを放つ。吹き飛
ぶプロヴィデンス。
「ぬわああああああっ!」
 漂う残骸に激しく衝突し、プロヴィデンスは動かなくなった。キラの勝利だ。
「はあ、はあ、はあ……」
 さしものキラも疲労の色を隠せない。それほどの強敵だった。
「キラ!」
 ラクスのオウガが駆けつけてきた。どうやら≪ドラグーン≫は全て破壊されたようだ。
「大丈夫ですか? ケガなどはしてませんか?」
「ラクス……。ありがとう、大丈夫だ。それより、早くみんなの所へ戻らないと…」
「ええ。はぐれてしまったフラガ様と合流して、急いで戻りましょう」
 語り合う二人を見つめる冷たい視線。プロヴィデンスのクルーゼだ。彼はまだ、諦めていなか
った。
 ジャスティスとオウガの遥か頭上に、≪ドラグーン≫が一機、残っていた。戦闘前にクルーゼ
が切り札として隠しておいた物だ。その照準はジャスティスに向けられている。疲れ切ったキラは
気が付いていない!
「……ふっ。死ねい!」
 ≪ドラグーン≫の銃口にエネルギーが溜まる。そして、
「!」
 爆発した。
「なっ……」
 驚くクルーゼの目前に、白いモビルスーツが現われた。ムウ・ラ・フラガの機体、パーフェクトス
トライクだ。
「随分と姑息な真似をしてくれるじゃないか、クルーゼ。だが、それもこれで終わりだ!」
「ぬうっ! ムウ・ラ・フラガ、貴様!」
 逃げようとするプロヴィデンスに、フラガのストライクは≪シュベルトゲベール≫を振り下ろす。
脳天から一刀両断に、プロヴィデンスを切り裂いた。
「なっ……。そ、そうか、やはり私を滅ぼす者は、お前だったか、ムウ…」
「クルーゼ、お前さんの言うとおり、人間ってやつは、傲慢で、ずる賢く、どうしようもない生き物
だ。でも、だからこそ、人は生き延びる為に懸命に努力する。どんな手を使ってでも、生き延びよ
うとする。人は愚かだからこそ、簡単には滅びない。俺はそう思って、未来を信じている」
「ふっ、ふふっ、『エンデュミオンの鷹』ともあろう者が、私と同じ血を引く男が、青臭い事を…」
「青臭くて結構。それもこれも、みんな含めて『人間』だからな」
「ふっ、ふははは、ふはははははははははは……!」
 クルーゼのその笑いが、何を意味していたのかは分からない。その謎の笑いと共に、プロヴィ
デンスは爆発。仮面の復讐者、ラウ・ル・クルーゼはその憎しみに満ちた生涯を閉じた。



 各地で死闘に幕が下りていた頃、白き魔王と、闇の守護神の戦いにも終止符が打たれてい
た。ダークネスの≪ドラグレイ・キル改≫の刃は、ルシフェルの胸板を完全に貫き、その戦闘能
力を奪い取っていた。
 ルシフェルのコクピットに座るシャロンとラージも、体のあちこちから血を流している。いずれも
それほど深い傷ではないが、ルシフェルの状態と合わせて考えてみても、これ以上の戦闘は不
可能だ。勝算はまったく無い。
「どうして……。どうして、勝てないの?」
 シャロンが呟く。機体の性能も、パイロットの技量も、決して劣っていない。いや、むしろこちら
の方が勝っているのに、なぜ?
「神に選ばれ、神に仕える私たちが、どうして勝てないの? どうして…。これじゃあ、私は笑う事
が出来ない……」
「死人が生者に勝つ事は出来ん」
 突然、ラージが口を開いた。
「ラージ……様? それはどういう意味ですか?」
「言葉どおりの意味だ。どんなに力を身につけても、俺たちは死人。どんなに頑張っても笑う事
は出来ないし、生きて、未来を掴もうと懸命に戦っている者たちには勝てん」
「意味が分かりません。私たちが死人って、それは…」
 その時、シャロンは自身の右腕に違和感を感じた。異常に重い。それに、なぜか熱い。骨が折
れて、熱を発しているのか? いや、痛みは感じない。骨折ではないようだが、それでは…?
