第1話
 女神の初陣

 コズミック・イラ69。
 後に「大戦」と呼ばれるナチュラルとコーディネイターの戦いが始まる少し前、まだ宇宙が穏や
かだった時代。
 とはいえ、穏やかなのは表面だけで、その裏では様々な組織が、己の勢力拡大のために動い
ていた。
 それら影の争いに大きく関わっていたのが、傭兵である。報酬さえ払えば命を投げ出して戦っ
てくれる彼らを、いずれの組織も重宝した。
 そんな傭兵たちの中でも、最強の集団として知られているのが、
「断わる」
 この男、叢雲 劾(むらくも がい)が率いるサーペントテールである……が、どうも様子がおか
しい。サーペントテールは少数精鋭で構成されているのだが、今、劾と共にいるのは女性メンバ
ーのロレッタ・アジャーと、その娘で五歳の風花(かざはな)・アジャーだけ。酒を愛する元地球連
合軍の士官リード・ウェラーなど、他のメンバーの姿は無い。
「おいおい、つれない事を言うなよ。俺とお前の仲じゃないか、劾」
 と、映像通信の相手が言う。最強の傭兵と恐れられる劾と親しげに話すこの男、実際、劾とは
知らぬ仲ではない。ある時は敵として、ある時は味方として戦った相手だ。
「誤解されるような言い方はするな」
 と劾は言うが、時、既に遅し。
「あ、大丈夫だよ、劾。私だってもう大人だもん。傭兵にそういう趣味の人が多いって事は知って
るから」
 風花があどけない笑顔で言った。
 やはり、傭兵稼業は子供の教育に良くない。劾はため息をついた後、
「とにかく、いくらお前の頼みでも出来んものは出来ん。前の仕事でリードが負傷して、その傷が
まだ治っていない。完治するまでには、まだ時間が掛かる。今、うちは戦力不足だ。だから断わ
る。それだけだ」
「スパイを三匹、片付けるだけの手軽な仕事だ。報酬も弾むぞ。もったいなくないか?」
「確かに美味い話だが、それでも断わる。大体、お前が持ってくる『美味い話』には必ず裏があ
る。今回もそうなんだろう、ラージ・アンフォース?」
 そう言って劾は、通信相手を睨む。映像の向こうにいるラージは、邪気の無い微笑を浮かべ
た。
「さすがだな。だが、今回の『裏』は、そっちにとっても悪い話じゃない。そちらの戦力が不足して
いるっていうのなら、こちらから提供しよう。そちらへの報酬は通常通り、いや、ニ割増しだ。そ
れでどうだ?」
 ラージの言葉に、劾の心がわずかに動く。報酬の上乗せもさることながら、もう一つの条件に
興味が沸いた。
「提供してくれる戦力によるな。報酬を上乗せしてまで俺たちと一緒に戦わせたいというのは、ど
んな連中だ? まさか、ゴールド・ゴーストじゃないだろうな」
「げ」
 その名を聞いた風花の顔が歪む。ロレッタも、不快な表情を浮かべた。
 ゴールド・ゴースト。サーペントテールと同じく凄腕の傭兵集団なのだが、両者の仲は最悪。
元々仲は良くなかったのだが、先日、サーペントテールの一員で、粗暴さゆえにクビになったオ
ーマ・ディプトリーがあちら側に入った事で、両者の関係は更に悪化していた。さながら地球とプ
ラント、いや、それ以上の仲の悪さだった。
「連中と俺たちを一緒に戦わせて、その戦闘データを手に入れたい。そんなところか。だったら
悪いが…」
「ぶっぶー。ハーズレー」
 ラージがおどけた口調で否定した。
「助っ人は傭兵じゃない。ザフトの正式な兵士だ。それに『連中』じゃない。一人だけだ」
「一人だけだと?」
「ああ。だが、只者じゃないぞ。俺の教え子の中で、最も優秀な生徒だ。実戦経験を積ませたい
から、鍛えてやってくれ」
「生徒一人を鍛えるために、随分と気前がいいな」
「俺の恩人の娘だからな。強くなってもらいたいのさ」
「娘? 女か」
「ああ。だが強いぞ。名前は……」



「ガーネット・バーネットです。よろしくお願いします」
 そう言って少女は、劾たちに敬礼した。
「サーペントテールのリーダー、叢雲 劾だ」
「私はロレッタ・アジャー。よろしく」
「で、私がその娘の風花・アジャー。よろしく!」
 陽気に挨拶する風花。凄腕の傭兵集団に混じっている五歳の少女に、ガーネットも少し驚いた