 シャロンは自分の右腕を見る。少し大きな傷口から、火花が出ていた。
「…………えっ?」
 呆気に取られるシャロン。そしてラージは、ダークネスに通信を送る。
「見事だ、ガーネット、ニコル。死中に活を見出し、無いはずの隙を作り出すとはな。俺でもそん
な無茶な事はやらんぞ」
「えっ?」
 驚くガーネットとニコル。洗脳されたはずのラージの口調が、二人のよく知っている『先生』のも
のになっている。口調だけでなく、声も今までのような機械みたいなものではない。感情が込めら
れ、人間としての温かみが感じられる。
「まさか、あんた、ラージ先生、なのか?」
 恐る恐る問いただすガーネットに、ラージは苦笑して、
「ああ。ついさっき、戻ってきた。お前たちの強烈な一撃のおかげらしいな」
 と、はっきり答えた。
「だが、感動の再会はここまでだ。お前たち、俺に止めを刺せ。ルシフェルを完全に破壊しろ」
「!」
「なっ……。ど、どうしてですか! ダブルGの洗脳が解けたのなら、僕たちが戦う理由は…」
「話を聞け、ニコル。このルシフェルは、ただのモビルスーツじゃない。こいつは奴の『端末』なん
だ」
 ルシフェルのエクスペリエント・システムは、常にダブルGの中枢回路とリンクしており、データ
を送っている。ルシフェルが得た『経験』は全てダブルGにも伝えられており、奴を強くしているの
だ。
 これ以上、ダブルGを強くさせない為にも、ルシフェルとエクスペリエント・システムは破壊しな
ければならない。今が絶好の機会なのだ。
「分かったな? だったら、俺ごとルシフェルを破壊しろ!」
「! で、でも、どうしてアンフォース先生まで……! 機体は破壊しますから、先生は脱出してく
ださい!」
「いや、脱出する訳にはいかん。なぜなら、俺たちがエクスペリエント・システムそのものだから
だ」
 エクスペリエント・システムもまた、ダークネスのトゥエルブ・システム同様、人間の脳を利用し
たシステムだった。いや、脳だけではない。生きている人間そのものを改造して、一人を情報収
集用、一人を情報分析用として一つのシステムとする。情報収集用、つまりロディアやラージが
感じ取った『経験』や『苦痛』をシャロンが分析し、機体の強化を行なっていたのだ。
「俺もシャロンも既に死んでいるんだ。それをダブルGの野郎が、自分の手駒として生き返らせ
たのさ。俺たちが死なない限り、エクスペリエント・システムは存在し続ける。そして奴はどんどん
強くなる。だから……俺を殺せ!」
「そんな、そんな事が……」
「やれ! これ以上、俺に生き恥を晒させるな!」
 ラージは怒声を浴びせる。その言葉からは、自らの運命を受け入れた者の強さと誇りを感じさ
せた。
 その心を感じ取ったのか、それまで沈黙していたガーネットが口を開いた。
「…………やるよ、ニコル」
「! ガーネットさん、けど!」
「言うな!」
 ガーネットは強引にニコルの言葉を押さえ込んだ。ニコルはガーネットの眼を見た。とても悲し
い眼だった。
「……分かり、ました」
 ニコルももう、何も言わなかった。≪ドラグレイ・キル改≫を一度ルシフェルから抜く。
「ガーネット・バーネット! ニコル・アマルフィ!」
 ラージの声と共に、ルシフェルのコクピットハッチが開いた。そして、宇宙服を着た人間が一
人、強引に外に放り出された。
「なっ!?」
 驚いたガーネットたちは、自機のハッチを開け(もちろんヘルメットのバイザーは閉じている)、
ガーネットがふわふわと漂うその人間を受け止めた。
 バイザーの奥には少女の顔が見える。白い髪と白い肌に彩られたその顔は何度か雑誌など
で見た顔。恐らく、いや、間違いなくシャロン・ソフォードだ。その眼にも体にも、力はまったく感じ
られない。自身が人間ではなく、機械の塊だと知れば、誰でもこうなるだろう。
 そして、ラージからの悲しい通信が入る。
「そいつの事を頼む。俺たちは二人で一人のシステムだ。ルシフェル本体と、俺たちのどちらか
一人が死ねば、システムは機能しない」
「で、でも、それじゃあ、先生が!」
「おいおいニコル、俺に女を身代わりにしろ、って言うのか? この俺を誰だと思ってる。全ての
酒と女性の味方、ラージ・アンフォースだぞ」
「…………」
 そう、ラージ・アンフォースとはそういう男だった。
「シャロン」
 続いてラージは、茫然自失としているシャロンに呼びかける。
「もう神様なんかに頼るな。自分の生き方は自分で決めろ。機械仕掛けだろうが何だろうが、そ
うやって生きるなら、お前は間違いなく人間だ」
「……………」
 シャロンは答えない。だが、その眼にわずかに光が戻ったように見えた。ガーネットがシャロン
を連れてコクピットに戻り、ハッチが閉じられると、ラージは一息ついた。そして、
「よーし、それじゃあ、お別れだ。ガーネット、ニコル、必ずダブルGを倒せ! 俺たちみたいな奴
を、もう二度と創らせるんじゃないぞ!」
 と、大声で叫ぶ。その願いを胸に刻み込み、ガーネットたちは槍を前に突き出した。≪ドラグレ
イ・キル改≫の鋭すぎる刃先は、ルシフェルの腰部にある動力装置を容易く貫いた。
 槍を抜き、ダークネスが離れると同時に、白き魔王は爆発した。死してなお運命を歪められた
悲しき男の命と共に、ルシフェルはその姿を世界から消した。
「………………」
「………………」
 ガーネットもニコルも、何も言わなかった。涙も流さなかった。悲しみに沈んでいる暇は無い。
立ち止まっている時間も無い。ラージの最後の願いを聞き遂げるためにも、二人は涙を封じた。
「……行くよ、ニコル!」
「……はい!」
 白き翼を羽ばたかせ、ダークネスが宇宙を飛ぶ。師への弔いの言葉と、心を無くした宿敵の身
を胸に秘めて……。



 指揮官であるシャロンが戦意を喪失し、ルシフェルが破壊された事で、戦況は大きく変わっ
た。
 無人艦隊の指揮系統は乱れ、リヴァイアサンもズィニアも、こちらの攻撃に反撃するのが精一
杯だ。こうなれば数の不利は関係ない。ディプレクターは一気に攻勢をかける。
 リヴァイアサン4番艦『ガルマ』はジャスティスに、10番艦『バスク』はアルタイルとヴェガの連携
攻撃によって撃沈された。残るは5番艦『ギニアス』と、9番艦『ジャミトフ』のみ。ズィニアも次々と
落とされ、残りは三百機ほど。
 勝てる。
 ディプレクターの誰もがそう思った。その時、
「なかなかやるではないか。非力な戦力で必死に抗うその様、面白い。実に面白い」
 アルゴス・アイからダブルGの声が伝えられる。その傲慢な言葉に、ガーネットが怒りを込めて
答えた。
「あんたの使徒(てした)たちは全員倒した! 無人機も全滅寸前だ。そろそろ出てきたらどうだ
い?」
「ふむ、その様だな。クルーゼもリヒターもアズラエルも、思ったより脆かったな。シャロンやラー
ジはもう少しやるかと思ったが、期待外れだったか。まあ、システムの中枢としては役に立ってく
れたから、良しとするか」
 部下を退屈しのぎのオモチャか、道具としてしか見ていないその言動に、ガーネットの怒りが
増す。
「力を尽くして戦った部下に対して、随分な言葉だね。腹が立ってきたよ…!」
「事実を言ったまでだ。にしても、貴様らも愚かな事をしたものだ。わずかに生き残れる可能性
を、自分たちの手で消し去るとはな」