が、
「ええ、よろしく」
 と、あっさり受け入れた。
「仕事、いや、君にとっては任務だが、内容は分かっているな?」
 劾が質問する。ガーネットは頷き、
「ラージ先生から聞いています。どこかの軍事産業から送り込まれたスパイが、ザフトの試作M
Sを三機、奪って逃走。L−1宙域の資源衛星に潜んでいるらしいので、これを発見、捕縛もしく
は殲滅せよ」
「その通りだ。だが、その仕事をやる前に、一つ確認したいことがある」
 劾は、目の前の少女を観察した。優しくも鋭い眼光。美しい、というよりは凛々しい、というべき
顔立ち。服の上から見る限りでは、肉体も適度に鍛えられているようだ。見た限りで分かるの
は、これくらいだ。だが、劾が一番知りたいのは、そんな事ではない。
「ラージはお前の事を高く評価していた。だが、俺はお前の事を、まったく知らない。実力の分か
らない奴と一緒に戦う事は出来ん」
「確かにそうですね。では、私の実力をお見せしましょうか?」
「ああ。模擬戦をやる。相手は俺だ。文句は?」
「ありません。噂に高いサーペントテールの力、見せてもらいます」
 二人はそれぞれジンに乗り、宇宙へ出た。
 劾のジンは、右手に重突撃銃、左手に重斬刀を持った標準装備のジンだ。ガーネットのジンも
武器を持っているが、その武器は銃でも剣でもない。
「ほう、槍とは珍しいな。銃は使わないのか?」
「昔は使ってたけど、一度ジャム(ジャミングの略。弾詰まり)を起こしてね。それ以来使ってな
い。かといって剣じゃリーチが足りないからね」
 ガーネットはぶっきらぼうに答えた。言葉遣いが敬語ではなくなっている。まあ模擬戦とはい
え、これから戦う相手に敬語など使えないか。
「二人とも、準備はいい?」
 宇宙船のロレッタから通信が入る。彼女の隣では風花が、眼をキラキラさせて二人のジンを見
ている。
「勝負の時間は三分。それまでに相手を行動不能にするか、より多く攻撃を当てた方が勝ち。そ
れでいいわね?」
「了解だ」
「こっちもOK」
 睨み合う両機。そして、
「始め!」
 ロレッタの声と共に、素早く駆ける。
 劾のジンは距離を取り、銃弾を浴びせようとする。接近戦しか出来ない相手に接近戦を挑む
必要は無い。効率のいい手段で確実に倒す。それが一流の戦士というものだ。劾はそうやって
戦い、勝ち残ってきた。
 だが、
「! 速い!」
 ロレッタが思わず叫んだように、ガーネットのジンは速かった。推進系をかなり改造しているの
だろう。一気に間合いを詰め、槍を前に出し、劾のジンを突き刺そうとする。
「ぐっ!」
 一瞬ひるんだ劾だが、すぐに体勢を立て直す。槍をかわした後、後部バーニアを全開させ、そ
の場を離れ、追撃してくる敵の移動コースを予測。そして、
「そこだ!」
 銃撃。ペイント弾がガーネットのジンに迫る。
「こっちの動きをもう読んでるのか。さすがだね、けど!」
 ガーネットは微笑み、操縦桿を激しく、正確に動かす。一切の無駄の無い動きで、全ての銃弾
をかわした。
「むっ…!」
「!」
「ウソッ!?」
 劾も驚いたが、それ以上に驚いたのはロレッタと風花だった。劾の攻撃が完全にかわされた
のは、二人の知る限りではこれが初めてだった。
「はあっ!」
 間合いを詰めたガーネットのジンが、槍を突き出す。それも一度だけではなく二度、三度、い
や、十、二十…。息を付く間もない連続突き。劾のジンはかわすのがやっとだ。完全に劾が押さ
れている。
 しかし、不利な状況にも関わらず、劾に焦りの色は無かった。
「さすがにやるな。ラージが眼をかけるだけの事はある」
 モビルスーツの操縦技術は一流。敵を恐れぬ勇気も度胸もある。そして、こうして攻撃をしてい
る最中でもワザと隙を作り、こちらの攻撃を誘う冷静さとしたたかさ。とても新人パイロットとは思
えない。
「だが、まだまだ甘い!」
 劾のジンが、銃を捨てた。そして、重斬刀をガーネットのジンに投げつける。
「!」
 ガーネットのジンは槍の柄で刀を弾き飛ばした。避ければ無駄な動きをしてしまい、隙が出来