「? どういう意味だい?」
「あの連中の中で最も活躍した者を、新世界の王にするつもりだった。だが、全員死んでしまっ
た」
 月の大地にそびえるダブルGの居城、パンデモニウムが鳴動している。上空からでも確認でき
るほど大きく、激しく、揺れ動いている。
「王となる者がいないのでは、新世界を創っても仕方がない。よって殺す。滅ぼす。生きとし生け
る全ての者どもを皆殺しにしてやる!」
 月に亀裂が走る。大地を割り、パンデモニウムが城ごと、宇宙に浮かび上がる。地の底から現
われたその巨体は、いや、巨体という言葉でさえ表現しきれないほどに巨大である。300m以
上の大きさを誇るアークエンジェルやリヴァイアサンでさえも、こいつに比べれば豆粒だ。
「なっ……」
 さすがのガーネットも絶句する。他の者たちは言うまでも無い。とにかくデカい。冗談としか思え
ないほどにデカい。船体の端から端まで、肉眼では確認出来ない。
 パンデモニウムは更に変形する。体の各所から巨大な腕が出て(計六本)、いびつな人型を取
る。その姿は例えるならば、人に似た頭と、六本の巨大な腕を持つ、巨大な葉巻型の宇宙船。
「ふははははははははははっ! これぞモビルゴッド、エデン・ザ・パンデモニウム! 世界を滅
ぼす神の居城にして、貴様ら人間にとっては災厄の宮殿!」
 勝ち誇るかのようなダブルGの声が響き渡る。
「これだけではないぞ。祭りは派手にやらねばな!」
 エデン・ザ・パンデモニウムの一部が開き、中から数体のモビルスーツが出てきた。数は七。
「! ルシフェル!」
 右肩に1から7の数字が書き込まれ、体色は緑で、頭部のアンテナも無い。だが、六枚の黒翼
など、その他の面は全てルシフェルと同一だった。
量産型か! ふざけた物を!」
「ふざけてなどいないよ、ガーネット・バーネット。こいつらはエクスペリエント・システムこそ搭載し
ていないが、その他の能力は全て、君たちが苦労して倒したルシフェルと同じにしてある。さて、
君たちに倒せるかな?」
 エデン・ザ・パンデモニウムの巨体には、各所に発進口がある。そこからは、無人モビルスー
ツ・ズィニアたちが続々と吐き出されている。クサナギのブリッジでオペレーターとして敵の数を
確認するナナイが、
「て、敵モビルスーツの数、推定でも、せ、千機以上……。い、いえ、まだ増えています!」
 と、悲鳴のような声を上げる。レーダーは敵を現す光点によって、完全に埋め尽くされてしまっ
た。
「もう一つ、面白いものを見せてやろう」
 アルゴス・アイが巨大な映像を映し出す。リヴァイアサンだ。数は二十。いずれも船体の下部
が熱で赤く染まっている。
「お前たちが戦っている間に地球に送り込んでおいた。今、大気圏を突破している最中だ」
「! なっ……」
「せっかくの祭りだ。見ているだけでは退屈だろうから、観客たちにも参加してもらおう。ああ、コ
ロニーやプラントには手を出さんよ。破壊しては、地球に落とす際の楽しみが少なくなるからな」
 ダブルGは、心から楽しそうに言う。命を弄ぶ邪神の余裕。反吐が出る。
「それでは、こちらも始めるとするか。一気に潰すのは簡単だが、少しは楽しませてくれよ。これ
が世界最後の祭りなのだからな。ふははははははははははははははははははは!」
 ダブルGの笑いを止められる者は、残念ながらいなかった。絶望的な敵戦力を前に、キラもア
スランも、ラクスもカガリも、ガーネットやニコルでさえ、唇を噛み締めるしかなかった。

(2003・12/6掲載)
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