るからだ。その判断は間違っていない。冷静で正確だ。しかし、その『冷静さ』は劾の狙い通りだ
った。その瞬間、唯一の武器である槍を防御に使った事で、ガーネットのジンは攻撃手段を失っ
た。
「そこだ!」
 劾のジンが一気に間合いを詰め、ガーネット機の懐に飛び込んだ。この距離なら、槍は使えな
い。
「くっ!」
「悪いが、これで終わりだ!」
 劾のジンが拳を握り、一気に、
「そこまで!」
 ロレッタの声が宇宙に響いた。
「タイムアップ。両者、ダメージ無し。引き分けね」



 模擬戦を終えた後、サーペントテールの宇宙船は、一路、L−1宙域へ向かった。この宙域に
は世界最大級の宇宙ステーション『世界樹』があり、宇宙の交通の要衝となっている。それゆえ
に宇宙海賊などの横行も激しく、『海賊の海』とも呼ばれている。また、『世界樹』を建造する際に
使われ、資源を掘り尽くした資源衛星が多く漂っており、その幾つかは海賊たちのアジトと化して
いる。宇宙で最も賑やかで、最も危険な宙域。それがこのL−1宙域なのだ。
「追われる者が身を潜めるには、絶好の場所ね」
 ロレッタは宇宙船を操縦しながら、劾に話しかける。劾は椅子に座り、眼を閉じたまま、
「だが、大体の見当はつく。あの宙域は海賊どもが多く、『新入り』を絶対に迎え入れない。自分
たちの縄張りに入ってきた者は、全て打ち落とす」
 しかし、現在までにL−1及びその周辺宙域で戦闘が行われたという情報は無い。ならば、
「誰にも気付かれず、身を潜められる場所。海賊の眼にも止まらない場所。海賊が恐れて近づ
かない場所。そんな場所は多くない」
「! まさか、連中、『人食い住宅』(マンイーターハウス)に?」
「可能性は高い。それに、ラージが俺に回してくれる仕事は、正規軍でも手に負えないような厄
介事だ。マンイーターハウスへ行けというのなら、それに相応しいだろう」
「……そうね。でも、大丈夫? やっぱりこの依頼、断わった方が…」
「らしくない事を言うな、ロレッタ。一度引き受けたからには、どんな仕事でもやり遂げる。それが
傭兵だ」
「それは……そうだけど……」
「安心しろ。俺は必ず帰ってくる。サーペントテールのリーダーとして、その名に傷を付けるような
事はしない」
 劾の力強い言葉も、ロレッタの心を晴らす事は出来なかった。
 マンイーターハウス。
 L−1宙域に浮かぶ破棄された資源衛星の一つだが、そこに入って、生きて戻って来た者はい
ない。海賊も、傭兵も、地球軍やザフトの部隊でさえ、入った者は一人として帰って来なかった。
まさに『人食い住宅』。命知らずの傭兵たちにとっても、あの衛星は恐怖の対象であり、近づく事
は禁忌に等しかった。
「ちょうどいい。人食いの謎も解明してやる」
 多くの傭兵が恐れる地に向かって、劾は平然と言った。強い男だ。あの衛星にどんな化け物
が潜んでいたとしても、この男なら帰って来るだろう。ロレッタはそう信じ、無事を願った。



 モビルスーツの格納庫で、ガーネットは自機の整備をしていた。間接部の点検を済ませた後、
コクピットでOSの最終チェック。そこへ、
「お姉ちゃーん!」
 と、彼女を呼ぶ声。風花・アジャーだった。ガーネットは作業を止めて、少女の側に行こうとす
るが、
「あ、そのままでいいよ。こっちから行くから」
 と、風花に止められた。五歳の少女は、素早く梯子を駆け上り、ジンのコクピットにいるガーネ
ットの元にやって来た。
 そして、ニコッと微笑む。その愛くるしい笑顔に、一瞬見とれるガーネット。子供には弱いのだ。
だが、すぐに気を取り直して、
「何か用?」
 と尋ねる。
「うん、ちょっとお願いがあるの」
「お願い?」
「ガーネットお姉ちゃんって、女の人だよね?」
「まあ、男じゃないわね」
「女の人なのに、劾と互角に戦うなんて、やっぱり凄い! お姉ちゃん、私を弟子にして!」
 そう言った風花の眼は、キラキラ輝いている。まるで憧れのアイドルを見ているかのような眼
だ。
「私、将来はサーペントテールに入りたいの! 一流のパイロットになって、大活躍したいの! 
その為には今から色んな事を勉強しないといけないし、モビルスーツの操縦もマスターしないと
ダメだと思うんだ」
 五歳児とは思えない、しっかりした考えだ。まあ、『傭兵になりたい』というのは一般常識で考え
れば、少し問題があるが、本人が決めた事ならいい…と思う。
「でも、劾は『お前にはまだ早い』って教えてくれないんだ。一人でこっそり勉強してるんだけど、
やっぱり独学じゃ限界があるし……。だから、お姉ちゃん、私にモビルスーツの操縦を教えて。
私、劾やお姉ちゃんみたいな立派なパイロットになりたいの!」
「うん。いいよ」
「お姉ちゃんの言いたい事は分かるよ。子供のくせに、何を生意気な事、言ってるんだって思っ
てるんでしょ。でも、私、本気よ! 真剣なんだよ!」
「ああ、分かってる。だから、いいよ」
「それでも私は…………え?」
「だから、教えてあげるよ。モビルスーツの操縦」
 ガーネットはあっさりと言った。風花は眼をバチクリさせて、
「本当に? 本当に教えてくれるの?」
「ああ。私でいいなら」
「うん、それはもう、全然オッケー! けど、どうして教えてくれるの? 普通、こういう場合って、
劾みたいに止めると思うんだけど…」
「あんたが真面目で本気だったからね。本気の言葉にはこちらも本気で、そして誠実に答えろ。
私の親父の言葉だ」
 そこでガーネットは、少し意地悪そうに微笑む。
「けど、私の訓練は厳しいよ。『あの』ラージ・アンフォースの直伝だからね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
 風花はペコリと頭を下げた。自分を子供扱いせず、一人の人間として扱ってくれたガーネットに
今まで以上の好感を持った。
 数時間後、彼女はこの『弟子入り』を、ちょっとだけ後悔する事になる。



 L−1宙域、マンイーターハウス。
 直径三キロほどの小さな資源衛星である。だが、この衛星に近づく者はいない。海賊も軍も、
この衛星は避けて通る。
 だが、今日は違った。命知らずの猛者たちを乗せた船が一隻、衛星に近づいていく。そして、
ある程度まで近づいたところで、格納庫のハッチを開く。
 二機のジンが飛び出した。銃と剣を手にしたジンには劾が、槍を手にしたジンにはガーネット
が乗っている。
「ガーネット、お前は俺の後ろに付け。敵が来たら、任せるぞ」
 模擬戦を通じて、ガーネットの実力を判断した劾は、彼女に最も適した任務を与えた。自分の
背中を任せる。それは最高の評価と信頼の証だった。それを分かっているのか、ガーネットは
何も言わず、劾のジンの後ろに付いた。
「よし、突入するぞ」
 二機のジンは、人食いが住むという家の中に消えていった。その様子を、ロレッタは黙って見
守る。
 ここまで来たら、劾を信じるしかない。そして、劾と互角に戦った、あの少女の事も。
「二人とも、どうか無事で……」
 二人の身を案じるロレッタ。彼女は、まだ気付いていなかった。約一名のせいでいつもは騒が
しいブリッジが、妙に静かな事に。



 徹底的に掘り尽くされた資源衛星の中は、まるで迷路のようになっていた。そしてなぜか、レー
ダーなどの探査装置が効かない。外から様子を探る事も、中で自分がどこにいるのかも分から
ない。まさに地獄の迷宮だ。
 モビルスーツでも通れるほど大きな通路を、二機のジンは慎重に進む。何しろここは、悪名高
き人食い衛星。何が起こるか分からないし、何が起きても不思議ではない。
「…………う〜〜〜〜〜っ」
 ガーネット機のコクピットから、妙な声がする。だが、それはガーネットの声ではなかった。
「どうした。怖いのか、風花?」
「そ、そんな事ない! 怖くなんかないよ、うん、全然怖くない!」
 そう言って風花・アジャーは、笑顔を見せた。ちょっと引きつっている。
「そう。なら、いいけど」
 ガーネットは再び操縦に集中する。風花は彼女の膝の上に座り、操縦桿を動かすガーネットの
手の動きを、じっと見ている。
 これ以上ないほど間近な距離で、一流のパイロットの操縦技術を見る。訓練方法としては問題
は無い。そして、実戦という危険極まりない場所に連れて来たのも、訓練のメニューの一つだ。
『百時間の講義より、一分間の実戦。考える前に、まず操縦桿を握れ。そして動かせ。一週間も
乗り続ければ、バカでもコツが分かる』
 というのがガーネットの師ラージ・アンフォースの教育方針だった。何とも乱暴な訓練法だが、
その通りではあるし、実際、このやり方で一流のパイロットになった者は多い。ガーネットもその
一人だ。
 もちろん、脱落する者もいる。栄光か、脱落か。風花がどちらの道を行くのか、それはガーネッ
トにも分からないが、無駄な経験にはならないはずだ。
 二機のジンは迷路の中を進む。やがて、少し広い空間に出た。採掘場だったらしく、無重力の
空を重機が漂っている。ブルドーザーが一機、ガーネット機の側にふわふわとやって来た。
「!」
「えっ?」
 一瞬の動きだった。風花の眼にも止まらぬほど速く、ガーネットが操縦桿を動かした。操縦桿
からの指示はジンに伝わり、近づいたブルドーザーを殴り飛ばした。
 直後、ブルドーザーは爆発した。ジンの打撃によるものではない。
「爆弾か」
 劾は、他の重機に銃弾を浴びせる。次々と爆発した。全ての重機が爆弾に変えられていたの
だ。
「なかなか手の込んだトラップだな。よく分かったな、ガーネット」
「ただのカンだよ。昔から、こういうのには鋭くてね」
「羨ましい才能だな。それなら、風花を預けても大丈夫そうだ」
「えっ!?」
 驚く風花。ガーネットは苦笑して、
「何だ、気付いてたのか」
「出撃時に風花の姿が見えなかったからな」
「気付いてたのに、黙っていたのかい?」
「風花が自分で決めた事なのだろう。なら、俺が口を挟む事ではない。だが、これだけは言って
おく」
 風花は緊張した。怒られると思ったからだ。だが、劾は優しい声で、
「必ず風花を守れ。そいつに何かあったら、ロレッタが悲しむ」
 と言った。一瞬、ポカンとした風花だったが、同時に劾らしいとも思った。
「当然、そのつもりさ。弟子を守るのは師匠の義務、だしね」
「それはラージの口癖だったな。さすが、奴の教え子だ」
 雑談を交わしながらも、二人は周囲に目を光らせていた。レーダーがまったく使えないので、カ
ンだけが頼りだ。
 虫一匹の動きも見逃さないほど、神経を張り詰める。そして、
「そこ!」
 劾が見つけた。右側の通路の奥で動く巨影。モビルスーツの影だ。こちらの様子をうかがって
いたのか?
 見つかった事に気付いたのか、機影が逃げる。劾機もガーネット機も、共にバーニア全開。全
速で後を追う。
「あの影の形、ジンじゃなかったわ」
 風花の眼が輝く。未知の物に興味を持つ、子供らしい反応だ。
「ザフトの次期主力機、シグー。その試作機だよ」
 ガーネットが答える。ザフトに潜入したスパイたちは、シグーのデータと機体そのものを持って
逃走、この衛星に逃げ込んだのだ。それが地球軍などの手に渡れば、ザフトにとって大変な損
害になる。
「依頼内容は、あの機体の捕縛もしくは破壊、だったな」
 劾が仕事の内容を確認する。
「ああ。奪われた三機、一機たりとも逃すな、だってさ」
「うわあ、キツいわね」
 風花の言うとおり、楽な仕事ではない。相手は最新型のモビルスーツ三機。しかもここは地獄
の迷宮、マンイーターハウスだ。普通に考えれば一個小隊、いや、一個中隊は必要だろう。
 かといって、大部隊を動かせば、『最新のモビルスーツを盗まれた』という失態を世間に晒す事
になる。
「ザフトも軍隊、何より面子が大事か。部下に理不尽な命令を出すのは、ザフトも地球軍も変わ
らんな」
 劾のその言葉に、
「そうだな。どっちもバカばかりだ」
 意外にもガーネットが賛同した。ザフトの一員とは思えないセリフだ。まあ確かに、ガーネットが
「ザフトのために!」と叫ぶ様子など想像できない。そう言って自分に酔っている連中を、蹴り飛
ばすタイプだ。
「そういうところも師匠譲りか」
 いや、似ているからこそ師弟になったのか。その辺りの事情は劾は知らなかったが、この二人
が並んでいるところを想像すると、妙に面白い。
 雑談や色々考えている間でも、劾たちは敵を追い続け、そして、ついに追い詰めた。先程いた
場所より、さらに広い空洞。モビルスーツで動き回っても、充分過ぎるほどの広さだ。
 広場の隅に、追い続けてきたモビルスーツがいる。色は青。ジンとよく似ているが、頭部や肩
などはジンより鋭角になっている。
「よーし、追い詰めたわよ! ここから一気に…」
「いや、それはちょっと無理みたいね」
 意気込む風花に、ガーネットが水を差す。
「劾、気付いてる?」
「ああ。どうやら俺たちは誘い込まれたようだな。…………そこか!」
 劾のジンが銃の引き金を引く。だが、標的は目の前に立つシグーではなく、自分たちの下。つ
まり地面。
 土ぼこりが舞い上がる。同時に、飛び出す青い影が二つ。
「地面の中に隠れてたの!? 無茶苦茶だわ!」
「確かに無茶苦茶だけど、悪くない戦法だよ。相手が私たちでなければ、殺られていただろうね」
 地中に隠れていた二機のシグーは、ガーネットたちを誘い込んできたシグーの元へ行く。三対
ニ。しかし、パイロットの技量はこちらの方が上と見た。ならば互角か。
「ガーネット、奴らが持っている武器は何だ?」
 劾が尋ねる。三機のシグーは銃を持っているのだが、劾の持っている物とは別の種類の銃だ
った。いや、劾でさえ今まで見た事が無い物だ。
「いや、私も知らない。あんな銃を持っているなんて聞いてない…」
 と、ガーネットが呟いた直後、シグーが銃を撃ってきた。その銃口から出されたのは銃弾では
なく、一筋の閃光。
「ビームだと!」
 劾は即座に避けた。だが、ビームの速度は実弾より速い。少しだけ間に合わず、わずかにか
すった。劾のジンの左肩がビームエネルギーで抉られた。
「ぬうっ!」
「劾!」
 風花が悲鳴を上げる。
 携帯ビーム兵器は、ザフトの技術者たちが実用化に向けて研究中の最新兵器だ。しかし実用
化にはまだ程遠い段階のはずだ。
「ガーネット、ザフトの技術レベルは大したものだな」
「……みたいだね。私も知らなかったわ」
「本当か?」
「ええ。ザフトのビーム兵器開発はかなり遅れているはず。あんな小型ビームライフルなんて作
れるはずが…」
 と言っている間に、再び閃光が走る。
「くっ!」
「当たるわけには!」
 二体とも何とかかわすが、標的から外れたビームは衛星の壁を貫き、爆発を起こした。想像
以上の威力だ。直撃すれば、ジンなど一発で破壊されるだろう。
『『じっとしてたら殺られる!』』
 劾もガーネットも、同じ判断をした。ジンの推進機能を全開にして、動き回る。
 案の定、敵は標的が定まらず、適当に撃ち始めた。もちろん当たらない。ビームライフルの威
力は確かに凄いが、当たらなければ意味は無い。
「う、うわあああああああああ……」
 眼を回している風花を無視して、ガーネットは劾に通信を送る。
「どうする?」
「手はある。だが、それをやれば捕獲は無理だ」
「ぶっ壊すのか。私はそっちの方がいいよ。ああいう武器は嫌いだし」
 ガーネットのワガママな意見に、劾は苦笑する。
「あのビーム兵器を手に入れれば大手柄だぞ」
「それでも、嫌なものは嫌なの」
「……ふっ。軍人には向いてないな、お前は」
「自分でもそう思う。その内、やめるつもり」
「やめてどうする? 傭兵でもやるか?」
「それもいいけど、もっとやりたい事がある」
「何だ?」
「悪を滅ぼす正義のヒーロー。いや、ヒロインかな? ああ、悪っていうのはナチュラルや地球軍
の事じゃないよ。念の為」
「じゃあ、何だ?」
「実は私にも分からない。けど、私はそいつと戦うために軍に入った。自分を鍛えて、強くなっ
た。そして、これからも戦い続ける。この命を賭けて!」
 話している間も、二機は素早く動き、敵を翻弄していた。そして、
「ガーネット、そろそろ行くぞ」
「OK。潰してやるよ、物騒な兵器(オモチャ)ごとね!」
 二機のジンが、一気に間合いを詰める。劾のジンの手には重斬刀、ガーネットのジンの手に
は特注の槍。
 三機のシグーも素早く反応した。ビームライフルを捨て、腰のビームサーベルを抜き、振り下ろ
す。
 しかし、ビームサーベルが斬ったのは、刀と槍のみであった。それを持っていたモビルスーツ
たちは、武器をオトリにして、シグーたちの背後に回りこんでいた。そして、とどめの一撃。
「はあっ!」
「ふんっ!」
 劾のジンが鉄拳を連続で放つ。二機のシグーの頭部を粉砕。
 残った一機には、ガーネットのジンが回し蹴りを放つ。吹き飛ばされたシグーに追い討ちの蹴
り。頭部を破壊する。
 勝負あり。任務、完了。
 こうしてまた一つ、サーペントテールの不敗神話が作られた。そして、
「ふーん。モビルスーツの格闘戦ってのも、面白いね。私の戦い方には合ってるかも」
 新たな戦法に『開眼』したガーネットがいた。



 サーペントテールの宇宙船に戻ると、涙目をしたロレッタが待っていた。吐きかけている風花を
渡すと、本当に泣いてしまった。
 その後、船はL−5宙域にまで戻り、ガーネットを送り届けた。
「お姉ちゃん、ザフトに戻るの?」
 風花が寂しそうな眼をして問いかける。
「ザフトなんかやめて、私たちの仲間にならない? 劾とお姉ちゃんが組めば最強だし、私だっ
て、もっと教えてほしい事あるし…」
「風花、無理を言うな」
 劾は、風花の願いをピシャリと止めた。
「それが出来ない事は、お前にも分かるはずだ。ガーネットと共に戦ったお前ならな」
「うっ………」
 劾の言うとおり、風花には分かっていた。マンイーターハウスで、彼女はガーネットの戦いを間
近で見た。だから、何となく分かる。ガーネットの強さの理由も、彼女が背負っているものの大き
さも。そして彼女が、決して『それ』から逃げない事も。
「風花」
 ガーネットは膝を折り、風花の眼を見つめる。ガーネットの眼は、とても優しい光に満ちてい
た。
「授業は途中になっちゃったけど、元気でね。あんたなら立派なパイロットになれるよ。私より強く
て、凄いパイロットにね。でも」
 と、ガーネットは風花の頭に手を置いて、軽く撫でる。
「傭兵はちょっと無理かもね。あんたが大人になる頃には、世界はもっと平和になってるだろうか
ら。傭兵はみんな失業だね」
 その大胆というか無謀な言葉を残して、ガーネット・バーネットはサーペントテールを去って行っ
た。
「面白い娘だったわね」
 ザフトの宇宙船に向かって飛び去っていくジンの後ろ姿を見る劾に、ロレッタが話しかける。
「ああ」
「傭兵は近いうちに全員失業、か。私も傭兵以外にも、何か手に職を持ったほうがいいかし
ら?」
 苦笑するロレッタに、劾は笑わず、
「個人的にはそうする事を薦める。こんな仕事は、あまり長く続けるものではない」
「そうね。考えておくわ」
 口ではそう言うが、ロレッタが傭兵をやめる事は無いだろう。その命を終えるか、それこそ世界
中から戦争が無くなりでもしない限り。
「それにしても、本当に惜しいわね、あの娘。腕は文句無し。風花も懐いていたし、仲間になって
欲しかったわ。あなたにも良く似ているしね」
「似ている? 俺とあの娘が?」
「ええ。クールぶってるけど、実はとっても『熱い』ところなんて、そっくり」
 そう言ってロレッタはクスッと微笑むが、劾はあまり愉快な気持ちにはなれなかった。
「本当に仲間になってくれたらいいのに。あの娘にはザフトより、こっちの方が向いてると思うん
だけど」
「そうかもしれんが、彼女は俺たちの仲間にはならんだろう。あの娘は俺たちのように、自分の
ためには戦わん」
「あら。それじゃあ、やっぱり彼女も『ザフトのために』戦ってるの?」
「いや、恐らくもっと大きなものの為だ。例えば…」
 この世界の為。
 そう言いかけて、劾は自分の言葉を飲み込んだ。バカバカしい。そんな事は不可能だし、そん
な奴、いるはずが無い。
 ………いや、あの娘なら、或いは……。



 L−1宙域、マンイーターハウス。
 粉々に破壊されたシグーたちの周りを、機械仕掛けの眼球が多数、漂っている。眼球たちは
眼下の映像を、遠く離れた彼らの主に伝える。
「失敗か。無人機の実戦導入には、まだまだ問題があるな。それにザフト製のMSとビーム兵器
の相性は思っていたよりも悪い。改良の余地があるな」
 誰にも聞かれない声で、『主』は呟く。
「それにしてもアズラエルの奴め、もたもたしおって。奴が予定時間通りに来ていれば、こんな事
には……」
 予定では、今日、この衛星でアズラエルの部下と接触。試作型のビーム兵器とシグーを渡すこ
とになっていた。シグーだけでなく、ビーム兵器も『ザフト製』という事にして、ザフトの脅威を誇張
して伝え、地球軍の軍備を増強させる。また、兵器の質で劣る地球軍にビーム兵器のテクノロジ
ーを与え、両者の戦力差を埋めて、戦争の長期化を目論んでいたのだが……。
「まあいい。ビーム兵器のデータは、更なる改善をした後に私の方から提供してやる。それにし
ても、この衛星もそろそろ寿命だな。最近はテスト用の『獲物』も来なくなったし、場所を移すか」
 全ての生命を憎む絶対の悪意。世界の破滅を望む者。神を名乗りし邪悪の化身。全てを見て
いたこの悪魔の心に、気になる事が一つ。
「ガーネット・バーネット。アルベリッヒ・バーネット博士の一人娘か。まあ、ザフトに入るのなら、ち
ょうどいい。パトリック・ザラやザフトの兵士たち同様、私の手駒として働いてもらおう。ふふふ
ふふふふ……」
 悪魔は知らない。彼が侮り、利用しようとする者こそ、いずれ自身を滅ぼす者だという事を。



 そして、時は流れ……。



 コズミック・イラ70。
 2月11日、地球連合、プラントに宣戦布告。
 2月14日、『血のバレンタイン』。以後、地球軍とザフト軍の戦争は激化の一途を辿る。
 4月17日、第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦。この戦いでガーネット・バーネットは黒く塗ら
れたジンを駆り、MA三十機、戦艦四隻を撃破し、その名を高めた。以後、彼女は『漆黒
のヴァルキュリア』と呼ばれるようになる。



 コズミック・イラ71。
 1月25日、ザフト軍クルーゼ隊、ヘリオポリスを強襲。地球軍の開発したモビルスーツ
「G」を四機、強奪する。
 同日、ガーネット・バーネット、ザフトを離反。モルゲンレーテの地下工場にあったストラ
イクシャドウを手に入れ、地球軍戦艦アークエンジェルに乗り込む。その後、しばらくの
間、同艦の捕虜となる。



 物語が始まる。

(2004・1/10掲載)
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